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平成26年度 第6回 連続自治体特別企画セミナー 講演レポート 【 開 催 日 時 】平 成2 7 年2 月1 2 日 (木) 1 5時 〜1 7 時1 5分
【 開 催 場 所 】京 都府 職 員研 修・ 研 究支 援セ ンタ ー 2F 視 聴覚 室
【 講 師 】牧 野 光 朗氏 (長 野県 飯田 市 長 )
【 対 談 者 】川 勝 健 志准 教授 ( 京都 府立 大 学 公 共政 策学 部)
「「 ニ ッ ポ ン の 日 本 」 を デ ザ イ ン す る 南 信 州 ・ 飯 田 の 戦 略 的 地 域 づ く り 」 飯 田 市 に つ い て 「りんご並木と人形劇のまち」として知られる飯田市は長野県の最南端に位置し、南アルプスや中央アルプ
ス、天竜川などの豊かな自然に囲まれている。養蚕や水引などの地域の産業と結びついて発展してきたが、養
蚕は世界恐慌以降衰退し、水引は冠婚葬祭で需要があったが、次第に低迷していった。現在は先端技術を導入
した精密機械、電子、光学のハイテク産業や、半生菓子、漬け物、味噌、酒などの食品産業、市田柿、りんご、
梨などの果物を中心とする農業などが盛んに行われている。 牧野市長は、銀行マンとして様々な地域でまちづくりに関わってきたが、市議会議員から勧められて故郷の
ためにできることをしたいと思い、市長に立候補することを決めた。人口減少や、少子化、高齢化、公共施設
の老朽化、雇用機会の減少など多くの地域で直面している課題が飯田市でも同じく課題となっている。そのた
め、市外に出て行った若者が故郷に戻ってきて安心して子育てができるような環境を目指して周辺の町村と定
住自立圏形成協定を締結し、地域医療の充実や産業の振興、公共交通システムの整備など相互に連携・協力を
図っている。 近年では体験教育旅行や、銘桜を巡る桜守の旅、グリーンツーリズム、エコツーリズムの取り組みなども全
国から注目されている。また、環境モデル都市に認定されており、再生可能エネルギーを地産地消のグリーン
電力として利用した先進的な取組みを実施している。さらに、2027 年にはリニア中央新幹線が開通するため、
リニアの駅も1つの拠点として扱って、どのように連携していくかを考えながら拠点集約連携型のまちづくり
に取り組んでいる。 ま ち づ く り の 原 点 飯田市の特徴は多様な主体が自主的にまちづくりに取り組んでいることであり、その原点となっているのが
りんご並木である。飯田市では、1947 年に「飯田の大火」と呼ばれる大規模な火災が発生し、市街地の 3 分
の 2 が焼失した。その後、約 72 ヘクタールの区画整理を実施し、防火帯道路が作られた。飯田東中学校の校
長は北海道を訪れた際に街路樹の美しさに感動し、飯田市の焼け跡にも街路樹が必要であると生徒たちに話し
たところ、生徒たちは「自分たちの手で美しいまちを創ろう」という夢を抱き、防火帯道路の緑地利用として
りんご並木が作られることとなった。1953 年から植樹を始め、1955 年には初めて実ができたが、49 個あった
りんごは盗難や落下により 5 個となってしまった。新聞での報道や自分たちで守っていこうという市民の動き
により、盗難防止のための柵は設置せず、市民全員で守っていくという合意が形成された。このように、ルー
ルとして文書化するのではなく、市民の合意によって暗黙のルールのようになって守られていることは飯田市
民らしさを表していると言える。このりんご並木が後のまちづくりにつながっており、現在ではまちのシンボ
ルとなっている。 1
飯田市では、地域が直面する課題への対応として、次に記す 5 つの取組みを進めている。 定 住 自 立 圏 の 確 立 定住自立圏の確立とは、中心市の都市機能と近隣自治体の農林水産業、自然環境、歴史、文化などの各市町
村の魅力を活用し、NPO や企業などの民間の担い手と相互に役割分担して連携・協力することにより、地域住
民の命と暮らしを守るために圏域全体で必要な生活機能を確保し、地方圏への人口定住を促進する政策である。
南信州広域連合では 1 市 3 町 10 村が連携して、山のくらし・里のくらし・街のくらしなどの多様性あふれる
魅力と文化を活かし、分野別・テーマ別の共同運営・協働経営に取り組んでいる。そして若者が定着し、多彩
な「人財」が将来にわたって往来する地、活力にあふれ美しく、心が響きあい、安心して暮らすことができる
地を目指している。 飯田市では、安心・安全を確保するために医療政策に力を入れており、飯伊包括医療協議会との連携によっ
て、包括的な体制を構築してきた。2009 年には救急・産科・災害対応の分野において定住自立圏協定を締結
し、2010 年からは中学生までの医療費無料化や病児・病後児保育、2014 年からは飯田下伊那診療情報連携シ
ステムを開始した。また、飯田市立病院は経営改善を実施した結果、2009 年度以降は黒字となっている。 現在では定住自立圏形成協定により、中心市と近隣町村の役割分担が明確になっている。しかし、この協定
を締結する以前は、14 市町村による広域連合という圏域全体の課題を共有する体制はあったものの、近隣町
村にも大きな影響を与える政策判断には、非常に苦労した。そのことを表している事例として以下のようなも
のがある。協定締結前、飯田市立病院では 5 人の産科医を確保し、地元に帰ってきて子育てをしてもらうため
に里帰り出産にも対応していたが、県全体として産科医不足が深刻になり、産科医を 1 人他地域へ送らなけれ
ばならなくなった。そのため、4 人では今までと同じように対応することは困難になり、里帰り出産を制限せ
ざるを得ないことになった。そのとき、ある市議会議員が市立病院は市民の税金で成り立っているものである
から市民以外の人から利用を制限すればよいという意見を出した。しかし牧野市長は、市立病院は利用者の 3
割は周辺の自治体の住民、1 割は他の地域の住民であり、飯田市民だけで成り立っているわけではないため市
民以外の人から制限することはできないとして、市民であるか否かを問わず一律で制限をする方針を示した。
その後、産科医をもう 1 人確保し、実際には制限を行わずに済んだが、医師を 1 人確保できるかできないかに
よって住民の生活に非常に大きな影響を与えることを痛感し、生活圏・経済圏を同じくしている周辺の自治体
との協力が不可欠と考え、全国に先駆けて定住自立圏の取組みを進めたのである。 雇 用 機 会 の 創 出 人口減少や少子化、高齢化を克服し、持続可能な地域をつくっていくためには住み続けたいと感じる地域づ
くり、帰ってきたいと考える人づくりに加えて、帰ってこられる産業づくりが非常に重要となる。働く場がな
ければ若い世代は地元に戻ることができないためである。産業づくりはこれまで国や都道府県に任せてきたた
め基礎自治体にとっては苦手な部分である。また、既存の産業だけで地域の雇用の受け皿となるのは難しくな
っていることに加え、単に工場を誘致するだけでは産業づくりを行うことはできない時代である。そのため、
経済圏を同じくする南信州全体で産業振興を考える必要があり、公益財団法人南信州・飯田産業センターの運
営も定住自立圏の協定事項とした。これにより、産業クラスター政策を実施する体制が整備され、南信州・飯
田産業センターは産業の新しい拠点となっている。産業クラスターには、航空宇宙クラスター、食農クラスタ
2
ー、環境クラスター、健康・医療クラスターの 4 つがあり、それぞれの分野の専門知識を有する人材をスタッ
フとして配置し、支援体制を構築している。このように、産業づくりができる専門的な人材をいかに引き込む
かが重要なポイントとなる。 この産業クラスター政策の中で特に注目されている取組みとしては、地域内一貫生産・受注体制の構築構想
とおひさま発電所・設置プロジェクトが挙げられる。地域内一貫生産・受注体制の構築構想とは、産学官の連
携によって足りない技術工程を補完できる工場を整備し、地域内の一貫受注体制とリレー生産体制の構築を目
指すものであり、この取組みによって航空宇宙産業クラスターを形成することができた。この体制を構築する
ためには、どの会社がどの行程が得意かを把握しなければならないが、それはライバル会社に自社の企業秘密
を明かすことと同じであるため最初は難航した。しかし、従来と同じように各社が自己利益のみを追求してい
るばかりではこれからの時代には対応できないため連携する必要があると考え、地域の企業を説得して 8 年か
けて実現させた。地域内には技術がなく、できない工程もあったが、地域外で製造すると地域内に利益が還元
されないので、経済自立度を向上させるために地域内に工場を建設し、材料調達から製品として完成するまで
地域内で一貫して実施できる体制を整備した。 おひさま発電所・設置プロジェクトとは、地球温暖化防止のために市民・行政・事業者の協力によって公共
施設や事業所の屋根に太陽光発電システムの設置を行うものであり、公民館活動に 30 年携わり、地域のこと
を長い間見てきた原亮弘 氏(現、おひさま進歩エネルギー株式会社代表取締役)が始めたものである。これ
は、公共施設の屋根を貸して太陽光発電を行うというコミュニティビジネスの原点であり、公民館活動から
NPO 法人、電力会社の設立というプロセスを通じて地域内での信用創造が行われている。このように飯田市で
は、公民館活動が基盤となって学びの土壌が形成され、地域におけるダイナミズムの創発につながっている。 多 様 な 主 体 が 協 働 す る 地 域 づ く り 飯田市では、地域自治組織と公民館の活動が盛んであり、公民館をまちづくり委員会の中に位置づけ、若手
の行政職員を公民館主事として各地区に配置している。住民による活動の例としては、地域で社会福祉法人を
設立して保育園を存続させた例や、住民が中心となって公園の維持・管理を行う組織が発足した例などが挙げ
られる。園児の減少により、2 つの保育園を統合するか、民営化して 2 園とも残すかという選択肢となったと
ころ、住民は後者を選択した。住民からの寄付などで約 1000 万円の基本財産を調達し、社会福祉法人を設立
した。その結果、長時間保育や未満児保育、学童保育も行うようになり、以前よりも園児が増加した。また、
介護サービスも提供しており、高齢者と園児との交流も行っている。 また現在、飯田市出身の日本画家である菱田春草の生誕地に記念公園を整備しているが、これは市民による
署名活動や募金によって実現した。この公園の整備に向けた運動を通して地域の活動が活発化し、住民が維持
管理・活用を行う市民組織も発足した。完成後はこの団体が公園を管理していくこととなっている。このよう
に、地域の活動への住民の積極的な参加により、住み続けたいと感じる地域づくりを進めている。 地 育 力 に よ る 心 豊 か な 人 づ く り 地育力とは、飯田の資源を活かして、飯田の価値と独自性に自信と誇りを持つ人を育む力であり、この地育
力により、飯田市に帰ってきたいと考える人づくりを進めている。故郷に関する学習とキャリア教育、体験を
組み合わせることで故郷への意識や自己肯定感、地域への貢献意欲を育むことを目指している。また、飯田大
学連携会議「学輪 IIDA」によって、大学・研究機関とのネットワークを構築している。
「学輪 IIDA」は、研究
3
者同士が相互に知り合い、交流を深めつつ、モデル的な研究や取組みを地域とともに行っていく試みであり、
飯田市と関係を深めてきた大学・研究者等で構成されている。コンセプトは 21 世紀型の新しいアカデミーの
機能や場づくりである。この取組みの中で注目されているものの 1 つがラウンドアバウトである。ラウンドア
バウトとは、交差点の中央に円形地帯が設けられた円形交差点の一種であり、信号機は設置されていない。そ
のため、停電時にも対応でき、環境に配慮した交差点の制御方式として欧米諸国では積極的に導入されている。
社会実験の不足により、地域や行政のニーズと公安当局の意識が異なっていたため、導入までには時間がかか
った。しかし、名古屋大学と地域住民が共同で実施した社会実験により導入が認められた。これは、専門家の
力により有効性の裏付けを確保した例であり、専門家に地域づくりに関わってもらって専門的な知見と地域の
取組みを融合させることの重要性を示している。 既 成 概 念 を 乗 り 越 え た 自 立 し た 地 域 の 形 成 人口減少、少子化、高齢化の右肩下がりの時代にあっても自立した地域を実現するために飯田市では、既成
概念を乗り越え、想像力や創造力を巡らせて人間の気持ちをつかみとるというデザイン思考的アプローチによ
る地域づくりを目指している。その例の 1 つが上村プロジェクトである。上村地区は、800 年の伝統・歴史が
あり、国の重要文化財となっている「霜月祭り」がおこなわれている特色ある地区である。そのため、地域ら
しさを簡単になくしてしまうことはできないし、なくなってしまうと戻ってくる人はますます減少し、負のス
パイラルとなると考えた。そこで、予算を制限せずに閉園の危機にあった保育園を支援して上村で子育てをし
てもらえる環境を守り、上村という地域の存続を目指した。その方法は、まず市の職員が、上村で生まれ育っ
たが他の地区で子育てをしている人になぜ上村で子育てをしないのか、何が障害となっているのかを聞き、そ
の障害の克服を行政が支援するというものである。その結果、上村で子育てをする人が増加した。しかし、こ
れは「入口政策」であり、将来的には地域が自立して行政の特別な支援がなくても保育園を運営していけるよ
うな「出口政策」を考えなければならない。そこで小水力発電により得られた収益で行政の特別支援に代える
という「出口政策」が実施されることとなった。この「出口政策」は地域環境権という考え方に基づいている。
これは、
「飯田市再生可能エネルギーの導入による持続可能な地域づくりに関する条例」に定めた権利であり、
地域の資源から生まれる再生可能なエネルギーを市民の共有財産として捉え、市民にはこれを優先的に活用し
て地域づくりを進める権利があるとするものである。このような権利を定めたのは飯田市が全国初であり、こ
の条例に基づいて、市民を中心とする多様な主体が取り組む再生可能エネルギーによる地域づくりを公民協働
事業として支援している。 ま と め 人口減少や少子化、高齢化、公共施設の老朽化、雇用機会の減少などの課題に対応し、持続可能な地域づく
りを行っていくためには、住み続けたいと感じる地域づくり、帰ってこられる産業づくり、帰ってきたいと考
える人づくりが必要である。そのためには、いったん市外へ出て行ってもまた戻ってきて、この地で子育てを
する長期的な人材サイクルを確立することが必要である。人材サイクル構築に向けて生活圏、経済圏を同じく
する市町村が定住自立圏構想に基づく取組みを進めていかなければならない。また、地域らしさや住民の思い
を尊重しながら地域内での合意を形成しつつ集約を進めていく必要があり、生活圏・経済圏を同じくする自治
体との連携、公民館や「学輪 IIDA」、南信州・飯田産業センターのような「共創の場」が重要となってくる。 4