仮名の読字学習に及ぼす言語材料の効果

奈良教育火学紀要 第32巻 第1号(人文・社会)昭細年
Bull. Nara Univ. Educ, Vol.32, No.1 (cult. & soc.), 1983
仮名の読字学習に及ぼす言語材料の効果
今 井 靖 親
(奈良教育大学心理学教室)
(昭和58年4月28日受理)
心理学的にみるとき、読みの過程には少なくとも、まず①提示されている文字という記号を視
覚的にとらえ、その形態的特徴を知覚し、他の文字から弁別する過程、 ④視覚的にとらえた文字
記号に、その文字記号固有の音声を適合させる過程、さらに⑨上記の④あるいは①に伴って、文
字(または語、文)から意味を抽出する過程、の3つが考えられる。
読字学習に関する心理学の重要な研究課題の1つは、このような過程を経て、学習者に学習材
料である文字や語や文の読みがいかに習得されるかを明らかにすることであると言えよう。そこ
で本研究では、主として言語材料の要因が読字学習にいかなる効果を及ぼすかについて考察をお
こなうことにする。
ところで、読みにおける言語材料の要因には、 ①材料自体の属性、 ④材料提示の方法がある。
前者の例として、使用される文字の種類、形態、構音上の難易などの物理的・感覚的属性、及び
語の熟知度、有意味度などの意味的属性があげられる。また、後者の例として、読みにおける文
字提示、単語提示、文提示、文字と絵との対提示などの方法をあげることができる。もちろん、
この両者は独立した要因として、個々別々にはたらいているのではなく、むしろ相互に関連し合
い、複合的に機能していると考えられるが、読字学習の研究では、これらの諸要因が読みにいか
なる影響を及ぼしているかを実験的に究明することが必要であるo
過去35年間におけるわが国の読字学習に関する心理学的研究を概観すると(今井・福沢、 1980)、
文字や語の弁別難易度の検討(たとえば、小林、 1971;田中ら、 1974;杉村ら、 1975)、文字の
種類による読みやすさの比較(たとえば、北尾、 1960;阪本、 1960; Steinbergら、 1977、 1978)
などに分類できるものが多いO これからもわかるように、従来の読字学習の研究では、読みにお
ける言語材料の物理的・感覚的属性の効果を考察したものが大部分を占めている。これに対して、
読みにおける言語材料の意味的属性の効果に注目し、これを本格的に検討したものとしては、わ
ずかに福沢(1976)の研究をあげうるにすぎない。彼は、あらかじめ児童について漢字の有意味
度、熟知度を調査し、それらの高低が読字学習に明らかな影響を及ぼすことを、一連の実験によ
って検証している。
文字の提示方法については、従来から主として国語教育などの領域において、いわゆる「音声
法か語形法か」とか、 「文字法か単語法か」という形で問題がとりあげられ、活発な論争がなさ
れてきた。しかし、このような問題に関する心理学的研究は少数のものしか見あたらない。たと
えば、わが国では、福沢(1959)が初めて心理学的な実験計画にもとづいて、幼児を対象とした
平仮名の読字学習を行ない、入門期における文字提示方法の効果を検討した。その結果、 「語形
指導」と併用するという条件をつけて、 「一字指導」の有効性を支持している。また、藤野・田
中(1977)は、人工文字を用いて、 5通りの方法で幼児に読字学習をさせ、 1文字ずつの読みの
169
今 井 靖 親
170
ほうが、 2文字の単語をまとめて読むよりも成績がよかったことを報告している。これに対し、
今井(1980)は、これまでの「文字法か単語法か」というような二者択一的な比較の仕方を批判
して、新たに「単語提示一文字読み-単語読み」の過程をもとにした「文字・単語法」を提唱し、
従来の「文字提示-文字読み」 (文字法)や、 「単語提示-単語読み」 (単語法)と比較する実験
を行なった。その結果、読字学習における「文字・単語法」は、 「文字法」や「単語法」よりも
有効な方法であることが示唆された,3
このほかには、読字学習において、単語や無意味綴りを提示する際に、その単語(または一連
の文字綴り)内の文字の位置によって、学習の程度に差異が生ずることを兄い出した今井(1981)
の研究がある。これは、幼稚園の5歳児を2文字単語群と3文字単語群に分け、それぞれに片仮
名文字の読み学習をさせた後、単語内の文字の位置による習得量の差を調べたものである。実験
の結果、 2文字で学習した群では、 「語頭」の文字の成績が「語尾」のそれよりもよく、 3文字
で学習した群では、 「語頭」、 「語尾」、 「語中」の順に成績がよかった。
以上、読みに及ぼす言語材料の効果という観点から、主としてわが国の読字学習に関する心理
学的研究の傾向を概観したが、従来の諸研究における問題点を指摘するならば、それは、学習材
料の要因である物理的・感覚的属性、意味的属性、及びそれらの提示方法などの条件について、
必ずしも十分な統制がなされていないことである。読みという行動は、人間における複雑な生理
・心理的過程であるだけに、実験条件の厳密な統制は困難であるが、可能な限り客観的な条件を
設定し、そのメカニズムを明らかにしていくことが必要だと考える。
そこで、本研究では、読字学習にかかわる諸要因の統制に特に留意し、まず実験Iでは、文字
法による片仮名の読字学習に及ぼす語の熟知度の効果と単語内の文字の位置の効果について検討
する。
結果の予想は次のとおりである。 ①熟知度の高い単語を用いる群のほうが、熟知度の低い単語
を用いる群よりも、読字学習の成績はよいであろう。 ④語頭の文字を用いる群のはうが、語尾の
文字を用いる群よりも成績はよいであろう。
予 備 調 査
1. 「熟知度」の測定
本来、熟知皮(familiahty)とは、或る語について見たり、聞いたり、使ったりした経験の程
度を、複数の段階に評定させて測定するものであるが、幼児には、そのような課題遂行は困難な
ので、本実験では、便宜的に次のような方法で、予め単語の「熟知度」調査を行なった。
(A)方法 (1)材料及び被験者 まず、梅本ら(1955)の有意味度表から、有意味度160
以上で、幼児がよく知っていると思われる単語と、あまり知らないと思われる単語をそれぞれ13
個ずつ選び出した(表1参蝿)。被験者は40名の保育園児(男女各20名)であった.。その年齢の
範囲は4歳2か月から6歳1か月、平均年齢は5歳2か月である。
(2)手続き 次の基準にもとづいて各単語の「熟知度」を求めた。 ①各単語の「指示物」に
ついて幼児自身が知っているか否か。 ④各単語の指示物が存在する場所や時について知識を持っ
ているか否か。 ③各単語の指示物の形態や色彩などの特徴について具体的な知識を持っているか
否か。その際の教示は次のとおりである。 「これから、いろいろなものについて、 ○○ちゃんが
知っていることを聞きます。お話してくださいね。」と教示を与えた後、上記の基準ごとに質問
仮名の読字学習に及ぼす言語材料の効果
171
する。 ①については、 「○○ちゃんは△△をよく知っていますか(よく見ますか)?」、 ④につい
ては、 「それは、どんな所で見ますか(どんな時に使いますか)?」、 ④については、 「それは、ど
んな形や色をしていますか?」、 「△△について、ほかに何か知っていることがあったら教えてく
ださい。」
(B)結果 ①についての正答に対しては1点、 ④には2点、 ④にも2点の配点で、各人5
点満点で採点し、被験者40名の得点を合計したものを、さらに2で割った数値を、本実験におけ
る各単語の「熟知度」とした。表1はその結果を示したものである。
表1予備調査で使用した単語とその熟知皮
単語名l 熟知度[,単語名[熟知皮
5
0
)
O
O
O
O
O
O
2
シ カ ト
マ イ ト フ マ
0 0
0 5 0 5 0 5 0 1 0 0 0 0 0 0
76
37:;
チ
210ヌ
ネ: 14 0サ
o+
iii Hh
ツユタ マ ト ネ マ
カ メ 80 0オ
○ハ ト
1 - H
0
O
F- 1O Ln CO r-I O IO CO u3
コ カ ラ マ キ ッ ヌ ネ イ
0 0 0 0 0 0
ネ シ ト コ ッ ク イ フ カ
oマ メ 81 カ モ
注. ○印は、後の実験で言語材料として用いられた単語を示す
2.被験者の選出
言語材料の統制と同様に、被験者の要因についても統制するため、次のような方法で被験者を
選出した。
(A)方法 (1)被験者の条件 ①読字力調査において、学習材料に用いられる片仮名が
全く読めなくて、しかも片仮名が全部で10文字以下しか読めない者。 ②知能調査において、幼児
用田中B式知能検査の下位テスト第4問、第5問の得点が10以上の者。
(2)材料 ①読字力調査カード 国立国語研究所(1972)の「調査文字カード(カタカナ)」
を使用した。このカードには、清音45文字、招音1文字が書かれている。各カードには、 2cmX
1.5cmの枠内に書かれた明朝体の片仮名が、 4.5cmx6.2cmの白色の厚紙に桟に3文字並べら
れていて、総数は16枚であった。用いた材料例を図1に示す。 ⑧知能調査用紙 田研式田中B式
知能検査用紙(日本文化科学杜)。
.∼
.
1 t) 9 1>T
■■-
■〃喜 -
、
、
、
ホ
シ
図1読字力調査カードの例
今 井 靖 親
172
(3)手続き ①読字力調査 調査は個別に行なった。各被験者に氏名、クラス名などを聞い
た後、調査文字カードを示し、読めるかどうかを尋ねた。その結果、材料の片仮名が1文字でも
読めた者、あるいは、それ以外の文字を、合わせて10文字以上読めた者は除外したO ④知能調査
①で残った被験者全員に対して、田研式幼児用田中B式知能検査の下位テストの2つ(「仲間さ
がし」、 「欠所発見」)を手引きに従って集団で実施した。 2つのテストの合計得点が10以下の者
は除外した。
(B)結果 上のような調査をもとに、 80名の被験者が選出された。
実 験 I
方 法
実験計画 2 ×2の要因計画が用いられた。第1の要因は単語の熟知度(熟知度の高い単語
と低い単語)であり、第2の要因は単語内での文字の位置(語頭と語尾)である。
被験者 予備調査の結果をもとに選出された幼児80名(男女各40名)で、保育園の5歳児
(年齢の範囲は4歳2か月から6歳1か月)である。これを年齢、男女の数、知能点がほぼ等し
くなるように配慮して、次の4群に分けた。 ①熟知度高・語頭群(高・頭群と略称する。以下同
じ)、 ④熟知度高・語尾群(高・尾群)、 ③熟知度低・語頭群(低・頭群)、 ④熟知度低・語尾群
(低・尾群)である。各群の平均年齢は、順に5歳6か月、 5歳7か月、 5歳6か月、 5歳6か
月であった。また、平均知能点は、順に21.3点、 22.0点、 21.6点、 21.6点であった。
材料 読字学習用材料 学習材料には、予備調査で選定した2文字の単語を用いた。すなわ
ち、高・頭群には、「ツキ」、「マメ」、「ネコ」、「トラ」を、高・尾群には「クツ」、 「コマ」、「フ
ネ」、「ハト」を、低・頭群には、「ツユ」、「マチ」、「ネタ」、 「トシ」を、低・尾群には、 「オツ」、
「ヌマ」、 「キネ」、 「サト」を用いた。片仮名文字は、 2.5cmX2.5cmの白い紙に黒いフェルトペ
ンで明朝体で1字ずつ書かれ、 13cmX8cmのピンクの台紙に貼られている。用いた材料の例は
図2に示す。
、、
栖
熟知度高・語頭群
熟知度高・語尾群
熟知度低・語頭群
熟知皮低・語尾群
<テスト用文字カード>
<学習用単語カード>
図2 学習材料の例
仮名の読字学習に及ぼす言語材料の効果
173
手続き 実験は個別に行なわれた。まず、被験者に氏名を聞いた後、 「これから字を見せま
すから、たくさん覚えるようにがんばりましょう。」と教示を与えた。そして、各群とも学習用
文字カードを示'して、実験者が単語を構成する文字を左から右-1文字ずつ指でさしながら、は
っ きりと読みあげ、次に当該の学習文字をもう一度指でさしながら読み、被験者に模倣させた。
例えば、-高・頭群では、 「この字は、 "ネ〝、 "コ〝の"ネ〝 という字です。 ○○ちゃんも言ってみ
てください。」のようである。
このような手続きで、各群とも4個の単語提示を1試行とする学習試行が続けて2回行なわれ
た。その後で、 「今度は○○ちゃんが先に読んでください。」という教示を与え、学習試行で用い
た単語の順序を変えて、 1文字のテスト用カードを提示し、被験者が4個の文字が読めるかどう
かを調べた。以上のような学習2試行とテスト1試行が交互に5回行なわれた。したがって、全
部で学習は10試行、テストは5試行である。
結 果
採点方法 被験者が1つの文字を読めた場合には1点を与えた。したがって、各群とも1試
行における満点は4点、 5試行で20点満点であるO表2は
各群の平均正答数と標準偏差を示したものである。この表
表2 群別平均正答数と標準偏差
をもとにして、 2×2の分散分析を行なったところ、熟知
度の主効果は、 F (1, 76)-3.35, .05<p<.10で有意
な傾向が認められた。これは、使用された単語の熟知度の
高、低によって読字学習の成績に差が生じたことを示して
いる。しかし、単語内の文字の位置の主効果と、熟知皮と
文字の位置の交互作用は有意でなかった。
なお、被験者の誤答について分析してみたところ、熟知度の高・低に関係なく、語頭群よりも
語尾群のはうが、単語内の他の文字、すなわち語頭の文字の侵入が有意に多かった(それぞれ、
x2-5.10, rf/-!, /><.05; z -9.63, df-¥, l<.01)表3には誤答の分析結果を示す。
表3 誤 答 の 分 析
群
議 論
先に指摘したように、従来の読字学習の多くは、言語材料の属性については、ほとんど無統制
のままに実験が行なわれている。そこで、本研究では、独自に単語の熟知度を求め、これを変数
として片仮名の読字学習における効果を検討した。その結果、熟知皮の高い単語を用いて、その
単語を構成する片仮名の読みを学習させたほうが、熟知度の低い単語を用いるよりも効果的であ
174
今 井 靖 親
る、ということが明らかにされた。これは、本研究の予想の①と一致するものである。
国立国語研究所(1972)は、平仮名の読字率(正しく読めた人数の百分比)によって、各平仮
名(清音、濁音、半薗音)の読みの難易度を調べた結果、この習得難易度の主な要因として、 ①
字形の構成の複雑さ、 ④構音上の難易、 ③使用頻度の3つをあげている。しかし、同じ調査によ
れば、片仮名の読みの難易順は平仮名のそれとは相関がなかった(順位相関係数r,-0.141)。
元来、熟知度(familiality)は、言語学習の領域において、被験者の誰にとっても刺激として
の等価な学習材料を用意することの必要性から尺度化された属性の1つであるが、これまでの熟
知度に関する研究では、小学生を被験者に用いた福沢(1976)の他は、ほとんどが大学生を測定
対象としたものである(たとえば、 Underwood & Schulz, I960;小柳ら、 1960;賀集、 1966な
ど)。まだ知的発達の未分化な段階にある幼児には、成人と同様の評定尺度法による測定は困難
であるとはいえ、本実験において試みたように測定方法を工夫しさえすれば、より適切な幼児用
の熟知度表の作成も不可能ではないと思われる。
次に、本研究の予想④とは異なって、単語を構成する文字の位置、すなわち語頭と語尾では、
学習量に統計的な有意差は見られなかった。これはまた、今井(1981)の結果と異なっている。
その理由を考えてみると、今井(1981)では、被験者全員に、単語を構成している2文字の読み
を、一度に両方とも学習させた。当然、文字相互の干渉が生じるであろうが、語頭の文字は語尾
の文字よりも常に先に提示されるし、意味のある語を構成する最初の文字として、それは被験者
の注意をひきやすいと思われる。これに対して、本研究では、語頭群、語尾群の被験者に、 2文
字単語の1文字についてのみ読みを学習させている。したがって、この際、反対側の文字は一応
視野に入ってはいるが、直接学習する対象ではないので、被験者は当該の学習すべき文字のみに
注目すればよいことになる。つまり、本実験における文字提示の仕方では、文字相互の干渉が少
ないため、語頭群、語尾群とも、それぞれ独立した形で、同じ程度に当該の文字についての読字
学習が行なわれたと考えられる。
なお、被験者の解答内容について誤答分析をしてみたところ、単語の熟知度の高、低には関係
なく、語頭群よりも語尾群のほうが、同一単語内の他の文字の侵入が有意に多い、という結果が
得られた。これは、同一単語内の位置で比較した場合、語尾の文字で学習した群は、語頭の文字
で学習した群よりも反対側(すなわち語頭)の文字の干渉をより強く受けていることを示してい
る。このように、本研究では、統計的には群問の学習量の有意差は認められなかったものの、単
語内の文字の位置によって学習の内的機制に差異のあることが兄い出された。
実 験 Ⅱ
実験Iの結果をもとに、試みに、 4つの実験群ごとに、知能点の高い者5名、低い者5名を選
び出し、正答数を比較してみたところ、熟知度の低い単語を使用した場合、知的能力の比較的低
い被験者の学習が顕著な影響を受けていることが認められた。また、実験Iでは、学習すべき文
字を単語内の語頭のみ、あるいは語尾のみに限定したため、文字の位置による学習成績の差が明
瞭に周われにくかった、と解釈された。そこで、実験Ⅱでは、知的能力の比較的低い幼児のみを
被験者とし、彼らに単語を構成している2箇の文字の読みを同時に学習させ、再度、語の熟知度
の高、低が読字学習に及ぼす効果を検討するとともに、単語内の文字の位置効果についても検討
を行なう。
仮名の読字学習に及ぼす言語材料の効果
175
方 法
被験者 幼児30名(男児16名、女児14名)で、保育園の5歳児(年齢の範囲は4歳10か月から
6歳3か月)であり、予備調査の結果にもとづいて、 ①知能得点が6-17の範囲の者、 ④材料の
片仮名が1字も読めず、しかも、それ以外の文字を合わせても10文字以下しか読めない者が選ば
れた。彼らを年齢、男女数、知能得点がほぼ等しくなるように配慮して、 「熟知度高群」と「熟
知度低群」の2群に分けた。両群の平均年齢は、それぞれ5歳2か月、 5歳3か月であり、平均
知能得点は11.3点(得点範囲は7-16)、 ll.1点(得点範囲は6-17)であった。
材 料(1)読字力調査力-ド 実験Iと同じく、国立国語研究所(1972)の「調査文字カード
(カタカナ)を使用した。 (2)読字学習材料 実験Iの予備調査で選定した2文字の単語を用い
た。すなわち、熟知度高群には、「ネコ」、 「イヌ」、 「トラ」を、熟知度低群には、「ヌマ」、「オ
ツ」、 「サト」を用いた。片仮名文字は、 2.5cmx2.5cmの白い紙に黒いフェルトペンで、明朝
体で一字ずつ書かれ、 13cmx 8cmの桃色の台紙に貼られたo
JH
実験は個別に行なわれた。まず被験者に氏名などを聞いた後、 「これから字を見せますから、
たくさん覚えるようにがんばりましょう。」と教示を与えた。次に、学習用単語カードを示して、
実験者が単語を構成している文字を1字ずつ指でさしながら、はっきりと読みあげ、次に全体を
続けて読み、被験者に模倣させた。たとえば、熟知度高群では、 「これは"ネタ と読みますoこれ
は"コメ と読みます。続けて"ネコメ と読みますD OOちゃんも言ってみてください。」のよう
である。このような方法で、両群とも3個の単語提示を1試行とする学習試行が続けて2回行な
われた。その後で、 「今度は○○ちゃんが先に読んでください。」という教示を与え、学習試行で
用いた単語の順序を変えて、 1文字のテスト用カードを提示し、被験者が6個の文字が読めるか
どうかを調べた。以上のような学習2試行とテスト1試行が交互に5回行なわれた.したがって
全部で学習は10試行、テストは5試行となった。
結 果
被験児が1つの文字を正しく読めた場合には、 1点を与えた。したがって、 1試行における満
点は各群とも6点、 5試行で30点満点である。表4は2つの群の平均正答数と標準偏差を示した
ものである。この表をもとにして′検定を行ない、両群の平均正答数の差を比較したところ、有
意差が認められた(t-2.08, df-28, p<.05)。これは使用された単語の熟知度の高、低によっ
て読字学習の成績に差が生じたことを示している。
次に、試行ごとに群間に差があるかどうかにみるために、両群のテスト試行のうちで、第1、
第3、第5テスト試行における平均正答数を求めてみたところ、図3に示したような結果が得ら
れた。そこで、各試行ごとにおける両群の正答数の差についてt検定を行なったところ、第3テ
スト試行において、 10%水準で(f-1.37, df-2S)、また、第5テスト試行において5%水準で
(f-2.18, df-2S)有意差が認められた。これは、熟知度高群には、学習による成績の伸びが
見られるが、熟知度低群には、このような傾向が見られな 表4 群別平均正答数と標準偏差
かったことを示すものである。
また、単語内の学習文字の位置別に平均正答数と標準偏
差を示したものが表5である。この表をもとに、文字の位
置による学習成績の差についてf検定を行なってみたが、
.・ri -I '-川三等1A け'tr!i,.; T-_
熟知度高
熟知度低
7. 87 6. 02
3. 80 4.18
今 井 喝 親
表5 単語内の位置別にみた
読字学習の成棟
群
文字の
位 置
霊答宗標準偏差
語 頭
4. 00 3. 12
語 尾
3. 87 3. 54
語 頭
2.33
語 尾
1.33 3.ll
1 3 5 ォIT
図3 群別・試行別平均正答数
有意差は兄い出せなかった。
議 論
実験Ⅱにおいて、実験Iと同様に、単語の熟知度が、比較的知的能力の低い幼児の読字学習に
も、言語材料として重要な役割を果たしていることが確認されたO熟知度の高い単語は、読字学
習において意味的符号化を促進すると考えられるが、自発的に意味的符号化を行なう能力の劣る
幼児にとっては、単語の熟知度いかんが、その語を構成する文字の読みの学習を大きく左右する
のではないかと思われるo
次に、被験者内の要因として、単語内の文字の位置別に正答数を比較してみたところ、実験I
と同様に、語頭、語尾による学習成績には有意差が認められなかった。この理由を考えてみると、
本実験において、学習に用いた単語数は両群とも3単語であり、学習すべき文字はわずかに6個
であった。このため被験者の学習負担が少なくなって、語頭、語尾という文字の位置による成績
の差が生じにくかったのであろう。もしも、 3文字以上の単語で実験するとか、単語自体の数が
多い場合には、学習すべき文字数も増加するので、もっと語頭、語尾の学習差が顕著に生じてき
たかもしれない。
ところで、語を構成する文字、ないし一部の文字列が読みを決定づける核心部分と考えられる
時、その部分は決定部分(determining part)あるいは支配部分(dominating part)と呼ばれ
る。 「種々の語について実験した結果によると、語の冒頭文字や子音文字が決定部分になること
が多く、母音文字は決定部分になりにくいことが知られている」 (村田、 1974)。しかしながら、
単語の読みにおけるこのような決定部分の有無は、あくまでもアルファベットなどの文字につい
て言えることであって、仮名のような音節文字で構成された単語の読みについて全く同様の説明
が可能であるとは考えられない。この問題については、今後さらに実験的な検討を行なうことが
必要である。
仮名の読字学習に及ぼす言語材料の効果
177
要 約
本研究では、仮名の読字学習に及ぼす言語材料の効果を検討するために、 2つの実験が行われ
た。実験王の目的は、 (1)言語材料として用いる単語の熟知度が、幼児の片仮名の読みに効果をも
つかどうか、 (2)単語を構成する文字の位置によって、読字学習に差が見られるかどうか、を検討
することであった。被験者は、平均年齢5歳6か月の幼児80名であった。彼らを年齢、男女数、
読字数、知能点がほぼ等しい4つの実験群に分けた.,I ①熟知度高・語頭、 ②熟知度高・語尾、 ③
熟知度低・語頭、 @熟知度低・語尾。各群に対して、 4つの文字の読みの学習2試行とテスト1
試行を5回ずつ実施した後、被験者が学習した文字の読みを調べた。
主な結果は次のとおりである。 (1)熟知度の高い単語を用いて学習した群は、熟知度の低い単語
を用いて学習した群よりも成綾がよかった。 (2)語頭の文字を用いて学習した群と語尾の文字を用
いて学習した群の間には、成績の差は兄い出せなかった。
実験Ⅱでは、知的能力が比較的低い幼児が被験者に選ばれた。また、単語を構成している2つ
の文字を両方とも学習させる方法が用いられた。被験者は平均年齢5歳3か月の幼児30名であっ
たo彼らを年齢、男女数、読字数、知能点がほぼ等しい2つの群、すなわち、 (》熟知度高、 @熟
知度低に分けた。両群に対して、 6つの文字の読みの学習2試行とテスト1試行を5回ずつ行な
った後、被験者が学習した文字の読みを調べた′ノ その結果、実験Iと同様に、 (1)熟知度高群のほ
うが、低群よりも成績がよかった,つ2)単語内の文字の位置による成績の差は兄い出せなかった(こ.
上記の2つの実験結果をもとに、仮名の読字学習に及ぼす言語材料の属性の効果について、二
三の議論がなされた。
引 用 文 献
藤野桂子・田中敏隆1977 文字読みの指導に関する一考察 関西心理学会第89回大会論文集、 20。
福沢周亮1959 入門期における読みの学習指導法に関する実験的研究 東京教育大学大学院修士論文。
福沢周亮1976 漢字の読字学習I-その教育心理学的研究I一一一 学燈社。
今井靖親1980 文字指導の心理学的研究 保育学年報1980年版 フレーベル館187-198。
今井靖親・福沢周亮1980 「かな」の読み・書きに関する心理学的研究の展望 読書科学、第24巻、第3号、
77-98o
今井靖規1981仮名文字の読字学習における単語内の文字の位置効果 奈良教育大学教育研究所紀要、第17
号、 101-106。
賀集寛1966 連想の機構 東大出版会O
北尾倫彦1960 ひらがな文と漢字まじり文の読みやすさの比較研究 教育心理学研究、第1巻、第4号、195
-199。
小林芳郎1971文字の認知に関する発達的研究-ひらがな文字の認知について一大阪教育大学紀要、第
Ⅳ部門第20巻、第2号、 127-137。
国立国語研究所1972 幼児の読み書き能力 東京書籍。
小柳恭治・石川信一・大久保幸郎・石井栄助1960 日本語三音節名詞の熟知価 心理学研究、第30巻、第5
号、 357-365。
村田孝次1974 幼児の書きことば 培風館。
阪本敬彦1960 読みやすさに関する研究-漢字表記とかな表記について 日本心理学会第23回大会発表
今 井 靖 親
178
論文集、 388。
Steinberg, D.D.・[Il田純1977 漢字学習の原理と方法 心理学評論、第20巻、第2号、 61-81。
Steinberg, D.D.岡直樹1978 漢字と仮名文字の読みの学習-漢字学習の易しさについて-心理学研
究、第49巻、第1号、 15-21.
杉村健・久保光雄1975 文字の読字学習に及ぼす弁別訓練の促進効果 教育心理学研究、第23巻、第4号、
-14c
田中敏隆・岩崎純子・三木千勢1974 文字認知に関する発達I 心理学研究、第45巻、第1号、 37-450
梅本尭夫・森川弥寿雄・伊吹昌夫1955 清音2字音節の無連想価及び有意味皮 心理学研究、第26巻、第3
号、 148-155。
Underwood, B. J. & Schulz, R. W. I960 Meaningfulness and verbal learning. Lipincott.
<付記> 本研究を行なうにあたり、実験データの収集及び分析では、心理学専攻生 竹弘恵子
さんよりど協力いただきました。また、実験には、橿原保育園、成和保育園、生駒保育園、久津
川保育園、みのり保育園、奈良教育大学附属幼稚園の先生方や園児の皆さんからど協力いただき
ました。心から感謝いたします。
179
Effects of Verbal Materials on Learning to Read HKana" Letters
Yasuchika Imai
Department of Psychology, Nara University of Education, Nara, Japan
(Received April 28, 1983)
In the present work, two experiments were conducted to study the effects of verbal
materials on learning to read Hkana" letters. The purposes of Experiment I were to
determine whether (1) the familiarity with words to use as verbal materials would have
effects on the child's learning to HKatakana" letters, and (2) the position of letters making
up the word would make differences in learning to read. The subjects were 80 children
whose average age was 5 years and 6 months old. In the study, they were divided into
four groups which were roughly equal to each other with regard to the age, the male-tofemale ratio, the number of letters they could read and the scores they obtained in an
intelligence test. The four groups are (1) familiarity high-the top letter of a word, (2)
familiarity high-the last letter of a word, (3) familiarity low-the top letter of a word, and
(4) familiarity low-the last letter of a word. Each group was taught to read four letters.
After two acquisition trials and one test trial were repeated five times, the number of
letters the subjects could read correctly was checked and totaled.
The results are in brief as follows: (1) The group which learned to read Hkana"
letters using words with a high familiarity got higher scores than the children who were
taught with words with a low familiarity. (2) No differences were observed between the
group which learned to read using the top letter in a word and the group in which the
last letter in a word was used.
For Experiment n, children with relatively low mental ability were selected as subjects.
In this experiment, both of the letters making up a word were taught. The subjects were
30 children whose average age was 5 years and 3 months old. They were divided into two
groups which were about the same in age distribution, the male-to-female ratio, the
number of letters they could read and the scores in an intelligence test. Each group
learned to read six letters, the first group using words with which they were familiar to
a high extent and the second using words with a low familiarity. Two acquisition trials
and one test trial were repeated five times and after that the number of letters they could
read correctly was totaled. The results were the same as those of Experiment I , that is,
(1) the group which was taught with words with a high familiarity got higher scores than
another group, and (2) the position of letters in a word made no differences in results.
On the basis of the results of the two experiments, some discussion was put forward
on the effects of characteristics of verbal materials on learning to read Hkana" letters.