平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ 論文題目 アポトーシス制御と癌に関する研究 Studies on apoptotic control and cancer 衛生化学研究室 4 年 09P208 渡邉 健斗 (指導教員:皆川 信子) 要 旨 アポトーシスは必ず特定の時期に特徴的な形態変化を伴って起こる遺伝的にプログ ラムされた細胞死であり、正常な組織においても日常的に起こっている生理的な細胞死 で、組織の大きさや形態、機能を正常に維持するために重要な役割を果たしている。 BCL2 はリンパ腫、小細胞がん、大腸がんなどさまざまながんで高頻度に過剰発現して いることが報告されており、アポトーシスを阻害し、細胞ががん化する大きな要因とな っている。また、BCL2 と同様にアポトーシスを阻害する BCL-XL は、肺がん、肝が ん、食道がんなど多くのがんで高頻度に過剰発現して、BCL-XL の発現量が多いほどさ まざまな抗がん剤に耐性を示すことが報告されている。このように、アポトーシス阻害 タンパク質の発現は、細胞のがん化に関わるだけでなく、抗がん剤耐性など、がん細胞 の治療抵抗性にも関与する。多くのがん細胞では IAP ファミリータンパク質が過剰発 現していることが報告されており、細胞のがん化やがんの治療抵抗性に関与すると考え られている。特に XIAP の過剰発現はカスパーゼ 3, 9 を強力に阻害するため、細胞は アポトーシス抵抗性を示す。FLIP はカスパーゼ 8 とよく似た構造をしているため、細 胞死受容体刺激に応答してカスパーゼ 8 とともに DISK にリクルートされる。しかしカ スパーセ活性を持たないため細胞死シグナルを遮断し、アポトーシスを抑制すると考え られている。しかし、FLIP はアポトーシスを阻害するだけでなく、PI3K、Ert などさ まざまなシグナル経路を制御する機能、RIP1 によるネクローシスを制御する機能を持 つことが報告されている。FILP はメラノーマなどのがんで過剰発現している。p53 は さまざまながんで高頻度に変異や欠失が見つかる遺伝子であり、最も代表的ながん抑制 遺伝子である。p53 により発現誘導された p21、miR-34 は細胞増殖を阻害し、BAX, Noxa, Puma, Fas リガンドや TAIL はアポトーシスを引き起こす。また、p53 はミトコ ンドリア膜上で BCL-XL, BCL, Bak, BAX などの BCl2 ファミリータンパク質と結合し、 シトクロム c の遊離を起こす。がん抑制遺伝子 PTEN は PI3K に対し拮抗作用を示す 脱リン酸化酵素である。多くのがんで PTEN の変異や欠失が認められるが、PTEN が その機能を失い、PI3K-AKT 経路が活性状態になるとアポトーシスが抑制される。 多くのがん細胞は、アポトーシス促進因子の機能喪失、またはアポトーシス阻害因子 の過剰発現によってアポトーシスを抑制しており、これが細胞のがん化と治療抵抗性の 要因となっていることが明らかになってきた。これらのがんを効果的に治療するために は、個々のがん細胞がもつアポトーシス抑制のメカニズムを理解し、これを標的とした 治療法を開発することが期待される。 キーワード 1.アポトーシス 2.ミトコンドリア 3.カスパーゼ 4.BAX 5.BCL2 6.BCL-XL 7.BH3 8.IAP 9.FLIP 10.p53 11.PTEN 12.XIAP 阻害剤 13.IAP アンタゴニスト アポトーシス制御と癌 衛生化学研究室 図1.アポトーシス誘導の分子機構の概略 要 旨 アポトーシスは必ず特定の時期に特徴的な形態変化を伴って起こる遺伝的に プログラムされた細胞死であり、正常な組織においても日常的に起こっている生 理的な細胞死で、組織の大きさや形態、機能を正常に維持するために重要な役 割を果たしている。BCL2はリンパ腫、小細胞がん、大腸がんなどさまざまながん で高頻度に過剰発現していることが報告されており、アポトーシスを阻害し、細胞 ががん化する大きな要因となっている。また、BCL2と同様にアポトーシスを阻害 するBCL-XLは、肺がん、肝がん、食道がんなど多くのがんで高頻度に過剰発現 して、BCL-XLの発現量が多いほどさまざまな抗がん剤に耐性を示すことが報告 されている。このように、アポトーシス阻害タンパク質の発現は、細胞のがん化に 関わるだけでなく、抗がん剤耐性など、がん細胞の治療抵抗性にも関与する。 アポトーシスを誘導するためのエフェクターカスパーゼを活性化する経路には、ミトコンドリアを 介した経路とデスレセプターからの経路が存在する。 表1. がん細胞におけるアポトーシス促進因子の発現亢進 Caspase-8 Apaf-1 Bax Bak p53 表2. がん細胞におけるアポトーシス抑制因子の発現亢進 がん遺伝子名 がんの種類 がん遺伝子名 がんの種類 胃がん、乳がん、神経芽種 悪性黒色腫、卵巣がん 結腸がん、胃腸がん、リンパ球性 白血病 胃がん、結腸がん、直腸がん 肺がん、胃がん、結腸がん、乳が んなど 図2.細胞死受容体Fasによるカスパーゼ活性化機構 09P208 渡辺 健斗 濾胞性リンパ腫、びまん性大細胞形リンパ腫、 慢性Bリンパ球性白血病 Bcl-2 XIAP、cIAP1 濾胞性リンパ腫、多発性骨髄腫 cFILP ホジキンリンパ腫 MDM2 軟組織腫瘍、骨肉腫、食道がんなど 図3.ミトコンドリア経路によるカスパーゼ活性化機構 IAPファミリーとがん 多くのがん細胞ではIAPファミリータンパク質が過剰発現していることが報告さ れており、細胞のがん化やがんの治療抵抗性に関与すると考えられている。特 にXIAPの過剰発現はカスパーゼ3,9を強力に阻害するため、細胞はアポトーシ ス抵抗性を示す。 FLIPの機能とがん FLIPはカスパーゼ8とよく似た構造をしているため、細胞死受容体刺激に応答 してカスパーゼ8とともにDISKにリクルートされる。しかしカスパーセ活性を持た ないため細胞死シグナルを遮断し、アポトーシスを抑制すると考えられている。し かし、FLIPはアポトーシスを阻害するだけでなく、PI3K、Ertなどさまざまなシグナ ル経路を制御する機能、RIP1によるネクローシスを制御する機能を持つことが報 告されている。FILPはメラノーマなどのがんで過剰発現している。 p53によるアポトーシスの誘導機構 p53はさまざまながんで高頻度に変異や欠失が見つかる遺伝子であり、最も代 表的ながん抑制遺伝子である。p53により発現誘導されたp21、miR-34は細胞増 殖を阻害し、BAX,Noxa,Puma,FasリガンドやTAILはアポトーシスを引き起こす。 また、p53はミトコンドリア膜上でBCL-XL,BCL,Bak,BAXなどのBCl2ファミリータ ンパク質と結合し、シトクロムcの遊離を起こす。 がん抑制遺伝子PTENとPI3K-AKTシグナル がん抑制遺伝子PTENはPI3Kに対し拮抗作用を示す脱リン酸化酵素である。 多くのがんでPTENの変異や欠失が認められるが、PTENがその機能を失い、 PI3K-AKT経路が活性状態になるとアポトーシスが抑制される。 多くのがん細胞は、アポトーシス促進因子の機能喪失、またはアポトーシス阻 害因子の過剰発現によってアポトーシスを抑制しており、これが細胞のがん化と 治療抵抗性の要因となっていることが明らかになってきた。これらのがんを効果 的に治療するためには、個々のがん細胞がもつアポトーシス抑制のメカニズムを 理解し、これを標的とした治療法を開発することが期待される。 図4.XIAP阻害剤(a)とIAPアンタゴニスト(b)の作用機構の模式図 ミトコンドリアにはPTPと呼ばれる孔が存在し、BAXはPTPを開孔することによってシトクロムcの遊離を引 き起こす。また、BAXがチャネル様構造をとり、PTPとは別にシトクロムcの遊離を引き起こすこともある。い ずれにしても、DNA障害によってp53が活性化するとBAXが発現してミトコンドリアの膜透過性が亢進し、 シトクロムcが細胞質に放出されることがアポトーシスの進行において重要である。 アポトーシスを抑制するBCL2、BCL-XLタンパク質は、主にミトコンドリア外膜に存在している。BCL2およ びBCL-XL発現量が多いミトコンドリアではPTPが開孔しにくい状態になっており、シトクロムcの遊離が抑 制されている。またBCL2はBAXと結合し、BAXのミトコンドリア膜透過性亢進機能を阻害する。 BCL2,BCl-XLは多くのがんで高頻度に過剰発現している… BH3サブファミリーのタンパク質はBH3ドメインでBCL2に 結合してその機能を抑制するため、結果的にBAX/BCL2 のバランスがBAX優位に傾くことにより、ミトコンドリア膜透 過性が亢進してアポトーシスを促進する。 そこで・・・ ABT-737 BCL2に結合してBH3と同様な活性を示す抗がん剤候補 化合物、ABT-737、SAHBsの開発! IAPファミリータンパク質にはBIRドメインが1~3個存在し、XIAPはカスパーゼ3,7,9と直接結合し、 その活性を阻害する。カスパーゼ3,7の阻害活性は、BIR2ドメインとそのN末端側のリンカー領域に 依存しており、カスパーゼ活性を阻害する。カスパーゼ9はXIAPのBIR3ドメインに結合し、活性制 御を受ける。XIAPのC末端に存在するRINGフィンガードメインは、UBCタンパク質と結合して、ユビ キチンリガーゼ活性を示し、XIAP自身、あるいはXIAP結合タンパク質のユビキチン化を触媒し、プ ロテアソームによる分解を促進する。cIAP1のBIR3ドメインにはIAP結合モチーフを介してカスパー ゼ9が結合する。またRINGフィンガードメインはXIAPと同様にユビキチンリガーゼ活性をもつ。 cIAP1はTNF受容体と複合体を形成しており、TNFα刺激に応答してRIP1をユビキチン化する。 このように、cIAP1はRIP1ユビキチン化を介してカスパーゼ8の活性を阻害する。 ・ABT-737 低分子化合物で、BCL2、BCL-XLの疎水性の溝に高い親和性で結合する。ABT-737は単剤でも リンパ腫、非小細胞肺がんにアポトーシスを誘導し、他の抗がん剤と併用することによりさまざまな がんで抗がん剤の作用を増強する。また、非小細胞肺がんを移植したマウスの治療実験でもがん の縮小を引き起こす。 ・SAHBs BIDのBH3ドメインからデザインされたペプチド性へリックスで、α-へリックス構造を安定化させる ためにオレフィン系の炭化水素側鎖を使ってアミノ酸を架橋した構造をしている。安定なαへリック ス構造をとったSAHBsはプロテアーゼによる分解を受けにくく、細胞内によく蓄積してBCL2と結合 する。SAHBsもin vivo、in vitroで白血病細胞に対して抗がん作用を示す。 表3.略語一覧 IAP BIR FLIP RIP1 PTP inhibitor of apoptosis protein baculovirus IAP repeat FLICE-like inhibitory protein receptor-interacting protein 1 permerability transition pore SAHBs stabilized alpha-herix of BCL2 domains 参 考 文 献 1) 関根悠介,武田弘博,一條秀憲:実験医学, 29, 78-84 (2011). 2) Shibue,T et al.:Gene Dev., 17, 2233-2238 (2003). 3) http://www-personal.umich.edu/~ino/si.htm 4) http://www5e.biglobe.ne.jp/~dash-ken/82990341/ 5) http://www.tmig.or.jp/J_TMIG/genome300/BCL.html 6) http://tykerb.jp/info/07.php 7) http://www.shuraba.com/?p=science/apoptosis 8) http://dimb.w3.kanazawa-u.ac.jp/sousetsuf/sousetsu2.htm 9) Villunger,A.et al.:Science, 302, 1036-1038 (2003). 多くのがんでIAPファミリータンパク質が過剰に発現… そこで・・・ XIAP阻害剤、IAPアンタゴニストの開発! IAPアンタゴニスト ・XIAP阻害剤 図4(a) XIAPのBIR2-linkerによるカスパーゼ3阻害活性を解除することにより、がん細胞に選択的にアポトー シスを誘導する。 ・IAPアンタゴニスト図4(b) cIAP1のBIR3ドメインに結合するとcIAP1のRINGドメインによってcIAP1自身をユビキチン化し、プロテ アソームによる分解を引き起こす。IAPアンタゴニストによってcIAPが分解された細胞では、RIP1ユビキ チン化が抑制され、アポトーシスが増強される。 この他にも・・・アポトーシスを標的としたがん治療薬として、アデノウィルスベクターを使ってp53を 遺伝子導入するなどの方法が研究されている。
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