マラウイへの誘い - 理工学部

随想
マラウイへの誘い
丸 山
敦
Atsushi MARUYAMA
理工学部環境ソリューション工学科
講師
Associate Professor, Department of Environmental Solution Technology
1.はじめに
「アフリカ?!罰ゲームで行かされるの?」
「いえいえ,研究したくて行くんですって!」
知人から冷やかされながら,2013 年 6 月,半年間
の長期国外研究員としてアフリカのマラウイ共和国
に旅立った.
マラウイ共和国はアフリカ大陸東南部の内陸国で
ある.アフリカ大地溝帯の南端部に位置し,世界有
数の古代湖マラウイ湖を有することで知られる(図
1).この湖に生息する魚類の種数は世界最多であ
り1),しかもそのほとんどが近縁の固有種である.
私の研究目標は,この多様な魚類群集を相手に「環
境 DNA」という新技術がどこまで通用するかを示
すことにあるのだが2),本稿では研究を離れて,半
年間のマラウイ滞在で見聞きした出来事を綴りた
い.読者の皆さん,特に若い方々の世界観が狭いこ
とに気づいてもらうきっかけになれば幸いに思う.
2.アフリカは危ないか?
図1
アフリカには危険なイメージがあるが,実際はど
マラウイの地図.マラウイ湖の長径はお
よそ 600 km,琵琶湖の 10 倍に相当する
うか.残念ながらイメージ通り,危険なところはと
てつもなく危険である.何しろアフリカから日本に
訪問者が危険な目に遭った話もよく聞く.私の滞在
届くニュースは内戦やテロなど悲しいものが多く,
中にも,ナイロビで銃乱射テロが起こったし,アン
― 25 ―
バサでは日本人ビジネスマンが強盗殺人に遭ってし
立公園の建物は村はずれの寂しいところにある.辺
まった.このレベルの危険に遭遇したら,個人で抗
鄙な場所だから,停電が週に 3∼4 度もあり,私た
えることは何もない.決して近づいてはいけない.
ちの研究計画も時々妨げられてしまう.しかし,こ
ただ,マラウイの友人たちが口を揃えて言うこと
こで暮らす人たちの苦労は比較にならないものだっ
がある.アフリカは 1 つではないことをちゃんと伝
た.
えてくれ,と.アフリカには 56 の国(と地域)が
いつものように停電していた 10 月のある晩,ネ
あり,その数はアジアやヨーロッパをも凌ぐ.さら
コを飼っているパークレンジャーの自宅で悲劇は起
にこの大陸は南北東西に広くて,ケニアやナイジェ
こった.飼い猫が捕まえたネズミや小鳥を飼い主の
リアで起こったことは,マラウイ人にとっても十分
ところに持ってくる,という話は日本でもよく聞く
遠い話なのだ.
が,このネコはアフリカの大自然の中で停電の夜に
私は今,半年間の滞在経験をもって,彼らマラウ
それをやらかしてしまったのだ.そのネコが持ち帰
イ人に 100% 賛同する.アフリカを一緒くたには語
ったのは,猛毒ヘビのコブラ.暗闇の中にいたレン
れない.では,実際のマラウイでの暮らしはどんな
ジャーの奥さんの前でネコに解放されたコブラは,
ものか.マラウイがどんなに素晴らしいところか.
レンジャーの奥さんを深く噛みつき,そのまま姿を
私の身の回りでおきた恐怖体験を通じて逆説的にア
消したのだった.
幸い,闇の中でもヘビの種類が分かったこと(ど
ピールしてみようと思う.
うやって?),すぐに病院に駆けつける手段があっ
2.1
たことから,血清が間に合って大事には至らなかっ
危ないネコのお土産
私たちが調査の拠点にしていたマラウイ湖国立公
たが,ネコが持ち帰ったコブラが原因の死亡事故は
園の臨湖施設はチェンベ村にある(図 1,写真 1).
時々あるらしい.ちなみに,ネコとコブラの対決
チェンベ村は観光客に人気の賑やかな漁村だが,国
は,ほぼ 100% ネコが勝つそうだ.ネコはどういう
わけかコブラに噛まれない術を身につけていて,だ
からこそコブラを悠々と生け捕りにして,この「安
全な獲物」を飼い主に見せに来るのだとか.
私はアフリカではネコを飼わないことに決めた.
2.2
暴れゾウの鼻
本格的な乾季が来ると,私たちの調査を手伝って
くれているマラウイ湖国立公園のパークレンジャー
たちが,リウォンデ国立公園に要請されて出張する
ことになった(図 1).リウォンデ国立公園はマラ
ウイ湖から流れ出るシレ川とその周辺の湿地帯に設
けられており,アフリカゾウ,カバ,ナイルワニな
どの大型水生動物がたくさん生息している(写真
2).例年,乾季になって食べ物が不足がちになる
と,ゾウが国立公園を脱けだして,周辺の農地を荒
写真 1
マラウイ湖国立公園のあるチェンベ村の様
子(上)と漁の準備をする男たち(下).
らすようになる.パークレンジャーたちのミッショ
ンは,そんな脱走ゾウを銃を駆使して追い戻すこと
― 26 ―
写真 2
リウォンデ国立公園のゾウの群れ.普段はゆったりと暮らしているのだ
が.手前にいるのはインパラ.
である.なんてワイルドな仕事だろうと思いつつ彼
今,ゾウを食べる機会が激減してしまい,ましてや
らを見送ったのだが,次に彼らと会った時,彼らの
鼻を食べるチャンスなんて滅多にない.今回のよう
仕事が私の想像を超える激しいものであることを知
に暴れて撃ち殺されたゾウは,まさに千載一遇の,
った.
鼻を食べるチャンスなのだそうだ.
どうやら今回の脱走ゾウたちはひときわ獰猛だっ
「あの立派な鼻はだれが食べたのか聞いたか」と
たらしい.リウォンデ国立公園から南に向かって森
か,「ブランタイヤのお金持ちがあらかじめ予約金
の木々をなぎ倒して進んでいった.体重 7 トン近い
を払っていたらしいぞ」とか羨ましそうに話してい
ゾウが時速 50 km で突進するのだから,村を通過
る彼らを見て,ああ,ちゃんとまだ,動物たちと共
する時の被害も凄まじい.家々を吹き飛ばし,4∼5
に生きているんだな,と思った.翻って私などは,
人の死者が出たとのことだ.
よく自分のひ弱さを顧みずに共生だとか生物多様性
たまらず国立公園は軍の出動を要請したが,銃弾
だとかの大切さを口にするのだが,まだ味も知らな
をくぐり抜けた 1 頭はさらに南下を続けて,マラウ
いこんな強烈な生物との共生を語る資格や覚悟は,
イ共和国第 3 の都市,ゾンバに至った.私が通って
私にはないような気がした.
いたマラウイ大学チャンセラー校のキャンパスも,
夜間知らぬ間に通り抜けていたらしい.結局このゾ
2.3
パークレンジャーと殴りあう
ウが最後に包囲されたのは,リウォンデ国立公園か
パークレンジャーはフィールドでは銃を携行して
ら 60 km も南だったから,大津から長浜まで走り
おり,上述のように人に危害を加える動物を抑える
続けたようなものだ.兵隊さんが麻酔銃を撃ち込ん
ことと,動物たちを密猟から守ることを主な仕事に
でもなお倒れず,その兵隊さんを体当たりで殺して
している.国境近くの国立公園では密猟者がとくに
しまった.ゾウの皮膚は厚さ 3 cm というから防弾
多いようで,人を守るよりも密猟者を撃つことの方
チョッキのようなもの,当たればどこでもいいとい
が多いこともあると言う.
カスング国立公園(図 1)を訪れた時は,ザンビ
うわけにはいかないのだ.狙撃の名手が額に実弾を
アから来たと思われる密猟者との銃撃戦の翌日だっ
撃ち込んで,ようやく一件は落着したという.
「それはそれは,ご愁傷様.
」と慰労の言葉を探し
たらしく,パークレンジャーたちにも多少の緊張感
ている私を尻目に,パークレンジャーたちは被害の
が残っていた.川へ案内してもらおうと,軍隊上が
話題から離れて,ゾウの鼻の話で盛り上がってしま
りのレンジャーを 1 人車に乗せて,かれこれ 10 km
った.ゾウの肉もかつてはよく食用にされていたら
ほど走ったころだろうか.何の前触れもなく,彼が
しく,中でもあの長いブラブラした鼻は絶品なんだ
私の頭を物凄いスピードでひっぱたいた.人にこん
そうだ.しかしゾウが世界的な保護対象になった昨
なに勢いよく叩かれたのは,中学校の部活以来だろ
― 27 ―
よくフィットしている.
3.1
言葉の壁
マラウイはイギリスの植民地であったため,中等
教育以上は英語で行われている.従って,どんな辺
鄙な村に行っても,誰かしら英語を話す人を見つけ
ることができる.ラオスやシベリアで言葉の壁に悩
まされた私にとって,これは非常にありがたい.経
写真 3
叩き落としたツェツェバエ.長く鋭い
口吻が特徴的.
験も価値観もまったく違う人たちとの会話は,まさ
しく旅の醍醐味である.
それでも,せっかく遙かアフリカまで来たのだか
うか.しかも相手は銃を持っている軍隊上がりの若
ら,できれば相手の言葉で話したいな,と思うよう
者だ.いやそれだけでなく,この銃で前日に密猟者
になった.早速勉強を始めたのだが,すぐにそれが
を撃ったのだ.驚きと恐怖が隠しきれない私の顔の
途方もない夢であったことに気づいた.マラウイ共
前に,彼は手を開いて叫んだ.
和国には少なくとも 40 程度の民族があると言われ,
それぞれが異なる言語を持っているのだ.調査のた
「ツェツェ!」
彼が叩いたのは,私の頭に止まろうとしていたツェ
めに町から町に移動するたびに,「こんにちわ」か
ツェバエだった(写真 3).ハエと呼ぶには余りに
ら勉強し直しになる.結局,チェワ語,トンガ語,
も長く鋭い口吻を持っており,血を吸われるともの
トンブカ語の 3 つで簡単な挨拶ができるようになる
すごく痛いらしい.しかし本当に怖いのは,このハ
のが精一杯だった.
エに刺されるとトリパノソーマという原虫に感染
もう 1 つ,現地の言葉が身につかない理由(言い
し,「ねむり病」にかかることである.ねむり病は
訳?)がある.困らないのだ.英語が話せないから
治療の難しい感染症で,年間 1∼4 万人が亡くなっ
といって気後れするような人は滅多にいない.いつ
ているとされる.ワクチンが開発困難のため,予防
でもどこでも誰にでも,気さくに声を掛けてくれ
方法はハエに刺されないことしかない.要するに,
る.揉めることもなく,話が通じなくてものんびり
刺される前に必死に叩き殺すしかないのだ.
解決していく.2 ヶ月同行してくれた卒論生の森口
そんな説明が終わらないうちに 2 発目を喰らっ
君も,そこが一番気に入ったらしい3).
た.私たちはしばらくの間,お互いの命を守るため
に叩き合った.これは怖かった.
3.2
長すぎるおしゃべりも無駄ではない
気さくなのは大いに結構だが,立ち話が長すぎて
3.マラウイの人たち
閉口することもある.例えば,調査地への移動中に
生態学者としてマラウイの魅力を語るなら,やは
運転手さんが知人に会うと,仕事そっちのけで話し
り湖魚の種数で堂々の世界一を誇るシクリッド魚類
込んでしまう.調査中に漁師さんと話が盛り上がっ
だ.しかし,小学生時代から一人旅を趣味にしてき
てしまって,手が止まってしまうパークレンジャー
た私としては,旅行先や滞在地としてのマラウイも
もいる.せわしい日本から来たばかりの頃は,とく
自信を持ってお薦めしたい.なぜなら,この国の人
に気になってしまう.
たちはとても人なつこくて暖かい.この国の観光キ
しかし,この一見無駄に思えるおしゃべりが,実
ャッチフレーズ「Warm Heart of Africa」が,実に
は調査をはかどらせたり,命を救ったりするのに役
― 28 ―
立っていることが分かってきた.例えば新しい調査
地を求めて移動している時,インターネットでもガ
イドブックでも旅の情報は得られないから,日頃の
「おしゃべり人脈」だけがものをいう.運転手やレ
ンジャーが知人から入手してくれた情報に幾度も救
われたものだ.また,ある調査地では,水中に設置
していたメジャーが紛失した.警察の目も届かない
ようなところだから,置きっぱなしにした自分が悪
かったなと諦めていた.ところが数日後,おしゃべ
りが縁の漁師さんづてでメジャーが帰って来たのだ
写真 4
ニャウの衣装をまとった村男,20 クワ
ッチャで「解放」してくれた.
(もちろん誰が盗ったかは分からない形で).
ある時,私たちの車が故障して,村はずれで立ち
だのだ.男の顔は赤い仮面で覆われている.裸の上
往生したまま夜を迎えてしまったことがあった.も
半身にはボディーペイントが施されており,頭には
ちろん JAF のようなロードサービスもなければタ
たてがみのようなフサが載っている.尋常ではな
クシーもない.携帯電話にリストされた知人から知
い.急停車した車の前で獣のように飛び跳ねている
人をたどり,なんとか救援を呼べた時に,自分も少
しだけこの国の住民になれた気がして心底うれしか
(写真 4)
.
「お金すぐ出る?」
と運転手がいうので,強盗かなと思った.いくら?
ったのを覚えている.
と聞いた私も今思えば間抜けだが,運転手の答えは
3.3
意外な金額を提示した.
貧困と治安
マラウイが平和で安全な国だとは言っても,周辺
「20 クワッチャくらいかな.」
には紛争地域があるアフリカの国であるから,都市
20 クワッチャは日本円で 5 円くらいである.私の
部では日本のようには気を抜いて暮らせない.特に
値段はそんなものかとガッカリしたが,出費は安い
都市と農村の境目にはスラムが広がりつつあり,貧
に越したことはない.20 クワッチャを渡すと,男
困と無秩序がはびこりつつある.私の滞在中も,調
は次の獲物(?)を探しに立ち去った.
査を手伝ってくれた仲間のうち 2 人までもが,暴漢
「さあ説明してくれ,今のはどういうこと?」私
に襲われて身ぐるみ剥がされてしまう傷害事件の被
が必死になって聞くと,同乗者は一斉に吹き出し
害者になってしまった.
た.
自分の身を守ってくれるのは,いつどこが危ない
この仮装は,ニャウなどと呼ばれる,マラウイか
かを嗅ぎ分ける感性と,常に情報を提供してくれる
らザンビアにかけて見られる古い風習だそうだ.後
ネットワークを築く努力なのだろうと思う.
日,民族学博物館でそっくりの衣装が展示されてい
るのを発見した.ある民族では成人の儀式として,
3.4
あのいでだちで 1 ヶ月間,動物として森で暮らさな
動物になりきる村人たち
実は私もある意味で「強盗」に遭った.ただし,
ければいけないらしい(その間,法律が適用されな
いという説もある).また別の民族では,収穫のお
こちらは微笑ましい思い出だが.
チェンベからゾンバに向かう湖沿いのデコボコ道
祝いとしてあの仮装で動物的に喜びを表現するらし
を「気持ちよく」車で走っている時だった.突然,
い.そして私が遭遇したのは,村でよくある「ただ
前方の茂みから半裸の男が飛び出してきて道を塞い
の遊び」なんだそうだ.すっかり怖じ気づいた私の
― 29 ―
顔はさぞかし仮装の主を喜ばせたことだろう.
こんな人騒がせな遊びが受け入れられるほど,マ
ラウイの農村部はまだまだ平和でコミカルなところ
だということだろう.
4.マラウイ大学との学生交換協定
こんな素敵な国マラウイがより身近になる.2014
年より,私がお世話になってきたマラウイ大学チャ
ンセラー校と龍谷大学との間で「一般協定」「学生
交換協定」が締結された.
協定以前より,龍谷大学から 3 名の教員と 6 名の
学生がマラウイ大学を訪れているし,龍谷大学にマ
写真 5
ラウイ大学の教員を招いてもいる.共同研究を通じ
てお互いの学生を実質的に指導した経験もある.し
イギリス植民地時代の名残を感じるマ
ラウイ大学本部(上)と生物学実験室
(下).実験室の左奥にはゾウの下顎骨
格がありがたみもなく転がっている.
かし,上記の協定によって,両大学の交流がより容
易に,より活発に,より公式に行われることが期待
・人文学部
される.この紙面を借りて,マラウイ大学を簡単に
・法学部
4)
紹介したい .
・教育学部
・社会学部
4.1
マラウイ大学
マラウイ大学は,1964 年に国の独立とともに設
4.3
立された,マラウイ共和国随一の国立大学である.
理学部
龍谷大学との交流が盛んに行われてきたのは,チ
1997 年にムズズ大学が設立されるまでの 34 年間
ャンセラー校の理学部である.理学部には以下の 7
は,マラウイ唯一の大学であった.ドマシ農業学校
つの学科が開設されており,1,200 人の学部生と 100
が大学として独立した 2014 年現在,以下の 5 つの
人の大学院生が勉学,研究に励んでいる.
カレッジで構成されている.
・生物学科(Biological Sciences)
・チャンセラー校(本部,ゾンバ所在)
・化学科(Chemistry)
・医学校(ブランタイヤ所在)
・コンピューター科学科(Computer Sciences)
・カムズ看護学校(リロンゲ,ブランタイヤ所在)
・地学科(Geography and Earth Sciences)
・総合技術校(ブランタイヤ所在)
・人間生態学科(Human Ecology)
・ドマシ教育学校(ドマシ所在)
・数学科(Mathematical Sciences)
・物理学科(Physics)
4.2
チャンセラー校
マラウイ大学の設立とともにゾンバに開設された
中枢校である(写真 5).300 人の教育スタッフが在
籍し,7,000 人を超える学生が学ぶ.5 学部 27 学科
謝辞
マラウイ滞在中,公私にわたり私を助けてくれたマラ
ウイ大学の B. Rusuwa 氏,W. Changadeya 氏,Y. Kazembe
氏,R. Zatha 氏ほか各位に,また,面白い話を聞かせてく
を擁する.
れたマラウイ共和国立公園の K. Tenguwa 氏,F, William
・理学部
氏ほか各位に対し心からお礼を申し上げたい.不在中の
― 30 ―
講義を引き受けてくれた山中裕樹氏はじめ理工学部の諸
(2001)
.
先生方,遠隔地からの指導にも関わらず立派な研究を続
2)丸山敦,B. Rusuwa,源利文,山中裕樹,近藤倫生.
けてくれた丸山研究室の学生諸氏,大学間協定締結に向
環境 DNA を用いた魚類群集の種多様性と現存量の推定
けて尽力してくれた理工学部教務課の曾我彩音氏にも,
法の実用化:適応放散の現場で.科技研ジャーナル,
深謝する.
龍谷大学科学技術共同研究センター,印刷中(2014)
.
3)森口滉也.アフリカのマラウイを肌で感じて,味わ
引用文献
って.龍谷大学理工ジャーナル
25(2)
,19−20(2013)
.
1)Turner, G. F., Seehausen, O., Knight, M. E., Allender, C.
4)University of Malawi ウェブサイト:
J. & Robinson, R. How many species of cichlid fishes are
http : //www.unima.mw/(2014 年 8 月)
there in African lakes ? Molecular Ecology 10, 793 − 806
― 31 ―