Mar 18, 2016 No.2016-011 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 主任研究員 武田 淳 03-3497-3676 [email protected] 主任研究員 須賀 昭一 03-3497-3678 [email protected] 「新常態」への安定着地の岐路に立つ中国経済 全人代において、2016 年の成長率目標は引き下げられるとともに幅を持って設定され、政府が 財政・金融の両面から景気対策に取り組む姿勢が示された。背景には過剰生産能力解消という「供 給側改革」を進める中で景気の減速に歯止めが掛からないことへの危機感がある。今後、緩やか に成長スピードを落として、「新常態」に安定着地できるかどうかは、景気対策の実効性や効果 がカギとなる。 2016 年の成長率目標は引下げとともに幅を持って設定 3 月 5 日から 16 日まで、全人代(全国人民代表大 会、国会に相当)が開催され、2016 年~20 年まで 主な数値目標 2016年 の政策方針「第 13 次 5 ヶ年計画」と、2015 年の 実績と 2016 年の政策方針をまとめた「政府活動報 告」が発表された。 「政府活動報告」において、2016 年は、まず、①「積極的な財政政策の強化」と「中 6.5~7.0% 実質GDP成長率 13.0%前後 マネーサプライ(M2) 3.0%前後 消費者物価上昇率 4.5%以内 失業率(都市部) 都市部新規就業者数 1,000万人以上 2015年 (実績) (目標) 6.9% 13.3% 1.4% 4.1% 1,312万人 7.0%前後 12.0%前後 3.0%前後 4.5%以内 1,000万人以上 立的な金融政策の柔軟かつ適切な運用」によって、 マクロ経済政策の安定と充実を図るという経済財 政政策スタンスが示され、さらに、②過剰供給の調 整などによる供給側の構造改革の強化、③新たな消 費分野1の振興や安定成長・構造調整に資する投資 重点項目 ①マクロ経済策の安定と維持 ⑤対外開放の推進 ②供給側の構造改革の強化 ⑥環境対策の強化 ③需要の喚起 ⑦民生の保障・改善 ④農業の発展 ⑧政府の統治能力の強化 の実施による需要の喚起など 8 つの重点項目が謳 われている。 また、実質 GDP 成長率目標は事前に発表された通り、前年比 6.5%~7.0%に設定された2。成長率目標は、従 来から 0.5%刻みで設定されることを前提とすれば、「第 13 次五ヶ年計画」の目標3に符合する 6.5%は最低限 達成すべき数値であり、実際はそれ以上の成長を望むという意味で、6.5~7.0%の間の成長を目指し、幅を持 って設定したものと解される。2015 年の実績(6.9%)を大きく下回らない 6.5%以上の成長実現を意図してい ることは、マネーサプライの目標値を引き上げたこと、物価目標を 2015 年の実績より 1.6%高い数値で維持し たこと、財政赤字の対 GDP 比率を 2015 年の実績 2.4%から 3.0%まで引き上げることを容認して財政出動・減 税を実施4することからも裏づけられる。 1 具体的には、介護・育児、教育・文化・スポーツ、中古車市場や新エネルギー車等の自動車関連、有給休暇制度整備やクルー ザー等の旅行関連など。 2 成長率目標が幅を持って設定されるのは 1995 年以来、21 年ぶり。 3 「2020 年の GDP を 2010 年の 2 倍にする目標」 (2012 年発表)に符合する「年平均 6.5%以上」に設定された。 4 安定成長・構造調整に資するインフラ投資を実施するとして、鉄道(8,000 億元以上) 、道路(1 兆 6,500 億元以上) 、その他水 力発電、原子力発電、超高圧送電、スマートグリッド、石油・ガスパイプライン、都市部の軌道交通などの建設が予定されてい る。また、企業と個人に対して実質 5,000 億元を超える規模の減税も実施するとしている。 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠経済研 究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告 なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 生産抑制と在庫調整が進む中で需給悪化に歯止めの可能性 政府がこうした景気を下支えする姿勢を明確化した背景には、景気の減速が続いている現状がある。3 月 18 日 までに一通り出揃った 2 月(一部は 1~2 月累計)の主要経済指標について、まず、企業の景況感を表す PMI (担当購買者指数)を見ると、製造業は、7 カ月連続で好不況の分かれ目である 50 を下回るとともに、1 月よ り低下した(2016 年 1 月 49.4→2 月 49.0)5。主な内訳を見ると、新規受注は、1 月の 49.5 から 48.6 と引き 続き 50 を割って一段と低下、生産は、需要の落ち込みにより抑制が続いている状態である(1 月 51.4→50.2) 。 一方で、購買価格(企業が購買する原材料の価格)が改善し、2014 年 7 月以来 1 年半ぶりに 50 を上回ったこ とは、注目すべき変化であろう(1 月 45.1→2 月 50.2) 。これに関連して、製品需給のバロメーターとなる生産 者物価(企業間の取引物価)を見ると、工業製品全体は、依然として前年比でマイナスが続いているものの、 二ヶ月連続でマイナス幅は縮小した(1 月前年同月比▲5.3%→2 月▲4.9%) 。これは、生産財のマイナス幅縮 小(1 月▲6.9%→2 月▲6.5%)によるものであるが、その内訳を見ると、鉱産物(1 月▲19.8%→2 月▲18.2%) だけでなく、原材料(1 月▲9.1%→2 月▲8.9%) 、加工品(1 月▲4.9%→2 月▲4.5%)もマイナス幅が縮小し ており、鉱物価格の底入れのみならず、原材料や加工品の需給悪化に歯止めがかかりつつある可能性が示唆さ れた。 生産者物価の推移(前年同月比、%) PMI(担当者購買指数)の推移(中立=50) 60 製造業 生産(製造業) 58 新規受注(製造業) 購買価格 56 改善 54 10 8 工業製品 うち生産財 うち消費財 6 4 52 2 50 0 48 ▲2 46 悪化 44 ▲4 ▲6 42 ▲8 40 2012 2013 2014 2015 2016 (出所)中国国家統計局 2010 移し、2015 年 12 月には+3.3%まで低下している6。また、 2012 2013 2014 2015 2016 (出所)中国国家統計局 その背景には、在庫調整の着実な進展がある。在庫の前年 同月比は、2015 年 8 月以降、工業生産を下回る伸び率で推 2011 工業生産と在庫の推移(前年同月比、%) 25 工業生産 在庫 20 工業生産は 2016 年 1~2 月累計が+5.4%と、12 月の+ 5.9%から伸び率はさらに低下しており、 PMI が示す通り、 15 生産抑制が続いているが、在庫と生産者物価の動きから、 10 在庫調整の終了が視野に入りつつあることを示している。 5 0 2011 2012 2013 2014 2015 2016 (出所)中国国家統計局 (注)在庫の最新月は2015年12月。 ただし、春節休暇前には企業活動が駆け込みで実施され、例年 PMI も春節休暇前の時期を含む月は上昇し、翌月は低下する傾 向が見られるという季節要因にも留意する必要がある(国家統計局 PMI は季節調整処理がなされていることになっているが、季 節要因がうまく処理されていないとみられる) 。なお、当社試算による季節調整値では、おおむね横ばい(1 月 49.9→2 月 49.8) 。 6 2016 年に入ってからの数値は 3 月 18 日現在未発表。 2 5 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 固定資産投資は一部で持ち直しの動き 需要動向を見ると、固定資産投資には持ち直しの動きが 固定資産投資の推移(前年同期比、%) 見られる。2016 年 1~2 月期は前年同期比+10.2%と、 35 2015 年 10~12 月期+9.3%から伸びが高まった。主な内 30 25 訳を見ると、製造業とインフラ投資の伸びはやや低下し 20 た一方で(製造業:10~12 月期前年同期比+7.6%→1~ 15 10 2 月期+7.5%、インフラ投資7:10~12 月期+16.6%→1 5 ~2 月期+16.4%) 、不動産業の伸びがプラスに転じて、 0 全体の伸びを高めている8(10~12 月期▲0.9%→1~2 月 ▲5 製造業 インフラ投資 ▲ 10 期+3.0%) 。 2011 2012 2013 不動産業 固定資産投資 2014 2015 2016 (出所)中国国家統計局 不動産市場に持ち直しの動きが見られることは、住宅価格の動きからも確認できる。2 月の主要 70 都市の新築 住宅価格は、前月と比べて価格が上昇した都市数は増加した(1 月 38 都市→2 月 47 都市) 。前月比で見ると、 引き続き北京、上海、シンセン等の一線都市は伸びが高まったほかに、地方の中小都市である二線~三線都市 でも前月比で伸びが高まるなど、住宅市場は全体として価格が上昇している(一線都市:1 月前月比+1.7%→ 2 月+2.1%、二線都市:1 月+0.4%→2 月+0.5%、三線都市:1 月▲0.03%→2 月+0.1%) 。ただし、一線都 市の価格上昇率を前年同月比で見ると、例えば、北京、上海は 10~20%台の伸び(北京:1 月+10.3%→2 月 12.9%、上海:1 月+17.5%→2 月+20.6%) 、シンセンに至っては、+56.9%(1 月+51.9%)と、一線都市 の住宅価格の上昇率は経済のファンダメンタルズを示す名目 GDP の前年比伸び率(北京+7.7%、上海+5.9%、 2015 年)をはるかに上回る水準で推移しており、加熱気味である点には留意する必要がある。また、二線・三 線都市の住宅価格上昇の背景には、今年に入って矢継ぎ早に打ち出されている、一線都市以外を対象とした住 宅購入制限の緩和などの購入支援策9の効果が表れつつあることが考えられるが、地方の中小都市は住宅在庫が 大きく積み上がっており、本格的な市場の改善には程遠い状況にある。在庫消化には、二線都市では 12.4 ヶ月、 三線都市では 19.5 ヶ月(2015 年 9 月時点)かかるとの試算もあり、地方の中小都市と大都市との住宅価格の 格差が拡大する傾向は続くと考えられる。 主要70都市の新築住宅価格の推移(前月比、%) 住宅在庫の消化にかかる月数(月) 2.5 30 一線都市 二線都市 三線以下都市 2.0 1.5 25 20 1.0 15 0.5 0.0 10 ▲ 0.5 5 ▲ 1.0 一線都市 二線都市 三線都市 0 ▲ 1.5 1 2011 2012 2013 2014 2015 2016 (出所)中国国家統計局 (注)一線都市は北京、上海、シンセン等の直轄市等の大都市、二線都市はその他省都等 の主要都市、三線都市はその他比較的発展している中小都市 7 全体(35都市) 3 5 7 14 9 11 1 3 5 7 9 15 (出所)上海易居地産研究院 鉄道輸送業、道路輸送業、水利・環境・公共施設管理業の合計。 固定資産投資のうち、製造業は 32.8%、不動産業は 22.8%、インフラ投資は 15.3%を占める(2015 年) 。 9 例えば、1 軒目に購入する住宅ローンの頭金比率の引下げ(2 月 2 日) 、住宅購入積立金口座の利率引上げ(2 月 21 日)、不動 産取得税の引下げ(2 月 22 日)など。 3 8 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 個人消費は伸びが低下 一方で、内需のもう一方の柱である個人消費は減速した。 個人消費の代表的な指標である社会商品小売総額は、名目 値で 2016 年 1~2 月前年同期比+10.2%(2015 年 10~12 月期+11.1%) 、実質値で 1~2 月+9.6%(10~12 月期+ 10.9%)と、伸びは低下した。この要因として、総額の約 10 16% を占める自動車の売上げの伸びの低下が影響したと の指摘がある。実際に乗用車販売台数を見ると、自動車購 入税引き下げ実施(10 月 1 日)後直後に大幅に販売台数が 増加した 10~12 月期と比較して、前年比の伸びは低下し た(10~12 月期前年同期比+18.6%→1~2 月+5.0%)。 社会商品小売総額の推移(前年同期比、%) 19 18 名目 実質 17 16 15 14 13 12 11 10 9 2010 なお、当社試算の季節調整値で見ても自動車販売台数(年 率)は減少しているが(10~12 月期 2,399 万台→1~2 月 2,104 万台) 、自動車購入税引き下げ実施以前からの傾向を 2011 2012 2013 2014 2015 2016 (出所)中国国家統計局 (注)最新期は1~2月期 自動車販売台数の推移(季節調整値、年率、万台) 2,800 2,600 自動車販売台数 うち乗用車 2,400 見ると、おおむねトレンド上にあり(右図) 、中期的な拡大 2,200 基調は維持されていると言えよう。 2,000 1,800 このように、個人消費は伸びが低下したものの、自動車販 1,600 売の一時的な伸びの低下による影響も考えられるため、正 1,400 確な基調判断にはもう 1~2 ヶ月様子を見る必要があろう。 1,200 (出所)中国汽車工業協会 (注)当社試算の季節調整値。最新期は1-2月。 輸出は、弱い動きが続いている。当社試算の前期比(季節調 仕向地別の通関輸出の推移(季節調整値、百万ドル) 整値)では、1~2 月は 10~12 月期と比べて▲2.6%と、10 1,200 6,500 ~12 月期+2.5%から伸びはマイナスに転じている。仕向地 1,000 6,000 800 5,500 600 5,000 400 4,500 別に見ると、日本向けは伸びがわずかにプラスに転じたもの の(10~12 月期▲1.7%→1~2 月+0.2%) 、米国は引き続 き減少傾向にあることに加えて(10~12 月期前期比 ▲ 2.4%→1~2 月▲0.5%、) 、 持ち直しつつあった EU、ASEAN 向けも減少に転じている(EU 向け:10~12 月期+2.2%→ 200 日本 EU 輸出全体(右軸) 1~2 月▲4.1%、ASEAN 向け:10~12 月期+1.5%→1~2 0 月▲6.9%) 。1~2 月は春節の影響から数値にぶれが生じる (出所)中国海関総署 (注)当社試算の季節調整値。最新期は1-2月。 2010 2011 2012 2013 4,000 米国 アセアン 3,500 2014 2015 2016 ため、輸出の動きについて正確な判断は困難であるが、1~2 月に見られる輸出の弱い動きは、2015 年初めに見られた輸出ドライブが一巡したことによる影響も一因と考え られる。 10 2015 年。売上 500 万元以上の企業(従業員 60 人以上)の商品小売総額に占める割合。 4 百 輸出は依然として弱い動き Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 政策当局は金融緩和を進める姿勢を明確化 需要の回復が遅れる中で、人民銀行は、2016 年に入って初めての預金準備率の引下げを 3 月 1 日から実施する ことを決定、大手銀行では 17.5%から 17.0%へ、中小銀行では 15.5%から 15.0%へ引き下げられた11。 金融緩和を進める際のメルクマールである消費者物価は、2 月は前年同月比+2.3%と、 2015 年 8 月以来 6 か月ぶりに 2% 台まで上昇した。ただし、その内訳を見ると、ウェイトが最 消費者物価の推移(前年同月比、%) 16 14 も大きい食料品が、天候不順を要因として大きく伸びており 10 (1 月+4.1%→2 月前年同月比+7.9%) 、食品とエネルギー 8 を除いたコアで見ると 1 月+1.5%から 2 月+1.3%と、安定 消費者物価 12 6 4 して推移していることから、消費者物価の上昇は、あくまで 2 一時的な動きであり、政府の金融緩和スタンスの継続に影響 0 ▲2 2010 を与えるものではないと言える。 食料品 2011 2012 2013 2014 2015 2016 (出所)中国国家統計局 また、金融緩和は人民元相場の下落圧力を強めることが一部 では懸念されているが、現時点では人民元の顕著な下落は見 られていない。年明け直後から上げ足を速めた人民元の対米 ドル相場は、2 月の春節前まで 1 ドル=6.58~6.59 元代で推 人民元相場の推移(元/米ドル) 6.90 6.70 6.60 移していたが、春節後には 6.49 元台まで上昇し、足下では 6.50 6.50 元前後でもみ合う展開となっており、人民元相場は足下 6.40 では比較的安定を保っている。2 月は、これまで毎月 1,000 億ドルのペースで減少していた外貨準備高の減少ペースが鈍 化したことから(1 月 995 億ドル→2 月 286 億ドル)、資本流 人民元 安 6.80 6.30 6.20 6.10 6.00 2010 人民元 高 2011 2012 2013 2014 2015 2016 (出所)中国銀行 出による人民元の下落圧力も緩和されつつあると見られる。 ただし、中国経済の先行き懸念が残る限り、資本流出と人民 元安圧力は続くと考えられる。 上海総合株価指数の推移(1990年12月19日=100) 5500 5000 2000 16/3 16/1 15/11 15/9 15/7 15/5 15/3 15/1 1500 14/9 勢を示したことも一因と考えられる。 2500 14/11 様である。その背景には、中国政府が景気対策への積極的姿 3000 14/7 元と株価の下落の連鎖は、一旦落ち着きを取り戻している模 3500 14/5 中国経済の先行き不安を主な要因として引き起こされた人民 4000 14/3 も春節明け直後から 2,800 ポイント台前後で推移しており、 4500 14/1 人民元相場同様、年明けから下落が続いた株式市場(上海) (出所)上海証券取引所 一連の景気対策が安定成長の軌道に乗れるかのカギ 以上のように、中国経済は、過剰生産能力解消や在庫調整などのいわゆる「供給側改革」を進める中で、投資 などの需要も停滞し、景気の減速が止まらない状況である。政府としては、今後成長スピードの減速は所与の ものとして受け入れつつも、全人代で打ち出された政策を弾みにして、減速スピードをより緩やかにし、 「新常 態」に安定着陸させていきたいと考えていると思われる。中国経済が、新たな成長ペースの下で需給を均衡さ 11 前回の引下げは 2015 年 10 月 23 日。 5 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 せることでデフレ圧力を解消し、企業業績や景況感の改善につなげていけるかどうかは、引き続き「供給側改 革」を進めつつ、実効性のある金融緩和政策と一連のインフラ投資計画などの財政政策を着実に実施すること ができるかにかかっていると言えよう。 6
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