津波対策を含めた水道施設の耐震化・更新計画

津波対策を含めた水道施設の耐震化・更新計画
㈱東京設計事務所
○下田 佑貴
小原 卓朗
雑賀 渉
1.はじめに
平成 23 年 3 月に発生した東日本大震災では、これまでの想定をはるかに超えた巨大な地
震及び津波が発生し、水道施設等のライフラインにも甚大な被害が生じた。
東日本大震災を踏まえて国においては、平成 23 年 12 月に防災基本計画が修正され、地
震・津波対策の抜本的強化等の方針が示されている。
これを受けて、A事業体(水道用水供給事業)が属する県においては、平成 25 年 1 月に
最大クラスの津波に対する津波被害想定を実施・公表し、防災計画の見直しを進めること
となった。
本計画はA事業体を対象に津波対策(耐水化)について検討するとともに、これまで個
別に検討していた耐震化計画およびアセットマネジメントによる更新計画を見直して計画
全体の整合を図り、津波対策を含めた総合的な耐震化・更新計画を策定したものである。
2.計画の概要
本計画の策定フローは図-1に示すとおりである。
本計画では、現状分析・評価、施設整備目標の設定、施設整備計画および事業計画につ
いて検討した。
なお、図-1に示す基幹施設は、地震・津波等の災害時に確保すべき目標水量を供給す
るために必要な施設である。本計画では基幹施設の耐震化・耐水化を中心としてアセット
マネジメントによる施設の更新等を含めて検討を行った。
本報告ではこれらのうち、施設の津波被害想定、施設の津波対策(耐水化)の検討およ
び事業計画の検討について詳述する。
-1-
START
耐震化検討(地震対策)
1.現状分析・評価
施設被害想定
断水被害(供給水量)の
予測
耐水化検討(津波対策)
○想定地震(9地震)による各施設の震度、液状化
危険度等の整理
○施設情報の整理
・拠点施設:構造物の耐震診断結果、建設年度等
○想定津波(5津波)による各施設の浸水高・浸水深
等の整理
○施設情報の整理
・拠点施設:構造物の開口部と高さ、設備の設置階
等
・水 管 橋 :耐震診断結果、建設年度等
・管
路 :管種・継手、布設地盤等
○想定地震による施設被害想定
・水 管 橋 :水管橋・下部工・地盤の高さ等
・管
路 :管種・継手、布設場所等
○想定津波による施設被害想定
○取水、導水、浄水、送水の施設フロー図を基に、各想定地震・津波において被害施設を停止して
水運用を検討し供給できる水量を算出
2.施設整備目標の設定
○地震・津波等の災害時に確保すべき目標水量の設定
・目標水量は現状の一日平均送水量(公称施設能力に対する目標水量の比率は70%)
○基幹施設(目標水量を供給するために必要な施設)の設定
3.施設整備計画の検討
(基幹施設)
○耐震化の整備方針
・拠点施設:耐震補強、伸縮可とう管整備等
施設の耐震化・耐水化
の検討
・水 管 橋 :耐震補強、伸縮可とう管整備等
・管
路 :耐震管による更新
○整備方針に基づく拠点施設・水管橋の耐震補強
範囲、管路の更新区間等の検討
(基幹施設以外)
○耐震化の整備方針
・拠点施設・水管橋・管路とも耐用年数経過時に
おいて更新により耐震化
○拠点施設・水管橋・管路の更新対象・区間等の
検討
○バックアップ対策(系統連絡管等)の整備方針
○対象区間・整備管路等の検討
バックアップ対策の
検討
(基幹施設)
○耐水化の整備方針
・拠点施設:施設の高所移設、設備の高所移設、
構造物の開口部の防水化、
・水 管 橋 :推進工法による更新、高所移設更新
・管
路 :耐震管による更新、高所移設更新
○整備方針に基づく拠点施設の耐水補強範囲、
水管橋・管路の更新対象・区間等の検討
(基幹施設以外)
○耐水化の整備方針
・拠点施設・水管橋・管路とも耐用年数経過時に
おいて更新により耐水化
○拠点施設・水管橋・管路の更新対象・区間等の
検討
4.事業計画の検討*1
概算事業費の算出
整備時期の検討
整備効果の検討
END
○拠点施設・水管橋・管路について、耐震化・耐水化のための補強・更新、バックアップ対策の
概算事業費の算出
○アセットマネジメントに基づく補強・更新時期の設定
(基幹施設)
・拠点施設の補強等:設備の更新時期(法定耐用年数による)に合わせる。
・水管橋の補強等 :上下流の拠点施設の補強時期に合わせる。
・管路の更新 :更新期間を法定耐用年数、更新基準年数として比較検討
(基幹施設以外)
・拠点施設、水管橋は法定耐用年数、管路は更新基準年数により更新時期を設定
○耐震化・耐水化、バックアップ対策による効果を以下の指標により検討
・想定地震・津波による供給水量・供給率
・拠点施設・管路の耐震化率、耐水化率等
注)*1:想定地震・津波に対し、被害が生じないと想定される施設についてもそれらの更新を含めて検討。
図-1
津波対策を含めた耐震化・更新計画の検討フロー
-2-
3.水道施設の津波被害想定
水道施設の津波被害想定は、取水場、浄水場、ポンプ場等の拠点施設、水管橋、管路に
分けて行うこととした。ここでは津波シミュレーション結果による浸水高・浸水深の算出
および浸水高による津波被害の想定について以下に示す。
1)津波シミュレーション結果による浸水高・浸水深の算出
業務では津波シミュレーション結果を入手したが、同結果を用いるにあたっては以下の
ような課題があり、施設における津波の浸水高・浸水深は補正等を行って算出した。
○現況地盤高による浸水深の補正等
入手した津波シミュレーション結果は、浸水深、地盤高等のデータは得られたが、浸
水高(標高)は含まれておらず、また地盤高は航空レーザー測定のものを用いていたため、
測量による現況地盤とは最大で 1.0m 以上異なっていた。
そのため、シミュレーション結果の浸水深、地盤高から浸水高を求めるとともに、浸
水高から現況地盤高(測量値)を減じて浸水深を算出した。
○浄水場等の敷地における最大浸水高の算出
浄水場等の拠点施設は敷地における最大浸水高(標高)を求めて、津波被害を検討する
こととした。上記の津波シミュレーション結果は 1 辺 5m あるいは 10m のメッシュデータ
で示され、大規模の浄水場では 1000 個以上のメッシュで構成されており、各メッシュの
浸水高から最大値を求め、これを最大浸水高とした。
2)浸水高による津波被害の想定
水道施設における津波被害は、浸水するすべての施設において生じるのではなく、浸水
深および水道施設の構造や形状、周辺環境に影響を受けると考えられる。
そのため、拠点施設、水管橋および管路について津波被害が生じる条件を表-1のとお
り設定した。
表-1
津波被害が生じる条件の設定
施設区分
拠点施設
津波被害が生じる条件
○想定浸水高>構造物の開口部高さ
※津波による構造物内部への浸水による被害を考慮
水管橋
○想定浸水高>(1)水管橋管中心高と(2)地盤高の低い方の値
※津波の衝撃圧や漂流物の衝突による(1)水管橋と(2)下部工周辺の被害を考慮
管路
○以下の両方に該当するもの
・想定浸水高>管路布設地盤高で、埋立地や海岸付近等の沿岸部に位置する管路
・開削工法により布設された非耐震管路(耐震継手構造以外の管路)
※上記の沿岸部では津波により道路等が洗掘され、埋設深さの浅い開削工法で布設された
非耐震管路の場合、継手の離脱等により、管路被害が生じるおそれがあることを考慮。
-3-
4.水道施設の津波対策(耐水化)の検討
1)拠点施設の津波対策の検討
(1)拠点施設の津波対策の設定
「耐津波対策を考慮した下水道施設設計の考え方 平成 24 年 3 月 下水道地震・津波対策
技術検討委員会(第4次提言)」に基づき、拠点施設について機能別に耐津波性能、防護レ
ベル、津波対策を図-2のとおり設定した。
機能
区分
取・導・送水機能、浄水処理機能
高度処理機能、排水処理機能
左記以外
耐津波
性能
被災時においても
「必ず確保」
一時的な機能停止は許容するものの
「迅速に復旧」
一時的な機能停止は
許容するものの
「早期に復旧」
防護
レベル
高
中
低
リスク回避
リスク低減
リスク保有
強固な防水構造
浸水を許容
※やむを得ない場合は「リスク低減」
浸水しない構造
津波
対策
防護壁の設置
開口部の高所化
①施設の高所移設
②設備の高所移設
③開口部の防水化(閉塞等)
設備の防水化
対策なし
非浸水エリアにおける
予備機の確保
※「耐津波対策を考慮した下水道施設設計の考え方 平成24年3月 下水道地震・津波対策技術検討委員会(第4次提言)」を
一部修正。
※[
]は本計画において不採用とした津波対策。
図-2
拠点施設の機能別の耐津波性能、防護レベル、津波対策
図-2に示す津波対策について、本計画における採用・不採用は以下のとおりとした。
(防護レベル:高)
・「防護壁の設置」は、津波の第一波等の大きな衝撃圧を回避する効果等はあるが、拠
点施設の周辺に津波の反射による影響を及ぼす可能性があることや経済性等を考慮
して、本事業が単独で整備しないこととし、不採用とした。
・「①施設の高所移設」については、更新に合わせて行うこととなるが、場内に高所の
スペースを有する一部の施設は高所における更新が可能であるため採用した。
・「開口部の高所化」については、上記と同様に更新に合わせて行うこととなるが、費
用や維持管理性を考慮して不採用とした。
・「②設備の高所移設」については、現場条件、経済性等からみて可能であるため採用
した。
-4-
(防護レベル:中)
・「③開口部の防水化」については、「設備の高所移設」と同様に、現場条件、経済性
からみて可能であるため採用した。
・「設備の防水化」については、防水機能を有する設備は電磁流量計、電動弁とその電
動機等に限られること、
「非浸水エリアにおける予備機の確保」については、現場条
件等からみて実施が困難であることから、両者とも不採用とした。
(2)拠点施設の津波対策の検討結果(例)
拠点施設について津波に対する防護レベルを設定して、津波対策を検討した結果を表
-2に示す。
防護レベルについては、図-2に示した機能に基づき設定したが、図面調査及び現地
調査の結果、同レベルの津波対策を選定することが困難な施設があり、それらについて
は1ランク低い防護レベルの津波対策を選定した。
表-2
耐水化対策の検討例
現場条件等を踏まえた防護レベル・津波対策
施設
種別
施設名
単位施設
機能に基づい
た防護レベル
防護レベル
①
②
③
施設の
設備の
開口部の
高所移設
高所移設
防水化
(防護レベル:高) (防護レベル:高) (防護レベル:中)
取水 A取水
施設 ポンプ場
B増圧
導水
ポンプ場
施設
C調整池
1 流量計室
高
中
-
-
○
2 ポンプ室
高
中
-
-
○
1 流量計室
高
中
-
-
○
2 ポンプ室
高
中
-
-
○
1 調整池
高
中
-
-
○
1 管理棟
高
高
-
○
○
2 電気棟
高
高
-
○
○
3 薬注棟
高
高
-
○
○
4 井戸群流量計室
高
中
-
-
○
5 着水井
高
中
-
-
○
6 薬品沈殿池
高
中
-
-
○
7 薬品貯蔵槽
高
中
-
-
○
浄水
8 急速ろ過池
高
中
-
-
○
送水 D浄水場
9 送水ポンプ室
高
中
-
-
○
施設
10 浄水池
高
中
-
-
○
11 粒状活性炭吸着池
中
中
-
-
○
12 オゾン接触池
中
中
-
-
○
13 オゾン注入機棟
中
中
-
-
○
14 中間ポンプ棟
中
中
-
-
○
15 濃縮槽
中
低
-
-
-
16 貯留槽
中
低
-
-
-
(津波対策の凡例) ○:採用、-:不採用
※防護レベル中は、迅速な復旧を可能とするため、ソフト対策(洗浄・排水等の応急復旧計画、人員の確保、作業用水
の確保等)が必要となる。
2)水管橋及び管路の津波対策
水管橋、管路の津波対策は、以下のとおり設定した。
<水管橋、管路の津波対策>
○水 管 橋 :推進工法による更新
-5-
津波被害が生じない高所への移設更新
○管
路 :耐震管(ダクタイル鋳鉄管(耐震継手)、鋼管(溶接継手))による更新
津波被害が生じない高所への移設更新(耐震管を使用)
3)施設の重要度に応じた耐震化・耐水化
基幹施設に位置付けられた拠点施設、水管橋については整備効果の早期の発現を考慮し
て原則として補強により、基幹施設以外の拠点施設、水管橋並びに管路については耐用年
数経過時に更新することにより、各々耐震化、耐水化を図ることとした。
5.事業計画の検討
基幹施設等の補強・更新の整備時期はアセットマネジメントの検討結果を踏まえ、以下
のとおりとした。
(基幹施設)
○拠点施設の補強:設備の更新時期(法定耐用年数による)に合わせて実施。
○水 管 橋 の 補 強:上下流の拠点施設の補強時期に合わせて実施。
○管 路 の 更 新:法定耐用年数(40 年)により更新。
(基幹施設以外)
○拠点施設、水管橋は法定耐用年数により、管路は更新基準年数(鋼管 55 年、ダクタ
イル鋳鉄管 80 年等)により、各々更新。
全体事業費の 85%を占め、最も費用を要す
る管路更新については、すべての管路の更新時
期を更新基準年数とした場合の効果を算出す
ると、表-3に示すとおり地震に対して目標水
量(目標水量比率 70%)を確保するためには 60
年程度を要することとなった。このため、目標
水量の早期確保、事業費増大の抑制を踏まえ、
法定耐用年数(40 年)を超え目標水量確保に
向けて効果の大きい路線を選定して更新する
よう計画した結果、基幹管路のみ法定耐用年数
により更新すると 20 年程度で目標水量を確保
することが可能となった。
-6-
表-3
管路更新の効果比較
(単位:%)
地震時水供給率
津波時水供給率
更新基準
更新基準
年度
採用案
採用案
年数案
年数案
H27
2.7
2.7
4.7
4.7
H32
2.7
2.7
6.2
6.2
H37
4.4
8.1
31.1
31.1
H42
27.1
51.4
43.1 ➣ 71.6
H47
29.7 ➣ 70.4 ➣ 70.8
75.7
H52
41.4
72.4
70.8
99.3
H57
41.4
72.4
70.8
99.3
H62
41.4
72.4
70.8
99.3
H67
41.4
72.4
70.8
99.3
H72
41.4
72.4
70.8
99.3
H77
41.4
72.4
70.8
99.3
H82
68.8
78.8
100.0
100.0
H87
➣ 84.3
86.3
100.0
100.0
H92
94.8
94.8
100.0
100.0
H97
94.8
94.8
100.0
100.0
H102
100.0
100.0
100.0
100.0
注)➣:目標水量(同比率70%)を確保できる年度
※耐水化が必要な管路延長は耐震化が必要な管路
延長に比べ短いため、津波時水供給率は地震時
水供給率に比べ増加ペースが早い。
6.おわりに
本計画はA事業体を対象に津波対策を中心として、総合的な耐震化・更新計画を策定し
たものである。
津波対策は海岸に近い平野等に多くの施設を有しているA事業体にとって重要な課題で
あり、施設全体を対象とした整備計画を策定することができたと考えている。
また耐震化、耐水化および水道施設の更新には多大な費用・期間を要するため、計画的
に推進する必要があるが、補強や更新の方法等の個別の計画とともに、アセットマネジメ
ントに基づいた整備時期の設定等を行うことで、全体の整合を図った計画を策定すること
ができたと考えている。
今後我が国では水需要が減少する中、水道用水供給事業等は多額の費用を要する耐震化、
耐水化、施設更新等に取り組む必要があり、それに向けては効果的・効率的な整備計画が
求められるが、本報告がそのような計画策定の参考となれば幸いである。
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