日本海セトロジ一研究 ( N i h o n k a iC e t o l o g y ) ( 1 0 ) :1ト 1 7 ( 2 0 0 0 ) シロナガスクジラ・マッコウクジラ・シャチを対象とした調査報告 写真撮影を用いた個体識別の有効性について 1994-2000年 荻野友希・荻野みちる 国立科学博物館友の会 干 1 I O8 71 8東京都台東区上野公園72 0 Bluewhales,Spermwhales,andK i l l e rwhales: ar e p o r to fsurveybys i g h t i n gandphotographing1994-2000 YukiOginoandM i c h i r uOgino T h eNa t i o n a lS c i e n c eMuseumF r i e n d s h i pC l u b , 72 0Uenokouen ,Ta i t o k u ,T o k y o1 108 7 1 8 ,Jap α n A b s t r a c t :Thenumberofb l u ewhalest h r o u g h o u tt h ew o r l d 98)で述べたよ うに 、 シロナガスクジラ は背びれのかた h a so n l ymadeas m a l lr e c o v e r γ .A f t e rt h ew h a l i n gd a y s ,i n ちと体の配色の濃淡模様で個体識別が可能であ り、地道 t h eb e g i n n i n g ofI 9 9 2 ,b l u ew h a l e s beganshowing up i n な写真撮影の継続により個体群の把握、回避ルー トな ど s m a l l numbers a l o n gt h ec o a s t of C a l i f o r n i a and B司j a が少しずつ明 らか になることが期待できた。 またこ の 7 C a l i f o r n i a.R e s e a r c h e r sh a v ei d e n t i f i e dmanyb l u ew h a l e sby 年間にシロナガス クジラ の個体識別は もとよ りシャチ、 p h o t o g r a p h i n ga r e a sa r o u n dt h e i rd o r s a lf i n sandf l u k e s.Over ザト ウクジラ、コ ククジラ、マ ッコウクジラ、ゴ ン ドウ 800 i n d i v i d u a l s have a l r e a d y be e n i d e n t i f i e d o f ft h e クジラ、ハ ン ドウイルカな ども同様に写真撮影を行い比 C a l i f o r n i a c o a s t from Mexico t o Oregon. We have 較検討した結果、シロナガス クジラ同様に個体識別が可 c o n t r i b u t e db yt a k i n gp h o t o s and v i e d e o s .P h o t o g r a p h i c 能であり非致死的調査として有効である と確認 した 。 こ i d e n t i f i c a t i o n of i n d i v i d u a l sh a sg i v e n new i n f o r m a t i o n こでは シロナガスクジ ラに加えマ ッコウ クジラ、 シャチ i n c l u d i n gb e h a v i o r a lp a t t e r n sofb l u ew h a l e s.Wet h i n kt h a ti t についてシロナガスクジラを目撃した海域にいた ことか 巴i r i su s e f u lf o rs t u d yi n gt h em i g r a t i o nofb l u ewhale sandt h らあわせて報告する。 p o p u l a t i o n . We had good o p p o r t u n i t i e s t o s e e them 目的 sometimesd u r i n g1 9 9 4 2 0 0 0 .Overt h eye a r s ,i tseemst h a t b l u ew h a l e sa r ebecomingu s e dt ot h ep r e s e n c eofourb o a t s . 写真撮影、ビデオ撮影を用 いた個体識別を行い、クジ Also we have t a k e np h o t o s ofs perm w h a l e sa nd k i l le r ラの回避ルート および各海域の個体群についてできるだ ti sv e r yu s e f u lt o whale sf o ri d e n t i f i c a t i o ni no u rs u r v e y.I け多くのことを知る。また、日 本近海は もとより 北太平 knowt h e i rp o p u l a t i o na n di ti sv e r yi m p o r t a n tt oknowt he 洋において長期的な調査を継続し、 目視調査方法の有効 r e l a t i o n s h i p between t h巴 i n d i v i d u a l w h a l e s . We w i l l 性をはかる。 i n t r o d u c eo u rt o p i c sw i t hp h o t o s . 方 はじめに 法 私たち 2名で写真撮影、ビデオ撮影を分担し 、観察 し 1994年からは じめた写真撮影を用いた個体識別の調査 た日時、緯度経度、天候、温度、風向き、クジラ の頭数、 は、今年2000年にな って 7年目を迎え る 。 生き ているク 特徴などをでき るだけ詳細に記録した。 また シロナガス ジラについて 当初あてもなく始めた個人レベルでの調査 クジ ラはもとよ り、他の種に関しでもそれぞれ種別に記 は、いつ にな った ら科学的にも有効なデータとな るかは 録し観察後比較し個体別に分けた。シロナガスクジラに 確信も ないま ま 、 とにかく自分たちの手でやれるだけの おいては北半球のあらゆる海域で、シャチ、ザ トウクジ 事をや ってみようと 無我夢中の 7年であった。 当時日本 ラ、コククジラ、マッコウ クジラ 、ゴン ドウクジラ、ハ 国内では四国のニタ リクジ ラの戸籍簿づくりが知ら れて ン ドウイルカについて、北太平洋ア ラスカか ら南はメキ お り、海外ではカナダのブリテ ィッシ ュコロ ンビア の定 シコ沖までを対象と して行った。 住性 シャ チの個体識別が有名であった。前報(荻野 、 1 9 1i 1i 荻野友希・荻野みちる 観察結果 親子がおり、入り混じ って泳ぐ こともある。 1 観察結果 シ口ナガスクジラ 1 . 個体識別 シロナガスクジラについては、からだの背びれを中心 マッコウクジラ 2 マ ッコウクジラは、からだの表面がでこぼこ しており とした右、左のわき腹の色素形成を比較することにより 大きな頭が特徴的である。海上では左上に上がる潮吹き 998 ;1 9 9 9) 個体識別が可能であることを前報(荻野ら、 1 で種の同定は容易である。オス の噴気は大変高く、勢 い で述べたが、頭部の斑模様の濃淡がややはっきり しない があり濃厚であるが、メスは斜めに上がる噴気がオスに 個体もいる。また、からだ全体のはけでなすったような 比べて弱い。平均 2 0回以上の呼吸の後、尾びれを上げて ブルーグレーの色素形成の模様もいくつかのパターンに 直角に潜っていく。海面下に潜ると平均4 0 分も 浮上しな 分かれている(S e a r s & Ge n dr on 、1 9 9 3 。 ) またからだ全 い。群れでいる ことが多い。繁殖個体群と思われる私た 体のブルーグレーの体色もそれぞれ濃いもの、 うすいも ちが目撃した群れの大きさは時には 1 0 0 頭以上また 5頭 のに分類できる事を確認した。同じ個体が数年後に目撃 から 1 5 頭の時もある。群れには子クジラがおり、また妊 されたときに同じ色素形成をしており 、体の柄が変わら 娠していると思われる個体もいた。親子と思われる 2頭 ない こと(Ca l a mb o k i di s& S t e i g e r 、1 9 9 7)も合わせて確 のクジラは、寄り添うように泳ぎ、時折、子どもは母親 認した。背びれがないもの(写真 1)、尾びれが半分な の脇を左右交互に潜ったりする。子 どもも小さ いながら いもの(写真 2)など、大きな傷を負っていた個体の場 尾びれを上げて潜ることがある。背びれは山型ででこぼ 合には、傷は治っているものの失われたからだの一部は こし、尾びれ近くまで続いている。体色にはいく つかの 再生できないので個体識別の対象になるが、クッキーカ パターンがあり、真っ黒いもの、茶色系のものまた緑が ッターシャ ークにかまれたような傷や、着生生物がつい かっているもの、時折濃いグレーのものもいる。からだ ていたと思われるような後の傷は、きれいに治ってくる に大きな傷を負いからだの一部が白く 剥げて いる ような とまた前と同じ色素形成ができていることがわかる(写 個体も目撃することがある。子クジ ラがシャチに襲われ 真 3) 。着生生物は、着生生物自体が死んでしま った場 て傷だらけにな っているところも 目撃し た。 マ ッコウクジラは、尾びれの裏の写真を比較すること 合、剥がれ落ちるときがある。同じ個体でも海域により 着生生物のついている時とついていないときがある の により個体識別が可能である(写真 6 . 7)。からだの で、フジツボ(写真 4)やぺンネラ(写真 5)などの着 体色や背びれの形は比較の対象にはならない。しかし、 生生物は個体識別の対象にはならない。またシ ロナガス からだに負った深い傷や表皮が脱落し白くな ってし まっ クジラは、尾びれの形にも個体差があり、写真撮影により た個体は、数年後にも同じ傷が残っ ており、識別 の対象 識別に有効である。シロナガスクジラは同じ個体であっ になる。また着生生物は認められない。過去 7年間の調 ても尾びれを上げて潜るときと尾びれを上げないときが 査により 1 9 9 8年 ( 写真 8 )と 2 0 0 0年 ( 写真 9)に同じ個 ある。 体が同時に同じ海域で一緒に泳いでいる ところを確認 し たので、群れで行動することおよび同じ海域に回避も し くは定住している可能性がある。 また、これらのマ ッコ 2 母子クジラ シロナガスクジラの場合、生後約半年ほどで子クジラ ウクジラ群が生息する海域ではイカの大群を確認 した。 は母クジラと別に生活するようになり別々でいること イカの胃内容物には、シロナガスクジラが捕食 してい る にa l a mb o k id i s& St e i g e r 、1 9 9 7)が確認できた。母クジ オキアミが確認できた。 写真撮影を用いた個体識別によ ラは子ども連れでも餌を食べていることは前報(荻野ら 、 り個体群のおおよその数や同 じ群れがどのように移動 し 1 9 9 8 ;1 9 9 9)でも述べたが、成体と思われるシロナガス クジラと子クジラと思われるクジラが、 一緒に泳いでい ていったかを知ることができる。観察後の写真照合の結 果、一度に閉じ海域に 1 0 0 頭以上いたこと も確認でき た 。 たとしても親子である決め手は目視調査でははかり知る 特に、マ ッコウクジラは群れでいること、い ったん潜る ことは難しい。 2 頭が数日また数 ヶ月の問、別の日にも と平均40 分 も浮上してこないことなどから、群れの規模 一緒にいた場合に写真撮影による個体識別を行い、親子 を知る上でもこの写真撮影が有効である。 この調査は、 である可能性が高いと確認できる。母クジラではない個 北半球だけでなく過去ニュ ージーランドでも行ったが、 体と l日過ごすこともある。 また同じ海域に同じよ うな 同様に有効であ った 。 内 4 1i シロナガスクジラ・マッコウクジラ・シャチを対象とした調査報告 写真 l 背びれがなくなってしまっているシロナガスクジラ(撮影 写真 2 尾びれが半分欠けているシロナガスクジラ(撮影 写真 3 傷の下にもすでに濃淡の色素形成ができている ( 撮影 撮影 写真 4 背びれに着生 したフジツボのなか ま ( -13 荻野友希) 荻野友希) 荻野友希) 荻 野友希) 荻野友希 ・荻野みちる 写真 S クジラの体表に着生しているペンネラ(撮影 荻野友希) 写真 6 ・7 マッ コウクジラの尾びれの裏には個体差がある(撮影荻野みちる) 写真 8 ・9 1 9 9 8年と 2 0 0 0年に目撃した同ーと思われる個体(撮影 -14- 荻野友希) シロナガスクジラ ・マッコウクジラ・シャチを対象と した調査報告 写真 1 0・1 I シャチの背びれとサドルパ ッチには個体差がある(撮影 写真 1 2 シャチの家族 荻野みちる) 一頭一頭識別でき、戸籍簿がつくられている(撮影荻野みちる) 写真 1 3 1 9 9 9年北海道浜名町 シャチの背びれ(撮影 荻野みちる) 写真 1 4 1 9 9 5年生まれのシャチの背びれ、サ ドルパ ッチがまだない(撮影 -15一 荻野みち る ) 荻野友希 ・荻野みちる 写真 1 5 カマイルカを襲っているシャチの家族(撮影 荻野みちる) 写真 1 6 1 9 9 8年山 口県油谷湾に迷入したマ ッコウクジラ(写真提供 瀬戸浩幸氏) 写真 1 7 1 9 9 9年北海道浜中町にライブス トランデ、ィングしたシャチ(写真提供 津辺利美氏) 。 向 よ 唱E シロナガスクジラ・マッコウクジラ・シャチを対象と した調査報告 観察結果 ている。そしてシロナガスクジラ の情報は各国の研究者 3 に提供し共に彼らについての科学的データ収集に努めた い。写真照合結果については次回報告する。 シャチ シャチの写真撮影による個体識別は 1 9 9 4年から 2000年 あわせて報告したマッコウクジラ、シャチはシロナガ まで、行った。シャチは、カナダにおける写真撮影を用い スクジラに比べて目撃例も多くこ の 7年間でも っとも多 た戸籍簿が有名であるが、毎年アラスカでも目撃するこ くの情報を得た。共にシロナガスクジラ同様、写真撮影 とができ、外洋性のシャチはカリフォルニア沖やメキシ による個体識別が可能である ので生息海域、また個体群 コ沖で も群れでまた時折一頭で目撃された。シャチは背 の規模や移動ルート、生態を知る上で有効である。日 本 びれのかたち、背びれの後ろにあるサドルパッチの柄に 国内でも今まで日本海ではマ ッコウ クジ ラはいな いとさ 特徴があるので、写真撮影を用いた個体識別が可能であ れていたのが、 1 9 9 8年と 1 9 9 9年に日本海山口県でもマ ッ る(写真 1 0、 ll 、1 2) 。シャチは子どもの場合、特に 生 コウクジラ の迷入 (写真 1 6)があ り、今後の調査が期待 3 , 1 4) 、また まれて数年はサドルパッチがなく(写真 1 できる。また シャ チについても、日本では目視例やスト 背びれのかたちが成長に伴い著しく変わるので、写真の 9 9 9年 5月には ランデイングレコードが少なかったが、 1 戸籍簿に成体になってからの写真が必要である。定住性 北海道でライブストランデイング(写真 1 7 、 ) 2000年 2 のシャチに加え外洋性のシャチについての個体識別も可 月には名古屋で迷入があったこと から今後の目視調査が 能であることが確認されており、生態を知る上で有効で 期待できる。 ある。シャチは群れで行動しており、時折オスが一頭で 謝辞 いるところを目撃することがある。目撃 した群れの中に 7年間そして現在も我々の研究活動を支援してくれて は子ク ジラも混 じって いる。また我々の調査の中で 1 9 9 7 年にカナダ、ブリティッシュコロンビアのジョンストン いる Y a t e sF a m i ly 、 White夫妻、 K n o t t,D a v i d.,C l u b w h a l e 海峡においてシャチの群れが、追い込んで海面に浮かび また多くの海外研究者,協力者に感謝 申し上げると共に、 上がったシャケの群れをそのままにして、集団でカマイ 日本海セトロジ一研究会平口哲夫代表、日本鯨類研究所 ルカを襲ったのを目撃した(写真 1 5)。個体識別の結果、 の石川創先生、国立科学博物館の山田格先生、 倉持先生 このシャチの群れは定住性の A ポ ッ ドの家族であ るこ にお忙しい中ご指導賜りましたこ とを心より感謝 申し上 とを確認した。魚しか食べないと言われる定住性のシャ げます。 チもイルカを襲うことがある。個体識別によりこのシャ 文献 チの身元がわかり彼らの生態を知る上でも有効であ った。 B a k e r ,C .S c o t t .L e n t o ,G .M. .C i p r i a n o,F ..P a l u m b i, S .R. . おわりに C o n g d o n ,B .C.1 9 9 9 .U n r e g u l a t e de x p l o it a t i o na n dp r e d i c t e d 我々の調査はまだまだ序の口を脱していない。目視調 e xt i n c t i on o fp r o t e c t e dw h a l e s:Evi d e n c ef r o m mole c u la r 査には長い年月が必要であり、個体識別による調査には 巴n n ia l m o n i t o r i n g o fc o m m e r c i a lm a r k e t s ,1 9 9 3 9 9 . 1 3 thB i まだまだ時間が必要であろう。しかし、この 7年間の調 C o n f e r e n c eo nt h eb i o l o g y o fM a r i n eMammalsA b s t r a c t ・4 . 査により、個体識別した写真はクジラたちのことを知る .a n dG .S t e i g e r .1 9 9 7 .B lu ew h a l e s .V o y a g e u r C a l a m b o k i d i s ,J 上で重要な情報を提供することを確信できた。クジラを P r e s s . 傷つけたり文明の利器を使 って虐待することをしない 荻野友希・荻野みちる. 1 9 98. シロナガスク ジラの写真 で、生きている彼らを少しずつであるが知ることができ 撮影を用いた調査報告. 日本海セトロ ジー研究グルー る。商業捕鯨禁止後、絶滅危倶種として世界中で厳しく プ第 9回研究会発表要旨集 P 2 0 . 保護されているにもかかわらず、シロナガスクジラの生 荻野友希・萩野みちる. 1 9 9 9 . パハカリフォルニアのシロ 息数回復は決して良いとはいえない。また、 1 9 9 9年に日 ナガスクジラを対象とした写真撮影、目視調査の報告. 本国内市場にシロナガスクジラの肉が出回ったことが公 日本海セトロジー研究会第 1 0回研究会発表要旨集 P 2 1 . 表さ れたが(Baked9 9 9 、 ) 密機、に しろ何か理由があるに r s ,R .a n dD.G e n d r o n . 1 9 93 .P h o t o g r a p h i ci d e n t i f i c a t i o n S巴a しろ先進国日本として世界遺産に等しいシロナガスクジ o ft h eb l u ew h a l ei nt h eG o l fo fS t .L a w r e n c e ,C a n a d a . ラが今も捕獲されていると疑いをもたれることは遺憾で R e p .i n t .W h a l . Commn., S p e c i a l I s s u e ,1 2:3 3 5 3 4 2 . ある。彼等が生き残ることができる のか我々 人間がいつ 絶滅するのか図り知ることはできないが、 シロナガス ク ジラの生息数回復を願いつつ共存していけることを願っ 1A 今−
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