〔症 例〕 不安定狭心症,多発脳梗塞をきたした ACTH 非依存性クッシング症候群の1例 宮 澤 元 湯 野 暁 子 伊古田 明 美 八 代 真 一 鈴 木 隆 司 伊古田 俊 夫 小 泉 茂 樹 Keywords:クッシング症候群,狭心症,多発脳梗塞 要 旨 コルチゾール過剰により高血圧を 80%,耐糖能 障害を 70%,脂質異常症を 40%,肥満を 40%に 症例は 68歳女性。近医で 20年前から高血圧 合併し,生命予後に大きな影響を与える。クッ のため降圧薬を内服。血圧コントロールは不良 シング症候群では心血管合併症による死亡率が だった。半年前から体重が 10kg 増加。入院2週 常群の4倍と報告されている 。 間前から徐々に増悪する胸部症状を自覚したた 症 めに近医を受診した。当院紹介となり,冠動脈 造影検査で不安定狭心症と診断され,冠動脈バ 例 68歳,女性。 イパス術が施行された。腹部 CT で両側副腎腫 主訴:胸苦。 瘍を認め,内 既往歴:50歳で副腎腫瘍,56歳で喉頭悪性腫 泌検査結果から ACTH 非依存 性クッシング症候群と診断した。左副腎腫瘍摘 瘍。 出術を予定したが,多発脳梗塞を発症し全身状 家族歴:母が高血圧,脳出血(発症年齢不明)。 態が悪化。メチラポン内服治療とした。脳梗塞 嗜好歴:喫煙は1日 20本を 10年前まで 20年 発症後,4か月間せん妄状態が続き,突然の心 間。飲酒なし。 肺停止状態となり永眠。病理解剖では,直接死 現病歴:20年前から高血圧を指摘され,近医で 因を同定できなかった。クッシング症候群で長 内服治療中だったが,血圧コントロールは不良 期の血圧コントロール不良の症例では特に心血 だった。2年前から1年に1回程度の労作時胸 管障害での死亡率が高く,早期発見の重要性を 苦を自覚したが,安静 30 以内に軽快してい 再認識した1例と えた。 た。半年前から 64kg から 74kg と体重増加を は じ め に 高血圧,糖尿病,脂質異常症,肥満は心血管 系疾患の危険因子である。クッシング症候群は 認めた。入院2週間前から胸部症状が徐々に増 悪したため,近医を受診した。心電図で虚血性 変化を認め,不安定狭心症の疑いで当院紹介と なった。 ACTH-independent Cushing syndrome with unstable angina and multiple cerebral infarction, A Case report M iyazawa, H., Yuno, A., Ikota, A., Suzuki, T., Koizumi, S.:勤医協中央病院内科 Yashiro, S.:勤医協中央病院病理科 Ikota, T.:勤医協中央病院脳神経外科 Vol. 35 43 北勤医誌第 35巻 2013年 12月 内服薬:硝酸イソソルビド 40mg/日,カンデサ で境界明瞭な腫瘤影,左副腎に径 3cm 大のや ルタン 4mg/日,ニフェジピン 40mg/日,アト や不整形で内部不 一な造影効果を示す腫瘤影 ルバスタチン 10mg/日,フロセミド 20mg/日。 を認めた(図3) 。 入院時身体所見:身長 152cm,体重 74.3kg, ラフィーでは左副腎腫瘍に一致した集積を認め BM I 32kg/m ,血圧 134/82mmHg,脈 83/min た(図 4)。骨 密 度 検 査 で は 大 (整) ,体温 36.7℃,眼瞼結膜 I アドステロールシンチグ 骨 頚 部: 血・眼球結膜黄 YAM 45%( T score:−3.9),腰 椎 L2: 染なし。頸動脈雑音聴取せず,頚静脈圧上昇な YAM 58%(T score:−4.1),L3:YAM 62% し。呼吸音は清。心音は過剰心音・心雑音なし。 (T score:−3.6),L4:YAM 69%(T score: 腹部所見は平坦軟で,血管雑音なし。両側足背 −2.8)と低下。骨代謝マーカーは尿中 NTx: 動脈,後頸骨動脈ともに触知し,浮腫は認めず。 162.0nmol BCE/mmol/Cr(閉経後女性基準 水牛様脂肪沈着,中心性肥満,満月様顔貌あり。 値:14.5−95.4) ,骨型 Alp:95.7μg/(閉経後 l 赤色皮膚線状なし。 女性基準値:3.8−22.6) と上昇。脂肪 CT では 一般検査所見:血算で好中球増加,好酸球低下 内臓脂肪断面積:202cm ,皮下脂肪断面積: なし。血液生化学所見では,低K血症は認めず, 359cm ,V/S比 0.56と内臓脂肪型肥満を認め LDL コレステロールは 125mg/dl,尿一般検査 た。 では特記事項なし (表1)。胸部レントゲンでは 内 CTR 61.7%,左第4弓の突出あり。肺野異常, 試験は 120 肺うっ血所見なし。心電図では,正常洞調律, (NGSP)6.6%で糖尿病と診断した。血 HbA1c 心拍数 76回,完全右脚ブロック, に異常Q波, 漿コルチゾール,蓄尿コルチゾール,DHEA-S V 5∼6で ST 低下,V 4∼5に陰性T波を認め は基準範囲内で ACTH は感度未満。1mg およ た。 腎血管エコーで腎動脈狭窄なし。心臓エコー び 8mg デキサメタゾン抑制試験では,ともに では心拍出率 64%,壁運動異常,心肥大,心室 抑制なし。ACTH 終日感度未満,23時のコルチ 拡大,弁膜症なし。冠動脈造影では#3の完全閉 ゾール 12.7μg/dl と日内変動消失。CRH 試験 塞,#7の 90%狭窄と二枝病変を認めた (図2) 。 では, ACTH は負荷前後とも 2.0pg/ml 以下と 腹部造影 CT では右副腎に径 1cm 大の楕円形 感度未満,コルチゾールは 30 泌学的検査所見(表2) :75g 経口糖負荷 値血糖 245mg/dl と 糖 尿 病 型, 値 12.0μg/dl と無反応だった(図1)。 表 1 一般検査所見 (末梢血) WBC RBC HGB HCT PLT NEUT EOS BASO LYMP MONO GLU HbA1c (尿) 糖 蛋白 潜血 Vol. 35 44 7560/μl 422万/μl 11.9g/dl 37.1% 40.1万/μl 71.6% 1.3% 0.4% 20.9% 5.8% 116mg/dl 6.6% (−) (−) (−) (生化学) AST ALT LDH ALP T-BIL G-GTP BUN S-CRE Na K Cl Ca TG HDLC LDLC 経 15U/L 20U/L 191U/L 333U/L 0.4mg/dl 30U/L 8.9mg/dl 0.57mg/dl 143mEq/L 4.1mEq/L 105mEq/L 9.6mEq/L 96mg/dl 63mg/dl 125mg/dl 過 冠動脈造影検査で二枝病変を認め,不安定狭 心症の診断で冠動脈バイパス術を施行した。ま 図 1 CRH 試験 不安定狭心症,多発脳梗塞をきたした ACTH 非依存性クッシング症候群の1例 図 2 冠動脈造影検査 図 3 腹部造影 CT 図4 た,特徴的な身体所見と内 I-アドステロールシンチグラフィー 泌検査結果から 前に脳梗塞を発症したため手術は中止。両側大 ACTH 非依存性クッシング症候群と診断した。 脳半球広範梗塞,左内頚動脈閉塞を認めた(図 クッシング症候群に伴う合併症として,冠動脈 5) 。見当識障害,傾眠傾向,不穏行動,失禁, 疾患,高血圧,内臓脂肪型肥満,糖尿病,脂質 独語など ADL や認知機能の著しい低下を認め 異常症,骨粗鬆症を認めた。腹部 CT と I アド た。経管栄養は自己抜去が続き,胃瘻造設術を ステロールシンチグラフィー所見からコルチ 施行。せん妄は長期にわたり持続した。クッシ ゾール過剰 泌の局在は左副腎腫瘍と判断し, ング症候群に対しては,メチラポン 250mg/日 左副腎腫瘍切除を予定していた。手術予定の直 の内服治療開始,血圧は下降し降圧薬内服を中 Vol. 35 45 北勤医誌第 35巻 2013年 12月 表2 内 (75g 経口糖負荷試験) GLU-0 GLU-30 GLU-60 GLU-120 IRI-0 IRI-30 (甲状腺関連) TSH f-T4 f-T3 サイログロブリン 抗サイログロブリン抗体 (日内変動) 23時-コルチゾール 8時-コルチゾール 116mg/dl 202mg/dl 235mg/dl 245mg/dl 6.8μlU/ml 18.0μlU/ml 4.330μIU/ml 1.04ng/dl 2.41pg/ml 4.1ng/ml 28IU/ml 未満 12.7μg/dl 12.7μg/dl 泌検査成績 (副腎関連) レニン活性 アルドステロン コルチゾール ACTH DHEA-S アドレナリン ノルアドレナリン ドーパミン 蓄尿コルチゾール 蓄尿アルドステロン 蓄尿メタネフリン 蓄尿ノルメタネフリン (デキサメタゾン抑制試験) 1mg-ACTH 2.0pg/dl 以下 8mg-ACTH 2.0pg/dl 以下 1mg-コルチゾール 13.1μg/dl 8mg-コルチゾール 14.5μg/dl 止した。リハビリを継続していたが,脳梗塞発 察 症4か月後に突然の心肺停止,蘇生処置を試み たが反応なく永眠された。 病理解剖を行ったが, 7.5ng/ml/hr 25.0pg/ml 以下 12.8μg/dl 2.0pg/ml 以下 20μg/dl 38pg/ml 409pg/ml 13pg/ml 50.8μg/day 1.3μg/day 0.04mg/day 0.17mg/day クッシング症候群では 75%に高血圧を合併 明らかな直接死因を同定することはできなかっ するとされる 。クッシング症候群における心 た。 血管系病変の詳細な発現機序は明らかではない が,高血圧,糖尿病,脂質異常症などの代謝性 病理解剖結果 疾患を介する他,高コルチゾールによる直接的 正常副腎萎縮を伴う多発性副腎皮質腺腫(右 な血管内皮障害や心機能障害などの複合的要因 1cm,左 3cm,左 1cm),陳旧性多発脳梗塞, の関与が えられる 。機序として,過剰のコル 後壁に陳旧性心筋梗塞,大動脈粥状 化を認め チゾールにより血管収縮物質,特にカテコラミ る他,海馬を中心に頭頂葉,前頭葉にタウ蛋白 ンの血管収縮作用に対する感受性を増強してい を伴う老人斑を認めた。 (図6) ることや,酸化窒素の産生を抑制し心血管に対 して障害的 に 作 用 す る こ と な ど が あ げ ら れ 図 5 頭部 MRI Vol. 35 46 不安定狭心症,多発脳梗塞をきたした ACTH 非依存性クッシング症候群の1例 左副腎結節 の微細な構造的,機能的変化を引き起こしてい た可能性は否定し得ない。クッシング症候群で 長期の血圧コントロール不良の症例では特に心 血管障害での死亡率が高く,早期発見の重要性 を再認識した1例と えた。 また本症例では,脳梗塞発症後長期にせん妄 が持続した。脳梗塞後に発症したせん妄の予後 は特に不良であると報告されている 。脳梗塞 発症前には認知機能低下を疑う症状はなかった が,病理解剖ではアルツハイマー型認知症を示 唆する所見を認めた。脳梗塞によるせん妄の長 老人斑 期化の一因と えられた。 (本文の要旨は第 265回日本内科学会北海道地 方会にて発表した) 参 文 献 1) Lindholm J, Juul S, et al. Incidence and late prognosis of cushing s syndrome:a populationbased study. J Clin Endocrinol M etab 2001;86: 117−23. 2) Newell-Price J, Bertagna X, Cushing s syndrome. Lancet 2006;367:1605−17. 3) 宮森 図 6 病理所見 勇.【血圧異常と内 泌因子】 内 泌性高 血圧症における最近のトピックス クッシング症 候群と原発性アルドステロン症の心血管障害.ホ ルモンと臨床 2004;52:439−46. る 。クッシング症候群では冠動脈の粥状 化 4) M ancini T, Kola B, et al. High cardiovascular が 26.7%と高率にみられ,本症例も粥状 化に risk in patients with Cushing s syndrome according to 1999 WHO/ISH guidelines. Clin よる狭窄・閉塞を認めた。また,本症候群では 心血管障害による死亡率は同性別,年齢に比べ Endocrinol (Oxf) 2004;61:768−77. 5) Suzuki T, Shibata H, et al. Risk factors as- 4倍と高く ,治療後も5年間は心血管リスク sociated with persistent postoperative hyper- が持続するとされる 。術前の高コルチゾール tension in Cushing s syndrome. Endocr Res 2000;26:791−5. 血症や高血圧の持続期間が術後の血圧正常化や 血管リスク と 相 関 す る こ と も 指 摘 さ れ て い 6) M elkas S, Laurila JV, et al. Post-stroke delir- る 。本症例では,陳旧性虚血性変化以外の心筋 病変は同定されなかった。しかし,長期にわた ium in relation to dementia and long-term mortality. Int J Geriatr Psychiatry 2012; 27: 401−8. る高コルチゾール血症が心筋や心筋内細小血管 Abstract A 68-year-old woman had been treated of hypertension since twenty years ago. She was admitted to our hospital complaining of increasing chest pain for two weeks. She was diagnosed Vol. 35 47 北勤医誌第 35巻 2013年 12月 with unstable angina and underwent a surgeryof coronaryarterybypass graft. Her bodyweight increased 10 kg during six months. Computed tomography of the abdomen showed masses in both adrenal gland,and adrenocortical scintigraphy showed unilateral uptake in the left adrenal gland. Together with endocrine examinations, she was diagnosed with ACTH-independent Cushing s syndrome. Adrenalectomy was planned,but was not conducted because she suffered multiple cerebral infarctions. She had medication of metyrapone. Delirium had continued for four months, and she died suddenly. Autopsy did not disclose the cause of death. Long-term hypertension may be a cause of cardiovascular complications,including myocardial and cerebral ischemia. Furthermore,long-term exposure to excessive cortisol may be an etiologic factor for the progression of cardiac remodeling in patients with Cushing s syndrome. Early diagnosis and treatment of Cushing s syndrome may be crucial to achieve the good prognosis, preventing cardiovascular complications. Vol. 35 48
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