このページを印刷する 【第 94 回】 2015 年 6 月 18 日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員] 消費税 10%時の低所得者対策は 「消費税還付」以外にあり得ない 消費税軽減税率の問題点(3) 国民負担が生じる軽減税率ではなく 低所得者への「消費税還付」を 軽減税率は、国民経済に多大な負担をかける。では それに代えて、低所得世帯に消費税負担分を還付する政策の導入効果は、どれほどだろうか 国 民 経 済 に多 大 な負 担 をかける軽 減 税 率 。筆 者 は、この軽 減 税 率 に代 えて、 来 年 から導 入 されるマイナンバーを活 用 し、低 所 得 世 帯 (たとえば年 収 400 万 円 以 下 )に消 費 税 負 担 分 を還 付 する政 策 を導 入 すべきだと思 っている。 生 鮮 食 料 品 を 8%の軽 減 税 率 にする財 源 で、300 万 円 以 下 の世 帯 に 1 人 当 たり年 間 2 万 円 、300 万 円 から 400 万 円 以 下 の世 帯 に 1 人 当 たり 1 万 円 の給 付 (還 付 )が可 能 となる。そうすれば、低 所 得 者 の方 が消 費 税 負 担 割 合 が高 く なる逆 進 性 は緩 和 される。 筆 者 は連 載 第 77 回 において、「低 所 得 対 策 の効 果 は軽 減 税 率 よりも給 付 付 き税 額 控 除 の方 が圧 倒 的 に大 きい」と題 して、以 下 のことを提 案 した。 第 一 に、消 費 者 ・事 業 者 ・税 務 当 局 に多 大 な負 担 をかける軽 減 税 率 に代 え て、税 制 改 革 法 7 条 に明 記 されている「給 付 付 き税 額 控 除 」をとること。 第 二 に、その実 態 は消 費 税 額 を低 所 得 者 に還 付 するもので、名 称 は「消 費 税 還 付 」とした方 がいいこと。 第 三 に、この制 度 を実 際 に導 入 しているカナダの例 を見 ると、一 定 所 得 (たと えば世 帯 所 得 300 万 円 )以 下 の者 に、家 族 の人 数 に応 じて、基 礎 的 支 出 に対 する消 費 税 額 相 当 分 (およそ 1 人 当 たり 2 万 円 )を定 額 で給 付 するもので、決 し て複 雑 な制 度 ではないこと。 そして筆 者 は、日 立 コンサルティングの助 力 を得 ながら、わが国 で消 費 税 率 10%引 き上 げ時 の低 所 得 者 対 策 の具 体 案 として、「世 帯 年 収 300 万 円 未 満 の世 帯 について、家 族 1 人 当 たり一 律 3 万 円 を給 付 する。300 万 円 から 400 万 円 までの世 帯 については、その半 分 ということで 1 人 当 たり一 律 1.5 万 円 を 給 付 する」という内 容 を提 案 した。これに伴 う所 要 財 源 は、およそ 4600 億 円 で ある。 今 回 新 たに与 党 税 制 協 議 会 で提 言 された、生 鮮 食 料 品 の 8%軽 減 税 率 の 減 収 額 は、3400 億 円 となっている。生 鮮 食 料 品 の対 象 が多 少 狭 くなったため、 昨 年 の案 より多 少 減 収 額 が少 なくなったのである。 そこで財 源 を合 わせるため、消 費 税 還 付 策 を次 のように修 正 した。 「世 帯 年 収 300 万 円 未 満 の世 帯 について 1 人 当 たり一 律 2 万 円 、300 万 円 か ら 400 万 円 までの世 帯 については、その半 分 の 1 万 円 を給 付 する。ただし年 金 受 給 者 と生 活 保 護 者 は除 く」 この制 度 に必 要 な財 源 は 3100 億 円 (筆 者 試 算 )である。 生 鮮 食 料 品 8%の軽 減 税 率 と消 費 税 還 付 の具 体 案 との効 果 を比 較 すると、 以 下 のグラフのようになる。 拡大画像表示 このグラフを見 ると、軽 減 税 率 による負 担 軽 減 効 果 は高 所 得 者 にも恩 恵 が 及 ぶ(高 所 得 者 ほど恩 恵 額 は大 きい)ため、逆 進 性 緩 和 にほとんど効 果 がな いのに対 して、低 所 得 者 だけに還 付 する方 法 では、逆 進 性 は大 幅 に緩 和 され、 400 万 円 程 度 までは累 進 になる。 「簡素な給付措置」の仕組みを 利用すれば消費税還付は難しくない では、このような消 費 税 還 付 をどのように実 施 していくのであろうか。 還 付 を受 けることのできる者 (以 下 、適 格 者 )を明 確 にした上 で、適 格 者 は自 らの住 む市 町 村 に申 請 をする。市 町 村 は、番 号 を活 用 して世 帯 所 得 をチェック し、適 格 者 に還 付 する。これは現 在 行 われている「簡 素 な給 付 措 置 」とそれほ ど変 わらない方 法 である。もちろん財 源 は国 が用 意 する。 すでに「簡 素 な給 付 措 置 」により、自 治 体 には給 付 業 務 を執 行 する仕 組 みが 構 築 されている。それを活 用 すれば、追 加 的 な事 務 負 担 もそれほど大 きくなく、 効 果 的 に消 費 税 に伴 う低 所 得 者 対 策 としての還 付 (給 付 )を行 うことができる。 2018 年 1 月 からは、番 号 カードを活 用 して、マイナポータルもできる。そこには マイナンバーのような規 制 は原 則 ないので、これを活 用 すれば、より効 果 的 で 効 率 的 な実 施 が可 能 になる。 最 後 に、このような低 所 得 者 への給 付 制 度 は、「最 低 賃 金 でフルタイムで働 いても 300 万 円 に届 かないので結 婚 もできない」というワーキングプアへの効 果 的 な対 策 になる。欧 米 の給 付 付 き税 額 控 除 は、母 子 家 庭 やワーキングプア に、勤 労 を条 件 として一 定 額 の給 付 を与 える制 度 なので、勤 労 インセンティブ を通 じた積 極 的 労 働 政 策 になり、少 子 化 対 策 にもなるのである。 経 済 財 政 諮 問 会 議 の施 策 立 案 能 力 や影 響 力 の低 下 が言 われるなか、この ような抜 本 的 な政 策 の検 討 が期 待 される。
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