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カ、ゾ、コソの係り結び再考ー沖縄語との比較の観点から
新里瑠美子
ジョージア工科大学
[email protected]
表1 古代日本語と沖縄語の係り結びの対応
古代日本語
カ
ソ/ゾ
コソ
ヤ
ナム
(1)a.
b.
c.
d.
古代沖縄語・沖縄語
ガ
ド/ト・ドウ/ル
ス(古代沖縄語のみ)
-イ(終助詞)
対応形無し
Taaga ga
chuura (誰が来るのかしら)
誰 ガ 係助 来る(未然)
?Ari
ga ga
chuura (あの人が来るのかしら)
あの人 ガ 係助 来る(未然)
?Aree (< ?Ari
ya) chii ga
sjura (あの人は来るのかしら)
あの人ハ あの人 ハ 来
係助 スル(未然)
?Aree (< ?Ari
ya) hiisa
ga
?ara(あの人は寒いのかしら)
あの人ハ あの人 ハ 寒く
係助
アル(未然)
(2) 太郎思いや
(太郎もい様)
とくらしや
(とくらし様は)
歓へ居ら
(歓え、)
誇り居ら
(誇り喜んでいるのであろう)
吾が鼓
(我が鼓の)
大黒鷲
(大黒鷲を)
誰が取り居ら
(誰が取り、)
誰が打ち居ら
(誰が打つのであろう)
百度踏み揚がりがあす (百度踏み揚がりの神遊びの見事さよ)
(『おもろさうし』1157 外間守善訳2000)
(3) 疑問の係助辞「カ」に由来し、述語は連体形となる。述語は推量の「らむ」の東国方言形
「ナム」の連体形でおわることが義務的である。…
単文 (∼=カ+∼ノウ)
● 疑問(うたがい)
きき手の存在にかかわらず、自問自答的に使用される。ききてはそれにこたえても、こたえ
なくてもよい。
ダイカ ヨキータンノウ?(箱をあけながら)だれがよこしたのかなあ?
(以上金田(1998:70)より)
(4) *…ka…X-am-wo (mwo=甲類モ)
(5) *…ka…X-am-wo
> *…ka…X-yi-wor-am-wo
>*…ga…X-yi-wor-am-wo
> …ga…X-yi-wor-a
(連用語幹にヲリの付属した第二未然形の派生;第一未然形=
意志、第二=推量と機能が分割される)
(カの有声化)
(m-wo の脱落)
(6) a.
b.
玉梓の妹は花かも足引きのこの山影に蒔けば失せぬる (万葉集1416)
玉勝間逢はむと言ふは誰なるか逢へる時さへ面隠しする(万葉集2937)
(7) a.
?achaa ga
明日
係助
?aree(<?ari ya)
あの人は
b.
?aree (<?ari ya)
あの人は
?achaa ga
明日
係助
(8) a. ?aree
rushigwaa-taa
あの人は 友達 b Rushigwaa-taa tu ga
友達 と 係助
(9)
a.
b.
c.
?Ari
ga du
あの人 ガ 係助
?Aree (<?Ari
あの人
?Aree (<?Ari
あの人
chuura? (あの人は明日来るのかしら)
来る(未然)
chuura? (明日あの人は来るのかしら)
来る(未然)
tu ga
と 係助
?aree
あの人は
chuura?
(あの人は友達と来るのかしら)
来る(未然)
chuura (友達とあの人は来るのかしら)
来る(未然)
chuuru (あの人が来るのだ)
来る(連体形)
ya) chii du
sjuru (あの人は来るのだ)
ハ 来 係助
する(連体形)
ya) hiisa
du
?aru
(あの人は寒いのだ)
ハ 寒く
係助
ある(連体形)
(10)
a. 今からど 末 勝て ちよわる (今からぞ末勝って栄えることだ)834
b. 見ちへど 羨み居る
聞ちへど 羨み居る (見てぞ、聞いてぞ、羨んでいることだ)640
(以上 外間守善2000訳)
(11)
a. (誰かと尋ねられて)
我んね 平良ぬ殿内ぬ思子阿母ド ウ やいびいしがようたり (泊阿嘉)
(私は平良殿内のお嬢さんの乳母なのですが、、、)
b. (「ふん」と親に向かって言うとは何事だとたしなめられて)
ぬうんあらん。「ふん」んでぃやあに、ふぇー いいほおいド ウ さる(丘の上の一本松)
(何でもありません。「ふん」と言って蝿を追っ払ったんです。)
(12)
*tso(乙類のオ)…連体形
(13)
a.
(14)
a.
*taa du
chuuru. (誰が来るの?)
誰 係助 来る(連体)
b. *?aree ?ichi
du
chuuru. (あの人はいつ来るの?)
あの人 いつ 係助 来る(連体)
?achaa du
?aree
chuuru.
明日
係助
あの人ハ 来る(連体)
(明日来るんだよ。今日は来ないよ。)
Chuu
今日
ya kuun sa.
ハ 来ない ヨ
b. ?aree
?achaa du
chuuru.
あの人ハ 明日
係助
来る(連体)
(明日来るんだよ。今日は来ないよ。)
(15)
a.
b.
Chuu
今日
ya kuun sa.
ハ 来ない ヨ
さしふ 五ころに (託女のさしふ五人に
見守てす 降れたれ
むつき 七ころに (むつき七人)
掻い撫でヽす 降れたれ
(依り憑き、見守ってこそ降りたのだ)
(『おもろさうし』745 外間守善2000訳)
金ぐすく大ころ 大こるが 使いしよ (金ぐすく大ころ、金城撫でころよ、)
(大ころ、撫でころ様のお招きがあってこそ、)
だしま
此の大島 降れたれ
(此の島に神は降り給うたのだ)
(『おもろさうし』1005 外間守善2000訳)
コ(乙) + ソ(甲)>コ(乙)ソ(乙)
(16)
有坂第一法則
甲類のオ列音と乙類のオ列音とは同一結合単位内に共存することが無い
「『だりしよ』『だにごと』二つ共さればこそと云心」混効験集
(17)
(18)
Heine and Kuteva (2002: 111) state: 'There is a cross-linguistic grammaticalization chain DEMONSTRATIVE > PERS-PRON > COPULA > FOCUS … - that can be held responsible, with or
without an intermediate PERS-PRON stage, for the fact that focus markers can ultimately be traced
back to, and may be polysemous with, demonstratives.'
(19)a.
b.
wan
samu bene
y-o
(<wan 'that')
focus what
you(d) do-pr
'What is it that you two are doing?'
(Wilson 1980: 172-3)
Ken
wunat kaperediwaasa kaperediwaasa naadaka … (Ken 'this')
focus to.me very.baddog
very.baddog
they.say.and
'It is to me that they say, "very bad dog, very bad dog, " and…
(Wilson 1980: 334-335)
(20)
直示の体系
遠称
中称
近称
古代語
カ…未然形+ム(連体形)
カ…連体
ソ…連体形
コ(ソ)…已然形
沖縄語
カ…未然形
ドウ/ル…連体形
(コ?)ス…已然形
(21)
聞得大君や
(名高く霊力豊かな聞得大君が)
首里杜 降りわちへ
(首里杜、真玉杜に降り給いてお祈りしたからには)
百歳ぎやめ
(尚真王様は、百歳までお健やかに)
おぎやか思いしよ ちよわれ
(国を治めてましませ)
(『おもろさうし』18 外間守善2000訳)
(22)
?ari
ga ga
(*?ika /
?ichura) (あの人が行くのかしら)
あの人 ガ 係助 行く(意思) 行く(推量)
参考文献
Fleischeman, Suzanne. 1989. Temporal distance: A basic linguistic metaphor. Studies in Language 13.1: 150.
Diessel, Holger. 1999. Demonstratives: form, function and grammaticalization. Amsterdam/Philadelphia:
John Benjamins Publishing Company.
Givon, T. 1982. Evidentiality and epistemic space. Studies in Language 6.1; 23-49.
Heine, Bernd, and Tania Kuteva. 2002. World Lexicon of Gramaticalization. Cambridge University Press.
Luo, C. 1997. Iconicity or economy? Polysemy between demonstratives, copulas and contrastive focus
markers. CLS33: 273-286.
Quinn, C. J., Jr. 1997. On the origins of Japanese sentence particles ka and zo. Japanese/Korean Linguistics
6, eds. J. Haig, and H. Sohn, 61-89. Stanford: CSLI.
Serafim, Leon A., and Rumiko Shinzato. 2000. Reconstructing the Proto-Japonic Kakari musubi, …ka …(a)m-wo. Gengo Kenkyu 118: 81-118.
Shinzato, Rumiko, and Leon A. Serafim. (2002). Kakari musubi in comparative perspective: Old Japanese
ka/ya and Okinawan -ga/-i. Japanese/Korean Linguistics 11.
Watanabe, Akira. 2001. Loss of overt wh-movement in Old Japanese and demise of 'Kakarimusubi'.
Proceedings of the COE International Symposium, 37-57. Kanda University of International Studies.
Wilson, P. R. 1980.
Linguistics
Ambulas Grammar. Ukarumpa, Papua New Guinea: Summer Institute of
大野晋 1993 『係り結びの研究』 岩波書店
大野透 1978 『日本語の遡源的研究』 高山本店
金田章宏 1998 「現代日本語の中の係り結び─八丈方言の例を中心に」『言語』27-7:67-73
金城朝永 1974 『金城朝永全集1』 沖縄タイムス社
佐伯孝夫 1963 『万葉語の研究』
阪倉篤義 1993 『日本語表現の流れ』 岩波書店
外間守善 1972 『おもろさうし 日本思想大系18』 岩波書店
野村剛史 1995 「カによる係り結び試論」『国語国文』64-9:1-27
野村剛史 2001 「ヤによる係り結びの展開」『国語国文』70-1:1-34
半田一郎 1999 『琉球語辞典』 大学書林
間宮厚司 1983 「『おもろさうし』における係り結びについて」 『沖縄文化』 61:6-18.
柳田征司 1985 「係り結びの衰弱」 『国語学叢書室町時代の国語』
山田孝雄 1913/1954 『奈良朝文法史』 宝文館