個人・中小企業と金融仲介 −金融業における「モニタリング」の視点から

個人・中小企業と金融仲介
−金融業における「モニタリング」の視点から
神奈川大学 橋本光憲
<報告要旨>
小論の「金融仲介機関によるモニタリング」においては、「モニタリングとは、銀行融資
の事前審査と事後監視である」と、いわば「狭義のモニタリング」について論じた。
本論では、
「はじめに−広義のモニタリングについて」の中で、大企業・中堅企業ではメ
インバンクであっても、一行取引以外では、企業の全体像把握は困難であること、また直
接金融比率の増大、デリバティブ取引の巨大化により貸金取引からの視点では把握に限界
が出てきたこと、さらに個人・中小企業を対象とした場合、銀行と顧客の預金取引の側面
を考慮する必要が出てくることを指摘した。
1.金融仲介と銀行機能
最初に、「金融の仲介者としての銀行」を概観した。この種の参考書としては、日本銀行
金融研究所『新版・わが国の金融制度』日本信用調査(1995)があるが、全国銀行協会金融
調査部編『図説
わが国の銀行』財経詳報社、2000 年版が刊行されたので、計数的資料・
解説をもっぱら後者によった。
わが国の金融構造は、第一次石油危機以降は国債の大量発行により政府が最大の資金不
足部門となる一方、大企業は資本市場からの資金調達へとシフトしていった。この間にあ
って、銀行などの金融機関は資金過不足の仲介機関としての役割を果してきた。
個人部門の金融資産は、97 年度末では約 1,230 兆円に達している。一方、法人部門の金
融資産は、バブルの崩壊により 97 年度末では約 380 兆円となっている。
わが国では従来から「間接金融」が金融の特徴であった。国内証券市場の比率が高まっ
たのは 90 年のバブルのピ−ク時に止まっている。
2.個人の金融的位置付け
日本銀行の「資金循環表」による「個人部門」には、消費者、個人企業、農林漁業者、
非営利法人が含まれている。また、
「個人・家計の金融」として捉える考え方もあるが、統
計デ−タが揃っておらず、一元的な捉え方をすることは困難である。総務庁では「個人企
業経済調査年報」を出しているが、約 2,800 企業の抽出調査であり、実数の把握には程遠
い。
金融面からみると、99 年 10 月末には、郵便貯金の残高が 257 兆円を超え、個人預貯金
に占める割合は 36.4%に達している。全国銀行の 98 年 12 月末の「個人事業者を含む個人
預金」は、約 278 兆円と預金の 60%のシェアを占めている。貸出業務面では、国内銀行の
99 年 3 月末の総貸出額の約 470 兆円のうち、大企業向けが 19.2%、中堅企業向けが 9.6%、
中小企業向けが 54.5%、個人向けが 14.6%、残りが地方自治体向けとなっている。
ロ−ンは上記とは別勘定であるが、消費者ロ−ンは 92 年には 25.3 兆円に達し、その後
漸減している。住宅ロ−ン残高は 97 年末で 166 兆円に達している。
3.個人とモニタリング
銀行預金・銀行貸金の中に占める個人の比率をみると、預金は 277.78 兆円
(全体の 60.1%、
貸金は 68.62 兆円、預貸率は 404.81%と高い。因みに、一般法人の預金は 144.09 兆円、
法人合計の貸金は 391.04 兆円で、預貸率は 36.85%である。
個人は銀行からモニタ−されるよりは、むしろ、銀行に対しては債務者側に立っている
わけで、銀行経営者は銀行自身の内容開示(ディスクロ−ジャ−)を前にも増して積極的
に進めるべきであり、銀行の対顧客金利・貸出金利の設定根拠の明示、手数料等のコスト
構成の開示等に努めるべきである。一方、学会、行政の取組みも不十分である。
4.中小企業の金融的位置付け
「金融機関別資金量・貸出・有価証券投資残高」
(99 年 8 月末現在、国内店ベ−ス)(資
料:日本銀行「金融経済統計月報」
)により、最近時のデ−タは把握できる。
それによると、わが国の金融機関の資金量の総計は、1,291 兆円に達している。また、
貸出残高は、792 兆円である。中小企業金融については 80 年代以降、大企業が直接金融
による資金調達を進めるなかで、特に都市銀行が中小企業向け貸出を積極化している。し
かし、最近の中小企業向け貸出し状況をみると、借入需要が弱いこと等もあって、前年度
比微減で推移している。
(98 年度末で 54.5%)
中小企業の定義は、99 年 12 月に変更され、「資本金 3 億円以下または従業員 300 人以
下の事業所(卸売業では 1 億円以下または 100 人以下、小売業では 5,000 万円以下または
50 人以下、サ−ビス業では 5,000 万円以下または 100 人以下)」となった。
(旧基準では
資本金 1 億円以下とされていた。)
5.中小企業とモニタリング
中小企業の「現金・預金」資産は、平均して B/S 残高の 13.5%あり、大企業のそれ(7.6%)
の倍に近い。従って、中小企業の預貸率は、一般法人の預貸率である 36.65%よりも高い
(たとえば少なくとも 40%以上)預貸率であると推定できる。
中小企業は、金融仲介機関にとって最も典型的なモニタリング(融資の事前審査と事後
監視)の対象といえる。また、関連学会も以前からあり、監督官庁も通産省、中小企業庁
と確立されている。東京都を始めとして、地方自治体の施策もそれなりに整っている。
都市銀行も、公的資金導入に伴う自己査定の推進が義務付けられるなかで、ビジネスロ
ーンの充実、企業格付の構築が図られつつあり、問題は徐々に解決されている。
そして、
「広義のモニタリング」とは、「単なる預貸金の枠を越えた総合的な顧客関係の
見直し」と言えようと結論付けた。
最後の「おわりに<モニタリング・バンキング>」では、これまで検討してきた結果と
しての「モニタリング・バンキング」への展望を述べて、結びとした。
「広義のモニタリング」に着目すべきポイントとして、貸金取引からの観点では把握に
限界が出てきたこと、さらに個人・中小企業を対象とした場合、銀行と顧客の預金取引の
側面を考慮する必要が出てくることを指摘した。これは新しい視点を導入したことと言え
よう。
個人は銀行からモニタ−されるよりは、むしろ、銀行に対しては債務者側に立っている
わけで、銀行経営者の方が課題を背負っている。中小企業も大企業以上に銀行に貢献して
いることを明らかである。
モニタリング・バンキングは、銀行業の自主管理への途を開き得る展望がある。
参考文献
橋本光憲「金融仲介機関によるモニタリング」神奈川大学経営学部『国際経営フォ−ラム』
2000 年3月。
全国銀行協会金融調査部『図説
原
わが国の銀行』財経詳報社、2000 年。
司郎・酒井泰弘『生活経済学入門』東洋経済、1997 年。
貯蓄経済研究センタ−『個人金融年報』郵便貯金振興会、2000 年。
経済企画庁『国民生活白書』平成 11 年版、大蔵省印刷局、1999 年。
楠本
博『図解
日本の金融行政・官庁・金融機関』東洋経済、1994 年。
宮坂恒治「リスクを織り込んだ貸出金利の設定を」
『ニュ−・ファイナンス』地域金融研究
所、2000 年4月。
岩田軌久男『金融法廷』日本経済新聞社、1998 年。
中小企業庁『中小企業白書』2000 年。
竹内
毅『中小企業の経営』同友館、1995 年。
東京都『中小企業のための金融の手びき』東京都政策報道室、1998 年。
Anthony Rowley, “Banking in Japan”, FT Financial Publishing, Peasons
Professional Ltd., London, 1996.
<討論者からのコメント>
高千穂商科大学 宮坂恒治氏
1. 預金先と貸出先とどちらが銀行への寄与度が高いか、一概にいえないのではないか。
2. 個人の対銀行モニタ−について(1)個人のモニタリング能力の問題、(2)銀行の対個(一
般、大口)ディスクロ−ジャ−の必要性と程度、(3)ペイオフ後も、個人の預金保険水
準はかなり高い。そこにモニタリングのインセンティブはあるか。
3. 銀行の「自主管理」とは内部監査充実につながるのか。
<討論者からのコメントに対する回答>
1. 預金先でも大企業・中堅企業よりは個人・中小企業、貸出先でも同様に階層別に見れ
ば、違いが分かる。例えば、預金では中小企業には流動性を主に維持して貰えるが、
貸金では大企業はアンダ−プライムを要求する等取引先毎の個別採算基準が違ってく
る。
2. (1)確かに個人の情報収集能力は低い。今の超低金利水準では話しても現実味はないが、
個人は銀行に預金をして、銀行の低コストの貸出審査に頼ることが得策である。(2)対
個人だから、グロ−バルビジネスの情報開示までは必要ない。しかし現時点でも、対
顧客預金利息、貸出金利、諸手数料の内容開示を進める余地は十分ある。そのように
して、個人顧客の信頼を得た銀行がマ−ケットの覇者になることが出来よう。(3)預金
保険は、ペイオフ後も限度 1 千万円と利息(米国は 10 万ドル)を保証するから、さし
て変わりがないといえる。しかし、今後は定型商品だけでは他業態と太刀打ちできな
い。保険限度オーバー分を銀行窓販の投資信託や保険商品等のクロスセルが、対個人
の重要業務となろう。
3. 公的資金導入による自己査定の強化を逆手に取って、企業格付の精緻化や個別採算重
視の中小企業向け貸出の一層の推進、個人に限らず預金・貸金、手数料等の総合的取
引先管理の徹底、これが金融業のモニタリングである。銀行業への公的介入が避けら
れない今日、内部監査を含めた銀行の内部管理体制の強化によって、バブルの後遺症
によって失われた銀行の自主性・自信回復を図るべきであろう。
<フロアーからの質問とそれに対する回答>
1.質問者:愛媛大学 松本 朗氏
質問:中小企業の「現金・預金」資産が、大企業の企業の倍近くある理由は何だろうか。
回答:この元の数字は、大蔵省「法人企業統計年報」である。「現金・預金」の 比率が高
いということは、信用力が低く、手許流動性を手厚くしておかなければならないという中
小企業の金融上の弱さを示している、と思われる。このため、中小企業は、企業間信用に
よる資金調達や金融機関からの借入に依存せざるを得ない状況にある。
因みに、
『中小企業白書』2000 年(321~328 頁)では、
「自社が資金面で困難な状況に
陥ったときは、最終的に支援してくれる」(「最後の貸し手」としてのイメ−ジ)を調査し
ている。これを見ると、バブル後で の信任はやや揺らいでいるようである。
バブル経済期前(80 年代)では、
「そう思う」、
「ややそう思う」の肯定派が全体の 37%%
を占めて、否定派の 31%を上回っていたが、現在では 肯定派が 30%と落ちている。否定
派(39%)の割合が最も高いのが都市銀行(51.1%)で、信用金庫、信用組合、地方銀行
では肯定派が多い。
2.質問者:名古屋学院大学 三井 哲氏
質問:
(1)中小企業や個人のデ−タが取れないというが他資料ではどうか。
(2)預貸率のデ−タを、モニタリングではどのように生かせるのか。
回答:
(1)中小企業の場合は、日銀の「金融経済統計月報」を見ても、一般法人預金という項
目はあっても、中小企業預金という項目はない。また、貸金についても法人(含む金融)
という項目はあるが、中小企業という項目は、中小企業基本法の改正(99 年 12 月)を前
にして、99 年 4 月から突然現れる。これ以外に有効な資料は知らない。個人については、
日本銀行の「資金循環表」では、個人部門には、消費者、個人企業、農林漁業者、非営利
法人が含まれている。その内訳は明らかでない。総務庁では「個人企業経済調査年報」を
出しているが、約 2,800 企業の抽出調査であり、実数の把握には程遠い。
(2)これは本論で説明した通りであり、論者の根拠としたものである。これでは生かし
たことにならないと反論を頂くしか答えようがない。
3.質問者:成城大学 村本 攷氏
質問:新BIS規制との関連で、モニタリングをいかに評価されるか。企業格付のリスク
ウェイトが高くなると、貸し渋り的行動が強くなるが、モニタリングで十分カバ−しうる
か。
回答:現在の BIS 規制では、信用リスクのウェイト付けがおおまかであることから、99
年 6 月に BIS は基準の見直し案を公表した。具体的には、①格付会社による企業等の格付
に応じたリスクウェイトの細分化を図る標準的アプロ−チと、②先進的な銀行が有してい
る内部格付を基準に所要自己資本を算定する方式の二つが提案された。
さらに、BIS では現在、2004 年の実施をメドに、市場評価による新たな自己資本比率規
制の導入を進めているようである。この場合、価格変動の大きい「株式保有に対する規制」
が一段と強化される。
金融庁が進めている管理指導はこの流れの前段に沿うものであり、株式保有規制は、す
でに米国が「グラム・リ−チ・ブライリー法(GLB 法)
」で採り入れており、各国とも法
規制の強化が図られよう。
かかる時に、個人・企業の総合的取引管理を進めようとするモニタリング・バンキング
の有用性への疑問は理解できるが、一方では厳しくなる政府介入や強権的な自己査定の強
化に対して、十分でああろうとなかろうと銀行業がどう自主的に対応すべきかの答えが問
われているのではないか。
「貸し渋り」は基本的には企業の信用力の問題で、信保特別枠の
悪用・貸し倒れ化が示すように、モニタリングとは無縁の問題ではなかろうか。