大河津分水路河口における密度流と土砂輸送の数値計算 長岡技術科学大学大学院 学生会員 長岡技術科学大学 長岡技術科学大学大学院 正会員 〇大竹剛史 細山田得三 非会員 AYURZANA BADARCH 1.はじめに 海岸浸食が顕著な日本海側の中で,信濃川を開削 して造られた大河津分水路の河口は,土砂が豊富で あり,海岸線が前進している区域が目立っている. 大河津分水路は通水後 90 年を経過しており, その間, 土砂収支における重要な供給源となっている.河口 の土砂が長い年月を経てどの様に地形を形成してい くかを調べることは興味深いものである.関口ら 1) は河川供給土砂が重要な役割をはたしてきた大河津 分水-寺泊野積海岸システムを取り上げ,音波探査 図-1 大河津分水路河口での測定箇所 や堆積物のコア採取を行い堆積環境の調査を行って 期風浪が来襲する.また,夏期には平成 23 年 7 月新 いる. 潟・福島豪雨など度々大きな出水が生じており,ナ 河口では,河川の上流から淡水の流入によって土 ローマルチビームによる海底地形測量が行われてい 砂・シルトが流入する一方,海岸からは潮汐や波浪 る.また,関口らにより,コアサンプリング取得及 によって塩水や漂砂が河口に輸送され,浮遊土砂が び塩水濃度,濁度の測定が実施されている.図-1 複雑に混合される場所となっている.例えば,細山 はその測定箇所である.図-2 はその測定結果であり, 田ら 塩水の濃度が高いところで濁度が急激に減少してお 2)によって密度流によって生じる上昇流により 海底付近の浮遊砂が塩水楔の影響を受ける可能性が り,フロック化による土砂沈降が顕著に表れている. 示唆されており,河川からの土砂輸送の動態把握を 行うにあたり密度流を考慮する必要があると考えら 3.数値計算手法 れる.また,河川から輸送されてきた土砂は,塩水 (1)土砂輸送の基礎方程式 と出会うことにより電荷を失って凝集し,フロック 本研究では土砂輸送の計算を 2 種類の方法を用い を形成して沈降する速度が速まることが知られてい て行った.1 つは式(8)に示す移流拡散方程式を用い る て土砂濃度を求める方法である. 3).本研究では,関口らの示した大河津分水路河 口における土砂の堆積の過程を水工学的な視点から 捉え,密度流や凝集を考慮した土砂輸送の数値計算 法の提案を行う事を目的とする. c c c um w ws D 2c t xm x3 (8) ここに c , D , ws は,土砂濃度,土砂の拡散係数, 土砂の沈降速度である.この方法は微細な土砂の濃 2.数値計算対象 本研究の対象は大河津分水(信濃川)の河口である. 度分布を連続量として捉える方法であり,漂砂等の 浮遊砂の形態把握に用いられる主流な方法である. 大河津分水路の河口は新潟県沿岸域の寺泊野崎海岸 一方,土砂を連続量としてではなく個別な粒子と に位置し,開削以前は大規模な流入河川が存在しな して捉え,粒子位置と流速からそれぞれの粒子を追 かったため岩石海岸であったが,大河津分水路が 跡していく方法がある.粒子の移動速度は,粒子を 1922 年に竣工後,分水河口の両側に砂浜海岸が形成 球体だと考え式(9)のような運動方程式を解く. されている.冬期には季節風により日本海特有の冬 塩分(PSU) 20 0 海面 0 塩分(PSU) 20 0 海面 0 40 塩分(PSU) 20 0 海面 0 40 40 塩分(PSU) 20 0 海面 0 40 塩分 濁度 −10 −10 −15 0 300 塩分(PSU) 20 0 海面 0 40 濁度 100 200 濁度(FTU) 塩分(PSU) 20 0 海面 0 40 濁度 100 200 濁度(FTU) 塩分 −10 300 300 −15 0 塩分(PSU) 20 0 海面 0 −5 Z (m) 塩分 −10 −15 0 −15 0 300 −5 Z (m) −5 100 200 濁度(FTU) −10 100 200 濁度(FTU) 300 40 濁度 Z (m) 100 200 濁度(FTU) 塩分 塩分 −10 −15 0 Z (m) 濁度 −5 濁度 Z (m) 塩分 濁度 −5 −5 Z (m) Z (m) −5 −15 0 100 200 濁度(FTU) 塩分 −10 300 −15 0 100 200 濁度(FTU) 300 図-2 各測定点での塩水濃度(PSU)と濁度(FTU) (上段左:A,上段中央左:B,上段中央右:C,上段右:D,下段左:E,下段中央:F,下段右:G) 4 3 dV 4 r sed b r 3 ( sed w ) g Fr 3 dt 3 (2)密度流の基礎方程式 (9) 河川流および密度流の運動方程式は式(1)に示すブ ここに Vb , r , sed , w , Fr はそれぞれ土粒子の移動 シネスク近似を用いた 2 次元のナビエストークス方 速度,土粒子の半径,土粒子の密度,流体密度,土 程式(NS 方程式)で記述することができる.式(2)は非 粒子が流体から受ける抵抗力である.土粒子の初期 圧縮性流体の連続式である. 配置は正規分布および一様分布に従う乱数を発生さ せて求めた.Fr は粒子位置での流速と粒子速度の差 である.相対速度が抵抗力を発生させると考えて式 ui u 1 p g i 3 um i 1 t 2ui t xm xi (1) ui 0 xi (2) を作成した.抗力係数 Cd は,レイノルズ数の関数と して図化されているが,内挿して値を算出する関数 をプログラム化して層流から乱流までカバーするよ ここに,i , ui , t ,x , g , , , p , はそれぞれベクトルを うに計算した.レイノルズ数の代表長さは各格子の 示す成分,流速ベクトルの i 成分,時間,空間座標, 直径とし,粒子個別に計算した. 重力加速度,基準密度,密度偏差,圧力,分子粘性 オイラー的な手法である移流拡散方程式を用いた 係数である. 方法と比べると,ラグランジュ的手法である粒子追 実現場スケールでは,水平方向に対して鉛直方向 跡の方法は,粒子ごとにフロックの形成過程を表現 の対象領域が十分に短いためNS方程式に静水圧近似 することができる.具体的には,土粒子が塩水に触 を用いる.具体的にはi=3におけるNS方程式を式(3), れている時間と塩分濃度を累積し,それに応じて粒 連続式を式(4)のように変形する. 子の密度を増やすモデルを考案した.そこで本研究 では室内実験スケールを対象とした計算を行い粒子 追跡の方法の妥当性を検証し,その後,実現場スケ ールを対象とした計算を行い現場への適用性につい て考察する. 1 p g i 3 0 1 xi (3) Frame 001 18 Sep 2015 x y 0 0 50 100 150 50 100 0.0005 図-3 室内実験スケールの計算領域 0.003 0.0055 0.008 (%) 図-5 計算開始 8 秒後の相対密度 150 (lock-exchange) 図-6 計算開始 8 秒後の土砂濃度と土粒子 (凝集モデルなし) 図-4 実現場スケールの計算領域 u u u3 1 2 x3 x1 x2 (4) 室内実験スケールでは,式(1),(2)をSOLA法 (Numerical Solution Algorithm)を用いてNS方程式の直 接計算を行った.非圧縮性流体のナビエストークス 図-7 計算開始 8 秒後の土砂濃度と土粒子 方程式は時間発展方程式であるが連続式は時間発展 (凝集モデルあり) 方程式とはならない.SOLA法では新しい時間ステッ R t c s l 2 2S ij S ij 1 i Pr プの流速と圧力を同時に緩和して連続式を満足させ る4).密度偏差の時間発展は式(5)の移流拡散方程式を 解いて求めた. um A 2 t xm Ri (5) ここに A は密度の拡散係数である.流体の正味の密 (7) u u j S ij i x j xi 度は基準密度と密度偏差の和として式(6)のように計 算される. g w z 2S ij S ij (6) l 3 xyz 本計算では,乱流モデルとして LES(Large Eddy Simulation)を用いた.池畑ら 5)は非等方型スマゴリン スキー・モデルに基づいて LES を行い,負の浮力効 (4)計算領域 果を取り入れたモデルを構築しており,計算に取り 室内実験スケールでは,lock-exchange 問題を対象 入れた.格子スケールΔl やスマゴリンスキー定数 とした.lock-exchange 問題とは,矩形容器の左右で Cs,ひずみ速度テンソル Sij などを用いて乱流粘性係 密度の異なる流体を入れ,中央のしきりを外すと相 数νt を以下のように表わす. がら,土粒子位置は土砂濃度より広がりを見せず, 河床に堆積する様子を見る事は出来なかった.これ は,粒子追跡による土粒子の拡散性が,粒径に依存 してしまうためではないかと考えられる, 5.まとめ 図-8 計算開始 3 時間 12 分後の 粒子追跡を行う方法では,粒子個別にレイノルズ 土砂濃度,土粒子位置,密度成層 数や抗力係数を設定できフロックの形成過程を表現 対的に密度の低い流体が上層へ,密度の高い流体が できることが容易である.これにより土砂輸送解析 下層へと進行する現象である.初期状態は容器の上 の新しい方向性を示した.しかし,土粒子の拡散性 層に土粒子を配置する.水平方向の長さ 200cn,鉛直 が粒径に依存してしまう問題など課題は残されてい 方向の長さ 100cm の領域で 20 秒間分の計算を行った る.今回は定性的な評価しか行えなかったため,今 (図―3).フロックの形成は,2%の塩水に土粒子が 10 後は定量的な評価の方法を検討していく. 秒間触れていると,シグモイド関数に従い最終的に は 2 倍の大きさにまで増大するモデルを導入した. 謝辞 実現場スケールでは,大河津分水路河口の標高デ 本研究を遂行するにあたり,科学研究費補助金(基 ータを,河川の横断方向に平均を取り断面 2 次元の 盤研究(B)26289155,代表者:関口秀雄)の補助を 地形データを作製した.水方向の長さ 1.245km,鉛直 受けたことを付記する,また,地形データ,流量デ 方向の長さ 14.28m の領域で 8 時間分の計算を行った ータの使用に関して便宜を図って頂いた,国土交通 (図―4).フロックの形成は,2%の塩水に土粒子が 300 省北陸地方整備局,信濃川河川事務所に謝意を表す 秒間触れていると,シグモイド関数に従い最終的に る. は 2 倍の大きさにまで増大するモデルを導入した. 参考文献 4.数値計算結果 (1)室内実験スケール 1) 関口秀雄,山崎秀夫,中川亮太,石田真展,東 良 慶,原口 強,細山田得三:河口砂浜海岸の堆積 図-5 は 8 秒後の相対密度であり,淡水と塩水の境 環境変遷における洪水土砂流出の重要性,土木学 界にケルビン・ヘルムホルツ不安定によって渦が発 会 論 文 集 B2 ( 海 岸 工 学 ) , Vol.69 , No.2 , 生している.図-6 と図-7 はそれぞれ 8 秒後の移流 pp.I_691-I_695,2013 拡散方程式による土砂濃度と粒子追跡による土粒子 2)細山田得三,早川典夫,青山了士,J.F.Atkinson, である.図-6 は凝集モデルなしの場合.図-7 は凝 福嶋祐介:河口における密度流と浮遊物質の輸送 集モデルありの場合である.凝集モデルのない場合 に関する数値計算,水工学論文集,第 45 巻, は概ね土砂濃度の高い部分に土粒子が配置されてい pp.955-960,2001 る.凝集モデルがある場合の土粒子は塩水に触れて いる部分の沈降速度が上昇し,凝集モデルなしの場 合に比べて鉛直方向に土粒子が広がりを持って分布 している. 3)柳 哲雄:沿岸海洋学-海の中でものはどう動くか -,恒星社厚生閣,1989 4)C.W.Hirt, B.D.Nichols,N.C.,Romero: SOLA-A Numerical Solution Algorithm for Transient Fluid Flows , Los Alamos Scientific Laboratory (2)実現場スケール LA-5852,pp1-50,1975 図-8 は実現場スケールで行った計算の 3 時間 12 5)池畑義人,本地弘之:安定成層流体中に水平に流 分後の移流拡散方程式で解いた土砂濃度,粒子追跡 入する負の浮力をもつ噴流の LES モデルによる の方法で解いた土粒子,及び密度成層を示す.土粒 解析,日本流体力学会誌「ながれ」,Vol.19,No.5, 子の位置は土砂濃度と概ね一致している.しかしな 2000
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