PBISプログラムを活用した開発的生徒指導-学級における規範意識の

PBIS プログラムを活用した開発的生徒指導-学級における規範意識の向上を目指した開発的生徒指導実践-
松山康成(大阪府寝屋川市立東小学校/大阪教育大学大学院教育学研究科)
1.はじめに
私は第 13 回日本ピア・サポート学会新潟大会にて、現在アメリカの学校現場で取り組まれている生徒指導シス
テム「PBIS(Positive Behavior Intervention and Support:肯定的な行動への介入と支援)」の第1層支援を参考
に、日本の学級で、子ども同士で取り組めるプログラムを試行的に開発し、検討したものを発表させていただき
ました。PBIS の第1層支援とは主に学校教職員が策定する「学校内で求められる行動指標」に基づき、すべての
学校教師が子どもの行動をカードの配布によって認め、良い行動を強化していくというものです。アメリカで
19000 校以上もの学校が導入しており、8 つの州で 50%以上の学校が導入しているシステムです(G.Sugai,2013)。
私と PBIS との出会いは、
昨年栗原慎二先生らが包括的生徒指導の研究の一環で行われたアメリカ視察への参加で
した。私は様々なアメリカの学校現場での取り組みを見させていただき、その中でもっとも日本の学校現場での
導入の可能性を感じたのが PBIS システムでした。
アメリカで取り組まれて
今回、開発した
行動指標(価値)の策定
いるPBIS
プログラム
教師と保護者(PTA)
教師と子ども
2.プログラムの開発にあたって
行動チャートの作成 教師(作成後PTAの同意)
教師と子ども
今回策定したプログラムは、実際にアメリカで視察
行動への賞賛
教師→子ども
子ども、教師→子ども
図1.アメリカでの PBIS と今回の実践との比較
した、教師が子どもの行動を一方向的に称賛する PBIS
システムを、日本の学級で活用できるように、改変し
たものです(図1)。それにあたり、助言頂いたのが、奈
良教育大学の池島徳大先生が主催するピア・メディエー
ション研究会の皆様でした。研究会には現職の教員の先
生や、大学教員が参加され、実践と研究の往還を交流し
合うこと、メディエーション等の修復的な学級・学校で
の取り組みを導入していくことをテーマに、月に 1 度行
われるものです。私はその場で、視察で得た知見を研究
会のメンバーと共有し、
日本の学校現場で実践する上で、
必要な配慮や改変点等を話し合いました(図2)。
そこでは以下の4点を留意してプログラムを構成するこ
図2.奈良教育大学ピア・メディエーション研究会の様子
ととされました。
①教師からだけでなく、ピアの資源を用いて、子どもた
ち同士でも賞賛し合うことができるものとする。
②行動チャートは学級児童と教師が共に考え、お互いの
同意形成を尊重しつつ作成する。
③アメリカでの実践の際に多く用いられていた言葉であ
る「尊重(respect)」は非常に重要であるため、子ど
もたちに丁寧に尊重の意味と重要性を理解させる。
④今後学校全体で共有できるよう、手順を明確にしてプ
ログラムを構成すること。
⑤カードの配布にあたっては、子どもたち全員がカード
を受け取れるよう、一人ひとりのポストをつくり、その
図3.プログラムで用いたポスト
ポストに投函する。
(図中のアルファベットの部分には、学級全員の児童の名前が本人の手書
きで記入されている。)
このポストの意見は、研究会のメンバーである寝屋川
市立北小学校の駕田教諭が、以前勤めた経験のある大阪
のユニバーサルスタジオジャパンの従業員間で取り組まれている「HAND IN HAND」を参考にされたものでした。
このように、プログラムの開発にあたり、たくさんの方のご助言があって実践をすることができました。
Table2 5年2組の肯定的な行動のマトリックスチャート
学習
生活
友達
3.プログラムの実際
ちゃんと話を聞いている
机の上を整理している
困っている友達に静かに教えてあげている
ノートをていねいに書いている 静かに話が聞けている
友達にわからないことを静かに聞くことができ
この取り組みでは、子ども同
話を注意して聞いている
ている
授業中 考えたことを発表している
意見を考えている
相手の目を見て聞いている
友達のよいところを見つけることができている
士で称賛し合うための行動の指
手を挙げて発表している
時間を守っている
次の時間の用意をする
机やまわりを整理している
友達と元気よく遊んでいる
標(価値)とそれに基づく行動チ
復習・予習している
教室・ろうかを歩いている
一人でいる子に声をかけている
休み時間
下級生と遊んでいる
友達のよいところを見つけることができている
時間を守っている
けんかをしている人の仲裁をしてあげている
ャートが重要となります。よっ
待っている間、教科書などを読 残すことなく食べている
友達のナフキンをひいてあげている
て行動チャートの作成まで 3 時
んで復習・予習をしている
静かに座って待っている
配るのを手伝っている
お皿をていねいに直している
日直が前に立ったら、すぐに静かにしようとし
ちゃんと手を合わせて合掌している ている
間かけて、個人→グループ→全
給食時間
静かな声で話している
おかわりの時、みんなのことを考えている
行儀よく食べている
当番の人が休みの時に、手伝おうとしている
体と人数を増やしつつ話し合い
当番の用意をスムーズにしている
友達のよいところを見つけようとている
時間を守っている
ました。
完成したチャートには、
友達のよいそうじの仕方を見
工夫している
協力しあう
習って習得している
ちゃんとそうじを終わらせている
やさしく友達に注意できる
そうじ時間
学級全員の気持ちがよくなる行
早く終わったら、教室に戻っている 友達のよいところを見つけようとしている
時間を守っている
動が指標ごとに示され、場面ご
宿題をしている
先生にあいさつをして帰っている
誰かと一緒に遊んでいる
次の日の予習、今日の復習をし 最終下校時間を守っている
地域に迷惑をかけず帰っている
とに大切な行動が一目でわかる
放課後 ている
地域の方々にあいさつしている
ごみを拾っている
ようになっています(図4)。
図4.策定した行動チャート
このチャートをもとに、子ども
たちとカードを用いて友だちの行
動を称賛することとしました。図5のように、子どもた
ちは①どの指標(価値)に対して称賛しているか、②相手
の名前、③いつに起こった行動か、④具体的な行動の内
容、⑤自分の名前、を記入し、友だちのポストに入れる
こととしました。このシステムにより、カードは図6の
ように活用されました。
図5.子どもたちが記入したポジティブカード
4.導入による効果
(アルファベット部分には子どもの名前が記入されている)
プログラムの導入によって、①Q-U における学級生活満足群
児童の増加、②行動観察における問題行動の減少、③質問紙調査における子ども本人の承認感の向上、以上の 3
点の効果が見られました。
また、実施後に行った自由記述の子どものアンケートでは、
・友達がこんなところを見てくれていたんだ、とびっくりした。
・いろんな友達からカードをもらえたことがうれしかった、大切に今も持っている。
・みんなで作ったチャートがあるから、友だち同士で責め合うが少なくなった。
・先生にもらったカードは、とてもうれしかった。
などの感想があり、行動を賞賛しつつ学級児童相互が関わることで、ポジティブな交流が見られるようになりました。
肯定的な行動に目を向けることが習慣となることで、責めたり注意をしたりする姿は、実施前と比べ少なくなったよう
に感じました。教師も子どもに対してカードを渡すことで、注意や指導をする関係だけでなく、支援者としての関係を
築けるようになりました。
5.おわりに
PBIS は、学校全体で取り組むことによって、そのよさを発揮できるプログラムであります。私は PBIS の実際
をアメリカで見ることで、カードを受け取る子どもたちの喜ぶ顔やカードを大切にする姿を見ました。この取り
組みを、ピアの力を組み入れ、子ども同士でやってみたいと思ったのが、この実践のきっかけです。これまで日
本でも、学級における認め合い活動は取り組まれてきていますが、行動を認め合うための指導とよい行動の共有
が、これからの学級・学校づくりにおいて非常に重要となるでしょう。
私は現在、学年全体での PBIS に取り組み、本実践の第1層支援と、第2層支援としての PBIS のエッセンスを
用いた個別支援に取り組んでいます。学級担任教師が、支援の範囲を広げていく必要性と、子どもの成長を育む
責任を、強く感じているところであります。これからもこのような取り組みを進めていきたいと考えています。
本実践はたくさんの方の協力があり、実践することができました。謝して感謝申し上げます。