3A11-3A15 気相

3A11
イオン液体分子線を用いた気-液界面溶解ダイナミクスの研究
(大阪大学理学研究科 1,立命館大学理工学部 2)松浦 裕介 1,寺本 高啓 2,○大山 浩 1
Study on dissolution dynamics at the gas-liquid interface by using an ionic
liquid beam
(Graduate School of Science Osaka University1, Department of Electrical & Electronic
Engineering, Ritsumeikan University2) Yusuke Matsuura1, Takahiro Teramoto2, ○Hiroshi
Ohoyama1
[序] 気―液界面での動的過程(エネルギー移動・分子移動・反応)は、不均一系での基礎的かつ
重要な多くの現象(例えば、溶解過程、蒸留過程さらには生物の呼吸・細胞膜の分子移動等)と
深く関わっている。しかしながら、これら基礎的過程の衝突ダイナミクスに関する直接研究はほ
とんどない。今回、蒸気圧の極めて低いイオン液体等を液体フィルム分子線として真空中に噴出
し、これに量子状態制御した分子線を照射し、内部状態選別微分散乱断面積の測定から「気-液界
面でのエネルギー移動・分子移動・反応過程におけるダイナミクス研究」という新規研究領域を
創出することを目的として装置開発を行った。
本研究では、イオン液体フィルム分子線に CO2 分子線を衝突させ、King and Well 法により溶
解確率を求め、そのイオン液体の液温依存性から溶解メカニズムについて考察した。
[イオン液体分子線の開発] イオン液体フィルム分子線発生のため、図1に示す循環システムを
有するイオン液体フィルム分子線衝突実験装置を試作した。均一で薄い膜厚の液体フィルムの発
生を可能にするため、様々な形状のノズルチップを試作し、最適化した。 イオン液体
[C4min][NTf2]に対して得られた液体フィルムの写真を図 2 に示す。約 10mm 幅のフィルム分子
線が形成されている事が分かる。また、分子線の衝突入射角を可変とするため、ノズルを回転可
能とした。さらにイオン液体の粘性が、液温に非常に敏感であるため、熱電対及び冷却水循環系
を組み合わせた制御システムを構築し、これにより安定した液体フィルムの発生を実現した。
図 1 イオン液体フィルム分子線衝突実験装置
図 2 イ オ ン 液 体
[C4min][NTf2]の
フィルム分子線
[膜厚測定] 真空中のイオン液体[C4min][NTf2]フィル
ム分子線に、1mm にコリメートした白色 LED 光を入
射角 45 度で照射し、
鏡面反射方向で反射光を測定した。
冷却マルチチャンネル分光器により光源及び反射光の
スペクトルを測定し、これより反射率スペクトルを求
めた(図 3)。反射率スペクトルには、液体フィルム分子
線の表面と裏面からの反射光の干渉縞が観測され、光
学精度の均一な膜が生成していることを確認した。干
渉パターンから算出した流量(1.1 mLs-1)、液温(23 ℃)
における膜厚は 3.4 m となった。膜厚は、循環の際の
流速・温度条件を変えることで 2-4m の範囲で制御
可能である。このように気―液界面での衝突ダイナミ
図 3 イオン液体[C4min][NTf2]フィル
クスに必要不可欠な光学精度の均一なイオン液体フィ
ム分子線の反射率スペクトル
ルム分子線を真空中で発生させることに成功した。
[ [C4min][NTf2]への CO2 溶解過程 ] イオン液体[C4min][NTf2]フィルム分子線に、3 段差動排
気して1mm にコリメートした CO2 分子線を衝突させ、質量分析計(m/e=44) を用いて、King and
Well 法により、溶解確率を求めた。法線方向から入射した場合の測定結果の例を図 4 に示す。図
1 の様に、ビームフラッグ(BF)を in-out することで、[C4min][NTf2]フィルム分子線への CO2
分子線衝突を変調すると溶解により信号強度が減少するのが分かる。また、各 BF in-out の間に、
ビームストップ(BS)を in-out して CO2 分子線を変調し、バックグランド信号の長期変動の寄
与を取り除いた。溶解確率は、𝐒 = (𝐈𝐁𝐅−𝐢𝐧 − 𝐈𝐁𝐅−𝐨𝐮𝐭 )/𝐈𝐁𝐅−𝐢𝐧 で定義する。
図 5 に CO2 分子線の法線入射条件下での溶解確率の液温依存性を示す。イオン液体への気体溶
解においても、平衡状態での溶解確率は温度の上昇とともに低下することが一般に知られている。
一方、本研究では,液温の上昇に伴い溶解確率が増加する逆の結果が得られた。
一般に、気-液界面での溶解過程は、右に示すように、気
kads
体(ng)⇔界面(ns)吸着・脱離過程、界面(ns)⇔バルク(nl)
間の分子移動過程よりなると考えられている。一方、本研究
g kdesorb s
l
条件下では、バルクから界面への分子移動過程(nl → ns)は無
ksol
視できるため、溶解初期過程のみを選択的に測定していると
期待される。
液温の上昇に伴い溶解確率が増加することから、界面吸着を経ない新たな溶解機構の存在が期
待できる。そこで、イオン液体密度の温度変化から自由空間が界面上で占める面積の温度依存性
を評価すると、溶解確率と良い相関が得られた(図4実線)。これより、イオン液体の熱運動に伴い
生じる自由空間を経由したバルク層への直接溶解機構(ng → nl)が考えられる。CO2 以外の気体
の結果も含め詳細については当日発表する。
n
図 4 [C4min][NTf2]への CO2 溶解過程の
King and Well 法による測定
n
n
図 5 イオン液体[C4min][NTf2]フ
ィルム分子線への CO2 溶解確率の
液温依存性
3A12
原子・分子の多光子吸収過程の偏光依存性
―球対称モデルに基づく動力学的解析―
(東北大院理) 稲田 裕允, 菅野 学, 河野 裕彦
Laser-polarization effects on atomic/molecular multiphoton excitation:
Dynamical analysis within a spherical model
(Graduate School of Science, Tohoku Univ.) Nobuyoshi Inada, Manabu Kanno, Hirohiko Kono
【序】 近年、アト秒からフェムト秒の超短レーザーパルスの偏光を利用して、原子・分子の電
子ダイナミクスを制御できるかという問題が注目を集めている。Hertel らは高強度近赤外フェム
ト秒レーザーパルスによるフラーレン C60 の多光子イオン化実験を行い、1.0 × 1014 W/cm2 以下の
光強度では、円偏光パルスで生成するカチオンの収量が直線偏光パルスの場合と比べておよそ 2/3
となることを見出した[1]。彼らは収量の違いをイオン化の過程で経由する電子励起状態への 2 光
子吸収過程の偏光依存性に起因すると考えた。そして、1 つの電子が光からエネルギーを獲得し
ていく単一活性電子モデルに基づき、光の進行方向を量子化軸とした方位量子数 l と磁気量子数 m
で指定される角運動量固有状態|l,mを基底とし、任意の偏光における N 光子吸収過程を記述でき
る逆ピラミッド型(N+1)(N+2)/2 準位モデルを立てた(図 1 参照)
。Hertel らは摂動論の枠内で、(i)
非共鳴 N 光子吸収、(ii)全ての角運動量固有状態間の遷移モーメントの大きさが等しい、という 2
つの条件を仮定して遷移確率を求め、2 光子吸収(N = 2)の場合にイオン収量比が 2/3 になるこ
とを再現した。しかし、彼らのモデル解析には、摂動論の適用限界や導入された仮定の妥当性な
ど検証すべき点も多い。
本研究の目的は、非摂動論的な領域や共鳴条件も含めて原子や球対称分子の多光子吸収過程の
偏光依存性を調べ、その主要因子を明らかにすることである。そのために Hertel らの逆ピラミッ
ド型モデルを一般化し、時間依存 Schrödinger 方程式を解く動力学的な理論計算を行った。
【モデルの一般化】 2 光子吸収(N = 2)の場合、Hertel
高励起状態
らの逆ピラミッド型 6 準位モデルでは基底状態|0,0と l = 2
の状態(|2,0および|2,2)が 2 光子共鳴する。我々は図 1
Γ
|2,+2
|2,0
|2,−2
2
2
2
で示すように、1 光子共鳴からのずれを表すパラメーター
Δω を導入し、中間状態|1,1のエネルギーを可変とした。
また、角運動量固有状態間の遷移モーメントの大きさをパ
ラメーターとして 1 , 2 , 2 とおいた。更に、l = 2 の状態
Δω
|1,−1
1
からより高い励起状態への遷移を考慮するために現象論的
ω
|0,0
な速度定数 Γ を導入した。
【イオン化の評価方法と計算条件】
|1,+1
光子
ω
系の電子波動関数を
図 1 の 6 準位で展開したときの展開係数の運動方程式を数
値的に解いた。全分布の減衰を指数関数でフィッティング
図 1
一般化された逆ピラミッド
型 6 準位モデルの概略図。それぞれ
の記号の意味は本文中に記載。
してイオン化速度を求め、その偏光依存性を解析した。レーザー電場としてイオン化速度を定義
し易い連続波を仮定し、光子エネルギーは 6.0 eV、光強度は 3.5 × 1010 W/cm2 と設定した。
【結果と考察】 図 2a は全ての遷移モーメントの大きさ
0.80 (a)
偏光/直線偏光)を速度定数 Γ に対してプロットしたもの
である。共鳴(Δω = 0)と非共鳴(Δω = 3.0 eV)のどちら
の条件でも図 2 に示した Γ の全領域でイオン化速度比がほ
ぼ 2/3 になった。各準位の分布の時間変化を詳しく解析し
たところ、l = 2 の状態への遷移速度が小さく、摂動論的
に扱えることを見出した。そこで、Fermi の黄金律を適用
すると l = 2 の状態への遷移速度比(円偏光/直線偏光)は
22
22 2  22
(1)
と導かれ、 2  2 と仮定すれば 2/3 が得られる。l = 2 の
状態への遷移が摂動論的に扱えるとき、その遷移速度とイ
Ionization rate ratio (Circular / Linear)
が等しい場合
( 1  2  2  1.27 D )のイオン化速度比(円
Resonant ( = 0)
Nonresonant ( = 3.0 eV)
0.75
0.70
0.65
1.55 (b)
1.50
1.45
1.40
0.001
0.01
0.1
1
1
Rate constant  (fs )
図 2
(a)全ての遷移モーメントの大
オン化速度は比例するとみなせる。これらのことから、
きさが等しい場合(1.27 D)と(b)水
Hertel らが考えたようにイオン収量比 2/3 を説明するには
素原子 H の遷移モーメントを用いた
摂動論の成立が必要であるが、その適用範囲は非共鳴条件
場合( 1 : 2 : 2  0.25 :1: 0.41 )のイ
に限らず、共鳴条件にも及ぶ(つまり詳細なエネルギー構
オン化速度比。
造に依存しない)ことが明らかになった。更に、(1)式から Hertel らの仮定(ii)に関しても条件を緩
和でき、全ての状態間ではなく、l が同じ状態への遷移モーメントの大きさが等しければイオン収
量比 2/3 を説明できる。2 光子吸収ならば 1  2  2 ではなく、 2  2 であれば良い。摂動論の
枠内では、遷移モーメントの大きさがイオン化速度の偏光依存性を決める主要な因子である。
図 2b に示したのは水素原子 H の遷移モーメントを用いた場合のイオン化速度比である。これ
は図 1 の 6 準位と水素原子の 1s, 2p±1, 3d0, 3d±2 軌道を対応させており、遷移モーメントの大きさは
相対的に 1 : 2 : 2  0.25 :1: 0.41 となる。共鳴と非共鳴のどちらの条件でもイオン化速度比は 2/3
にならず、(1)式から予測される値 1.5 に近い。実際の水素原子では、遷移の選択則(Δl = ±1, Δm =
±1)から 3s 軌道への遷移が許容であり、2p±1↔3s 間の遷移モーメントの大きさを 2 とおくと
2 : 2 : 2  1: 0.41: 0.18 である。3s 軌道を含めた 7 準位で電子波動関数を展開すると、イオン化速
度比は図 2b の値より 0.06 程度減少してわずかながら 2/3 に近付いた。故に、逆ピラミッド型 6
準位モデルにおいて 2  2 と仮定することは、|2,0を 3d0 および 3s 軌道に対応させているとみな
せる。表 1 より原子の電子数が増えると 2p↔3d 間に対す
る 2p↔3s 間の振動子強度比も増加する。この事実から、
多電子系では 2p±1↔3d0 間と 2p±1↔3s 間の遷移を合わせた
実効的な遷移モーメントの大きさが 2p±1↔3d±2 間の遷移
モーメントの大きさに近付くと推定され、逆ピラミッド型
モデルにおいて l が同じ状態への遷移モーメントの大きさ
を等しいとする仮定が妥当になると考えられる。
表 1
少数電子原子の振動子強度比
(2p↔3s)/(2p↔3d)の実測値[2]。
原子
振動子強度比
水素 H
0.02
ヘリウム He
0.07
リチウム Li
0.17
[1] I. V. Hertel et al., Phys. Rev. Lett. 102, 023003 (2009); I. Shchatsinin et al., Phys. Rev. A 79, 053414 (2009).
[2] W. L. Wiese et al., Atomic Transition Probabilities (U.S. Department of Commerce, 1966), vol. I.
3A13
ジアリールエテン誘導体の光スイッチング効率に関する
計算化学的研究:電子トンネリング効率に基づく考察
(1. 京大院・工 2. 北大触セ ○西澤 尚平 1, 長谷川 淳也 2, 松田 建児 1)
Computational Investigation into Photoswitching Efficiency of
Diarylethene Derivatives: An Insight Based on Decay Constant of
Electron Tunneling
(1. Kyoto University. 2. CRC, Hokkaido University.)
○Shohei Nishizawa, Jun-ya Hasegawa, Kenji Matsuda
【序】
ジアリールエテン(DAE)は紫外/可視光の照射によって閉環体から開環体へと可逆的に分子の
共役のトポロジーが変化する有機化合物である。従ってコンダクタンス G や交換相互作用 J
を変化させることが可能であり、光スイッチとしての応用が期待される。光スイッチ分子と
し て の DAE の 性 能は 閉 環 体と 開 環 体と の G ま た は J の 比 G(closed)/G(open) ま た は
J(closed)/J(open)というスイッチング効率(SE)で表現される。DAE に関しては様々な SE が実
験・理論の両面から報告されているが、より高性能な分子スイッチを作成する上でどのよう
な共役のトポロジーが最適かという問題に関しては経験的手法に頼らざるを得ず、理論的な
指導原理は得られていなかった。
単一分子における J は分子長 l に対して式(1)のように振舞うことが知られている。
J = J0exp(−l)
(1)
我々は今まで J の 1 分子当たりの電子のトンネリング効率を計算化学的に評価する手法を
確立し、が分子の共役のトポロジーを色濃く反映することを示してきた。1 従って DAE の
SE のトポロジー依存性を DAE ので評価できるのではないかと考え研究を行った。本研究で
は DAE の開環体・閉環体それぞれのを評価することによって SE の大小を定性的のみなら
ず定量的にも評価が可能であることを示す。
【計算方法】
我々はまず 3-thienyl 型の DAE と 2-thienyl 型の DAE、そして DAE の硫黄を酸化した計 4 種
類の DAE を用意した。(Figure 1) 両端にニトロニルニトロキシド(NN)を結合させ、NN 同士
に働く J の SE を DFT 計算によって求めた。次に J のを計算するために Figure 1 のオリゴマ
ーの両端に NN を結合させたビラジカルを作成した。(Figure 2) DAE 分子の中には NN を直接
結合させた場合著しい spin contamination によってビラジカル間の J が計算できない分子も見
られたため、その場合には NN の代わりに引用文献 1(c)で報告した allyl 型の NN を両端に結
合させることで J を見積もることに成功した。分子ユニットを1つずつ増加させ、そのたび
に J を DFT 計算にて求め、最後に式(1)によりを求めた。J を求める際にはまずビラジカル
分子全体を三重項で構造最適化したのち、その構造で一重項一点計算を行うことで、三重項
と一重項のそれぞれの電子エネルギーと S2 値を求めた。それらの値を山口らによる式(2)に代
入することで J を得た。計算はすべて Gaussian09 パッケージを使用した。
J
E BS  ET
(2)
2
S T2  S BS
Figure 1. SEs calculated in this work
Figure 2. Biradicals to evaluate  values
【結果と考察】
Figure 1 における 4 種類の DAE において 3-thienyl 型の DAE である 3T が約 400 と最も SE が
大きく、2-thienyl 型の DAE である 2T と 2TSO2 の SE が約 1/30 と最も小さいことがわかっ
た。次に Figure 2 における DAE オリゴマーのを計算したところ、oligo3T(open)-NN,
oligo3T(closed)-allylNN, oligo3TSO2(open)-NN, oligo3TSO2(closed)-allylNN, oligo2T(open)-NN,
oligo2T(closed)-NN, oligo2TSO2(open)-NN, oligo2TSO2(closed)-NN においてはそれぞれ 0.92Å−1,
0.17 Å−1, 0.69 Å−1, 0.09 Å−1, 0.41 Å−1, 0.87 Å−1, 0.41 Å−1, そして 0.82 Å−1 と計算された。(Figure 3)
その他の 4 種類については著しい spin contamination によりが計算できなかった。これはテ
トララジカルとの共鳴によってより安定な共役のトポロジーを取るため高スピン状態の波
動関数が混じってくると考えることで説明することが出来、各 DAE の周期的境界計算の結果
もその説明を支持した。開環体・閉環体それぞれが固有の値を有することから、式(1)を適用
すると SE は式(3)のように表現できる。
SE =Jclosed/Jopen ~ exp(∆l) where ∆ = open−closed
(3)
式(3)を用いて Figure 1 における SE を見積もったところ 3T の SE が約 240 と最も大きく、2T
と 2TSO2 の SE が約 1/30 と最も小さいという序列が定性的にも定量的にも再現された。
(Figure 4) 以上の結果から、DAE の SE を開環体・閉環体のの差から評価でき、DAE におい
ては 3-thienyl 型の DAE が最も分子スイッチに適していることが計算化学的に示された。
Figure 3. Length dependence of J on DAEs
SE = 240.5/427.3
SE = 1/29/1/23
SE = 80.3/47
SE = 1/20/1/30
Figure 4. Evaluated SEs using eq. (3) (red) and
calculated SEs (gray)
【引用】
1. (a) S. Nishizawa, J.-y. Hasegawa, K. Matsuda, Chem. Phys. Lett. 2013, 555, 187. (b) J. Phys. Chem.
C 2013, 117, 26280. (c) J. Phys. Chem. C 2015, 119, 5117.
3A14
非連続二価イオン化による Ar2+の状態選択的生成
(東大院・理*, 理化学研究所**)○山田佳奈*, 岩崎純史*, 佐藤尭洋*, 緑川克美**, 山内薫*
State selective preparation of Ar2+ by non-sequential double ionization
(Univ. of Tokyo*, RIKEN**) ○Kana Yamada*, Atsushi Iwasaki*, Takahiro Sato*,
Katsumi Midorikawa**, Kaoru Yamanouchi*
【序】最外殻電子配置 ns2np6 を持つ希ガス原子を真空紫外光の照射により二重イオン化すると、
電子配置 ns2np4 を持つ 3P0,1,2, 1D2, 1S0 状態が主生成物として得られる[1]。統計的重率に従えば、こ
れらの状態の生成比は 3P : 1D : 1S = 9 : 5 : 1 となるが、二重イオン化過程に依存して、これらの生
成比は様々に変化することが報告されている。一光子二重イオン化過程においては、光子のエネ
ルギーが二重イオン化閾値に近い場合、放出される二つの電子の全軌道角運動量、全スピン角運
動量およびパリティの偶奇が全て一致する過程が優先される傾向があることが知られている
(Wannier の法則)。例えば Ar の場合、3P 状態が統計的比率よりも多く生成する[1]。また、一価イ
オンの励起状態を経由する、Ar の三光子二重イオン化過程においては、経由する一価イオンの励
起状態を変えると、得られる二価イオン状態の生成比が変化することが報告されている[2]。
本研究では、高強度 Ti:サファイアレーザー光を用いて発生させた高次高調波を Ar 原子に照射
し、放出される電子のコインシデンス測定を行った。その結果、最外殻電子配置 3s3p5 を持つ 1P
状態の二価イオンのみを生成する一光子共鳴二光子二重イオン化過程の存在が示唆された。
【実験】実験装置は、高次高調波発生部分、平面結像型 EUV 分光器、高調波の次数選択のための
光学系、磁気ボトル型光電子分光装置から成る(図
1)。高次高調波は、Ti:サファイアレーザーパルス(~9
mJ, ~40 fs, 1kHz, 802 nm)を、長さ 15 mm のセル中の
Ar ガス媒質へ、焦点距離 2 m のレンズを用いて集光
させることによって発生させた。EUV 分光器を用い
て高調波スペクトルを観測することによって、第 29
次までの高調波が発生されていることを確認した。
得られた高調波は、Si ミラーと SiC/Mg 多層膜ミラ
ーにより反射させ、さらに Al フィルターを透過さ
せることによって、第 25 次高調波付近の高調波を
選択した。この高調波を SiC/Mg 多層膜平凹ミラー
を用いて磁気ボトル型光電子分光装置内に後方集
光し、シリンジノズル針より導入した Ar ガス試料
に照射し、光電子分光測定を行った。
図 1 : 高次高調波光源による光電子分光計測。
【結果と考察】第 25 次高調波が他の次数より高い強度を持つ条件で高調波を発生させ、これを Ar
原子に照射した際に放出される電子の相関スペクトルを測定したところ、一定のエネルギーが
様々な比率で二つの電子に分配されたことを示す構造が観測されたことから、この過程は二光子
が同時に放出される非連続(non-sequential)二重イオン化過程であることが示された。観測された
過程には、第 25 次高調波が関わっていると考えられるが、第 25 次高調波は Ar を二重イオン化す
るために必要な光子エネルギーを持たないため、観測された二重イオン化過程はさらに他の光子
が関わった多光子過程であると考えられる。また、第 25 次高次高調波は弱く、それだけでは多光
子吸収を起こすとは考えられないため、中性 Ar の励起状態(Ar*)を共鳴的に経由した一光子共鳴
二光子二重イオン化が起きたと考えられる。以上のことから、観測された過程は図 2 に示すよう
に、Ar が第 19 次高調波の一光子吸収によって Ar+ (3s3p6)をイオンコアとして持つ Rydberg 状態
Ar* (3s3p6np)の 1Po1 状態へと共鳴的に励起され、さらに第 25 次高調波を吸収することによって
Ar2+ (3s3p5)の 1Po1 状態となるという一光子共鳴二光子二重イオン化過程であると考えられる。こ
れまでに報告されてきた一光子または三光子二重イオ
ン化過程においては、主に 3s23p4 の電子配置を持つ
Ar2+の生成が報告されているが、本過程において生成
した Ar2+は 3s3p5 の電子配置を持つことが示された。
また、電子配置 3s3p5 を持つ状態としては 3Po0,1,2 状態
および 1Po1 状態があるが、これらの内、1Po1 状態のみ
の生成が観測された。
Ar* (3s3p6np)を経由して Ar2+ (3s3p5)を生成する場合
には、最外殻の np と 3p 電子が各一つ放出されると考
えられるが、Ar2+ (3s23p4)を生成するためには、これら
の電子の放出に加え、3p 電子が 3s 軌道に脱励起され 図 2 : 高次高調波による Ar の一光子共鳴二
る必要がある。しかしながら、Ar* (3s3p6np)においてこ 光子二重イオン化過程。
の脱励起過程が起こるためには数 ns の時間を要することが知られており[3]、100 fs 以下のパルス
幅を持つ高調波の照射時間内には脱励起過程はほぼ起こらず、3s3p5 の電子配置を持つ状態のみが
生成していると考えられる。このように、これまで報告された過程と異なり、Ar* (3s3p6np)を経由
するため、よりエネルギーの高い Ar2+(3s3p5)が主に生成されたと考えられる。
また、He 励起状態(1s2s)を経由した非連続二重イオン化においては、一重項の He 励起状態の方
が、二電子同時放出による二重イオン化が起こりやすいことが、理論計算によって示されている
[4]。もし、このように逆方向のスピンを持った二電子が放出されやすいという傾向が、本研究に
おける Ar の一光子共鳴二光子二重イオン化過程においても成り立つならば、励起状態 Ar*
(3s3p6np)と放出される二電子の全スピン角運動量がどちらもゼロであることから、全スピン角運
動量の保存により、生成する Ar2+の全スピン角運動量もゼロになり、一重項状態が主に生成され
ることになる。このことは、一重項 1Po1 状態が選択的に生成することを示しており、実験結果と
一致している。したがって、Ar の場合においても、非連続二光子二重イオン化では、放出する二
つの電子のスピンは互いに逆向きとなる傾向にあると考えられる。
【引用文献】
[1] R. I. Hall, et al. Z. Phys. D 23, 377 (1992).
[2] N. Miyauchi, et al. J. Phys. B 44, 071001 (2011).
[3] G. B. Armen and F. P. Larkins, J. Phys. B 24, 741 (1991).
[4] H. W. van der Hart, K. W. Meyer, and C. H. Greene, Phys. Rev. A 57, 3641 (1998).
3A15
水和構造の違いによるベンゾオキサゾールクラスターの電子遷移への影響
(福岡大・理)山田 勇治,馬渡 浩太,中山 慶純,仁部 芳則
Effect of hydration-structural difference on electronic transition of benzoxazole
clusters
(Fukuoka Univ.) Yjuji. Yamada, Kouta. Moutai, Kyojun. Nakayama, Yoshinori. Nibu
[序論] ベンゾオキサゾール(BO)はフルノキサプロフェン等に代表される医薬品の出発物質とし
て様々な研究が進められている。また、複素芳香族環中に窒素原子と酸素原子を持ち、2 種類の
水素結合サイトを有する点から、溶媒和による複素芳香環への影響を分光学的に調べる良いモデ
ル分子である。これまで、当研究室において超音速ジェット中に生成した BO 水和クラスター
(BO-Wn; n = 1-3)のクラスター構造を赤外分光を用いて明らかにしてきた。今回は、溶媒分子数変
化に伴う電子遷移の変化のみならず、溶媒分子の配向の違いによる大きな電子遷移の変化を観測
し、その原因が BO の五員環と六員環の CH 基との CH-O 水素結合の違いに起因していることが
明らかになったので報告する。なお、クラスター構造の決定には、溶媒分子の環境に鋭敏な OH
伸縮振動領域の赤外スペクトルの観測の他に、BO 発色団に敏感であると考えられる CH 伸縮振動
領域の測定も行った。その際、CH 伸縮振動領域に現れると予想される OH 変角振動バンドの倍音
の有無を確かめるために、溶媒分子である水を重水に変えたクラスターにおいても赤外スペクト
ルを測定し、バンドの帰属と構造解析を行った。
[実験] ジェット冷却された BO 水和クラスターは、水蒸気を含んだ He バッファー気体と共に BO
蒸気を約 3 atm の背圧をかけて真空チャンバー中に噴出させることで生成させた。それらに波長
可変の紫外光を照射し、発する蛍光強度を光電子増倍管で検出することでレーザー誘起蛍光(LIF)
スペクトルを測定した。また、観測された電子スペクトルの各バンドに紫外波長を固定し、紫外
光の 50 ns 前に照射した赤外光の波長を掃引しながら蛍光の減衰をモニターすることで、異性体選
別を可能とする蛍光検出赤外(FDIR)スペクトルを測定した。量子化学計算は全て Gaussian 09
package を利用した。BO 単量体及び水和クラスターの電子基底状態(S0)の構造最適化と振動数計
算は、DFT 計算(B3LYP 又は M06-2x/6-311++G(d,p)レベル)で行った。一方、第一電子励起状態(S1)
の構造最適化・振動数計算は TD(Time Dependent)-DFT 計算を利用し、さらに S1-S0 間のゼロ点振
動準位のエネルギー差を求め、LIF に観測
される 0-0 バンドと比較した。
[結果と考察] Fig.1 に、BO 蒸気のみ(a)及
び水を含んだ条件(b)で測定された LIF ス
ペクトルを示す。水を含むことで 4 つの
新たなバンドが現れた。これらのクラス
ター構造を決定するために、それぞれの
バンド強度をモニターしながら測定され
た FDIR スペクトル(OH 伸縮振動領域)を
Fig. 2 に示す。実測のスペクトルの下部に
Fig.1 BO-Wn (n = 1-3)の LIF スペクトル, 図中の括弧内の数字
は単量体からのシフト値
示したスティックスペクトルは DFT
計算で得られた安定構造における振
動解析の結果を示している。得られた
クラスター構造は挿入図して載せて
いる。W2 と W3 は五員環の CH 基が
CH-O 水素結合を形成し、水分子が複
素環中の窒素原子と強い水素結合を
形成するリング構造であることが分
かる。一方、1:1 クラスターには水の
配向が異なる異性体が存在し、五員環
または六員環の CH 基との CH-O 水素
結合によって区別される。
しかしながら、OH バンドの帰属か
らだけで水分子の配向の僅かな違い Fig.2 BO-(H2O)n クラスターの OH 伸縮振動領域の FDIR スペ
を帰属することは不十分だと考え、
クトル及び DFT 計算から得られた振動スペクトル. 挿入
図は構造最適化から得られたクラスター構造.
CH-O 水素結合に敏感である CH 伸縮
振動領域のスペクトル(Fig. 3)で比較を行った。W2 と W3 では強い吸収バンドが 3100 cm-1 付近で
観測され、水素結合した五員環の CH の伸縮振動と帰属される。もう一方で、W1r と W1b の 3200
cm-1 付近にも強い吸収バンドが観測されたが、重水とのクラスターには現れないことから、観測
されたバンドが OH 変角振動の倍音によるものだとわかった。計算から得られた W1_C6HN の水
素結合した CH バンドの強度は他の Free
CH バンドと同程度であり、バンドとして
充分な強度を持たないことを考慮すると、
W1b の 3150 cm-1 付 近 の バ ン ド は
W1_C5HN の水素結合した五員環の CH 伸
縮振動バンドと帰属され、OH 領域のスペ
クトルからの予想と一致した。すなわち、
1:1 クラスターの電子遷移に関して六員環
の CH 基と水素結合を形成する場合は低波
数側に、他方五員環の場合は高波数側にシ
フトするという興味深い結果が得られた。
詳細は発表で述べるが、DFT 計算から得
られた 0-0 バンドのシフト値もこの実測を
再現しており、この帰属を支持する。電子
遷移に関わる分子軌道を比較した結果、こ
のシフトの違いが、W1r における六員環の
軌道と水分子との相互作用による軌道
の不安定化に起因することがわかった。
Fig.3 BO-(H2O)n 及び-(D2O) クラスターの FDIR スペク
トル及び DFT(M06-2x/6-311++G(d,p))計算から得ら
れた振動スペクトル.