15 賃金カーブ維持のための所要原資の問題

15 賃金カーブ維持のための所要原資の問題
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15 章と 16 章で 1 歳1年ピッチ額率を「定昇込み賃上げ額率」がクリアすることによっ
て、賃金カーブが維持され、全体的な賃金水準も維持されることを述べてきた。本章では、
そのための所要原資の問題を考えていくことにする。
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まず各年齢に一人ずつ在職する単純なモデルを考えてみよう。春の交渉で賃金カーブの
維持が合意され、4 月 1 日以降、社員全員が 1 歳先輩の前年と同額の賃金が支払われるこ
とになったとする。定年退職者1名のかわりに 1 名を新規採用したとすれば、一人あたり
の平均上昇額が 4000 円であろうが、6000 円であろうが、企業全体の支払総額は前年と変
わりはない。つまり「賃金カーブ維持所要原資」はゼロということになる。しかし現実に
は、上記のような単純なモデルは存在しない。近年のわが国企業では、高齢化・長勤続化、
高学歴化が進行し、相対的に賃金の高い層が増大する傾向にあった。そのためほとんどの
企業において、賃金カーブを維持することは原資増をともなったのである。
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その所要原資を 1986 年から 2014 年の産業計規模計について計算した結果が、15-1 表で
ある。その計算方法は、2014 年の例を示すと、組合員・基本賃金について、2014 年度の
在職者全員に 2013 年と同水準(1 歳 1 年先輩に前年支払われていた賃金)が支払われた状
態を仮定して、その平均値を求め、前年の平均値との差をもって、一人あたりの所要原資
とするというものである。「前年賃金」については、賃金センサスの集計値をそのまま使用
する方法もあるが、回帰後の推計値を使用した方が安定した計算結果を得られるので、そ
の方法をとっている。
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15 図は、規模計の性学歴計についての所要原資の推移を追ったものである。年ごとにか
なりの変動があり傾向が把握しにくいので、3 項移動平均も表示している。2000 年頃まで
は 500~2000 円の幅で変動していたものが、2001 年から 2008 年まで低下する傾向を読み
取ることができる。2007 年は「-328 円」
、2008 年は「-557 円」とマイナスの数値さえ
示している。所要原資がマイナスということは、賃金カーブを維持しても、賃金総額は増
大せず、
「おつりまでくる」ことを示している。2009 年以降 2011 年にかけて反転上昇して
いる。
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所要原資の決定要因をさぐるため、回帰分析を行ってみると、産業計規模計では、つぎ
のような式が成立することが判明した。
所要原資(円)=508 + 1911X + 2538Y
X:平均年齢の前年比増分(60 歳以上を除外した、男女計平均年齢)
Y:平均勤続年数の前年比増分(60 歳以上を除外した、男女計平均勤続年数)
年齢が 1 歳、勤続年数が1年上昇すれば、所要原資は 508+1911+2538=4957 円であ
る。2014 年は、平均年齢が前年度比 0.2 歳増、平均勤続年数の前年度比が 0.1 年贈であ
るので、推計所要原資はつぎの式で求められる 463 円ということになる。
所要原資=508 + 1911×0.2 + 2538×0.2
=1398(円)
実測値は 879 円(15-1 表)であるので、519 円の乖離ということになる。
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年齢増の係数が 1911 に対し、勤続年数増の係数が 2538 ということは、所要原資決定要
因としては、年齢増よりも勤続年数増が大きいウエイトだということである。また定数項
が「508」ということは、年齢増、勤続年数増がともにゼロであったとしても、所要原資は
508 円だということである。「高学歴化による原資増分」と解釈して間違いはないであろう。
また所要原資がマイナスとなる条件を考えてみると、年齢、勤続いずれも前年比マイナス
0.12 歳であれば、所要原資はマイナス 26 円となる。
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このことをふまえて 15-1 表をみてみよう。前後の年と比較して、所要原資が異常に低い
値となっている年が四つある。1988 年、1992 年、1998 年、2002 年である。15-2 表は平
均年齢、平均勤続年数とその前年比を示したものであるが、上記四つの年はいずれも平均
勤続年数が前年度比マイナスとなっている。また 1998 年には平均年齢の対前年もマイナ
ス、1992 年と 2002 年は対前年同年齢となっている。高年齢化と長勤続化が進行中の局面
であるので、実際に平均勤続年数や平均年齢が前年度比マイナスになったとは考えにくく、
統計上のぶれである可能性が高い。
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2005 年から 2009 年まで、前年度比平均勤続年数は、4 回マイナスを記録しており、平
均年齢も1回マイナスを記録している。これは団塊世代のリタイアなど構造的な原因と考
えられ、
「統計上のブレ」とは考えにくい。その中で所要原資は低下し、2007 年と 2008 年
はマイナスさえ記録したのである。2010 年以降、団塊の最終世代である 1949 年生まれの
世代が 60 歳を超え、「企業の若返り」と「賃上げ所要原資のマイナス」の時代が始まった
と考えられたのである。
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しかし現実はその方向には進まなかった。2010 年以降、団塊世代のリタイアにもかかわ
らず、「高年齢化」と「長勤続化」の傾向は継続したのである。本章でいう「平均年齢」は、
60 歳以上を除外して計算しているので、「定年後の勤務延長・再雇用」が原因となってい
るわけではない。原因は、リーマンショック後の円高不況のなかで、各企業が採用をしぼ
ったことにあると考えられるのである。
15図
賃金カーブ維持所要原資の推移
円
所要原資
2500
所要原資3項移動平均
2000
1500
1000
500
0
-500
-1000
86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14
15-1表
[賃金カーブ維持に必要な原資 経年推移]
産業計規模計の「組合員・基本賃金」について算出
産業計規模計・男女計
年
規模計
総計
1986
1987
1988
1989
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
15-2表
[平均年齢、平均勤続年数の前年比推移]
959
1639
18
1516
928
837
-413
672
1849
1678
1588
1316
-232
1996
2212
2071
250
1294
896
156
57
-328
-557
204
1227
1183
159
981
879
男性
1071
1864
-51
1701
1011
967
-784
749
1917
1497
1489
1207
-403
1901
2325
2324
270
1207
727
326
-1
-583
-782
-8
1279
1137
150
995
855
規模計
平均値
年齢
女性
734
1182
159
1151
764
585
295
524
1715
2032
1784
1537
110
2191
1975
1532
211
1475
1247
-173
169
150
-134
591
1129
1266
177
957
925
(単位:円)
1985
1986
1987
1988
1989
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
36.8
36.9
37.1
37.1
37.3
37.4
37.5
37.5
37.5
37.7
37.9
38.1
38.4
38.3
38.6
38.8
39.0
39.0
39.2
39.3
39.5
39.7
39.7
39.4
39.5
39.6
39.7
39.8
40.0
40.2
前年との差
勤続年数 年齢
勤続年数
10.2
10.4
0.1
0.2
10.7
0.2
0.3
10.5
0.0
-0.2
10.7
0.2
0.2
10.8
0.1
0.1
10.9
0.1
0.1
10.8
0.0
-0.1
10.8
0.0
0.0
11.1
0.2
0.3
11.2
0.2
0.1
11.5
0.2
0.3
11.7
0.3
0.2
11.5
-0.1
-0.2
11.7
0.3
0.2
11.9
0.2
0.2
12.1
0.2
0.2
11.9
0.0
-0.2
12.0
0.2
0.1
12.0
0.1
0.0
11.8
0.2
-0.2
11.9
0.2
0.1
11.6
0.0
-0.3
11.3
-0.3
-0.3
11.1
0.1
-0.2
11.5
0.1
0.4
11.5
0.1
0.0
11.4
0.1
-0.1
11.5
0.2
0.1
11.7
0.2
0.2