総 説 全身感染症としての HCV 感染

1
総
聖マリアンナ医科大学雑誌
説
Vol. 43, pp. 1–8, 2015
全身感染症としての HCV 感染
おく せ
ち あき
奥瀬 千晃1, 2
(受付:平成 27 年 1 月 7 日)
索引用語
C 型肝炎ウイルス,肝外病変
グロブリン血症の約 80%が HCV 感染に関連すると
はじめに
考えられている6)。
C 型肝炎ウイルス (HCV) は肝臓以外の臓器およ
近年,クリオグロブリンの検出方法として,従来
び組織に多彩な病変を合併することが知られ,これ
の寒冷沈殿法に代わり,より高感度に検出し得るゲ
らを肝外病変と総称する (表 1)1)。肝外病変の原因と
ル内拡散法が開発された7).232 名の C 型慢性肝疾
しては,HCV 感染に対する免疫異常および病変部
患患者を対象とした我々の検討では,寒冷沈殿法お
への HCV 感染の関与が示唆されており,主たる病
よびゲル内拡散法でのクリオグロブリン検出率は,
態としてリンパ増殖性疾患,自己免疫性疾患,代謝
それぞれ 36.1%および 70.7%と,ゲル内拡散法にお
性疾患,心疾患および皮膚・粘膜疾患が存在する。
いて高値を示し,その陽性率は病変の進展と共に高
肝外病変は,臨床検査値異常のみを示すものから,
率になった8)。しかしながら紫斑,関節痛,血管炎お
生命予後に影響を及ぼすものまで多様である。ここ
よび腎障害などのクリオグロブリン血症に出現する
では肝外病変の代表的な病態の概略について述べる。
臨床症状を呈した症例は認めず,HCV 感染では高
リンパ増殖性疾患
表 1 HCV 感染による代表的な肝外病変
リンパ増殖性疾患
・クリオグロブリン血症
クリオグロブリン血症
クリオグロブリンは,4℃に放置すると白色沈殿
悪性リンパ腫
物を形成し,37℃に再加温すると溶解する異常免疫
自己免疫性疾患
グロブリンである2)。HCV 感染に伴うクリオグロブ
膜性増殖性糸球体腎炎
リン血症の発症機序としては,HCV に感染した末
慢性甲状腺炎
梢血 B リンパ球がモノクローナルまたはポリクロー
シェーグレン症候群
ナルな IgMκ 型リウマチ因子を産生し,この IgMκ
代謝疾患
型リウマチ因子により免疫複合体が形成されること
糖尿病
が原因であると推測されている3)。クリオグロブリン
心疾患
はモノクローナル成分によるⅠ型,ポリクローナル
拡張型心筋症
成分によるⅢ型および混合型 (Ⅱ型) の 3 タイプに分
肥大型心筋症
類され,HCV 感染におけるクリオグロブリン血症
不整脈原性右室心筋症
慢性心筋炎
は主として混合型に属する 。本態性混合型クリオ
4,5)
皮膚・粘膜疾患
扁平苔癬
1 川崎市立多摩病院 消化器・肝臓内科
2 聖マリアンナ医科大学 内科学 (消化器・肝臓内科)
晩発性皮膚ポルフィリン症
1
奥瀬千晃
2
性が報告されている18–21)。Vallisa D らは HCV 感染
率にクリオグロブリン血症を認めるものの,その大
部分は無症候性であると考えられる。
を有する B cell non-Hodgkin lymphoma 患者 13 人
近年,クリオグロブリン血症における血管炎に伴
にペグインターフェロン・リバビリン併用療法を施
う皮膚症状および神経炎の改善に B 細胞表面抗原
行し,7 人で寛解が得られたと報告した21)。HCV 感
CD20 に対する抗体であるリツキシマブの有効性が
示され,HCV 感染におけるクリオグロブリン血症
の治療においても応用されている9)。Saadoun D らは
染を伴う悪性リンパ腫では従来の化学療法に加えイ
ンターフェロンを基盤とした抗ウイルス療法が有用
であることが示唆された。
血管炎に合併した末梢神経障害および腎障害を伴う
自己免疫性疾患
クリオグロブリン血症を合併した C 型慢性肝炎 16
・膜性増殖性糸球体腎炎
例に対して,ペグインターフェロン・リバビリン・
リツキシマブの併用療法を施行し,15 例 (93.8%) に
HCV 感染に伴う腎障害には膜性増殖性糸球体腎
おいて臨床症状の改善を認めたことを報告した 。さ
炎,膜性腎症およびメサンギウム増殖性腎炎などの
らには,インターフェロンを基盤とした抗ウイルス
多彩な病態が認められ,特に膜性増殖性糸球体腎炎
療法やリツキシマブが無効であった血管炎を伴うク
は HCV 感染における腎障害の代表疾患と考えられ
リオグロブリン血症を合併した C 型慢性肝炎に対す
ている 22)。HCV 関連膜性増殖性糸球体腎炎は HCV
る低用量の Interleukin(IL)-2 の有効性も示されてお
自体が抗原系となる免疫複合体が糸球体の血管内皮
り10),今後の発展が期待されている。
やメサンギウムに蓄積することが原因となる免疫複
9)
合体型腎炎と考えられており,この免疫複合体の形
・悪性リンパ腫
成にはクリオグロブリンの関与が指摘されている23)。
HCV 感染は悪性リンパ腫,特に B cell non-Hodg‐
kin lymphoma の発症に関与していると考えられてい
る11–13)。HCV 感染に伴う悪性リンパ腫の発症機序は
明らかではないが,現状では HCV 抗原による B 細
クリオグロブリン陽性膜性増殖性糸球体腎炎にお
ける HCV RNA の陽性率は約 80% とされる 24) 。一
方,クリオグロブリン陰性膜性増殖性糸球体腎炎に
おいても約 25%が HCV RNA 陽性であり24),クリオ
胞レセプターへの抗原刺激による活性化および増殖
グロブリンが陰性であっても膜性増殖性糸球体腎炎
異常や HCV の B 細胞への感染および複製に伴い細
の発症の要因として,HCV の関与が否定されるも
胞内に生成されたウイルス蛋白による発癌作用など
のではない。
が推測されている14)。また,HCV 感染に伴う B cell
HCV 関連膜性増殖性糸球体腎炎の病理組織像は
糸球体の分葉化像を呈し,蛍光抗体法では IgM, IgG
および C3 の沈着を,電顕では基底膜内皮下に沈着
non-Hodgkin lymphoma の危険因子としてクリオグ
ロブリン血症が注目されており,症候性混合型クリ
オグロブリン血症を合併した HCV 感染者では,健
物やクリオグロブリンの沈着を認める25)。クリオグ
常人に比し 35 倍の B cell non-Hodgkin lymphoma
ロブリン血症,低補体血症およびリウマチ因子出現
の発症率を有することが報告されている15)。
を伴うネフローゼ症候群では HCV 感染による膜性
B cell non-Hodgkin lymphoma 患者における HCV
増殖性糸球体腎炎を疑い HCV 感染の有無を検索す
抗体陽性率は地域により異なることが知られている。
る必要がある。
5542 例の B cell non-Hodgkin lymphoma を対象とし
た meta-analysis では平均の HCV 感染率は 13%であ
り,特に日本およびイタリアでは,それぞれ 14%お
よび 20%と高率であった16)。
HCV 感染に伴う B cell non-Hodgkin lymphoma
HCV 感染に関連した腎病変では,約 50%が軽度
腎障害に留まるが,約 25%ではネフローゼ症候群を
では肝や唾液腺などの節外病変が多い17)。
おり,Sabry AA らは 17 例の HCV 関連膜性増殖性
きたし,急速な腎機能の悪化を認める26)。
HCV 感染に伴う腎病変の治療として,インター
フェロンを基盤とした抗ウイルス療法が試みられて
HCV 感染に伴う悪性リンパ腫の治療としては,
従来は B cell non-Hodgkin lymphoma の標準治療が
糸球体腎炎患者 (クリオグロブリン陽性率 60%) にイ
ンターフェロン単独またはリバビリン併用療法を施
行われてきたが,近年ではインターフェロン単独ま
行し,HCV RNA の減少または陰性化に伴い一日尿
たはインターフェロン・リバビリン併用療法の有効
蛋白量の低下や血清アルブミン値の増加が認められ
2
HCV 感染と肝外病変
3
たことを報告した27)。現在,C 型慢性肝疾患の治療
子擬態から生じる免疫応答の関与33) や HCV の甲状
に対して,テラプレビルまたはシメプレビルなどの
腺組織への感染による免疫応答の関与が示唆されて
Direct Acting Antiviral Agents (DAAs) が使用可能と
いる34–36)。
なり,クリオグロブリン陽性膜性増殖性糸球体腎炎
HCV 感染に伴う慢性甲状腺炎の多くは無症候性
に対するによるペグインターフェロン・リバビリン・
であり,治療介入を必要としない場合が多いと考え
テラプレビル 3 剤併用療法の有用性も報告された28)。
られているが,内分泌専門医との連携のもと適切に
また,HCV 感染に伴うクリオグロブリン血症に合
対処することが大切である。
併した腎障害に対する,ペグインターフェロン・リ
・シェーグレン症候群
バビリン・リツキシマブ併用療法の有用性も示され
シェーグレン症候群患者の HCV 抗体陽性率は 0〜
た 。一方,従来から行われてきた免疫抑制療法では
9)
45%と報告され,これらの HCV 抗体陽性率の差は
十分な治療効果は得られていない。HCV 感染に伴
地域的な HCV 感染率の差が関与していると考えら
う腎障害は予後不良とされることから,治療法の早
期確立が望まれる。
れている37)。
・慢性甲状腺炎
ロープ領域発現トランスジェニックマウスにおいて,
HCV 感染に伴う甲状腺での主たる肝外病変は慢
性甲状腺炎 (自己免疫性甲状腺炎) である29–31)。An‐
tonelli A らは,ヨード欠乏地域からの 389 例,ヨー
ド充足地域からの 268 例および 40 歳以上の B 型慢
性肝疾患 86 例を対照として,肝硬変および肝細胞
癌は除いたインターフェロン治療歴のない C 型慢性
肝炎 630 例における甲状腺機能異常の合併頻度を検
討した 29)。その結果,C 型慢性肝炎群では対照群に
比して有意に甲状腺刺激ホルモン (Thyroid stimulat‐
ing hormone: TSH) が高値,遊離サイロキシン (Free
thyroxine: FT4) および遊離トリヨードサイロニン
(Free triiodothyronine: FT3) が低値を示しており,甲
状腺機能低下症の合併頻度は対照群では 3 〜 5% で
あったのに対し,C 型慢性肝炎では 13%と明らかな
肝での組織学的変化は認めないものの,シェーグレ
Koike K らは genotype 1b の HCV 遺伝子エンベ
ン症候群類似の唾液腺炎を発症することを確認し
た38)。HCV 自体が唾液腺炎を惹起するのか,または
HCV 感染による免疫応答が唾液腺炎を惹起するの
かは明らかではない。
シェーグレン症候群では,発症に関与する因子と
して,ヒト白血球型抗原 (Human Leukocyte Anti‐
gen: HLA) DR3 が挙げられているが,HCV 感染に
伴うシェーグレン症候群では HLA DR3 の陽性率は
低く,HLA DQB1*02 との関連が示唆されている39)。
また,HCV 感染に伴うシェーグレン症候群におい
ては,HCV 感染のないシェーグレン症候群に比較
して抗核抗体,抗 SS-A/Ro 抗体および抗 SS-B/La
抗体の陽性率が低く,一方でクリオグロブリンおよ
差異を認めたと報告している。加えて,抗サイログ
びリウマチ因子の陽性率が高いことが知られてい
ロブリン抗体 (anti-thyroglobulin antibodies: Tg Ab)
る39)。
および抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体 (anti-thyroid
HCV 感染に伴うシェーグレン症候群に対する治
peroxidase antibodies: TPO Ab) の陽性率は対照群で
は,いずれも約 10%程度であるのに対し,C 型慢性
肝炎群ではそれぞれ 17%および 21%と対照群と比較
療は対症療法が主体となり,乾燥症状に対しては人
して高率であった。インターフェロン治療歴のない
テロイドなどの投与を行う。HCV 感染に伴う唾液
C 型慢性肝炎 118 例を対象にした我々の検討では,
9 例に TSH 値の異常を認めており,その合併頻度は
7.6%であった32)。我々の検討が既報と異なる傾向を
腺炎に対するインターフェロンを基盤とした抗ウイ
工涙液や人工唾液の投与を,発熱および関節症状に
対しては非ステロイド系抗炎症薬または副腎皮質ス
ルス療法の有用性は明らかになっていない。
代謝性疾患
示した要因としては,対象症例,地域や人種の差異
・糖尿病
が関与することが示唆される。
HCV 感染が抗甲状腺抗体産生や慢性甲状腺炎を
惹起する機序には,HCV とサイログロブリンおよ
HCV 感染による慢性肝疾患では,他の慢性肝疾
患に比して高率にインスリン非依存性糖尿病を合併
びミクロゾームとのアミノ酸配列の相同性による分
し,40 歳以上の HCV 抗体陽性者は HCV 抗体陰性
3
奥瀬千晃
4
められることから,適応を十分に検討する必要はあ
者に比し 3.77 倍糖尿病へ罹患するリスクを有するこ
とが大規模な疫学調査で明らかとなった 。さらに
るが,HCV 排除による病態改善の可能性も示唆さ
糖尿病の合併は肝細胞癌発症の危険因子41) および肝
れることから,考慮すべき治療と考えられる。
40)
硬変患者の予後因子42) であることが明らかになって
皮膚・粘膜疾患
いる。
・扁平苔癬
C 型慢性肝疾患では軽度の肝障害においてもイン
スリン抵抗性が増大し,Homeostasis Model Assess‐
扁平苔癬は皮膚および口腔内に慢性の角化異常を
ments for Insulin Resistance (HOMA-IR) が肝組織障
伴う原因不明の炎症性疾患である。免疫反応,アレ
害の程度と相関することが示されている43)。
ルギー,精神的ストレス,薬剤誘発性,糖代謝障害,
C 型慢性肝疾患における肝での炎症や線維化に密
細菌感染およびウイルス感染などが原因として推測
接 な 関 連 が 示 さ れ て い る Tumor Necrosis Fac‐
されてきたが50,51),現在では HCV 感染が原因の一つ
tor(TNF)-α は44) 末梢組織での糖の取り込みを抑制し
として考えられている52–58)。
肝での糖新生を増進させインスリン抵抗性を惹起す
扁平苔癬における HCV 抗体陽性率は検討された
ると考えられている 。Shintani Y らは genotype1b
抑制が障害され,明らかな糖尿病は存在しないが著
地域により 0〜65%と大きく異なり,本邦における
HCV 抗体陽性率は 62%とされる52–58)。
HCV 感染に伴う扁平苔癬の発症にインスリン抵
抗性の関与が示唆されており,Nagao Y らは扁平苔
癬を有する HCV 感染患者は,扁平苔癬を有さない
HCV 感染患者に比較して有意にインスリン抵抗性
明なインスリン抵抗性が存在することを確認した46)。
が高かったことを報告している59)。
45)
の HCV コア遺伝子発現トランスジェニックマウス
においてインスリンのシグナル伝達経路でのインス
リン受容体基質 (IRS-1) のチロシンリン酸化が障害
されることで,肝におけるインスリンによる糖新生
このように,HCV 感染は一部の糖尿病発症に関与
HCV 感染に伴う扁平苔癬の治療としてのインター
することが示唆されている。
フェロンを基盤とした抗ウイルス療法の有用性に関
HCV 感染は代謝疾患としての性格を有しており,
しては,一定の見解を得るには至っていない。むし
C 型慢性肝疾患の診療においては,適切な栄養管理
ろ,インターフェロンやリバビリンによる扁平苔癬
も重要となる。
の発症や悪化が報告されている60)。扁平苔癬は前癌
病変とされており,その合併の有無に注意が必要で
心疾患
ある。
・拡張型心筋症
・晩発性皮膚ポルフィリン症
・肥大型心筋症
晩発性皮膚ポルフィリン症の 60%〜100%と高率
・不整脈原性右室心筋症
に HCV 感染を認めることから,HCV 感染が晩発性
・慢性心筋炎
皮膚ポルフィリン症の発症に関与することが示唆さ
HCV 感染との関連が示唆されている心疾患は拡
れており61–64),HCV 感染による肝への鉄過剰沈着に
張型心筋症,肥大型心筋症,不整脈原性右室心筋症
伴うウロポルフィリノーゲン脱炭酸酵素の活性低下
および慢性心筋炎が挙げられている47–49)。拡張型お
の関与が推測されている61)。
よび肥大型心筋症患者を対象とした検討では,拡張
HCV 感染に伴う晩発性皮膚ポルフィリン症の治
型心筋症の 6.3% および肥大型心筋症の 10.6% で
療としては,従来からの日光暴露の回避,禁酒およ
HCV 抗体陽性が確認され,対象患者と同世代にお
ける本邦での献血者の HCV 抗体陽性率 (2.4%) に比
び瀉血などに加え,インターフェロン療法の有効性
が示されている65)。
して高率であった 。
47)
HCV 感染による心疾患の発症機序として,HCV
おわりに
に対する宿主側免疫応答,特にヒト主要組織適合抗
HCV 感染は多彩な肝外病変を合併することから,
原 (Major Histocompatibility Complex: MHC) class
全身感染症と認識する必要がある。本稿で述べた病
II 抗原との関連が示唆されている 。
49)
態は,いずれも HCV 感染における代表的な肝外病
インターフェロン療法では循環器系の副作用が認
4
HCV 感染と肝外病変
変であるが,引用文献の発表年度からも分かるよう
に,近年は十分な検討がなされていない。C 型慢性
肝疾患の治療は飛躍的に進歩しており,現在ではイ
10)
ンターフェロンを必要としない DAAs による経口薬
のみの治療が可能となり,その高い有効性から C 型
慢性肝疾患の撲滅が目標に掲げられている状況にあ
る。今後,C 型慢性肝疾患の治癒に伴う肝外病変改
善例の増加が期待されることから,今一度注目され
11)
るべき病態である。
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