RAID仮想化技術

RAID仮想化技術
Technology of Storage Virtualization
あらまし
近年,国内企業が保有する情報(データ)量は,爆発的に増加している。その一方で,
ITシステムを担当するIT管理者(ストレージ管理者)数は,横ばいから微増程度にとどま
り,管理者一人あたりの管理すべきストレージ容量,機器数は,年々増加している。これに
より,IT管理者には,ストレージ運用管理面でいくつかの課題が増えている。
これらの課題解決の一つとして,富士通は,ストレージエリアネットワーク(SAN)層
でのストレージ仮想化に着目し,複数の物理ストレージ装置(ディスクアレイ)を束ね,一
元管理を可能とする技術を開発してきた。
本稿では,バーチャリゼーションスイッチ“ETERNUS VS900”におけるストレージ仮
想化を実現するOut of Band方式,様々なストレージ運用を見据えた仮想化オブジェクト,
業務停止をなくしたデータ移行機能(データマイグレーション)について述べる。
Abstract
Recently, the amount of information (data) has been greatly increasing in Japanese
companies while the number of IT administrators (for storage) remains unchanged or is
increasing only slightly. Under these circumstances, the number of storage capacities and
systems that each administrator has to manage is increasing every year. Consequently, the
administrators are having a number of problems in operating and managing storage. As
one way of solving these problems, Fujitsu has focused on storage virtualization in storage
area networks and developed technologies to enable centralized management by
consolidating multiple physical storage systems (disk arrays). This paper shows these
technologies including the Out-of-Band method for realizing storage virtualization in the
virtualization switch ETERNUS VS900, virtualization objects focused on various storage
operations, and data migration functions for non-stop operation.
大村英明(おおむら ひであき)
ストレージシステム事業部
SAN/NASグループ 所属
現在,バーチャリゼーションスイッ
チのファームウェア開発に従事。
FUJITSU. 60, 3, p. 247-252 (05, 2009)
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RAID仮想化技術
ま え が き
企業を取り巻く環境の変化に伴い,経営を支える
ITシステムは,複雑化,多様化している。その中
の一つの変化として,近年,国内企業が保有する情
報(データ)量は,爆発的に増加している。その一
方で,経営を支えるITシステムを担当するIT管理
者(ストレージ管理者)数は,横ばいから微増程度
データ移行ツールを実現したバーチャリゼーション
(1),および「SN200
スイッチ“ETERNUS VS900”
(2)
モデル540搭載のバーチャリゼーションブレード」
を製品化した。
本稿では,ストレージ仮想化を実現した
ETERNUS VS900における取組みを述べる。
ストレージエリアネットワーク層での仮想化
にとどまり,管理者一人あたりの管理すべきスト
ストレージを仮想化する方法には,いくつかの方
レージ容量,装置数は,年々増加している。このよ
法がある。これまでの技術では,サーバ側に仮想化
うな状況の中,IT管理者には,「データ量増加への
のソフトウェア/アプリケーションを導入する方法
対応」のほかに,ストレージ運用管理面で「TCO
や,ストレージ装置単体で装置内の物理ディスクを
削減」
,
「無停止運用」
,
「環境への配慮」なども求め
仮想化する方法が一般的であった。しかし,これら
られ,大きな課題や悩みになっている。
の方法は,仮想化の範囲が一つのサーバ,もしくは
(1) 管理対象装置の増大
データ量の増加によって,管理対象のストレージ
装置が増えるに従い,システム構成が複雑となり,
IT管理者の管理も行き届かなくなる。
(2) 遊休スペースの散在
SANストレージは,空きスペースが装置ごとに
あり,散在している。
(3) 頻繁なストレージ割当て要求
経営を支えるITシステムにおいて,急な業務の
都合によるストレージ割当て要求に対し,迅速で柔
一つのストレージ装置に限定され,複数のストレー
ジをまとめて仮想化することや複数のサーバに共通
に仮想化を提供することが困難であった。
サーバとストレージ装置の間にあるストレージエ
リアネットワーク層でストレージを仮想化すること
ができれば,そのネットワークに接続されるすべて
のストレージ装置を仮想化でき,サーバには仮想化
したストレージを提供できる(図-1)。そこで,仮
想化技術を取り込んだファイバチャネルスイッチの
開発に着手した。
軟な対応が求められている。
(4) 運用コストの増大
運用コスト削減は,IT管理部門の重要な課題の
サーバ群
一つになっている。このため,運用管理一元化によ
る運用コストの削減,または設置場所,消費電力な
どのファシリティコストの低減が必要となっている。
(5) ストレージ装置入替えの煩雑
ストレージエリア
ネットワーク層
製品サイクルの度に発生するストレージ装置の入
仮想ディスク
替えは,データ量が増加するに従い,「データ移行
に時間がかかる」,「業務を長時間停止できない」,
ストレージプール
「システム構成の見直しが煩雑」などという課題を
SAN
生んでいる。
これらIT管理者の課題,もしくは経営を支える
ITシステムの課題を解決するため,ITシステムに
複数存在するストレージ装置をまとめる(一元化)
ための仮想化技術に着目し,取り組んだ。この結果,
ストレージエリアネットワーク(SAN)層での仮
想化技術を追求し,お客様の課題である柔軟なスト
レージ運用,運用管理一元化,コピー機能による
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ストレージ装置群
図-1 ネットワーク層でのストレージ仮想化
Fig.1-Chart of virtualization conception.
FUJITSU. 60, 3, (05, 2009)
RAID仮想化技術
Out of Band方式を実現するハードウェア
イバチャネルスイッチ上に,富士通が開発した仮想
化技術のソフトウェア(以下,ファームウェア)を
ストレージエリアネットワーク層での仮想化方式
実装した。管理サーバで作成した仮想ストレージの
には,大きく分けて二つの方式があり,In Band方
構成定義(物理ディスクと仮想ディスクのマッピン
式とOut of Band方式と呼ばれている。
グ情報)をASIC内のメモリに記録することで,仮
In Band方式は,サーバとストレージ間で転送さ
想ディスクへのRead/Write アクセスをファーム
れるデータをいったん仮想化装置に取り込み,そこ
ウェア(CPU)を介すことなくハードウェア処理
でソフトウェアにより仮想化のための処理が行われ
。
することを可能とした(図-3)
るため,仮想化装置が性能上(ソフトウェア/CPU
ストレージ仮想化の技術
能力)のボトルネックになりやすいという欠点が
一般に,仮想化とは,システム上の様々な資源
ある。
Out of Band方式では,ストレージ装置,論理ボ
(CPU,メモリ,ストレージ,ネットワークなど)
リューム(LUN)などの管理情報のみ仮想化装置
を,物理的な単位を隠蔽 して論理的な単位で利用
で処理し,データは仮想化装置を経由しないため処
できるようにする技術の総称である。その中で,ス
理が不要である。このため,仮想化装置によるボト
トレージ仮想化とは,物理ディスクの属性(サイズ,
。
ルネック影響を抑えられる(図-2)
ディスク種,RAID種,格納筐体など)にとらわれ
ぺい
富士通は,性能影響を抑えたOut of Band方式で
ることなく,任意のサイズ,任意の筐体といった論
仮想化技術の検討を開始した。Out of Band方式の
理的属性を持つディスクとして利用可能とする技術
実現には,ブロケード社のファイバチャネルスイッ
である。
チ(3)を選定した。
ストレージ仮想化の実現は,仮想的なディスクと
ブロケード社のファイバチャネルスイッチは,仮
物理ディスクのマッピング情報を基に,仮想から物
想化処理を行う専用のASIC(Application Specific
理,物理から仮想へとデータを受け渡すことにある。
Integrated Circuit)と呼ばれる高速なチップを搭
ETERNUS VS900では,このほかにも,様々なIT
載している。このASICは,受信したファイバチャ
システム(ストレージ運用)の要求に対し,柔軟に
ネルのフレームのヘッダ部分に含まれるアドレス情
応えるために以下のようないくつかの仮想化オブ
報を基にスイッチングする処理に加え,アドレス情
。
ジェクト(部位)を用意した(図-4)
報を「仮想から物理」,または「物理から仮想」へ
(1) 仮想ストレージプール
変換し,付替えを行う仮想化処理を実現している。
仮想ストレージプールとは,ETERNUS VS900
ETERNUS VS900は,このブロケード社のファ
に接続されたSANストレージ装置の物理ディスク
In
In Band方式
Band方式
Out of Band方式
サーバ
業務サーバ
業務サーバ
VS900
仮想化
管理装置
SAN
SAN
SAN スイッチ
データ
管理情報
ストレージ
SAN
SAN
仮想化
管理装置
VS900採用方式
ストレージ
図-2 ネットワーク層での仮想化方式
Fig.2-Virtualization at storage area network layer.
FUJITSU. 60, 3, (05, 2009)
ポート
ポート
ポート
ポート
CPU
データ
管理情報
ASICによる
高速仮想化処理
ストレージ
図-3 Out of Band方式を実現したハードウェア構造
Fig.3-Hardware structure and data transmission
method.
249
RAID仮想化技術
を取り込むための器である。
イッチ(ハードウェア)に任せることで,最小オー
物理ディスクの取込みは,ETERNUS VS900内
のファームウェアがあたかもサーバのように,ス
バヘッドを可能としている。
(3) 仮想筐体/仮想ターゲット
ETERNUS VS900は,物理ストレージ装置と同
イッチに接続されたストレージ装置に対して,
Inquiryコマンドなどの情報取得コマンドを発行し,
様に,仮想ストレージにおいても論理的な集団で束
各ストレージ装置の装置情報,ストレージ種別,物
ねられる枠(仮想筐体)とサーバとのデータ転送を
理ディスク容量を取得する。これらの情報は,
行う入出力ポート(仮想ターゲット)を設けた。仮
ETERNUS VS900 と 管 理 ソ フ ト ウ ェ ア で あ る
想筐体に仮想ターゲットを加え,この仮想ターゲッ
ETERNUS SF Storage Cruiser(4)によって保持さ
トに仮想ディスクを接続(LUNマッピング)する
れる。ストレージ管理者は,管理ソフトウェアを利
ことで,スイッチ上で仮想のストレージ装置を構築
用するだけで,用途に合わせて作成した仮想スト
できるようにした。
レージプールによる物理ディスクの管理が可能とな
仮想筐体,仮想ターゲット,仮想ディスクの構成
り,スイッチに接続された複数のストレージ装置の
定義は,管理ソフトウェアとETERNUS VS900内
統合管理(一元化)ができる。
のファームウェアで保持され,サーバからの
FC/SCSI プロ トコ ルでの 装置 識別に 使用 される
(2) 仮想ディスク
仮想ディスクとは,サーバへ提供する論理ボ
InquiryコマンドやMode Senseコマンドに対して,
リューム(LUN)のことである。仮想ディスクは,
ETERNUS VS900のファームウェアが仮想スト
仮想ストレージプールに登録されている物理ディス
レ ー ジ 装 置 の 管 理 情 報 を 応 答 す る 。 ETERNUS
クを1個,ないし複数個から,任意の容量で作成す
VS900が,仮想ストレージ筐体に閉じた管理情報
ることができる。
を応答することで,ストレージ仮想化による統合管
サーバから仮想ディスクへのアクセス要求は,
ETERNUS VS900内のASICに記録されたマッピン
理においても,物理的に守られていたセキュリティ
を実現した。
グ情報を基に物理ディスクを特定し,アクセス要求
ストレージ運用管理の一元化
を振り向ける。これにより,サーバは実データにア
クセスが可能となる。この一連の処理を仮想化処理
ストレージ仮想化の第一の目的は,ストレージ運
用のファームウェアではなく,ファイバチャネルス
用の改善,効率化にある。このため,SAN管理ソ
サーバ
ETERNUS VS900
VT
VT
VT
仮想ディスク
仮想筐体/仮想ターゲット
仮想ストレージプール
VT
ストレージ管理者
仮想筐体 A
仮想筐体 B
管理ソフトウェア
ETERNUS SF
Storage Cruiser
ストレージ
図-4 ETERNUS VS900が提供する仮想化オブジェクト
Fig.4-Virtualizations object on ETERNUS VS900 fiber channel switch.
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FUJITSU. 60, 3, (05, 2009)
RAID仮想化技術
フトウェアであるETERNUS SF Storage Cruiser
生するデータ移行作業に有効な機能である。
データマイグレーション機能は,サーバへ提供し
により,物理ストレージと仮想ストレージの一元管
ている仮想ディスクに対し,コピー先となる新規の
理を実現し,SANストレージ管理を強化した。
ETERNUS SF Storage Cruiserは,ストレージ
物理ディスクを追加し,仮想ディスクに物理ディス
以外のサーバやスイッチ,テープライブラリ装置を
クを1対2でマッピングしたMirror Volume構成を作
含めたSAN環境の物理的な接続状態をグラフィカ
成する。仮想ディスクに対するサーバからのWrite
ルに表示,操作することができる。このSAN管理
アクセスは,ETERNUS VS900内のASICによりコ
ソフトウェアに仮想ストレージを管理,運営するた
ピー元先への二つのWriteコマンドを新たに作り,
めの機能を追加し,先ほど説明したような仮想スト
コピー元の物理ディスクとコピー先の物理ディスク
レージプールへの物理ディスクの取込み,仮想スト
へ書き込む。Readアクセスは,元の物理ディスク
レージ筐体の作成,仮想ディスクの割当てなどの操
から読み出す。また,サーバからのアクセスとは非
作を基本機能として追加した。
同期にETERNUS VS900自身がコピー元の物理
一般的に,ストレージ仮想環境では,ストレージ
ディスクからコピー先の物理ディスクへコピーを行
装置内の物理ディスクが故障した場合に,そのディ
う。コピーは,ETERNUS VS900内のファーム
スクがどの論理ディスクに影響するか,またはどの
ウェアが装置内のメモリ(バッファ)を使用して,
サーバや業務に影響するかが把握しにくい課題があ
コピー元の物理ディスクからReadコマンドでデー
る。本管理ソフトウェアで物理と仮想のストレージ
タを読み込み,コピー先の物理ディスクへWriteコ
環境を管理することにより,障害の影響範囲を,
マンドで書き込む。この処理をコピー対象範囲の先
サーバ,業務アプリケーションに至るまで,一つの
頭から順次繰り返し,物理ディスクの複製を作成す
管理画面上から確認でき,障害時の復旧に迅速に対
る。コピーが完了した後,元の物理ディスクをマッ
応することが可能となる。
ピング情報から外し,仮想ディスクとコピー先の新
規物理ディスクを1対1で再マッピングしてマイグ
無停止運用への対応
。
レーション完了となる(図-5)
ETERNUS VS900は,
「データマイグレーション
サーバがアクセスしている仮想ディスクは,デー
機能」と「レプリケーション機能」の二つの高機能
タ移行前と後で変わることがないため,物理スト
なコピー機能を装備した。とくに,データマイグ
レージ装置の入替え時のサーバ側の設定変更(シス
レーション機能は,ストレージ装置の入替え時に発
テムの見直し)が不要である。これにより,24時
移行前
サーバ
移行処理中
業務
アプリケーション
Read / Write
VS900
移行完了後
業務
アプリケーション
Read
Read / Write
Write
VS900
仮想
ディスク
業務
アプリケーション
業務影響なし
VS900
移行前と同じ構成の
仮想ディスク
ストレージ
物理ディスク
(移行元)
物理ディスク
(移行先)
物理ディスク
(移行元)
物理ディスク
(移行先)
物理ディスク
(移行元)
物理ディスク
(移行先)
図-5 データマイグレーション機能
Fig.5-Data Migration function.
FUJITSU. 60, 3, (05, 2009)
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RAID仮想化技術
間365日の無停止運用が求められるシステムにおい
富士通は,お客様が保有する様々なデータを,そ
ても,業務を停止することなくストレージ装置の入
の特性とライフサイクルに応じ,安心,便利に利用
替えを可能とした。
できるストレージ技術,ストレージソリューション
む
す
び
本稿では,ストレージ管理者の抱える課題からス
トレージエリアネットワーク層でのストレージ仮想
を提供し続けていく。
参 考 文 献
(1) 富士通:ETERNUS VS900 モデル300.
化が生まれた背景を説明し,バーチャリゼーション
http://storage-system.fujitsu.com/jp/products/switch/
スイッチETERNUS VS900におけるストレージ仮
vs900/
想化技術について述べた。
年々増加するデータ量に対し,IT管理者(スト
(2) 富士通:ETERNUS SN200 ファイバチャネルス
イッチ.
レージ管理者)は日々のストレージ運用にかかる管
http://storage-system.fujitsu.com/jp/products/switch/
理コストやストレージ装置の入替えによる運用停止
sn200/
やサービスの低下などの課題を抱えている。スト
(3) ブロケード:Brocade 7600アプリケーション・プ
レージエリアネットワーク層でのストレージ仮想化
ラットフォーム.
技術は,IT管理者(ストレージ管理者)の抱える
http://www.brocadejapan.com/products/application/
課題を解決するための一つの手段である。サーバ仮
7600.php
想化より成熟していないストレージ仮想化は,導入
(4) 富士通:ストレージ基盤ソフトウェア
を見送るケースもあったが,今後ストレージ仮想化
ETERNUS SF.
技術も拡大していくと考えられ,導入を進める企業
http://storage-system.fujitsu.com/jp/eternus-sf/
が増加すると思われる。
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FUJITSU. 60, 3, (05, 2009)