≪解説≫ “You know me, then?” “No, but I observe the second half of

≪解説≫
“You know me, then?”
観察 して気 づく
〈往復
切 符 の )
半 券
往
復
切
符
“No, but I observe the second half of a return ticket in the
手の平
手
袋
palm of your left glove. You must have started early, and yet
かなりの(遠い)
二 輪の 馬 車
you had a g o o d drive in a dog-cart , along heavy roads,
before you reached the station.”
暴 力 的 な
突然の動き
凝 視 す る
動
揺
The lady gave a violent start and stared in bewilderment at
my companion. “There is no mystery, my dear madam,” said he,
smiling.
浴
び
せ
る
泥
“The left arm of your jacket is spattered with mud in no less
新 し い
than seven places. The marks are perfectly fresh. There is no
車 、 乗 り 物 ~を除いて
vehicle s a v e a dog-cart which throws up mud in that way, and
御
者
then only when you sit on the left-hand side of the driver.”
“You know me, then?”
『では、私の事を知っているのですか?』 と
彼女はホームズに聞くのですが、馬車に乗ってきた事を言い当てただけで、
私の事を知っているのか、というのは変だなぁ、と思いましたが、この後で彼
女にホームズを紹介してくれた夫人の存在が明らかになります。
ことによると、そのご婦人から自分の事を聞いているのかも知れない、と淡
い期待を抱いたのかも知れません。
観察 して気 づく
〈往復
切 符 の )
半 券
往
復
切
符
“No, but I observe the second half of a return ticket in the
手の平
手
袋
palm of your left glove.
“No,” と、そんな淡い期待をすぐにホームズは打ち消して、
観察 して気 づく
観察 して気 づく
‟I observe“ ‟observe“ は客観的に見る、つまり観察や監視するよ
うな場合に多く使われます。 日本語で ‟オブザーバー” なんていうこと
がありますよね。
あれは、『‟observe” する人』、という意味です。 で、気づいたものは、
〈往復
切 符 の )
半 券
往
復
切
符
the second half of a return ticket ‟往復切符の半券“。
‟return ticket” は ‟帰りの切符”ではなく、‟往復切符“のこと。
日本ではあまり往復切符を売りませんが、イギリスでは切符を買う時に、
片道(one way)か、往復(return)かを選びます。
なぜか、往復で買ったほうが安かったりします。
往復切符の “second half” は、往路で ‟first half” を使って残り
の半分、つまり、復路の切符ということです。
手の平
palm
は ‟手の平“。 ついでに言うと、手の甲は、‟back of the
hand”。
同じスペルで ‟palm tree“ というと ‟ヤシの木“ です。
手
袋
‟of your left glove.“ ‟あなたの左の手袋の”。
野球の ‟グローブ
“ はこの言葉から来ています。
彼女が手袋をしていたのは、寒いから、というよりは、当時の夫人の標準
的な衣装が、黒いドレスに帽子を被って、顔はベールで隠して手には薄
手の手袋をする、という格好だったからでしょうね。
かなりの(遠い)
You must have started early, and yet you had a g o o d drive in
二 輪の 馬 車
a dog-cart, along heavy roads, before you reached the station.”
You must have started early,
の‟must” は ‟~に違いない“。
だから、『あなたは早くに始めたに違いない。』。 朝早くに家を出たに違い
ない、といったわけです。
かなりの(遠い)
二 輪の 馬 車
and yet you had a g o o d drive in a dog-cart,
“yet” は、‟それでも“ ‟朝早く家を出て、しかも、
“had a good drive”
“good” はこの場合は、 ‟良い“ ではなく、‟か
なりの距離の”。 ‟ドライブ“は ‟馬車に乗ること” ここから現在の自動
車での移動も‟drive” と言うようになりました。
‟in a dog-cart”
二、三の訳本を見ますと、単に‟二輪馬車“と訳し
ていますが、原文では ‟dog cart”。
さて、‟馬車” なのに ‟犬“?
皆さんも ‟dog cart” を辞書で引いてみてください。 二つの意味が書
かれていると思います。
一つ目は、犬にひかせる小型二輪車。
二つ目は、(背中合わせに座席が二つある)一頭立て二輪馬車。
犬にひかせる二輪車、とは主にオランダやベルギーで使用されているもの
で、荷台にミルクなどを載せて犬にひかせる車の事です。『フランダースの
犬』でパトラッシュが引いていた車、というとお分かりの方もおいでかと思い
ます。
二つ目の方は、完全に馬車です。
それなのに、どうして‟dog” が出てくるかというと、こちらの犬は、馬車で
運ばれるのが役目。狩りに出かけるときに犬を後ろに乗せて行く馬車が
‟dog cart”なのですが、犬を運ぶ時の箱を設置した場所に、椅子を置
いて人が座れるようにしたのが‟dog cart”です。
簡単に作ることが出来たのと、おそらく軽量で馬への負担も少なかった
んでしょう、コナン=ドイルの時代には良く見られた乗り物だったようです。
along heavy roads, before you reached the station.”
‟along” は ‟沿って”。 前に、‟accompany” の説明をしたときに、‟a”
を、‟一緒に“ という意味です、と説明しました。 ‟along” の‟a” も同
じで、長いものと‟一緒に“、だから、‟沿って” という意味になります。
‟heavy road“ は ‟重い道” ではなく、‟舗装されていない悪路“。
before you reached the station.” ここは問題ないでしょう、 『駅に
到着する前に』
暴 力 的 な
突然の動き
凝 視 す る
動
揺
The lady gave a violent start and stared in bewilderment at
my companion.
暴 力 的 な
突然の動き
The lady gave a violent start
『その女性は与えた、一つの暴力
的な突然の動きを。』 とは原文訳になります。
‟gave(与える)“ と書いてあると、誰に与えたんだろう? と疑問に思
ってしまいます。ここは英語的表現の一つであるとお考えください。
暴 力 的 な
突然の動き
violent start
身体をギクッと動かすほどに驚いた、というのです。
突然の動き
start ‟驚いてびくっとした動き“。 ここから ‟startle (びっくりさせる)”
という単語が派生してきます。そして、
凝 視 す る
動
揺
and stared in bewilderment at my companion.
‟stared … at my companion“
‟ジロジロと私の友人を見た”。
日本語ですと、見る、という単語に色々な形容詞をつけて表現しますが、
英語は単語(動詞)に日本語で言う形容詞が含まれています。 です
から、見る、と言っても、時と場合に応じて、look、 watch、 view、
observe、 stare と使用される単語が違ってきます。
面倒でも一つ一つ覚えるしかないですね。
“companion” コンパニオン と聞くと、イベントなんかで商品の説明をす
る女性の事を思い浮かべるかもしれません。あれは、‟付添“とか‟話し相
手“、という意味から発したもので、本来は、‟仲間” とか ‟友達“ とい
う意味です。
動
揺
“in bewilderment ”
wild は ‟野生“ とか ‟荒々しい”。 er が
付いて ‟wilder” で ‟道に迷う“。 be を頭につけて “bewilder” で
‟狼狽させる”。
最後に ment を付けると名詞化するので、”bewilderment” で、‟当
惑“、‟狼狽” という意味になります。
“There is no mystery, my dear madam,” said he, smiling.
There is no mystery
There isn’t any mystery と同じ意味なの
ですが、‟何もないもの(謎)がある“ というのは日本語にはない言い方
で面白いですよね。
“My dear madam” は、‟お嬢さん” という程の事で、さしたる意味はあ
りません。
‟said he, smiling.“ は、毎度の分詞構文で、『と、笑いながら彼は言っ
た。』
浴
び
せ
る
浴
び
せ
泥
“The left arm of your jacket is spattered with mud in no less
than seven places.
る
‟The left arm of your jacket is spattered“ 『あなたのジャケット
の左腕は、浴びせられている。』 何が浴びせられているかと言うと、
泥
with mud in no less than seven places.
泥で、七か所よりも少
なくなく。 つまり、ホームズが見つけた泥ハネは七つあって、見つけていな
いところがまだあるかもしれない、というわけですね。
新 し い
‟The marks are perfectly fresh.“
『その泥ハネは全く新しいものだ。』
車 、 乗 り 物 ~を除いて
There is no vehicle s a v e a dog-cart which throws up mud in
that way, and then only when you sit on the left-hand side of
御
者
the driver.”
車 、 乗 り 物 ~を除いて
‟There is no vehicle s a v e a dog-cart “
(そんな)車は 二
輪馬車 の他にない。 そして、そんな車とは、どういう車かというと、
which throws up mud in that way, and then only when you sit
御
者
on the left-hand side of the driver.”
which throws up mud
in that way,
泥を投げ上げる
そんな風に
というわけで、『そんな風に泥をはね上げるのは、dog‐cart だけだ』 そし
て、そんな風になるのは、
and then only when you sit on the left-hand side of the
御
者
driver.”
『あなたが、御者の左側に座った時だけです。』
御者の左腕に座るのってそれほど不自然なようには思えませんが、この
dog-cart、先ほど説明した通り、犬を入れる箱を置いていたところに椅
子を置いたものです。しかし、十分なスペースがなかった為でしょう、椅子
は進行方向と反対向きに設置され(つまり、御者と背中合わせに座っ
て)、客は後ろ向きに進んでいくことになります。
現在の電車に乗っていてもそうですが、後ろ向きに進むのって、ちょっと
気持ちが悪いですよね。そこで、窮屈だけど前の座席に御者と並んで座
ることがあったようです。
もともと前方部には一人しか座らないという設定ですので、泥除けも中
央に御者一人分しかありません。そこに二人並んで座るので、体半分は
泥ハネを避けることが出来ずにストーナー嬢の袖口に見られるような汚れ
を残すことになるのです。
この物語をもう少し読み進んでいくと、ホームズとワトソンが二輪馬車で
ストウクモランに行く場面が出てきます。その時も二輪馬車に乗るのです
が、その二輪馬車は ‟dog cart” ではなく “trap” と呼ばれるタイプの
ものです。
というところまで考えると、彼女が驚いたのは、ホームズが見抜いたのが、
単に二輪馬車に乗って来た、ということではなく、乗り物を ‟dog cart”
と限定し、なおかつその乗り方をも言い当てた、ということだった、と考える
べきでしょう。
≪要約すると≫
『それでは私の事をご存じなのですか?』
『いいえ、でも、左の手袋に往復切符の帰りの分をお持ちになっている。今朝はずいぶ
ん早くに家を出たのですね。かなりの距離を犬用の二輪馬車で移動されたようですね。
駅までの道はひどい状態だったようですね。』
彼女はぎょっとした様子でホームズを見つめた。
『何も不思議なことはありません。』
ホームズは笑顔で言った。
『左の袖口に泥ハネの汚れが少なくとも七か所あります。どれも最近まだ新しいですね。
そんな風に泥の跳ね跡が付くのは犬用の二輪馬車の御者の左隣の席に座った時だ
けです。
=========6 月 7 日 =========