No.158 タイにおける新投資奨励制度の 導入について バンコク事務所 東 幸治 1 2015 年1月1日より導入されたタイの新投資奨励制度。本年末に予定されている ASEAN 経済共同体(AEC) 発足に向け、高付加価値産業の集積を図ることを目的とした内容になっているが、法人税免除などの恩典の対象 外となり得る業種もあり、今後の投資検討に際しては精査が必要である。 1 突如導入が発表された新投資奨励制度 タイでは、外資誘致のための「投資奨励法」 と、自国産業 の保護・育成のための「外国人事業法」 によって投資政策が 進められている。このうち、 「投資奨励法」 に基づく新投資 奨励制度が、2014年12月にタイ投資委員会(BOI) によっ て発表された。 もともとは2013年に草案が公表され、同年中に施行さ れる予定であったが、改訂作業に時間を要したため、本年 1月まで施行が延期されていた。反政府デモやクーデター の影響もあり、これも延期されるのではないかと推測され ていたところ、施行の1ヶ月前に突如その内容が発表され たものである。2013年時点の草案と基本方針が大きく変 わるものではないとはいえ、外国企業に大きな影響を及ぼ す制度を、十分な情報公開がないまま導入したことについ て、日系企業の間では施行の延期を求める声が上がるなど 不満が高まる結果となった。 また、 「外国人事業法」 についても、 「外資が実質的な経 2 営権を握るタイ企業 」 がタイ資本の企業活動を圧迫してい るとして、昨年10月に同法を改正する動きがあった。各国 の商工会議所が反発した結果、プラユット首相は「改正は 当面行わない」 と方針を転換したが、外国企業に対するタ イ政府の考え方に変化が生じつつあるという印象を拭うこ とはできない。 2 新制度導入の背景にあるタイの経済環境 1959年に投資委員会が設立されて以降、タイでは製造 業を中心に外資誘致による工業化が進められてきた。そし て、1985年のプラザ合意3をきっかけに多くの日系企業が 進出した結果、タイは自動車産業を中心にA SE A Nの生 産拠点として発展してきた。しかし近年は、1日300バー ツ(約1,080円)の最低賃金導入による人件費の上昇、失 業率1%未満が続く労働力不足、急速に進展する高齢化な どの国内問題に加え、CL M V諸国4が経済特区の開発な どによって投資先としての魅力を向上させたことも影響し、 周辺国との競合が激しくなっている。 また、本年末に発足する予定のA ECは、タイと周辺国 との事業環境を大きく変化させるとも予想されているため、 従来の労働集約的産業から高付加価値産業に構造転換し、 持続的な経済成長を遂げることで「中進国の罠5」 を回避す る思惑が、今回の新たな投資奨励制度導入の背景にあると 思われる。 昨年12月に行われた新投資奨励制度の説明会では、プ ラユット首相が「新たな投資制度により産業の高付加価値 化を図り、国際競争力を高める」 と述べ、産業構造の転換 を図る方針が示された。また、タイで高付加価値製品を製 造し、周辺国で低付加価値の労働集約的な製品を製造する 例を挙げ、タイを地域の製造ハブとしたい考えも示された。 3 従来より恩典が厳しくなった新制度の概要 新たな投資奨励制度の大きな変更点は、 「ゾーン制」の 廃止である。これまでは、地方振興のために国内を3つの ゾーンに分け、地方に投資するほど手厚い恩典が与えられ ていたが、今回の改正ではこれが廃止され、業種の重要度 表1 基本恩典(事業別恩典) グループ A1 A2 A3 A4 B1 B2 22 産業 国際競争力向上に寄与する研究開発、デザイン 等の知識産業 国内開発に必要なインフラ産業、投資がまだ少 ない先端技術産業 具体例 業種数 法人税免除 その他恩典 組込ソフトウェア開発、デザイン開発センター、 8年 23業種 (免除限度:なし) ・ 機 械の輸入関税免除 バイオテクノロジー (B2を除く) ハイブリッド、電気自動車部品、燃料電池、高度 8年 49業種 (免除限度:投資額) ・輸出用製品の原材料輸入 医療機器、特殊繊維 関税の免除 5年 ある程度投資が行われている高度科学技術産業 バイオ肥料、自動車エンジン 68業種 (免除限度:投資額) ・土地所有許可 3年 ・ビザ・ワークバーミット サプライチェーン強化に寄与する産業 機械組立、リサイクル繊維 48業種 (免除限度:投資額) の優遇 42業種 高度技術を有しないがバリューチェーンに重要 IHQ、ITC、冷凍運輸・倉庫、一般自動車製造 ・外貨による海外送金許可 なし な産業 電子商取引、貿易投資支援事務所 6業種 BUSINESS SUPPORT FUKUOKA 2015.7 出典:B O I 資料 表2 追加恩典(メリット恩典) 競争力向上 地方分散 産業地区開発 グループ 研究開発や高度技術研修等への投資を行う場合 所得が低い北部・東北部20県に立地する場合 奨励工業団地・地区に立地する場合 A1 - 法人税50%減免を追加 A2 研究開発や技術研修等への投資費用を、免除上限に追加可能 (5年間) ・輸 送費、電気代、水道代 法人税免除の1年追加 (但し合計8年まで) A3 の2倍を10年間控除 ・イ ンフラ投資額の25% A4 最初3年間の収入に対する支出割合又は支出額に応じて、法人税免除を追加 控除 1~3年間の法人税免除を追加 (3年間) B1 - B2 表3 中古機械の使用 経過年数 新品 5年以内 5年超10年以内 10年超 奨励事業での使用 可 不可(プレス機械のみ可) 不可 輸入税免税 あり なし 出典:B O I 資料 によって付与される「基本恩典(事業別恩典) 」 と、産業発展 への貢献度によって付与される「追加恩典(メリット恩典) 」 が新たに導入された。 基本恩典(事業別恩典) A1 追加恩典(メリット恩典) 1.競争力向上へのメリット A2 A3 2.地方分散へのメリット A4 B1 3.産業地区開発へのメリット B2 業種の重要度によって付与 産業発展への貢献によって付与 「基本恩典」 では、 「経済構造再編成に重要」 なグループ A (A1~A4) と、 「高度技術を有しない裾野産業であるが、サ プライチェーンに重要」 なグループ B(B1~B2) に分けられ た。これまで法人税免除の対象だった業種の多くがグルー プ Bに整理され、恩典が縮小された(表1) 。 一方、 「競争力の向上」 「地方への分散投資」 「産業地区の 開発」 に寄与する投資については「追加恩典」 が付与される こととなった。研究開発や高度な技術トレーニング、製品 のパッケージデザインなど、タイの産業競争力の向上に寄 与する案件に対しては法人税免除などの恩典が追加的に導 入されることになった。また、プラユット首相が経済格差 の是正策として示した「タイを高度技術産業構造へ転換さ せる一方で、所得が低い地域への恩典を厚くする」 との方 針に基づき、ゾーン制廃止の代替措置として、所得水準の 低い北部・東北部の20県への投資について追加恩典が与 えられ、さらに、政府が奨励する工業団地または工業地区 に立地する場合は、法人税免除期間が1年追加されること となった(表2) 。 さらに、特別奨励措置として、テロの影響により経済が 停滞している南部国境県や国境付近の特別経済開発区への 投資についても、2017年末までの申請に限って法人税免 除などの措置が付与される。特に後者は、A ECの発足に より、国境エリアでの経済活動が活発化すると予想される ための措置だと思われる。 また現行制度では、製造年度から10年以内の中古機械 は輸入関税が免除され、10年経過後も関税等を支払えば お問い合わせ 出典:B O I 資料 奨励事業に用いることができた。しかし新制度では、新し い機械は免税となるが、中古機械は免税措置を受けられ ず、さらに5年超の中古機械は、関税等を支払っても奨励 事業に利用することすらできなくなった(中古プレス機械だ けは特例で10年まで使用可) (表3) 。また、これまでは第 三者検査機関の能力証明のみで恩典を受けることができた が、新制度ではこれに加えて、価格の適正さや環境への影 響などの証明も義務付けられる。このため、日系企業から は「厳しすぎる」 と見直しを求める声が上がっている。 地域統括本部(ROH)6と国際調達事務所(IPO)7につ いては、タイをA SE A Nの物流ハブとするため、新たに国 際統括本部(IHQ) と国際貿易拠点(ITC) に区分され、法 人税、個人所得税、源泉徴収税の軽減・免除などの一定の 優遇措置が付与される見込みである。 新制度では、恩典対象に追加された業種より、除外さ れた業種の方が多い。栄養補助食品、先端素材、エネル ギー、リサイクルなどの高付加価値型産業が新たに恩典対 象となった一方で、労働集約型産業を中心として、食品、 繊維、文房具、計測器、化学薬品など、タイ国内で生産で きると判断された業種は対象から外れている。さらに、対 象であっても、基本恩典で法人税免除がないグループ Bに 多くの業種が割り振られている。なお、グループBに属し、 追加恩典に該当する場合でも、投資案件の申請と同時に恩 典の申請を行わなければならないため、留意が必要である。 なお、新制度の詳細はBOIのホームページ(h t t p:/ / w w w.boi.g o.t h) に掲載されているが、個別の問合せに ついても日本語窓口(メール:jpdes [email protected] o.t h) で受 付を行うため、タイへの投資を検討されている場合は参考 にしていただきたい。 ※為替レート 1バーツ=3.6円 1 2 3 4 5 6 7 A SE A N 域内での物品、サービス、投資等の自由化に向けた取組み。 外資比率が 50%以上の場合に外国企業とみなされ、外国人事業法に よる規制の対象となる。資本比率がタイ企業51%、外国企業 49%の 場合はタイ企業とみなされ、同法の規制対象から外れる。 為替レート安定化に関する合意。急速に円高が進行した結果、日本企 業の海外進出のきっかけとなった。 カンボジア(Ca m bodia) 、ラオス(La os) 、ミャンマー(M y a n ma r) 、 ベトナム(Viet na m) の4か国のこと。 新興国が経済発展を遂げて中進国に達した後、経済が停滞して先進国 の経済水準まで到達できない状況。 グローバルに事業展開している企業の資本をタイに集中させることを 目的とした投資奨励事業 仕入・販売を行う商社業のための投資奨励事業 情報取引推進課 TEL:092-622-6680 BUSINESS SUPPORT FUKUOKA 2015.7 23
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