Vol.16

シームレスな 薬 物 療 法の実 践
Vol.16
地域包括ケアシステムが推進される今、
病院薬剤師も地域に目を向け始めています。
今回は、高度急性期病院の薬剤部として何をすべ
きかにフォーカスし、院内のみならず地域まで
2016.02
含めた途切れのない薬物療法に取り組んでいる、
神戸市立医療センター中央市民病院(神戸市)で
お話を伺いました。
ファーマシスト
ビュー
入院前から退院後まで
地域との途切れのない
薬物療法を支援
調剤室から病棟、外来診療の場へと、薬剤師業務は近年広がりを見
せています。
このような変化の中、神戸市立医療センター中央市民病院
薬剤部長の橋田亨先生は、
「しかし、
マンパワーには限りがある。
どこに
投入するかの見極めには、
その業務を薬剤師が行うことが “自院の使命
の実現”に役立つのか、
という病院目線での判断が必要だ」
と話します。
地域の高度急性期医療を担う同院は、24時間365日の救急医療と、
他で受けることのできない高度な医療を提供することによって、市民の
生命、
健康を守ることを使命としています。
橋田先生は、
薬剤部の新規業
務の導入・構築にあたっては、
これらの使命を果たすための支援となる
か、
経営面への貢献となるかを常に検証してきました。
地方独立行政法人神戸市民病院機構 神戸市立医療センター中央市民病院
院長補佐・薬剤部長 治験・臨床試験管理センター長
橋田 亨 先生
たとえば薬剤師の病棟常駐を検討した際には、
まずモデル病棟を
さらに橋田先生は、病院薬剤師の業務は院内だけ
設置して常駐業務を実践。結果、薬剤管理指導料の増収とともに医師
で完結するものではなく、
「 地域との薬物療法の“連
からも医療の質への貢献が高く評価され、全病棟へ薬剤師が配置され
続性”にも目を向けなければならない」
と指摘します。
ました。
これは、病棟薬剤業務実施加算の新設以前のことです。
また、
入院の前後には一連の治療の流れとして必ず地域医
加算では救急やICUへの配置は努力義務に留まっていましたが、“自院
療があり、
病院、
かかりつけ医、
薬局が情報を共有して
の使命の実現”という物差しに従うと
「救急での刻々と変わる薬物治療
途切れなく治療が行われない限り、急性期での治療、
の支援は責務の上位」
であるため、病棟常駐と同時に救急にサテライト
薬物療法を最大限に活かすことができないからです。
ファーマシーを設置しました。
この
同部ではこの考えに基づいて、入院前から退院後
ような一貫した姿勢は経営側、他
まで、“地域でのシームレスな薬物療法の実現”に
職種からも受け入れられ、2011
向け、積極的に業務を展開してきました。入院時には、
年の新築移転時には約200床の
入院前に処方されていた薬剤の把握の徹底を、退院
減床となったにもかかわらず、薬
時には、
同院で行われた医療を転院先や地域に伝え、
剤師は増員されています。
薬物治療が途切れないようにする取り組みです。
病院によって役割は異なるため薬剤師の業務にも
地方独立行政法人神戸市民病院機構
神戸市立医療センター中央市民病院
所在地/〒650-0047 神戸市中央区港島南町2丁目1-1
病床数/700床 薬剤師/60名
違いがありますが、
「地域の薬物療法をつなぐことは、
当院の薬剤師の重要な職務」
――橋田先生はそう確信
し、
その構築に取り組んできたのです。
入院前の薬物療法を徹底的に把握
薬剤師の専門的指導へとつなげるシステムで
入院治療の効果を最大限に発揮
同院では、
入院前に行われていた薬物療法を徹
務を行っています。
底的に把握するために、
「入院前検査センター」
と
この段階で、
さらに薬物療法の専門的指導が必要だと判断された患者さんは、
「内服薬確認外来」
での2段階から成る体制を構
「内服薬確認外来」
での専門の薬剤師との面談へ進みます。
ワルファリンの服用や、
築しています
(図1)
。
糖尿病、
循環器系の治療を行っている場合は、
より詳細な服薬状況などの情報収集
まず、手術や入院の前に麻酔科の診察などを行
を行い、
周術期の薬物療法の安全性を担保するためです。
う
「入院前検査センター」
で、
センター専任の薬剤
このような流れで入手した情報をもとに、
薬剤師が中止薬や処方提案を電子カル
師が“常用薬”を確認します。
これは、薬物療法の
テに入力し、医師はこれらをベースに周術期の処方を行うことになります。
「ここまで
把握とともに、医師と作成したプロトコルにした
徹底して情報収集を行っているからこそ、信頼性は高く、提案の採択率は高い」
と橋
がって、出血リスクがある薬剤などの中止を指導
田先生はこれらの業務の安全性への寄与を評価しています。
また、DPC病院の経営
することが主な目的です。橋田先生はこの取り組
では手術室の効率的な運用が重要ですが、
中止薬の抽出と指導の徹底で手術延
みの開始当初から、
ここで確認する薬剤を“持参
期を回避し、
適切な薬物療法によって在院日数の長期化を防げることから、
これらは
薬”ではなく“常用薬”と呼んできました。
これは、
「経営面にも貢献する取り組み」
となっています。
“持参した薬”だけを確認して入院時に再利用す
るのが目的ではなく、
アドヒアランスが悪い薬や重
複処方の有無も含めた全体像を把握して、入院中
転院先への事前連絡と
「薬剤情報提供書」
との併用で
シームレスな薬物治療をサポート
の安全な薬物療法を推進することが目的だと
「薬
剤師自身に意識付けするため」
です。
そのため、担
当薬剤師は業務の完遂を目指して患者さんへの
徹底した聞き取りを行い、
目の前の薬剤やお薬手
一方の出口部分では、転院先への徹底した情報伝達による、
円滑な薬物治療継
帳の確認に留まらず、薬局や、必要であればかか
続の支援を進めています。
複雑な薬物治療が行われていたことが理由で退院調整が
りつけ医まで電話をかけて“常用薬”を確認しま
難渋したり、一度決定した転院スケジュールに変更を生じさせないことが目的で、
す。
また、
同院では日帰り手術が手術の約3割を占
やはり2段階の手厚い取り組みとなっています。
めるため、
デイサージャリーセンターでも同様の業
これらの業務は主に、
同院の退院調整を担う
「地域医療推進センター」
に配置さ
れた、専任の担当薬剤師が行っています。担当薬剤師は、
図1 ■ 入院前から退院後までのシームレスな薬物療法の流れ
転院予定の情報入手後、
ただちにその患者さんの病棟薬
入院前の薬物療法は、さまざまな役割を持った薬剤師が介入しながら入院治療の情報と
ともに集約され、地域連携によって転院先・在宅ケアへとシームレスに引き継がれていく。
剤師と協力しながらアクションに移ります。
手術・入院決定
●常用薬の聞き出し
●中止薬の指導
救命救急センター
供です。
オーファンドラッグや抗がん剤などの在庫確保に
診察室
サテライト
ファーマシー
転院先が十分な時間をかけられるよう、
あらかじめ電話と
ファックスで転院患者さんの基本情報と処方を連絡して
入院前検査センター
内服薬確認外来
●薬剤師による薬剤の評価
●プロトコルに基づいた指示
最初に行うのが、転院先の薬剤部への事前の情報提
外来受診
います。
また、
後発品、
同種・同効薬などの確認も行って、
万
専任薬剤師
全の受け入れ準備をサポートします。
手術・検査に影響を
与える可能性のある薬剤
あり
なし
入院
病棟薬剤業務・薬剤管理指導業務
病棟薬剤師
手術・処置
手術室サテライトファーマシー
術後回復期リハ
●常用薬(持参薬)の再確認
●入院までの服薬状況の確認
●周術期の処方提案
●ICUでのラウンド
●術後管理に必要な処方提案
●中止薬の再開
●退院処方の調整
●退院時服薬指導
●転院先医療機関や地域薬局との連携
地域医療・在宅ケア
地域医療推進センター
協力
専任薬剤師
退院・転院の調整
転院先への事前連絡
「薬剤情報提供書」
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2016.02
図2 ■ 神戸市立医療センター中央市民病院の薬剤師外来一覧
入院前検査 内服薬確認
デイ
センター
外来
サージャリー
依頼診療科
全科
対応場所
入院前検査
センター
予約枠
随時
C 型肝炎
多発性
骨髄腫
CML
ワルファリン
など
HI V
血液内科
血液内科
循環器内科
血液内科
全科
主に眼科
消化器内科
外来専用
ブース
デイ
サージャリー
センター
薬剤部
指導室
外来専用ブースもしくは薬剤部指導室
随時
内服薬確認外来、外来服薬指導
内服薬確認
デイ
外来
サージャリー
業務時間
シームレスな薬物療法の実践
9:00-17:30 (デイサージャリーは概ね12時頃まで)
対応時間
(/名)
10分程度
20分
10分程度
初回:1時間
2回目以降
:10分
20分
20分
20分
初回:1時間
2回目以降
:30分
対応数(/日)
15名
10名
10名
2-7名
2-4名
3-5名
5名
数名
特にアドヒアランスが治療効果に大きな影響を与える疾患、薬剤であって、副作用のマネジメントを緻密に行う必要がある
ものを中心に展開。それぞれ、疾患の知識が高いベテラン薬剤師と病棟薬剤師が担当している。慢性骨髄性白血病(CML)
やHIVなど、
「 高度急性期での専門的な分野で開設を依頼されるのは、当院の薬剤師ならできると信頼してくれている
から。そこは絶対断ってはならない」
と、やはり病院の使命の実現に貢献できることが開設の基準。このほか、緩和ケア
外来などの外来診療にもチームとして参加している。
多く診察時間のみでは十分な指
導が行えないことなどが挙げられ
ます。
したがって、薬剤師が外来で
服薬に関する指導を担うことで、
さらに転院時には、入院前から周術期の薬物治療や検査値、嚥下困難な患者さ
「医師が一人でも多くの患者さんを診ることができ
んに行った工夫点なども記載した
「薬剤情報提供書」
を作成し、
「診療情報提供書」
る。
また、患者さんは薬剤師からじっくりと指導を
と同封して提供します。
こうして正式書類として渡すことで、
「注目してほしい情報であ
受けアドヒアランスを高めることができる。
つまり、
ることが伝わる」
と考えてのことです。
質のよい薬物療法だけではなく、収益にもつなが
これらの取り組みの理由について橋田先生は、
「転院は引き続き安全な薬物治療
る」
のです。薬剤師外来は医師からの評価が高く、
が必要な状態であり、薬剤師が力を入れるべき患者さんであること」
を挙げていま
多くの診療科から新たな薬剤師外来設置の依頼
す。
また、転院が延期となると患者さんやご家族が困るだけではなく、在院日数が延
が届いているということです。
びて新規患者受け入れの予定にも影響し、
経営的にも不利益となることも指摘して
また、
こうした取り組みでは、適材適所に従った
います。
人材配置が運営のカギとなっています。
しかし橋田先生は、
これらの転院支援を行うもっとも重要な理由として、
「当院の
たとえば、
「内服薬確認外来」
にはそれぞれの疾
医療依存度の高い患者さんを多く受け入れてくださる、
地域の医療施設への感謝の
患分野の認定・専門薬剤師が携わっていることは
思いが大きい」
と、
胸の内を明かします。
少しでも円滑な転院が進められるようにと考
当然ですが、病棟薬剤師は、情報入手のために
えるとここまでの手厚さになったそうですが、
当初は人手不足のため、
もっとも転院
フットワークの軽さが求められることや、先輩の指
患者さんが多い3病院のみで開始し、
その後、増員にしたがって15病院へと拡大す
導があれば育成の場としても適切であることから、
ることができました。
薬剤部間の関係も深まり、
「薬物療法だけではなく、
薬剤師同士
もっぱら若手を配置しています。一方、
「入院前検
にもシームレスな連携が構築できたことはありがたい成果」
だと受け止めています。
査センター」
には、
必要な情報を漏らさず聞き出す
こうした取り組みは、
ひとりの患者さんの入院前から退院後までの処方をひとつ
スキルが求められるため、社会性とコミュニケー
に集約するシステムだと言えます。
今後はこれが、
より質の高い“シームレスな薬物療
ションスキルを携えたベテラン層として、
出産、
育児
法”を実現する土台となればと、
橋田先生は期待しています。
などで休職していた女性パート薬剤師を積極的に
登用してきました。
同センターは予約制なので就労
時間の調整も可能で、
その経験と人間力は大いに
薬剤師外来の充実は
経営面にも貢献
適材適所が運営のカギを握る
役立っているということです。
このように、
常に一歩先を行く業務を取り入れて
きた橋田先生は、
「機能分化と地域包括ケアシス
テムで構成される2025年の医療モデルは、
当院が
病院の使命の実現、
経営への貢献をミッションとして掲げて実績を上げてきた同
今、
力を入れているシームレスという観点がないと
院薬剤部ですが、
「全病棟に薬剤師を配置した現在、薬剤管理指導料も病棟薬剤
成り立たない」
と考えています。前方の情報を把握
業務実施加算も最大限まで得ている状態。
ではほかにどのように経営面で貢献で
して自院が担うべき役割に最善を尽くし、
後方へと
きるのか。
その答えもやはり、
病院の使命の実現にある」
と話します。
最適なかたちでつなげていく―治療の中で大き
その一例が、薬剤師外来への取り組みです。
同院では現在8種類の薬剤師外来
な要素となる薬物療法の流れを安全に構築する
を行っていますが
(図2)
、
診療報酬点数はついていません。
しかしこれらの外来の背
ためには、病院薬剤師の力が不可欠であると話し
景には、薬物療法の安全性とアドヒアランスが重要な治療であることや、患者数が
てくれました。
BA-XKS-380A2016年2月作成
審J1602265