網膜から脳への信号伝達:光による調節,行動との相関,そして視覚の再建

網膜から脳への信号伝達:光による調節,行動との相関,そして視覚の再建(S09)
網膜神経節細胞の活動電位は全か無かの事象では
ない
Andrew Ishida,Genki Ogata,Tyler Stradleigh,Yuki Hayashida,Hanako Oi,Gloria Partida
(カリフォルニア大学デイビス校・神経生物・生
理・行動)
一般的に,刺激に対する神経細胞の生理学的応
答は,活動電位発火の頻度やタイミングの変化と
して測られる.但しこれは,活動電位をデジタル
的な信号と見なし,刺激がその発生確率のみを変
化させる状況を想定している.我々は,脊椎動物
網膜において,これとは異なる可能性について探
求してきた.なぜなら,網膜の出力細胞(網膜神
経節細胞)には,活動電位の生成に必要な種類以
外の多様な電位駆動型イオンチャネルが発現して
おり[1]
,さらに,他の神経組織においてそのチャ
ネル電流を調節していることで知られる物質
(ドーパミン等)の放出量が,網膜内においても光
刺激によって増加するためである.これまで我々
は,網膜神経節細胞において,ドーパミン受容体
アゴニストが電位駆動型ナトリウム電流の被賦活
性を減少させ[2]
,またこれに合致して,ドーパ
ミンが活動電位の振幅と時間幅を変化させること
を見出した[3]
.さらに我々は,成体哺乳類の網
膜神経節細胞において,ドーパミンが古典的およ
び非古典的なドーパミン受容体の双方を活性化す
るとともに,
ドーパミン受容体アンタゴニストが,
全面光刺激による細胞内 cAMP レベル上昇とカ
ルシウム/カルモジュリン依存性プロテインキ
ナーゼ II(CaMKII)活性化を阻害する事を見出
した[4]
.これらの結果は,幾つかの理由におい
て興味深いものである.
一つ目は,cAMP が神経節細胞の静止電位と入
力抵抗に寄与するイオンチャネルの活性を調節す
ること[5,6]
.2 つ目は,cAMP がタンパク質キ
ナーゼ A(PKA)を活性化し,これが他のイオン
チャネルを調整すること[7]
.3 つ目は,cAMP
調節型および PKA 調節型チャネルが,各々過分
極電位および脱分極電位において活性化するこ
と.そして 4 つ目は,光刺激が細胞核における活
性型 CaMKII の出現を惹起することである[4]
.
これらの結果は,他の研究室から発表された結果
[8―12]とともに,網膜神経節細胞の活動電位が全
か無かの事象では無いことを示しており,また光
刺激が,異なる膜電位やその時間変化に応じて活
動電位発火を調節する事を示唆している.全てで
はないにせよこれらの幾つかの効果は,網膜神経
節細胞が持つ,脳の高次神経細胞への情報伝送能
力を変化させ得るものである.
本シンポジウム発表について,開示すべき利益
相反関係にある企業等はない.
  1.Ishida: Prog Ret Eye Res 15: 261―280, 1995
  2.Hayashida et al: J Neurophysiol 92: 3134―
3141, 2004
  3.Hayashida et al: J Neurosci 29: 15001―15016,
2009
  4.Ogata et al: J Comp Neurol 520: 4032―4049,
2012
  5.Lee et al: J Neurophysiol 97: 3790―3799, 2007
  6.Stradleigh et al: J Comp Neurol 519: 2546―
2573, 2011
  7.Vaquero et al: J Neurosci 21: 8624―8635,
2001
  8.Liu et al: J Neurophysiol 71: 743―752, 1994
  9.O’Brien et al: J Physiol 538: 787―802, 2002
10.Kim et al: J Neurosci 23: 1506―1516, 2003
11.Rashid et al: Proc Natl Acad Sci USA 104:
654―659, 2007
12.Weick et al: Neuron 71: 166―179, 2011
和訳:林田祐樹,緒方元気
視覚誘発性行動の誘発に関連する網膜ニューロン
群による情報表現
石金浩史(専修大学人間科学部心理学科/大学院
心理学専攻,専修大学心理科学研究センター/社会
知性開発研究センター)
近年の研究成果により,網膜神経回路網は従来
仮定されていたより高度な情報処理を行っている
ことが明らかになってきた[1].網膜では,視覚
的特徴が抽出され,神経節細胞のスパイク列によ
り脳に送られる.これまで,神経節細胞のスパイ
ク頻度やタイミング,またはその他の様式によっ
て視覚的特徴が符号化されていることが示唆され
てきた.しかしながら,それらの符号化様式が実
際に中枢側で解読されていることを実証すること
は難しい.カエルでは,網膜神経節細胞に 4 つの
サブタイプがあり,その 1 つであるディミング検
出器(Class-4 ニューロン)の広範囲にわたる周期
的同期発火が視覚誘発性の逃避行動に必要な情報
を符号化していることが示されている[2].薬理
学的な操作で Class-4 ニューロンの周期的同期発
火の強度を操作することにより,カエルの逃避行
動が変化したが,発火頻度ではその行動変化を説
明 す る こ と は 出 来 な か っ た. 確 か に,Class-4
ニューロンの周期的同期発火は逃避行動の誘発に
必要な条件であることは明らかになっている.し
かしながら,周期的同期発火が生起する刺激でも
カエルの逃避行動が誘発されない場合もあり,他
SYMPOSIA●
1
網膜から脳への信号伝達:光による調節,行動との相関,そして視覚の再建(S09)
のニューロンの活動も必要な条件であることが考
えられる.そこで,本研究ではカエルの逃避行動
の誘発に必要な視覚刺激の条件を調べ,Class-4
ニューロンの周期的同期発火以外のニューロン活
動の関与について検討した.カエルの視覚誘発性
逃避行動は,拡大する暗いスポットが一定の大き
さを超えることにより誘発されることが知られて
いる.系統的に視覚刺激を呈示してカエルの逃避
行動の生起率を調べた結果,連続した暗い領域が
拡大することが必要であることが分かった.
また,
連続した暗い領域の面積が増大することで
Class-4 ニューロンの周期的同期発火は観察され
るが,暗いスポットであっても外側から内側に暗
い領域が増大する刺激に対しては,カエルの逃避
行動は誘発されなかった.そこで,周期的同期発
火が同程度に観察される拡大する暗いスポットと
外側から内側に暗い領域の面積が増大する刺激を
用い,カエル網膜の 4 つのサブタイプについてス
パイク応答を調べた.その結果,Class-1 および
Class-2 ニューロンの発火頻度は逃避行動の生起
率と相関しなかった.これらの結果から,Class-3
ニューロンの活動と Class-4 ニューロンの周期的
同期発火が逃避行動の誘発に必要であることが示
唆された.Class-4 ニューロンの周期的同期発火の
強度は,刺激の大きさと連続性と相関し,それら
を符号化することが示唆されている[2,3]
.しか
しながら,Class-4 ニューロンは,刺激の運動方向
などの性質に依存した活動を示さない.Class-3
ニューロンの活動は,刺激の拡大運動を符号化し
ていることが考えられる.
本シンポジウム発表について,開示すべき利益
相反関係にある企業等はない.
1.Gollisch et al: Neuron 65: 150―164, 2009
2.Ishikane et al:Nat Neurosci 8: 1087―1095,
2005
3.Ishikane et al:Vis Neurosci 16: 1001―1014,
1999
微小電気刺激による視覚補綴インターフェイス
林田祐樹1,亀田成司1,2,石川直裕1,竹内浩造1,
田中宏喜2,岡崎祐香2,八木哲也1,2(1阪大・工・情
2
報電気電子,
阪大・臨床医工学融合研究教育セン
ター)
重度視覚障害者に対する視覚補綴では,視覚伝
導路上の網膜,視神経,外側膝状体や視覚皮質に
対して微小電気刺激を与え,刺激部位に対応する
視野内の位置にスポット状の光の知覚(光覚)を
惹起する[1―3]
.過去の健常被験者を対象とした
心理物理実験では,そうしたスポット状光の空間
2
●日生誌 Vol. 77,No. 1(Pt 2) 2015
パターンにより視覚として有用な情報を与えるた
めには,数百程度の刺激電極が必要となることが
示唆されている[4,5].一方,金属素材を表面に
持つ刺激電極を用い,神経興奮を誘発するに足り
る電荷を通電するうえでは,電極 - 組織液界面で
の水の電気分解や金属溶出を抑えるために,各電
極の電気化学的表面積を広げる必要があり,加え
て,組織内での刺激電流の空間的拡散を考慮する
と,隣接電極間の間隔は数百 μm 以上となる[6,
7].従って,多数の刺激電極を組織内に配置する
うえでは,大脳皮質刺激型の視覚補綴が有効にな
ると考えられる.我々はこれまで,マウスやラッ
トの大脳皮質視覚野において,膜電位感受性色素
を用いた in-vivo イメージング法により,局所電流
刺激に対する神経応答をポピュレーションレベル
で解析してきた[8].刺激誘発性の皮質応答は,
単発パルス刺激の電流振幅やパルス幅はもちろん
のこと,パルス列刺激の時間構造などにも依存し
て変化する.さらに,空間的に離れた二箇所に与
えた刺激に対する応答は,各々一箇所ずつ与えた
刺激に対する応答の線形加算とはならず,非線形
な相互作用のあることが分ってきた[9].当然な
がら,齧歯類と霊長類とでは視覚野の神経回路構
造に違いはあるものの,過去のヒト臨床試験にお
いても,複数電極により誘発された光覚が,単一
電極により誘発された光覚の単純な空間的重ね合
わせとしては知覚されない場合のあることが示さ
れている[7].従って,効率的・効果的な多点電
極刺激の設計指針を得るには,実験動物を用いた
生理学実験を通じて,神経応答の時空間的な非線
形特性を明らかにすることが重要であると考えら
れる.そこで最近我々は,集積電子回路技術を用
いて,そうした生理学実験をシステマティックに
行ううえで必要となる多チャンネル刺激システム
の開発・試作を行っている.特に,刺激電流パル
ス生成用の集積回路チップは,正方約 1.2cm 角,
高さ 3mm 程度の体内埋設可能なサイズであり,8
チャネル同時もしくは 64 チャネル時分割の電流
パルス出力が実現可能である.現在のところ,invivo 生理学実験により,この刺激生成チップの実
証試験を行っている.さらに,このチップ 64 個を
並列に制御する別の集積回路デバイスも併せて開
発を行っており,将来的には数千電極を用いた多
点パターン刺激の生成も可能になると期待される.
本シンポジウム発表について,開示すべき利益
相反関係にある企業等はない.
1.Shepherd et al: Trends Biotechnol 31: 562―
571, 2013
2.Lorach et al: J Physiol Paris 107: 421―431,
網膜から脳への信号伝達:光による調節,行動との相関,そして視覚の再建(S09)
2013
3.Fernandes et al: Neurosci Lett 519: 122―128,
2012
4.Cha et al: Ann Biomed Eng 20: 439―449, 1992
5.Cha et al: Vision Res 32: 1367―1372, 1992
6.Cogan: Annu Rev Biomed Eng 10: 275―309,
2008
7.Schmidt: Visual Prosthetics, Ed. Dagnelie, pp
301―315, 2011
8.岡崎ら:脳 21 15:86―90, 2012
9.Hayashida et al: Proc Life Engineering Symposium 2013: 497―500, 2013
オプトジェネティクスの視覚への応用―失明者の
視覚再建を目指して―
冨田浩史1,2,菅野江里子1,村山奈美枝1,田端喜
多子1,高橋麻紀1,斎藤健彦1,西山史朗1,玉井 2
信2(1岩手大・工・応化生命,
東北大学・医)
近年,光で神経細胞を操作する技術が注目され
ている.その中心的な役割を担うタンパク質は,
2003 年 Nagel らによって機能の詳細が報告された
緑藻類クラミドモナス由来のチャネルロドプシ
ン-2(ChR2)である[1]
.ChR2 は光受容に伴い
細胞内に陽イオンを透過させる光活性化陽イオン
選択的チャネルとして機能する.この特徴的な機
能から,神経細胞に ChR2 遺伝子を導入し発現さ
せることによって,光応答性の神経細胞を作るこ
とが可能となっている.また,このような光活性
化陽イオン選択的チャネルに加えて,光によって
クロライドイオンを透過させるハロロドプシンが
発見され,これらを用いて神経細胞の興奮と抑制
を制御できることが報告されている.これらの技
術は神経科学分野を中心に広く利用されるように
なり,光遺伝学(オプトジェネティクス)という
新しい研究領域が生まれている.我々はオプト
ジェネティクスを利用した失明者の視覚再建法の
確立を目指している.本邦の中途失明原因をみる
と,上位から順に,緑内障,糖尿病性網膜症,網
膜色素変性症,加齢黄斑変性症がある.なかでも
網膜色素変性症は現在までに有効な治療法が無
く,その要因は網膜の光受容細胞である視細胞の
変性であることが報告されている.我々は,網膜
色素変性症では視細胞変性後も網膜のその他の神
経細胞が残存し機能することに着目し,残存する
網膜神経節細胞に ChR2 を導入し神経節細胞に光
受容能を与えることによって視覚機能を再建する
ことを試みてきた.これまでに,網膜色素変性症
のモデルラットを用いた実験で,神経節細胞に
ChR2 を導入することによって視機能を回復でき
ること,遺伝子導入後も重篤な副作用を示さず,
長期間安定的に機能することなどを報告してい
る.しかしながら,ChR2 は 540nm 以下の光波長
(青領域に相当)しか感知できず,この方法によっ
て視覚を回復できたとしても,青色の物体しか見
ることが出来ないなどの問題がある.
そこで本研究では,緑藻類ボルボックスから見
出された光活性化遺伝子,ボルボックス由来チャ
ネルロドプシン-1(VChR1)の視覚再建への応用
を試みた.VChR1 は ChR2 に比べ長波長側に感受
波長を持ち,ヒトの感受波長域を考えた場合,
ChR2 より有用と考えられる.まず,VChR1 をア
デノ随伴ウイルスに組み込み,網膜色素変性症モ
デルラットの眼内に注入し,視覚誘発電位を測定
することによって視覚の回復を調べた.VChR1 遺
伝子の発現が網膜神経節細胞で観察されたもの
の,視機能の回復は見られなかった.その要因を
調べるために,培養細胞に VChR1 遺伝子を導入
し,パッチクランプ法により光刺激に伴う膜電流
の変化を記録したところ,ChR2 に比べ極端に小
さいことが判明した.また,VChR1 タンパク質は
細胞膜ではなく,細胞質に存在し,細胞毒性を示
すことも明らかとなった.そこで,我々は VChR1
遺伝子を改変し,細胞膜に局在する改変型 VChR1
遺伝子(mVChR1)を作製した.その結果,光刺
激に伴う膜電流は,VChR1 の約 30 倍となり,さ
らに 450~600nm の幅広い波長光に反応すること
が示された.また,網膜色素変性症モデルラット
の神経節細胞に mVChR1 を導入したところ,青
~赤の光刺激で視覚誘発電位が記録された.また,
mVChR1 を導入したラットはオプトモーターを
用いた行動学的視機能評価で,青―黒,緑―黒,黄―
黒および赤―黒の縞模様の回転に反応できること
が明らかとなった[2].
これらの結果から,mVChR1 遺伝子を神経節細
胞に導入することによって,色覚は得られないも
のの,幅広い波長光を感知できる視機能を作り出
せる可能性がある.
本シンポジウム発表について,開示すべき利益
相反関係にある企業等はない.
1.Nagel et al: Proc Natl Acad Sci USA 100:
13940―13945, 2003
2.Tomita et al: Mol Ther In press
SYMPOSIA●
3