歩行者・自転車乗用者の 交通安全教育のための シニア・リーダーの育成

防災基礎講座
歩行者・自転車乗用者の
交通安全教育のための
シニア・リーダーの育成に係る
調査研究について
いしかわ
たつろう
石川 達郎
警察庁交通局交通企画課
1.はじめに
デル事業の実施結果等を踏まえ、地域における自立
近年の交通事故発生状況は、発生件数、死者数
ついて検討を行った。
及び負傷者数ともに減少傾向にあるものの、死者
本稿では、主に1年目に行ったシニア・リーダー
数の減少幅が縮小しており、特に、死者数に占め
育成モデル事業の実施内容及び実施結果について述
る 65 歳以上の高齢者の割合は5割を超え、うち
べる。なお、文中の意見にあたる部分は、私見であ
歩行中・自転車乗用中の死者数は高齢者死者数の
ることをあらかじめお断りしたい。
的な交通安全教育サイクル構築に向けた在り方等に
6割以上を占めるなど、高齢者の交通事故抑止対
策が重要な課題となっている。
このような状況の下、警察庁では、高齢者自身
に加齢による身体機能の変化、歩行中の道路横断
時のリスク、自転車乗用中の交差点進入時のリス
8
2.シニア・リーダー育成モデル事業
(平成 25 年度)
(1)実施内容
ク等を正しく認識してもらうことを高齢者交通安
モデル事業を実施するに当たり、高齢者の歩行
全教育の課題の一つとしてとらえ、教育を受ける
中・自転車乗用中の交通事故実態や都道府県警察に
高齢者と同年代の指導者(以下「シニア・リーダ
おける交通安全教育の体制等を踏まえて、8都県警
ー」という。
)が自らの「気づき」の体験等に基づ
察を歩行者・自転車乗用者対象のモデル事業実施都
いた教育を実施して受講者の共感・理解を促進し、
県警察(以下「実施都県警察」という。)として選
更に新たなシニア・リーダーを育成して教育の輪
定した。
を広げるという、自立的な交通安全教育サイクル
① 歩行者対象
の構築を目的とした調査研究を平成 25 年度から
福島県、東京都、岐阜県、愛媛県及び福岡県の5
26 年度までの2か年にわたり実施した。
都県
1年目は、8都県警察においてシニア・リーダ
② 自転車乗用者対象
ーを選定し、有識者等の協力の下、高齢者に対す
埼玉県、千葉県及び岡山県の3県
る交通安全教育を行う「シニア・リーダー育成モ
実施都県警察においては、それぞれシニア・リー
デル事業(以下「モデル事業」という。)」を実施
ダーを選任し、警察と連携して歩行者又は自転車シ
し、2年目は、調査研究委員会を設置して、同モ
ミュレーターを活用した交通安全教育を実施しても
予防時報
2015 vol.263
防災基礎講座
らうとともに、受講者やシニア・リーダー自身へ
研修会終了後には、受講者にシニア・リーダー
のアンケート調査等を行い、モデル事業の効果や
認定証を交付し、交通安全教育の実施者としての
課題を取りまとめた。
立場を明示することにより、シニア・リーダーと
なお、モデル事業におけるシニア・リーダーに
しての意識付けを図った。
よる交通安全教育は以下の流れにより実施してい
ウ.シニア・リーダーによる交通安全教育の実施
る。
警察と連携し、シニア・リーダー自らが各地域
ア.シニア・リーダーの選任
の高齢者に対し、シミュレーターを活用した交通
シニア・リーダーは、「65 歳以上であること」、
安全教育を行った(写真2)。
「活動を行うために十分な体力及び時間的余裕を
交通安全教育は、シニア・リーダー5人を一組
有していること」及び「高齢者の交通安全教育を
として、責任者、指導者及び記録者等の役割分担
実施する熱意を有していること」等の要件を満た
の下で実施し、受講者にシミュレーターを体験し
している方とし、警察署ごとに交通安全協会や地
てもらいつつ、シニア・リーダーが、
域交通安全活動推進委員等、交通安全意識が高く、
普段から交通安全活動に関わりを持つ方を中心と
して選任した。
また、選任に当たっては、本モデル事業が、高
齢者による高齢者のための効果的な交通安全教育
の実施方法等を取りまとめるものであり、多様な
高齢者を対象とするものであることを踏まえ、可
能な限り広範な地域に分散させることとして、1
都県当たり 15 人を選任した。
イ.育成研修会の開催
シニア・リーダー自身に本モデル事業の目的や
概要、高齢者に対する交通安全教育のポイント等
写真1 育成研修会の実施状況
を理解してもらうため、実施都県警察において選
任されたシニア・リーダーに対し、高齢者の交通
安全教育手法等に関する有識者、学識者の講話や
指導、警察官による教養、歩行者又は自転車シミ
ュレーターの操作要領等の説明を行った(写真
1)
。
有識者等については、警察庁から本モデル事業
実施に当たっての講師就任を要請し、協力してい
ただいている。
また、研修会では、シニア・リーダー自身が、
説明者、操作者等の役割を分担して模擬演習を行
うなど、研修効果を高める工夫もなされた。
写真2 交通安全教育の実施状況
予防時報
9
防災基礎講座
① 同じ高齢者として自らの体験等に基づく助言
ダーによる交通安全教育受講者の9割近くが、今
② 高齢者特有の身体機能・認知機能等の影響
後の交通安全活動について「今まで以上に努め
③ 地域の交通事情等の説明
る。」又は「できるだけ努める。」と回答するなど、
④ シミュレーターの結果に基づいた個人指導
交通安全意識の高揚が認められたほか(図1)、
等の説明・指導を行い、交通安全教育終了後には、
約3割が「今後シニア・リーダーとしての活動を
本モデル事業の課題等を抽出するため、受講者か
やりたい。」又は「やってみたい。」と答えており
ら感想・意見を聴取した。
(図2)、これらの高齢者を新たなシニア・リーダ
なお、交通安全教育を行うに当たっては、各シ
ーとして育成し、自立的な交通安全教育サイクル
ニア・リーダーが、自治会、老人会等のほか、友
を構築する必要があると考えられる。
人や知人を介しての個人間ネットワーク等を活用
また、シニア・リーダーに対するアンケート
して参加を呼び掛けるなど、日頃、交通安全教育
(回答:120 人)からは、シニア・リーダー自身
を受ける機会の少ない高齢者に対する働き掛けも
も、約9割が「なってよかった」(図3)、約8割
行われたところであり、シニア・リーダーによる
が「ぜひ続けたい」又は「続けてもよい」(図4)
交通安全教育は、8都県で合計 134 回実施され、
と答えており、交通安全教育を通して地域社会へ
受講者数は延べ 4,499 人にのぼった。
の貢献にやりがいを感じていることが分かった。
エ.フォローアップ研修会の開催
しかしながら、自立的な交通安全教育の実施に
シニア・リーダー同士によるディスカッション、
際し、シニア・リーダー自らが交通安全教育を企
有識者等による講評等を行い、地域における自立
画し、会場の手配や教育内容等の検討を行うには
的な交通安全教育サイクルの構築に向けて、シニ
困難な面があったという声もあり、シニア・リー
ア・リーダーによる交通安全教育実施上の問題点
ダー個人のコーディネートだけでなく、警察、行
や改善方策等について協議・検討を行った。
政等多様な主体の連携と協力が必要であるという
課題も確認された。
(2)実施結果
モデル事業を実施した結果、受講者に対するア
確立のためには、シニア・リーダーの継続的育成
ンケート(回答:1,638 人)では、シニア・リー
が必須であり、その育成に向けての研修会の開催、
図1 今後の交通安全行動について
(受講者対象、回答者数 1,638 人)
10
地域における自立的な交通安全教育サイクルの
予防時報
図2 シニア・リーダーをやってみたいか
(受講者対象、回答者数 1,638 人)
2015 vol.263
定期的なフォローアップが重要となるほか、実際の
交通関係団体、高齢者の特性や交通安全教育に係
交通安全教育の場で交通安全教育に携わりながら、
る有識者等に対するヒアリング等の結果を踏まえ
必要な知識、技能等を習得するための支援が必要と
て、シニア・リーダーによる自立的な交通安全教
思われる。
育サイクル構築の在り方について検討し、調査研
究報告書及びシニア・リーダーのための交通安全
3.調査研究委員会による調査研究
(平成 26 年度)
1年目のモデル事業実施結果を通じて得られた課
教育マニュアルを作成した。
4.おわりに
題等を踏まえ、地域における自立的な交通安全教育
交通事故死者数の更なる減少を図るためには、
サイクルの構築及びシニア・リーダーによる効果的
官民が一体となり、高齢者の交通事故抑止対策を
な交通安全教育手法の在り方について検討するた
効果的に推進する必要がある。
め、警察庁において、以下の学識者、有識者の方々
警察では、高齢者の交通事故を防止するため、
で構成する調査研究委員会を設置した。
① 各種教育用機材を活用した、参加・体験・実践
委員長 金光 義弘 氏
(川崎医療福祉大学特任教授)
委 員 鈴木 春男 氏
型の交通安全教育
② 高齢者に対する家庭訪問等による個別指導・助
言の実施
(千葉大学名誉教授)
③ 反射材用品等の普及促進
中西 盟 氏
等を推進している。今後は、本調査研究結果を踏
(本田技研工業株式会社安全運転普及
まえて作成した調査研究報告書及びシニア・リー
本部主幹)
ダー育成のための交通安全教育マニュアルを活用
水戸部 一孝 氏
し、各都道府県警察において関係機関・団体等と
(秋田大学大学院教授)
連携した地域における自立的な交通安全教育サイ
調査研究委員会においては、モデル事業の分析、
クルの構築を進め、高齢者の交通事故抑止対策の
文献調査、モデル事業を実施した都県警察担当者や
更なる推進を図ることとしている。
図3 シニア・リーダーの感想
(シニア・リーダー対象、回答者数 120 人)
図4 シニア・リーダーを続けたいか
(シニア・リーダー対象、回答者数 120 人)
予防時報
11