第3章 観光漁業のビジネスモデル 共著者の一人である亀石幸弘は漁業者としての実践経験から、第6図のような「観光漁業 ビジネスモデル」を提案している。このモデルを提示するに至るまで、各地の観光施設を視 察してきた。その結論としては、地域連携ビジネスモデルの基本概念を確立し、これに賛同 する人々を広く募り「委員会方式」で具体策を固めていけば、起業化への道が開けるであろ う、と確信するものである。この点については、後で詳細に論じたい。 第1章や第2章で論じてきたように、現代の多忙を極めるビジネスパーソンが、手頃な価 格での「アメニティ」を渇望していることは、先ず疑いないであろう。今や「居酒屋」ブー ムであるが、あの現象も手頃な価格での「癒し」を求めている人々の欲求の表れと判断でき るのである。 この現象から得られるビジネスヒントは、ビジネスパーソンに対して「居酒屋」という暗 く狭い空間における仮の「癒し」から解放して、大自然の醸し出す本格的な「アメニティ」 を提供することである。家族には明るい太陽の光のなかで、多摩川の清流を通して自然とふ れあう貴重な時間を提供したいのである。これらをビジネスモデルとして体系化できれば、 TDLが指向した次の4つの基本コンセプトに少しでも接近できるであろう。すなわち、 (1)世界の中の日本 (2)素晴らしい人間とその世界 (3)人と遊びの空間 (4)豊かな海に未来を求めて これらのコンセプトを共有して、次のビジネスモデルを提示したい。 観光漁業ビジネスモデル 第6図が入る(問屋場機能) このビジネスモデルにおける最大の特色は、「環境漁業」と「観光漁業」を結合した点に ある。 亀石は羽田でNPO法人「碧い海の会」(理事長)を組織して、数年にわたり地元の小学 校児童を対象に、ワカメの種付けと収穫作業を指導してきた。この活動を通して「環境漁業」 の重要性を肌で知って貰う機会にしてきたのである。2013年も2月22日・23日にわ たり寒風の下で、延べ70人余の児童にワカメ種付け作業を指導した。子ども達は目を輝か せて、一様に多摩川を身近に感じ多摩川の存在が私たちの生活にとっていかに大事か。それ を実感してくれことが何よりの「収穫」である。 「環境漁業」の目的は、言うまでもなく漁業資源保全である。そのためには膨大な資金が 必要になる。都市型漁業においてはすでに漁業者の数も減ってきており、彼らに全てを依存 することは物理的にも不可能である。地方自治体に依頼して、こうした「環境漁業」を行な うのも重要ではあるが、先ず、地元の有志が立ち上がり、これを組織的に行なう手法を編み 出さなければならない。 稚貝や稚魚などを放流するという「環境漁業」を行なう。前述のように、この事業には膨 大な資金が必要であり、単独で実施するには大きな事業リスクを伴う。そこで「観光漁業」 という概念を持ち込み、これを基軸にした収益事業の展開を図り、その収益をもって「環境 漁業」に必要な稚貝や稚魚の放流事業を行なう。これが、亀石の考案する基本的なビジネス モデルである。したがって、極めて公益性を帯びた事業展開と言えるのだ。 具体的には、 「釣船」の釣客から鮮魚を「問屋場機能」を利用して時価相場で買い付け、 「朝 市」「夕市」などによって一般販売する。また、直営の「食事処」で鮮魚料理を提供して付 加価値を高めることである。鮮魚のままで販売するよりも料理として提供すれば、約10倍 の付加価値が得られるのである。後で取り上げる千葉県鋸南市の保田漁協が直営する飲食街 「番屋」では、相次ぐ事業拡張をするほどの盛業になっている。したがって、素朴な「アメ ニティ」を求める潜在的な顧客は必ず存在する。 この「問屋場機能」システムではIT活用は言うまでもない。ITによって、煩雑な事務 処理が可能になるほか、釣果の時価値付けや販売、食事処での提供などのプロセスが一元的 に迅速な処理が可能になる。われわれはすでに、別途、IT活用による「ビジネスモデル化」 への第一歩を踏み出しているところだ。十分に成算あり、と見ているからである。 (ここへIT効用について亀さんの意見を書き入れる) 「農商工連携モデル」では、最も大きな問題点が「連携主体の不在」であることを指摘し ておいた。ここで提示している「ビジネスモデル」では、この役割を図で示した「マリン支 援センター」に負わせている。 ①釣船の桟橋機能(釣船の係留)、 、、、、説明を書く ②釣客が桟橋へ来るまでに利用する車の駐車場、 、、、説明を書く ③釣客が釣った魚料理を提供する食事処、 、、、説明を書く ④羽田空港隣接であることから、「トランジット客」や夜行飛行便を利用する人々が利用可 能な温泉施設(羽田地区では黒温泉が湧く)などが備えられれば一体的な機能を果たせる。 、、、、説明を書く これは、大田区にとっても一大集客ビジネスに成長する。「大江戸温泉」を上回る集客効果 が期待できるであろう。多摩川の清流を望み大型飛行機の離発着の様子を眺めての入浴がど れだけ、「非日常性」を満喫させてくれるか。想像しただけでも「ワクワク」した気持ちに させてくれるであろう。 釣船では、①鮮魚維持システムを備える。、 、、、説明を書き入れる ②釣果の販売は支援センターを通じて行なう。、、 、、説明を書き入れる ③釣果の販売を現金ではなく、地域通貨を利用することも可能である。地域通貨の活用は地 域経済活性化にも寄与できる。 、、、、具体的にエディなどの説明を入れる 地域通貨はその名の通り、地域限定通貨である。大田区の経済を活性化させるには、首都 圏3500万人の潜在的な顧客が、「江戸前」のアメニティと風土性に憧れて、この地を訪 ねてレピーターになってくれれば、どれだけの経済的なメリットがあるか、計り知れないも のがある。羽田は交通の便も極めて良く、TDL(東京ディズニーランド)と並んで、日本 屈指の立地条件に恵まれている。そのことに気づかねばならないのだ。 、、、屋形船や飛行機の離発着の様子、多摩川の写真などアメニティを感じさせるものを ふんだんに挿入する この条件を活かすと、想像もできないような楽しみ方が生まれる。屋形船に乗って地元産 の海産物に舌鼓を打ちながら、離発着を繰返す大型航空機を真下から眺める楽しみ。対岸の 川崎地域の工場街のきらびやかな夜景を見ながら、一日の疲れを癒して明日への英気を養う 楽しみ。楽しみ方は幾通りも可能である。帰途は簡単。公共交通機関を使って自宅へ楽々と 帰れるのである。 ここで、交通の便が良くないものの、多くの観光客を集めている例を紹介したい。これに よって、羽田地域がこれまで貴重な観光資源を見捨てて、顧みなかった損失に気づくであろ う。 最後に、具体的な「起業化」への方法を提案したい。 第2章において、「観光漁業」をイベント性事業として展開する前提として、新聞社やT V局などのメディアとの連携のほか、自治体や経済界などとの広範な連携の必要性を指摘し た。これによって、観光漁業を「海の祭典」として位置づけ、広く首都圏の人々への参加を 呼びかけるのである。この海の祭典が「環境保全」に役立ち、同時に「海産物の配分」とい うダブル・メリットの受領と理解して貰えれば、「観光漁業」の成立基盤ができあがるはず だ。ボランティア活動が、もたらす経済果実を平等に配分することは、組織継続性の上から も不可欠である。 こうしたプロセスが、実現可能との理解が深まれば、本章の冒頭で指摘した「委員会方式」 が成立できるであろう。そのリーダーシップを誰がとるかは、委員会で議論すれば良いわけ で、最初から「リーダーありき」という既定方針より、参加者を広く募る上で有効であろう。 イタリアの「モンドラゴン協働組合」方式も参考になろう。出資者は同時に労働者であり、 全て平等な立場になる。成果配分も出資額に見合った形になるならば、「搾取・非搾取」と 言った疑念を呼ぶことはないないに違いない。この場合、重要なことは優れたリーダーとそ れを補佐する「経営チーム」の組織化である。 次に、われわれが提案する「観光漁業モデル」に近い、漁協経営の「飲食センター」が繁 盛している例を紹介したい。ここでは、「環境漁業」という理念は存在しないようである。 千葉県鋸南市の保田漁協では、地元で獲れた魚をメインにした料理を一般客に提供して繁 盛している。現地を訪ねてみれば分るが、全くの寒村である。そこへ休日には観光バスを仕 立てて、多くの観光客が飲食目的で集まってくるのである。目玉は、新鮮な魚介類が安く食 べられるであろう、という期待である。われわれも行って見たが、「B級グルメ」であり、 海辺に近いという立地条件を活かした店舗づくりであった。別段、きらびやかに飾った建物 ではなく、その名の通り「番屋」(北海道で漁師の泊まる小屋)である。この建物の「素朴 さ」と「B級グルメ」の味が、妙に一致して昔懐かしい雰囲気を醸し出しているのである。 多くの人々がここに郷愁を感じるのであろう。 「江戸前」という昔懐かしいブランドが醸し出す、アメニティと風土性を存分に活かした 地域連携ビジネスを展開しなければならない。それには普段、接している光景がどれだけの 経済的な価値を持つのか、冷静に考え直すことであろう。「青い鳥」は身近に存在する。決 して遠くへ求めに行くまでもなく、足元に存在するのだ。多摩川は、そうした幸をわれわれ にもたらしてくれるのである。 参考文献 (1)伊丹敬之『場のマネジメント 経営の新パラダイム』(NTT出版 (2)経済産業省編『産業構造ビジョン 2010』(経済産業調査会 1999年) 2010年) (3)寺西俊一「アメニティ保全と経済思想」(環境経済・政策学界編『アメニティと歴史 ・自然遺産』東洋経済新報社 (4)沼田 2000年9月) 真『自然保護という思想』(岩波書店 1994年) (4)大泉一貫「これからの農商工連携のあり方」(東北産業活性化センター編『農商工連 携のビジネスモデル』日本地域社会研究所 (6)椎川 版社 忍「地域力創造」(佐藤喜子光・椎川 2009年) 忍編著『地域旅で地域力創造』学芸出 2011年) (7)百瀬恵夫『中小企業と地域産業の人材育成』(同友館 2008年) (8)中島誠仁「都心型漁業を核としたまちづくりに関する研究」(日本大学大学院修士論 文 2012年) (9)上澤 昇『ディズニー・テーマパークの魅力』(実践女子大学生活文化研究室 03年) 著者略歴 亀石幸弘 昭和 年生まれ 昭和 年日本大学付属 高等学校卒 昭和 年 入社 20
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