正月紙面 編集者の舞台裏

正月紙面 編集者の舞台裏
■新編集講座 ウェブ版
第 19号
2015/1/1
毎日新聞大阪本社 代表室長(元編集制作センター室長)
三宅
直人
あけましておめでとうございます。本年も毎日新聞をよろしくお願い致します。お正月といえば、別刷りの特集が
ぎっしり詰まった分厚い朝刊が定番ですね。新しい連載企画が始まったり、年末から取材を重ねてきたスクープ
記事が 1 面を飾ったり、紙面にも活気があります。そんな正月紙面を作る、編集者の舞台裏をご紹介しましょう。
■ 年末に作る年始の紙面
元日の朝刊は、大みそかの夜から1日の未明にかけて作製します。
つまり作業開始の時点では「来年」の新聞を作っているわけです。
右図㊤は昨年 12 月 22 日の朝刊1面(大阪本社版)です。本社主
催の全国高校駅伝の写真が目に入ります。読者の方がお気づきかど
うか分かりませんが、紙面右上に著作権表示として、
「©毎日新聞社
2014」と記されています。31 日朝刊までこの表記が続き、元日紙
著作権表示。㊤が 2014 年、㊦が 2015 年。
面は「©毎日新聞社 2015」に変わります。でも、作っているのは大
みそかの夜。うっかりすると勘違いしたり見逃したりしそうです。
この年号変更は、昔は担当者の手作業でした。今は自動化された
ので間違いはないはずです。でも編集者は、電車の運転士のように、
「年号よし!」と紙面を指差し確認するのです。
似た例として、社会面に記載されている定価表示があります =右
図。朝刊は1部 140 円ですが、元日に限り 150 円になります。大み
そかの夜、社会面の編集者は「定価よし!」と確かめます。
定価表示。㊤が通常用、㊦が元日用。
■ 曜日が違う、回数が違う
私が大阪の編集制作センターに在籍していた 2004 年の正月紙面
では、カレンダーの並びの妙で、紙面が1回飛ぶ珍事がありました。
この時代の科学面は、同じ紙面ながら編成上の理由で、東京は土
曜朝刊、大阪は火曜夕刊に掲載していました。東京の 03 年 12 月 27
日
(土)
朝刊に掲載された年内最後の科学面=右図。
大阪は 30 日(土)
夕刊に掲載……のはずが、年末年始の夕刊休刊で発行していません。
そこで 04 年1月6日(火)夕刊に掲載することを考えました。
㊤03/12/27 科学面
ところが、です。今度は東京の 1 月 3 日(土)朝刊に載る科学面
(東京本社版)
の行き先がありません。東京と大阪で1回のずれが続くのは好まし
㊦04/1/3 科学面(同)
くないし、でも連載「挑む」があるので、1回飛ばしもできません。
東京本社に頼み、この日の科学面は単発の対談記事にして連載は
休載してもらいました=右図。これなら大阪でこの回を飛ばしても
大丈夫……。いえ、まだ落とし穴がありました。12月27日科学面に
「来年」の表記が。1月6日の大阪紙面では「今年」に直しました。
■ 「Y2K」でハラハラ
このように紙面制作で年越しをするのは結構大変です。2000 年
の正月を迎える時は、
「Y2K」問題がありました。
「Y」は Year(年)
。
「K」は Km や Kg の「K」で 1000 の意。
「Y2K」とは 2000 年のことです。コンピューターの多くは年号
を下2桁で処理しており、2000 年の「00」は 1900 年と誤認され
て異常が起き、鉄道や航空などの交通機関、電力やガス、水道な
どのライフラインが大混乱するのでは、と心配されたのです。
2000/1/1 朝刊。㊤が大阪、下が東京
1999 年の大みそかの夜。私は 2000 年元日の朝刊を作っていま
した。日付の変わる 15 分ほど前、すべての作業を中断しデータを
保存しました。かたずをのんで 2000 年の到来を待ったのですが、
別に紙面製作端末から煙が噴き出すことも、完成した紙面が真っ
白になることもなく、ホッとしつつも拍子抜けしました。
■ 節目感か通常の価値判断か
右図㊤は、
「Y2K」を乗り切った後で作製した 2000 年元日朝
刊の最終版です。大阪本社版は「2000」を大きな見出しにして、
トップで扱いました。一方、東京本社版はこの日に飛び込んでき
た大ニュース「ロシアのエリツィン大統領」がトップです。
ロシア大統領の電撃辞任は、通常の日なら当然1面トップです。
でも元日の、それも 2000 年という特別の年なら、別の判断がある
のではないか。大阪の編集者はそう考えたのでした。
21 世紀は 2001 年から始まるので、この日は「世紀の変わり目」
ではありません。でも 1999 年と 2000 年では、時代が変わったよ
うな感じがしたのも事実でした。
「Y2K」問題やイベントの写真
も含め、2000 をキーワードにする紙面を作る決断を下したのです。
東京紙面とどちらが正解かというのではなく、こうした多様な
判断があり得ることこそ、紙面編集の面白さだと思います。
■ 目次にご用心
元日1面は、たくさんの別刷り特
集を紹介する目次が入ります。この
別刷り、配布エリアにより数が異な
ることがあります。上図は 2005 年
の実例ですが、京阪神などで関西特
集が組み込まれました =丸印。エリ
アごとに目次を切り替えるのも、忘
れてはいけない、編集者の仕事です。
■ 地域面も時代とともに
地域面では、元日の紙面に大型の特集記事を
組んだり、連載の1回目を掲載したりすること
が多いようです。私が入社した 1981 年ごろは、
元日の後、3日間ほど地域面を休載し、5日ご
ろから再開するのが通例でした。遠隔地出身の
記者は、この期間を利用し帰省したものです。
近年は休載することなく、ほぼ通常の形で地
域面を製作します。お正月でも地域ニュースを
■ 1カ月の時間をかけた元日紙面の取材
求める声が高まり、ネットへの速報も必要にな
上図は、若手記者だった私が書いた 1984 年の栃木版元日朝
ったためです。百貨店やスーパーが正月休業を
刊。
「農業の現場から」という連載の初回です。脱サラして横浜
やめ、営業を始めたのと似ています。地域面製
から移住、農業を始めた青年の家に1か月以上通って取材しま
作も、時代とともに変わっているのです。
した。記者としてやっていく自信がわいた、思い出の記事です。