文字書体がヒトの情報処理過程に及ぼす影響

平成 26 年度
人間情報工学領域
修 士 論 文 要 旨
6625039 野村 駿介
文字書体がヒトの情報処理過程に及ぼす影響
1 序論
近年,文字書体の読みにくさと記憶成績の関係
を報告した論文が多数発表されている.しかし,
読みにくさとは主観的であり,その点において曖
昧である.読みにくさの定量的な検討は,今後読
みにくさがヒトの認知行動に及ぼす影響を研究す
る上で必要なことである.
本研究は,読みにくさを定量的な検討をするこ
とを目的に行った.さらに,読みにくさがヒトの
情報処理過程に及ぼす影響を検討した.
け
1000ms
異同
の判断
1000ms
1000ms
け
せ せ
次の試行へ
も
よ の
時間
2 実験 1
図 1 試行の流れ
3 実験 1 の結果
実験結果は反応時間の対数値をとり,図 2 とし
て示した.また,平均値から標準偏差の 3 倍以上
外れたデータを解析対象外とした.図中横軸のロ
ーマ字は書体を表し,min は明朝体,kyu は教科
書体,gyo は行書体,gos はゴシック体を表してい
る.図中のエラーバーは標準誤差である.
2.88
反応時間の対数値
実験 1 は読みにくさの定量的検討を目的に行う.
文字書体の読みにくさを測る方法として異同判断
課題(same-different judgment task)を課し反応時
間を測定した.用いた書体は MS 明朝,HGS 教科
書体,HG 行書体,MS ゴシックの 4 書体である.
これら 4 書体では明朝,ゴシック体が日常で頻繁
に使用される書体であり,教科書体は明朝体に近
い書体となっている.行書体は,ほかの書体とは
大きく異なる形を有し,日常生活の中で見かける
頻度の少ない書体である.
実験は静かな暗室で行い,被験者として研究に協
力同意した 5 名が実験に参加した.被験者は CRT
ディスプレイから 57cm 離れたところに設置した
あご台にあごを乗せて実験を行った.
試行の流れを図 1 として示す.始めに白色の画面
が 1 秒間呈示され,その後に第一刺激の文字列が 1
秒間呈示される.その後に 1 秒間の白色が提示さ
れ,第二刺激の文字列が 1 秒間呈示される.被験
者は第一刺激の文字列と第二刺激の文字列が同じ
かどうかを判断し,同じならばキーボードの s を,
異なるならキーボードの d を入力した.被験者が
異同判断を行い,キーボードから s,d のボタンを
押したタイミングで次の試行へと移った.文字列
は日本語として意味を持たない 3 文字で構成した.
第二刺激として呈示される文字列は,第一刺激と
同じ文字列か,第一刺激の文字列から一文字だけ
別の文字に置き換えた文字列で構成した.置き換
える場所や置き換える文字はランダムとした.条
件は第一刺激と第二刺激の書体の組み合わせごと
に設けた.また,使用する書体が同じでも,第一
刺激,第二刺激の順番が違った場合も別条件とし,
第一刺激の 4 書体,第二刺激の 4 書体で計 16 条件
行った.それぞれの条件につき 24 試行,計 384 試
行をランダムな順序で行った.
せ め
2.86
2.84
2.82
2.80
2.78
min-min kyu-kyu gyo-gyo gos-gos
書体の組み合わせ
図 2. 書体ごとの反応時間の対数値
図 2 を見れば,明朝体やゴシック体など日常頻
繁にみられる書体で反応時間が早く,行書体など
など使用頻度の低い書体では反応時間が遅かった
ことが分かる.
4 実験 1 の考察
実験結果を数量化Ⅰ類によって解析したところ,
第一刺激,第二刺激の重相関係数が 0.686 と高い
値を示したことから本実験における反応時間は第
一刺激の書体と第二刺激の書体で説明できる.
ヒトは文字を見たときに,まず形態符号化を行
い,音韻符号化,意味符号化を行う.本実験にお
5 実験 2
実験 2 はヒトの情報処理に及ぼす影響を検討す
るために行う.実験 1 と同様の環境の下,実験に
参加することに同意した 10 名の被験者を対象に行
った.使用した書体は MS 明朝体,HGS 行書体の
2 種類である.文字列の呈示時間は 0.3 秒,1 秒の
2 条件,ISI は 0.5 秒,1 秒,6 秒の 3 条件設けた.
さらに第一刺激の文字列と第二刺激の文字列が同
じか違うかでも 2 条件設け,計 48 条件をランダム
に行った.また,別セッションとして刺激呈示時
間を 1 秒,ISI を 1 秒として図形の異同判断課題を
20 試行行った.これは,意味符号を持ちにくい図
形の反応時間を調べることを目的としている.
6 実験 2 の結果
反応時間の対数値
図 3 は実験 1 と同様の手順で作成した.図中の
m は MS 明朝体を,g は HGS 行書体,fig は図形
を表している.
次の図 4 は反応時間を ISI ごとに集計したもの
である.
反応時間の対数値
ける反応時間は,第二刺激を形態符号化し,音韻
符号化,形態符号化した後に,第一刺激と比較し,
同じか違うかを判断した後に反応を生成する.こ
こで,形態符号化が行われていない時点では,文
字の認知そのものが行われないため,書体の影響
はない.さらに,同じか違うかを判断する系列比
較においても,試行を重ねるごとに読みにくさの
影響はなくなる.つまり,本実験における反応時
間の差は文字を形態符号から音韻符号化する時間
の差であると考えてよい.
ヒトが文字を認識するためには,記憶痕跡の文
字との同定が必要である.もしも呈示された文字
が記憶痕跡と全くの同じであるならば,同定は非
常に容易であり,反応時間は早くなるだろう.し
かし,実際目にする文字は歪みや大きさの違いが
存在する.記憶痕跡との違いが大きくなれば同定
が困難になり,処理時間の増大を引き起こす.よ
って,本実験における反応時間は記憶痕跡との同
定にかかる時間の差を意味し,反応時間の遅延を
引き起こす書体は読みにくいと言える.そして,
書体の読みにくさを反応時間でとらえることは可
能である.
3.22
3.20
3.18
3.16
3.14
3.12
3.10
0.5sec
1.0sec
6.0sec
m-m m-g g-m
g-g
反応時間の組み合わせ
図 4. ISI ごとに集計した反応時間の対数値
7 実験 2 の考察
図 3 を見て実験 1 と比べると,反応時間が増大
し,条件間の差が小さくなった.しかし,MS 明朝
体で呈示された場合に早く,HGS 行書体で遅い,
また,第一刺激と第二刺激の書体が異なる場合に
反応時間が遅れたことも同様の結果であった.さ
らに,図形の反応時間と比べると,MS 明朝体のみ
図形の反応時間よりも早く,それ以外の条件では
遅かった.形態符号が最も重要な要素である図形
は,その形から意味符号を連想させるものである.
このことから,日常頻繁に目にする書体は形から
意味を連想する図形に近いものとして情報を圧縮
している可能性が示唆された.
さらに図 4 を見ると ISI ごとに反応時間が大き
くことなり,条件の間の差も小さくなっている.
このことは,書体による影響が微差であることを
示し,その差は時間と共に消失していくことを意
味する.しかし,先行研究によれば,読みにくさ
がヒトの記憶成績に影響を及ぼすことを報告して
いる[1].記憶の強度は,学習時間に比例する.そ
して,実験 1 から読みにくさは反応時間の遅延を
引き起こす.このことから,ヒトの認知段階にお
ける微小な反応時間の増大が記憶成績に影響を及
ぼす可能性が示唆される.
8 結論
本研究から,以下のことが分かった.
(1) 文字書体の読みにくさは反応時間の遅延を引
き起こし,読みにくさの定量的な評価として反
応時間を提案した.
(2) ヒトの認知段階における微小な反応時間増大
が記憶成績に影響を及ぼす可能性を示唆した.
3.18
3.17
3.16
3.15
3.14
参考文献
m-m m-g
g-m
g-g
fig
書体の組み合わせ
[1]
Diemand-Yauman.C,Oppenheimer DM,Vauqhan EB,
Fortune favirs the bold(and the italicied):effects of
図 3. 文字と図形の反応時間の対数値
disfluency on educational outcomes,cognition,2011