介護の産業連関分析

香 川 大 学 経 済 論 叢
第84巻 第4号 2
0
1
2年3月 1
2
9−14
2
介護の産業連関分析
―― 全国及び四国4県について ――
小 松 秀 和
目
次
!
はじめに
"
経済効果(一次効果)
#
経済効果(追加効果)
$
他産業との比較
%
介護産業の将来展望
&
おわりに
! はじめに
2
0
0
0年の介護保険の施行から介護市場は年々拡大を続けている。制度発足
当初3.
6兆円だった介護費用は2
0
0
9年には7.
5兆円とほぼ倍増した(厚生労
働統計協会(2
0
1
1)
)
。それに伴い介護市場に参入する事業者や介護従事者も増
えている。厚生労働省「介護サービス施設・事業所調査」によると,2
0
0
8年
時点の訪問介護事業所数は2
0,
8
8
5で2
0
0
0年時点の9,
8
3
3と比べて約2.
1倍,
介護従事者(常勤と非常勤の合計)は2
1
8.
2万人で2
0
0
0年時点の9
7.
7万人と
比べて約2.
2倍となっている。
介護保険導入以降,介護は産業としての色彩を強く帯びるようになった。と
いうのは,介護保険で従来認められていなかった営利企業の参入が居宅サービ
スを中心に認められるようになったからである。営利企業の参入によって介護
は公共サービスとしての位置づけから民間企業によるサービス産業へと姿を変
えた。また,産業連関表上で介護が医療などと別の独立した部門として扱われ
−130−
香川大学経済論叢
382
るようになったのも2
0
0
0年からである。
介護を始めとする社会保障の産業化にとりわけ熱心なのは日本政府かも知れ
ない。2
0
1
1年,政府・与党社会保障改革検討本部は「社会保障・税一体改革
成案」(2
0
1
1年6月3
0日)の中で社会保障と経済成長の好循環の実現を謳っ
ている。その内容について民主党の解説記事は「経済成長との好循環を図る仕
掛けづくり」と題して次のように説明している。
「これまでともすると社会保障の充実は経済成長の足を引っ張るものと
誤解されてきた。しかし,社会保障は需要・供給面で経済成長に寄与する
機能を有している。成案は,医療や介護分野での雇用創出や新たな民間サ
ービス創出のための環境整備,情報通信技術などを活用した社会保障費用
の最適化とサービスの質の向上,医療イノベーションなど,利用者・国民
の利便の向上と新たな産業分野育成の観点からの諸改革を重視し,安心で
きる社会保障制度の確立と経済成長との好循環を目指すとしている。
」
(民
主党『プレス民主』2
0
1
1年8月5日号より一部抜粋)
。
社会保障が長期の経済成長にどう寄与するのか興味深いところであるが,当
面期待されるのは同記事にもあるように雇用創出などの経済効果であろう。社
会保障による経済効果の分析として,伊藤・高橋(2
0
0
0)や宮沢(2
0
0
0)など
がある。前者は介護,後者は社会保障全体に関するものである。特に,宮沢
(2
0
0
0)は社会保障の経済効果が公共事業を上回る可能性を示した。
そこで本稿では,介護保険の創設以降,急速に産業としての性格を強めつつ
ある介護について,それが経済活動に及ぼす影響を伝統的な産業連関分析によ
り明らかにする。本稿の特徴は三つある。第一に,最新のデータ(平成17年
産業連関表)を用いている点。これにより介護保険普及前後の経済効果が比較
できる。第二に,分析対象を全国だけでなく地方(四国4県)にも広げている
点。そして第三に,介護の経済効果を他産業(公共事業と医療・保健)と比較
している点である。
383
介護の産業連関分析
−131−
本稿の構成を示すと,まず,全国及び四国4県における介護の経済効果を一
次効果と追加効果に分けて分析する。次に,介護の産業内での相対的地位を確
認するために他産業(公共事業と医療・保健)との比較を試みる。最後に,そ
れまでの分析結果を踏まえて介護の産業としての将来展望について考察する。
! 経済効果(一次効果)
産業連関表により全国と四国4県における介護の経済効果を測定する。その
際,経済効果としてまず考慮するのは一次効果である。一次効果とは,介護部
門の生産が全産業部門に与える生産波及効果のことで,技術的には産業連関表
のうち逆行列係数表を使って計算する。なお,経済効果にはこの他に生産活動
に携わる労働者の所得増加を起点に波及するものがあるが,それについては次
節以降で取り扱う。
表1は,2
0
0
0年及び2
0
0
5年の産業連関表から介護部門に関する主なデータ
を抜粋したものである。全国表に注目すると,取引基本表(生産者価格評価表)
から2
0
0
5年の介護国内生産額は約6.
4兆円で,前回調査時の約4兆円と比べ
て1.
5倍以上の増加となっていることが分かる。2
0
0
5年の生産額の内訳は,
内生部門が約1.
7兆円,粗付加価値部門が約4.
7兆円である。投入係数表の欄
にあるのは,生産額に占める内生部門,粗付加価値部門,雇用者所得の割合で
あるが,前回調査時の20
0
0年と比べてごく小幅な変化に止まっていることか
ら,生産額で見たボリューム面での大きな変化の割に,介護の投入構造そのも
のについて(内生部門と粗付加価値部門という比較的大きな単位で見る限り)
目立った変化はなかったと言える。
次に,経済効果の鍵となる逆行列係数表について見てみよう。全国表におけ
る2
0
0
5年の列和は1.
4
5で前回の1.
4
7と比べて若干ではあるが減少している。
これは少々意外な結果と言える。なぜなら,介護保険の開始以降,生産額の面
で大幅な伸びを見せていることから,介護部門が他部門に与える影響も大きく
なっていることが予想されたからである。しかし,逆行列係数で見た限りにお
いてはその影響が増すどころか介護保険開始直後の2
0
0
0年よりも逆に減る結
国
香
60,
972
国内生産額
川
徳
島
愛
媛
高
59,
099
43,
078
16,
021
2005年
知
48,
740
33,
096
15,
644
2000年
0.
736287 0.
759548 0.
853834 0.
873162 0.
940852 0.
892315 0.
916574 0.
888430 0.
950634 0.
954982
0.
507564 0.
516401 0.
690096 0.
699126 1.
130607 0.
757612 0.
774729 0.
733622 0.
781882 0.
770907
感応度係数
出所:全国及び四国4県のデータは,当該年の経済産業省「産業連関表」,香川県政策部統計調査課「香川県産業連関表」,徳島県県民
環境部統計調査課「徳島県産業連関表」,愛媛県企画情報部管理局調査課「愛媛県産業連関表」,高知県総務部統計課「高知県産
業連関表」よりそれぞれ抜粋。
注:取引基本表のデータは名目値。
1.
450629 1.
470851 1.
237268 1.
248933 1.
172008 1.
177799 1.
183090 1.
211018 1.
215828 1.
238776
列和(一次効果)
影響力係数
逆行列係数表
0.
735870 0.
723306 0.
601787 0.
564803 0.
576545 0.
514020 0.
583034 0.
574344 0.
630095 0.
604968
64,
835
47,
167
17,
668
2000年
粗付加価値部門計
102,
572
75,
492
27,
080
2005年
0.
582837 0.
574910 0.
744483 0.
718226 0.
733902 0.
725984 0.
735990 0.
727486 0.
728913 0.
679024
34,
914
25,
347
9,
567
2000年
0.
264130 0.
276694 0.
255517 0.
281774 0.
266098 0.
274016 0.
264010 0.
271514 0.
271087 0.
320976
62,
120
45,
590
16,
530
2005年
内生部門計
35,
993
25,
851
10,
142
2000年
雇用者所得係数
投入係数表
6,
387,
536 4,
013,
353
45,
393
内生部門計
粗付加価値部門計 4,
700,
398 2,
902,
883
2005年
15,
579
2000年
1,
687,
138 1,
110,
470
取引基本表(百万円)
2005年
全
表1:介護部門の主なデータ(全国及び四国4県)
−132−
香川大学経済論叢
384
385
介護の産業連関分析
−133−
果となった。影響力係数の面でもそれは裏付けられており,2
0
0
5年の数値は
2
0
0
0年のそれを下回っている。
続いて,四国4県(香川,徳島,愛媛,高知)の数値に注目してみる。各県
の逆行列係数表の数値を全国表と比較すると次のことが指摘できる。まず,四
国4県のいずれの列和も全国表の数値より小さい。前者が最大でも1.
2程度で
あるのに対して後者が1.
4程度であることから,無視できない差があると言っ
てよいだろう。しかし,全国表の数値は,その影響力係数が示すように,介護
以外の部門と比較すると大きな値ではなくむしろ小さな部類に入る。にもかか
わらず,四国4県の数値はそれを下回っているのである。ここから,四国4県
における介護産業の県内全産業に与える生産波及効果がいかに小さいかが分か
る。次に,四国4県の影響力係数を全国と比較すると,1を超えるほどではな
いが高知の0.
9
5を筆頭に相対的に高い数値を示している。
これらの結果から介護産業について次のことが言える。介護の全産業に対す
る生産波及効果は,全国レベルはもとより四国という地域レベルで見ても絶対
的な水準としては低い。しかし,四国の他産業との関係を示す影響力係数で見
ると,全国レベルで見た場合ほど,その数値は低くはない。確かに列和の数値
自体は小さいが,その小ささは地方においては他の産業より大きく見劣りする
訳ではない。つまり,これは四国の産業全体(介護も含む)の構造が全国と比
べて一次波及効果の面で力不足な状態にあることを示している。これは何も四
国だけでなく地方経済全体が抱える問題と言ってよいだろう。
! 経済効果(追加効果)
先の分析から,介護の全産業に対する生産波及効果(一次効果)が他産業と
比べて絶対的に低いことが明らかとなった。宮沢(2
0
0
2)が指摘したように,
こうした傾向はサービス業全般に共通するものであるが,粗付加価値の雇用者
所得の増加を経て生産へ波及する部分(本稿ではこれを追加効果とよぶ)まで
考慮すると,また違った結果になる可能性がある。そこで以下では,追加効果
を含んだ経済効果について検証する。
−134−
香川大学経済論叢
386
ただし,追加効果の計算には,波及段階としてどこまで考慮するかという問
題がある。具体的には,雇用者所得増→消費支出増→生産波及効果という過程
を一回または二回というように有限回数で区切る場合と,同様の過程を収束す
るまで無限回繰り返す場合とがある。どちらを使うか明確な基準はないが,後
者の方がその値が大きくなる(特に雇用者所得係数の高い産業ほどその傾向が
強い)ので注意が必要である。本稿では,先行研究との比較もあり後者を追加
効果とする。
表2は2
0
0
5年の介護部門における雇用者所得係数,民間消費支出による生
産誘発係数,介護産業の追加効果並びに総効果(=一次効果+追加効果)につ
いてまとめたものである。表の見方は次のとおりである。
まず,投入係数表から介護部門の雇用者所得係数を取り出し,それに平均消
費性向を乗じた部分が民間消費支出に回ったと仮定して民間消費支出による生
!
産誘発係数を求める。次に,雇用者所得係数と民間消費支出による生産誘発係
数を乗じた効果(これを二次効果とよぶ)を計算する。そして最後に,この過
程を値が収束するまで繰り返す。
計算の結果,全国表における介護部門の雇用者所得を通じた追加効果は
0.
9
0
7(一次効果と合わせた総効果は2.
3
5
8)となった。四国4県の追加効果
は表のとおりであるが,特徴として言えるのは全国と比べてそれらの数値が大
表2:介護の経済効果(全国及び四国4県)
全 国
雇用者所得係数
香 川
徳 島
愛 媛
高 知
0.
5
8
2
8
37 0.
6
0
1
7
8
7 0.
57654
5 0.
58303
4 0.
630095
民間消費支出による生産誘発係数 1.
5
2
5
1
8
4 0.
9
7
9
3
1
0 0.
75024
7 0.
73719
4 0.
905305
平均消費性向(%)
74.
4
7
1.
6
6
9.
9
75.
9
7
1.
7
二次効果
0.
6
6
1
3
67 0.
4
2
1
9
6
5 0.
30235
3 0.
32622
5 0.
408997
追加効果
0.
9
0
7
5
17 0.
5
1
5
5
3
7 0.
34526
0 0.
37252
6 0.
490317
総効果
2.
3
5
8
1
4
6 1.
7
5
2
8
0
5 1.
51726
8 1.
55561
6 1.
706145
出所:雇用者所得係数と民間消費支出による生産誘発係数
(全国,香川,徳島)は表1と同じ。
平均消費性向は総務省「家計調査年報(家計収支編)平成17年」より抜粋。その他は
筆者推計。
38
7
介護の産業連関分析
−135−
幅に低いことである。徳島に至っては,平均消費性向の低さも手伝ってか四国
4県の中で最も低い値となった。
四国の数値が絶対的に低い水準に止まった訳であるが,先に見たように地方
では他の産業も同様の傾向にあるため,相対的な観点から介護産業を見る必要
がある。そこで次に,介護産業を他産業と比較することで相対的な観点から地
域経済への影響を分析する。
! 他産業との比較
追加効果を含む総効果の大きさを他産業との比較により分析するが,ここで
比較対象とするのは公共事業と医療・保健である。前者を選んだ理由は,昨今,
介護を従来の公共事業に代わる支出先とする考え方があるのを踏まえ,果たし
て介護への支出は従来型の公共事業と比べてどの程度の経済効果をもつのかを
検証するためである。また,後者を選んだ理由は,同じ社会保障サービスであ
る医療と介護の産業構造の違いを分析し,それが経済効果に及ぼす影響を明ら
かにするためである。
公共事業及び医療・保健部門に対して,先に介護部門に対して行った分析を
適用して得た結果が表3と表4である。介護の場合(表2)と比較すると次の
ことが言える。公共事業との比較では,雇用者所得係数の違いから全国及び四
表3:公共事業の経済効果(全国及び四国4県)
全 国
香 川
徳 島
愛 媛
高 知
投入係数(内生部門計)
0.
5
3
6
6
60
0.
5
3
8
6
9
1
0.
5
5
303
4
0.
63505
0
0.
658634
列和(一次効果)
1.
9
6
0
5
27
1.
5
5
4
7
8
6
1.
3
5
856
0
1.
40183
1
1.
511703
影響力係数
0.
9
9
5
0
92
1.
0
7
2
9
5
1
1.
0
9
061
0
1.
08603
9
1.
181973
雇用者所得係数
0.
3
3
2
9
49
0.
3
3
2
7
2
5
0.
31
910
1
0.
23294
0
0.
183124
二次効果
0.
3
7
7
8
1
0
0.
2
3
3
3
0
2
0.
1
6
734
4
0.
13033
7
0.
118866
追加効果
0.
5
1
8
4
2
4
0.
2
8
5
0
3
7
0.
1
9
109
2
0.
14883
6
0.
142500
総効果
2.
4
7
8
9
5
1
1.
8
3
9
8
2
3
1.
5
4
965
2
7
1.
55066
1.
654203
出所:投入係数(内生部門計)
,列和(一次効果),影響力係数,雇用者所得係数は表1と同
じ。その他は筆者推計。
−136−
香川大学経済論叢
388
表4:医療・保健の経済効果(全国及び四国4県)
全 国
香 川
徳 島
愛 媛
高 知
投入係数(内生部門計)
0.
4
4
3
1
63
0.
4
3
8
0
4
6
0.
4
4
448
0
0.
44585
6
0.
466556
列和(一次効果)
1.
7
4
2
0
38
1.
4
1
1
2
7
3
1.
2
1
082
1
1.
20585
5
1.
259692
影響力係数
0.
8
8
4
1
95
0.
9
7
3
9
1
4
0.
9
7
200
9
0.
93421
1
0.
984930
雇用者所得係数
0.
4
2
6
3
30
0.
4
2
3
6
5
8
0.
42
698
8
0.
45115
8
0.
439891
二次効果
0.
4
8
3
7
7
2
0.
2
9
7
0
6
3
0.
2
2
392
2
0.
25243
7
0.
285535
追加効果
0.
6
6
3
8
2
4
0.
3
6
2
9
3
7
0.
2
5
569
9
0.
28826
6
0.
342308
総効果
2.
4
0
5
8
6
2
1.
7
7
4
2
1
0
1.
4
6
652
0
1
1.
49412
1.
692000
出所:投入係数(内生部門計)
,列和(一次効果),影響力係数,雇用者所得係数は表1と同
じ。その他は筆者推計。
国4県とも二次効果については介護が公共事業を上回るものの,一次効果と合
わせた効果では前者が後者を下回っている。しかし,これはあくまでも雇用者
所得を通じた効果を一回限りとした場合の話であって,もしその効果が繰り返
される,つまり雇用者所得を通じた消費支出が生産を誘発し,それが各産業の
雇用者所得ひいては消費支出を増加させ更なる生産を誘発し,…というように
二次だけでなく三次以降の効果まで考慮した場合には,別の結論となる可能性
がある。実際,宮沢(2
0
0
0)では二次以降の究極的な追加波及効果を考慮すれ
ば,医療・福祉部門への支出が公共事業と同等かそれ以上の経済効果をもたら
!
すことを示した。
そこで改めて,雇用者所得を通じた究極的な追加効果まで含めた総効果で比
較してみると,確かに雇用者所得係数の高さから介護の総効果は,含めない場
合と比べて大幅に伸びる(対照的に公共事業の上昇幅は小さい)
ことが分かる。
ただし,そのような上昇幅の追加があったにもかかわらず,全国における最終
的な経済効果は,介護2.
3
5
8,公共事業2.
4
7
8と,依然として後者が前者を上
回る結果となった。
一方,四国4県に目を転じると,最終的な効果は地域によって異なることが
分かる。具体的には,香川と徳島については全国と同様に介護は公共事業を下
回るが,愛媛と高知については介護が公共事業を上回る結果となった。つまり,
389
介護の産業連関分析
−137−
全国的な傾向とまでは言えないが,介護の経済効果が公共事業を上回る地域も
存在するということである。
では,医療・保健部門との比較はどうか。表4によると,全国及び香川では
介護の経済効果は医療・保健を下回ったが,他の四国3県では前者が後者を上
回った。これは少々意外な結果と言えるのではないか。なぜなら,現代の医療
は高度かつ高額な診療・検査機器,治療方法が積極的に取り入れられており,
日本を含む先進国の多くが次代の新たな成長産業と位置付けて巨額の投資を
行っているため,それが他産業に与える影響もかつてと比べるとかなり大きく
なっていることが予想されたからである。
他産業に与える一次的な影響の大きさは中間投入,つまり投入係数表の内生
部門全体の値に表れる。全国及び四国4県を比較すると,医療・保健部門の投
入係数(内生部門計)が介護部門のそれを大幅に上回っている。これが両者の
列和,つまり一次効果の差を生んでいる。にもかかわらず,追加効果を含めた
総効果で比較すると,先に示したように徳島,愛媛,高知は介護の経済効果の
方が大きくなる。医療・保健部門の投入係数は介護と比べて確かに高い。しか
し,高いと言っても中途半端な水準であることは否めず,それゆえ,一次効果
で上回っておきながら総効果で負けるという事態が起きたと考えられる。
これまでの分析結果を踏まえると経済効果に関して次のことが指摘できる。
投入係数と粗付加価値係数の大きさはトレードオフ,つまり一方が大きければ
他方が小さくなる関係にあり,また,投入係数が大きいほど一次効果が大き
く,粗付加価値係数ひいては雇用者所得係数が大きいほど追加効果が大きくな
る傾向がある。問題は,一次効果の大きい産業が追加効果を考慮した総効果で
も大きいとは限らない点である。先に見たように,一次効果が大きくても中途
半端な水準では追加効果で逆転される可能性がある。こうした可能性を排除す
るには,ある水準以上の一次効果を保証する投入係数の大きさが必要である。
つまり,ある産業に対して追加効果による逆転を許すか許さないかの境目とな
る投入係数上の閾値が存在するということである。
この閾値を基準にして,介護,公共事業,医療・保健の三者の関係を再考し
−138−
香川大学経済論叢
390
てみる。介護は投入係数が相当程度に低く,それゆえ追加効果の大きい産業で
ある。対照的に公共事業は投入係数ひいては一次効果の大きい産業である。そ
の大きさも(愛媛と高知を除いては)閾値を超えるものであり,結果として介
護を総効果で上回った。一方,医療・保健も介護より投入係数が大きい産業で
ある。しかし,(全国と香川を除いて)その大きさは公共事業とは異なり閾値
を超えるほどではなく,それゆえ総効果で介護を下回ってしまった。
現代の医療・保健部門は以前より産業化が進んでいる印象があるが,本節の
分析が示すところでは,その度合いは公共事業にさえ未だ及ぶところではな
い。そのため場合によっては,より労働集約的で追加効果の大きい介護部門な
どに総効果で負けてしまうというジレンマに陥ってしまう。そういう観点から
すると,現代医療は本格的な産業化の途上にあると言えるのかも知れない。
! 介護産業の将来展望
前節の結果は,介護の産業としての展望を考える上で示唆に富むものであ
る。本稿の冒頭で,高齢社会における介護の経済効果に期待する見方について
紹介したが,その見方には二通りの考え方があるように思われる。一つは,介
護を従来の公共事業よりも「ましな」支出対象とする,いわば消極的な見方で
ある。もう一つは,介護を文字通り高齢社会の代表的産業(リーディング・イ
ンダストリー)と捉える積極的な見方である。前者については最終節で言及す
ることにして,ここでは主に後者について考察する。
政府・与党社会保障改革検討本部が「社会保障・税一体改革成案」で謳い上
げるように,介護を2
1世紀の高齢社会における有望産業とする考えも十分理
解できる。介護保険費用が制度開始から1
0年で倍増したことからも分かるよ
うに,高齢社会において介護サービスに対するニーズの拡大は必然であり,
放っておいても市場拡大が見込まれることから,介護を従来の社会保障という
狭い枠組みから解き放ち大規模な雇用や付加価値を生み出す成長産業と見ても
不思議ではない。とりわけ日本政府にはそのような期待が強い。
では本当に,介護の産業としての展望は明るいと考えてよいのだろうか。前
391
介護の産業連関分析
−139−
節の結果だけで判断すれば,介護に過度な期待をかけるのは少々荷が重いよう
に感じられる。介護の産業連関表上の特徴は粗付加価値係数が他産業と比べて
相対的に高いことであった。そのため,一次効果が多少低くてもそれを補うほ
どの追加効果が期待できた。しかし,いくら追加効果が大きくても,先の結果
が明らかにしたことは,投入係数がある閾値を超える,つまり他産業への一次
波及効果が非常に大きい産業と比べると,やはり総合的な経済効果という点で
見劣りするということである。
介護の投入係数を引き上げて他産業へより大きな効果が見込めるよう構造変
化を促せばよいと考えるかも知れない。そうすれば確かにより大きな経済効果
が得られる可能性がある。しかし,その実現のためには投入係数を現在より大
幅に引き上げなければならない。なぜなら,中途半端な変化では,追加効果の
大きな産業に総効果で負けてしまうからである。医療・保健部門のように,投
入係数の過渡的・限定的上昇は却って介護の経済効果を低下させかねない。結
局,投入構造を変えるならば大胆な変更が必要ということになるが,果たして
介護にそのような変化が可能なのだろうか。
介護の投入係数を引き上げる方法はいくつか考えられる。もっとも単純なの
は,かつてそうであったように特別養護老人ホームなどの施設を増やすことで
ある。施設の増設には巨額の建設費用がかかるが,それにより投入係数は確実
に高まる。しかし,国家及び地方財政の厳しさもあって当該施設の建設は抑制
される傾向にある。一方で,それを補うように居宅介護サービスに分類される
高齢者専用賃貸住宅の整備が急速に進んでいる(小松(2
0
1
1)
)
。これらの建設
費用は現行の産業連関表の介護部門には計上されておらず,もし計上されてい
れば投入係数は現在より上昇していた可能性が高い。ただ残念ながら,こうし
た施設が増加したからと言って,介護サービスそのものが構造変化したことに
はならない。実際,高齢者専用賃貸住宅などはそもそも高齢者の賃貸物件への
円滑な入居を目的に始まった経緯があり(小松(2
0
1
1)
)
,介護事業というより
も建設業や不動産業としての性格が強い。かつてワンルームマンションなどの
若者向け賃貸物件が注目されたが,現在はそれが高齢者向けに代わっただけと
−140−
香川大学経済論叢
392
も言える。介護はあくまでサービスが主体であり,それを忘れてはなるまい。
では,介護サービスそのものの構造変化は可能か。現状を考えると,それは
難しいと言わざるを得ない。産業連関表を見るまでもなく介護は労働集約型産
業の典型である。そうした構造は一朝一夕に変えられるものではない。投入係
数を大幅に引き上げるということは人の手による仕事を他の手段で代替するこ
とを意味するが,それができないからこそ現在,介護分野で人手不足が起きて
いるのであり,外国人介護士を受け入れるまでになっているのである。自動車
が馬車に取って代わり自動車産業が生まれたように,何かが人間に代わって介
護の担い手にならない限り介護の投入構造が劇的に変わることはないだろう。
個人的には介護用ロボットの開発にその可能性を見出したいが,その実現には
まだかなりの困難が予想される。
! おわりに
本稿では,最新の産業連関表により介護の経済効果を様々な角度から分析し
てきた。その結果,四国における介護の経済効果は全国と比べて数値的に低い
水準に止まることが明らかとなった。介護保険の普及により地方経済にとって
介護の存在感が大きくなっていることが予想されたため少々意外な結果となっ
た。ただし,地方ではどの産業も総じて経済効果は低いため,相対的な関係を
示す影響力係数の面で他産業より格段に劣るという訳ではなかった。
介護の経済効果を公共事業並びに医療・保健と比較した分析では,一次効果
と追加効果の違いから三者の関係性が見て取れた。投入係数が高く粗付加価値
係数の低い産業(三者のなかでは公共事業が主に該当する)ほど一次効果が大
きく追加効果が小さい。他方,投入係数が低く粗付加価値係数が高い産業(介
護が主に該当)ほど一次効果が小さく追加効果が大きい。最終的な総効果は一
次効果と追加効果の相対関係で決まるが,介護のような労働集約型産業では総
効果に占める追加効果の割合が高い。そのため総効果で介護を上回ろうと思え
ば,一次効果が相当程度高くなければならない。実際に全国や四国4県で比較
したところ,一次効果で勝る公共事業や医療・保健が必ずしも総効果でも介護
393
介護の産業連関分析
−141−
を上回る訳ではなく,場合によっては追加効果に勝る介護に総効果で逆転され
る場合があった。
この結果は,介護の産業としての展望を考える上で示唆に富むものである。
なぜなら,今以上の総効果を得るべく投入係数を増やす方向に介護の構造変化
を促そうとしても,それが中途半端な変化に止まる場合には却って経済効果を
低下させるおそれがあるからである。そう考えると,ロボットが介護の担い手
になるような劇的な変化が生じない限り,現状の投入係数の方が経済効果の面
では有利ということになる。
介護を含む社会保障サービスを経済成長と結びつける考えを冒頭で紹介した
が,もしそれが経済効果の大小を言っているのであれば,介護は適当な選択肢
ではないのかも知れない。なぜなら,産業連関表で見る限り,それ以上に効果
が期待できる分野は他にもあるからである。また,介護を公共事業より「まし
な」支出先とする考えに対しても同様である。公共事業より「ましな」支出先
は他にいくらでもあるだろう。介護を含む社会保障支出を正当化する狙いがあ
るとは言え,経済成長や経済効果を強調する余り,介護本来の役割や価値を見
失うようなことがあってはならない。
参 考 文 献
[1]伊藤和彦・高橋克秀「介護保険制度導入がもたらす東京都経済への波及効果−東京都
産業連関表による分析」
『日本経済研究』No.4
0 2
0
0
0年
[2]愛媛県企画情報部管理局調査課「平成1
2年愛媛県産業連関表」2005年
[3]同上「平成1
7年愛媛県産業連関表」2
0
0
9年
[4]香川県政策部統計調査課「平成1
2年香川県産業連関表」2005年
[5]同上「平成1
7年香川県産業連関表」2
0
1
0年
[6]経済産業省「平成1
7年産業連関表」2
0
0
9年
[7]厚生労働省「介護サービス施設・事業所調査」
(各年版)
0
1
2』2
011年
[8]厚生労働統計協会(編)
『保険と年金の動向2
0
1
1/2
[9]高知県総務部統計課「平成1
2年高知県産業連関表」2
005年
[10]同上「平成1
7年高知県産業連関表」2
0
1
0年
5 2
006
[11]小松秀和「退職世帯と経済効果」『香川大学経済論叢』第79巻第3号 pp.189−20
−142−
香川大学経済論叢
394
年
[12]小松秀和「民間高齢者施設の機能分化と法規制」
『香川大学研究年報』第50号 pp.39−
6
0 2
0
1
1年
[13]政府・与党社会保障改革検討本部「社会保障・税一体改革成案」2011年
[14]総務省「家計調査年報(家計収支編)平成1
7年」2
0
0
5年
[15]総務省『平成1
7年産業連関表−総合解説編−』2
0
0
9年
[16]徳島県県民環境部統計調査課「平成1
2年徳島県産業連関表」2005年
[17]同上「平成1
7年徳島県産業連関表」2
0
1
0年
[18]民主党『プレス民主』
(2
0
1
1年8月5日号)2
0
1
1年
[19]宮沢健一(編)
『医療と福祉の産業連関』東洋経済新報社 1992年
[20]宮沢健一「高齢化少子社会の産業連関と医療・福祉」
『医療経済研究』Vol.8 2
000年
[21]宮沢健一(編)
『産業連関分析入門』日本経済新聞社 2002年
注
(1) 総務省「家計調査年報(家計収支編)平成1
7年」によると,同年の勤労者世帯の平
均消費性 向 は,全 国74.
4%,香 川71.
6%,徳 島69.
9%,愛 媛75.
9%,高 知71.
7%で
あった。なお,同年報の平均消費性向は可処分所得に対する数値である。これに対して,
消費支出を勤め先収入で除した数値を平均消費性向とする場合もある。
(2) 宮沢(2
0
0
0)では,家計部門の内生化という方法で追加効果を測定している。