特集1 成長戦略としての コーポレートガバナンス 本稿では機関投資家の動向、 特に議決権行使に注目する。 最初に直近の動向を議案別に概観した後、主要議案に絞っ て個々の機関投資家の行使状況を分析する。さらに取締役 選任議案への賛否についてヒストリカル分析を行い、機関 投資家を議決権行使の状況によって五つのタイプに分類で 2章 【各論2】 機関投資家の 動向① ~議決権行使の 状況 きることを明らかにする。最後に企業(経営者)に求めら れる対応について考察する。 直近の議決権行使の状況①:全体の傾向 主要な運用機関※1による2014年の議決権行使結果に注 目する。対象は13年度末時点における契約型公募投資信 託の運用資産残高上位30社および大手信託銀行4社から、 日本株式の運用資産規模が小さく議決権行使実績が極めて 少ない2社を除く32社だ。以下、会社提案に対する賛成率 (賛成の数を賛成・反対・棄権の合計で割って算出)に注 目する。 <図1左>に14年の議決権行使結果について各議案※2に 未来経営研究部 上席主任研究員 深澤 寛晴 対する賛成率の平均値を示す。 最も賛成率の低い議案は「そ の他」で56.6%、次いで「退職慰労金」の64.3%となっ ている。 「その他」にはさまざまな議案が含まれるが、最 も注目されるのが買収防衛策だ。18社では「その他」の 内訳として買収防衛策について開示しており平均値は 43.9%となっているから、買収防衛策が「その他」全体の 賛成率を引き下げている可能性が高い。買収防衛策と退職 慰労金が特に賛成率の低い議案と言って良いだろう。 役員選任議案に目を転じると、取締役選任への賛成率が 監査役選任を下回っている。監査役選任への賛成率が大き く上昇したためだ<図1右>。会社法で設置が義務付けら れている社外監査役については独立性が厳しく問われるた め、取締役よりも監査役の選任議案の方が、賛成率が低い のが従前からの傾向だったが、独立性の高い社外監査役の 選任など企業側の対応が進んだことで投資家が賛成する機 会が増えているようだ。一方、社外取締役については法的 な義務付けがないため、非設置の企業が少なくない。近年 ではこのようなコーポレートガバナンス強化への取り組み が遅れている企業に対する批判が、経営トップ(会長・社 長など)の選任議案に反映される傾向が強まっている。取 締役選任への賛成率が若干ながら低下しているのはこのよ うな傾向を反映していると考えられる。 EY総研インサイト Vol.3 February 2015 11 図1 主要機関投資家の議決権行使結果 【賛成率(*(),年)】 )(( 1+&0 1.&* 1( /1&. //&/ 0( /( 1-&* 【賛成率の変化(*(),年−*()+年)】 10&* 1-&1 .&. .&( 0(&- -&( .,&+ .( /&( -.&. -( ,( +( ,&( *&( )( ( %*&( %(&* %(&* %(&) %(&, %(&1 剰 余 金 処 取 分 締 役 選 監 任 査 役 選 任 定 款 変 退 更 職 慰 労 金 役 員 報 新 酬 株 予 約 会 権 計 監 査 再 人 構 築 関 連 そ の 他 (&( %)&( )&) (&. (&/ )&( *( 剰 余 金 処 取 分 締 役 選 監 任 査 役 選 任 定 款 変 退 更 職 慰 労 金 役 員 報 新 酬 株 予 約 会 権 計 監 査 再 人 構 築 関 連 そ の 他 +&) +&( 出典:各社資料よりEY総合研究所(株)作成 直近の議決権行使の状況②:運用機関別の動向 14.4%低下したX社は「『日本版スチュワードシップ・コー 次に主要議案に絞り運用機関別で見てみよう<表1>。 ド』の受け入れにあたり、議決権行使ガイドラインを精緻 合計(全議案の合計)では平均値は83.9%だが、個別にみ 化した」ことを明らかにしている。 ると57.8% ~ 98.0%と運用機関の間で差が大きくなって 監査役選任も取締役選任同様に運用機関の間の差は大き いる。議案別では、剰余金処分については大半で高い賛成 いが、前年からの変化では32社中28社で上昇している。 率となっているが、賛成率が90%以下に止まっている運用 注目は取締役選任への賛成率が10%以上低下した3社でも 機関が5社ある。AD社を除く4社で前年に比べて大きく上 監査役選任については上昇している点だ。運用機関が取締 昇しているから、直近の業績回復を受けて株主還元を従前 役選任についてスタンスを厳しくする一方で監査役選任に 以上に強く求める姿勢を反映していると考えられる。 ついて緩和したとは考え難いから、企業側の対応が進んだ 取締役選任については、合計以上に運用機関の間で差が 結果と見るべきだろう。役員選任議案における焦点は監査 大きくなっている。前年からの変化をみると32社中20社 役選任から取締役選任に移行したと言ってよさそうだ。 で上昇しているが、その内13社は3%以内の小幅な上昇に 最後に買収防衛策について見てみよう。同策について行 止まっており最大でも7.6%だ。一方、3社では10%を超え 使結果を開示している18社の平均値43.9%はほぼ前年並 る大幅な低下となっている。社外取締役の設置などコーポ みの数値だ。前年に比べて10%以上上昇(低下)した3社(2 レートガバナンス強化に向けた企業側の対応は徐々に進ん 社)では取締役選任についても上昇(低下)している。取 でいるから、前年と同じスタンスで行使した大半の運用機 締役選任への賛否に代表されるコーポレートガバナンスへ 関については賛成率が小幅ながら上昇する一方、一部の運 の信認度が買収防衛策への賛否に影響したと考えられる。 用機関では前年よりもスタンスを厳格化した結果、賛成率 12 が大きく低下したと考えられる。実際、前年に比べて Feature 表1 主要機関投資家の議決権行使結果(賛成率) A社 B社 C社 D社 E社 F社 G社 H社 I社 J社 K社 L社 M社 N社 O社 P社 Q社 R社 S社 T社 U社 V社 W社 X社 Y社 Z社 AA社 AB社 AC社 AD社 AE社 AF社 平均 全議案 前年差 98.0% 92.9% 92.7% 92.4% 91.8% 91.7% 91.4% 91.2% 90.2% 89.2% 88.9% 88.5% 86.4% 86.3% 86.2% 86.2% 86.1% 85.6% 84.0% 83.4% 83.0% 82.9% 82.5% 81.9% 80.7% 80.6% 76.8% 73.7% 73.5% 68.1% 59.4% 57.8% 83.9% 剰余金処分 前年差 1 .1 % NA 2 .3 % 99.1% 1 .4 % 98.6% 1 .9 % 99.1% 0.6% 100.0% 1 .3 % 98.7% 3 .9 % 97.6% 1 .7 % 99.7% 1 .9 % 90.0% 4 .9 % 92.2% 5 .0 % 99.7% 2 .0 % 99.5% 0 .8 % 99.6% 2 .6 % 99.3% 0 .2 % 91.8% 3 .6 % 99.2% 0 .5 % 96.6% 0 .9 % 99.4% 0 .8 % 95.6% 1 .2 % 94.6% 1 .1 % 99.5% 1 .0 % 92.6% -2.6% 99.4% -4.8% 98.1% -3.4% 90.4% -1.2% 91.0% -3.2% 85.9% 0 .5 % 79.9% 2 .9 % 99.2% 0 .9 % 81.7% 1.6% 100.0% -5.0% 40.1% 0 .8 % 93.8% 取締役選任 前年差 NA 95.7% -0.2% 96.0% -1.4% 100.0% 0 .4 % 94.6% 0 .0 % 91.4% -0.1% 92.3% 0 .5 % 83.7% 0 .0 % 94.0% -4.9% 81.1% 0 .9 % 84.8% -0.1% 74.4% 1 .2 % 96.7% -0.2% 89.0% 0 .2 % 78.6% -2.1% 89.1% 0 .9 % 91.8% -1.9% 76.9% 0 .4 % 77.0% 0 .0 % 77.8% 0 .8 % 71.6% 0 .2 % 73.2% -1.0% 78.3% 0 .4 % 90.5% -0.3% 70.6% 8 .2 % 67.1% -3.1% 74.0% -6.7% 57.6% -5.5% 56.0% 0 .4 % 58.4% 1 .0 % 51.2% 0 .3 % 34.4% -15.6% 40.3% -0.9% 77.7% 監査役選任 前年差 -1.2% 95.8% 2 .0 % 76.0% 5.4% 100.0% 1 .9 % 83.2% 1 .4 % 95.0% 0 .0 % 84.2% 4 .2 % 93.3% 1 .5 % 74.5% 7 .6 % 99.6% 6 .0 % 92.0% 6 .4 % 95.3% 2 .7 % 65.1% 0 .1 % 68.7% -3.0% 83.2% 2 .7 % 81.9% 2 .2 % 75.2% -0.2% 85.8% -0.5% 79.1% 0 .5 % 84.3% 0 .9 % 87.5% -0.1% 74.5% 1 .2 % 80.0% -1.2% 53.0% -14.4% 81.0% -8.7% 89.5% -3.6% 77.9% -1.0% 79.0% 1 .3 % 78.1% 5 .1 % 66.0% 6 .9 % 65.3% -17.7% 36.4% -13.4% 68.4% -0.2% 79.6% その他 前年差 4.2% 100.0% 6 .5 % 22.9% 0 .9 % 18.8% 1 .3 % 24.9% 2 .4 % 61.1% 6 .6 % 86.3% 8 .2 % 94.7% 4 .2 % 19.6% 0 .1 % 82.5% 5 .6 % 74.4% 10.8% 66.0% 2 .4 % 79.3% 0 .2 % 64.3% 6 .8 % 22.2% 0 .5 % 46.6% 13.5% 75.0% 2 .1 % 85.5% 2 .0 % 78.7% 1 .2 % 42.8% 3 .7 % 22.6% 2 .7 % 68.0% 3 .4 % 54.5% -12.7% 72.0% 2 .0 % 66.4% -10.5% 11.5% 1 .6 % 48.4% -8.0% 85.3% 7 .5 % 78.9% 3 .6 % 60.3% -1.8% 61.6% 23.0% 13.6% 6 .7 % 21.6% 3 .1 % 56.6% (買収防衛) 前年差 0.0% 100.0% -5.5% NA 9 .7 % NA -8.7% 4 .8 % -17.2% NA 20.8% NA 10.1% NA 10.4% NA 9 .2 % NA 12.8% 65.6% 3 .2 % 63.6% 1 .3 % 65.2% 6 .2 % 55.7% 0 .6 % NA -3.9% NA -2.8% NA -0.2% 81.5% 3 .6 % 67.8% -1.8% 25.9% -18.7% 6 .0 % -0.4% 38.8% -5.9% 44.8% 1 .5 % NA -5.8% 15.0% -18.9% NA -3.4% 38.5% 2 .6 % 61.7% -6.2% 46.7% -0.9% NA -7.3% 9 .5 % 3 .4 % NA 0 .0 % 0 .0 % -0.4% 43.9% 0 .0 % NA NA 2 .2 % NA NA NA NA NA 20.5% 10.2% 13.2% NA NA NA NA NA NA NA -2.2% -17.4% -2.2% NA -15.6% NA -2.0% 7 .0 % NA NA -9.0% NA 0 .0 % 0 .4 % 出典:各社資料よりEY総合研究所(株)作成 (注)各社により集計方法が異なるため、厳密な比較でない点に注意。 議決権行使の状況:過去からの動き ここでは11年以降の議決権行使の推移について、取締 役選任に絞ってみてみよう。<図2>は各社の賛成率の平 均値の推移だ。11年から12年にかけて若干上昇している ものの、ほぼ横ばいだ。企業側で一定の対応が進む一方で 機関投資家側の要求水準も上昇した結果、水準に大きな変 化が生じなかったと考えられる。 図2 取締役選任議案に対する賛成率(主要機関投資家の 平均値) )(( 0( //&* //&1 /0&( //&/ *()) *()* *()+ *(), .( ,( *( ( 出典:各社資料よりEY総合研究所(株)作成 EY総研インサイト Vol.3 February 2015 13 Feature 3年前(11年)の賛成率、縦軸は直近3年間の賛成率の変 化であるため、左上(右下)に位置する運用機関は11年 当時は反対(賛成)する機会が多かったが、その後直近ま での間に賛成(反対)する機会が増えていることになる。 同図中に示す通り運用機関は大きく五つのタイプに分け られる。運用機関のタイプにより、企業に求められる対応 は違ったものになろう。具体的には<表2>の通りだ。 企業に求められる対応 図3 取締役選任議案に対する賛成率 (賛成率の変化(*(),年%*())年)) <図3>には個別の運用機関の動きをまとめた。横軸は +( *- *( )- )( - ( %- %)( %)- %*( %*- ,( ④ ③ ⑤ ① .( /( 0( 1( )(( (*())年の賛成率) <表2>で示す通り株主のタイプによって対応は異なる から、まずは自社の株主構成を把握することが第一歩とな ② -( 出典:各社資料よりEY総合研究所(株)作成 る。その上で対話を通じて自社の考え方を伝えるとともに 機関投資家の考え方を理解することができれば、有効な対 応を検討することができよう。 ※1 本稿では、文脈によって(機関)投資家と運用機関という用語が混在するが、 この二つは同義で用いる。 ※2 投資信託協会が会員向けに定めているフォーマットによる。誤解を招くおそれ のない範囲で略称を用いている。なお「その他」には買収防衛策、第三者割当 増資、法定準備金減少、自己株式取得、資本減少、株式併合などが含まれる。 表2 ①~⑤の運用機関の議決権行使状況と企業(経営者)に求められる対応 運用機関の議決権行使状況 企業に求められる対応 コーポレートガバナンス(CG)強化に向 ① • 従前から反対する機会が多く、直近ではさらに増えている いと • 企業への要求水準が従前から高い上、さらに引き上げる方向にあるから、企業 けた対応が急務。変革を厭わない姿勢を訴 に対して変革を望んでいる可能性がある えることも選択肢 CG強化に向けた対応が急務 ② • 従前は賛成する機会が多かったが、直近は反対する機会が増えている • 企業に対する姿勢を見直している可能性が指摘される(上述のX社もここに含ま れる) (①とは逆に)従前から賛成する機会が多く、直近も同様あるいはさらに増えて ③の運用機関が株式を保有したくなるよう ③ • いる な企業を目指す。具体的にはIRなどを通じ • 議決権行使への関心が乏しい結果である可能性も否定はできないが、昨今の環 て自社の魅力を伝えるなど 境を踏まえると大勢とは考えにくい。議案に反対するよりも株式の売却を選ぶ、 あるいは議案への反対を検討するような企業には投資しない方針をとっている 可能性が指摘される (②とは逆に)従前は反対する機会が多かったが、直近では賛成する機会が増え 回復した信頼を損なわないようにする必 ④ • ている 要。運用機関側が環境変化を踏まえて方針 • 社外取締役の設置などCG強化に向けた企業の対応が進む中、運用機関側が従前 を厳しく変更する可能性を見据え、中長期 通りの方針で行使した結果、自然と減少したと考えられる。企業が運用機関か 的な視点からCG強化のための対応を継続 らの信頼を一定程度回復した格好 運用機関側が環境変化を踏まえて方針を従 ⑤ • 従前から直近まで反対する機会が多いあるいは中程度の状態が続いている • 社外取締役の設置などCG強化に向けた企業の対応が進む中、これと歩調を合わ 前以上のペースで厳しくする可能性を見据 せて議決権行使の方針を厳しくした結果と考えられる え、中長期的な視点を含めCG強化のため の対応を継続 出典:<図3>よりEY総合研究所(株)作成 14
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