日韓断り談話における初出あいづちマーカー

日韓断り談話における初出あいづちマーカー
任 炫樹
1. はじめに
これまでの断り談話に関する研究は、たとえば藤森(1995 )やカノックワン
(1997)のように日本語母語話者と日本語学習者に見られる断りストラテジーの相
違点を取り上げたり、 たとえば生駒・志村(1993)、 熊井(1992a、 1992b)のように日
本語学習者の断りストラテジーの問題点を取り上げるものが多かった。
本稿は、日本語と韓国語における断り談話の開始がどのようなマーカーによっ
て標示されるかをあいづち的な発話を中心に考察し、日本語と韓国語の傾向を比
較しようとするものである。杉戸(1987:88)はあいづち的な発話を「ハー、
アー、ウン、アーソーデスカ、サヨーデゴザイマスカ、エーソーデスネーなどの
応答詞を中心にする発話。先行する発話をそのままくりかえす、オーム返しや単
純な聞きかえしの発話。エーッ!、マアー、ホーなどの感動詞だけの発話。笑い
声。実質的な内容を表現する言語形式(たんなるくり返し以外の、名詞、動詞な
ど)を含まず、また判断・要求・質問など聞き手に積極的なはたらきかけもしな
いような発話」としているが、ここでは、「考慮しているそぶりを示す表現」、「承
諾の応答表現」、「呼びかけ・自称詞の使用」を含めてあいづち的な発話とみなす。
そして本稿では、それをあいづちマーカーと呼ぶことにする。
日本語と韓国語のあいづちマーカーを考察するには、「ウチ・ソト・ヨソ」と
いう概念を導入することが必要である。断り言語行動をはじめ、これまでの言語
行動に関する研究は、ウチ・ソトに向けた言語行動には注目したものの、ヨソに
向けた言語行動には注意を払ってこなかった。断りを行う際の言語行動は、相手
がウチ・ソト・ヨソのどのカテゴリーに属するかによって異なると思われる。三
宅(1994:31)は、「ウチの人間は自己のまわりの家族やごく親しい人々、ソトの
人間はごく親しくないが自己やウチと関連のある人々、ヨソの人間は自己やウチ
37
任 炫樹
とは関係がないがなにかのきっかけで関係をもちえる人々(例:通行人、電車な
どでまわりにいる人、サービス業の人など)」と定義している。本稿でも、ウチ・
ソト・ヨソの区別については三宅にならう。ウチ・ソト・ヨソという区分を設け
て、断り言語行動を考察すると、日本人と韓国人のウチ・ソト・ヨソ意識が断り
言語行動にどう影響しているかが明らかになると考えられる。
2.調査方法と分析の枠組み
従来の調査では、談話完成テスト(A Discourse Completion Test;以下、DCT)を
用いるのが一般的であった(生駒・志村1993、横山1993、藤森1995、金1999な
ど)。これには短期間のうちに大量のデータが得られるという長所があるものの、
答えが書き言葉になりがちになる短所もある。一方最近では、DCTに代わって
ロールプレイ調査もしばしば行われるようになっているが、それもまた調査方法
に問題がないとは言えない。そういう調査では、たとえば熊井(1992)におけるよ
うに、インフォーマントに対して相手の申し出を断るように求めているからであ
る。実際、現実の会話では受け入れたくない申し出1 でも受け入れざるを得ない場
合がある。このような現実を無視してインフォーマントに断りをするよう注文す
ると、現実の言葉づかいから掛け離れた応答が出る可能性がある。
もっとも自然な断り談話の資料を手に入れるには、実際の会話を調査対象とす
るのが一番であろう。しかし、日常会話の中から「申し出―断り」談話を採集す
るのは簡単なことではない。時間をかけてそれを集めたとしても、申し出の内容
の軽重、申し出が行われる状況、申し出をする者などにばらつきがあり、本稿の
ように2ヶ国語を比較する研究にとってそのような資料収集の方法は必ずしも最適
であるとは言えない。
以上の理由により、本稿では人物と状況を設定してロールプレイ調査を行うこ
とにして、それを2001年の8月から11月にわたって実施した。インフォーマント
は日本語母語話者30人(名古屋大学学部生・大学院生)と韓国語母語話者30人(韓
国中央大学校・延世大学校学部生・大学院生)である。日本語母語話者のデータ
は日本で収集し、韓国語母語話者のデータは韓国で収集した。日本語母語話者の
1
勧誘と依頼を合わせた名称である。
38
日韓断り談話における初出あいづちマーカー
応答を導く働きかけの役割(申し出る者)は日本人女性2人2
が担当し、韓国語母
語話者の応答を導く働きかけの役割は筆者が担当した。働きかける者にはロール
カードの内容に基づき、父母(以下、ウチⅠ)、親しい友達(以下、ウチⅡ)、指導
教官(以下、ソト)、セールスマン(以下、ヨソ)の役を演じてもらった。イン
フォーマントには、申し出の内容が変わるたびに演じる人物を知らせるカードを
提示した。働きかける者とインフォーマントに渡されたロールカードの内容は、
以下の通りである。
表1 食事の勧誘(ウチⅠ・ウチⅡ・ソト)
あなたは○○さんの ____ です。○○さんを食事に誘
働きかける者のカード います。一度断られても、お金は自分が出すから一緒
に行こうとまた誘います。
インフォーマントの
カード
あなたは、一緒にご飯を食べに行かないかと____から
誘われます。あなたは、まだ食事をすましていない
し、特に用事があるわけでもありませんが、一緒に行
きたくありません。
(ロールカードの○○にはインフォーマントの名前が入り、____ には、父母・親しい友達・指
導教官が入る。以下、表2も同様である。)
表2 翻訳の依頼(ウチⅠ・ウチⅡ・ソト)
あなたは○○さんの ____ です。アルバイトを探して
いる○○さんに、A4用紙一枚千円の翻訳の仕事がある
働きかける者のカード
からしてみないかと頼みます。一度断られても、家で
できるからといって再度頼みます。
インフォーマントの
カード
2
アルバイトを探しているあなたは、_____ から翻訳の
仕事を頼まれます。しかしあなたは、その仕事はでき
ないわけではないが、条件がよくないと感じます。家
でできるからと言われても、それを引き受けたくあり
ません。
名古屋大学国際言語文化研究科で日本言語文化を専攻している。
39
任 炫樹
表3 英会話カセット・テープ購入の勧誘(ヨソ)
あなたはセールスマンです。英会話のカセットテープ
を買わないかと通りすがりの人に勧めます。一度断ら
働きかける者のカード
れても、それが最新式の学習テープだからと言って購
入を再度勧めます。
インフォーマントの
カード
あなたは道で出会ったセールスマンから英会話テープ
を購入するように勧められます。しかしあなたは、英
会話のカセットテープを家に持っています。だから、
買う必要はないと感じています。最新式の学習テープ
だと言われても、買う気がしません。
ここで、ロールプレイをする前と後に行ったインフォーマントとのインタ
ビューについて説明しておく。ロールプレイをする前に、筆者はインフォーマン
トにロールカードの説明をした上で、普段使っている表現をできるだけ使用する
ように要請した。またロールプレイの会話を実際の会話にできるだけ近づけるた
め、インフォーマントが父母・指導教官・親しい同級生に何と呼ばれているか、
外国語では何語に自信があるかなどをもあらかじめ聞いておいた。ロールプレイ
後には、インフォーマントがロールプレイをするのに困ったかどうかを尋ねた。
その結果、ロールプレイの遂行に困難を感じたインフォーマントはいなかったこ
とが判明した。
本論に入る前に、記号の説明、発話の単位(ターン)、分析の対象とする断り発
話について説明しなければならない。以下の論述において、ロールプレイから得
られたいくつかの会話を引用することになるが、そこで使用する記号は次の通り
である。
40
日韓断り談話における初出あいづちマーカー
。
日本語の基本的な発話末
.
!
驚き
? 上昇イントネーション 韓国語の基本的な発話末
| | 発話が重なっている部分
・・・
言い切っていないが言い終わっている発話
、 短い音
下線
強調する部分
( ) 相手のあいづち
{ } 非言語情報 # 短いポーズ
###
長い沈黙 ― 長音
⇒ 断り
K01
働きかける者の記号(韓国) 注目されたい発話
J01、J02 働きかける者の記号(日本)
J03∼J32 日本語母語話者のインフォーマント記号
K02∼K31 韓国語母語話者のインフォーマント記号 各々のターンの頭に通し番号を付す。1から始まっていない例は、紙幅の関係上、省略したもの
である。
プライバシーの保護のため、インフォーマント名前を○○と表記する。
呼吸段落に一文字あける。
次に、発話の単位であるターンについて説明しておく。本稿では、話者が話を
始めてからそれを締めくくるまでを1つのターンとみなす。また、何らかの理由
で発話が途中で中断され、話者交替が起こった場合もそれを1つのターンとして
扱う。このことを実例に即して説明する。
(例1)ウチⅠの食事の勧誘を断る
1 J01:
○○ 最近駅の前に寿司やができたんだって 今日の晩御飯
そこ行って食べない? 2 ⇒ J20:
え!かあさんとか行きたくないよ。
3 J01:
え!せっかく私が奢ってあげようと思ってるのに・・・
4 ⇒ J20:
いいよ べつに恥ずかしい。
ウチⅠの食事の勧誘を断る2行目と4行目の発話が断り発話にあたる。つまり、
J20の「え!かあさんとか行きたくないよ」と「いいよ べつに恥ずかしい」が
各々1つのターンになっていて、例1の断りターン数は全部で2つになるというこ
とになる。
41
任 炫樹
続いて、考察の対象とするものについて述べておく。本稿での考察対象は、断
り談話を開始する際に一番先頭におかれるあいづちマーカー(以下、初出あいづ
ちマーカーとする)である。このことを実例に即して説明する。
(例2)
1 J02: 今アルバイトをしてくれる人を探しているんだけど A4用
紙1枚千円の翻訳の仕事なんだけど ○○君頼まれてくれない
かなー。 2 ⇒ J26: あ、 ちょっと無理です|ねー|。
例2では、ターン2の「あ」が初出あいづちマーカーである。下記の例3では
「うんー###そうですね」と、あいづちマーカーが2つあるけれども、「う
んー」のみが初出あいづちマーカーである。但し、初出あいづちマーカーの機能
を探る際には、初出あいづちマーカーの直後に出現する言語形式を考察の対象と
する場合もある。
(例3)
1 J02: 今アルバイトしてくれる人を探しているんだけど それがA4
用紙千円の翻訳の仕事なんだけど ○○君やってもらえないか
な。
2 ⇒ J23: うんー###そうですね {笑い} ちょっと暇があったらい
いんですけど{呼吸}###それはいつまでに返事しなきゃい
けないですかね。
3.初出あいづちマーカーの型と機能
「申し出―断り」談話に見られるターンの交替は、申し出る者から承諾・拒絶
を示す者へと規則正しく移動する。小室(1995:54)は、ターンの交替の現れ方を
turn –taking とturn-yieldingに分け、turn –takingを聞き手が発話者間のターンを積極
的に取ることとして、turn-yielding を現発話者が聞き手に発話を促したり問い掛け
たりしてターンを与えることであるとしている。
42
日韓断り談話における初出あいづちマーカー
turn –taking と turn-yielding によるターンの交替時に見られる初出あいづちマー
カーは、形式が同じであっても、機能は異なると考えられる。すなわち、断りを
開始する際(ターンの交替が起きた際)に見られる初出あいづちマーカーは、話し
手と聞き手の入れ替わりが激しい雑談や討論に見られる初出あいづちマーカーと
は異なる働きをしていると考えられる。テレビの討論番組とインタビュー番組を
データとして分析した初鹿野(1998:152)は、ターンの交替をはかるためのテク
ニックの1つとして用いられるディスコース・マーカー(「だから」「あ」「あ
の」「じゃあ」など)について、「ターンの順番をコントロールし、次のターンを
始めるという機能を担い、かつ会話者間のやり取りをスムーズにするとともに、
相手の発話に重なる、相手の発話が切れると同時に発話を行うといった、相手に
妨害と取られる可能性のある行為をやわらげ、人間関係を円滑にする機能を果た
す」と述べている。しかし、討論とインタビューに見られるディスコース・マー
カーと断り談話に見られるディスコース・マーカーは異なる働きをすると予測さ
れる。
今回の資料を分析した結果、断り談話を開始する際には次のようなあいづちマー
カーを用いることがわかった。それを表4にまとめておく。
43
任 炫樹
表4 初出あいづちマーカーの型
型
日本語の例
韓国語の例
・あ、ちょっと無理です。 ・어―글쎄 지금 먹기가 좀
ディスコース・
・ う ん ー ち ょ っ と 無 理 で 그런데 어떡하지?
A 型 マーカーを用い
す。
・아-어떡하지?
る型
B型
相手に理解を示
す型
・そうですかー?うんーそ ・그러십니까?아 ―네―중
うですねー 困りました 요한 일입니까?
ねー
J01:○○さん 翻訳のアル K01:한장당 만원인 번역
아르바이트가 들어왔
バイトありますけど
는 데 한번 해보지
J11:翻訳ですか?
相手の発言を一
C型
않을래?
部くり返す型
K16:한장당 만원이요? 아
―조건은 괜찮은데
D型
考慮しているそ ・どうしようかなーあんま ・어떡하지? 나얼만전에
り自身ないなー
아르바트를 시작했거든.
ぶりを示す型
E型
承諾の応答表現 ・はい いいです
を用いる型
・에 선생님 밥 먹었습니
다.
呼びかけ・自称
詞を用いる型
・おかん やれよ
F型
・선생님 저 속이 별로 좋
지 않아서
・나 따로 먹을래.
以下3−1から3−6において、これら6つの型が断り談話でどのような働き
をしているかについて考察する。
3−1 ディスコース・マーカーを用いる型
会話を交わすとき、人間関係を保つためのストラテジーが必要とされる。会話
の中には、話の内容と直接に関係する発話の他に、会話をやわらげるための要素
が含まれている。この要素と関連するのがディスコース・マーカーである。西野
(1993:89)はディスコース・マーカーを、「会話の内容理解を助けるためのもの、
会話者間のやりとりをスムーズにするためのもの、会話者間の人間関係を円滑に
44
日韓断り談話における初出あいづちマーカー
するためのものなどがある。会話の流れの中で、このようなある類の談話の中の
情報を標すもの」としている。しかし、西野の定義通りに解釈すると、ディスコー
ス・マーカーの範囲が広くなりすぎる。本稿ではディスコース・マーカーを、単
独で使われる場合はあまり意味を持たないが、ある発話の前置きとして使われる
場合はなんらかの意味を持つ「あー」「うんー」「さー」のようないわゆる遊び
言葉3 とする。断り表明の際に一番先頭におかれるディスコース・マーカーは、文
中に現れるディスコース・マーカーとは違って、なんらかの感情表出・意思伝達
をしていると考えられる。4 まず、日本語の例を見てみよう。
(例4)ウチ II の食事勧誘を断る
1 J02:
2 ⇒ J09:
これから食事に行くんだけど○○も一緒に行かない?
#あー ちょっとお金がないんで {笑い} (うん)うん、 しかも
今日家に食べるもんあるし(うん)ちょっと見たいテレビもある
から・・・
3
J02: うん でも奢りだよ。
4 ⇒ J09:
うんー ちょっとあのー僕がセットするの忘れたから・・・ ここでJ09は、ターン2で断る理由として「ちょっとお金がないんで」と言う前
に、ディスコース・マーカー「あー」を発している。ターン4でも「ちょっとあ
のー僕がセットするの忘れたから」と断る理由を表明する前に「うんー」という
ディスコース・マーカーを用いている。ここで見られるディスコース・マーカー
は、雑談・討論場面に見られる相手との発話の重なりを防ぐためのもの、つまり
ターンの順番をコントロールするといった機能を果たすディスコース・マーカー
とは違い、自分の断りを予告するシグナルとして機能している。韓国語において
も事情は同じである。
3
遊び言葉のように「間」を埋める語・言葉にはさまざまな呼び方があり、その名称は統一
されていない。たとえば、「無意味語」「間投詞」「感動詞」などの名称がある。
4
日本語教育辞典(1983:141)には、語句のつなぎに発する遊びことばと言われる「えー」
「そのうー」などの間投声は、感情表出や意思伝達のレベルには達していないと述べられ
ている。
45
任 炫樹
(例5)ウチⅡの食事勧誘を断る
1 K01: ○○아 밥 먹었어?밥 먹으러 가자.
2 ⇒ K07: 어ー 글쎄 지금 먹기가 좀 그런데 어떡하지?
(うんー さー 今食べるのはちょっとあれなんだけど どうしよ
う?)
3 K01: 내가 한턱 낼께 가자.
4 ⇒ K07: 아ー 어떡하지 오늘은 안 될 것 같구
내일이나 모래 다음에
같이 먹자.
(あー どうしよう 今日はダメかも 明日か明後日今度一緒に
食べようね。)
例5のK07はターン2とターン4でディスコース・マーカー「어ー(うんー)」、
「아ー(あー)」を用いている。ディスコース・マーカーがなくてもK07の断り発話
からは、相手の意に添えない気持は伝わる。しかし、ディスコース・マーカーが
あると、それが断りの前触れとして機能するため、断られることによって生じる
衝撃がやわらげられるのである。
3−2 相手の申し出に理解を示す型
相手の申し出に対し、「そうですか?」「そうかー」「その通りですけど」な
どと発することは、相手の話に一応理解・感心を示すことになり、相手の面子を
保つことにつながる。それは同時に相手の話の全体を受けつぐ機能を果たしてい
るため、話題の中断感をなくすのに役に立つ。またそれは相手の申し出に理解を
示すことになるので、実質的な断り発話に入る前に間が設けられ、断り表現がや
わらげられる。
(例6)ソトの翻訳依頼を断る
3 J02:
内容も簡単だし 時間はあまりかからないと思うんだけど・・・
4 ⇒ J11:
そうですかー うんーそうですねー 困りましたねー翻訳を
適切な日本語を探してたら そんなに時間かからないんじゃな
いかなという気がするんでうんーそうですねーちょっと今回は
遠慮させていただけますか?
46
日韓断り談話における初出あいづちマーカー
例6のJ11は相手の依頼に一応「そうですかー」と理解を示してから、さらに「う
んーそうですねー」とあいづちマーカーを付け加えている。聞き手は「そうです
かーうんーそうですねー」という発話だけで、J11の答えが承諾であるか拒絶であ
るかをある程度予測できる。このように、相手に理解を示すあいづちマーカーが
断り表明である「困りましたねー」をやわらげている。もし、J11が「困りました
ねー」から断り談話を開始したら、目上のソト関係にある相手の面子を脅かし、
失礼な人間と思われかねない。そこでJ11は、相手の依頼に理解を示すことにより、
相手の面子を保っていると考えられる。このような種類のあいづちマーカーは韓
国語にも存在する。
(例7)ソトの翻訳依頼を断る
9 K01: ○○군 번역 아르바이트 한번 해보지 않겠나?
10 ⇒ K18: 그러십니까? 아ー네ー중요한
일입니까?시간이
촉박한
거
보니까 그렇게 중요한 것 같지는 않구 이런건 제가 꼭 해드려야
겠는데 저 근데 다다음주까지 준비해야할 것이 있어서 안 될 것
같구요 친구들에게 한번 맡겨보겠습니다.
(そうでございますか? あーはいー重要なことですか?お急
ぎだとそんなに重要なことではないみたいですね。こういうの
はわたくしがしてあげなげればいけないのに あのーしかし 再来週までに準備しなければいけないことがありまして無理だ
と思います。友達に一度預けてみます。)
例7のK18は、「그러십니까? (そうでございますか?)」と相手に理解を示すあ
いづちマーカーを前置き表現として使っている。ここでK18は、あいづちマーカー
の直後に不可表現を用いるのを避けている。この場合、相手への理解を示すあい
づちマーカーがなくても直接的な感じは与えないが、それがあることによって間
接的な断り談話がさらにやわらげられているのである。
3−3 相手の発話を一部くり返す型
くり返しを含む発話は日常生活の中でごく普通に行われているが、その頻度が
47
任 炫樹
過剰ではない限り、会話にプラス効果を与える。くり返しについて佐久間ら
(1997:43−47)は、相手のことばをなぞることで、かけ合いのようなやりとりの
テンポとハーモニーが生まれると述べている。また、くり返しにかかる余分な時
間によってやりとりの進行自体がゆったりしたものになり、そこから丁重さがか
もし出されるとも述べている。くり返しにこのような長所があるとしたら、言い
にくいことを言わざるを得ない断り場面に置かれた者が断りをやわらげるための
ストラテジーとしてこの方法に頼るのは当然であろう。断り談話に見られるくり
返しがどのような働きをするか具体例をあげて見てみよう。
(例8)ソトの翻訳依頼を断る
3 J02:
うん 英語のね文献なんですけどね。
4 ⇒ J05:
英語ですか?ちょっと あんまり自信がないんで そうです
ねーうんーちょっと留学してた子とかに頼んだほうが#いいと
思います。
ここでJ05は依頼者の発話の一部である「英語」をくり返し、「英語ですか?」
と疑問文の音調で聞き返している。J05が依頼者の発話をくり返したのは、依頼内
容の理解に苦しんだためではなく、次に表明される「ちょっと あんまり自信が
ないんで」で始まる実質的な断り発話に入るためでしかない。韓国語にもこのよ
うなストラテジーが見られる。
(例9)ソトの翻訳依頼を断る
1 K01: ○○아 한장당 만원인 아르바이트가 들어왔는 데 너 요즘 아
르바이트 찾고 있다면서? 한번 해보지 않을래?
2 ⇒ K16: 한장당 만원이요? 아ー조건은 괜찮은데 제가 하기는 좀 곤
란할 것 같구요 다른 친구들한테 부탁하면 어떨까요?
(1枚1万ウォンですか? あーいい条件だと思いますが わ
たくしがするにはちょっと困ると思います 他の友達に頼んで
みるのはいかがでしょうか?) ここでK16は依頼者の発話の一部である「한장당
り返し、「한장당
만원 (1枚1万ウォン)」をく
만원이요?(1枚1万ウォンですか?)」と疑問文の音調で聞き返
48
日韓断り談話における初出あいづちマーカー
している。これが、次に発せられる「아ー조건은
괜찮은데(あーいい条件だと思
いますが)」という相手への理解を示す婉曲的な表現のための雰囲気作りをして
いる。また同時に、直接的な断りを意味する「제가 하기는 좀 곤란할 것 같구요
(わたくしがするにはちょっと困ると思いますが)」をやわらげている。
3−4 考慮しているそぶりを示す型
相手の話に考慮しているそぶりを示す発話には「どうしようかな」「なんと言っ
たらいいかな」などがある。このような発話は表面的には躊躇を表している。し
かし多くの場合、それは決断がすでになされてしまっていることを意味している。
考慮しているそぶりを示す発話は一種のつぶやきである。それはしかし、自分自
身に聞かせる独り言ではなく、相手目当てのものである。杉戸(2001:99)はつぶ
やきについて、「話し手の今から言おうと考えた(あるいは躊躇した)ことそれ自
体について、つぶやきとは言いながら内省できる程度には言語化されたものであ
るということである。これは、主として自らの行おうとする(あるいはつい今し
がた行った)言語行動について言及する、明示的な言語表現を伴う言語表現であ
る」と述べている。以下に、断り談話を開始する際に現れる「考慮しているそぶ
りを示す」つぶやきの具体例をあげる。
(例10)ウチⅡの翻訳依頼を断る
4 J01:
家でもできるし 交通費もかからないし ○○なら簡単にで
きると思うけどね。
5 ⇒ J28:
どうしようかなー あんまり自身ないなー正直な話 うん。
6 J01:
そう?なんかさけっこう報酬がいいからさ おいしい話では
ないかと思ったけどさ・・・
7 J28:
それはそうなんだけど…
8 J01:
(省略)何か想像つきそうじゃない? 9 ⇒ J28:
どうかなー #やめとく。
10 J01:
お、考えているなと思って来たんだけど{笑い}残念。
この会話においてJ28は、「どうしようかなー」と考慮しているそぶりを示して
から、正直な心情を語り始めている。話し手は相手の依頼に対してターン5で「ど
49
任 炫樹
うしようかなー」とつぶやき、次の言語行動に移るための準備をしている。そし
て、結局、自信がないと相手に訴えている。J28はターン9においても「どうか
なー」と考慮しているそぶりを示してから、「やめとく」という明示的な表現を用
いている。韓国語の例11にも、例10におけるのと同種の表現が見られる。
(例11)ウチⅡの翻訳依頼を断る
1 K01: ○○아 너 아르바이트 찾고 있다면서?한장당 만원인 아르바
이트가 들어왔는 데 너 한번 해보지 않을래?
2 ⇒ K16: 어떡하지? 나 얼마전에 아르바이트를 시작했거든 그래가지구
그 일까기는 하기에 좀 부담이 될 것 같애 학교에서도 많은 시
간 있는 데 아르바이트까지 하면 많은 부담될 것 같거든.
(どうしよう わたし 何日間前にアルバイトをし始めたの
それで その仕事までやるには ちょっと負担になると思
う。)
例11のターン2で表明されている「어떡하지」の語尾に付いている「∼지」は、
動詞と形容詞の語幹に付いて上昇調で使われた場合、相手の意向を聞いたり、情
報を確かめたりする働きをする。しかし、K16が用いている「어떡하지 ?(どうし
よう)」は、相手の意向を尋ねるためのものではなく、考慮しているそぶりを示
すものとして使われている。K16はこの表現を断り談話を開始するストラテジー
として、つまり都合がつかない自分の状況をほのめかすために用いているのであ
る。
3−5 承諾の応答表現を用いる型
相手の申し出を承諾する際に用いられる応答表現「はい」が断り談話において
しばしば用いられる。この種の「はい」は、断りのシグナルを送る役割は持たな
いが、実質的な発話を発する前に間を設け、相手の申し出を突然断ることを回避
するためのものである。次の例を見てみよう。
(例12)ヨソの勧誘を断る
3 J01:
そう|ですか いっぺん視聴はできます|。
50
日韓断り談話における初出あいづちマーカー
4 ⇒ J12:
|はい いいです| すみません ちょっと英会話やりたいけど
別に今必要なわけじゃないんで{笑い}はい いいです。
ここでJ12は、相手の申し出を「いいです」ときっぱり断っている。しかし、承
諾の応答表現「はい」を前置きにした上でそう言っている。仮にJ12が「はい」を
使わずに「いいです」から断り談話を開始したとしたら、断りたいという気持ち
はより明確に伝わるものの、唐突な印象は避けられない。次の韓国語の例におい
ても事情は変わらない。
(例13)ソトの食事勧誘を断る
1 K01: ○○군 밥 먹었나?밥 먹으러 가지.
2 ⇒ K29: 에 선생님 밥 먹었습니다.
(はい 先生 ご飯食べました。)
この例13において、K29は「에(はい)」を用いて断り談話を開始している。こ
れは相手の申し出を承知したという意味であって、それを承諾したという意味で
はない。「에(はい)」は、相手の意に添えない理由を告げるための間として機能
する。そしてそれが「선생님 밥 먹었습니다(先生 ご飯食べました)」という発
言をやわらげている。
3−6 呼びかけ・自称詞を用いる型
話の導入部に呼びかけ・自称詞を置くのは、相手になにかを働きかける場合で
ある。呼びかけ・自称詞を用いることにより、発話の順番や会話の雰囲気を変え
ることもできる。日向(1983:34)は、「呼びかけの果たす役割は、人と人がこと
ばを交わす場面を成立させるところにある。ふつう人に向かって何か伝えたり、
きいたりしようとするとき、その内容だけをいきなり言うことはない。相手に話
しかける意思があることを示したり、また相手の注意を自分の方に向かせたりす
るのが呼びかけの働きである」と述べている。呼びかけは、相手との心理的な距
離を縮め、相手に親しみを感じさせるという働きもする。このことを次の例に即
して説明する。
51
任 炫樹
(例14)ウチⅠの翻訳依頼を断る 3 J02:
でも何かけっこう簡単にできるみたいだけど どうかな。 4 ⇒ J16:
おかん やれよ。{両者笑い}
J16の発話から「おかん(お母さん)」を除いたら、それが身内に対する発話であっ
ても、相手の面子を脅かしかねないだろう。「おかん」という呼びかけがあるか
らこそ、親密感がかもし出され、「やれよ」という命令形の断り発話がやわらげら
れるのである。ところで、呼びかけには次のように、職名を用いる場合もある。
(例15)ソトの食事勧誘を断る
1 K01: ○○군 식사했나?지금 식사하러 가는 길인데 같이가지?
2 ⇒ K22: 선생님 저 속이 별로 좋지 않아서 먹으러 가기가 좀 그렇네
요 다음에 같이하죠.
(先生 わたくし お腹の調子があまりよくなくて 食べに
行くのはちょっとあれですけど 次の機会に一緒にいかがです
か。)
K22は、断る理由である「저 속이 별로 좋지 않아서 먹으러 가기가 좀 그렇네
요 다음에 같이하죠(わたくし お腹の調子があまりよくなくて 食べにいくのは
ちょっとあれですけど 次の機会に一緒にいかがですか)」を発する前に、「선생
님(先生)」と呼びかけている。韓国語でこのような呼びかけがよく使われるのは、
話題転換5 ・注意喚起をはかったり、依頼・拒絶を示すときである。言いにくいこ
とを言い出す前に、相手の名前や職名、あるいは親族名を用いることにより、尊
敬心・礼儀正しさ・親密感を感じさせるのである。ところで、自称詞「저 (わた
くし)、 나(わたし)」の使用も、目上の人には礼儀正しさを、同年輩や目下には
親密感を与え、実質的な断り発話に入る前のワン・クッションとして機能する。
(例16)ウチⅡの食事勧誘を断る
1
5
K01:
○○아 식사했어?아직이면 같이 먹으러 가자.
李(1999:29)は、反対意見を表明の話題転換として用いる「呼びかけ」は、韓国が日本
を大きく上回り、韓国がより一般的に話題転換の際に呼びかけを用いていると報告してい
る。
52
日韓断り談話における初出あいづちマーカー
2 ⇒ K17:
나 따로 먹을래. (わたし 別途に食べる。)
3
내가 한턱 낼께 가자.
K01:
4 ⇒ K17:
나 지금 안 먹히거든 . (わたし 今 食べる気がしないんだ。)
ここでK17は、自称詞「나(わたし)」を用いて断り談話を開始している。もし、
自称詞「나(わたし)」を使わずに「따로 먹을래(別途に食べる)」というように断
り談話を開始したら、相手の機嫌を損ないかねない。K17は、ターン4において
も「나(わたし)」を用いて断り談話を開始し、「지금 안 먹히거든(今食べる気が
しないんだ)」という発話をやわらげている。今回の調査において呼びかけ・自
称詞から始まる承諾例は見られなかったことから、呼びかけ・自称詞の使用は断
りのシグナルにもなり得ると考えられる。
以上、 A∼F の種類のあいづちマーカーについてその機能を探ってみた。断り談
話を開始する際に見られるあいづちマーカーの共通した機能は、日韓両言語とも
以下の2つにまとめられる。
① 間を設け、断りをやわらげる。
② 断りを予告するシグナルになる。
4.初出あいづちマーカーの頻度
4−1 初出あいづちマーカーが使われる頻度
本節では、初出あいづちマーカーの頻度を探ってみる。日本語と韓国語の全ター
ン数は、日本語が394、韓国語が385である。表1から表3までの場面設定は
各々、2回ずつの申し出で構成されており、それに応ずる応答も2回ずつ行われる。
しかし、無理に断りを求めていないので、1回目か2回目の申し出で承諾する場合
もあれば、相手に情報要求などを求めてターンの数が多くなる場合もあった。今
回の全ターン数には、承諾を表明した場合は含まれていない。そして、1人当た
りのターン数がはっきり2回と決められていないことと、ウチⅠ・ウチⅡ・ソト
場面では勧誘・依頼が用いられヨソ場面では勧誘のみが用いられることを考慮し、
数の単純比較は避け、割合による比較を行うことにする。その結果を表5、6で
53
任 炫樹
示す。
表5 日本語の初出あいづちマーカーの頻度6
D型
E型
F型
初出あい
づちマー
カー合計
全ターン
数
7(6.2)
0(0)
0(0)
1(0.9)
76(66.1)
115(100)
6(5.4)
3(2.7)
0(0)
0(0)
84(75.7)
111(100)
10(9.2)
9(8.3)
1(0.9)
0(0)
0(0)
84(77)
109(100)
24(40.7)
0(0)
2(3.4)
0(0)
2(3.4)
0(0)
28(47.5)
59(100)
224(56.9)
17(4.3)
24(6.1)
4(1.0)
2(0.5)
1(0.3)
272(69)
394(100)
A型
B型
C型
ウチⅠ
66(57.3)
2(1.7)
ウチⅡ
70(63.1)
5(4.5)
ソト
64(58.7)
ヨソ
合計
(括弧なしの数字は頻度を、括弧内の数字は%を表している。表6も同様である)
表6 韓国語の初出あいづちマーカーの頻度
F型
初出あい
づちマー
カー合計
全ターン
数
7(6.3)
20(18)
57(51.4)
111(100)
4(3.3)
16(13.3)
62(51.7)
120(100)
0(0)
6(6)
15(15)
70(70)
100(100)
1(1.9)
0(0)
1(1.9)
10(18.2)
36(66.7)
54(100)
11(2.9)
1(0.3)
18(4.7)
61(15.8)
225(58.4)
385(100)
A型
B型
C型
D型
E型
ウチⅠ
26(23.4)
1(0.9)
ウチⅡ
34(28.3)
2(1.7)
3(2.7)
0(0)
5(4.2)
1(0.8)
ソト
44(44)
3(3)
2(2)
ヨソ
24(44.4)
0(0)
合計
128(33.2)
6(1.6)
分析を行った結果、日本語と韓国語では両方ともに実質的な断り発話に入る前
に、あいづちマーカーを発する傾向が見られる。日本語の場合が69%で、韓国語
の場合が58.4%であり、韓国語より日本語の方があいづちマーカーを多用するこ
とが窺える。言い換えると、あいづちマーカーを用いないで断り発話する割合は
日本語より韓国語の方が高いと言える。
日韓とも使用頻度がもっとも高いディスコース・マーカーに注目すると、日本
語の場合、全ターンのうちでディスコース・マーカーが占める比率が56.9%で、
過半数を超えている。初出あいづちマーカー合計(272回)のうちディスコース・
マーカーが占める比率を計ると82.4%になる。この結果は、A型を除く他の型が断
りを開始する際の初出あいづちマーカーとして稀にしか登場しないことを示唆す
る。韓国語の場合、全ターンのうちでディスコース・マーカーが占める比率は
6
ウチⅠ・ウチⅡ・ソトの全断りターン数と頻度は勧誘・依頼場面を合わせた数値である。
54
日韓断り談話における初出あいづちマーカー
33.2%であり、過半数を超えてはいないが、初出あいづちマーカー合計(225回)の
うちディスコース・マーカーが占める比率を計ると56.9%になる。日本語ほどで
はないが、韓国語においてもディスコース・マーカーがかなり高い頻度で使われ
ていることが分かる。
次に、他のあいづちマーカーの使用頻度を見てみると、「相手の申し出に理解
を示す」B型、「相手の発言の一部をくり返す」C型、「考慮するそぶりを示す」D
型は韓国語より日本語の方で高い比率を示している。しかし、すべての型が日本
語に多く見られるわけではない。「承諾の応答表現を用いる」E型、「呼びかけ・
自称詞を用いる」F型は日本語より韓国語で高い比率を示している。
4−2 ディスコース・マーカーが多用される背景
ディスコース・マーカーの使用頻度が断りの開始時にもっとも高いのは、ディ
スコース・マーカーが他のあいづちマーカーあるいは緩衝語句の呼び水として機
能をするからである。つまり、ディスコース・マーカーは間作りに最適であるの
で多用されるのである。間は、話の展開をゆったりさせ、実際的な断り発話をや
わらげることはもちろん、言いよどみを充分に利用すれば共話7 を導くことができ
る。例えば、なにかを頼まれた側が「あーそうですかーうんー」とだけ言って、
次の発話に進まないままでいると、相手の不都合を察した依頼者は「あ、無理で
すか。」と助け舟を出してくれる。ディスコース・マーカーを巧みに利用すると、
自然に共話が生まれる。次は充分に間を取っている日本語の例である。
(例17)ウチⅡの食事勧誘を断る
1 J01:
今から皆で食事に行く事になったんだけど○○さんも
一緒にどう?
2⇒ J03:
あ 、 そ う な ん だ ー う ん ー 行 き た く な い わ け で も な い
んだけどーでもーうんーちょっと今日はパスかな。
例17には、ディスコース・マーカーが1つのターンで3回もくり返されている。
7
水谷(1983:86)は、二者間で問い、答えるという話しかたは「対話」であり、互いに相
手の話を完結し合う関係には、対話というより、「共話」とで言ったほうがふさわしいと
言っている。
55
任 炫樹
ディスコース・マーカーが間作りにどのくらい影響しているかを調べるため、例
17のようにA型のディスコース・マーカーで始まり、その直後に1回以上のあい
づちマーカーか緩衝語句が出現する比率を分析してみた。その結果を表7に示す。
表7 ディスコース・マーカーの直後に現れる緩衝表現8 の頻度(日本語)
ディスコース・マー
ディスコース・マー
ディスコース・マー
カー+あいづちマー
カー総計
カー+緩衝語句(2)
カー(1)
頻度合計(1)+(2)
ウチⅠ
66(100%)
18(27.3%)
20(30.3%)
38(57.6%)
ウチⅡ
70(100%)
18(25.7%)
16(22.9%)
34(48.6%)
ソト
64(100%)
20(31.3%)
20(31.3%)
40(62.6%)
ヨソ
24(100%)
7(29.2%)
6(25 %)
13(54.2%)
合計
224(100%)
63(28.1%)
62(27.7%)
125(55.8%)
ディスコース・マーカーの直後にあいづちマーカーがくる比率は全224回中63
回(28.1%)、緩衝語句が出現する比率は62回(27.7%)であり、これらを合わせる
と125回(55.8%)になる。このことから、ディスコース・マーカーは実際的な断り
を発する前の間作りに影響していることが分かる。ちなみに、ディスコース・マー
カーを使わずに緩衝語句(「ちょっと」、「あまり」)を用いて断りを開始する例は
15回(3.8%)しか見られなかったことからもそのことが裏付けられる。次の韓国語
の例18についても例17の場合と同じことが言える。
(例18)ソトの依頼を断る
1 K01: ○○군 마침 나에게 번역아르바이트가 들어왔는 데 어떤가
해보지 않겠나?에이포 한장당 만원인데 말이야.
2⇒ K18: 아、에ー아ー에이포한장당 만원이요? 다 하면 분량이 얼마
나 됩니까?
(あ、えーあーA 41枚に 1万円ですか?全部でどのぐらいの量
ですか?)
ここでは、ディスコース・マーカーによって断り談話が開始され、あいづちマー
カーが1つのターンで4回もくり返されている。この例のようにA型のディスコー
ス・マーカーで始まり、その後に1回以上のあいづちマーカーか緩衝語句が出現
8
緩衝表現とは、あいづちマーカーと緩衝語句を意味する。
56
日韓断り談話における初出あいづちマーカー
する比率を分析してみたところ、表8の結果が見られた。
表8 ディスコース・マーカーの直後に現れる緩衝表現の頻度(韓国語)
ディスコース・マー
ディスコース・マー
ディスコース・マー
カー+あいづちマー
頻度合計(1)+(2)
カー総計
カー+緩衝語句(2)
カー(1)
ウチⅠ
26(100%)
9(34.6%)
6(23.1%)
15(57.7%)
ウチⅡ
34(100%)
15(44.1%)
4(11.8%)
19(55.9%)
ソト
44(100%)
23(52.3%)
3(6.9%)
26(59.2%)
ヨソ
24(100%)
14(58.3%)
1(4.2%)
15(62.5%)
合計
128(100%)
61(47.7%)
14(11%)
75(58.8%)
ディスコースマーカーで始まり、その直後に1回以上のあいづちマーカーが出
現する比率は128回のうち51回(39.8%)、緩衝語句が出現する比率は14回(10.9%)
であり、これらを合わせると65回(50.7% )になる。韓国語の場合は日本語よりや
や少ないが、緩衝語句を用いて断りを開始する例は1件も見られなかったことか
ら、ディスコース・マーカーは韓国語においても間作りの役割をしていると考え
られる。
韓国語におけるディスコース・マーカーの使用比率が日本語より低いのは、
「承諾の応答表現を用いる」E型と「呼びかけ・自称詞を用いる」F型の使用頻度
が日本語より高かったためである。
4−3 韓国語に多用される呼びかけ・自称詞
4−1の表5と表6を比較すると分かるように、韓国語には「呼びかけ・自称
詞を用いる」F型が目立つ。日本語には1回しか見られなかったこの型が韓国語
においては61回も観察された。断り談話の先頭に呼びかけあるいは自称詞がおか
れるのは韓国語の特徴であると言えよう。韓国語において呼びかけ・自称詞を前
置きにするのは、話を始めるときの1つの形式としてパターン化されているため
であると考えられる。
(例19)
K07: 엄마 나 오늘 밥 먹기가 싫은 데 왠지 배가 아파 .
(お母さん わたし 今日ご飯食べたくないけど なんだか
57
任 炫樹
お腹の調子が悪いの。)
(例20)
K15: 교수님 저 바쁜데요・・・ (先生 わたくし 忙しいですけど・・・)
(例21)
K13: 아저씨 저 바빠요 . (おじさん わたくし 忙しいです。)
(例22)
K25: 저 지금 배 별로 안 고픈데요・・・(わたくし 今 お腹あまり
空いてないですけど・・・)
(例23)
K29: 저 영어회화테입 집에 쌓여있는 데요 포장도 안 뜯었어요.
(わたくし 英語会話テープ家に山ほどありますが 開けてもい
ません。) 例19∼23から分かるように、韓国語においては、なにかを働きかける際のシグ
ナルとして呼びかけ・自称詞がよく使われる。それは一番先頭におかれるのが通
例である。しかし、先頭に置かれる自称詞であっても、使われる場面により、そ
の機能は異なる。断り場面に使われる自称詞は、電話会話の名乗りに使う「わた
くし ○○ですけど」や討論場面に使われる「わたくしはそう思いません」とは
異なり、ワン・クッションの役割をする。しかし日本語では話を始めるときの形
式として韓国語におけるほどにはパターン化されるに至っておらず、断りのワン・
クッションとしてあまり用いられないようである。
5.初出あいづちマーカーに見られるウチ・ソト・ヨソ意識
4章ではウチ・ソト・ヨソという違いを度外視して、初出あいづちマーカーの
使用頻度を考察した。しかし初出あいづちマーカーは、ウチ・ソト・ヨソというカ
テゴリー間でその使用頻度が異なっている。
初出あいづちマーカーに見られるウチ・ソト・ヨソによる使用頻度の違いは、
韓国語より日本語の方が著しい。4−1の表5の初出あいづちマーカーの合計か
58
日韓断り談話における初出あいづちマーカー
ら分かるように、日本語におけるあいづちマーカーの使用頻度は、高い順番に並
べると「ソト→ウチⅡ→ウチⅠ→ヨソ」となる。また、初出あいづちマーカーと
してよく用いられたA型・B型・C型の使用頻度も高い順番に並べると「ソト→ウ
チⅡ→ウチⅠ→ヨソ」となる。韓国語の場合は4−1の表6に示したように、初
出あいづちマーカーの使用頻度は「ソト→ヨソ→ウチⅡ→ウチⅠ」という順にな
る。ウチ・ソト・ヨソによるA型∼F型のあいづちマーカーの使用頻度は、日本語と
違ってはっきりしたルールは見えず、全般的にばらつきが目立つ。これは、日本
語の場合は相手がどういうカテゴリーに属しているかにより初出あいづちマーカー
の型と頻度が大きく異なるが、韓国語の場合、そういう違いは日本語ほど顕著で
はない。特に、日本語においては、「ウチ9・ソト」と「ヨソ」をはっきり区別す
る傾向が見られる。「ディスコース・マーカーを用いる」A型、「相手に理解を示
す」B型、 「相手の発言をくり返す」C型10 は、 ヨソの関係でよりウチ・ソトの関係
で多用されていて、その機能も異なる。4−2では、ディスコース・マーカーが間
作りにもっとも適切であることを明らかにしたが、ヨソの関係では、その機能が
弱くなったり、まったくなかったりする。下に例を示す。
(例24)ヨソの勧誘を断る
3 J01:
最新式なのでなかなか手にはいら|ないですし・・・| 4⇒ J 03:
|ま、 そうい|うのが信じられないから 絶対嘘くさいから
僕はいいです。
J03はディスコース・マーカーを用いて、断り談話を開始しているものの、ディ
スコース・マーカーの直後に間が充分に設けられていないため、丁寧さは感じら
れない。例24のような例は、ヨソ関係では頻繁に見られるものの、ウチ・ソト関
係では見られない。また、相手の面子を保つためによく使われる「相手に理解を
示す」B型は、ウチ・ソト関係では多少見られるものの、ヨソ関係ではまったく
見られないことも1つの特徴として挙げられる。
韓国語ではウチ・ソト・ヨソを区別する傾向が強くない。特に、ソトとヨソで
使われている初出あいづちマーカーの比率はほぼ同じであり、ディスコース・マー
9
ウチⅠとウチⅡをまとめて、ウチとする。
10
類型D・E・Fは使用頻度が極めて少ないため、言及しない。
59
任 炫樹
カーの直後に現れる緩衝表現の比率はソト関係よりヨソ関係で高い。次に示す例
を見てみよう。
(例25)ウチⅠの食事勧誘を断る
2⇒ K15:
응 저 이따가 집에서 혼자 먹을래요. (うんー わたくし 後で
家で独りで食べます。)
(例26)ソトの食事勧誘を断る
2⇒ K20:
아ー에-죄송합니다 저 제가 지금 급히 어디 가는 중이었거든
요 그래가지구 못 먹을 것 같습니다.(あー はい 申し訳ないで
す わたくし 今急いで行っているとこでした。それで 食べ
られそうにもないです。)
(例27)ヨソの勧誘を断る
2⇒ K08:
아우 저 지금 별도로 구입한 것두 있구요 별도로 다른데서
공부하는 게 있어서 별로 필요가 없거든요. (あー わたくし 今
他に購入してありますし、他のところで勉強しているんで あ
まり必要がないですね。)
例25と例27ではディスコース・マーカーの後に自称詞が用いられていて、例26
ではディスコース・マーカーの後に承諾の応答表現が用いられている。例25∼27
の初出あいづちマーカーとその直後の表現を見る限り、ウチ・ソト・ヨソの区別
は付かない。もちろん、韓国語のヨソ場面にも日本語の例24のような例は見られ
る。しかし、韓国語が日本語と異なるのは、ヨソ関係に見られる断り談話がウチ
Ⅰ・ウチⅡ・ソト場面にも見られる点である。韓国語には特別なカテゴリーでし
か現れない言語行動は見当たらない。これは、日本人と韓国人のウチ・ソト・ヨ
ソ意識がある程度反映された結果である。
6.おわりに
日本語と韓国語の断り談話の開始に見られるあいづちマーカーを比較した結果、
次のことが明らかになった。
60
日韓断り談話における初出あいづちマーカー
(1) 日本語と韓国語のいずれにおいても、実質的な断り発話に入る前にあいづ
ちマーカーが発せられる傾向がある。あいづちマーカーは、間を設けるこ
とによって会話の流れをゆったりさせ、断り談話をやわらげる働きをする。
また、あいづちマーカーの使用は、直ちに断りを発する場合のぶっきら棒
なもの言いを回避させると同時に、断りを予告するシグナルとしても機能
する。
(2) 初出あいづちマーカーとしてもっとも使用頻度が高いのは、日韓両言語と
もディスコース・マーカーである。その理由は、ディスコース・マーカー
が他のあいづちマーカーあるいは緩衝語句の出現を誘発するため、間作り
に有効であることに求められる。その他のあいづちマーカーの使用頻度は
全般的に韓国語より日本語の方が高いが、呼びかけ・自称詞を断り談話に
前置するのは韓国語の特色である。
(3) 日本語はウチ・ソト・ヨソのカテゴリーに敏感である。特に「ウチ・ソト」
と「ヨソ」をはっきり区別する傾向がある。ウチ・ソト場面ではよく使わ
れる初出あいづちマーカーがヨソ場面でほとんど使われないのは、そのよ
うな意識の表れである。一方、韓国語にはそういう傾向は見られない。韓
国語の場合、初出あいづちマーカーの使用頻度とウチ・ソト・ヨソという
場面の違いとの間に相関関係らしきものは存在しない。
以上の結果は、ロールプレイによる資料を基に分析して得られたものであり、
実際の会話を分析したものではない。この結果を日韓両言語の全体的な傾向とし
て捉えるには本研究はまだ充分なものとは言えない。しかし、話し言葉をもとに
した調査として、初出あいづちマーカーの機能と頻度についてなにがしかの事実
を掘り起こすことができたと考えている。
参考文献
李吉鎔(1999)『反対意見表明に関する対照社会言語学的研究―韓・日の大学生を
対象に―』 大阪大学大学院文学研究科修士論文.
生駒知子・志村明彦(1993)「英語から日本語へのプラグマティック・トランス
61
任 炫樹
ファー:『断り』という発話行為について」『日本語教育』第79号 pp.
41―49 日本語教育学会.
李善雅(2002)『議論の場における言語行動―日本語母語話者と韓国人学習者の相
違―』名古屋大学国際言語文化研究科博士論文.
カノックワンラオハブラナキット(1997)「日本語学習者に見られる『断り』の表
現―日本語母語話者と比べて―」『世界の日本語教育』第7号 pp.97
−112 国際交流基金. 金慶燕(1999)『言語使用に関する対照社会言語学的研究―日本人・韓国人・韓国
人日本語学習者の否定表明を中心に―』大阪大学大学院言語文化研究科
博士論文.
熊井浩子(1992a)「留学生にみられる談話行動上の問題点とその背景」『日本語学』
第11号 巻第12 pp.72−80 明治書院.
熊井浩子(1992b)「外国人の談話行動の分析(2) ―断り行動を中心にして―」『研
究報告 人文・社会科学篇』第28巻 第2号 pp.1−40 静岡大学教養
部.
小室郁子(1995)「Discussionにおけるturn-taking―実態の把握と指導の重要性―」
『日本語教育』第85号 pp.53−64 日本語教育学会.
佐久間まゆみ・杉戸清樹・半澤幹一(1997)『文章・談話のしくみ』おうふう.
西野容子(1993)「会話分析について―ディスコースマーカーを中心として―」『日
本語学』12-5 pp.89−96 明治書院.
杉戸清樹(1987)「発話の受けつぎについて」『談話行動の諸相:座談資料の分析』
国立国語研究所編 pp.80−96 三省堂.
杉戸清樹(2001)「待遇表現行動の枠組み」『談話のポライトネス』国立国語研究
所編 pp.99ー109 国立国語研究所.
初鹿野阿れ(1998)「発話ターン交代のテクニック―相手の発話中に自発的にター
ンを始める場合―」『東京外国語大学留学生日本語教育センター論集』
第24号 pp.147−162 東京外国語大学留学生日本語教育センター.
藤森弘子(1995)「日本語学習者にみられる『弁明』意味公式の形式と使用―中国
人・韓国人学習者の場合―」『日本語教育』第87号 pp.79−90 日本
語教育学会.
日向茂男(1983)「呼びかけ」水谷修編『話しことばの表現』 pp.27―36 筑摩
62
日韓断り談話における初出あいづちマーカー
書房.
水谷信子(1983)「あいづちと応答」水谷修編『話しことばの表現』 pp.37−44
筑摩書房.
三宅和子(1994)「日本人の言語行動パータン―ウチ・ソト・ヨソ意識―」『筑波
大学留学生センター日本語教育論集』第9号 pp.29−39 筑波大学.
横山杉子(1993)「日本語における、『日本人の日本人に対する断り』と『日本人
のアメリカ人に対する断り』の比較―社会言語学のレベルのフォリナー
トーク―」第81号 pp.141−151 『日本語教育』 日本語教育学会.
『日本語教育辞典』(1983)日本語教育学会編 大修館書店.
63
64