4 行列の基本変形 II 21 行列の基本変形 II 4 4.1 階段行列への変形 (m, n) 型の行列 A = (aij ) に対し, 次の条件 (a)–(c) をみたす j1 , j2 , . . . , jr (1 ≤ r ≤ m) が存在するとき, A は r 階の階段行列であるという: (a) 1 ≤ j1 < j2 < · · · < jr ≤ n; (b) i ≤ r ならば ai1 = ai2 = · · · = ai;ji −1 = 0, aiji ̸= 0; (c) i > r ならば ai1 = ai2 = · · · = ain = 0. (j1 , j2 , . . . , jr ) を A の型 (行列の型と混同しないこと) といい, a1j1 , a2j2 , . . . , arjr を主成分という. なお, 零行列は 0 階の階段行列であると定める. 注意 4.1 上の定義では r ≤ m としているが, 条件 (a) より r ≤ n も成り立つ. 例 4.2 次の形の行列は, いずれも階段行列である: † ∗ ∗ † ∗ ∗ 0 0 0, 0 † ∗, 0 0 0 0 0 0 0 † ∗ 0 , 0 0 0 0 0 0 0 † 0 † ∗ † ∗ , 0 † ∗ ∗ 0 0 0 0 0 0 0 † , 0 0 0 0 0 † ∗ 0 0 0 † ∗ † , 0 0 . 0 ただし † は 0 でないスカラーを表す (これらが主成分である). それぞれの型は次の通り: (1), (1, 2), (1, 2, 3), (1, 3), (2), (2, 3), (3). 任意の行列 A ̸= O は, (行換) を適当に施すことにより 0 . . . 0 a1j1 ∗ .. . O ∗ ∗ ... ∗ ∗ (a1j1 ̸= 0) なる形にできるが, 続けて (1, j1 ) 成分を要として列を掃き出せば次の形に変形できる: 0 ... 0 a1j1 ∗ ... ∗ O 0 .. . A′ . 0 こうして得られた行列 A′ が零行列であれば, 上の行列は階段行列である. A′ ̸= O のときには, 2 行目以下 に対して同様の操作を繰り返せば, 有限回の操作の後に階段行列へと変形できる. すなわち: 定理 4.3 任意の行列は, 行に関する基本変形を繰り返すことによって階段行列に変形できる. 22 線形代数学 A 階段行列の簡約化 (j1 , j2 , . . . , jr ) 型の階段行列 A = (aij ) は, (r, jr ) 成分を要として列を掃き出せば ∗ .. . A′ A= 0 ... 0 O ∗ arjr 0 .. . 0 ∗ ∗ ... ∗ −−−→ O ∗ 0 .. . ∗ ... ∗ O A′ 0 0 ... 0 a rjr 0 .. O . 0 と変形できる. また, この操作で A′ (これは r − 1 階の階段行列である) の部分は変わらない. 従って, 続け て (i, ji ) 成分を要とする列の掃き出しを i = r − 1, r − 2, . . . , 2 に対して行えば, 主成分の上 (ならびに下) の成分が全て 0 であるような階段行列が得られる. この階段行列に (行掛) を適当に施せば, 主成分を全て 1 にすることができる (こちらの変形を先に行っても構わない). 以上の操作を階段行列の簡約化という. 注意 4.4 行列を階段行列に変形する際に主成分の上の成分を全て 0 にすることも可能であるが, この方法 は効率的ではない. † ∗ ∗ 例えば ∗ ∗ ∗ ∗ −−−→ ∗ ∗ なる変形は † ∗ ∗ ∗ ∗ ∗ −−−→ ∗ ∗ ∗ † ∗ ∗ † ∗ ∗ † 0 ∗ † 0 † ∗ −−−→ 0 † ∗ −−−→ 0 0 ∗ ∗ 0 0 † 0 † ∗ ∗ † 0 † ∗ −−−→ 0 † ∗ −−−→ 0 0 ∗ ∗ 0 0 † 0 0 0 † 0 ∗ 0 † 0 † 0 0 −−−→ 0 † † 0 0 † 0 0 0 † よりも計算量が多い (乗法と加法を行う回数を比較してみよ). 例 4.5 例 4.2 の階段行列を簡約化すると, それぞれ次の形になる: 1 ∗ ∗ 1 0 ∗ 1 0 0 0 0 0, 0 1 ∗, 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 1 ∗ 0 0 0 , 0 0 0 0 1 0 0 0 1 , 0 1 , 0 0 0 0 1 , 0 0 0 0 ∗ 0 0 0 0 1 0 . 0 問 4.6 n 次の正則行列 A に行に関する基本変形を繰り返して r 階の階段行列 A′ が得られたとする. (1) r = n であることを示せ. (2) A′ の型は (1, 2, . . . , n) であることを示せ. (3) A′ を簡約化して得られる行列は単位行列であることを示せ (cf. 系 3.11). 4 行列の基本変形 II 4.2 23 掃き出し法 A を (m, n) 型の行列, u を m 次のベクトルとし, 連立 1 次方程式 Ax = u を解くことを考える. いま m 次の正則行列 Q をとり, A′ = QA, u′ = Qu と置く. このとき, Ax = u が成り立つことと A′ x = u′ が成り立つことは同値である. 従って, Q を適切に選ぶことによって A′ が “簡単” な形にできれ ば, 方程式 Ax = u を解くことは, より “易しい” 方程式 A′ x = u′ を解くことに帰着できることになる. さ て, 命題 3.2 と系 3.10 より, 行列に正則行列を左から掛けることは行に関する基本変形を繰り返すことに他 ) ( ) ( ならない. また, 拡大係数行列 A u , A′ u′ を作るとき, ( ) ( ) ( ) A′ u′ = QA Qu = Q A u となっている. 以上より, 方程式 Ax = u を解くことは次のような手順に簡易化できることになる: ( ) (A) 拡大係数行列 A u を作る; ) ( ) ( (B) 行に関する基本変形を繰り返して A u を A′ u′ なる形に変形する (ただし A′ は “簡単”); (C) 方程式 A′ x = u′ を解く. “簡単” な A′ としては, 例えば階段行列がとれる (定理 4.3). A が正則行列の場合には A′ として単位行 列をとることもできる (cf. 系 3.11, 問 4.6). A′ が階段行列であるように変形すれば, 方程式 A′ x = u′ は xn , xn−1 , . . . , x1 の順で容易に解くことができる (A′ が単位行列のときには, (C) が省けて, 解 x = u′ が得 られる). このような解法を掃き出し法 (または Gauss の消去法) という. ( ) 注意 4.7 A′ が r 階の階段行列であるとき, 方程式 A′ x = u′ が解をもつためには A′ u′ も r 階の階段行列で あることが必要である. すなわち, u′ = (u′i ) とするとき, 解が存在するためには u′r+1 = u′r+2 = · · · = u′m = 0 でなければならない (cf. 問 1.10). 例 4.8 (1) 1 2 −1 0 1 2 A= 2 3 −1 , 1 3 1 とすると, 行に関する基本変形 a 1 2 −1 ( ) 0 1 2 2a − 1 行3 −行1 ×2 −−−−−−−→ Au = 行 −行 2 3 −1 a + 2 4 1 1 3 1 2a + 1 より 1 0 1 A = 0 0 ′ 0 0 2a − 1 u= a+2 2a + 1 2 −1 0 1 0 −1 0 1 1 2 −1 2 1 2 2 , 3 0 a a 2a − 1 行3 +行2 − −−−−→ −a + 2 行4 −行2 a+1 a 2a − 1 u = a+1 −a + 2 ′ 1 0 0 0 2 −1 1 0 0 a 2a − 1 3 a+1 0 −a + 2 2 線形代数学 A 24 とできる. 従って, 方程式 A′ x = u′ が解をもつためには −a + 2 = 0, すなわち a = 2 でなければならない. a = 2 のとき, 方程式 A′ x = u′ は x1 + 2x2 − x3 = 2 x2 + 2x3 = 3 3x3 = 3 ( ) と同値で, これを解くと, x3 = 1, x2 = 1, x1 = 1 が得られる. なお, A′ u′ を簡約化すると次のように なる: 1 2 −1 0 1 2 0 0 3 0 0 0 2 3 行3 ÷3 − −−−→ 3 0 1 2 −1 2 0 1 0 0 2 0 0 0 3 1 +行3 −−行 −− −−−→ 1 行2 −行2 ×2 0 1 ここまで変形すれば, 方程式は 1 0 0 0 x1 2 0 1 0 0 1 0 0 3 1 行1 −行2 ×2 − −−−−−−→ 1 0 0 0 0 =1 x2 =1 x3 = 1 と既に解けた形になっている. (2) 0 1 4 5 u = 2 3 6 A= 1 2 5 −2 , 2 3 6 −8 とすると, 行に関する基本変形 0 1 ( ) Au = 1 2 2 3 4 6 5 1 行1 ↔行2 5 −2 2 −−−−−→ 0 6 −8 3 2 1 行3 −行1 ×2 −−− −−−−→ 0 2 5 −2 1 4 より A′ = 0 1 4 0 0 0 1 4 3 6 −8 1 20 3 5 −2 行3 +行2 5 −−−−−→ 0 1 4 6 5 0 0 2 4 2 ′ u = 5 4 6 , 2 5 2 とできる. 方程式 A′ x = u′ を解いて 6 2 −1 5 −2 1 2 5 −2 2 6 0 −1 −4 −4 2 3 −7 −4 x= + t 1 0 2 0 0 2 1 0 1 0 0 0 1 0 1 . 1 1 0 0 4 行列の基本変形 II 25 ( ) (t は任意のスカラー) が得られる. なお, A′ u′ を簡約化すると次のようになる: 1 2 5 −2 2 1 2 5 0 1 0 −3 0 20 6 行1 −行2 ×2 1 +行3 0 1 4 6 5 −−行 − −−−→ −−−−−−−→ 0 1 4 0 −7 0 1 4 0 −7 行− . 行3 ÷2 2 −行3 ×3 0 0 0 2 4 0 0 0 2 0 0 0 1 4 2 ここまで変形すれば, 方程式は x1 − 3x3 x1 = 20 すなわち = −7 , x2 + 4x3 x4 = = 20 + 3x3 2 = −7 − 4x3 x2 x4 = 2 という形になっている. (3) 7 , u= 0 5 1 2 2 A= 4 8 9 1 3 6 8 9 とすると, 行に関する基本変形 1 2 2 1 −1 行2 −行1 ×4 ( ) −−−−−−→ Au = 0 − 4 8 9 7 行3 −行1 ×3 3 6 8 9 5 より 1 2 0 0 0 0 1 2 2 A′ = 0 0 1 0 0 0 2 1 1 3 2 6 −1 −1 1 2 行3 −行2 ×2 4 −−−−−−−→ 0 0 1 3 4 8 0 0 0 0 0 3 , u′ = 4 0 0 −1 とできる. 方程式 A′ x = u′ を解いて −9 −2 5 0 1 0 x= + s 0 + t −3 4 0 0 1 (s, t は任意のスカラー) が得られる. 1 2 2 0 0 1 0 0 0 ( ) なお, A′ u′ を簡約化すると次のようになる: −1 という形になっている. −9 行1 −行2 ×2 4 −−−−−−−→ 0 0 1 3 4 . 0 0 0 0 0 0 x3 + 3x4 = 4 , 1 0 −5 3 ここまで変形すれば, 方程式は x1 + 2x2 − 5x4 = −9 2 1 0 すなわち 1 1 −1 2 x1 = −9 − 2x2 + 5x4 x3 = 4 − 3x4 26 線形代数学 A 斉次方程式の場合 方程式が斉次, すなわち u = 0 であるときには, どのような (行に関する) 基本変形を 繰り返しても u′ = 0 となるから, 拡大係数行列を考える必要はない. 従って, 上で述べた手順 (A)–(C) は 次のように簡略化できる: (B)′ 行に関する基本変形を繰り返して A を “簡単” な A′ に変形する; (C)′ 方程式 A′ x = 0 を解く. 問 4.9 例 4.8 で扱った行列 A について, 斉次方程式 Ax = 0 を解け. 4.3 逆行列の計算 正方行列 A の逆行列は, 行に関する基本変形を用いて, 次の手順で求めることができる: ( ) (A) ブロック行列 A E を作る; ( ) ( ) (B) 行に関する基本変形を繰り返して A E を cE B なる形に変形する (c は 0 でないスカラー); (C) このとき c−1 B が A の逆行列となっている. なお, もし上の (B) の計算が途中で行き詰まれば, A は正則ではないということになる. 問 4.10 上の手順で求められた c−1 B が実際に A の逆行列を与えることを確かめよ. また, “(B) の計算が 途中で行き詰まる” とは, 具体的にはどのような状況を意味するのか ? 例 4.11 行に関する基本変形 2 1 1 1 0 0 行1 +行2 1 2 1 0 1 0 − −−−−→ 行 1 +行3 1 1 2 0 0 1 4 4 4 1 2 1 1 1 2 1 1 0 1 0 0 4 4 1 4 1 行2 ×4 −−−→ 4 8 0 − 行3 ×4 1 4 4 4 行1 −行2 行2 −行1 −−−−→ 0 −−− −−→ 0 4 0 −1 3 −1 − 行3 −行1 行1 −行3 0 0 4 −1 −1 3 0 より, 2 1 1 1 1 −1 2 1 1 2 4 4 1 = 1 0 4 0 −1 3 −1 −1 1 1 4 0 4 0 8 0 0 4 3 −1 −1 0 0 4 1 3 −1 4 −1 −1 3 1 −1 3 −1 . 4 −1 −1 3 演習問題 4.1 連立 1 次方程式の係数行列に列に関する基本変形を施すことは, 方程式にどのような操作を行うこと に対応するか ? 4 行列の基本変形 II 4.2 連立 1 次方程式 27 x a 2 −1 y = a + 1 1 2 z a−1 2 1 1 3 1 が解をもつための条件を求めよ. また, 求めた条件の下で方程式を解け. 4.3 次の連立 1 次方程式を解け: (1) 1 2 3 x 4 1 −3 y = 5 . 2 −5 z 8 2 −3 (2) ( 1 3 5 1 5 9 (3) ) ( ) x y = 2 . 4 z x ( ) 1 1 1 y = 1. z 4.4 連立 1 次方程式 a+6 x a − 1 a + 2 y = a + 2 a − 3 a + 5 a + 4 z a−6 a+8 a+4 a−4 a+7 a+3 a + 1 a + 2 a+2 がただひとつの解をもつための条件を求めよ. また, 求めた条件の下で方程式を解け. 4.5 次の行列の逆行列を求めよ (存在しないときには, その理由を説明せよ): (1) 1 1 1 0 0 1 2, 0 0 1 1 −1 0 0 −1 0 1 , 0 2 −1 0 0 −1 2 −1 , 0 −1 2 1 −1 0 −1 −1 1 1 . 0 (2) 1 1 0 1 0 0 0 0 1 2 1 0 1 3 , 3 1 0 1 0 −1 0 1 0 −1 0 0 0 −1 0 0 , 1 0 2 −1 0 0 −1 2 −1 0 0 −1 2 −1 , 0 0 −1 2 0 1 1 −1 0 1 −1 −1 0 −1 −1 −1 1 1 . 1 0
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