Ⅰ 気管切開術時の引火事故防止ガイドライン

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気管切開術時の引火事故防止ガイドライン
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目的
本ガイドラインは、高濃度酸素投与下の人工呼吸管理中の患者に対して、電気メスを用いた気管切
開術施行時、気管チューブの塩化ビニール製医療器具への引火が原因で発生する事故について、事故
の要因と防止対策に理解し、万が一、事故が発生した場合には迅速かつ適切に対処できるようにする
ものである。本ガイドラインでは、
(1)引火事故が発生する要因、(2)事故防止対策、(3)事故
発生後の迅速な対応手順について述べる。
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気管切開は、皮膚を切開して皮下組織や筋肉を剥離し、気管を露出させる。その後、気管を切開
し、その部分からカニューレを挿入してカフを膨らませて留置する手術である。
本ガイドラインでは、これらの一連の手技を「気管切開術」
、露出させた気管を切開する手
技を「気管の切開」と表現した。
引火事故の要因
気管切開術施行時に起こる引火事故の要因は以下の通りである。
1)発火元(電気メス、レーザー)
2)可燃物(アルコール系消毒剤、体脂肪や凝固血液、塩化ビニール製気管チューブなど)
3)助燃性の気体(高濃度酸素(ルームエアー以上)や笑気の併用)
助燃性の気体
可燃物
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発火元
引火事故防止対策
引火事故は、重大な気道熱傷を生じ、致死的な結果を招くことが多い。
1) 教育、情報共有およびトレーニング
電気メス使用時の引火事故に関する情報・知識の不足は、重大な結果を招く。関係する医療
従事者(医師、看護師、MEなど)は、引火事故に関する知識を習得し、酸素投与下での電気
メス使用の危険性についての周知に努めること。関係する医療従事者(医師、看護師、MEな
ど)は、シミュレーション等によって、事故発生後の対応に習熟しておくこと。
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2) 準備と術中の管理
事故予防のポイントは、下記
(1) 関係者全員への注意喚起と知識・情報共有
(2)高濃度酸素投与下における電気メスやレーザーなど引火の原因となる器具および気管
チューブなど可燃物となる材料の取り扱い
(3)術野の酸素の管理
<術前の確認と処置の工夫>
高濃度酸素投与下で電気メスの使用が予定されている場合は、術前に関与する医療従事者(医師、
看護師、麻酔科医、ICU担当医など)が集まって、注意喚起のための打ち合わせを行うことが望
ましい。このとき気道の引火事故に関する知識や準備物品の確認とともに、事故が発生した場合の
役割分担(人工呼吸器を止める係、チューブを抜去する係、水をかける係など)と流れを確認する。
可能であれば、事故後の役割分担と手順のまとめを書き出し、関係者全員が見える位置に張り出す。
術野に漏れ出る酸素を遮断するため、下記のような術前準備を行ってもよい。
(1)カフは適切かつ十分にふくらませておく。
(2)小児などカフ無しのチューブを使っている場合はカフ付きのものに交換しておく。
気管チューブのカフは引火しやすいため、事前に胸部X線写真や触診などで気管チューブのカフ
の位置と術野との関係を確認し、必要に応じてチューブを深めに挿入して術野からカフの位置を遠
ざける、などの工夫もある。
<準備物品の工夫>
気管孔開窓後に電気メスを使用する可能性がある場合は、下記に挙げるような迅速な消火のため
の準備する。
(1)清潔ピッチャー、生理食塩水を用意
(2)乾燥した、もしくは体液等で湿った程度のガーゼは引火しやすいため、あらかじめ術野に生
理食塩水に浸しガーゼを準備しておく。
(3)事故発生後、すぐに再挿管できるよう、再挿管のための物品は準備しておく。
<実施時の注意事項>
気管の切開時および気管開窓後には、原則、電気メスを使用してはならない。
気管の切開に使用しなくても、いったん気管孔を開けた後に、止血等で気管開窓部周囲組織に電気
メスを使用した事例で事故が発生している。そのため、出血傾向のある患者等で、止血のために気管
開窓部周囲組織を電気メスで触れなければならない状況が生じた、もしくは生じる可能性がある場合
は、下記のように工夫する。ただし、これらの方法は完全に引火事故を防ぐものではない。気管の切
開時や気管開窓部周囲組織に電気メスを使用しないことが事故を防ぐ唯一の方法である。
(1) 経皮的酸素飽和度をモニターして患者の状態を確認しながら酸素を可能な限り下げ、術野
の酸素濃度が下がるまで1~数分待った後使用する。
(2) 術野に酸素が漏れていないか再確認。カフのふくらみを確認して適正に。カフが破れてい
る場合は気管チューブを交換する、など。
(3) カフは特段に引火し易いため、電気メスが近づかないように、気管チューブを奥へ深めに
挿入する。
(4) 気管を切開する前に、予め、気管の予定切開ライン周囲にある血管を焼灼しておく。
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その他の工夫として、次のようなものがある。
(5)笑気は使用しない。
(6)覆布は、術野の近くで酸素が溜まりこむポケットを作らないように設置する。
(7)アルコール系の消毒剤を使用する場合は、覆布をかける前に十分に乾燥させる。
3) 事故発生後の迅速な対処
事前の打ち合わせ通り、各人が即座に自分の役割を果たすこと。
<発火を確認後、即時!!>※大声で人を呼び、マンパワー確保!
・生理食塩水か滅菌蒸留水をかけ、消火
・気管チューブ抜去
・酸素を止める。
<消火後>
・再挿管、マスク等で呼吸再開。可能であれば酸素や笑気は投与しない。
・気道内に燃え残った気管チューブが遺残していないか確認
・気管支鏡で気道の状態を確認
・救急部や専門診療科にコンサルトし、患者の状態を評価し、迅速に集学的治療を開始する。
【主な参考文献】
The American Society of Anesthesiologists Task Force on Operating Room Fires. Practice
advisory for the prevention and management of operating room fires. Anesthesiology 2008;
108:786-801
Kost, KM and Myers, EN. Chapter 68 Tracheostomy. (Eds. Eugene N. Myers. Operative
Otolaryngology –Head and Neck Surgery–). 2008, W.B.Saunders Company, Philadelphia and
London.
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気管切開術時の管理フロー
ハイリスク症例
高濃度酸素投与下である
電気メスを使用する
↓
<準備と確認>
・打ち合わせ:引火の危険性について注意喚起
知識や準備を確認
各自、事故発生時の役割分担と流れを確認
・気管チューブの位置確認、カフの確認
・経皮酸素モニター装着
・物品確認:
清潔ピッチャー、生理食塩水
・消毒液は乾燥確認後に覆布設置
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<術中>
・気管の切開時および気管開窓後には、電気メスを使用しない。
↓
☆☆やむを得ず、電気メス使用時☆☆
ピッチャーに生理食塩水を入れ、濡らしたガーゼ準備!
酸素濃度はできるだけ低く!
カフを膨らませ酸素を遮断!
↓
<発火発見>★各担当者が迅速に行動!マンパワー確保!
気管チューブ抜去
酸素止め
生理食塩水をかけ消火
↓
<鎮火>
・再挿管、マスク等で呼吸再開
・気道内に燃え残った気管チューブが胃遺残していないか確認
・気管支鏡で気道の状態を確認
・専門診療科にコンサルト、迅速に集学的治療を開始
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