シャルル・デュトワ

©Chris Lee
立N
役響
者に
の豊
手か
腕な
に実
注り
目を
も
た
ら
し
た
文
◎
満
津
岡
信
育
シャルル・デュトワとNHK交響楽団の共
演記録を参照した際に、筆者の脳裏には、
当時の記憶がまざまざとよみがえってきた。
両者の初共演は、1987年9月のこと。まず
は、4日に当時開催されていた「サントリー
ホール定期演奏会シリーズ」の公演があり、
続いて、定期公演で3つのプログラムを指揮
している。いずれの定期公演も、NHKホー
ルで開催されていた時代のことで、それぞれ
の演目は、A プロがベルリオーズ《劇的物語
「ファウストのごう罰」》、B プロが R. シュトラ
ウスの《交響詩「ドン・フアン」》、チャイコフス
キー《ピアノ協奏曲第1番》
(ソロはセシル・リカ
ド)
、ストラヴィンスキー《バレエ音楽「春の祭
典」》、そして、C プロは、
リムスキー・コルサコ
フ《交響組曲「シェエラザード」》
とサン・サー
ンス《交響曲第3番》であった。この最初の
定期公演は、ホールで接した人にとっても、
ラジオで耳にした人にとっても、名演として語
り草になっているものである。筆者は、B プ
ロとC プロを聴きに行ったが、後者では、N
HKホールの3階席に、鮮やかな光のように
キラキラとした音が降り注いできたことをよく
憶えている。それこそ、サヴァリッシュやスウィ
トナー、さらにはライトナーやシュタインといっ
た名匠が健在であった時期に、NHK交響
楽団から色彩的で洗練されたサウンドを引
き出してみせたデュトワの手腕には、誰もが
魅了されたものだ。
Charles Du
今月のマエストロ
シャルル・デュトワ
Charles Dutoit
10
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | DECEMBER 2015
その後、デュトワは、1996年にNHK交響
を整えつつ、明 晰な表現を貫いているのが
楽団の常任指揮者に就任し、1998年には
特徴的である。その濁りのないサウンドを基
同響が新設した音楽監督のポストに就任。
調に、ダイナミクスや音色の変化に留意し、
レパートリーと演奏面の双方で、豊かな実り
楽曲が孕んでいるエネルギーを無理なく引
をもたらしたことは、音楽ファンの脳裏に深
き出す術は、お見事の一語に尽きると思う。
く刻み込まれていることだろう。
今秋、首席指揮者に就任したパーヴォ・ヤル
ヴィは、NHK交響楽団について、
「アメリカ
フランス系近代音楽にとどまらない
幅広いレパートリー
1950年代末から指揮活動を開始したデュ
のメジャー・オーケストラに匹敵するほどの」
卓越した機能美や色彩感を備えていると記
者会見時に語っていたが、その立役者の一
人は、間違いなくデュトワなのである。
トワは、レコーディングの世界でも大活躍し、
モントリオール交響楽団と吹き込んだ一連
のディスク、そのなかでもフランス系の近代音
楽の演奏は、
まさに一世を風靡したものであ
る。その記憶があまりにも鮮烈であったため
インパクト満点の歌劇をふたたび
2008年から、ここのところ、毎年12月に
に、デュトワというと、フランス系の近代音楽
NHK交響楽団の指揮台にのぼっている
のスペシャリストというイメージが強いとはい
デュトワは、演奏会形式による歌劇を積極的
え、NHK交響楽団の音楽監督時代には、
に取り上げているが、今回の A プロの演目
ウィーン古典派から同時代の音楽という縦
は、R. シュトラウスの
《楽劇「サロメ」》
である。
軸はもちろんのこと、ヨーロッパのみならず、
オスカー・ワイルドの戯曲に基づく当作品は、
北南米大陸の作曲家や日本の武満徹、西
鋭い不協和音を積極的に盛り込んで、人間
村朗、細川俊夫に至るまで、幅広いレパート
の心理的な綾を過激にえぐり出す一方で、
リーを取り上げ、鮮やかな指揮ぶりを披露し
退廃的な官能性を発することでも知られて
ていた。
いる。デュトワは、第1490回定期公演(2003
往年のフランス系の名匠の場合、
「洒 脱」
年6月 C プロ)
で同じ作曲家の《歌劇「エレクト
や「瀟 洒」
といった単語で語られがちであっ
ラ」》
を指揮して、インパクト満点の指揮ぶり
たが、デュトワの場合、アンサンブルの縦の
を披露しただけに、今回の
《サロメ》
も楽しみ
線をきっちりと合わせ、各セクションの音程
である。タイトル・ロールのグン・ブリット・バー
utoit
PROGRAM A/B/C
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
11
クミンをはじめ、旬の実力派を取り揃えた歌
るのが特徴だ。例えば、第1楽章第1部の第
手陣にも期待したいところである。
1主題は、拍と音の入りを16分音符ひとつぶ
B プロは、前半がハンガリーの作曲家に
んずらした書法になっているため、頭拍をド
よる作品、後半は定期公演初登場の際に
イツ流儀の拍節感で処理してしまうと、たち
指揮し、その後、第1385回定期公演(1999
まち楽曲の妙味が消し飛んでしまうのだが、
年9月 )
と第1588回 定 期 公 演(2007年1月 A
この曲を十八番にしているデュトワの指揮ぶ
プロ)
でも披露したサン・サーンスの《交響曲
りは惚れ惚れするほど鮮やかである。
第3番》
である。3作品を通じてドイツ流儀の
C プロは、マーラーの
《交響曲第3番》
であ
堅固な拍節感で処理しきることができない
る。これまでに、
《第1番》
《 第5番》
《 第8番》
うえ、作曲家特有のリズム書法に留意して、
を取り上げてきたデュトワは、毎回、マーラー
オーケストレーションの妙を打ち出していく作
のスコアから新たな魅力を引き出して、聴き
品だけに、指揮者の力量がいかんなく発揮
手の耳に届けているのが印象的である。今
されることだろう。サン・サーンスの名品は、
回、初めてN響で指揮する
《第3番》
でも、長
オルガンとピアノが入る交響曲として名高い
大な総譜から、デュトワならではの手応えに
が、単にフランス風の瀟洒な響きを敷き詰め
富んだ響きを引き出して、客席へと届けてく
た作品ではなく、リストによる新ドイツ楽派特
れるに違いない。
有のロマンチックな情感と古典的な精神、ス
ペクタキュラーな響きと透明なハーモニーな
[まつおか のぶやす/音楽評論家]
ど、相反する要素が絶妙な均衡を保ってい
プロフィール
スイスのローザンヌ生まれ。生地およびジュネーヴの音楽院でヴァイオリンや指揮法などを学び、1950年
代末から本格的に指揮活動を開始した。チューリヒ放送管弦楽団の指揮者兼音楽監督、ベルン交響楽団
の首席指揮者を経て、1976年にエーテボリ交響楽団の首席指揮者に就任した。
デュトワの名が、世界中の音楽ファンの間に轟いたのは、1977年にモントリオール交響楽団の音楽監督
に就任してからのこと
(∼2002年)
。フランス近代音楽を中心に、すばらしい演奏によって、
「フランスの楽団
以上にフランス的」
と評されるなど、その名コンビぶりは一世を風靡した。その後、1990年からフランス国立
管弦楽団の音楽監督、2008年に就任したフィラデルフィア管弦楽団の首席指揮者を歴任し、現在は、後
者の桂冠指揮者およびロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団の芸術監督兼首席指揮者を務めている。
NHK交響楽団とは1987年に初共演。1996年に常任指揮者に就任し、1998∼2003年には音楽監督
を務め、その後も名誉音楽監督として定期的に共演を重ねている。
[満津岡 信育]
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NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | DECEMBER 2015
A
PROGRAM
第1823回 NHKホール
金 7:00pm
12/4 □
日 3:00pm
12/6 □
Concert No.1823 NHK Hall
December
4 (Fri) 7:00pm
6 (Sun) 3:00pm
[指揮]
シャルル・デュトワ
[conductor]Charles Dutoit
[ヘロディアス]
ジェーン・ヘンシェル
[Herodias]Jane Henschel
[ヘロデ]
キム・ベグリー
[サロメ]
グン・ブリット・バークミン
[ヨカナーン]
エギルス・シリンス
[ナラボート]
望月哲也
[ヘロディアスの小姓・どれい]
中島郁子
[5人のユダヤ人 1]
大野光彦
[Herodes]Kim Begley
[Salome]Gun-Brit Barkmin
[Jochanaan]Egils Silins
[Narraboth]Tetsuya Mochizuki
[Ein Page der Herodias / Ein Sklave]
Ikuko Nakajima
[5人のユダヤ人 2]
村上公太
[5 Juden- 1 ]Mitsuhiko Ono
[5人のユダヤ人 4]
加茂下 稔
[5 Juden - 3 ]Takumi Yogi
[5人のユダヤ人 3]
与儀 巧
[5人のユダヤ人 5]
畠山 茂
[5 Juden - 2 ]Kota Murakami
[5 Juden - 4 ]Minoru Kamoshita
[2人のナザレ人 1]
駒田敏章
[5 Juden - 5 ]Shigeru Hatakeyama
[2人の兵士 1]
井上雅人
[2 Nazarener - 2]Naoyuki Akitani
[2人のナザレ人 2]
秋谷直之
[2人の兵士 2]
斉木健詞
[カッパドキア人]
岡 昭宏
[コンサートマスター]伊藤亮太郎
[2 Nazarener - 1]Toshiaki Komada
[2 Soldaten-1]Masato Inoue
[2 Soldaten-2]Kenji Saiki
[Ein Cappadocier]Akihiro Oka
[concertmaster]Ryotaro Ito
R. シュトラウス
Richard Strauss (1864-1949)
楽劇「サロメ」
(全1幕・演奏会形式・字幕つき) “Salome”,
Drama in einem Aufzuge op.54
)
(105′
(concert style)
字幕:岩下久美子
字幕操作:イヤホンガイド/ G・マーク
Japanese Supertitle:
Kumiko Iwashita / Earphone Guide Co,. Ltd.
★この公演に休憩はございません。あらかじめご了承ください。
★ This concert will be performed with no intermission.
PROGRAM A
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
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Program A|SOLOISTS
ヘロデ|キム・ベグリー
(テノール)
英国、イングランドのバーケンヘッド出身。役者として活動した後、歌手
に転向し本格的に声楽を学ぶ。1983年、ロンドンのロイヤル・オペラでの
P.M. デーヴィスのオペラ《タヴァナー》での大天使ガブリエルでデビュー。以
来30年以上に渡って、英国を中心に世界中の歌劇場で活躍している。
べグリーは今日、最も広いレパートリーを誇るテノールのひとりに数えら
れるだろう。軽めながら芯の強い声に卓越した表現力と演技力を兼ね備
えており、脇役、準主役から主役まで、様々な役柄を高水準にこなしている。最大の当たり役はワー
グナー《ラインの黄金》のローゲで、バイロイト音楽祭、スカラ座、メトロポリタン歌劇場などで歌っ
ている。またヤナーチェクのオペラでも非常に高く評価されている。近現代のオペラにも積極的で、
2011 年 9月にはヴァインベルク《パサジェルカ》英国初演に出演している。加えて演奏会活動も盛
んである。 N H K 交響楽団とは初共演。
[吉田光司/音楽評論家]
ヘロディアス|ジェーン・ヘンシェル(メゾ・ソプラノ)
©Barbara Eichinger
米国ウィスコンシン州生まれのメゾ・ソプラノ。南カリフォルニア大学卒
業後、
ドイツに移住した。1992年、R.シュトラウス《影のない女》乳母役
で注目され、同年ベルナルト・ハイティンクの指揮で英国ロイヤル・オペラに
同役でデビュー。その後、
ミラノ・スカラ座、パリ・オペラ座、バイエルン国立
歌劇場、ウィーン国立歌劇場、メトロポリタン歌劇場など、欧米の歌劇場で
活躍を続け、R.シュトラウスとワーグナーのレパートリーを得意とする。
日本では2008 年パリ・オペラ座来日公演《アリアーヌと青ひげ》乳母役、2010 年新国立劇場《影
のない女》乳母役、2001 年、2010 年および 2014 年サイトウ・キネン・フェスティバル松本に《イェ
ヌーファ》コステルニチカ、
《サロメ》ヘロディアス、
《ファルスタッフ》クイックリ夫人の各役で出演。
力強くドラマティックな歌唱で、強烈な印象を残した。デュトワ指揮のN響とは2003 年 6月定期以来
の共演となる。
[柴辻純子/音楽評論家]
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NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
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サロメ|グン・ブリット・バークミン
(ソプラノ)
©Florian Kalotay
ワーグナーやヤナーチェク、そして R.シュトラウスのオペラで活躍するドラ
マティック・ソプラノとして、グン・ブリット・バークミンは注目されている。ドイツ
の出身で、ロストックとドレスデンの音楽学校で学んだバークミンは、2000
年にベルリン・コミッシェオーパーのアンサンブルに加わって、そのキャリアを
始めた。ここで《ヴォツェック》マリー、
《こうもり》ロザリンデなど多くの役を
歌って頭角をあらわし、ブリテン《ねじの回転》女教師で成功し、2002年
にはベルリンのダフネ賞を受賞した。その後ロンドンやウィーンなど各地の歌劇場に出演するようになり、
《イェヌーファ》タイトル・ロールや《ローエングリン》エルザなどで成功を収めている。とりわけ評価が高
かったのが、ウィーン国立歌劇場で歌った《サロメ》タイトル・ロールで、同歌劇場の日本公演でも歌い、
サロメのソプラノとしての名声を勝ち得ている。コンサート歌手としても活動するが、NHK 交響楽団と
の共演は今回が初めてとなる。
[堀内修/音楽評論家]
ヨカナーン|エギルス・シリンス
(バス・バリトン)
ソ連時代のラトビアの生まれ。ラトビア音楽アカデミーで学んだ後、
1988年、ラトビア国立歌劇場でのボイト《メフィストーフェレ》のタイトル・
ロールでデビュー。フランクフルト歌劇場、バーゼル歌劇場の所属を経て、
1996年から2000年までウィーン国立歌劇場に所属。同歌劇場には今
日まで百数十回出演している。1997年、ブレゲンツ音楽祭でのルビンシ
テイン《悪魔》のタイトル・ロールで大成功を収める。この頃からスカラ座や
メトロポリタン歌劇場など、欧米の歌劇場で広く活躍するようになる。最近はチューリヒ歌劇場、英国ロ
イヤル・オペラ、バイエルン国立歌劇場、パリのバスティーユ歌劇場などに出演。イタリア、
ドイツ、フラ
ンス、ロシア、いずれの言葉のオペラもこなし、90を超えるレパートリーを誇っている。近年、シリンスは
当代一のワーグナーのバス・バリトン役として世界中の歌劇場、音楽祭から引っ張りだこである。 NHK
交響楽団の定期公演には初出演。
[吉田光司/音楽評論家]
PROGRAM A
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
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Program A|SOLOISTS
ナラボート
望月哲也(テノール)
5人のユダヤ人 -2
村上公太(テノール)
人気実力ともに備え
みずみずしい美声の
るいま注目のテノール。
若 手 テノー ル。2009
2006年 東 京 二 期 会と
年に東京二期会オペラ
ハンブルグ州立歌劇場との共同制作による《皇
公演デビューの後、国内外で活躍している。今
帝ティトゥスの慈悲》のタイトル・ロールで絶賛を
年10月の東京二期会による《ダナエの愛》ポル
博した。その後も新国立劇場などでの話題の公
クス役の好演も記憶に新しい。N響との共演は
演へ出演、いずれも高評を得る。男声オペラユ
2012年に続き2度目。二期会会員。
ニット「IL DEVU」の一員としても活躍の場を広
げている。二期会会員。
ヘロディアスの
小姓・どれい
5人のユダヤ人 -3
与儀 巧(テノール)
のびやかで美しい歌
唱が魅力の若手テノー
中島郁子
(メゾ・ソプラノ)
ル。2014年 には 東 京
2013年 の《シモン・
二期会の《イドメネオ》のタイトル・ロールで絶賛
ボッカネグラ》に続いて2
を浴びた。同年からNHK ニューイヤーオペラコ
度目のN響定期出演となる。2012年に《ナブッ
ンサートにも出演している。二期会会員。
コ》のフェネーナ役にて東京二期会オペラ公演
デビュー以来、
その実力に評価が高まり、今後の
さらなる活躍が期待されるメゾ・ソプラノの逸材。
5人のユダヤ人 -4
加茂下 稔(テノール)
国内のみならず海外
二期会会員。
でも評 価を得ている正
統派ベル・カントのテノー
5人のユダヤ人 -1
大野光彦(テノール)
ル。演技力も兼ね備えた歌手として着実にキャ
存在感のある演唱で
リアを広げている。二期会会員。
実績を積み重ねている
テノール。1989年《 椿
姫》のアルフレード役でオペラ・デビュー。以来、
さまざまなオペラ作品に出演を重ねて個性的な
魅力を発揮し、好評を博している。二期会会員。
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NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | DECEMBER 2015
畠山 茂(バス・バリトン)
5人のユダヤ人 -5
2人の兵士 -2
斉木健詞(バス)
安 定 感 のある歌 唱
堂々たる響きが魅力
が 高く評 価されている
的なバス。二 期 会、新
バス・バリトン。
《サロメ》
国立劇場などのオペラ
《蝶々夫人》
《こうもり》など数多くのオペラ作
品に出演している。二期会会員。
2人のナザレ人 -1
駒田敏章(バリトン)
公演に出演するほか、宗教曲などのコンサート・
ソリストとしても活躍している。二期会会員。
カッパドキア人
岡 昭宏(バリトン)
若手のバリトン。新国
2010年にPMF
(パシ
立劇場オペラ研修所を
フィック・ミュージック・フェス
修了後ドイツ・ベルリンに
留学、活躍の場を広げている。第83回日本音
楽コンクール第1位。
ティバル )
の《ボエーム》
で世界的指揮者であるファビオ・ルイージと共
演。2012年には《ドン・カルロ》のロドリーゴ役で
イタリア・デビューを果たし、現在、日本とイタリア
2人のナザレ人 -2
秋谷直之(テノール)
を中心に活動を続けているバリトン。
イタリアで研 鑽を積
み、イタリア各地でもコ
ンサートに多数出演して
いるテノール。国内でもオペラやコンサートなど
幅広く出演し、好評を得ている。二期会会員。
2人の兵士 -1
井上雅人(バリトン)
輝かしくたくましい美声
をもつバリトン。国内外
で活動し、近年ではオペ
ラ出演の他、歌曲にも積極的に取り組んでおり、
特にフィンランド歌曲のレパートリーが注目されて
いる。二期会会員。
PROGRAM A
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
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Program A
R. シュトラウス
楽劇「サロメ」
(演奏会形式)
19 世紀末の耽 美 的・頽 廃 的な世界観を一気に世間へともたらした、アイルランド出身の
作家オスカー・ワイルド
( 1854 ∼ 1900 )。天才的な言葉のセンスで次々と話題作を生みだし
た時代の寵 児ワイルドが 1891 年に執筆( 出版は1893 年 )
したのが戯曲『サロメ』だが、多
言語を駆使し得たワイルドはこれをわざわざフランス語で書いている( 当時のパートナーだっ
たアルフレッド・ダグラスが 1894 年に英訳 )
。共観福音書(マタイ、マルコ、ルカの福音書 )に記され
た「ヘロディア(ヘロディアス)の娘」のエピソードは中世以降の絵画では何度も描かれた題
材ではあったが、ワイルドがほどこした、洗礼者ヨハネ
(ヨカナーン)の生首に口づける場面
などの背徳性のために、1896 年まで舞台上演はかなわないままだった。
華やかかつ繊細なイメージのワイルドに比べ、リヒャルト・シュトラウス( 1864 ∼ 1949 )は、
バイエルン人の気質丸出しで洗練さよりはむしろ粗野な言動をもっぱらとしていたことを
考えれば、およそワイルドとは異なる気質の持ち主であった。とはいえ、世紀末芸術が生ま
れる時代の雰囲気を敏感に感じ取り、同時期には交響詩や歌曲の世界において新たな
表現様式を世に問うている。
この時期、オペラの世界での成功を夢見つつ作られた、
《グントラム》
( 1894 年)、
《火
の欠乏(フォイヤースノート)》
( 1901 年 )は現在に至るまでほとんど上演される機会がない。
シュトラウスは、世間の耳目を惹く新しい作品を探し続けた末にワイルド作品にたどり着く。
1902 年 11月、ベルリンで上演された戯曲『サロメ』
も、その過激な内容のため、観客は招
待者のみに限られていた。当時ベルリン宮廷歌劇場で音楽監督を務め、この上演に招
かれたシュトラウスが、友人から「君の次回作にピッタリの題材ではないか」
と言われた際、
「もう頭の中で作曲をはじめているよ」
と答えた、というエピソードがある。そのきらびやか
な音楽とオーケストレーションをはじめとする音楽の個性が( 本人の性格を超えて)
この題材
に相 応しいと、当時の人たちにも考えられていたことの証しでもある。
ヘトヴィヒ・ラッハマンによるドイツ語訳の台本( 1900 年 )に対し、シュトラウスは作曲の
過程で大幅な削除をほどこしている。登場人物のひとり(ローマ人ティゲリヌス)
をまるごと削
除し、舞台の状況を説明する脇役の台 詞も大幅に省いて、その内容を音楽で描こうとし
た。結果として、全 1 幕、上演に100 分前後を要する作品となる。初演は 1905 年 12月9日、
18
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | DECEMBER 2015
ドレスデン宮廷歌劇場で行われたが、この作品がスキャンダラスなものとして大きな注目
を集めたのは、この作品が持つ背徳性の故に上演を禁じたウィーンでの騒動のせいでも
ある。そして強烈な不協和音を含む最先端の「現代音楽」
として大きな注目を集めたのは、
数多くの音楽家(マーラー、プッチーニ、シェーンベルク、ツェムリンスキー、ベルクなど)や、芸術家・
舞台関係者が集まった、翌 1906 年 5月のグラーツ初演であっただろう。
以下、音楽的な聴きどころを含めたあらすじを掲げる。
全 1 幕|ヘロデの宮殿・大きなバルコニー
第 1 場 盛大な宴会のさなか。護衛隊長を務めるナラボートは、ヘロデの妻、ヘロディアス
の連れ子である王女サロメにあこがれを抱きつづける( 2つの調性を行き来しながら、ねじれ
た音階を駆け上がる、クラリネット・ソロによるサロメの動機 )。庭園の井戸には預言者ヨカナー
ンが閉じ込められており、直接名指しこそしないものの、ヘロデ夫妻の悪行を非難するが、
ヘロデは預言者に手をかけることを怖れ、生かしたまま閉じ込めている(自然な流れによる
会話を担保するために、逆説的ではあるが変拍子が多用されている)。
第 2 場 サロメが宴会から逃げ出して月夜の美しさを称えると、井戸から響くヨカナーンの
声を耳にする。そのたくましい声と、ヘロデを る内容の過激さに興味を抱いたサロメは、
預言者を井戸から出すよう兵士たちに命じる(ここで演奏される動機によって、サロメがヨカ
ナーンに抱いている感情が「恋」であることが示されるが、この感情が「恋」であることをサロメ自身
はまだこの段階では自覚できていない)。
第 3 場 外に出されたヨカナーンは大声でヘロディアスの姦
の罪を責め立てる( 簡素か
つ力強いホルンの斉奏による動機が描くのは、
「洗礼者」
ヨカナーンの飾らない、信仰に生きる男
のひととなり)。サロメはその様子に恐れつつも、やがて恋心を抱く。サロメは、その白い
身 体、黒い髪、赤い唇など、見た目ばかりを褒め称え、何とかしてヨカナーンの気を惹こう
とするが、彼は応えない。サロメにあこがれるナラボートはこの状況に耐えることができず、
ついにはみずからの命を絶ってしまう。ヨカナーンも「呪われよ!」
という一言を残し、みず
から井戸の中へと戻ってしまう。ヨカナーンをあきらめきれないサロメ。その心にはある決
意が芽生える( 長大な間奏曲。ワイルドはこの場面のサロメの心情をあいまいにしたが、シュトラ
ウスは第 4 場直前にイングリッシュ・ホルンや金管楽器などによって不気味に吹き鳴らされる動機を
挿入し、首を切ってでも口づける、というサロメの内心の決意を音楽で語らせた)。
第 4 場 いつまでも宴会の場に戻らないサロメを捜し、ヘロデがバルコニーへとやってくる
(その落ち着かぬさまは、中心となる主音のない全音音階で表現される)。不機嫌に押し黙って
いるサロメの気を惹こうと、ヘロデはあの手この手を尽くすがうまくいかない。ヨカナーンを
巡る神学論争がユダヤ人、ナザレ人を巻き込んで戦わされ、辟易するヘロデ。ヨカナーンな
PROGRAM A
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
19
ど殺してしまえ、と迫るヘロディアス。妻の矛先をかわそうと、ヘロデはサロメに踊るように願
う。
「望みのものを与えよう」
というヘロデの言質を取り、踊って見せるサロメ(〈サロメの踊り〉。
シュトラウスは全体の作曲を終わらせた後でこの音楽を書き上げた。シュトラウス版《ボレロ》と呼べ
そうなこの場面では、打楽器とソロ・ヴィオラ、オーボエが、オリエント風の官能性を描き出す)
。
望みのものを、というヘロデに対し、サロメはヨカナーンの首を要求する
(「母の意志ではな
い、みずからの意志でヨカナーンの首が欲しい」
と歌う箇所で、第3場最後の間奏曲に登場したモ
ティーフが使われ、その意味が明らかとなる)
。ヘロデは何とかして翻意させようとするが、サロメ
は折れず、ついに要求に屈する。首切り役人ナーマンがヨカナーンの首を落とし、サロメのも
とへと持ってくる
(超高音のコントラバス・ソロはサロメの喘ぎ声か、心臓の鼓動か。ヨカナーンの首
が落とされる瞬間は、地鳴りのようなチェロ・コントラバスの強奏だけで表現される)
。自分のことを
見向きもせず、拒み続けたヨカナーンに対し、サロメは罵詈雑言の限りを尽くす。やがてサロ
メは「自分を見たならば、ヨカナーンも自分を愛したはずだ」
と本心を顕わにし、その生首に
口づける。やがて唇を離したサロメは喜びを爆発させる( 第2場で芽生えた「恋」のモティーフ
は、この場面の後半と、口づけを果たした後の「恋の達成」へと変容)
。その様子を見たヘロデは、
兵士にサロメを殺させる
(全楽器の咆哮、4台のティンパニの乱れ打ち、強烈な不協和音)。
[広瀬大介]
作曲年代
1902∼1905 年
初演
1905年12月9日、
ドレスデン宮廷歌劇場にて
楽器編成
フルート3 、ピッコロ1 、オーボエ2 、イングリッシュ・ホルン1 、ヘッケルフォン1 、Es クラリネット1 、クラ
リネット4 、バス・クラリネット1 、ファゴット3 、コントラファゴット1 、ホルン6 、
トランペット4 、
トロンボーン
4 、テューバ1 、ティンパニ2 、タムタム、シンバル、サスペンデッド・シンバル、大太鼓、小太鼓、タン
ブリン、
トライアングル、カスタネット、グロッケンシュピール、シロフォン、ハープ 2 、チェレスタ1 、オル
ガン/ハルモニウム1( 今回は指揮者の意向によりオルガンのみ使用)、弦楽
20
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | DECEMBER 2015
B
PROGRAM
第1825回 サントリーホール
水 7:00pm
12/16 □
木 7:00pm
12/17 □
Concert No.1825 Suntory Hall
December
16(Wed) 7:00pm
17(Thu) 7:00pm
[指揮]
シャルル・デュトワ
[conductor]Charles Dutoit
[オルガン]
勝山雅世
[organ]Masayo Katsuyama
*
*
[コンサートマスター]篠崎史紀
[concertmaster]Fuminori Shinozaki
コダーイ
)
ガランタ舞曲(16′
Zoltán Kodály (1882-1967)
Dances from Galanta
バルトーク
)
組曲「中国の不思議な役人」
(20′
Béla Bartók (1881-1945)
“The miraculous mandarin”, suite
・・・・休憩・・・・
・・・・intermission・・・・
サン・サーンス
*
交響曲 第3番 ハ短調 作品78(35′
)
Camille Saint-Saëns (1835-1921)
Symphony No.3 c minor op.78*
Ⅰ アダージョ―アレグロ・モデラート
Ⅰ Adagio–Allegro moderato–Poco Adagio
― ポーコ・アダージョ
Ⅱ アレグロ・モデラート― プレスト
― アレグロ・モデラート― プレスト
Ⅱ Allegro moderato–Presto
–Allegro moderato–Presto–Maestoso
–Allegro
― マエストーソ― アレグロ
PROGRAM B
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
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Program B
コダーイ
ガランタ舞曲
ガランタ( 現在はスロヴァキア領 )はウィーンとブダペストを結ぶ街道沿いの町である。18
世紀後半から19 世紀前半にかけて、この市場町はロマの楽師の活動が盛んなことで知
られていた。19 世紀初頭にはウィーンで「ガランタのジプシー達にならった」舞曲集まで出
版されている。こうしたロマの演奏スタイルにならった、一般に「ヴェルブンコシュ」
と呼ば
れる当時の舞曲の旋律を、20 世紀前半の作曲技術を用いて構成し直したのが、この《ガ
ランタ舞曲》
である。
父親が駅長を務めていた関係で、コダーイは 1885 年からの7 年間をガランタで過ごして
いる。彼がロマの楽師達の演奏にはじめて接したのも、この町でのことだ。
「父の聖名祝
日には我が家にも4 人のジプシーが玄関にやってきた。そういうときにはコントラバスの上
にのせてもらったものだ。ブルンブルンとうなる、あの響きが好きだったから」
と彼はのちに
明かしている。本人も認めるように、この曲はこうした幼年時代の思い出に捧げられたオ
マージュにもなっている。
作品は、大きく分けると、緩急の2 部からなる。ゆったりとした導入(レント、2/4 拍子 )の後、
を歌いはじめる
(アンダンテ・マエストーソ、4/4 拍
テンポが安定し、クラリネットが主要主題( A )
子)
。増 2 度音程が多用されるのは、
「ジプシー音楽」風の味付けと言える。この後、アレ
( B )、アレグロ・コン・モート、2/4 拍子のエピソー
グレット・モデラート、2/4 拍子のエピソード
を間にはさみつつ、ロンド形式風の構成で音楽が展開していく
( 序奏+ ABACA )。
ド( C )
である。木管楽器による主要主題( A )
後半はいわゆる
「速弾き」
の音楽(アレグロ、2/4 拍子 )
の回想をはさみつつ、最後は華やかに終わる。
[太田峰夫]
作曲年代
1933 年
初演
1933年10月23日、エルンスト・フォン・
ドホナーニ指揮、ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団により、
ブダペスト国立歌劇場にて初演
楽器編成
フルート2(ピッコロ1 )、オーボエ2 、クラリネット2 、ファゴット2 、ホルン4 、
トランペット2 、ティンパニ1 、
小太鼓、
トライアングル、グロッケンシュピール、弦楽
22
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | DECEMBER 2015
Program B
バルトーク
組曲「中国の不思議な役人」
という意味 )
1917 年 1月、ハンガリーの文芸誌『ニュガト』
(「西」
に、メニヘールト・レンジェ
ルによる『中国の不思議な役人』が掲載された。彼は、
『青ひげ公の城』などで知られる
ベーラ・バラージュとともに、この前衛的な雑誌『ニュガト』の同人であり、ハンガリーの新し
い時代をリードする文学者のひとりであった。ベーラ・バルトークは、刊行まもないこの雑
誌を購読しており、表現主義的で強烈な内容をもつストーリーにすぐさま心惹かれたと推
察される。そして翌年から、この物語にもとづくバレエ音楽の作曲に着手した。
作品の完成までには予想以上に時間がかかり、1923 年になってようやくオーケストレー
ションが脱稿した。だがその後、修正が重ねられたため、1924 年の初演も延期。まず
1926 年 4月8日にピアノ連弾版で放送初演され、バレエとしての初演は、同年 11月27日に
ケルンで行われた。以後もバレエ音楽として改訂が施されており、組曲版が完成したのは、
1927 年のことであった。
バレエとしての《中国の不思議な役人》は、ケルンでの初演の際、テーマが不道徳だと
いう批判を浴び、わずか 1日で上演打ちきりの憂き目を見た。中国の役人を惨殺する結末
や物語全体のエロチックな色調などが、当時としてはかなりセンセーショナルなものだった
のだろう。1931 年には、バルトークの50 歳の誕生日記念として、ハンガリー国立歌劇場で
の上演も計画されたが、やはり難癖をつけられ、頓挫してしまい、ハンガリーでの上演は、
バルトークの死後にようやく日の目を見たのだった。組曲版は、1928 年 10月15日、ブダ
ペストにおいて、エルンスト・フォン・ドホナーニ指揮、ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団
によって初演されている。
戦後、かのモーリス・ベジャールによる名舞台をはじめ、原曲のバレエも上演されるよう
になったが、コンサートでは原曲ではなく、組曲版のほうが演奏頻度は高い。バレエ版の
前半部 3 分の2くらいまでからなるこの版は、バレエ版で必要となる混声合唱を使わずに
すむので、とりあげやすいという事情もあろう。しかも最後の部分をのぞけば、バレエ版の
見せ場はほぼ含まれている。
音楽はまず異様なほどの緊迫感にみちた序奏ではじまる。舞台は、妖し気な娼 婦の館。
3 人の男達が、若い女ミミに客を誘惑させ、金を巻き上げようと相談している。最初に現れ
PROGRAM B
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
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たのは、のんきな老人。
「金よりも愛が大事」
と言うので、追い出されてしまう。老人のユー
モラスな描写は、木管を主体にした楽天的なメロディによって表現されている。
次なる客は、内気な若者。金はないが、若者を気に入ったミミは、ワルツを踊りはじめる。
この部分の音楽は、しだいに熱を帯び、官能的な様相を呈する。だが、金がなければ用
はないとばかりに、男達からまたも追い出されてしまう。
最後にやってきたのは、中国の役人。東洋的な五音音階も織り込まれ、中国人の登場を
印象づけている。ミミが誘惑のダンスを踊りはじめると、役人がミミをしつこく追い掛け回す様
子が、フーガ的な書法によって描かれ、音楽は一番の山場を迎える。中国人の娘へのグロテ
スクなまでの執着ぶりがたくみに音楽化されていると言えよう。原曲のバレエではこのあと、
3 人の悪徳漢が役人を殺害する場面になるが、組曲ではこの部分はカットされている。
[伊藤制子]
作曲年代
1924 年(バレエ版)、1927 年(組曲版)
初演
1928年10月15日、ブダペストにて。エルンスト・フォン・
ドホナーニ指揮のブダペスト・フィルハーモニー
楽器編成
フルート3(ピッコロ2 )、オーボエ3(イングリッシュ・ホルン1 )、クラリネット3( Es クラリネット1 、バス・
管弦楽団によって
(組曲版)
トランペット3 、
トロンボーン3 、テューバ1 、
クラリネット1 )、ファゴット3(コントラファゴット1 )、ホルン4 、
トライアングル、大太鼓、小太鼓、中太鼓、タムタム、シロフォン、シンバル、サスペン
ティンパニ1 、
デッド・シンバル、ハープ 1 、ピアノ1 、チェレスタ1 、オルガン1 、弦楽
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NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
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Program B
サン・サーンス
交響曲 第3番 ハ短調 作品78
フランス近代の代表的な作曲家であるカミーユ・サン・サーンスはさまざまな分野で多く
の作品を残した。完成した交響曲は 5 曲あり、以下のように最初の4 曲が 1850 年代に書
かれている
( 他に未完の交響曲が 3 曲ある)。
・ 交響曲 イ長調:1850 年作曲
・ 交響曲 第1番 変ホ長調 作品2:1853年作曲、1853年聖セシル協会コンサートで初演
「首都ローマ」
:1855∼1856年作曲、1857年パドルー管弦楽団により初演
・ 交響曲 へ長調
・ 交響曲 第 2 番 イ短調 作品 55:1859 年作曲、1859 年パドルー管弦楽団により初演
彼は交響曲の作曲がふるわなかった当時のフランスで、このジャンルを書き続けていた
稀 有な存在であった。
その後サン・サーンスは一時交響曲の作曲から遠ざかるが、ロンドン・フィルハーモニー
《第 3 番》
である。同年 5月
協会の委嘱を受けて、1886 年に作曲したのが最後の交響曲、
のロンドン初演も、翌年のパリ初演も成功を博した。パリ初演の折、
この曲に感激したシャ
ルル・グノーは、指揮台を降りて楽屋に戻るサン・サーンスを見て「フランスのべートーヴェ
ンが行く!」
と叫んだという。
この作品と同年にヴァンサン・ダンディの《フランスの山人の歌による交響曲》が生まれ、
1888 年にはセザール・フランクの《交響曲ニ短調》、1890 年にはエルネスト・ショーソンの
《交響曲変ロ長調》が発表されていることは注目される。1850 年代のサン・サーンスの地
道な活動が 1880 年代以降のフランス音楽全体の黄金時代につながったのである。
「オルガン付き」
というニックネームがついていることからも分かるように、この曲の楽器
編成にはオルガンやピアノが加えられているのが特徴のひとつで、サン・サーンスの精妙な
管弦楽法によって、華麗で繊細な音の世界が広がっている。この作品には「 F.リストの思
い出に」
という献辞が添えられている。フランツ・リストはサン・サーンスのオルガニスト、ピ
のワイマー
アニスト、作曲家としての才能を早くから認め、1877 年《歌劇「サムソンとデリラ」》
ルでの世界初演を助けた。一方、サン・サーンスは長年にわたりリスト作品の紹介に尽力
PROGRAM B
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
25
した。
《交響曲第 3 番》
を献呈したいというサン・サーンスの申し出に対してリストは喜び、
1886 年 6月19日付けでワイマールからサン・サーンスに次のような手紙を送っている「こ
のような証しをご親切にも私に与えてくださって感謝しています。交響曲のロンドンでのご
成功をとても喜んでいます。パリでもほかの場所でもその成功はクレシェンドしつづけるで
しょう
(……)」。しかし、リストは、その6 週間後の7月31日に世を去ったため、出版譜を手
にすることはできなかった。リストの訃 報を聞いたサン・サーンスは「 F.リストの思い出に」
という献呈の辞に差しかえ、この作品を出版したのである。
曲は2 楽章構成だが、内容的にはそれぞれの楽章が通常の2 つの楽章をまとめた形を
とっている。全曲を通じて循環主題が随所に、しかも緻密に用いられており、作品の構築
性を高めている。
第 1 楽章 第 1 部 アダージョ─アレグロ・モデラート、ハ短調、6/8 拍子。序奏つきの自由な
ソナタ形式。11 小節の序奏の動機のなかには、すでに第 1 主題が内包されている。アレ
グロ・モデラートの主部は、16 分音符で刻まれてはじまる第 1 主題と、その一部から派生し
た変イ長調の循環主題が提示された後、甘美な第 2 主題が変ニ長調で現れる。第 1 主題
と循環主題を素材にした展開部に続いて、ほぼ型どおりの再現部となり、しだいに静まる。
第 1 楽章 第 2 部 ポーコ・アダージョ、変ニ長調、4/4 拍子。3 部形式。オルガンに導かれて、
弦楽器のユニゾンが甘美な主要主題を奏でる。
第 2 楽章 第 1 部 アレグロ・モデラート、ハ短調、6/8 拍子─プレスト、ハ長調─アレグロ・
モデラート、ハ短調─プレスト、変イ長調。スケルツォ的な部分で、アレグロ・モデラートとプ
レストの2 つの部分からなっている。
第 2 楽章 第 2 部 マエストーソ、ハ長調、6/4 拍子─アレグロ、ハ長調、2/2 拍子。序奏つ
きの自由なソナタ形式。オルガンのハ長調の主和音の強奏が鳴り響くなか、荘厳な主題
が対位法的に扱われ、続いて、循環主題がピアノの分散和音を伴って現れる。やがて、ア
レグロでは、循環主題をもとにした第 1 主題と、表情豊かな第 2 主題、さらに序奏部の主
題を中心に壮大に展開し、最後はハ長調の主和音の上に全曲が華々しく閉じられる。
[井上さつき]
作曲年代
1885∼1886 年
初演
1886年5月19日、ロンドン、セント・ジェームズ・ホールにて、作曲者自身の指揮によるロンドン・フィル
ハーモニー協会管弦楽団
楽器編成
フルート3(ピッコロ1 )、
オーボエ2 、
イングリッシュ・ホルン1 、
クラリネット2 、バス・クラリネット1 、
ファゴッ
トランペット3 、
トロンボーン3 、テューバ1 、ティンパニ1 、大太鼓、
ト2 、コントラファゴット1 、ホルン4 、
シンバル、サスペンデッド・シンバル、
トライアングル、オルガン1 、ピアノ1( 4 手連弾)、弦楽
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NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | DECEMBER 2015
C
PROGRAM
第1824回 NHK ホール
金 7:00pm
12/11 □
土 3:00pm
12/12 □
Concert No.1824 NHK Hall
December
11(Fri) 7:00pm
12(Sat) 3:00pm
[指揮]
シャルル・デュトワ
[conductor]Charles Dutoit
[アルト]
ビルギット・レンメルト
[alto]Birgit Remmert
[女声合唱]東京音楽大学
(合唱指揮/阿部 純)
[児童合唱]NHK 東京児童合唱団
(合唱指揮/金田典子)
[コンサートマスター]伊藤亮太郎
female
chorus
children
chorus
Tokyo College of Music
(Yasushi Abe, chorus master)
NHK Tokyo Children Chorus
(Noriko Kaneda, chorus master)
[concertmaster]Ryotaro Ito
マーラー
)
交響曲 第3番 ニ短調(97′
Gustav Mahler (1860-1911)
Symphony No.3 d minor
Ⅰ 力強く、決然と
Ⅰ Kräftig. Entschieden
Ⅱ テンポ・ディ・メヌエット、とても穏やかに
Ⅱ Tempo di Menuetto. Sehr mässig
Ⅲ コモド・スケルツァンド、慌てないで
Ⅲ Comodo. Scherzando. Ohne Hast
Ⅳ きわめてゆるやかに、
ミステリオーソ、
Ⅳ Sehr langsam. Misterioso. Durchaus ppp
一貫して ppp
Ⅴ 活発な速度で、表情は大胆に
Ⅴ Lustig im Tempo und keck im Ausdruck
Ⅵ Langsam. Ruhevoll. Empfunden
Ⅵ ゆるやかに、平静に、感情をこめて
★この公演に休憩はございません。あらかじめご了承下さい。
PROGRAM C
★ This concert will be performed with no intermission.
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
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Program C|SOLOIST
ビルギット・レンメルト
(アルト)
©Franck Pizzoferrato
ドイツ出身の歌手。生地のブラウンシュヴァイクで17歳から声楽を学び
始め、その後、デトモルト音楽大学、ハンス・アイスラー音楽大学ベルリンで
も学ぶ。その間に、
ドイツ国内やヨーロッパのコンクールでも好成績をあげ
た。1992年からはスイス、チューリヒ歌劇場と契約し、本格的にキャリアを
スタートさせた。
《ポントの王ミトリダーテ》ファルナーチェ、
《蝶々夫人》スズ
キ、
《サムソンとデリラ》デリラなどを歌った。その間には各国でコンサートに
も出演。オペラのレパートリーとしてはワーグナーの《ラインの黄金》
《ワルキューレ》のフリッカ、R.シュト
ラウス《影のない女》乳母、ヘンデル《セメレ》
ジュノなどを持つ。また宗教曲のジャンルでも活躍。ヨー
ロッパ各地の歌劇場、ザルツブルク音楽祭、バイロイト音楽祭などに出演してきた他、アバド、アーノン
クール、ハイティンクなどの世界的指揮者と共演している。NHK交響楽団とは初共演となる。
[片桐卓也/音楽ライター]
Program C|FEMALE CHORUS
東京音楽大学(女声合唱)
©Franck Pizzoferrato
創立は、私立の音楽大学では最も古い1907(明治40)
年。
声楽教育にも力を入れ、著名な教授陣のもとに多くのコンクー
ル入賞者、オペラ歌手、声楽家を輩出している。
2012年9月には創立105周年記念オペラ、プッチーニ《ボ
エーム》
を広上淳一指揮、粟國淳の演出により、同大学100
周年記念ホールで公演した。これまでに海外演奏旅行なども
行っており、実績は数多い。
をヘルベルト・ブロムシュテット指揮で共演したほか、
N 響とは1995年にベートーヴェン《荘厳ミサ曲》
2005年、2009年、2010年と度々共演を重ね、2014年12月の定期公演ではドビュッシー《ペレアス
とメリザンド》にシャルル・デュトワの指揮で、2015年10月にもマーラー《交響曲第2番「復活」》にパー
ヴォ・ヤルヴィの指揮で出演した。
メンバーは声楽専攻の学生を中心とする。そのなかから数年後にオペラ歌手としてデビューする人も
あり、なかにはトップ・クラスの歌手として活躍する人材も出ている。
[関根礼子/音楽評論家]
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NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | DECEMBER 2015
Program C|CHILDREN CHORUS
NHK 東京児童合唱団(児童合唱)
©Franck Pizzoferrato
1952年3月、
「少年少女に豊かな心を」
という願いから、N
HKの教育番組と子ども番組の充実を目的として創立されたN
HK東京児童合唱団(旧称・東京放送児童合唱団)
は、NHK
の放送出演はもとより、海外の合唱団との交流や国内の主要
オーケストラと共演を重ねている。また邦人作曲家への合唱
作品の委嘱など、多くの作品を国内外に紹介している。
「ゾルターン・コダーイ生誕100年記念国際合唱コンクール」青少年部門第1位・総合部門グランプリ
など国内外の多数のコンクールに入賞。2009年N響とともに「天皇・皇后両陛下ご成婚50周年ご即
位20周年記念コンサート」に出演した。新国立劇場などオペラへの出演も多い。2012年には創立
60周年を迎えた。デュトワ指揮のN響とは、2013年に続いて2年ぶりの共演となる。
[柴辻純子/音楽評論家]
PROGRAM C
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
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Program C
マーラー
交響曲 第3番 ニ短調
第1部
序奏
牧神(パーン)は目覚める
第 1 楽章 夏が行進してくる
(バッカスの行進 )
第2部
第 2 楽章 野の花たちが私に語ること
第 3 楽章 森の動物たちが私に語ること
第 4 楽章 人間が私に語ること
第 5 楽章 天使たちが私に語ること
第 6 楽章 愛が私に語ること
以上のようなプログラムが初演の際には聴衆に配られたという。こうしたマーラーの言
葉による説明は後にすべて削除されたのではあるが、少し前の版では、第 1 部の序奏に
としても良いと
「岩山が私に語ること」
という言葉もあり、第 6 楽章は「神が私に語ること」
手紙で述べてもいる。生命のない物質( 岩山 )からはじまって植物、動物、人間、天使、神
へと楽章を追うごとに、より位階の高い存在物が登場してくる新プラトン主義的な「存在物
の階 梯 」がイメージされていたと言えよう。
けれども、さらに注目すべきなのは、常識的な理解では「神」やプラトニズムの不
戴天
の宿敵であるはずのニーチェの詩が第 4 楽章に採用され、しかもこの詩の唱える「永遠回
帰」の思想が曲の形式そのものによって裏打ちされていると感じられることだ。つまり、第
1 楽章では冬から夏への季節の移り行きが 3 度にわたって描かれるし、第 6 楽章は冒頭の
主題が 3 度にわたって変形されつつ繰り返される変奏曲である。1890 年代のドイツ語圏
も
ではニーチェ・ブームが起こり、R. シュトラウスの《交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」》
1896 年の作曲だが、この交響曲とニーチェ思想との結びつきを単なるブーム便乗以上の
ものと考えるなら、
「神の死」後の荒々しい森羅万象を描き尽くした巨大な「田園交響曲」
として聴くことも不可能ではあるまい。
第 1 楽章 人の手の入らぬ自然そのもののように野放図に展開する独創的なソナタ楽章。
と足どり軽やかな軍楽隊の奏でる夏の行
葬送行進曲風の重苦しい冬の主題群(ニ短調 )
進曲(ヘ長調 )が 3 度にわたって交替する。この3 年分が旧来の区分で言えば、それぞれ提
30
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | DECEMBER 2015
示部/展開部/再現部にあたるわけだ。ホルンの斉奏で出る冒頭主題も夏の行進曲に
乗って、変形されつつ展開されてゆくが、冒頭主題にはブラームス《大学祝典序曲》にも
使われたドイツの学生歌《われらは立派な校舎を建てた》やブラームスの《交響曲第 1 番》
終楽章の「歓喜の主題」
との類似も指摘されており、本楽章でのこの主題のパロディックな
扱いからは、学生歌の含意する汎ゲルマン主義( 裏を返せば反ユダヤ主義 )や「保守派の巨
頭」
ブラームスに対するマーラーのアイロニーを読み取ることもできる。
第 2 楽章 過去の文化遺産となったメヌエットへの愛惜をこめた「音楽についての音楽」。
第 3 楽章 季節の移り変わりとともにカッコウが死んで、夏の歌い手がナイチンゲールに交
替することを歌った自作歌曲《夏の交替》の主題によるスケルツォ。ここでも季節の推移と
その永遠の繰り返しがテーマになっている。トリオでは「はるか遠くから」
と指定されたポス
トホルンがあの世からの声のように響く。
第 4 楽章 アルト独唱が登場してニーチェの詩を歌う。主題的には第 1 楽章、冬の主題部
と関連が深い。ここから終楽章までは切れ目なく続く。
第 5 楽章 さらに児童合唱と女声合唱が加わる。
第 6 楽章 マーラーが書いた最初の本格的な緩徐楽章。壮麗なアダージョ主題は第 1 楽
章冒頭主題の変形だが、特筆すべきは第 1 楽章の小結尾主題や第 4 楽章の「世界の嘆き
は深い!」
という旋律線に由来する苦痛の主題と呼ぶべきものが登場していることだ。声
楽を動員しながら終楽章には使わないというのは大胆なアイディアだが、歌詞のある短い
楽章は続く大きな楽章の縮図あるいは先取りであるという、前作《交響曲第 2 番》の第 4 楽
章〈原光〉以来のマーラーの常 套手段を考えれば、同じニ長調の第 4 楽章の歌詞内容を
器楽楽章として展開したものと見ることができる。苦痛の主題は繰り返しのたびに激しさ
を増してゆき、3 度目の登場ではありったけの嘆きをぶちまけるが、その後、フルートとピッ
コロの切れ切れの主題断片が金管合奏にはじまるアダージョ主題、いわば快楽の主題の
最終変奏につながって、曲は朝日が昇るような輝かしい大団円に導かれる。
[村井翔]
作曲年代
初演
1895 年(第2楽章∼第6楽章)
∼1896 年(第1 楽章)
1902年6月9日、ケルン近郊のクレーフェルトにて。作曲者指揮、ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団と
クレーフェルト市立管弦楽団(合同)。オラトリオ協会女声合唱団、聖アンナ児童合唱団、
ルイーゼ・
ゲラー・ウォルター
(アルト)
楽器編成
フルート4(ピッコロ4 )、オーボエ4(イングリッシュ・ホルン1 )、クラリネット4(Es クラリネット1 、バス・ク
トランペット4 、ポストホル
ラリネット1 )、Es クラリネット1 、ファゴット4(コントラファゴット1 )、ホルン8 、
トロンボーン4 、テューバ1 、ティンパニ2 、
トライアングル、タンブリン、シンバル、サスペンデッド・
ン1 、
シンバル、タムタム、大太鼓、小太鼓、シンバル付き大太鼓、グロッケンシュピール、鞭、鐘、ハープ2 、
弦楽、児童合唱、女声合唱、アルト・ソロ
PROGRAM C
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
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マーラー 交響曲 第3番 ニ短調 歌詞対訳
G.Mahler: Symphony No.3 d minor
訳◎村井翔| Translation: Sho Murai
第4楽章
IV
O Mensch! Gib Acht!
Was spricht die tiefe Mitternacht?
Ich schlief! Aus tiefem Traum bin ich
erwacht!
Die Welt ist tief!
Und tiefer als der Tag gedacht!
Tief ist ihr Weh!
Lust, tiefer noch als Herzeleid!
Weh spricht: Vergeh!
Doch alle Lust will Ewigkeit!
Will tiefe, tiefe Ewigkeit!
(aus “Also sprach Zarathustra” [1885 ] von
おお、人間よ!よく聴くがいい!
深き真夜中が語っているのは何か?
私は眠っていた! いま深い夢から目覚めたと
ころだ!
世界は深い!
昼が考えていたより、なお深い!
世界の嘆きは深い!
しかし、快楽は心の痛みよりなお深い!
嘆きは言う、過ぎ去れと!
だが、すべての快楽は永遠を欲する!
深い、深い永遠を欲するのだ!
(ニーチェ
『ツァラトゥストラはこう語った』
[ 1885 ]
より)
Friedrich Nietzsche)
V
第5楽章
Es sungen drei Engel einen süßen
あるとき三体の天使が愛らしい歌を歌いまし
Gesang;
Mit Freuden es selig in dem Himmel
たとさ
klang.
Sie jauchzten fröhlich auch
ました
dabei,
げました
32
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
喜びにあふれて、それは浄らかに天国に響き
天使たちは歌いながら喜ばしげに歓声をあ
PHILHARMONY | DECEMBER 2015
Dass Petrus sei von Sünden frei.
ペテロさまの罪が許されたと
Und als der Herr Jesus zu Tische saß,
主イエスさまが十二人の弟子と食卓につかれ
Mit seinen zwölf Jüngern das Abendmahl
最後の晩 餐をおとりになった
aß,
Da sprach der Herr Jesus: Was stehst du
イエスさまはお尋ねになりました。お前はどう
denn hier?
Wenn ich dich anseh’, so weinest du mir!
“Und sollt’ ich nicht weinen,
du gütiger Gott?
(Du sollst ja nicht weinen!)
Ich hab’ übertreten die zehn Gebot.
Ich gehe und weine ja bitterlich.
Ach komm und erbarme dich über mich!”
Hast du denn übertreten die zehn Gebot,
So fall auf die Knie und bete zu Gott!
Liebe nur Gott in alle Zeit,
So wirst du erlangen die himmlische
時のこと
して立ったままなのか?
私と目があうと、そんなに泣いたりして
「泣くなとおっしゃるのですか、
寛大な神よ
(そうだ汝、泣くべからずだ!)
私は十戒を破ってしまいました
ここを出て、ひどく泣きましょう
ああ、どうか私を憐れんでください!」
十戒を破ったのなら
ひざまずいて、神に祈るがいい!
いかなるときも、ただ神だけを愛することだ
そうすればお前も天上の喜びを手にすること
Freud’!
だろう!
Die himmlische Freud’, die Selige Stadt;
Die himmlische Freud’, die kein Ende
mehr hat.
Die himmlische Freude war Petro
天上の喜び、浄福の都
bereit’t
Durch Jesum und Allen zur
Seligkeit.
天上の喜び、それは時の終わりを
知りません
天上の喜び、それはペテロさまにも与えられ
ました
イエスさまを通して、すべての人々の幸せの
ために用意されたのです
(aus “Des Knaben Wunderhorn” [1808 ] hrsg.
(アルニム、ブレンターノ編『こどもの不思議な角笛』
von Achim von Arnim und Clemens Brentano)
より)
[ 1808 ]
[「ペテロさまの罪」
とはイエスを捕らえにきた兵士に、お前も
あいつの弟子かと問われた際、怖くなって否定してしまったこ
と。十戒の第九「汝、偽証するなかれ」
を破ったことになる]
PROGRAM C
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
33
短期連載(全4回)
音楽史の中の
交響曲|金澤正剛
音 楽 学 の 第 一 線 で 活 躍 する 研 究 者 が 、
交 響 曲 や オ ー ケストラを 入り口 に 自 由 な テ ー マ で 執 筆 する 短 期 連 載 シリーズ 。
金 澤 正 剛 さん によるシンフォニーを 軸 にした 音 楽 史 。
最 終 回となる 今 回 は 、ベ ートーヴェン によって 切り拓 か れ 、
ロマン 派 時 代 に 花 開 い た「 標 題 音 楽としての 交 響 曲 」、
そして 現 代 へ の 流 れ を 辿ります。
最終回
19世紀以後の交響曲
18世紀も終わり、世紀が改まると、芸術の世界にも新しい風が吹く
ようになった。すなわち古典派からロマン派への移行である。均整美
を理想とする理性の時代から、個性的な表現を重んじる感情の時代
へと移り変わっていったのである。音楽の世界では依然として調性に
基づく作曲が続き、曲種もソナタ、室内楽、交響曲、歌曲などと基本的
には以前のものをそのまま受け継いではいたが、表現の内容に根本
的な違いが現れるようになる。古典派の時代においては、調性に基づ
く和声的な対比、すなわち長調の曲では主調対属調(主調の第5音を主
音とする調)
、短調の曲では長調対短調という対比を踏まえたうえでの
均衡の取れた音楽作りが理想とされた。対してロマン派の時代にお
いては、異なる感情表現の対比、たとえば勇ましい主題対優雅な主
題、喜び対悲しみというように、対照的な感情表現を対比させること
によって生じる劇的な効果が期待されるようになった。
交響曲の世界においては、何よりもまず管弦楽団の規模が拡大し
たことが重要である。以前は弦楽合奏が基礎的役割を持ち、管楽器
や打楽器はそれに色を添えるという形で加わっていた。ところが世紀
が変わると急速に管楽器の種類が増え、弦楽合奏以外に木管楽器
群、金管楽器群、打楽器群が充実し、それぞれの楽器の個性を重視
34
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | DECEMBER 2015
するようになった。そして中には特定の表現を期待される楽器も現れ
るようになる。たとえばオーボエやイングリッシュ・ホルンで田園風景を
描写し、ホルンで森林の情景を想定させるなどといった手法である。
ロマン派の時代になって、人々は純粋に音楽の美しさを求めるよりは、
音楽によって具体的に何かを表現することを好むようになり、楽器の
音色から特定の事物を暗示するのが一般的となった。そのような時
代の傾向から、本来絶対音楽である交響曲にも標題音楽の影響が
次第に加わり、中には具体的な標題を持つものも現れた。ベートー
ヴェンの
《交響曲第 6番「田園」》や、メンデルスゾーンの
《交響曲第4番
「イタリア」》
などがその良い例である。
古典派時代にも、たとえばハイドンの《驚愕》や《時計》
などの名で
知られる交響曲の例があるが、それはあくまでも呼び名であって、音
楽の本質を表したものではない。単に静かな曲の途中で突然びっくり
するような大きな音が鳴ったり、時計が時を刻む音に似たリズムを用
いただけの話である。これに対してベートーヴェンは本気で「田園」
を
表現しようと、小川のせせらぎや鳥のさえずり、さらには嵐の情景まで
描写している。またメンデルスゾーンは南欧の雰囲気を出すために管
楽器の音色に工夫を凝らし、終楽章ではイタリア舞曲のひとつである
サルタレロ
[1]
の特徴をそのまま用いている。
1…中世ヨーロッパの宮廷
さらにベルリオーズは《幻想交響曲》の5つの楽章を通してひとつ
で人気のあったイタリア起源
の物語を想定しているし、リストの《ファウスト交響曲》
は3つの楽章に
拍子で踊られる。
それぞれファウスト、グレートヒェン、メフィストフェレス[2]
という題名が
付いていて、いわば3つの交響曲から成る組曲とみなすこともできる。
いっぽう同じロマン派の時代においても、たとえばブラームスやブルッ
クナーのように、絶対音楽としての交響曲を書き続けた作曲家もいた。
の舞踏やその音楽。速い3
2… ファウスト、グレートヒェ
ン、メフィストフェレスはいず
れもゲーテの戯曲『ファウス
ト』
の登場人物。
ただし彼らの作品にも、純粋に音の美しさを表現するというよりは、特
定の感情の表現を思わせるような例が多く含まれるようになる。
ところで均整美を理想とする古典派時代にあっては、作品の構造、
そしてそこに見られる形式美も大切な要素であった。交響曲は3楽章
構成、または4楽章構成が常識であり、それぞれの楽章に用いられる
形式もほぼ決まっていた。そのような常識は、ロマン派の時代におい
ても標準として意識されてはいたものの、ほとんどの作曲家たちはそ
れに束縛されず、自由に曲の構成を考えるようになった。楽章の数を
増やしたり、減らしたりすることも意のままであったし、4楽章構成の交
響曲の第3楽章がメヌエットやスケルツォである必要もなくなった。
そして特に注目すべきはソナタ形式に見られる変化である。すなわち
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
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調和を重んじる古典派のソナタ形式においては、提示部の前半と後半
の対比が重要であり、その対比は2つの対照的な調の間で生じ、変化と
ともに調和をもって効果的に提示された。しかしロマン派の音楽家たち
には、そのように穏やかな対比は物足りなく思われたのであろう。彼らに
とっての対比はもっと感情的で、劇的なものでなければならなかった。
そこで彼らの目は、提示部の前半と後半の冒頭に現れる2つの主
題に向けられる。それら2つの主題は、何よりも対照的な性格を持って
いることが求められた。たとえば堂々と英雄的な主題に対しては抒情
的で表現豊かな主題、激しい主題に対しては物静かな主題、明るい
主題に対しては暗い主題、といった対照的な主題を用いて起伏に富
んだ展開を続け、劇的な表現を盛り上げるというのが理想的なロマン
派の芸術のあり方と考えられたのである。
こうして美的な意識が古典派からロマン派へと変わり、感情の表現
が重要視された結果、従来のソナタ形式の常識は次第に崩れていく方
向に向かう。長調の曲の第2主題が属調のかわりに短調である例も現
れた。また短調の曲の再現部の後半では、もともと長調の第2主題を
短調に転調するのが常であったが、転調せずに長調のまま演奏される
例も現れた。実はロマン派時代の主題においては、長調であること、ま
たは短調であること自体がその旋律の根本的な本質を成していて、長
調から短調へ、あるいは短調から長調へ転調すると、その旋律の特徴
を損ねてしまう例が少なくない。これに対して古典派の主題は長調か
ら短調へ、または短調から長調へ転調しても何ら不自然を感じさせな
い。実はこの違いは古典派とロマン派の大きな違いのひとつでもある。
さらに、古典派では形式的な区切りが常に明確に示されていたが、
ロマン派では音楽的な展開を重視するあまり、そのような区切りをはっ
きりとは示さないような例も多くなった。提示部の終わりでその終結
をはっきりとはさせぬまま、いつの間にか展開部に入ってしまっていた
り、展開を繰り返しているうちに気が付いたら再現部になっていること
もある。従来、再現部の後のコーダは簡潔であるのが常識であった
が、次第に長くなり、第2の展開部と呼ばれるようにもなった。いっぽ
う、提示部の前の序奏も次第に長くなり、楽章の主部と同等、または
それ以上に目立った展開を示すものさえ現れた。その最初の例に挙
げられるのがベートーヴェンの
《交響曲第 7番》第1楽章である。
実はベートーヴェンこそ、音楽の流れを古典派からロマン派へと導
いた先導者に他ならない。
《交響曲第1番》
ではいちおう古典派の常
識に従っていた彼も、
《田園交響曲》以前にすでに《第3番》第2楽章
36
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PHILHARMONY | DECEMBER 2015
における葬送行進曲、
《第5番》
における「運命のモティーフ」
などで交
響曲に描写性を持ち込んだ。そして標題を楽器に託すだけでは物足
りなく感じた結果、ついに《第9番》
では声を用いて言葉でメッセージ
を明示することとなる。最初期の交響曲といえる16世紀末の
「シンフォ
ニア」
にも声楽が含まれている例は多く見られたが、それらとベートー
ヴェンとではその意図が全く違う。16世紀の例は礼拝用であったた
め、歌詞は主に聖書であったが、今回は明らかに作曲家の意図を明
確に宣言したものであった。
以後、交響曲に声楽を導入し、作曲家の意図を明確に示すという
傾向は次第に一般的となり、聴衆にも受け入れられるようになった。
ベートーヴェンに続いては、メンデルスゾーンがその《交響曲第 2番「讃
歌」》
の後半でルターの言葉やコラール
[3]
を用いて、事実上長大なコ
ラール・カンタータ[4]
と呼んで良い作品を書き上げた。また世紀の終
わり頃にはグスタフ・マーラーがその
《交響曲第2番》
で独唱者2人に混
声合唱を加え、続けて
《第3番》、
《第4番》
でも声楽を入れ、ついに
《第
8番》では9人の独唱者に混声合唱、そして大編成の管弦楽団が加わ
るという大規模な作品を書き上げた結果、
《一千人の交響曲》
として
知られるようになっている。
20世紀に入って以後の交響曲に関しては、いちおう古典派以来の
「交響曲」
の基本に基づいて曲を書く作曲家と、それにはとらわれずに
自分なりの自由な解釈のもとに作品を書き続ける作曲家の2通りに分
かれたように思う。前者の例としてはフィンランドのシベリウス、ロシア出
身のプロコフィエフとショスタコーヴィチ、日本の諸井三郎など、
ヨーロッパ
の中心以外の地域出身の作曲家が多い。また後者の例の代表格であ
るアントン・ウェーベルンが1928年に作曲した《交響曲作品21》
は2楽
章から成り、弦楽合奏にクラリネットとホルンが2本ずつ、
それにハープが
加わるという異常な編成で、全曲十二音技法で作曲されている。いっ
3… ルター派の教会で会衆
全員が歌うために作られた
賛美歌。
4… カンタータは、器楽伴奏
を伴う単声または多声の声
楽作品。コラールの歌詞と
旋律を用いて作られたものを
コラール・カンタータと呼ぶ。
ぽう20世紀を代表する作曲家ストラヴィンスキーも3つの交響曲を作曲
しているが、そのうち1940年代に発表した《3楽章の交響曲》
は、作曲
者によれば
「理性の音楽と感情の音楽を合致する試み」
であるという。
今日の世界では、管弦楽を主として作曲した音楽を「交響曲(シン
フォニー)
」
と名付けるのが一般的となっている。今後はどのような交響
曲が生み出されるのだろうか。大いに楽しみである。
金澤正剛(かなざわ まさかた)
国際基督教大学名誉教授。著書に
『中世音楽の精神史』
『キリスト教と音楽』
ほか。
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
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しても、その持ち味を尊重しながら、しなや
1月定期公演の
聴きどころ
かでみずみずしい音楽を紡ぎ出す山田和
樹が、N響からどんなサウンドを引き出すの
か、大いに注目される。
山田和樹がN響定期のために選んだの
は、ビゼーの《小組曲「こどもの遊び」》、ド
ビュッシー(カプレ編 )の《バレエ音楽「おも
ちゃ箱」》、ストラヴィンスキーの《バレエ音楽
「ペトルーシカ」》の3曲。共通するテーマは
「人形」
ということになるだろうか。ビゼー《こ
どもの遊び》では、第2曲〈人形〉
をはじめ、
新春を迎える1月の定期公演では、国際
〈ラッパと太鼓〉や〈こま〉など、素朴で純真
的に注目を浴びるふたりの気鋭が指揮台に
な遊びの世界が描かれる。ドビュッシー《お
立つ。山田和樹指揮の A プロ、トゥガン・ソ
もちゃ箱》
では、命が吹きこまれた人形が登
ヒエフ指揮の B、C プロ、それぞれの指揮者
場する。人形の女の子を巡る、木彫りの兵
の個性が存分に発揮されそうなプログラム
士と道化師プルチネルラの恋のさや当ての
が用意されている。
行方はいかに。そしてストラヴィンスキー《ペ
トルーシカ》でも、魂を持った人形が恋をす
ヨーロッパで活躍する山田和樹が
定期初登場
る。鮮烈なオーケストレーションによって描か
れる人形たちの三角関係は、不気味な悲劇
へとたどりつく。他愛のない児戯で始まって、
A プロの山 田 和 樹はN響 定 期 初 登 場。
いささかグロテスクな怪奇譚へと至る、3曲を
待ちに待った初登場がようやく実現したとい
通したプログラム構成が実に興味深い。
うべきだろう。今、これほどヨーロッパの楽
なお、ドビュッシー《おもちゃ箱》では、女
壇で目覚ましい活躍を続けている日本人指
優の松嶋菜々子がナレーションを務める。
揮者がほかにいるだろうか。2009年にブザ
作品がぐっと親しみやすく感じられることだ
ンソン国際指揮者コンクールに優勝し、パリ
ろう。
管弦楽団をはじめ主要オーケストラに次々と
客演を果たし、名門スイス・ロマンド管弦楽
団首席客演指揮者、モンテカルロ・フィルハー
ソヒエフ、ゲニューシャスが魅せる
ロシア音楽の真髄
モニー管弦楽団首席客演指揮者に就任し
た。ベルリンに拠点を置き、ヨーロッパで多
B プロと C プロでは、北オセチア出身の
忙なスケジュールをこなしながらも、日本国
俊英トゥガン・ソヒエフが登場する。11月に
内での演奏活動も盛んで、日本フィルハーモ
来日したベルリン・ドイツ交響楽団の音楽監
ニー交響楽団正指揮者をはじめとするポス
督を務めるほか、トゥールーズ・キャピトル劇
トについている。いずれのオーケストラに対
場管弦楽団音楽監督やボリショイ劇場音楽
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PHILHARMONY | DECEMBER 2015
監督といった要職を務めている。ベルリン・
フィルハーモニー管弦楽団やウィーン・フィル
ソヒエフとの共演歴もある
シュトイデとソモダリを独奏に招いて
ハーモニー管弦楽団などトップレベルのオー
ケストラにも客演し、飛ぶ鳥を落とす勢いを
C プロでは、ウィーン・フィルハーモニー管
感じさせる旬の指揮者である。
弦楽団のフォルクハルト・シュトイデとペーテ
N響との最近の共演は2013年 11月定期
ル・ソモダリを独奏に招いたブラームス《ヴァ
で、スケールの大きなチャイコフスキー他を聴
イオリンとチェロのための二重協奏曲》、およ
かせてくれたのが、記憶に新しい。
びベルリオーズの《幻想交響曲》が演奏され
B プロはロシア・プロ。ラフマニノフ《ピア
る。ソヒエフは2013年にウィーン・フィルに客
ノ協 奏 曲 第2番 》では、ルーカス・ゲニュー
演した際にも、同じソリストと同じプログラム
シャスがソリストを務める。ゲニューシャスは
を指揮しており、
これらは得意のレパートリー
2010年ショパン国際ピアノ・コンクールで第
といっていいだろう。
《幻想交響曲》はトゥー
2位、さらに2015年のチャイコフスキー国際
ルーズ・キャピトル劇場管弦楽団との来日公
コンクールでも第 2位に入賞した新星であ
演でも演奏されているが、N響ではまた一
る。華麗な技巧を披露してくれるだろう。メイ
味違ったテイストが生み出されるはず。濃厚
ン・プログラムとなるのはチャイコフスキー
《白
にして強烈な《幻想交響曲》
を期待したいも
鳥の湖》の抜粋。ボリショイ劇場音楽監督と
のである。
して、納得の選曲だ。
[飯尾洋一/音楽ジャーナリスト]
1月の定期公演
A
土 6:00pm
1/9 □
日 3:00pm
1/10 □
NHK ホール
B
水 7:00pm
1/20□
木 7:00pm
1/21□
ビゼー/小組曲「こどもの遊び」作品22
ドビュッシー
(カプレ編)
/バレエ音楽「おもちゃ箱」★
ストラヴィンスキー/バレエ音楽「ペトルーシカ」
(1911年版)
指揮:山田和樹
★
語り:松嶋菜々子
(女優)
グリンカ/歌劇「ルスランとリュドミーラ」序曲
ラフマニノフ/ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18
チャイコフスキー/バレエ音楽「白鳥の湖」作品20
(抜粋)
サントリーホール
指揮:
トゥガン・ソヒエフ
ピアノ:ルーカス・ゲニューシャス
C
ブラームス/ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲 イ短調 作品102
ベルリオーズ/幻想交響曲 作品14
NHK ホール
指揮:
トゥガン・ソヒエフ
ヴァイオリン:フォルクハルト・シュトイデ
チェロ:ペーテル・ソモダリ
金 7:00pm
1/15□
土 3:00pm
1/16□
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