ダイカスト材には、耐熱性向上因子のひとつである金属系化合物の

ダイカスト材には、耐熱性向上因子のひとつである金属系化合物のスケルトン構造が観察さ
れるが、押出加工では図15のようにこのスケルトン構造が消滅してしまうので、この金属系化
合物のスケルトン構造の耐熱性向上への寄与は期待できない。
このAZ91-1.0Ca0.5Sr合金のダイカスト材と押出材の耐熱性を支配する材料組織学的因子を、
積層欠陥エネルギーを含む高温変形構成式による規格化グラフで解析した。
押出比16で押し出した試料について解析した結果を、図16に示した
ここでは、AZ91-1.0Ca0.5Sr合金のAl固溶量の代表例として、6.3 mass%(5.5 at.%)を用いて解
析した。
図16において、純Mg(黒の実線) にAlを6.3mass% (5.5 at.%)固溶させたAZ91合金の解析値(ピ
ンク色の破線)では、破線が純Mgの黒の実線の右側になることから、耐熱性が向上すること
になり、これはAlの固溶に起因した積層欠陥エネルギーによるものである。
Ca、Srを添加したAZ91-1.0Ca0.5Sr合金ダイカスト材(ピンク色の実線)では、金属系化合物のス
ケルトン構造の寄与により、さらに耐熱性が向上する。
しかし、押出材のプロット(紫色の実線)は、ダイカスト材のピンク色の実線から左側に移り、Al
を固溶させたAZ91合金の解析値(ピンク色の破線)との中間に位置する。
この結果から、ダイカスト材の優れた耐熱性は、押出によって低下するが、押出材では、Alの
固溶の効果に加えて、金属系化合物に起因した何らかの組織学的因子の寄与が示唆される。
それ故、押出材において耐熱性を向上させるためには、粒界あるいは最終凝固部近傍での
金属系化合物のスケルトン構造の有効な形態の消滅を補償する手段が必要である。
すなわち、金属系化合物の組織と存在形態を制御しつつ、Alの固溶による効果を最大限発揮
できる合金組成の設計が必要となる。
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金属系化合物の粒界被覆による耐熱性向上への寄与の消失を補償して押出材の耐熱性向
上する手段として、積層欠陥エネルギーの低下を最大にする組成設計を行った。
Mg-Al-Zn-Ca-Sr系合金では、生成する金属系化合物として、Mg17Al12、Al2Ca、Al4Srが確認され
ている。
二元系平衡状態図 によると、SrはほとんどMgに固溶しないが、Caは若干固溶する可能性が
ある。しかし、Alが存在すると、Alとの強い相互作用により、ほとんどすべてがAl2Caを形成する
と考えられる。このため、合金組成の設計では、添加Al量の計算において、すべてのCaとSrは、
Al2CaとAl4Srの形成に消費されると仮定した。
残存Al量は、さらにMg17Al12形成に消費されるものとMgに固溶するものとに分けられる。
形成されるMg17Al12は強度向上に寄与しないと考えられるので、合金組成の設計では、積層
欠陥エネルギーの低下を最大にするため、残存Al量が最大固溶量と等しくなるように設計した。
一方、金属材料の変形は、転位の移動によって起こるため、転位の移動の障害となる要因が、
変形挙動を支配することになる。
アルミニウム基複合材料において、高温強度に及ぼすセラミックス繊維や粒子などの強化材
の効果について、
1) 亜結晶粒径または強化材などの障害物間距離λとその体積分率の寄与、
2) しきい応力σ0と強化材の体積分率の関係、
などが解析され、Al基複合材料の高温変形構成式が提案されている。
これらの知見を適用して検討を進めた。
表7に、上記の方針で設計し、溶製したビレットの合金組成を示した。
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設計した15Al-1Zn-1Ca-1Srおよび15Al-1Zn-3Ca-3Sr合金は、いずれもAlの固溶による高温強度
向上を狙ったものである。
そこで、この2種類の合金について、固溶量を増加させるため、押出し後の熱処理条件を検討
した。
検討温度、時間はそれぞれ、673、693、713 K×48 hであり、所定の時間の熱処理の後、水中
に急冷して試料を得た。
図17に、熱処理によるミクロ組織変化を示す。組織観察は、共焦点レーザー顕微鏡により行っ
た。
15Al-1Zn-1Ca-1Srでは、673 Kでの熱処理により、金属系化合物が顕著に減少していることが
分かる。これは、熱処理により、Mg-Al系の化合物が固溶したことによるものである。
しかしながら、693 Kでの熱処理では、金属系化合物の粗大化が生じているものの、その量は
ほとんど変化しなかった。
すなわち、673 Kでの熱処理により固溶量はほぼ飽和しており、これ以上の温度での熱処理に
おいては、金属系化合物の合体による粗大化が生じている。
一方、15Al-1Zn-3Ca-3Sr合金では、熱処理により金属系化合物の存在量はほとんど変化しな
いが、673 Kでの熱処理では、粒内にあった金属系化合物が粒界に分散していることが分かる。
さらに、693 Kでの熱処理では、粒界に存在する金属系化合物が粗大化し始めていることが分
かる。
一方、723 Kでの熱処理では、金属系化合物の顕著な粗大化が生じた。
即ち、熱処理により、金属系化合物は粒界に均一に分散し、更なる熱処理によって、分散した
金属系化合物は合体・成長して粗大化することが明らかになった。
これらの結果から、押出し後の熱処理条件は、673 K、48 hとした。
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押出比16で押出し後、熱処理した試料の組織をレーザー顕微鏡で観察した画像を図18に示
す。
押出により金属系化合物が分散しているが、添加元素量が多くなるほど粗大な金属系化合物
が残存している。
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走査型電子顕微鏡(SEM)に付属した後方散乱電子線回折(EBSD)装置を用いて、結晶方位解
析による結晶粒径の測定を行った。
図19に、後方散乱電子線回折法により得られた10Al-1Zn-1Ca-1Sr合金の方位図と結晶粒径分
布を示した。
表8に、押出比16と270で作製した合金の結晶粒径を示した。
CaとSrの添加量が増えるにつれて、結晶粒径が微細になることが分かる。Alの固溶量はほぼ
一定なので、結晶粒微細化には、Ca、Srの添加量の増加によるAlとの金属系化合物の量の増
加が寄与していると考えられる。
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本研究の合金の押出材の室温引張試験の公称応力-公称ひずみ曲線の例を、図20に示した。
また、押出比16の押出材の室温引張試験の結果を、表9にまとめた。
添加元素が増加すると共に耐力は上昇し、伸び値は減少する傾向が見られた。
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押し出し材の0.2%耐力の実測値と式2の各項を理論式から求めた計算値を、表10にまとめた。
0.2%耐力の実測値と計算値σpsは、近い数値を示している。
解析の結果、固溶に起因した強度増分の寄与度Δσsが最も大きく、結晶粒径の微細化による
強度増分Δσmgがその半分程度、粒界に存在する金属系化合物粒子による強度増分はほとん
ど寄与しないことが明らかになった。
この結果から、本研究におけるAlを最大固溶させた合金を作製するという設計指針が、室温
強度上昇の観点においても正しいことが実証された。
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図21に、各押出材の真応力-真ひずみ曲線の一例を示した。
この曲線の真応力の最大値を最大引張り強さとした。
その結果を表11にまとめた。
比較のため、目標値であるAZ91-1Ca0.5Sr合金ダイカスト材の特性も示してある。
弾性域で脆性的に破断した25Al-1Zn-7Ca-7Sr合金を除いたすべての材料で、目標値を大幅に
超える高い高温強度を示しており、押出比16で作製した材料も、高温で優れた機械的性質を
有することが明らかになった。
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押出材の高温変形特性について、先に示した積層欠陥エネルギーを含んだ高温変形構成方
程式(式7)を用いて検討した。
すなわち、溶質元素の固溶量から積層欠陥エネルギーを計算し、押出材の高温変形挙動に
及ぼす固溶の影響(積層欠陥エネルギー低下による影響)を検討した。
図22に、本研究の押出材の積層欠陥エネルギーの項を含む高温変形構成式7による規格化
グラフを示した。
押出比16、270のプロットは、純Mgの線から耐熱性の高い領域に分布し、ほぼ一本の直線上
にある。
しかし、低強度側のプロットに、直線から外れる傾向が見られる。
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図23に、実験データのプロットおよびAlの固溶による積層欠陥エネルギーの寄与を計算した
解析値を比較した結果を示す。
黒い実線が純Mgの高温変形挙動の理論値であり、その他の線がそれぞれの材料の積層欠
陥エネルギーを含む高温変形構成式による解析値(計算値)である。
この結果から、純Mgの理論値からの解析値のずれが積層欠陥エネルギーの低下による効果
であり、さらに、それぞれの材料の解析値の直線から、プロットされた実際のデータまでのず
れが、粒界に存在する金属系化合物に由来した効果であると考えられる。
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耐熱性向上にたいする粒界の化合物の効果については、これまで、SiC強化型アルミニウム基
複合材を対象に、亜結晶粒の粒径または金属系化合物などの粒子間距離λ、金属系化合物
の体積分率Vfの効果について検討されている。
これらの知見を基礎として、本研究の各種合金押出材の耐熱性に関して、前の図に示した固
溶効果を理論的に計算した解析値と実験値のずれ、即ち、粒界に存在する金属系化合物の
効果について、組織学的因子として金属系化合物間の平均距離λを考慮した高温変形構成式
による解析を行った。
λは、組織写真から定量化し、解析を行った。
解析結果を高温変形構成式に代入し、式8を得た。
押出材の規格化グラフのプロットは、純Mgの直線に近い直線近傍に分布した。
この結果から、本押出材における高温変形にたいする金属系化合物間の平均距離λ、即ち粒
界の金属系化合物の寄与が明らかになった。
このグラフにおいても、低強度側のプロットが直線から外れる傾向が観察された。
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本研究の押出材は、先に組織写真で示したように、合金設計の要請から、粒界に生成した金
属系化合物を含んでいる。
こうした粒界に存在する金属系化合物が、高温における変形挙動、特に、粒界転位の運動を
抑制する可能性が考えられるので、このことがしきい応力の発現に関連すると考えられる。
そこで、高温変形構成式にしきい応力σ0を導入し、各合金押出材の強度測定結果に適用して
プロットし、しきい応力の算出法に従って、応力σ=0の切片値からしきい応力の値を求めた。
この結果から、式9を得た。
金属系化合物間の平均距離λとしきい応力σ0を含む経験的構成式9の規格化グラフを図25に
示した。
しきい応力σ0 を考慮することにより、プロットが一本の直線の近傍に集束したことから、しきい
応力σ0 が高温変形特性、即ち本合金の耐熱性の因子のひとつであることを示している。
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本研究の設計した合金組成の押出材について、金属系化合物間の平均距離λ、しきい応力σ0 、
耐クリープ性(423 Kで50 MPaを1,000 h負荷した後のクリープ伸び値)の関係を検討した。
表12から、残存Al量とAl固溶限が等しくなるように合金組成を決定した4合金、10Al-1Zn-1Ca1Sr、15Al-1Zn-3Ca-3Sr、20Al-1Zn-5Ca-5Sr、25Al-1Zn-7Ca-7Sr合金では、粒界の金属系化合物
間の平均距離λが小さいと、しきい応力σ0 が大きくなり、クリープ伸び値が小さくなる傾向が見
られる。
これらの合金では、Al添加量に比例してCa、Sr添加量を増やしてあるので、AlがCa、SrとAl2Ca、
Al4Srなどの金属系化合物を形成する。これにより、粒界の金属系化合物の体積分率が増加
することになり、これがAl添加量に比例して金属系化合物の粒界存在率を増大させ、λ値を小
さくすることになり、またしきい応力σ0 も大きくするものと考えられる。
この結果は、粒界に存在する高融点の金属系化合物が、低ひずみ速度域における粒界移動
や粒界すべりなどの粒界拡散(粒界転位の運動)を抑制する効果を有することを明瞭に示す
ものである。
この結果から、本研究のMa-Al-Zn-Ca-Sr系素形材用耐熱マグネシウム合金の組成設計と耐熱
性制御においては、粒界の金属系化合物に注目して設計、制御する必要があることが明らか
となった。
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圧縮試験後の試料外観の一例を図26に示した。
実施したすべての条件下において、圧縮試験後の試料に大きな割れは見られず、均一な変
形が生じていた。
このことから、本研究において新規に開発した合金では、573 K程度までの低温での鍛造が可
能であることが示唆された。
図27に、圧縮試験の真応力-真ひずみ曲線を示した。
いずれの条件においても、一旦上昇した応力が低下し、その後定常状態に至るという、動的
再結晶を伴う高温変形の典型的な応力-ひずみ曲線を示した。
すなわち、動的再結晶(Dynamic re-crystallization)は、高温域で材料を変形させたときに,転
位密度の上昇とそれに伴うひずみエネルギーの上昇により加工硬化が起こって変形抵抗が
上昇した後、変形中にそれらのひずみエネルギーと転位密度の減少(解放)が駆動力となって
起きる再結晶をいう。
動的再結晶粒の発現により転位やひずみを含まない新粒が生成されると、加工軟化が起きる
特徴的な現象が現れる。
さらに変形が増大すると、変形による加工硬化と動的再結晶による加工軟化がバランスして、
変形抵抗が一定となる定常状態変形に至ることになり、図27の曲線になる。
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圧縮試験後の組織写真では、ビレットを押出すことで粒界あるいは最終凝固部近傍のスケル
トン構造が消失して、大きな金属系化合物が分散していることが観察された。
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合金押出材における圧縮試験条件と、結晶粒径の微細化について、Zパラメータを用いた解
析を行った。
Zパラメータは、式10のように定義されている。
この式は、鍛造加工における鍛造プレス速度と加工温度の関係を示すものである。
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623 Kの押出温度以下の鍛造試験においては、ひずみ速度が高いことに起因して、圧縮試験
よりも大きなZ値が達成されている。
10Al-1Zn-1Ca-1Sr、15Al-1Zn-3Ca-3Sr、20Al-1Zn-5Ca-5Sr合金押出材の鍛造加工性を比較する
と、先に検討したように、Al含有量が多くなると粒界の金属系化合物の増加による金属系化合
物間の平均距離λの減少としきい応力 σ0の増大が起こる。
このため、必要な加工応力が過大になり、小さなZ値では十分な結晶粒微細化が得られず、形
状成形性が低下する。
3種類の合金の中で最も鍛造加工性の高い合金は、10Al-1Zn-1Ca-1Sr合金なので、実用部品
の鍛造試験には、この合金を使用した。
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鍛造部材から切り出した試料の応力-ひずみ曲線を示す。
鍛造温度の低下とともに強度が上昇していることがわかる。
これは、先に鍛造材で検討したように、鍛造温度が低いほど結晶粒が微細になり、その結果、
高いZ値における結晶粒微細化効果が発現するためである。
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10Al-1Zn-1Ca-1Sr合金では、本研究の目標値である伸び10 %を満たしながら、強度も340 MPa
以上に高強度化した。
この結果は、前述したように鍛造時のミクロ組織と結晶粒微細化に起因するものである。
この合金の高温での使用条件下では、高温変形構成式の式3で説明したように、強度の結晶
粒径依存性がないことがわかっているので、先に押出し材で示したように、本合金は高温でも
高い強度を持っている。
この結果から、本研究で開発した合金は、適切な条件で鍛造することにより、高温強度と室温
強度ともに優れた性質を示すことが明らかにできた。
最適組成の押出材を用いて鍛造加工した実用部品の機械的性質は、当初目標としていたア
ルミニウム合金製部品の物性を超え、新規合金素形材による実用部品の鍛造成形加工の可
能性を実証することができた。
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本研究で得られた知見をまとめた。
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