骨折・脱臼

特集1 数は少なくてもイザという時一番困る
マイナー疾患に強くなる!
骨折・脱臼
Point
四肢の骨折も,
「外傷による受傷」だという
ことを忘れてはいけません。
日高志州
社会医療法人仁愛会 浦添総合病院
救命救急センター病床 救急看護認定看護師
ひだか しず●2001年沖縄県立沖縄看護学校卒業。手術
室・ICU・HCU・救命救急センター外来での勤務経験を経て,現在に至る。2013
年救急看護認定看護師資格取得。現在,
“誰でもできる心肺蘇生法”の普及を目
指し,“沖縄PUSHコース”を県内小・中・高校などで開催している。
骨折部だけに注目しない
四肢の骨折は疼痛も強く,見た目の変形や創,
高齢者の三大骨折は「橈骨遠位端骨折」
「脊
椎圧迫骨折」
「大腿骨頸部・転子部骨折」です。
RICE・外固定による注意点を,患者へ指導
ができるようにしましょう。
療室にいる間は,繰り返しABCDとバイタルサ
インを確認することが必要です。
患者の訴えに気を取られやすくなります。しか
高齢者の骨折の特徴
し,骨折の発生原因では,大腿骨近位端骨折の
我が国では,在宅高齢者の10 ~20%,施設
うち92%,橈骨遠位端骨折のうち96%の症例
入所者の30%に転倒歴があります。性別では男
が「転倒」が原因となっており,多くが「外傷」
性より女性の方が転倒発生率が高く,年齢では
によって受傷したということになります。その
75歳以上の後期高齢者が有意に高くなります。
ため,看護師は致命的な体幹の損傷を見逃さな
少々の落差や小さな転倒でも大腿骨頸部骨折や
いように,すぐに疼痛部位の観察を行うのでは
骨盤骨折を来すこともあります。特に,高齢者の
なく,受傷機転の確認を行いながら,基本であ
三大骨折と言われる「橈骨遠位端骨折」
「脊椎圧
るA(気道),B(呼吸)
,C(循環)
,D(意識)
迫骨折」
「大腿骨頸部・転子部骨折」は,骨粗鬆
とバイタルサインの確認を行い,高エネルギー
症の関与が大きく発生数も多い傾向にあります。
外傷の場合はPrimary Surveyを行った後に,四
既往歴や内服の聴取も重要で,抗凝固・抗血
肢の処置を行うようにしましょう。
小板薬の内服により血液凝固能に影響を及ぼし
骨折は外出血は少なくても,内部で多量に出
ている場合も多く,軽度の打撲や骨折でも多量
血していることがあります(図1)
。循環血液
の内出血を起こす可能性があることを念頭に置
量減少ショックを引き起こす可能性を考え,初
いておく必要があります。
高齢者の大腿骨近位部骨折のうち,認知機能
図1 骨折部位とそれに伴う出血量
の低下により約5%は受傷機転を覚えておら
ず,目撃者もなく「原因不明」とされています。
そういう患者へは,より慎重な身体所見の観察
上腕骨
約300∼500mL
肋骨1本
約100mL
が必要となります。
問診・触診・視診が重要
下腿骨
約500∼1,000mL
大腿骨
約1,000∼2,000mL
高齢者が「尻餅をついて立ち上がることができ
ない」と聴くと,大腿骨頸部骨折を想起するよう
に,受傷機転が特定の骨折部位に結びつくため,
問診は重要と言えます。転倒による外傷は,受
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救急看護 トリアージのスキル強化 vol.4 no.5
傷部位が1カ所とは限りません。受傷の状況を
骨折しているのであれば,時間が経つにつれ
聴取し,疑わしいところはチェックしましょう。
骨折線が明確になってくるため,痛みが強い場
視診・触診のポイントは次のとおりです。
合は骨折があるものとして対処し,救急外来で
①左右の比較をする
は応急処置のみを行い,後日整形外科を受診す
②健側を先に診る
るように伝えます。
③患者の疼痛の訴えが強い個所は最後に診察する
④手の骨折の場合,利き手はどちらか(機能維
持の観点から治療方針に影響する場合もある)
頻度が高い骨折
上肢骨折
視診・触診では,血管・神経の障害は予後に
①橈骨遠位端骨折(図2)
大きく影響するため5P(Pain:疼痛,Pale:
Keyword 転倒,高齢者,手関節の腫れ・痺
蒼白,Paresthesia:感覚異常,Paralysis:麻痺,
れ,正中神経麻痺,長指伸筋腱断裂
Pulselessness:脈拍消失)の有無を見ていきま
高齢者の三大骨折の1つです。高齢者の転倒
す。変形が明らかな部位は二次損傷を起こす可
や,若壮年の自転車・バイク事故,スノーボー
能性があるため,触診の必要はありません。
ドによる転倒などで手掌をついた時に起こりや
緊急手術が必要な骨折
すい骨折です。閉経後の中年以降の女性では骨
粗鬆症が起こりやすく,骨折が多くなります。
開放骨折は,基本的に緊急手術の適応となり,
また,小児にも多い骨折です。
創のデブリードマン,洗浄,骨折部の安定化を
骨折部の転位が大きい場合,正中神経が骨片
行う必要があります。開放骨折では,骨折修復
や腫れで圧迫されると,母指から第4指にかけ
だけではなく軟部組織損傷の修復が重要となる
ての感覚障害が起こります。転位が軽度であれ
ため,受傷から6時間が手術までのゴールデン
ば良肢位ギプスシーネを行い,X線検査で明ら
タイムとなります。高度な軟部組織損傷は感染
かな転位を伴う場合や,正中神経の圧迫による
症から骨髄炎を併発する可能性があり,そうな
指先の知覚障害や痺れがある場合,小児では,
るとさらに治療に難渋することから,感染の制
整復を早急に行わないと骨折部周囲の軟部組織
御が重要となります。そのため,開放骨折を見
が腫脹し,正中神経を含む神経血管系への圧迫
た時には,手術までを想定した準備を開始する
症状,コンパートメント症候群の発生にもつな
必要があります(SAMPLE聴取,家族への連絡
がってしまいます。このため,速やかな整形外
など)。早期の抗菌薬投与が必要であり,適応
科医へのコンサルトが必要であり,可及的整復
があれば破傷風トキソイドの使用も考慮します。
を行います。
その日に診断できない骨折もある
②舟状骨骨折
Keyword 手をついて転倒,手関節痛,snuff
転位のない骨折は,受傷当日にX線のみで判
boxの圧痛,偽関節
断を行うことは困難な場合もあります。特に皮
手根骨骨折の中では最も頻度が高い骨折です。
質骨が薄く,海綿骨の豊富な橈骨遠位端や頸骨
スポーツや事故などで転倒した際,手関節伸展
顆部,大腿骨大転子などの骨折では,受傷当初
位背屈の状態で手掌をついた時に発生します。
に骨折線がはっきりしないこともあります。
舟状骨に圧痛と腫脹を認めたら疑います。この
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図2 橈骨遠位端骨折
写真1 Snuf fbox
図3 大腿骨頸部骨折
骨折線
橈骨
尺骨
骨折線
橈骨
Snuffbox
部位は単純X線でも10 ~20%は見逃されてし
かけで転倒した可能性もあるため,内科的疾患
まうと言われています。放置して骨折部が付か
を念頭に置きながらSAMPLE聴取,術前全身精
ずに偽関節になることや,重症例では阻血性壊
査などを行います。
死などの合併症が起こる可能性もあり注意が必
要です。疑わしい場合は,必ず翌日最寄りの整
脱臼
形外科を受診するよう指導する必要があります。
外力によって,関節を構成する骨同士の正常
救急では,ギプスシーネによる外固定が行わ
な位置関係が失われている状態を脱臼と言いま
れます。下垂により疼痛が増すため,三角巾を
す。介達外力によるものが多く,外傷を受ける
追加した方が良いです。
ことが多い青壮年期の男性に多く発症します。
写真1三角の部分がSnuffboxで,この部分の
好発部位は,肩関節が多く,肘関節,顎関節,
圧痛が強ければ骨折の可能性が高いとされてい
肩鎖関節,膝蓋骨,股関節の順となります。ま
ます。
た,関節可動域が広い関節にも起こりやすいで
下肢の骨折
す。したがって,それぞれの脱臼で障害されや
◎大腿骨頸部骨折(図3)
すい神経障害と血管障害に要注意です。脱臼は
Keyword 転倒後の立位不可・股関節痛,骨
早期整復が必要であり,速やかに整形外科医へ
粗鬆症・高齢者
のコンサルトが必要となります。
高齢者の三大骨折の1つです。高齢者が転倒
整復は,ふと力を抜いたタイミングで入るこ
して立てなくなったと聞くと,一番に思い浮か
とが多いです。そのため,できるだけ力が入ら
ぶ骨折です。特に反対側の大腿骨近位部骨折の
ないよう,医師のタイミングに合わせ,看護師
既往がある場合にはリスクが増します。高齢者
からも声かけをすることが必要となります。ま
は痛みに鈍感な場合があり,中には歩いて受診
た,整復困難例では鎮静剤を使用することもあ
するケースも見られます。骨折が認められれば,
ります。その場合は,予防的に酸素投与を行い,
安静・手術目的のため入院となります。
モニタリングや緊急気道確保の準備(救急カー
早期手術による早期リハビリ開始はADLの維
トなど)をしておきます。
持につながりやすく,予後は良いと言われてい
整復後は,神経障害・血管障害・骨折の有無
ます。安全に早期の手術を受けてもらうために,
を確認します。靭帯損傷を伴うので,シーネ
特に目撃者がいなかった場合などでは,転倒し
(写真2,3)
,オルソグラス(日本シグマック
た原因について,意識消失やめまいなどがきっ
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ス株式会社)
(写真4)で固定します。