脳卒中片麻痺に対する新規歩行リハビリテーション ―歩行様の股関節運動と体性感覚神経への電気刺激を用いて― 上野良揮* (指導教員 牛山潤一**) * 慶應義塾大学 環境情報学部4年 (2016 年 3 月卒業予定) ** 慶應義塾大学 環境情報学部 准教授 * [email protected], **[email protected] キーワード:脳卒中,リハビリテーション,歩行,片麻痺,相反性抑制 1 はじめに 脳卒中は生命にかかわる重大な疾病であること は周知の事実である.世界では年間 1500 万人もの 人々が脳卒中を発症し,その約3割は,片麻痺や言 語障害などの,何かしらの後遺症を抱えている(1). そのため,脳卒中による後遺症を改善させるリハビ リテーションの研究は社会的にも大きな意義をな すことは間違いない.本研究では,脳卒中の後遺症 のなかでも片麻痺による歩行困難に着目し,体性感 覚神経への一定リズムの電気刺激と,免荷状態で歩 行様の股関節運動をおこなうことが出来る器具を 組み合わせた新規歩行リハビリテーションの提唱 につなげることを目的とした実験をおこなった. 2 研究背景 人間のスムーズな運動は,身体に存在する様々な 筋の相互作用によって実現されている.例えば,上 腕二頭筋が収縮した際には,上腕三頭筋が弛緩する ことでスムーズな肘関節の曲げ伸ばしが可能とな る.下肢においては,股関節が屈曲する遊脚期に, 前脛骨筋(TA)が収縮し,ヒラメ筋(SOL)が弛緩 することによって,人間の踵から接地したスムーズ でリズミカルな歩行が可能となる. 図1 これは,一方の筋(主働筋)が収縮した際に,脊 髄内に存在する神経(Ia 抑制性介在神経)が,対 側の相反する機能をもつ筋(拮抗筋)の運動神経の 活動を抑制し,弛緩させる身体のメカニズムによっ て実現されており,このメカニズムを「相反性抑制 (Reciprocal Inhibition)」と呼ぶ. しかしながら,脳卒中を発症すると,脳と脊髄を 結ぶ経路に障害が発生し,「相反性抑制」の機能が 弱まり,前脛骨筋が収縮した際に拮抗筋のヒラメ筋 をうまく弛緩させることが出来なくなる.そのため, 双方の筋が収縮してしまう強い「共収縮」の状態と なり,遊脚期につま先を上げることができず,つま ずきによる転倒,そして更なる重大な傷害に繋がる おそれがある. そのため,「相反性抑制」の機能をより,効率よ く取り戻すための研究は,片麻痺に対する歩行リハ ビリテーションのなかでも重要な役割を担うであ ろう. 前脛骨筋とヒラメ筋の位置関係 図2 相反性抑制のメカニズム 前脛骨筋が収縮すると,その収縮情報が Ia 求心性 神経を介して,Ia 抑制性介在神経に伝わる.情報を 受け取った Ia 抑制性介在神経は,その情報を「弛 緩」の信号に変換することで,ヒラメ筋が弛緩する ことが出来る. 3.先行研究と仮説 先行研究には,PES(Patterned Electrical Stimulation) と呼ばれる,パルス幅 1ms かつ 100Hz の 10 連発刺 激を 1train とし,この train を 1.5s ごとに安静状態 の被験者に入力する電気刺激手法が報告されてい る(図 3).この刺激パターンは,人間の歩行時に おける下肢の体性感覚神経の活動を模倣しており, PES を 2-30 分間,前脛骨筋を支配している総腓骨 神経に入力することで,一時的に相反性抑制が増強 することが確認されている.(2) 図3 Patterned Electrical Stimulation(PES) 一方,ペダリング運動中や歩行運動中といった股 関節が大きく関与している運動時に総腓骨神経へ の 25-30Hz の電気刺激を入力することで,「ペダリ ング・歩行のみ」,もしくは, 「刺激のみ」の条件よ りも相反性抑制が増強されているという報告もあ り(3,4),電気刺激と,このような運動の組み合わせ が,機能改善に効果的であるということが示唆され る. また低周波の刺激よりも,PES のような人間の歩 行時における下肢の神経活動を摸倣した 100Hz の 高周波の間欠的な電気刺激のほうが,相反性抑制を 増強するという報告もあるため(2),歩行様の運動時 に PES を入力することで,さらに効果的に相反性抑 制を増強させることが出来るのではないかという 仮説のもと,以下の実験を行った. 4 実験の対象と方法 4.1 対象 間における相反性抑制の増強効果及び残存性を検 証した. 4.3 評価 以下の3項目を評価指標とした. ・ H 波の振幅減少率による評価 H 波とは,求心性神経に単発の電気刺激を入力す ることで筋から得られる誘発筋電図であり,本実験 では,ヒラメ筋の Ia 求心性神経を興奮させること で H 波を得ることが出来る.相反性抑制を評価する ためには,ヒラメ筋の Ia 求心性神経を刺激する 2,3ms 前に,前脛骨筋の Ia 求心性神経にも刺激を入 力し,Ia 抑制性介在神経を興奮させておく. (図 4) 双方から得られた H 波の振幅を比較し,変化率を もとに相反性抑制を評価することが出来る.本実験 では各条件の前後においてこの計測を行い,相反性 抑制を評価し,条件間における相反性抑制増強効果 の差を検証した. ・ 足首背屈運動時の前脛骨筋・ヒラメ筋の共収 縮率 前脛骨筋の収縮時におけるヒラメ筋の収縮度を 評価するために,被験者は一定リズムの聴覚刺激 (45bpm,210bpm)に合わせた速さ,および任意の 速さで 10 回ずつ,足首関節を背屈した前脛骨筋− ヒラメ筋の筋電図振幅比から共収縮率を決定する. 条件前後,条件間でこれを比較し,相反性抑制の増 強効果の評価指標とした. ・ 足首背屈運動時における足首関節の可動域 相反性抑制が増強することにより,足首の背屈 機能が向上し,素早く連続性のある背屈運動を行 なう際の足首関節可動域も拡張するという考えに もとづいて,上記した共収縮率評価のための課題 を行なう際,同時に,足首に角度計(ゴニオメー ター)を貼付し,足首関節の背屈可動域を計測し, 評価指標の1つとした. 神経疾患または下肢の整形疾患の既往歴のない 健常成人を対象とした.また,本実験に関する充分 な説明をおこない,同意の得られた者のみを対象と した. 4.2 方法 免荷状態での受動的な立位歩行様運動が可能な 装 置 ( イ ー ジ ー ス タ ン ド グ ラ イ ダ ー : Altimate Medical 社製)の上で PES を 20 分間,被験者の総 腓骨神経に対して入力した.刺激強度は前脛骨筋の 運動閾値に設定し,条件は 1)安静立位+PES,2)受 動的股関節屈曲運動+PES,3)受動的股関節伸展運 動+PES の3パターンとした.また,イージースタ ンドグライダーの操作は実験者がおこない,各試行 図 4 膝窩刺激による相反性抑制の表出 5 結果と考察 ・当日,会場にて別途発表予定 6 参考文献 (1) World Heart FEDERATION http://www.world-heart-federation.org/cardiovasc ular-health/stroke/ (2015-10-29 12:27 参照) (2)M.A.Perez,et al., Patterned Sensory Stimulation Induces Plasticity in Reciprocal Ia Inhibition in Humans., J.Neurosci., 23(6), 2014-18(2003) (3) T.Yamaguchi.et al., The effect of active pedaling combined with electrical stimulation on spinal reciprocal inhibition. J.Electromy.,23(1),190-4, (2013) (4) Thompson.A, et al., Short-term effects of functional electrical stimulation on spinal excitatory and inhibitory reflexes in ankle extensor and flexor muscles. Experimental Brain Research, 170(2), 216– 226,(2006)
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