パタゴニア・ペリート・モレノ氷河における末端消耗

雪氷研究大会(2015・松本)2015.9.13–9.16
JSSI & JSSE Joint Conference – 2015/Matsumoto
パタゴニア・ペリート・モレノ氷河における末端消耗メカニズム
Mechanisms of frontal ablation change, Glaciar Perito Moreno, Patagonia
○箕輪昌紘 1, 2, 杉山慎 1, 榊原大貴 1, 2, ペドロ・スクヴァルカ 3, 大橋良彦 1, 2, 澤柿教伸 4, 内藤望 5
Masahiro Minowa, Shin Sugiyama, Daiki Sakakibara, Pedro Skvarca, Yoshihiko Ohashi, Takanobu Sawagaki and Nozomu Naito
1.はじめに
世界各地のカービング氷河は急速に後退しており, 気温や水温
の上昇がその引き金となることが報告されている 1). 南米パタゴ
ニアには海や湖に流入するカービング氷河が多数存在し, その
変動が氷原全体の質量損失に大きな影響を与えている 2). しかし
ながら, 特に湖に流れ込むカービング氷河において, 気温と水温
の上昇が氷河変動に与える影響は十分に明らかではない.
筆者らはこれまでに人工衛星画像解析により, 南パタゴニア氷
原の湖に流れ込むペリート・モレノ氷河の末端位置が 約 200 m
の季節変動を示すことを明らかにした. さらに末端位置が末端
消耗量(カービング量と水中融解量の和)にコントロールされ
ることを示した 3). しかしながら, 気温と水温がどのようなプロ
セスで末端消耗を変化させるのか, その物理的な背景は十分に
明らかではない. そこで, 本研究では, 12 月(夏)と 10 月(春)
にペリート・モレノ氷河とその前縁湖で観測を行い, 気温と水温
が氷河の末端消耗をコントロールするメカニズムの解明を目的
とする.
過去 14 年間の平均的な末端消耗速度は 2 月に最大(900 m a−1)
となり, 7 月に最小となる(50 m a−1)3). 一方で月平均気温は 12
月に最大(11°C), 7 月に最小(2.4°C)となり, 月平均湖水温は
3 月に最大(9.2°C), 8 月に最小 4.3°C となる. これらの結果から
末端消耗量は, 気温と湖水温両方の影響を受けて変動している
と考えられる.
謝辞
湖データについて知北和久氏(北海道大学), 水圧データにつ
いて Evgeny Podolskiy 氏(北海道大学)にご助言を頂いた. 本研
究は科研費(基盤 B)23403006 と日本雪氷学会井上フィールド
科学研究基金の助成を得て実施した.
参考文献
1) F. Straneo and 15 others (2013), Challenges to understanding the
dynamic response of Greenland's marine terminating glaciers to
oceanic and atmospheric forcing, Bul. of the Ame. Meteo. Soc., Vol.
94, No. 8, 1131–1144.
2) D. Sakakibara and S. Sugiyama (2014): Ice-front variations and
speed changes of calving glaciers in the Southern Patagonia Icefield
2. 現地観測 2013 年 12 月と 2014 年 10 月にペリート・モレノ氷河において
現 地 観 測 を 行 っ た ( 図 1). 氷 河 上 で は 二 周 波 GPS(GNSS
Technology Inc. GEM-1)による高精度流動測定を行った. 氷河湖
では, 小型船から水温・濁度プロファイラー(JEF Advantec 社
ASTD101)を湖に降ろし, 鉛直分布を測定した. 水温, 濁度および
from 1984 to 2011. Jour. of Geophy. Res., Vol. 119, 2541–2554
3) 箕輪他(2014): 南パタゴニア氷原ペリートモレノ氷河におけ
る末端変動メカニズムの解明, 雪氷研究大会公演要旨集
4) D. S. Russel-Head, 1980: The melting of free-drifting icebergs,
Ann. Glaciol., Vol. 1, 119–122.
深度の誤差はそれぞれ, ±0.01°C, ±0.3 FTU, ±1.8 m である. 測定点
は夏期 18 地点と春期 11 地点である(図 1). また, 水圧センサー
(HOBO 社 U-20)を湖岸線に設置し, カービングによって発生
する水面波を測定した. さらにカービングの様子をインターバ
ルカメラ(バイコム社 ガーデンウォッチカム)で連続撮影した.
この他に, 1999 年から自動気象ステーションによる観測, 2009 年
から湖水面温度の測定が継続的に行われている.
3. 結果と考察 カービングによる水面波を解析した結果, カービングの頻度は
夏期が春期の 2.4 倍であった. 特に夏期観測期間中のカービング
頻度増加は気温上昇と流動速度増加のタイミングと一致してい
る. すなわち, 気温上昇に起因する氷融解量の増加が氷粉砕と流
動を促進し, カービングを増加させることを示唆している.
一方, 湖水温は氷河湖全層で比較的温かく(水面付近で最大
9°C), 12 月の全層平均水温(6°C)は 10 月(5°C)よりも 1°C
高かった. これまでに報告されている水温と氷融解速度の計算
式 4)から, 融解速度を算出した. 融解速度は 12 月に約 140 m a−1,
10 月に約 110 m a−1 となった. これはそれぞれの月における末端
消耗速度の 30%と 40%に相当する.
1 2 3 4 5 北海道大学 低温科学研究所
北海道大学 環境科学院
パタゴニア氷原博物館
法政大学 社会学部
広島工業大学 地球環境学科
図 1. 南パタゴニア氷原ペリート・モレノ氷河末端部の衛星画像
に観測地点を示す. 背景は 2008 年 3 月に人工衛星だいちにより
撮影された画像.
Institute of Low Temperature Science, Hokkaido University
Graduate School of Environmental Science, Hokkaido University
Museo del Hielo Patagónico
Faculty of Social Science, Hosei University
Department of Global Environmental Studies, Hiroshima Institute of Technology
©2015(公社)日本雪氷学会