2015/7/7 ソフトマター工学・第10回 2015年7月7日(火) ゲルの変形ダイナミクスと 超低摩擦メカニズム 九州大学大学院工学研究院機械工学部門 准教授 山口 哲生 1 本日のおはなし 1.前回の復習 -タイヤの力学とトライボロジー -ヒステリシス摩擦と転がり抵抗 2.ゲルとは? 化学ゲルと物理ゲル ゲルにおける興味深い現象 膨潤・収縮挙動を説明する理論 その他の現象 3.まとめ 2 1 2015/7/7 タイヤの構造 タイヤの断面図(ラジアルタイヤ) -タイヤは,1種類のゴムからできているわけ ではなく,複数のゴム,金属,プラスチック などからなる複合材料である. -タイヤは,その構造から2種類に分けられる. ラジアルタイヤ:コードが進行方向に対して 90度に配向.トレッドにベルトを有し,より フラットに接触するよう設計. バイアスタイヤ:コードが斜めに配置. 3 タイヤに求められる性能 車の基本性能には次の3つがある. 「走る・曲がる・止まる」 そのいずれにおいても,タイヤは不可欠. タイヤに求められる性能として以下のものがある. 制音・制振・・・静かで乗り心地が良い状態を実現する 耐久性・・・できるだけ長持ちさせる グリップ・・・曲がれたり止まれるようにする 低燃費・・・転がり抵抗を軽減し,できるだけ少ない燃料 で長い距離を走れるようにする 4 2 2015/7/7 ゴムのすべり摩擦 粗さを持った表面でのゴムの摩擦 様々な温度で測定 シフトファク ターを掛けて 横軸を移動 Ludema & Tabor, Wear (1966) ゴムの粘弾性が重要? 5 ゴムのヒステリシス摩擦 Perssonのゴムの摩擦理論(2001) フラクタルな粗さを持った表面の上を ゴムが通過するときの摩擦係数を理論 的に求めた. C(q):粗さのパワースペクトル,P(q): 真実接触 に関する因子,E(ω):ゴムの複素弾性率 摩擦係数のすべり 速度依存性 B.N.J. Persson, J. Chem. Phys. (2001) 6 3 2015/7/7 ゴムの周波数分散と性能の両立 ゴムの周波数分散を最適化することで,性能の両立が可能. rolling , sliding FS ~ tan ( ) FN tan δ 転がり抵抗:低周波(10Hz程度)の tanδをできるだけ下げる tan δ(ω) グリップ性能:高周波(MHz程度)の ωRolling~10Hz tanδをできるだけ上げる ωSliding~MHz ω ゴム内部に充填剤(filler)を 配合するなどして,G”の コントラストを導入すること は可能.⇒タイヤメーカー各社 7 が精力的に研究中. 2.ゲルとは? • • • • ネットワーク状の高分子 多量の溶媒を含む やわらかい (Young’s modulus = KPa – MPa) 生体組織,食品,コンタクトレンズなど,身のまわりに あふれている • ゴムとの違いは? ゲル:高分子溶液を架橋したもの ゴム:高分子融液(メルト)を架橋したもの ※ただしそれらの区別は曖昧 生体(関節軟骨) 食品 (ゼラチンゲル) 溶媒 高分子 架橋点 ソフトコンタクトレンズ (support.bausch.co.jp) 8 4 2015/7/7 化学ゲルと物理ゲル 化学ゲル 化学結合(共有結合)によって架橋点を形成している. 結合は強固であるが付加逆. 例:アクリルアミドゲル,HEMAゲル,Double Network ゲル,スライドリングゲル,Tetra-PEGゲル,シリコーンゲル 物理ゲル 水素結合やイオン結合,疎水性相互作用などの分子間相互作用や,高分子 鎖の物理的絡み合いによって架橋を形成している. 結合はそれほど強くない. 温度や溶媒組成,pHなど変化によって,ゾル‐ゲルの 2状態を可逆的にとることができる. 会合 天然高分子からなるゲルの多くは物理ゲル. 例:ゼラチンゲル,寒天,こんにゃく,豆腐,PVAゲル 9 ゲルにおける興味深い現象 膨潤・収縮 高分子鎖の状態が変化し,ゲルの体積が増加したり (膨潤)減少したり(収縮)する現象 例:化学ゲル 温度 T 体積相転移 アセトン多 膨潤・収縮挙動の一種.温度やpHなどのパラメータを 連続的に変化させると,あるところで体積が不連続に 変化する現象. 臨界点 Cf. 気液相転移 気液相転移:流体で起こる.界面エネルギーは比較的 小さい. ゲルの体積相転移:弾性体で起こる.異なる相間の界 面エネルギーはかなり大きい.相転移温度や形状に大 きな影響を与える. 膨潤 収縮 共存 アセトン少 体積 V www.nature.com アクリルアミドゲル 10 (水・アセトン混合溶媒中) Ilmain et al. Nature (1991) 5 2015/7/7 膨潤・収縮挙動を記述する理論 ゲルの自由エネルギー f gel (i , T ) f el (i , T ) f mix ( , T ) G 2 1 22 32 3 高分子鎖による弾性エネルギー G: せん断弾性率,λ : 伸張比 2 k T f mix ( , T ) 0 B (1 ) ln(1 ) (1 ) vc f el (i , T ) i 高分子と溶媒との混合による自由エネルギー 0 : 変形後の高分子鎖の濃度 12 3 0 : 変形前の高分子鎖の濃度 v c : 単一モノマー(溶媒)の占める体積 この自由エネルギーの表式をもとに,平衡状態を議論する。 11 膨潤・収縮挙動を記述する理論 ゲルの自由エネルギー f gel (i , T ) f el (i , T ) f mix ( , T ) G 2 1 22 32 3 高分子鎖による弾性エネルギー G: せん断弾性率,λ : 伸張比 2 k T f mix ( , T ) 0 B (1 ) ln(1 ) (1 ) vc f el (i , T ) i 高分子と溶媒との混合による自由エネルギー 0 : 変形後の高分子鎖の濃度 12 3 0 : 変形前の高分子鎖の濃度 v c : 単一モノマー(溶媒)の占める体積 : 高分子と溶媒との親和性を表すパラメータ この自由エネルギーの表式をもとに,平衡状態を議論する。 12 6 2015/7/7 膨潤・収縮挙動を記述する理論 ゲルの自由エネルギー 膨潤にともなうネットワークの変形は等方的であるので,伸張比λと高分子の濃度φとの 関係は以下のようになる。 1 3 1 2 3 0 ゲルの膨潤平衡は自由エネルギーを最小化することによって与えられる.計算によって, 以下の関係式がなりたつことが示される. sol ( , T ) el ( , T ) sol ( , T ) k BT ( ln(1 ) 2 vc el ( , T ) G 0 高分子の浸透圧(拡散によって広がろうとする力) 1 3 ネットワークの弾性によって広がりを押さえようとする力 13 14 7 2015/7/7 膨潤・収縮挙動を記述する理論 作図的手法によって解φを求める λ Π ことができる. χ1 > χ2 > χ3 1 特に,φ<<1とすると以下のように近似できる. 0 1 3 φ 1/2 χ 3 k BT02 1 5 ( ) Gv c 2 χが1/2に近づくにつれ,伸張比は急激に小さくなる. 15 その他の現象 ゲル表面のしわ生成 田中豊一(1946-2000) ゲルの物理学,生物物理学に関する先駆的な研究 を数多く行なった. ゲルの体積相転移によって表面にしわが寄ること を発見,そのメカニズムを詳しく調べた. 現在,デバイスへの応用を目指してさまざまな研 究が行なわれている. ゲルアクチュエータ 電場,pH,濃度場などの外的刺激を与えることに よって,ゲルに変形(伸張/屈曲,曲げ)を誘起. Okuzaki et al., Nature (1992) 16 8 2015/7/7 BZ反応 ロシアの生化学者B. P. Belousovによって 発見された反応.のちに,Zhabotinskiiが 詳細な機構解明に取り組んだ. クエン酸サイクルと呼ばれる生体の代謝 回路にヒントを得た. 化学反応 BZ(Belousov-Zhabotinsky) 反応 17 自律的に振動するゲル 吉田・原ら,MITグループ 自励振動を行なう化学反応として知られ ているBZ反応をゲル中に組み込んだBZゲ ルは,心筋のような動きを示したり,歩 行したりする. BZ(Belousov-Zhabotinsky) 反応 脈動するゲル 歩行するBZゲル 18 9 2015/7/7 関節軟骨の超低摩擦と人工軟骨 関節軟骨とは? • 関節の表面に存在するやわらかい組織(ヤング率 E ~ MPa) • 生体高分子(タイプⅡコラーゲン,コンドロイチン硫酸,ケラタン硫酸,ヒア ルロン酸など)がネットワーク状に結合してできた巨大分子 • 水を大量に含有(水分量>70 wt%) • タンパク質や脂質を含む潤滑液で潤滑. • 一種のハイドロゲル(寒天,ゼリーの仲間) ハイドロゲルの例(ゼラチンゲル) 関節軟骨の模式図 19 関節軟骨の超低摩擦機構 1.表面における効果 電解質高分子ゲルの摩擦における超低摩擦化 表面での反対電荷の濃縮によって高い浸透圧が発生 → 潤滑層形成,低摩擦状態の実現 ゲル 潤滑層 − +− + − − + + − + − − − + − + + − − + − + −+ + − + − −+ + − + − + + − − −+ − + +− + − − − + + + + + + + + − − − − − − − Glass plate J. P. Gong, Soft Matter (2006) Kaneko et al., Adv. Mat. (2005) 高摩擦 関節軟骨表面への脂質・タンパク分子吸着 脂質・タンパク質が自己組織構造を形成 → 低摩擦 低摩擦状態の実現 Nakashima et al., JSME Int. J. (2005) 20 10 2015/7/7 関節軟骨の超低摩擦機構 3.内部流体による荷重支持機構 接触によって接触圧は上昇するが,成分の 大部分を占める流体によって荷重を支持. → 軟骨中の弾性体成分は わずかな垂直抗力の負担で済む. → 発生するせん断力が小さくなる. → 摩擦係数も小さな値を取る. しかしながら,このメカニズムは流体が抜け てしまうと働かなくなる,過渡的なものであ る. →実際には,立ったり座ったり,歩行時・走 行時には脚を入れ替えたりしているので,そ の都度(除荷時に)回復することができる. N. Sakai et al., Tribol. Int. (2012) Compression Shear Cylinder P(x):pressure Flow field Articular cartilage (gel) x Compression Cylinder Gel Elastic stress Hydrostatic pressure 21 研究プロジェクトの紹介 文部科学省科学研究費・特別推進研究 「極低摩擦・極低摩耗生体関節に学ぶ生体規範 超潤滑ハイドロゲル人工軟骨の実用化」 平成23~27年度 390,500千円 研究代表者:村上輝夫特命教授 連携研究者:澤田廉士先生・澤江義則先生・中嶋和弘先生 (九大工),岡崎賢先生(九大医),松田秀一先生 (京大医),坂井伸朗先生(九工大),鈴木淳史先生 これまでの人工関節置換術 (人工股関節) (横国大) プロジェクトの目標 生体関節のすぐれた潤滑メカニズムを解明しつつ, これまで人工関節として用いられてきた人工関節 ‐超高分子量ポリエチレン‐メタル ‐超高分子量ポリエチレン‐セラミクス に代替するようなハイドロゲル人工軟骨(関節)を作る! PVA gel 22 11 2015/7/7 まとめ 本日は, • 化学ゲルと物理ゲル • 膨潤・収縮挙動,体積相転移,しわ生成,ゲルアクチュ エータ,自励振動ゲル • 膨潤・収縮挙動を説明する理論 • 生体軟骨とゲルの超低摩擦 をとりあげた.次回は アクティブマター(自己推進粒子・群れ・交通流) を紹介する予定. 23 12
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