光と「らん」の育成・開花の関係

1/8
光と「らん」の育成・開花の関係
光は「らん」の育成・開花に必須要素となります。一般的に「らん」は夜の間に
二酸化炭素を吸収し、それを原料の一つとしてリンゴ酸を合成し蓄えます。
「らん」に光があたると葉の中の葉緑体が光合成反応によりリンゴ酸から糖を合成
します。「らん」は、この糖からタンパク質、ビタミン、エネルギー等を合成します。
したがって光が不足すると「らん」の開花はおろか株の生長も期待できません。
「らん」の開花と光の関係は複雑です。一般的に日照時間が長くなると開花(長日
性)または日照時間が短くなると開花(短日性)する光周性、または日照時間に
関係なく開花する現象がよく知られています。しかしながら光を構成する「色」と
開花の関係はまだまだ未知の領域です。
1. 太陽光スペクトラムと植物の反応
太陽光は様々な色の光から構成されています。雨上がりの虹はこれらの色を
分散し帯状に表現しています。この様々な色の分布をスペクトラムと言います。
太陽光は図1のようなスペクトラムとなっています。種々の光の色が植物の
様々な反応を導きます。「らん」の場合も同様です。図 1 の太陽光スペクトラム
と図 2 の波長(色)と相対効果のグラフを合わせて参照してください。
図1
太陽光
スペクトラム
グラフの横軸は光の波長(色)、
縦軸は光の強度
色素
反応
開花促進
開花阻害
光合成 ( 生長促進)
図2
波長(色)と相対効果
グラフの横軸は光の波長
(色)、縦軸は光反応効果。
図1と図2の横軸が対応。
クロロフィル(葉緑体)は
光合成に関わる光吸収色素。
a b
b a
クリプトクロム及びフォト
トロピンは光受容体タンパク
質。
2/8
・光合成
光合成に関わるのが葉の中にある葉緑体(クロロフィル)という光吸収色素
です。光合成は青色光∼赤色光の幅広い波長領域でなされますが、特に赤色光、
次に青色光に対して敏感です。その効果は上図 2 の黄緑色の線で現されます。
・開花促進
開花に寄与する光の色は青色光∼黄緑色光の領域にあるようです。開花には
植物(ここでは「らん」)の中にあるタンパク質が寄与し、クリプトクロムと
フォトトロピンという青色に反応する光受容体タンパク質が関与することが
わかっています。これらの色素はタンパク質からできています。またフロリゲ
ンという花成ホルモンが開花に関与しています。
光と「らん」の開花の関係において、驚くことに赤外線に近い赤色光は開花を
阻害します。したがって「らん」の開花株は相対的に赤色光を少なくし、青色
光∼黄緑色光の多い環境で管理することが開花に効果的と考えられます。
2.
光と「らん」の育成
図3
光
らん
( CAM 植物)
タンパク質
エネルギー
色素
酸素
反応
O2
光
糖
光合成
クロロフィル
(葉緑体)
肥料
ミネラル
光合成
クロロフィル
リンゴ酸 (葉緑体)
水
二酸化炭素
CO2
酸素 O2
空気
「らん」は多肉植物型光合成(CAM 型光合成)を行う植物であり、夜間、空気
中の二酸化炭素を取り込んでリンゴ酸として植物体内に蓄積し、太陽光をエネ
ルギーとして葉の中の葉緑体の光合成により蓄積したリンゴ酸から糖を合成
します。次にこの糖を原料として細胞を作るタンパク質やビタミン、色素等を
合成します。特定の色素は花の色を濃くする働きがあります。アントシアニン
がその代表例で花の発色に関わっています。アントシアニンはその形態により
赤色、青色、紫色等幅広い色を発色します。またアントシアニンは果実の
ブルーベリーにたくさん含まれていることで有名です。なおシンビジウムで
はカロチノイド色素を有する種類もあります。
3/8
3.
光と「らん」の生長(育成)、開花の関係
図4に「らん」の生長、開花の関連図を記します。
図4
花成反応
光吸収
光の影響
色素反応
適度の光
・光合成反応の活発化
ホルモン
色素
光合成
・色素反応の活発化
(花の濃色化、紫外線も関与)
葉緑体
葉緑体
色素
(生長、株の充実に寄与)
・開花促進
二酸化炭素
CO2
酸素 O 2
吸収
養分、水
吸収
・ホルモン反応の活発化
(花成の促進等に寄与)
過剰の光
・活性酸素の発生による
株の老化
・熱を伴う場合は葉焼け、
株焼け
過小の光
・生育不全
・開花の阻害
紫外線
・適度の紫外線は花の濃色化
・過度の紫外線は葉焼け、株焼け
「らん」を含む植物は青色光と赤色光をモニターしています。青色光が開花、
赤色光が生長のスイッチの役割を行います。青色光を感知する色素は
クリプトクロム、赤色光を感知する色素はフィトクロムでこれらの色素は
光受容体タンパク質と呼ばれます。
ただし開花には青色光だけではなく緑色光∼黄緑色の光も関わっているよう
です。通常、緑色系の光は植物には無用の光と考えられていますので、これら
の色の光が開花に関わるのは不思議な事象です。
通常の紫外線は人の肌の日焼けと同じような現象を「らん」にも与えます。
適度な紫外線量は花の色を濃くします。この花の濃色化には色素、ビタミン
等が関わっています。ただし過度の紫外線量は「らん」にダメージを与え
死滅に至らせる事もあるので注意が必要です。
十分な光量、スペクトラム(光の色分布)下での「らん」栽培では葉が立ち
上がります。これはオーキシンという植物ホルモンの作用です。この葉が
立ち上がる事象はパフィオペジラム、リカステ、カトレヤ等で顕著に観察され
ます。またオーキシンは根の成長にも関与しています。 4/8
4.
太陽光以外の光と「らん」の成長(育成)及び開花
「らん」を育てているけれども日照不足で困っている方もいると思います。
それではどのような方法で日照不足を補ったら良いかを考えてみましょう。
手軽な人工光源として白熱電球、蛍光灯(植物栽培用蛍光灯も含む)、LED
電球があります。それぞれについて考えてみましょう。
・白熱電球
光のスペクトラムを見ると光合成反応に効果的な赤色光をたくさん含んで
います。ただし太陽光と比較して青色∼黄緑色光の成分が少なく開花に効果
的とはいえません。
しかも熱(赤外線成分)を多く発生しますので「らん」の温度を上げすぎない
ように「らん」と白熱電球との距離に配慮が必要です。 ・蛍光灯(植物栽培用蛍光灯も含む)
紫外線∼青色∼黄緑色の光を含んでいますので開花にはある程度効果があると
思われます。ただし太陽光と比較して赤色光の成分が少ないので成長促進効果
はあまり期待できません。蛍光灯も白熱電球ほどではありませんが発熱します。
・LED 電球
市販されている白色 LED 電球は青色∼黄緑色の光を多く含んでおり開花促進
効果が期待されます。ただし太陽光と比較して若干赤色光の成分が少なく
なっています。したがって成長促進というよりも開花促進効果を主目的とした
使い方になります。なお電球色の LED 電球を使うと白色光 LED より若干
赤色光が多くなります。
一般的に LED 電球を吊り下げて使用した場合、その光は電球下方だけでなく
様々な方向に拡散しますので光を効率的に集める反射傘(鏡)等の工夫を
すると効果的でしょう。
特殊な植物栽培用 LED には青色光、赤色光、白色光等、数種類の LED 素子
を組み合わせて太陽光に近い光のスペクトラム(波長分布)を実現している
照明もあります。また太陽光とは異なるスペクトラム(波長分布)構成で成長、
開花の両方に対応できる照明もありますので目的に応じて選択すればよいで
しょう。
5/8
5. LED 照明による「らん」の生長(育成)、開花の特徴
主な特徴
・新芽の太い株もと(バルブ)を形成
カトレヤ、デンドロビウム等では株もとがシンビジウムのバルブ状に太くなります。
・濃い花の色、花付きの向上
・活発な根の発根
・活発な葉の成長(立ち上がった葉、濃色の葉)
・活発な新芽の成長
C. Bactia “Lady Marino” (新芽の太い株もと及び濃色花 2013 年開花画像、6 輪開花)
C. Bactia “Lady Marino”
Ctt. Sagariku Wax “African Beauty”
(濃色花)
( 2014 年開花画像、7輪開花)
L. anceps “Santa Barbara”
(活発な根の発根及び新芽の成長) Lyc. unknown( 多花性)
6/8
Angcst.
Olympus “Hanny”
(1バルブからの開花、上から見た画像)
Stan. oculata
(花付きの向上、鉢底から咲いた花)
Stan. tigrina
(コントラストが強い花の色)
Vanda coerulea (小苗)
(太い発根)
Lc. Dinard “Blue Heaven'
(太い新芽と多数の発根)
Chysis bractescens
(開花数の増加)
7/8
Rhy. coelestis “Blue” 小苗
(濃色花)
Paph. Vanguard
(立ちあがった濃色の葉と花)
Lyc. Mem Kageyuki Mito 'Yellow Fantasy'
x Princess Takamado (太い新芽の成長)
Ascda. Memoria Thianchai
x Rhy. gigantea ( 濃色花)
考慮すべき特徴(懸案事項)
・作落ち
稀にカトレヤの一部、デンドロビウムの一部では新株が作落ちする場合があり
ます。考えられる要因は LED 光量が強すぎた為に、植物ホルモンのオーキシ
ンが過剰に輸送され、その結果としての作落ちです。
一般的にオーキシンの量が過剰になると植物の徒長が抑えられます。
LED 照明により「らん」が作落ちした場合、照明開始後 2~3 年経ないと期待
した「らんの成長促進及び開花促進」効果が確認できないかもしれません。
この「作落ち」については追加観察中です。
・高芽の発生(ノビル系デンドロビウムの一部)
一部の「らん」において高芽が数多く発生します。ただしこれらの高芽からの
開花も確認されています。株姿を気にしなければ高芽のまま成長させてもよい
と思われます。
8/8
・葉焼け
「らん」に LED 照明を使用した場合、葉焼けする場合があります。
経験上、LED 照明の光量が少なめでも「らん」の成長及び開花への効果が
ありそうです。一般的に LED 照明は発熱が少ないと言われていますが、LED
素子自体はかなり発熱します。したがって狭いスペースで LED 照明を使用
する場合はファンで送風を行う等の放熱が必要となります。
6. 参考図書、文献等
新しい植物生命化学 編著 大森正之 他 講談社サイエンティフィック
植物の科学 著者 塚谷裕一 他 NHK 出版
LED 植物工場 著者 高
正基 他 日刊工業社 B&T ブックス
植物は凄い 著者 田中修 中央公論新社
ふしぎの植物学 著者 田中修 中央公論新社
植物工場研究所 http://www.sasrc.jp/pfl.htm
経産省第3回植物工場ワーキンググループ資料
http://www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g90302a06j.pdf
文部科学省 豊かな暮らしに寄与する光 2-光と植物-植物工場
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu3/toushin/07091111/004.htm
京都大学大学院理学研究科生物科学専攻植物学系植物生理学分科
http://physiol2.bot.kyoto-u.ac.jp/~nagatani/hp3/kenhaikei.html
その他
@ 上記参考図書中「植物は凄い」「ふしぎの植物学」は文庫版ですが、植物について
わかりやすい解説でお勧めです。
7.
その他
本資料は洋らん愛好家の参考として作成した資料であり、「らん」栽培における LED 照明効果(メリット、デメリット)のすべてを網羅するものではありません。
「らん栽培」に LED 照明を応用する場合事前に経験者の助言を得るか、あるいは
種々の参考文献を参照することをお勧めします。
なお LED 照明を設置する場合は照度計等を使用してその光量を確認し、適切な
光量を設定することをお勧めします。
「らん」の生育および開花は照明だけではなく植え込み状態、施肥、温度、湿度、
水やり、換気等の環境因子とも関係があります。各項目について適切な管理を心
がけてください。
なお、花の色や姿等は遺伝的要素が強く、LED 照明によりそれ以上の向上を期待
できるものではありません。
本資料中の写真に掲載の花の色はできるだけ現物に近いように心がけましたが
印刷等ではその色を完全に再現できない場合があります。
本資料が洋らん愛好家の方々にとって参考の一助になれば何よりです。