アラル

アラル
作
山下 由
1
登場人物
バト
トゥムル
ツェツェ
バータル
リディア
2
1
舞台中央に一人がけのソファ、椅子、
小さなテーブル、皿、フォークとスプーン、皿の上には魚。
その空間を取り囲むように乾いた砂、
砂上には小さな船がいくつも
その空間の外側に いくつもの丸椅子ソファ
ホテル
ツェツェが座っている バータル、リディアが大きな荷物を持って入ってくる
バータル おい
ツェツェ お帰り 早かったね
バータル 早かったねじゃねえ 仕事しろ仕事
ツェツェ あんただって仕事さぼってこんな時間に何しに帰ってきた
バータル だから客連れてきたんだろ。ほら。女の子だ。三週間ぶりの客だ。丁重に扱えよ。じゃあな。 リ(ディアに あ)とのことはあいつに
聞いてくれ
こんにちは
はい
こんにちは
はい
ホテルですか?
ここ?
はい
そうだよ
やってますか?
やってるよ。村じゃここしかやってないよ
今日お部屋空いてますか?
空いてるよ。誰も泊まってないんだから
泊まりたいんですけど
リディア
ツェツェ
リディア
ツェツェ
リディア
ツェツェ
リディア
ツェツェ
リディア
ツェツェ
リディア
ツェツェ
リディア
3
ツェツェ
リディア
ツェツェ
リディア
ツェツェ
リディア
ツェツェ
リディア
ツェツェ
リディア
ツェツェ
いいよ。一人?
はい
どっから来たの?外国?観光?外人には見えないね。何しに来たのこんなところに?物好きだね。あれかい。船かい?船見に来た
の か い ? あ い つ の タ ク シ ー で こ こ ま で 来 た ん だ ろ ? そ ん と き 見 た ろ ? 砂 漠 ん 中 に 船 が ポ ツ ン ポ ツ ン っ て 。 あ ん な ん 見 て お も しろ
い?
何日くらい泊まれますか
あんた以外客なんかいないんだから何日泊まったっていいよ。去年来たイギリス人だかアメリカ人だかの写真家の夫婦は一ヶ月く
らいいたよ。あんたさえよけりゃ十年止まってくれても構わないよ。あたしが死ななきゃねアハハハハ。あんたの部屋は一番手前
の部屋。他の部屋は物置だから開けないで。奥の部屋は私たちの部屋だからそこもあけないで。今あんたが入ってきたところが入
口でうちの旦那が出て行ったのが出口
え?
アハハハ。それから右にいった所がトイレすっごく汚いの。気をつけて。それから青いドアがシャワー室。水は出ないから。あん
たも見たでしょ?水がないのここには。ちゃんと水持ってきた?
はい
それから金もないの。ちゃんと持ってきた?
はい
アハハハハ おいで
4
2
バトの家
バトが座っている。豆のようなものを食べている
下の階から女の声が聞こえる
バト
お前はどうなんだ
ツェツェ どうなんだ?どうなんだもクソもないよ!あんた話聞いてた?もうあんな男こりごりだって言ってんだ「朝から晩まで働いてるん
だって」口を開けばそればっかりで「じゃあ一体全体いくら稼いできったって言うんだ、あんたが今週この家に入れたのは “面
白い形だろう?”とか言って持って帰ってきた邪魔な石ころと、もらってきたカレイ一匹だよ」そういったらバチンだよ。もう愛
想が尽きた。
バト
絶対それだけじゃないだろ
ツェツェ なにがよ
バト
絶対その3百倍くらいの文句言ってるだろ
ツェツェ上がってくる
ツェツェ アハハハ 文句なんか言わないよ
バト
いーや言ってるね。「あんたねえ一日中一日中って日がな一日どこで客取ろうとしてんだか知んないけど、ちっとも稼がず何が働
いてるだ。そのくせ魚なんかもらってきてその魚がどんなもんかあんた知らないわけじゃないだろう。そのくせ家じゃ何にもやら
ずにカバみたいに水をガブガブ飲みやがってその水いっぱいいくらすると思ってんだい!ガミガミガミガミガミガミ」バチン だ
ろ
ツェツェ アハハハハそんなんじゃないよ私は
バト
なんでもわかるんだよ
ツェツェ あんたもあいつに大事な魚なんてあげないでくれよ。
バト
あれは、お前にあげたんだ。それから石も。人の足みたいで面白かっただろ
ツェツェ いらないよあんな石。気持ち悪い
バト
今日知らない顔を街で見たぞ
ツェツェ あいつが珍しく乗せてきて今家に泊まってるの
バト
どこのやつだ
ツェツェ 知らないよそんなこといちいち聞かない。なんかありますかこの辺なんて言うから、みりゃわかんだろこんな所なんにもないよっ
て。廃墟が好きなら潰れた缶詰工場でも見ておいでってゆってやったよ。この客一人連れてきただけでどんなもんだいってでかい
5
バト
ツェツェ
バト
ツェツェ
バト
ツェツェ
バト
ツェツェ
バト
ツェツェ
バト
ツェツェ
バト
ツェツェ
バト
ツェツェ
バト
ツェツェ
バト
ツェツェ
バト
顔しやがって。何週間ぶりにたった一人来ただけだよ?
十分だよ。
もう別れる別れる。おわりだね
それから?
終わりだよ
うそつけ!
うそじゃないよ
それだけじゃないだろ
それだけだって
そんなわけないだろ。知ってるぞ
何を
この前、漁に出たとき聞いたんだ。
お前他に男がいるんじゃないのか?
もう男なんかこりごりだよ
うそつけ
だから嘘なんかついてない
あいつと別れたとしたら結婚なんて二度としないね。奴隷みたいにこき使われて、金もねえ優しさもねえ。結婚なんてするんじゃ
なかった。結婚するときあいつなんて言ったと思う?
なんて言ったんだ
それがもう忘れたの。すっかり。だからこの前聞いたんだ「あんた結婚するとき私になんていったんだっけ」って。何聞いてんだ
ろねあたし。アハハハハ もうそんくらい疲れちゃってんのよ。でもそしたらあいつなんて言ったと思う?俺は子供の頃、すぐそ
こにまだ海があった頃仲間たちの中じゃ俺が一番でかい魚を取ることができたんだ。それを近所の女に見せに言ってどうだすごい
だろと自慢したんだ。するとその女は別にとぬかしやがった。俺は魚をそいつにやろうと思ってたが頭に来てやらずに持って帰っ
てたらふく食って寝たんだ。そして朝目が覚めたら今日だった。」馬鹿にしてるんだよあたしのことを。絶対別れてやる
ハハハハハ
わらいごとじゃないよ
別れてどうする
出ていけるもんなら出ていきたいよ
おい、そんなこと言うなよ
6
ツェツェ
バト
ツェツェ
バト
ツェツェ
バト
ツェツェ
バト
ツェツェ
バト
ツェツェ
バト
ツェツェ
バト
ツェツェ
バト
ツェツェ
バト
ツェツェ
バト
ツェツェ
バト
ツェツェ
バト
ツェツェ
バト
ツェツェ
そんなこというなよってそんなこと言ってる奴だらけじゃないか
誰が言ってんだよ
そんなこと皆言ってるよ
だからみんなって誰だよ
なんだいあんた私を責めようってのかい?
せめてなんかいないだろ
かんべん。もう男に責められるのはあいつからだけでお腹いっぱいだから
きいてるだけだろ
なに急にちょっと怒っちゃって。やだやだ。怒る男はきらいだよ
本気じゃないんだろ
嫌いかどうかってこと?あんたはあの人よりはなんぼかマシだよ。私と結婚してない男は皆あいつよりましにみえるね
そうじゃなくて
なにが?
出て行くって。家を出るってことだろう?
ここをだよ
ここってどこ
ここはここだよ
・・・・うちのばあさんがさみしがる。しゃべる相手がいなくなると
あんたの母親なんだからあんたが喋ってやりゃいいじゃないか
お前としゃべりたいんだよ
アハハハハ あーあー誰か私を連れてってくれーーい
下(の階に向かって じ)ゃあね。ちゃんと薬飲むんだよ。え?うん。わかってるわかってる。仲良くするよ。うん。うん。はいはい
また明日 バ(トに じ)ゃあね
ああ
薬ちゃんと飲ませるんだよ?
ああ。でももうよくならんよ。年寄りだし
あんた、母さん心配してるよ「あいつは結婚しないのか」
したくても女がいないだろ
いるところに行けばいいだろ
7
バト
それはできない
ツェツェ 馬鹿弟は帰ってきたの?
バト
来てない 婆さんなんか言ってたか?
ツェツェ 警察来たんでしょ?
バト
あいつ探しに来たんだ
ツェツェ 何やったのあの子?
バト
観光客の荷物ちょっとかっぱらったり
ツェツェ なんだ ハハ 人殺したりしたわけじゃないんだ びっくりしたよ聞いたとき私。うわやっちゃったのか!?って
バト
子供が家に帰らず泥棒してりゃ十分だよ
ツェツェ なんなら私が探してきてあげようか今。
バト
このへんならもう探し尽くした
ツェツェ そんな顔しなくてもそのうち帰ってくるって
バト
なんだそんな顔って
ツェツェ こんな顔
バト
こんな顔。こんな顔。こんな顔。それはお前の顔だ。親父はそう言っていつものように漁に行った。
バトは窓を開ける ♪
バト
子供の頃眠ることが怖い夜があった。目をつむると波の音が聞こえる。その波の音が大きく大きく聞こえすぎる夜。自分のベット
が、家が、港が、村がいつの間にか海に飲み込まれてしまうんじゃないか、いやもうじつは飲み込まれてしまっているんじゃない
か。それほど波が大きく聞こえた。窓を開けるとすぐそこにはいつも海が見えた。海そこにある。お袋は毎晩窓開けなきゃ眠れな
い俺に「うるさいから閉めてくれ。何度言ったらわかるんだい。あれは海じゃない。海ほどもある湖なんだ。これ以上水かさなん
て増えやしないし、津波だって生まれてこのかたきたことがないんだ。早く寝な」俺は安心して眠った。
ある朝起きてみたら、昨日まであった湖岸の水が二百メートル先まで引いていた。それでも俺たちは水を求めて泳ぎに行った。次
の日には四百メートル沖合まで水は引いていた。それでも俺たちは泳ぎに行った。その次の日には六百メートルも沖合に行ってし
まった。そして皆は海に行かなくなった。逃げ損なった船は砂漠になってしまったかつての湖の底に取り残された
8
3
缶詰工場 トゥムルがいる
なにか食べている リディアがやってくる
トゥムル身を隠す
リディア ・・・
トゥムル 姿(を現す )
リディア え?
トゥムル 何だお前
リディア こんにちは
トゥムル 誰だ
リディア すみません
トゥムル 誰だ
リディア 旅行者です
トゥムル 旅行者?
リディア はい
トゥムル ・・・
リディア はい
トゥムル 何しに来た?
リディア 見に来たんです
トゥムル 何を?
リディア ここ缶詰工場ですよね?
トゥムル 工場はとっくの昔に潰れてるよ。見りゃわかんだろ
リディア それを見に来たんです
トゥムル 馬鹿にしてんのか?
リディア なんでですか?
トゥムル 立ち入り禁止って書いてなかったか?
リディア え?
トゥムル 入口に立ち入り禁止って書いてあったろ?
9
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
はい
入ってくるな
でもホテルの方が行っていいよって言ってたので
立ち入り禁止なんだから入ったらダメに決まってんだろ
すみません
でていけ
・・・
いいから行けよ
すみません 出(ていこうとする )
おい
はい
言うなよ
何をですか?
俺がここにいたこと
はい
ホテルのババアにも。ホテルの場所知ってるからな
・・・誰にも言わないですよ。この街の人なんですか?
誰が?
あなたが
なんで?
何してるんですか?
お前本当に旅行者か?
本当です本当です
金くれ
え?
金ぐらい持ってるだろ
持ってないです
持ってないわけ無いだろ
ホテルにおいてきて
10
トゥムル 出せよはやく
リディア だから今何も持ってないんです
トゥムル うせろ
リディア ・・・ 行(こうとする )
トゥムル 早く国に帰れ
リディア 何ですか?
トゥムル 俺はお前みたいな旅行だとか言ってこの街見に来る奴大嫌いだ
リディア ・・・ 出(てゆく )
トゥムル 潰れた街わざわざ見に来るような奴大嫌いだ。出てけ出てけ 見たきゃ金か喰いもんでも持ってきやがれクソ野郎 言(い捨てて唾
を吐く 戻ってパンを食べる )
11
4
ホテル 食堂
リディア ツェツェ バータル
お茶を飲んでいる
バータル 見てほらここ。尖ってるの微妙になのになのに。ここでは丸くなってるんだよ
ツェツェ あんた馬鹿じゃないの
バータル なにがだよ
ツェツェ またそんなバカじゃないの?
バータル バカとは何だ
ツェツェ 馬鹿じゃないか、そんななんでもない石拾ってきて、丸いだの尖ってるだの。どんな石拾ってきたって丸いし、尖ってるよ。そん
なそのへんの道端で拾ってきたようなもんテーブルの上に乗せんじゃないよ
バータル 汚いもんみたいな言い方するんじゃねえ
ツ ェ ツ ェ 汚 い だ ろ !大 体 あ ん た働 き も せ ず道 端 で 石 拾っ て 家 の 仕事 手 伝 う わけ で も ホ テル の 仕 事 手伝 う わ け でも な く あ んた 一 体 何 様な ん
だ
バ ー タ ル そ の ホ テ ルが あ ん ま り味 気 な い から 飾 り で も付 け て や ろう っ て 来 た客 の 目 を 楽し ま せ る よう な 素 敵 な石 を 拾 っ てき て や っ てん だ
ろう
ツェツェ 何が飾りだそんな石。外でりゃ石コロだらけじゃないか!そんな石置かれたら客だってここを外と勘違いして「確かこの辺のはず
だけど一体ホテルはどこかしら」って通り過ぎちまうよ
バータル これだから女は馬鹿なんだ。並べてみりゃわかるんだ。おい、石もってこい。素敵な石と素敵な石が並んだら雰囲気がらっと変わ
ってたまげるぞ。おい、石は?
ツェツェ なんだよ石って
バータル 石だよ石。あいつにもらった足みたいな石があるだろう
ツェツェ 捨たよあんなもん気持ち悪い
バータル なに勝手に捨ててんだよ
ツェツェ 捨てるよあんな石気持ち悪い。欲しけりゃそこらへん転がってるから適当に拾ってくりゃいいだろ
バータル てめえ人が素敵な石コレクションをこれからはじめようって時によりにもよって旦那のコレクションを捨てるだと!?
ツェツェ ああ、なんだなんだまた殴るのか!殴れ殴れ!ああ頬が痛いよ。見ててみなあんた、これからこの男はいつものように私をぶつか
ら
12
リディア
バータル
ツェツェ
バータル
ツェツェ
リディア
バータル
ツェツェ
バータル
ツェツェ
バータル
ツェツェ
リディア
ツェツェ
リディア
バータル
リディア
バータル
ツェツェ
バータル
ツェツェ
バータル
リディア
ツェツェ
リディア
ツェツェ
リディア
ツェツェ
リディア
え・・・
お客に変なこと吹き込むんじゃねえ
なにが変なことだよ、あんたは一昨日あたしをぶったじゃないか。ああ痛い痛い。まだ痛いよ
殴ったのは反対だろ
こっちか。ああ痛い痛い。こんなに腫れちゃったよ。女に手上げるなんてひどいと思いません?
はい
膨れてんのはもとからだろ
膨れてるってのはあんたみたいなのを言うんだよ。働きもしないでブクブクブクブク太りやがって
太ってることの何が悪いんだよ
すいませんねお客さんの前で。騒がしい男でしょ?
うるせえのはお前のほうだろ。ちったこのお嬢さんみたいにしおらしくしてみろ
遠慮せずに飲んでねお茶。
ありがとうございます
本当に。水が貴重だから残されたほうが腹がたっちゃうから
いただきます
あんたどっからきたんだい?
私ですか?
当たり前だろ。俺はこいつのことなら誰の腹から生まれてきたかまで知ってんだから
母さんが病気の時見舞いにも来なかったくせに
うるせえな行っただろ。だまってろよ
私が来いっていったから来たんじゃないか
うるせえ女だな。俺は今聞いてんだろ
おもしろいですね
なにが
お二人が
面白くなんかないよ。泣きたいくらいだよ。ああ、痛い痛い。こっちか 左(の頬をさする あ)んたも気をつけな。学校行ってるの?
大学に行ってます
旅行?
そんな感じです。夏休みを利用して
13
ツェツェ
リディア
ツェツェ
リディア
ツェツェ
リディア
ツェツェ
リディア
バータル
ツェツェ
バータル
ツェツェ
バータル
ツェツェ
バータル
ツェツェ
バータル
ツェツェ
バータル
ツェツェ
そう。いいわねえ。余裕のある人は
余裕なんて全然ないです。いろんな所を見て回りたくって
見て回りたいって言ってもなんにもなかったでしょ?この辺。なんか見たかい?
缶詰工場の跡地と。あと船を見に行きました。砂漠の中の
つまんなかったでしょアハハハ
そんなことないです
もうあと三十年早く来てればなんでもあったのに。二十年早く来てれば海が消えてくのも見れたのにアハハハ生まれてないか
一晩で海が無くなったって小説で読んだんですけど、本当なんですか?
おう。もうすごかったんだ。俺は子供のころこの街で一番魚を捕るのがうまかったんだ
んなことぁないよ
黙ってろ お嬢さんと俺は喋ってるんだろ。いいかい それは俺が誰にも秘密の穴場を知ってたからなんだ 丁度岩場が籠みたい
になってるところでそこに行きゃ魚なんて難なく釣れたんだ。俺はある日いつもみたいにそこ行って魚を取ってやろうと思って朝
一番で外に出た。そしたらどうだい。岩場どころか海がないんだ。お嬢さん。わかるか?昨日までプカプカ浮いてた船を岸があっ
た と こ ろ に 置 き 去 り に し て 海 が あ ん な に 遠 く の 方 ま で 行 っ ち ま っ て る ん だ 。 お 嬢 さ ん も 見 た ろ ? 砂 漠 の 中 に 船 が 放 り 出 さ れ てん
の?あれはわざわざ持ってったわけじゃなくて海に置き去りにされた船なんだよ。実際あれは海じゃなくて湖なんだが、俺たちは
もう海だと思ってた。だってそうだろ向こう岸に船で行こうと思ったら何日も何日もかかるようなでかい湖だ。そりゃもう海みた
いなもんだろう。世界のどこよりもでかい湖だ!魚だってわんさかいて、あんたの見に行った缶詰工場みたいなのが山ほどあって
昼も夜もなく動いてたんだ!すごいだろ?すごいだろ?
あんたの海みたいに言うんじゃないよ
いやあれは俺が大人になるまでなくなったりしなかったら俺の海になってたよ。俺は誰よりも魚を捕るのがうまかったんだから
よくいうよ
なんだと
じゃあいまからでも漁師になって魚でも取りに行ったらどうなんだい。昼間っからタクシー道端に停めてグースカ寝てんの知らな
いとでも思ってんのかい
いま海なんてどこにあるって言うんだ。どこにもなくなっちまったじゃないか。今もあったらの話だって言ってるだろ
今だって車で一日かけりゃ海まで行けるだろ
バカヤロウあんな海で魚がとれるか
実 際 と っ てる や つ も いる じ ゃ な いか 見 捨 てた み た い な言 い 方 し て な ん と かし よ う と して る 奴 だ って い る ん だそ ん な 無 くな っ
たみたいな言い方するんじゃないよ
14
バータル とれたってこれっぽっちだろ
ツェツェ ごめんね本当に
リディア いえ
ツェツェ あんたは?どっから来たんだっけ?
リディア アムダリアです
ツェツェ アムダリアの街のほうかい?
リディア 田舎です
ツェツェ ここまでじゃないだろ?
リディア 緑はたくさんあります
バータル 農業か?
リディア 何がですか?
バータル 親の仕事は
ツェツェ 親の仕事なんてなんでもいいだろ
リディア そうです
バータル 綿花農場か?綿作ってんのか?
リディア はい。あの辺は皆そうです。
ツェツェ すごいんだろ?あの辺の綿花農場は辺り一面高いところから見たら見渡す限りなんだろ?
リディア そうですね。どこもかしこも皆やってるんで。逆にそれしかないんです
バータル 俺は寝るぞ
ツェツェ 喋りたいだけ喋ってご就寝かい
バータル おい
リディア なんだい
バータル お嬢さんはいつまでいるんだい
ツェツェ 自分で聞けばいいだろ
リディア まだ決めてないです。もう二泊出来たらと思ってます
ツェツェ そんなにいたって見れるのは砂嵐くらいだよ?
バータル立ち去ろうと
リディア おやすみなさい
バータル何も言わずに退場
15
リディア
ツェツェ
・・・
どうもしないよ。夜だから寝るんだよ
16
5
豆(を取る )
何食って生きてんだ? 豆(をやる )
咳(き込む )
馬鹿だなお前
・・・・
観光客狙うなんてバカだ。俺ならせいぜい身内からちょっともらうだけにするよ。そうすりゃ誰もいちいち警察に言ったりしない
何件荒らしたって何もない
一件だけ店みたいなのぐらいあるじゃないか
あそこのばあさんはいい人だ
あのババアのどこがいい人なんだ。うちのに吹き込まれて俺の顔見るたんびに「あんまりかみさん困らせるなよ」ってバカの一つ
覚えみたいにいいやがる
・・・・
帰ってやんないのか?
・・・・
もうすぐお前の兄貴は漁に行く季節だろ。何週間も婆さん一人にさせるのか
あんたん所が面倒見てくれる
自分の母親人んちに押し付けるな
道端
バータル豆を食べている
トゥムルが現れる
バータル よう
トゥムル ・・・
バータル 休憩だよ休憩
トゥムル こんなとこに客なんかいないよ
バータル だから休憩してんだろ。お前今どこにいるんだ?逃げてんだろ?運んでやろうか?
トゥムル立ち去ろうと
バータル 待てよ。信用しろよ。こっちだってお前に関わるのは面倒なんだ。ほっといてやるよ。久しぶりだな。元気にやってるか?
トゥムル
バータル
トゥムル
バータル
トゥムル
バータル
トゥムル
バータル
トゥムル
バータル
トゥムル
バータル
トゥムル
バータル
トゥムル
バータル
17
トゥムル
バータル
トゥムル
バータル
トゥルム
バータル
トゥムル
バータル
トゥムル
バータル
トゥムル
バータル
トゥムル
バータル
トゥムル
トゥムル
バータル
トゥムル
バータル
トゥムル
バータル
トゥムル
バータル
トゥムル
バータル
トゥムル
バータル
合わせる顔がない
顔ならここにあるだろ。ほら。なんなら俺の顔も少し貸してやろうか?半分で足りるだろ
豆(を返す )
全部持ってっていい
・・・・
今どこにいる
青い屋根の缶詰工場の倉庫
屋根なんかもうないだろ
最近女がウロウロしてる
うちの客だ
どっから来たやつなの?
なんで?惚れたか?やめとけよ
俺のことなんか言ってたか?
会ったのか?
失せろって言ってんのに何度も俺のところに来る
いつまでいるんだあいつ
あいつはアムダリアから来た綿畑の女だ
本当に?
馬鹿女だよ馬鹿女
なんで
砂漠の船みてすごいですね。廃墟寸前の村みて色んなものが見てみたかったんです ぬかしやがるねよくもまぁそんな奴がこの村
に来れたもんだよ。思わないか?俺は腹たって腹たってかみさんいなかったらぶん殴ってやりたかったね。 なにも知りませんみ
たいな小奇麗な顔しやがって お前だって思わないか?ケラケラ笑いやがってあの女今思い出しても腹立ってきた。
ここに来る観光客は皆そうだ
綿畑の娘だぞ!?
同じだ
誰のせいで海が枯れたと思ってんだ
あの女が飲み干したわけじゃない
あの女が飲み干したみたいなもんだろ。ずいぶんかばうじゃねえか?
18
トゥムル
バータル
トゥムル
バータル
トゥムル
バータル
トゥムル
俺が?馬鹿言うな!今度会ったら言っといてやるよ。失せろ綿女って
おお、つばも吐いとけ
ああ
ぶん殴って追い出してやれ
おう
二発だぞ二発。俺の分は二発だ
・・・・
19
6
缶詰工場
トゥムル リディア
トゥムル ・・・
リディアパンの入った袋を持っている
トゥムルに渡す
トゥムル あんたのこと悪く言いすぎた
リディア ・・・・え?
トゥムル パン?
リディア ・・・・はい
トゥムル 名前は?
リディア ・・・
トゥムル 名前
リディア ・・・・
沈黙
トゥムル あんたアムダリアから来たんだろ?
リディア ・・・はい
トゥムル 川が流れてるところ
リディア ・・・はい
トゥムル 綿畑の娘なんだろ?
リディア はい
トゥムル ・・・
リディア なんですか?
トゥムル ・・・・
リディア え?
トゥムル 働く。そこで
沈黙
リディア 何言ってるの?
20
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
何でもやるよ
なんで
・・・・
そんなこと急に言われても
たのむ。たのむ。たのむ。たのむ。たのむ。たのむ。たのむ
どうして
この町からそっちの綿花農場に行った奴だっているはずだ 親父に言えばなんとかなるんだろ?
ならないです
どうして
本当はここにはきちゃいけないって言われてるんです
ここの奴らがあんたらのこと恨んでるからか?
危ないからって
馬鹿言うなここのやつらはいいやつばっかりだ
知ってます
働かせてくれ
なんでそんなこというんですか??
俺はここを出たいんだ。俺はここにいたらずっとこのままだ。アムダリアのことを恨んでお前らのせいにして何もできない。こん
なふうにしか生きていけないことが辛い、こんなふうに生きたくない。変わりたい。ちゃんと生きていけるようになりたい。だか
らアムダリアに行きたい。俺を連れて行ってくれ
自分で出たらいいじゃないですか
出られないから頼んでるんだろ
・・・・
・・・このパンなんだ
何だって
施しだろ?
そういうわけじゃないです
哀れんでるんだろ?
違う!
じゃあなんだ
21
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
トゥムル
リディア
いらないなら返してください
何しにこの町に来たんだ
私は――
かわいそうだからだろ?こんなに廃れて皆貧乏で
違います!
償いたいんだろ?
ちょっと待って下さい!
お前ら綿花農場がここの海に流れ込むはずだった水をバカみたいに使い切ってあんなに大きかった海を枯らしたからだろ!?
私は・・・・
何しに来たんだ!?
・・・・
かわいそうな俺たちを見に来ただけだってのか?
違います
何が違うんだよ!
違うんです!
いままで色んなやつが来たけどアムダリアのやつがここに来たことなんてない
私は来ました
皆知ってるからだ。誰がここの海を枯らしたか
でも、私はここに来たじゃないですか!?
何しに来たんだ!
私はもう農場がずっと栄えた後に産まれてどうすることもできなかったんだけどでも。だからじゃあ、あなたたちの生活を犠牲に
して生きていくことだけでいいのかって。私もどうしたらいいかわからないけど。でも、何かできないか。とにかく見に行って知
れば何かわかるかもしれないって
じゃあ俺を連れて行ってくれよ
・・・・
お前の農場じゃなくてもいい。俺にはそれしかない
・・・・
なんでだよ、そのためにあんたここに来たんじゃないのか?
・・・・
22
トゥムル なあ。大丈夫だ。うまくやるよ俺
リディア できないそんなこと
トゥムル どうして
リディア あなたの人生背負うなんてこと
トゥムル 違う
リディア 違わない
トゥムル 違う。たった一回チャンスを与えてくれるだけでいいんだ。それだけだ
いつの間にかバータルが現れている
バータル おいおい
トゥムル 何しに来た
バータル お前そいつについてこうってのか?
トゥムル 黙ってろよ
バータル そりゃないだろ
トゥムル 頼むよ
バータル しかも農場で働こうってか
トゥムル なんなんだ
バータル 俺の代わりに殴ってくれたか?
トゥムル 殴るわけないだろ
バータル そうだろうな。腑抜けだからなお前は
トゥムル 来るなこっちに
バータル お前農場で働こうってことはここを枯らす側になるってことなんだぞ?わかってんのか?
トゥムル あとで話そう
バータル あとで話すことなんか何もないだろ 今話せよ
トゥムル 頼むよ
バータル どこいったっていいがその女ん所みたいなところにいっちゃまずいだろ。兄貴になんていうんだ。認めてもらえるかそんなこと?
トゥムル いいから黙ってあっち行ってくれよ
バータル おおわかったわかった。あっちに行ってやるよ。お前も来い
トゥムル 頼む。この女と喋らせてくれ
バータル だめだ。こんな女の所にいるのが悪いんだ。たぶらかしやがって
23
トゥムル
バータル
トゥムル
バータル
トゥムル
バータル
トゥムル
バータル
トゥムル
バータル
トゥムル
違う
ほっといてやるつもりだったがダメだこんなんじゃ
おい、離せ
来い!こっちに来い
やめろ、離せ、帰らない
うるせえ家に連れて帰ってやるよ、俺のふかふかシートのタクシーだ。お前の兄貴には世話になってるからお代はいらねえよ
離せ!!離せよ!!
見てないであんたはホテルに帰んな
おい、あいつに手あげやがったらただじゃおかないぞ
殴れ殴れ 泥棒のへなちょこパンチで殴られる方があんな奴らの所にお前が行くよりなんぼもましだね
離せ!離せよ!離してくれ!!
24
7
バトの家
バト、バータル
沈黙 ある時間
ツェツェとトゥムルが上がってくる
バト
婆さん寝たか
ツェツェ まだ起きてるよ
バータル 顔見せてやったか?
トゥムル ・・・・
ツェツェ なんで無理やり連れて帰ってきたんだよ
バータル なんだと
ツェツェ 余計なことしなくたってそのうち帰ってきたんだから
バータル 婆さん心配してただろうが。久しぶりにやっと帰ってきて顔見れて安心させてやることの何が悪いってんだ
ツェツェ 帰りどきってもんがあるだろ。こんな帰り方でこの子何にも言えないよ
バータル なんでなんにも言わないんだ。すまねえぐらいあっただろ
トゥムル 文句があるなら帰れ。ここは俺のうちだ
バータル 捨てようとしといてよく言うぜ
ツェツェ やめな
バータル ・・・・
バト
何してたんだ
バータル 聞いてんだろ
トゥムル ・・・・
バト
ずっと工場にいたのか?
トゥムル ・・・・
バト
聞いたか?
25
トゥムル
バト
トゥムル
バト
トゥムル
バト
トゥムル
バト
トゥムル
バト
トゥムル
バト
トゥムル
沈黙
バト
トゥムル
バト
トゥムル
バト
トゥムル
バータル
バト
トゥムル
バト
バータル
)
・・・・
お前俺たち以外にも探されてるんだぞ
・・・・
泥棒やったなんて母さん悲しむぞ。もう先が大してないんだ。安心させてやってくれよ
・・・・
身体は大丈夫なのか?
・・・・
良かったよ。無事で。心配してたんだ。来い
嫌(がる )
いいから来い
やめて
来い! 抱(き寄せる
・・・・
もう行くな。ここにいろ。な?やることがないんだろう?だから泥棒なんかやったんだ。大丈夫だ。人殺したわけじゃない。こん
な所二度も探しに来たりしない。守ってやるから。お前。漁を教えてやる。やることができれば大丈夫だ。船に乗れ。いいぞ海は。
俺たちが守るんだ。今海水に強い魚の小さいのをいっぱい放してるんだ砂漠になったところにも木を植えたりしてる。国ともやり
とりしてるんだ俺は。あいつら馬鹿で仕事が遅いからちょっとずつだが、でも大丈夫だ。帰って来るから。必ず。
死んだ親父だって海をなんとかもとに戻すために頑張ってたんだ!
行かない
なんだ
・・・・
どうして
俺はこの町を出る
おい
そんなこというな。考え直せ
もう決めたん
なんでお前がそんなこというんだ
ここを捨てる気なんだな
26
トゥムル 違う!
バータル なにが違うって言うんだ!そうじゃねえか!この町がもう終わってるから捨てて出ていこうってそう思ってんだろ
トゥムル そんなこと思ってない!
バータル いーやお前は思ってるね。錆びた船が転がってるだけのこんな糞みたいな町って
ツェツェ やめなあんた!
トゥムル ・・・・
バト
こっから外に出てどうやって生きていけるって言うんだ、お前に何ができるんだ。泥棒か?泥棒やって暮らそうってのか?
トゥムル 綿花農場で働く
バータル いいかげんにしろよてめえ!
ツェツェ やめなあんた!
バ ー タ ル よ り に も よっ て 綿 畑 で水 を 撒 こ うっ て い っ てん だ ぜ こ いつ は ! あ んた 悔 し く ない の か ? あん た が 必 死こ い て 元 に戻 そ う と して る
海の水をこいつは向こうで畑に撒いちまおうって言ってんだぜ?あの女か?あの女に吹き込まれたのか
やめろあんた
違う!
なにが違うって言うんだ!そうじゃねえか!コイツと一緒にいたウチに泊まってる女が綿花農場の女なんだ
そうなのか?
関係ない
じゃあなんだってんだ!
やめろ!
黙ってられるか!ひどい話じゃねえか!たった一人の弟がどこに行くかと思ったら
やめろ!
・・・どうすんだよ
座ってな!
なあ、おい
・・・・
何だってそんな遠くに行くんだ
・・・・
母さんはどうするんだ?もうどこにも行けない。俺だっている。親父の墓だってある。ここにはお前の家族がいるじゃないか
私もあんたには出てって欲しくないよ。母さんがかわいそうだ。それにせっかく私たち家族みたいに仲良くやってるのに
ツェツェ
トゥムル
バータル
バト
トゥムル
バータル
バト
バータル
バト
バータル
ツェツェ
バト
トゥムル
バト
トゥムル
バト
ツェツェ
27
沈黙
トゥムル
バト
トゥムル
バータル
トゥムル
トゥムル
バト
トゥムル
バト
トゥムル
バト
トゥムル
バト
トゥムル
バト
トゥムル
バト
トゥムル
バト
トゥムル
バト
トゥムル
バト
トゥムル
バト
ツェツェ
バト
違うんだよ
なにが?
・・・・
なにがだ
この町のことは好きだ。生まれた町だ
兄貴
なんだ
俺は行きたい。今行かなかったらずっとこのままだ。兄貴。俺は行きたいんだ。これにかけたい。俺はもっともっといろんなこと
ができる。チャンスなんだ。きっとこれを逃したらもうこんなことない。
お前が母さんや俺を置いていくのか?そんなわけないだろ
置いていくわけじゃない。死ぬまで帰ってこないわけじゃない。アムダリアなんてすぐだ。バスで二日も走れば帰って来れる
じゃあここにいたっていいじゃないか
わかってくれよ。兄貴にわかってもらって行きたい
わかるわけないだろ。何が不満なんだ
不満なんじゃない。俺はここじゃない所へ行きたいんだ
わかりたくもない!
どうして?
俺たちは家族なんだぞ?
わかってる
いや、お前はわかってない!
行かせてくれよ
ダメだ!
俺は行かなくちゃいけないんだ
絶対にダメだ
どうして!?
どうしても行きたいなら家族の縁を切っていけ!俺ともおふくろとも親父とも
ちょっとなんでそんなこと
黙ってろ!これは俺たち家族の問題なんだ!
28
8
リディアが座っている
トゥムルが現れる
リディア え!?
トゥムル シっ。静かにして
リディア 何してるの?
トゥムル 何もしないから
リディア ここで何してるの?
トゥムル もう町をでるんだろ?
リディア なんで?
トゥムル 行くんだろ?朝になったら
リディア うん
トゥムル 俺も連れて行ってくれよ。考えてくれた?
リディア 本当に行くの?
トゥムル ああ
リディア 本当に行くの?
トゥムル 本当に行きたい
リディア ・・・・
トゥムル 早くしないと。抜け出してきてるんだ
リディア 働けるかどうかわかんないよ?
トゥムル それでもいい
沈黙
リディア 話してみるだけなら
トゥムル じゃあ一緒に行っていい?
リディア ・・・・ 頷(く )
トゥムル やった!!やった!やった!やった!やったやったやった!
29
奥から声が聞こえる 言いあいをしながら三人がやってくる
ツェツェ どうしたの?こんな夜中に
バト
いなくなっちまった
バータル なにしてる?
ツェツェ ちょっと待って待ってどうしたの?
バト
あいつが来てないか?
ツェツェ 見てないよ。あんた見たかい?
バータル 知らねえよ
ツェツェ 家にいないの?
バト
荷物ごと抜け出しやがったんだ
バータル 工場じゃねえのか
バト
いなかった
ツェツェ ちょっとそこは客の部屋だよ
バト
知らないか聞くだけだ。夜に悪いね。入るよ
リディア 何してるんですか?
バト
いた
バータル やっぱりお前か!
ツェツェ ちょっと落ち着いて
バータル てめえ、ここは売春宿じゃねえんだぞ。たらしこみやがって!出てけ
ツェツェ やめなあんたやめな!
トゥムル 待て待て待て待て。この人は関係ない。俺が勝手に押しかけたんだ
バータル それがたらしこまれてるってことだろうが
ツェツェ やめないかこのバカバカバカバカ
バータル いてててて、何すんだてめえこのやろ
バト
探したぞ
トゥムル なんで
バト
帰ろう
トゥムル 帰らない
バト
帰ろう
30
トゥムル
バト
トゥムル
バータル
バト
リディア
バータル
ツェツェ
バト
トゥムル
バト
トゥムル
バト
トゥムル
バト
リディア
バト
リディア
バト
リディア
バト
リディア
バト
リディア
バータル
バト
リディア
バト
リディア
俺は行くんだ
行けるわけ無いだろ。まだ子供だ
決めたんだ
やめとけそんな女ろくな女じゃねえぞ。悪いことは言わねえからここの女にしとけ。そんな奴自分のことしか考えてねえぞ
あんた、こいつのこと連れてくのかい
・・・
勝手に帰りやがれ
黙ってろよ
お前は本当に行くつもりなのか
行かなくちゃ行けない
行けないってことはないだろ
行かなきゃいけないんだ。そのためにこの人が現れたんだ
なんだそのためって
俺が行くために
あんたこいつとはあったばっかりなんだろ?
はい
なあ。あんた
はい
あんたアムダリアからきたんだろ?
はい
怖がらないで。綿花農場の子なんだろ?知ってる。だからって取って食ったりしない
はい
こいつを農場に紹介するのか?
しようと思ってます
いいかげんにしろこの
今喋ってんだろ!邪魔するな すまん。
いえ
働くやつを勧誘しにきたのか?
違います
31
バト
リディア
バト
リディア
バト
リディア
ツェツェ
バト
リディア
バト
リディア
バト
リディア
バト
リディア
バト
リディア
バト
リディア
バト
リディア
バト
じゃあ何しに来たんだい?
見に来ました
ここを?
どうしていいかわからなくて
何を?
私の家の傍には大きなアムダリアの川が流れていて農場はそこから沢山の水を引いています。小さい頃からそこで遊んだり、その
水を使ったり。それが当たり前でした。だから。ただ見に来たわけじゃなくて。どうしたらいいかわからなくて。ここがこんなふ
うになってるなんてずっと知らなかったから
いい子じゃないか。優しいよ
どうしたらいいかなんか簡単だ。あんたができることはここにはないよ。あんたができることがあるとしたら家に帰って川沿いの
農場を全部焼き払えばいい
そんなことできないです
それが出来なきゃ、全部の農場を一つ一つ回って綿をつくるはもうやめましょうと言ってやめさせてくれればいい。そうすればま
た七〇年もありゃ海は帰って来る。できるか?
できないです
知ってるよ。そうなりゃ今度はあんたらが飢え死にだ
・・・・
ここではあんたらのことよく思ってない奴もいるんだ
はい
多分そっちもこっちのことをよく思ってないんだろ
人によります
あっちのことはよく知らないが、こことはだいぶ違うんだろ?
そうだと思います
考えてみてくれ。あんたはいいかもしれない。あっちの人間だ。でもこいつは?あんたとこの農場ができて俺たちは何もかもなく
なったんだ。弟みたいに物心ついた時にはなくなったあとで、ここをうまく愛せないやつだっている。ほとんどのやつがどうしよ
うもなくなって一家で出て行った
でもだから私、何もできないけど何かできないかと思って
お嬢さんあんたの事を俺は恨んだりしない。恨みたくなんかない。あんたがやったわけじゃない。あんたはこいつと同じだ。たま
たまそこに生まれたってだけだ。な?
32
リディア
バト
沈黙
リディア
ツェツェ
リディア
バト
リディア
バータル
リディア
ツェツェ
バータル
ツェツェ
リディア
バト
リディア
バト
リディア
バト
トゥムル
リディア
バト
リディア
バト
はい
人間は産まれた土地で生きて、産まれた土地を守るもんだ。ここにはこいつが必要なんだ。こいつはまだ子供だ。俺の家族だ。こ
この人間だ。俺たちには海がある。何だってそんな遠くの農場なんて行かなくちゃならないんだ。お嬢さん。旅行中なんだろ?旅
行を続ければいいさ。これは俺たちの問題だ
ごめんなさい
謝らなくていいの
ごめんなさい
謝らなくていい。あんたが悪いわけじゃない。もっと言えばあんたの親父や爺さんが悪いわけでもない。大昔にあんたの国が国の
ためにそうしようって決めたんだ。あんたが謝ってどうこうって問題じゃないんだこれはもう。
ここに彼が必要でも彼にはここじゃないどこかが必要なんじゃないかと思います
なんだ?
私が謝ることは違うということはわかります。でも関係ないわけじゃないです。関係なくは生きれないです
ありがとう
何が言いたいんだ
いいじゃねえかそれでありがとうでうるさいね
でも私はそういうふうに生まれて。その中でなんとか自分のいいと思うように生きていこうと思っています
それでいいんだよ。そっちはそっちで生きる。俺たちは俺たちで生きる。その中でなんとかやっていくしかない
はい。そうです。そういうふうに産まれた中で自分がいいと思うように生きるしかないんです
ああ
彼にもそういうふうに生きることが許されていいんじゃないでしょうか?
・・・
泣(いているかもしれない )
私。彼が行きたいというなら彼を私の農場に連れて行ってあげたいです
なんで?
なんでって――
なんでだ。どうして弟まで奪うんだ。あんたらは水を奪った。海を奪った。船を奪って、工場も町も人も奪った。俺にはもう家族
しかないんだ。ほんの少し残された海しかないんだ。そのほんの少し俺に残されたものを守りたいって言ってるだけなんだ。なの
にどうして弟まで奪っていこうとするんだ。いつまで俺たちは奪われ続けなきゃいけないんだ
33
トゥムル
バト
9
見ろ!俺を見ろ!兄貴。俺が自分で行くって決めたんだ。俺が決めたんだ
・・・・
バトの家 バト
トゥムルが現れる
バト
婆さん寝たか?
トゥムル 寝た。たぶん寝たふりだけど
バト
苦手なんだろそういう話が
トゥムル うん
バト
何か言ってたか?
トゥムル 芋のゆで方を教えてくれた。「火にかけた水に芋を入れなきゃ茹でられないんだよ」だって。俺のこと子供だと思ってんだ
バト
ハハ。心配なんだ
トゥムル うん。漁はいつからなの?
バト
来週からだ。海の方まで車で行って、一週間くらい海の傍だ
トゥムル ・・・ごめん。母さんの面倒見れなくて
バト
おしゃべりが面倒見てくれるほうが楽しいみたいだ。女同士話が合うんだろ。親父のことは覚えてるか?
トゥムル まだ小さかったからあんまり
バト
怖かったんだぞ。すぐにカッとなってぶん殴りやがる。それがトンカチで殴られたみたいに痛いんだ
トゥムル 俺には優しかった
バト
年取ってからの子だから可愛かったんだ
トゥムル そうなんだ
バト
もうお前の頃には海はほとんど見えなかっただろ
トゥムル うん
バト
俺が産まれる何年か前からなんだ
トゥムル そうなんだ
バト
親父はそりゃもう頑張ったらしい。海を何とかするために。毎日毎日駆けずり回ってた
トゥムル いろんな人に聞かされる
バト
すごかったんだよ。俺が物心ついた頃にはもう工場もいくつか潰れ初めてて、今度はこの村を出てく奴らを引き止めるために毎晩
34
出かけて行って親父はあんまり家にいなかった。お袋は溜め息ばっかりで、俺はほかのやつより先にお袋が出てっちまうんじゃな
いかと気が気じゃなかったよ。俺は親父に漁を習ったんだ知らないかもしれないが、親父は元々ここの人間じゃない。親父の村の
ことは知らないが、砂漠の中のそれはもうなんにもない村だったらしい。ここはすごかった。砂漠のど真ん中にどこまでいっても
向こうが見えないでかい海があって、雨だって降ってた。海のおかげだ。どんな街より人がいた。みんながこの町に来たがった。
親父もだ。親父は故郷を捨てて、希望を持って一人でここに来たんだ。そしてここでお袋と結婚して、お前と俺が産まれたんだ
トゥムル 初めて聞いた
バト
俺は子供の頃親父に自分の父さんや母さんに会えなくて寂しくないのかって聞いたんだ
トゥムル うん
バト
親父はこう言った「寂しくないわけない。家族なんだ。でも俺には母さんとお前がいる。それが大事なことなんだ」
トゥムル ・・・・
波の音が遠くに聞こえる
おわり
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