医療機器マネジメントの一考察:グローバルな視点と

保健医療経営大学紀要 № 7 15 ~ 21(2015)
<研究ノート(Research Note)>
医療機器マネジメントの一考察
―グローバルな視点とローカルな視点から―
伊達 卓二 *
要 旨
医療機器市場は世界的規模で拡大しており、先進工業国だけでなく開発途上国での需要も増加傾向にある。しかし、
多くの開発途上国では、医療機器マネジメントに関わる現場での課題も多く、検査や治療に支障も生じている。
社会医療法人雪の聖母会聖マリア病院国際事業部は、独立行政法人国際協力機構(JICA)の要請にて、
「病院経営・
財務管理」研修を実施しており、著者は医療機器マネジメントに関する講義を担当している。本稿は、この講義内容
に基づき、開発途上国での医療機器マネジメントの改善につながるヒントの提供を意図している。
本稿では、グローバルな視点として、世界保健機関(WHO)の医療機器マネジメントに関する公開情報について
概観する。その後、著者の経験に基づくローカルな視点として、マラウイの事例から医療機器マネジメントについて
述べる。最後に、開発途上国での医療機器マネジメントの課題について考察を加える。
Keywords: 医療機器マネジメント、開発途上国、PCM(Project Cycle Management)
1.はじめに
需要が高まると予想される医療機器の例
世界の医療機器市場動向をまとめた調査報告書 [1] に
よると、2011 年には約 30 兆円規模で、その後年率 6.4%
◦呼吸器疾患:診断用 X 線装置・ネブライザー・
パルスオキシメーター・吸引器
◦心臓疾患:心電図・血管造影検査装置・ペースメー
カー・除細動器
◦交通事故:診断用 X 線装置・C アーム型診断用
X 線装置・手術台・手術用電灯・心電図モニター・
輸液用ポンプ・人工蘇生器 / 呼吸器・麻酔器・
吸引器
◦糖尿病:血圧計・検査装置・聴診器・インシュリ
ンポンプ
◦結核:診断用 X 線装置・顕微鏡・培養器・遠心
分離機
で伸びることを予想しており、2017 年には 43 兆円規模
に拡大すると見積もられている。世界の医療機器市場で
は、米国・ドイツ・英国・フランス・スウェーデン・オ
ランダ・日本と中国の 8 カ国が世界の医療機器生産額の
83% を占め、需要の 77% を占めている [2]。このデータ
を読み解くと、世界の医療機器市場は極めて限られた国
で生産され、同時に利用されているのが現状である。
医療機器市場の将来について、WHO の報告書 [3] で
は、開発途上国の人口の都市への集中と、高齢化の進展
による疾病構造の転換によって、開発途上国でも医療機
器の需要は増加すると予測している。例えば 2030 年に
近い将来、WHO が予想するように、開発途上国での
は、開発途上国での感染症のリスクは減少傾向となる反
医療機器の需要が増加した場合、限られた予算で医療の
面、脳血管疾患・慢性呼吸器疾患・聴覚障害・肺がんや
質を担保するため、医療機器を効果的・効率的に利用す
胃がん・心臓疾患・糖尿病などに罹患する患者が増加す
るマネジメントのノウハウが重要となる。
るだけでなく、交通事故も増加し、事故後の治療や後遺
日本政府の場合、アジア地域の医療市場の拡大傾向を
症も増加すると予想される。この将来予想に基づき、特
受け、高度医療の輸出を検討しており [4]、政府開発援
に需要の高い医療機器として、疾患別に次に示すような
助(ODA)だけでなく民間事業としても、開発途上国
医療機器が例に挙げられている。
での医療機器マネジメントの重要性が高くなることも予
* 保健医療経営大学保健医療経営学部 教授 , 博士(学術)
E-mail:[email protected]
― 15 ―
伊 達 卓 二
想される。
・ 廃棄、を行う必要があり、一般的に臨床工学技士など
このような現状に鑑み、WHO は医療機器マネジメン
専門の技術者が行っている。
トに関する情報量を充実し公開しており、開発途上国で
医療用装置は、選択的な目的による疾病の診断 ・ 治療、
の課題解決に資することが期待されている。
伊達卓二
あるいは、疾病や怪我によるリハビリ目的で使用される。
本稿では、医療機器マネジメントについて、グローバ
医療用装置は、単体で使用される場合もあるが、附属品
ルな視点とローカル視点から考察し、現状の改善に資す
や消耗品、他の医療用装置との組み合わせの場合もある。
る。
るヒントの提供を意図している。
医療用装置には、埋め込み型や、1 回で使い捨てる医
2)「購入」は、
【以下原文】
Medical devices requiring calibration,
maintenance, repair, user training, and
decommissioning
activities
usually
【以下原文】
managed
by
clinical
engineers.
Medical devices requiring calibration, maintenance,
Medical
equipment and
is used
for the specific
repair,
user training,
decommissioning
purposes
of
diagnosis
and
treatment
of disease
activities usually managed by clinical or rehabilitation following disease or injury; it
engineers.
can be used either alone or in combination
Medical equipment is used for the specific
with any accessory, consumable, or other piece
purposes of diagnosis and treatment of disease or
of medical equipment.
rehabilitation
or injury;
it can
excludes
implantable,
Medical following
equipmentdisease
be disposable
used eitheroralone
or
in
combination
with
single-use medical devices. any
療機器を含めない。
2.医療機器マネジメントの基本
2-1.基本的な用語
用語としての医療機器の概念は広く、時としてマネジ
メントの対象が不明確になりがちである。そこで、医療
機器マネジメントを考える上で、基本となる用語を確認
する。
1)Health technology(医療技術)[5]
医療技術とは、生命や健康に関わる状態を改善するた
めの、機器 ・ 医薬品 ・ ワクチン ・ 手技 ・ システムのよ
うな、知識と技術の組織的な応用であり、Health-care
technology と表記されることもある。
【以下原文】
The application of organized knowledge and
skills in the form of devices, medicines, vaccines,
procedures and systems developed to solve a
health problem and improve quality of life.
It is used interchangeably with health-care
technology.
約で、医療機器
要な事項を全て
3)「据え付け」
ーカーとの契約
用できる状態に
4)「臨床使用」
が医療機器を使
る。
accessory, consumable, or other piece of medical
equipment.
用語としての医療技術、医療機器、医療用装置
Medical
equipment excludes implantable,
disposable
or
single-use
medical devices.
をまとめると、図
1 のように分類できる。すなわ
5)「点検・修理
ち、医療技術のうち、機材・器具・機器に相当する
6)「廃棄」は、
ものが医療機器で、医療機器でも特殊な目的のた
用語としての医療技術、医療機器、医療用装置をまと
療機器が使用で
めると、図
1 のように分類できる。すなわち、医療技術
めに用いるものが医療用装置である。しかし、こ
手続きである。
れらの境界を明瞭に切り分けることは困難な場合
本構成は、定期
機器の状態を点
使用できる状態
のうち、機材 ・ 器具 ・ 機器に相当するものが医療機器で、
医療機器でも特殊な目的のために用いるものが医療用装
も多い。
置である。しかし、これらの境界を明瞭に切り分けるこ
で不自由しない
2)Medical device(医療機器)[6]
本稿では、状況によってマネジメントの対象範
とは困難な場合も多い。
基本構成の中
医療機器とは、疾病の予防 ・ 診断 ・ 治療、あるいは健
本稿では、状況によってマネジメントの対象範囲は異
囲は異なるものの、医療機器マネジメントを担当
であり、臨床使
する臨床工学技士に相当する専門の技術者によっ
じないよう、予
て、管理を要する医療用装置と医療機器の一部を
療用装置と医療機器の一部を対象として考察する。
トする必要があ
康のため、体の組織を感知 ・ 測定し、機能を回復するた
めの機材 ・ 器具 ・ 機器である。通常、代謝的 ・ 薬理的 ・
免疫的な作用を用いた機器ではない。
なるものの、医療機器マネジメントを担当する臨床工学
技士に相当する専門の技術者によって、管理を要する医
1)購入計
↓
2)購入
↓
3)据え付
↓
4)臨床使
↓
↑
5)点検・
↓
6)廃棄
対象として考察する。
【以下原文】
An article, instrument, apparatus or machine that is used in the prevention, diagnosis or
treatment of illness or disease, or for detecting,
measuring, restoring, correcting or modifying the
structure or function of the body for some health
purpose.
Typically, the purpose of a medical device is not
achieved by pharmacological, immunological or
metabolic means.
3)Medical equipment(医療用装置)[7]
医療用装置とは、校正 ・ 保守点検 ・ 修理 ・ 使用者研修
医療技術
医療機器
医療用装置
図 1.関連用語の分類
図 1.関連用語の分類
図 2.医
2-2.医療機器マネジメントの基本
3.日本の医療
医療機器マネジメントの基本構成は、1)購入計
3-1.医療安全
画、2)購入、3)据え付け、4)臨床使用、5)点検・修
医療機器の品
― 16 ―理、6)廃棄、である。
1)「購入計画」は、求める医療機器の詳細な仕様
に影響するだけ
と数量、予算額などを決め計画書として記載され
り、命を左右す
9
働省は、1999 年
医療機器マネジメントの一考察
2-2.医療機器マネジメントの基本
関に対し医療安全対策を義務付けている。具体的には、
医療機器マネジメントの基本構成は、1)購入計画、2)
医療機器安全管理責任者の配置や、医療機器の保守点検
購入、3)据え付け、4)臨床使用、5)点検・修理、6)
計画の策定などが医療機関の義務として明確化され、医
廃棄、である。
療機器の安全管理体制の強化が一層必要となった。これ
1)
「購入計画」は、
求める医療機器の詳細な仕様と数量、
に伴い、診療報酬改定も行われ、「医療安全管理料」が
予算額などを決め計画書として記載される。
新設された [9]。その後、より医療安全を高める目的で
「医
2)「購入」は、医療機器の代理店などとの購入契約で、
療安全管理料」は改定されており、今後とも評価が行わ
医療機器が使用できるようになるために必要な事項を全
れ、さらなる改定が行われる可能性がある。
て含む手続きである。
医療機器の製造 ・ 販売のための安全審査や、販売後の
3)
「据え付け」は、医療機器の代理店あるいはメーカー
安全対策としての情報収集など、医療機器の品質・保証
との契約に基づき実施され、医療機器が使用できる状態
制度面での安全管理は、2004 年 4 月に発足した医薬品
になることである。
医療機器総合機構が実施する体制となっている。
4)
「臨床使用」は、医師や看護師など医療従事者が医療
以上、医療安全の視点から日本の医療機器の取り扱い
機器を使用して診断や治療を行うことである。
に関する現状をまとめると、医療機器を使う医療機関だ
5)
「点検・修理」は、医療従事者や専門家が医療機器の
けでなく医療機器製造 ・ 販売会社両面から医療安全を保
状態を点検し、必要に応じて修理を依頼し、使用できる
証する体制が整っているといえる。
状態にすることである。
6)
「廃棄」は、医療従事者と専門家の判断で、医療機器
3-2.産業としての医療機器
が使用できなことを確認した後に廃棄する手続きであ
厚生労働省の「医療機器産業ビジョン 2013」[10] によ
る。これら医療機器マネジメントの基本構成は、定期的
ると、日本の医療機器製造 ・ 販売業者数は、外資系 94
に繰り返し実施され、臨床使用で不自由しないよう対応
社と内資系 448 社の合計 542 社である。これら企業を資
する必要がある。
本金別に分類すると、10 億円以上の大企業は約 2 割と
基本構成の中で最も重要なのは、
4)
「臨床使用」であり、
少なく、多くの中小企業で構成されているといえる。
臨床使用で不足や不自由ができるだけ生じないよう、予
次に、日本国内の医療機器の市場規模は 2 兆 3 千億円
算の範囲で医療機器をマネジメントする必要がある。
程度であり、治療系医療機器が市場の約半分を占め、残
1)購入計画
↓
り半分を診断系医療機器とその他医療機器で 2 分してい
2)購入
↓
代行機器」・「処置用機器」・「治療用又は手術用機器」
3)据え付け
↓
システム」・「生体現象計測 ・ 監視システム」・「医療検
4)臨床使用
↓ ↑(修理完了で 4)臨床使用 に戻る)
5)点検・修理
設用機器」などである。日本国内での治療系医療機器の
↓
治療系と診断系医療機器について輸出 ・ 入額を比較す
6)廃棄
図 2.医療機器マネジメントの基本構成
ると、治療系医療機器の輸入は過去 10 年間増加傾向で、
る。ここでいう治療系医療機器とは、
「生体機能補助 ・
・「鋼製器具」などで、診断系医療機器とは「画像診断
体検査機器」・「画像診断用 X 線関連装置及び用具」・「施
需要は、2007 年以降急激な増加傾向を示している反面、
診断系医療機器はほぼ横ばい傾向である。
2011 年には約 4,000 億円の輸入超過を記録した。一方、
診断系医療機器については、約 1,200 億円の輸出超過で
3.日本の医療機器を取り巻く現状
ある。医療機器の輸出入金額の推移をみると、2011 年
3-1.医療安全と医療機器
に約 5,800 億円の輸入超過を記録し、貿易赤字は増加傾
医療機器の品質と使用方法は、診断・治療結果に影響
向を示している。
するだけでなく、医療の安全に直結しており、命を左右
日本の医療機器産業の現状をまとめると、診断系より
する重要事項である。日本の厚生労働省は、1999 年頃
治療機器の需要が増加傾向であり、結果として、貿易赤
から医療安全に関連する事件や事故を教訓として各種対
字が拡大傾向で、さらに赤字幅が増加することが予想さ
策を講じており、ホームページ上に公開し、使用者に注
れる。換言すると、日本の医療機器産業は診断系医療機
意喚起している [8]。
器の生産に比重が偏っており、需要の高い治療系医療機
2007 年 4 月以後は、医療法を改正して全ての医療機
器のための研究と製品化能力が弱いのが現状である。
― 17 ―
伊 達 卓 二
4.グローバルな視点
運営委員会や顧問団として参加・支援しているが、日本
医療機器に関し、1 年間ひとり当たりの支出額を国別
は積極的に参加してない。
にまとめた米国政府資料 [11] によると、0 ~ 75 米ドル
また 2008 年には、米国の企業家ビルゲイツ財団の
未満と、75 ~ 400 米ドルを支出する2つのグループに
支 援 で The Global Initiative on Health Technologies
世界を分けた場合、中国 ・ インド ・ アフリカ ・ 南米など
(GIHT)[13] が創設された。GIHT の目的は、①国際社
が 75 米ドル未満のグループに入り、米国 ・ 欧州 ・ 豪州
会に対し、医療技術開発のための枠組みの構築と、②医
・ 日本などが 75 米ドル以上のグループに分けられてい
療技術を応用し、開発途上国の医療に貢献できることを
る。これを世界の人口規模で見た場合、ほぼ 8 割の人口
産業界や研究機関に呼び掛けることである。GIHT は、
は 75 米ドル未満のグループであり、医療機器を用いた
テクニカルシリーズとして医療機器マネジメントに関す
医療提供の恩恵から疎外された人口が極めて多いといえ
る各種資料を作成し、GIHT のホームページ上で公開し
る。
ており、医療機器マネジメントのための参考図書として
一方、
「1.はじめに」で記したように、医療機器市場
重要である。さらに、開発途上国で優先順位の高い医療
は、開発途上国の人口の都市への集中と、高齢化の進展
機器で、より安価で取り扱いの容易な医療機器が開発さ
による疾病構造の変化によって、開発途上国でも医療機
れ、Compendium of new and emerging technology(新
器の需要は増加すると予測されている。従って、現状で
興技術の概要)[14] として公開され、一部は商品化され
は医療機器に対する支出額が少ない国や地域でも、近い
販売も行われている。製品化には、米国を筆頭に中国や
将来、
徐々に医療機器の需要が高まることが予想される。
マレーシア ・ ベトナムなども開発国として記載されてい
開発途上国で予想される医療機器の需要の増加に対
るが、日本で開発された製品はない。
し、WHO は医療機器マネジメントに関する情報提供を
このような経緯を踏まえ WHO は、医療機器マネジメ
拡大しており、開発途上国での課題解決に資することが
ントを担当している政府関係者を招いた第 1 回世界会議
期待されている。これまでの経緯をまとめると、WHO
を 2010 年にタイのバンコクで開催し、2013 年には第 2
が 発 刊 し た「World Health Report 2000」 で、Health
回会議をジュネーブで開催した。
System を支える 6 つのブロックとして“Technology”
グローバルな視点で医療機器マネジメントについてま
の 重 要 性 が 再 認 識 さ れ た。2004 年 に は、Department
とめると、WHO の必須医療技術部を中心に、開発途上
of blood safety & clinical technology(血液の安全と医
国で医療機器マネジメントに貢献する戦略について検討
療技術部)は、次に示す 4 課を統合する部に昇格され
が進んでいる。これに対し日本政府のコミットメントは、
Department of essential health technologies(必須医療
欧米諸国と比して目立たないのが現状である。
技術部)と名称を変更した。
5.ローカルな視点から
ウガンダでは、2009 ~ 2011 年の間、独立行政法人国
Department of essential health technologies
1. Blood transfusion safety:
(輸血の安全課)
2. Clinical procedure:
(臨床処置課)
3. Diagnostic imaging and medical devices:
(画像診断装置と医療機器課)
4. Diagnostics and laboratory technology:
(診断技術と臨床検査技術課)
際協力機構(JICA)が医療機器マネジメントの技術協
力プロジェクトを実施した際、著者も関わった経緯があ
り、当時のプロジェクトについて概要を論文にまとめ公
開した [15]。
その後、2006 年~ 2009 年に JICA が実施したマラウ
イでの医療機器マネジメントプロジェクトの中間と最終
評価の 2 回、プロジェクト評価団員として派遣された。
2007 年には、オランダ政府と WHO の共催で Priority
この経緯から、2011 ~ 2014 年の 3 年間実施されたフォ
Medical Device Project(PMD)[12] というプロジェク
ローアップ ・ プロジェクトの短期専門家として合計 6 回
ト開始された。PMD の目標は、現在普及している医療
マラウイに派遣され、プロジェクトの計画 ・ 実施に深く
機器がグローバルな現場の必要性に合致しているかどう
関わる機会を得た。ここでは、この経験に基づくマラウ
かを確認し、産業界と政府関係者が医療機器について認
イでの医療機器マネジメントの現状と課題について述べ
識を深めることである。具体的な目的は、グローバルな
る。
市場で、1)既に普及している医療機器と需要との違い
(ギャップ)を確認すること、2)優先すべき医療機器を
5-1.技術者の養成制度と技術レベル
明らかにすること、3)医療機器の研究開発を支援する
医療機器マネジメントを担当・実施できる能力を持っ
こと、としている。この活動に対し、多くの欧米諸国が
た技術者は、医療機器について工学と医学の両面から理
― 18 ―
医療機器マネジメントの一考察
解できる能力が求められる。技術者養成は、少なくとも
周知されていることが重要である。
日本の臨床工学技士に相当する養成レベルの教育を受け
ることが望ましい。
日本臨床工学技士教育施設協議会 [16] のデータによる
と、臨床工学技士の受験資格が得られる養成コースは、
2014 年時点で全国に 79 コースあり、入学定員は約 4,400
人、臨床工学技士免許所得者は 30,726 人となっている
[17]。
一方、アフリカの多くの国の場合、医学と工学の両方
を系統立てて学ぶことができる技術者養成コース数は極
めて限られている。マラウイの場合、大学か専門学校の
電気・電子あるいは機械工学などを学んだ後、保健省に
雇用された後、医療と医療機器について修理に携わって
独学するのが一般的である。このため、医療機器マネジ
写真 1.修理を待つ酸素発生器など(マラウイ)
メントを担当できる能力を持った技術者は、マラウイ保
健省職員として全国で 10 人程度であり、22 の県病院と
4 つの中央病院の医療機器を適切に保守・管理すること
医療機器を効率的に使用できる能力を備えることは、
は、人数面だけでなく技術的にも困難である。
写真 1 に写っているような開発途上国の無駄な投入を減
マラウイの近隣国で専門的に医療機器について学ぶこ
らし、医療提供の質に貢献できる。
とができるコースがあるのは、南アフリカとケニアで、
国際機関や外国の援助団体の支援がなければ、短期間の
6.日本の支援としての可能性
研修を受けることも難しいのが現状である。ただ 2013
6-1.医療機器に関わる課題に対する支援
年以降、外国の支援でザンビアとタンザニアに医療機器
ウガンダとマラウイでの著者の経験から、医療機器マ
マネジメントコースが開設されており、当該分野の重要
ネジメントに関する課題は以下のようにまとめることが
性が徐々に認識されつつある。
できる。
1)技術者の修理能力不足
5-2.医療機器の在庫管理
2)技術者数の不足
在庫管理はマネジメントの基本である。図 2 の 4)
「臨
3)技術者養成コースの不備
床使用」に不自由しないよう、医療機器の使用状況を確
4)医療機器の不明瞭な購入方針
認し、必要に応じて修理を行ったり、新規購入する必要
5)使用者の不適切な使用方法がある
がある。適切な在庫管理ができていない場合、臨床使用
6)医療機器購入手続に時間がかかる
で不足を生じ、医療提供に障害が生じる事態となる。
7)消耗品の型が多様で入手困難
8)予算不足(新規・部品・移動手段・検査機器)
5-3.使用者のための研修
9)代理店が不在(技術力不足)
医師や看護師など医療従事者は、
図 2 の 4)
「臨床使用」
に際し、医療機器を正しく使用できる能力を有している
上記 1)・2)・3)については、医療機器マネジメント
ことが求められる。医療機器の使用者が適切に医療機器
を実施する技術者に関する事項であり、日本で医療機器
を操作できない場合、医療機器が故障したり、正確な診
マネジメントに携わっている技術者が実施する技術協力
断・治療ができない事態を生じるため、使用方法を適切
の可能性がある。また、技術者の養成(教育)に携わっ
に理解するための指導は重要である。
ている人材による技術協力の可能性もある。
上記 4)については、医療機器の在庫管理を通じ、修
5-4.医療機器政策
理回数が多い医療機器や、現場で使用されていない医療
医療機器マネジメントの全般について、どのような体
機器などを確認し、購入すべき適切な医療機器の仕様を
制で、どのように実施していくのか方針を記した政策が
明確にすることで課題を解消できると考える。この目的
必要である。特に、マラウイのように国家が医療提供の
のため、日本人専門家による技術指導が可能である。
主たる実施主体である場合、国(保健省)としての医療
上記 5)は、使用者に対する使用方法を適切に指導で
機器マネジメント方針について、医療従事者と関係者に
きる技術者養成のため、日本人専門家による技術指導が
― 19 ―
伊 達 卓 二
可能な分野である。
の医療機器と医療機器を操作できる質の高い医療従事者
上記 6)
・7)
・8)については、医療機器政策としてど
によって成立しており、多くの企業が医療機器の開発・
のように対処するのか、保健省としての方針を書面にま
製造にも携わっている。開発途上国の医療機器マネジメ
とめて明確に示す必要がある。医療機器マネジメント政
ントのため、ODA・民間投資を問わず、日本の医療技
策を明確にするには、医療機器に関わる関係者の代表か
術と技術者が広く世界に貢献でき、結果として日本に
らなるワーキンググループなどを設置し、充分議論を
とっての利益にもつながることが期待される。
行ったうえで、国の方針を策定する必要がある。関係者
の意見を統一するのは簡単ではないが、関係者の意見を
調整する役割として日本人専門家のアドバイスが役立つ
可能性がある。
上記 9)は、民間事業者の営業方針に左右されること
になるが、開発途上国での医療機器ビジネスは成長して
おり、近い将来、より多くの代理店が進出してくること
が考えられる。
【謝辞】
本稿の構想は、社会医療法人雪の聖母会 ・ 聖マリア病
院国際事業部が受け入れている JICA 課題別研修「病院
経営 ・ 財務管理」で講義する機会を頂いたことである。
研修では、
「Medical Equipment management for“Better
Quality Health Services”」と題した講義を担当させて
頂き、これまでの著者の経験をまとめることができたこ
6-2.医療機器マネジメントと PDM
JICA が実施するプロジェクトの場合、プロジェクト・
サイクル・マネジメント(Project Cycle Management:
PCM)[18] に 基 づ く、Project Design Matrix(PDM)
という表を使ってプロジェクトを管理している。ここで
とを感謝いたします。
また、マラウイの医療機器管理プロジェクトでお世話
になった、JICA マラウイ事務所の関係者と、マラウイ
保健省の担当者にも改めて感謝いたします。
は PCM と PDM の詳細は示さないが、関係者との議論
を通じて PDM を作成することで、現状の課題を共有し、
解決すべき課題を関係者間で相互理解するために役に立
つツールである。
【引用文献】
[1] 日本政策投資銀行(2013)
.
「シリコンバレーにみ
る医療機器開発エコシステムと日本への示唆」No.
195-1.
7.考察
著者のウガンダとマラウイでの経験では、医療機器マ
ネジメントの最も深刻な課題として、予算不足に帰結し
がちである。医療従事者の視点では、予算不足は医療機
器不足、あるいは眼前の医療機器が不備で使えないとい
う不満となり、技術者の視点では医療機器の修理に要す
[http://www.dbj.jp/pdf/investigate/etc/pdf/
book1309_01.pdf]
[2] Clear water corporate finance (2013).”Medical
.p13.
Equipment and Supplies Report 2013”
[http://www.kurmannpartners.com/fileadmin/
user_upload/MR-MedTech/2013_Medical_
る部品がない(部品を購入する予算がない)ということ
になる。
予算不足は事実であり、課題解決は容易ではないのだ
Equipment_Supplies_final.pdf]
[3] WHO(2010).Medical Devices: Managing the
mismatch, An outcome of the PMD project,
が、使用できない医療機器が何故存在するのかという根
本的な問題を突き詰める必要がある。医療機器が何故使
えなくなるのか、その原因を把握しないまま修理のため
に必要な予算と技術不足に不満を募らせている現実があ
る。
開発途上国の限りある予算を効率的に使うためにも、
戦略的な医療機器マネジメントを実施することが重要で
ある。特に技術者は、修理技術の能力向上を重要視する
傾向があり、マネジメント思考を培う技術者教育や技術
協力が求められる。
医療機器マネジメントをグローバルな視点から見る
と、WHO は豊富な情報をインターネット上で提供して
Switzerland.p25-26.
[http://whqlibdoc.who.int/publications/2010/
9789241564045_eng.pdf]
[4] 日本経済新聞朝刊(2014).「高度医療輸出まずフィ
リピン」p1.
[5] WHO(2007).World Health Assembly resolution
WHA60.29.
[http://www.who.int/medical_devices/resolution_
wha60_29-en1.pdf]
[6] Global Harmonization Task Force (2005).
おり、開発途上国での医療機器マネジメントを改善する
ヒントも含まれている。また日本の医療は、高度で多量
― 20 ―
Information document concerning the definition of
the term“medical device”.
医療機器マネジメントの一考察
[http://www.ghtf.org/documents/sg1/
sg1n29r162005.pdf]
[7] WHO(2011).Medical equipment maintenance
programme overview: WHO Medical device
technical Series.p6.
[http://whqlibdoc.who.int/publications/2011/
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