「ブンブンブン」を練習してヴィヴァルディ の「協奏曲」を弾こう

「ブンブンブン」を練習してヴィヴァルディ
の「協奏曲」を弾こう
「世に良い先生というものは存在しない、良い生徒がいるだけ」
(フランスの格言)
初級者のみなさま、はじめまして。初心者の方のほとんどは皆良い演奏をします。子供の絵がどれも美し
いように、良い演奏です。きっと初心の方は「次はどの指だっけな?」ということで頭がいっぱいで、余計
な表現がないからよいのでしょうね。そういうのも「無心」というのかも知れません。ところで、僕のとこ
ろにギターを勉強に来られる方の大半は、はじめに「私は中級者です」 と御自身を紹介されます(注1)。先
生の僕への遠慮があってか「上級者です」といわれる方は多くないですね。その自称「中級者」の演奏のレ
ベルを拝見していると、ときどき「んっ?」と思ってしまうのです。なんというか、その演奏は手慣れてい
るのだけれど音楽の感動が伝わってこないことも多い。それに比べて初心者や子供の演奏にはレッスン中で
も感動し教えられることがよくあります。これは音楽の入門のときに問題があるのだな、と感じていまし
た。それで、この初級講座を担当することは、たいへん楽しみ。音楽家にとって大切なことは、しっかりし
たテクニックに支えられて「子供の心を持ち続ける」事だと考えています。そしてそれがこの講座の眼目で
す 。間違ってこの初級講座をお読みの上級者のあなたにも毎月一題は練習の課題をさしあげますので読ん
でも結構。校長の訓話はこれでおしまい(注2)。おっと、もう一つ。僕は「理屈っぽい」(ジジイになるのが
楽しみだ)のであまり役に立ちそうにない「理屈」は後注にあつめました。レッスンの後の喫茶店での会話
みたいなもの。
「突発性悟り型練習法」を体得する
子供の時、初めて自転車に乗れた瞬間を覚えている方は多いでしょう。「自転車に乗りたくて」練習する
のだけれど、こけてばかり。先生役のガキ大将や、父親は「ほらリラックスして!」とかそばで喚くのだけ
れどそれが逆効果、ますますハンドルを握る手に力がはいる。もうあきらめかけた夕暮れ、ふと力が抜けた
瞬間に自力で「乗れる」のです。幼児だった僕も、その瞬間自転車の上で「笑い」ました。年齢を重ねるに
つれ、そのような喜びの回数が減ってきているのは、自分の怠惰によるものでしょうか。
ギターの初心者であるあなたはこれからなんどもこのような「突発性悟り」の喜びを体験できます(注3)。
それは、「初めて好きな曲を人に聞いてもらうとき」、「美しい音が鳴ったとき」、「人とアンサンブルを
して調和を感じたとき」・・など。しかし、それまでには、なんども「こける痛み」も待ち受けています。
楽しく「こける」術も大切です 。
ともかく弾きます「ブンブンブン」
ヴィヴァルディの「ギター協奏曲ニ長調」(注4) と呼ばれて親しまれている作品を聞いたことがあります
か?「譜例1」で始まる曲です。この一楽章の最後に演奏の難しい部分があります(譜例2)。この始めの2小
節をわかりやすいようにハ長調に移調しましょう(譜例3)。
さて、「ブンブンブン」(譜例4)です。そう、「ブンブンブン、はちがとぶ、おいけのまわりに---」です
ね。歌の半分はヴィヴァルディとまるで同じです。ともかく弾いてみましょうか。ヴィヴァルディではなく
て「ブンブンブン」のほうですよ。まずは、一弦で「ソ・ファ・ミー」と弾きます。おっと、まだ右手左手
のフォームや指使いもお教えしてませんでしたね。んっ、「楽器の持ち方さえ教えてもらってない」ですっ
て、まあそんなことはあとで追々やります。でもおおざっぱに両手の運指を説明しましょう。
「お箸」のテクニック(右手の運指)
単旋律(一本のメロディ)を弾くときには、「i」(人差し指)と「m」(中指)の交代で弾くことにします。こ
れを僕は「お箸で弾く」(注5) と呼んでいます。この二本指のテクニックは大切です。「i」と「m」はまる
でそれぞれが足であるかのように、歩くように動かします。完全に交代していきます。「けんけん」や「ス
キップ」をしてはいけません。感覚が捉えにくいなら、右手でジャンケンの「チョキ」を作り(ヨーロッパ
風の親指を使うチョキはダメですよ)、「i」と「m」を速く交代します。そう、まるで水泳のクロールの足
のように、です。これは普段の生活でギターがないときでも練習できますね。あとでも言いますが、右指の
動作は「思いきり」というか「決断」が大切です。飛んでいる蚊を手で捉えるが如く、且つ捉えた蚊を手の
ひらで潰さず捉えた瞬間に力を抜きます。宮本武蔵のようになってまいりました。
左手の運指
左手も右手も指は緩やかなアーチを保ちます(図1)。これは大切な事です。手のひらにテニスボールを軽
く握っている感じかな。指ばかりでなく腕の関節も緩やかなアーチを作ってください。フォームについては
また来月詳しく話しますので、いまはどこの関節も極端に曲げたり、極端に伸ばしたりする事のないように
します。特に押弦する指は、筋力の少ない人は反り指(図2)になりがちです。良くありません。あっ、それ
から左の手指の動作を「押弦」というけれど、これは「ムギュッー」と押さえるのではなく瞬間「パシッ」
と叩く動作の後「ふわー」と押さえます。こんな感じは文章だとまどろっこしい。
運指は単旋律を練習し始めたときには、1フレットは「1」(人差し)指、2フレット「2」(中)指、3フレッ
トは「3」(薬)指と決めてしまいます。「ブラインド」で(楽器を見ずに)演奏する習慣にしたいので指を決
めてしまうのです。
それでは「ブンブンブン」を「ブツンブツンブツン」と・・
「3」指で一弦の3フレットを押さえます。そう、フレットの近くを押さえるのですね。そのとき、無理
をして「1」指で1フレットの「ファ」を押さえなくても良いのですよ。「3」指が楽に押さえられるフォー
ムが正しい。押さえていない「1」指に力みが入ってはダメ。上腕が「3」指にぶら下がるような感じにな
れば理想だけれど、まあだいたい押さえていれば結構。さあ、「m」で弾いてみて・・、おもいきり良く弾
ききります。弾き終えた指は勢い余って隣の弦(二弦)にぶつかって休みます。そういう弾き方を僕は「レス
ト ストローク」と呼んでいるのだけれど、「アポヤンド」と呼ぶことの方が一般的かも知れない。その反
対に弾いた指が次の弦の上をかすめて、手のひらに向かう方法を「フリー ストローク」「アルアイレ」と
いいます。音が出ましたね。
次は「1」指が1フレット「ファ」を押さえて・・、そう移動は指をぎゅっと開くよりは腕の重みを移して
いくような案配です。「i」で弾きます。
次は開放弦の「ミ」の音。開放弦だから簡単・・ではありません。いつでも難しいのは開放弦です。「1」
指を1フレットから放す時は、「1」指の関節を伸ばすのではなく、軽く手全体を指板から指の形そのまま
で遠ざけるのです。指の関節の伸展のスピードはとても遅く疲れやすいので、大事な動きには使いたくあり
ません。
「ブンブンブンー」と演奏できました? 始めの頃はなかなか音がつながらなくて、「ブツンブツンブツ
ン」としか聞こえないでしょうね。それでも、今の音はかけがえのない「唯一のあなたの唯一の音楽」で
す。
いよいよ難所
二小節目は二弦の3フレットの「レ」から始まります。弦がかわっても、指のストロークは必ず歩くように
交代します。五小節めの頭の「ソ」は「4」指でとったほうが楽でしょう。この三、四小節目は何度も繰り
返して練習しましょう。実は、これさえ弾ければヴィヴァルディの「協奏曲」だってあなたの射程距離にあ
ります。
譜例5は中級上級者の皆様への宿題です。四分音符がメトロノームで120以上で一分間以上連続できるよう
に練習しましょう。困難な練習ですが、こどもたちはこれくらいの速さで唄います。
「音の綺麗は七難隠す」
(ギタリストの金言)
「音の綺麗は七難隠す」、この音楽家にとって大切な金言は「ギタリストの音色がすぐれて美しいと少々
の音楽的な破綻も目立たない」との心。ギターの初心者を観察していると、どの人もなにか良い面をもって
います。絵の世界でも「色の良いは形(デッサン)が悪い、形が悪いと色がよい」などといっているようで
す。ギターでも、全部悪い人に僕は出会いません・・いまのところは。ともかくも早く上達するためには
「短所には目をつぶり、長所だけを集中的に伸ばす」のが近道だといえます。とくに、音が綺麗だと進歩か
速い、ような気がします。もちろん音の美しさが音楽のすべてではありません。以前テレビのコマーシャル
でかわいい女の子のこんなセリフがありました(なんのCMだったかは忘れた)「私綺麗だから私の人生勝っ
たも同然よ」。ご承知のように人生そんなわけにはいきません。音楽も同様。しかし、美貌と美音はすくな
くとも本人には楽しめます(僕も嫌いではありません)。しかし、感動を生む演奏ができるかどうかはそれを
どう利用するか、にかかっています。
綺麗な音色のための弾弦位置
右手の弾弦の位置は楽器によっても違います。あなたの感性によっても異なってきます。だいたいサウン
ドホールの上からサウンドホールとブリッジの中間点あたりまででしょうね。いちばんやわらかい音色は
12フレットの真上をやわらかく面積のあるもの、例えば親指の腹などで弾弦すると得られます(注6) 。こ
こでやわらかい音で弾くとそんなにひどい音色にはならない。しかし、類型的な美人が必ずしもチャーミン
グとは限らないように、その音は平板な音になります。
ブリッジに近いところを弾くと高次倍音が増えた音になり、軟らかいものより堅いもので弾いたほうが同様
に高次倍音が多い音、つまり金属的な音になります (注7)。弾いた瞬間と直後の音がその音色を決定しま
す。ですから右手の弾弦には「思いきりの良さ」が不可欠なのです。
「ほたる」
ちょっと季節がはやいけれど、譜例6は「ほーっ、ほーっ、ほたるこい」です。始めの音、一弦の開放弦
が一番いやな音(金属的な)を出しやすい。ところが、この歌はどうしてもやわらかい音で始まりたいので
す。「ほぅー、ほぅー」と唄いながら練習してください。「ホッ、ホッ」ではありません。二、四拍目の休
符は始めは意識しなくても良いのです。音を消すことに熱心な初心者や「消音」を始めから教える先生もい
ます。しかし、もともとギターというのは音を伸ばすことの難しい楽器です。消音よりも「人間の声のよう
に」音をつないでいくことに熱心になったほうが実りがあります。もっともこの歌を上手に弾けるように
なったら、休符をとめるのも練習になります。「m」で弾いた音は「i」で止めます。そのとき「m」は二弦
の上でレストしています。
「ほたる」の第二ギターは一拍遅れでエコーのようにちよっと静かに入ってください。おたがいによいリズ
ムの練習になります 。この曲はハーモニーにはなっていないのだけれど、ちょっと楽しいアンサンブルで
す(注8)。
஫ɹԻָʹ͸্ɺதɺԼͷώΤϥϧΩʔ͸ແҙຯͰ͕͢ɺ۠෼ͱͯ͠ඞཁͳΒɺ͜Μͳ಍ʹ๻͸෼͚·͢ɻ
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த‫ڃ‬ɾɾɾখԋ૗ձͷϓϩάϥϜd࣌ؒ
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্‫ڃ‬ɾɾɾෳ਺ͷϦαΠλϧϓϩάϥϜΛ͍ͭͰ΋ԋ૗Ͱ͖ɺฉ͘ਓʹ‫ײ‬൳Λ༩͑ΒΕΔɻ
஫ɹ๻΋ʮࣗ෼͕ॳ৺ऀͩͬͨͱ͖ͷ‫ͪ࣋ؾ‬ʯΛ๨Ε͕ͪͰ͢ɻօ༷͔Βɺͱ͘ʹʮ७ਖ਼ͷॳ৺ऀʯͷ͝‫ײ‬૝Λ͍ͨ
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஫ɹ͜͏͍͏಍ͳʮಥൃੑ‫ޛ‬Γ‫ܕ‬࿅शํ๏ʯΛʮԋ៷తͳ࿅शʯͱ๻͸‫͢·ͼݺ‬ɻ͔͠͠ɺࣗసंͷྫͰ΋ΈΜͳ͕
‫ྠڝ‬બखʹͳΔΘ͚Ͱ͸͋Γ·ͤΜɻ౰࠲ͷ໨ඪΛʮࣗసंͰࢄࡦ͢Δ‫ͼت‬ʯɺʮΪλʔͰ‫ۂ‬Λ஄͘‫ͼت‬ʯʹஔ͘΂͖
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͜ͷํ๏ͷ൓ର͸ʮ‫ؼ‬ೲత࿅श๏ʯͰ͢ɻ๻͸༮͔ͬͨͱ͖ࢠ‫͚޲ڙ‬ͷຊͰʮҏլྲྀʯͷ೜ऀͷӳ࠽‫ڭ‬ҭͱ͍͏΋ͷΛ
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ϯϐοΫબखΛΘΜ͔͞ഐग़ͨ͠͸ͣͰ͢ɻ
注4 この曲の原典はリュート協奏曲とされていますが、たぶん小型のミラノマンドリンに近い楽器のためにかかれた
ものと思います。
注5 フランスのピアノの入門は右指一本左指一本の交代で歌を弾くことから始めることが多く、それを「バケット」
(お箸)と呼びます。
注7 ブリッジに近いところを弾いた弦の振動の様子をコンピューターでシミュレートしたのが図4です。実際には完
全にはこの通りではないのだけれど、だいたい感じは出ています。
注8 友人とのアンサンブルは楽器を弾くよろこびを教えてくれます。しかし、リズムの悪い人が混じるとアンサンブ
ルは苦行にもなります。まあそれも楽しみのうちともいえなくもないけれど。リズムは良いに越したことはありませ
ん。先天的なリズム音痴は存在しません。あなたの心臓はうつくしいビートを打ち続けているし、すやすやと長くやさ
しいビートの寝息、あっ、いびきですか・・・そんなあなたがリズム音痴のはずがありません。少し集中的なリズムの
練習をすると誰でもかなり良くなる・・・と思います。
もろびとこぞりてドレミの練習
入門講座第二回
西垣正信
本題の前に
大切なことは、体の故障を避けることです。練習の目安は
指さきなどが痛いとき・・・だいたい我慢、辛抱
筋肉が痛い・・・・・・・・栄養をとって→練習をすこし控えめに
関節が痛い・・・・・・・・すぐに練習中止→痛みがひかない→病院へ
指や関節にトラブルを持たないためには、右手左手は図1のようにきれいなアーチを保つとよいでしょう。
今月の本題
いよいよ、今月は僕の嫌いな基礎の練習です。基礎練習・・たとえばピアニストが鍵盤のすみからすみま
で「だだだだ・・・」とまるで雑巾掛けのように音階の練習をしたり、アナウンサーが「あーえーいーおー
うー」(ほんとにしてるのかしら)と発声をする、まあそのようなことを基礎の練習と呼んでいます。音楽家の
感性としては「ギターで音楽を弾くのはとても楽しいのだけれど、これは楽しくない」と言いたくなりま
す。基礎練習の方が曲を弾くより好きな人もたまにいて・・、体育会系なのでしょう。まあ、それでも必要
な基礎練習は確かにあります。基礎練習はつらいことばかりではない。やっている人は「向上心」というホ
ルモンも分泌しますし、僕たち教える側にも「基礎練習をやりたくない生徒」に無理矢理練習させるこわい
快感(教師の毒ホルモン)も微量検出されます。
ともかくも基礎練習の目標は「作品とあなたが聴衆に伝えたいことを過不足なく伝える手段を得る」ことに
あります。
音階の特効薬は「もろびとこぞりて」
ヘンデルの「もろびとこぞりて」(譜例1)を練習してください(注1)。まずははじめの二小節だけで結構。気
がつきました? そうこれはただの「ドシラソファミレド」という音階にすぎません。ヘンデルはそれにリズ
ムをつけただけ。まずは、大きな声で歌ってみます。歩きながら大声で歌うといちばんいい。リズムをしっ
かりさせるのにはこれが一番。そしてギターで練習するのだけれど、かならず大声で歌いながら弾きます。
歌の善し悪しは気にしません。また、ギターのテクニックの細かなことも気にしすぎない。「生き生き」と
「正確」なリズムに集中。ただし右手は先月やった「お箸」(i,mの交代)を遵守。ギターで下りの音階を弾く
のは登りよりずっと難しい。実にこれは難しい練習です。なかには繊細な感覚を持っておられて「開放弦の
響きが残ってしまって気持ちが悪い」(譜例2)という人もいるでしょうが、あまり気にしないで。それを消す
気の利いたテクニックはもっとあとで覚えます。この二小節がまあまあ元気に弾けるようになったらたいし
たもの。こんどは、楽譜を見ずに音だけをたよりに、二弦の三フレットの「レ」や、一弦の開放の「ミ」の
音からこの旋律(音階)を始めてみましょう。これを「移調」するといいます。音階の練習の基本はこのような
ことです。
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「だらけた」フォームが左の基本
ハ長調の音階を降りてきて、五弦の「ド」にたどり着いたとき、左の指は下左図のような「だらけた」感
じで結構です。下右図のように「ガッ」と開いている必要はありません。
手を「人間の体」、指をその「人間の足」だとすると、薬指で押さえているときは薬指のうえにゆったりと
体の重心を持ってきます。大切なことは「いま仕事をしていない指たちは、ダラーとしている」ことです。
良い
?
生きた基礎練習から生きた演奏は生まれる
これからも基礎練習の課題を多く出します(さっそくの教師の毒ホルモン)。しかし、基礎練習はできるだけ
少ない種類を綿密にするほうがよいのです。しかもそのパッセージ(経過の部分)が音楽に使われることを思い
描いて実行します。雑巾掛けのような音階演奏は「生きた音楽」には現れないから、雑巾掛けのような音階
がいくら速く弾けても生きた音楽には使えません。もっとも、ソナタ ハ長調「雑巾掛け」なんて作品があ
れば話は別です。
「カルカッシの教則本」
ギターの定番の教本だった(過去形かな)「カルカッシの教則本」は、最近は話題にのぼることも少なくなり
ました。しかし、僕はこの「カルカッシの教則本」が好きです(でもあまり律儀にとりくむとあなたの青春は
カルカッシだけで終わってしまう)。なかには、節度を保った美しい作品もかなりあります。数曲をその中か
ら初心者のレパートリにくわえるのは良い趣味だとおもいます。もちろん他にも良い教本はあります。例え
ばテクニックのためには「アグアドの教則本」が良いでしょう。音楽は少々乾燥していますが、テクニック
の進歩には薬効があります。
「ひっかけ」の作法について(表現の時間)
次の譜例はカルカッシ教則本の最初の曲です(誌面の節約のため、繰り返しはダカーポにしています)。これ
を演奏しましょう。注意してほしいことを楽譜に書き込みました。最初の箱(小節)には八分音符が四つ分、つ
まり二拍しかありません。こういうのを、日本の音楽用語で・・・えーとなんていうんだっけ、「不完全小
節」かな「上拍」かな?そんな呼び方をします。「アウフタクト」とそのまま呼んでしまうこともあります。
どれもピンときません。業界では英語の「Pick Up」を直訳して「ひっかけ」と、すてきな呼び方をします
(注3)。音楽の感じを言葉で表現するのはやっかいなので、グニャと曲がった譜例を見てください。上につり
上がったところが気分的にもつり上がったところ。いや、この楽譜をみながら弾かないでね、船酔いしま
す。あなたの頭のてっぺんに糸がついていると思って、曲線が上昇したところでは、その糸であなたがつり
上げられる感じです。弾き始める前に必ず、一拍、二拍の書かれていない拍を感じてから三拍めの音に入り
ます。そんな感じがよりわかるように、第二のパートを作りました。だれかに一緒に弾いてもらって二重奏
にすれば、自然とその感じがわかるようにした(つもり)。
「ひっかけ」をちゃんと表現できないと、ちがった曲(ラジオ体操のような)を演奏したようになってしまいま
す。とくに四分の二拍子で演奏してしまって「あーあカルカッシはつまんない」と言わないでね。「つまん
ない」のはカルカッシではなくあなたのほうかもしれないのだから。
「アンダンティーノ」は「助さん」 (楽典の時間)
Andantino
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この曲の最初に「アンダンティーノ」と書かれています。僕たちは学校でこれらの「言葉」を「記号」と
して習いましたよね。でも、ほとんどの「音楽用語」は「普通の言語」そのままです。ですから、音楽事典
よりも「イタリア語辞書」を持った方がよい。最近はイタリア語辞書でなくとも、英語辞書でことばの語源
にていねいにふれているものもすくなくありません)。「アンダンティーノ」のもとの言葉「アンダンテ」は
「まえに進む」といったような雰囲気があります。音楽には、アンダンテがアンダンティーノ、アレグロが
アレグレットラルゴがラルゲットなどなどの言葉の変化がみられます。これらは日本語の、助三郎が助さ
ん、彦左衛門がひこざ、などという対応に似ています(ちょっと違うけどね)。もとの言葉に少し「愛嬌」と
「親しさ」が加味される。ですから極めて「悲愴(パテティック)」な作品にはあまり「アンダンティーノ」や
「アレグレット」は登場しません。そう、「アンダンティーノ」も速度を表す記号ではなくて、「アンダン
ティーノ」な気分を表しているのです。それは、「やさしさ」「穏やかさ」を伴って「前に進む」感じ、か
な。
左のひじはやわらかく動こう(体育の時間)
最初「ミとド」の音から3,4指の「ファとレ」のあいだには開放弦の音がありますね。そのあいだに、な
めらかに「ひじ」(左のですよ)を上げます(図4)。上げるというのは体側から離すこと。すると3,4指はフレ
ットに沿って並びやすい。指の都合のよいように左ひじは自由に動いて結構です。この初級講座にもぐりこ
んだ「中、上級者」への「宿題」が譜例6。このカルカッシからの派生です。ダブルのスラーで演奏します。
左ひじが滑らかに動かないといけません。「3」「4」指は優秀なボクサーのフットワークのように軽やか
に動けるようになるまで、繰り返します。先月に続いてかなりきつい練習。
「さいた、さいた さくらがさいた!」(楽式論の時間)
この曲の旋律は「ドードーシーシー」で始まり、それに似たような「レーレードードー」が受け継ぎ(この
ように似たような音型の繰り返しを「シークエンス」と言います)、「ミーミーファーファー・・・」と今ま
でちがったものが少し長く引き継ぎます。こんな「短、短、長∼」の構造を「バール形式」と呼びます。僕
はめんどうだから「さいた(短)、さいた!(短) さくらがさいた(長∼)」形式と呼んでいます(このほうがめんど
うかな)。音楽の極めて多くはこの形式をもっています。「モーツァルトの交響曲40番ト短調」の出だし、
「かえるのうた(かえるのうたがー きこえてくるよー けろっ けろっ・・)」(注4)などです。
バール形式の表現のポイント
1 / 気分の昂揚は三節目の「さくらがさいた(長∼)」にある。
2 / 一節目の「さいた」と二節目の「さいた」が同じ表現にならない。
一節目と二節目を同じように表現してしまうと、なんといいますか「うそ臭い音楽」になりがちです。想い
を寄せる異性に、「好きです !」、ここまでは良い。しかし、まったく同じ抑揚で「好きです。好きです。」
と二連発してはいけない。大阪の彼女なら「だれをすきやねん!」とつっこまれます。二回のシークエンスの
表情が過多に変わりすぎても演技過剰で下品。「ほどほど」がたいせつ。「ほどほどの境界線」にはあなた
の個性があります。なかなかカルカッシも奥が深い。ではまた、来月です。
5 -
注1/ 先月の「ほたる」に続いて季節感のない選曲だというのは反省しています。賛美歌にもなっているけれど、僕には宗教的な意図は
ありません。
注2/ 確かにこの教本を真面目に練習しただけで名人になったギタリストを僕も知りません。カルカッシの弁護人としは、使われ方に問
題あり、と言いたい。学校のギタークラブなどでは悲惨な使われ方をしているのも目にしたことがあります。一週間に何曲も弾いて、
「弾き散らかした」楽譜に先生役の先輩が終了チェックを入れる。こんな使い方ではどんな教則本を練習しても上手にはなりません
し、楽しくありません。
注3/ 「ひっかけ」には前置詞や冠詞がはいることが多いのです。だから日本の歌にはあまりありません。例えば、シャンソンの「海」
なども、四度の上行のひっかけに「ラ メール」の「ラ(冠詞)」が入る。同じ始まりをする作品をいくらでも列挙できます。シューマン
の「トロイメライ」、ソルの「第二大ソナタ」のメヌエットをはじめ、モーツァルトなどのメヌエットなど多数。四音も一致している
「ひっかけ」を持つのは、長調短調おりまぜると、シューベルト「アルペジオーネソナタ 二楽章」、サラサーテの「チゴイネルワイ
ゼン」、フォーレの「夢の後」、山田耕筰の「この道」など。
注4/ 「かえるのうた」は変形バール形式になっているだけではなく。この楽譜を真ん中で折ると線対称になっています。結果、普通の
輪唱だけでなく、逆行の輪唱もできる曲です。ほかに童謡では「ちゅーりっぷ」なども、おもしろい構造です。バール形式の節が二つ
ありそれらがおおきなバール形式をつくっている「フラクタル」な曲です。こどもたちが長い間、歌い継ぐ歌はしっかりした構造に支
えられているものです。不思議なことです。
6 -
和音のレッスン実況
入門講座第三回
西垣正信
今月は和音の練習です。初心者の皆さんは練習の順序として、和音とアルペジォ、どちらを先にしても良
いでしょう。アルペジォは来月とりあげます。
ちょうど和音を教えようとおもっていた生徒がやってきたので実況録音風にやってみます。この生徒「Q
子さん」は、チャーミングな大阪弁を話す中学生。とても利発で率直な子です。僕自身は「A」にしておきま
す。括弧内は僕の声にならない反応であります。和音(西洋音楽の)の概念を初心者に厳密に理解してもらおう
とすると、先生、生徒双方に苦労が多くなる。理屈はほどほどの理解で留め置いて、実践を通して身につけ
た方が良いと僕は考えています。
和音てなーに
Q子さん: ねぇ、和音てなに?
A: (いきなりの豪速球だな)音が二つ以上同時に聞こえることだな。
Q子さん: うそー、本には「三つ以上の音」て書いたったで。
A: (ムギュ)和声の本を読んできたならそう最初にそう言いなさいよ。つまりだな、「和音」という言葉は使
われる場合によってさまざまな意味を持つ。たとえば、「和声学」では、響の機能の面から「音の流れ」を
見ていくので、三つの縦の響きを基準にしていく伝統なのだよ。(ふー、ちょっと無理な説明だな)
Q子さん: 響きの機能って?
A: おおざっぱに言うと「緊張をもった響き」が「弛緩した響き」に落ちつくような運動のことだよ。それ
をどうつないでいくかを勉強して使えるようにするのが「和声学」の勉強。落語で同じ理論を展開しておら
れるのが桂枝雀師匠だ。「和声学」ではひとつずつの和音の響きが「きれいだの汚いだの」と扱うのではな
く、役割の関係をみるのだよ。その世界では三つ以上の音の響きあいとその連結そのものを「和音」といっ
ているのだけど、広い意味では「二つ以上の音が同時に聞こえた気」がすれば「和音」といってもいいと思
う(異論があるだろうな)。
Q子さん: 響きの機能って?
A: おおざっぱに言うと「緊張をもった響き」が「弛緩した響き」に落ちつくような運動のことだよ。それ
をどうつないでいくかを勉強して使えるようにするのが「和声学」の勉強。落語で同じ理論を展開しておら
れるのが桂枝雀師匠だ。「和声学」ではひとつずつの和音の響きが「きれいだの汚いだの」と扱うのではな
く、役割の関係をみるのだよ。その世界では三つ以上の音の響きあいとその連結そのものを「和音」といっ
ているのだけど、広い意味では「二つ以上の音が同時に聞こえた気」がすれば「和音」といってもいいと思
う(異論があるだろうな)。
Q子さん: じゃあ、三弦の「ソ」と二弦の「シ」を同時に弾けば「和音」ね
A: まあそういってもよい
Q子さん: じゃあどうしてそれが中間の「ラ」の音になって聞こえないの?
A: (これは簡単そうで実にやっかいな問題なので、ひとまず逃げることにした。注1を参照)塩と砂糖をいっ
しょにいれても無味にならないのと同じよ。
Q子さん: フゥーン?(塩と砂糖の例えはハズレ、釈然としないよう)
A: 小学校の音楽で習った「音の階段」つまり「音階」を思い出してね(図2)。普通この階段をひとつ飛びに
弾くと和音になる。「ド」から始めると「ド、ミ、ソ、シ、レ、ファ、ラ」。これで一周、七つの音は全部
出てくる。
Q子さん: なーるほど A: 当たり前だけどね。こういったひとつ飛びの音程を「三度」という。「三度」は大切だから三度三度練
習しなさい。
Q子さん: ださい!
A: (無視しつつ)音程というのは、二つの音の距離間隔のことだよ。だけど、距離のように「豆腐屋まで10メ
ートル」といういいかたをせずに「豆腐屋は三軒先」という言い方をする。「三軒」というのには自宅も勘
定にいれる約束なのだ、音楽では。だから音楽では指をおって折って音程を勘定するとよい。 大きい家(全
音)でも小さい家(半音)でも一応一軒(一度)と勘定するんだよ。「ソ」と「シ」の距離(音程)は?
Q子さん: シードーレー・・・ソ で六度だ。
A: ちがう! かならず下から上に勘定するんだ。だから「ソ・
ラ・シ」で三度だ。ギターはこの三弦と二弦の開放弦の
「ソ」と「シ」だけが三度で、ほかの隣り合う開放弦は四度
だよ。
Q子さん: (図を見ながら)この階段のところどころに低い段が
あるね。
A: たいせつな音(主音など)の前は低い階段にすることが多
い。そうしないと上がっていっても、どこがてっぺんかわか
らないからね。主音のとなりの低い段の音を「導音」ともい
うのだよ。ギターでいうと隣のフレットだね。
調弦について、すこしだけ
Q子さん: じゃあ調弦するときもこの三度がきれいになるよ
うにすればよいのね。
A: ところがだめなのだ。訳は訊かないで。
Q子さん: なにか深刻な事情がありそうね、気の毒に・・・
A: 各弦の五フレットと次の開放弦を同音にあわせる。ただし
三弦と二弦はいったように三度なので三弦の四フレットを押
さえてあわせる。
Q子さん: わたし、音の高さを聞き取るのが下手なの。
A: 音の高さを聞き取るのではないのよ、調弦は。近い音高の
二音をだすと、その差が音の強弱を生むのだよ。「うなり」
とか「ビート」といって、お寺の鐘の「グゥオ∼ンオ∼ン」
というのもそれだ。(注2)。
Q子さん: お上手ね。お寺の鐘のマネ。
A: その「オ∼ンオ∼ン」のうなりがなくなったときが正確にあっているというわけ。
和音を弾いてみよう
A: じゃあその三弦と二弦の開放弦(譜例1)を弾いてみよう。右手の指は「i」と「m」だよ。
Q子さん: 「ベチョー」て感じの音ね。
A: それはよくない。いつも「ふくよかな」音色を心がけて。
Q子さん: わたしをみながら「ふくよか」ていわないでよ。
A: 弾き終えた指がこんな(図3)形になっていると、きれいな音にならない。
君のように猫が爪でひっかいたような音になってしまう。
Q子さん: 猫が爪でねー ひどい言い方ねー、顔をひっかいたげようか。
A: だいぶ良いね(ご機嫌をとる)。それではそれに、薬指で一弦の音も足してごらん((譜例2)。
Q子さん: こんなもんかな
A: つぎにかるーく六弦の開放弦の音も親指で足してごらん(譜例3)。
Q子さん: 親指の音が「ベンー」って感じだわ。
A: 親指は巻き上げないで、人差し指の先の方をめざして動かすのだよ。
Q子さん: おっ、かなり良い音だ。
A: 勝手に決めるな。次は難しい練習だ。今回は中上級者の練習も同じ。いまの和音を遠くからだんだん近
づいて目の前をフォルテで横切り、遠くにピァニッシモで去っていく。譜例4aを譜例4bのような感じで弾
く。サンタクロースの乗ったソリが近づき去っていくような情景。
Q子さん: いま、何月やおもうてんの。
カルカッシの教則本からホ短調のエチュード
Q子さん: この楽譜(譜例5)の下の伴奏はギターで弾くの?
A: 和音にしていないから、何で弾いてもいいよ。君はマンドリンクラブだから、マンドリンでもいいし、
バイオリン、ちょっとオクターブを動かせばフルートでも良い。
Q子さんの演奏を聴いて
A: とても上手だよ。最初の旋律(譜例6)はやさしくゆれるようにね。レガートに弾くためには三、六拍めの
指は空中で用意てしおこう。やさしい表現のフレーズの語尾はやさしく発音する。「好っきやでーっ」と言
わずに「好きやねん」のほうが良い。9小節からの和音はちいさなオルガンが響くように弾こう。たっぷりと
息を吸って、フレーズの最後でちょうど息を使いきるように。すると、譜例8の旋律をちょっとドラマティッ
クに弾ける。譜例9の「ラ」の音ははじめは省いて練習しても良いよ。後で入れればよろしい(ちょっと乱暴
だけど)。譜例10の親指の音は繊細に、人の鼓動のようにね。譜例11のすてきな旋律は、支える下の音(三弦
の)を深く発音する。とくに、ここではその前の二弦の開放の音が残っていて聞き取りにくいからね。それで
は、もういちど弾いてみてごらん。
Q子さん: (弾き終えて)なかなかいい演奏でした。
注1 / 聖徳太子が多くの人の話を同時に聞き分けたように、僕たちは複数の声部を聞き分ける。しかし、もちろんそれ
らは物理的に別個に独立した系で捉えているのではない。このことや和音についての素朴な考察は物理学者エルンスト・
マッハ(音速のマッハ)の「感覚の分析」などがある。
注2 / 山寺の鐘の「うなり」と調弦の時のうなりの発生のしくみは少し異なる。また調弦のさいに聴く「うなり」も周
期的である以上、それもバーチャルな意味で「音の高さ」といえなくもない。
5 -
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和音のレッスン実況
入門講座第三回
西垣正信
今月は和音の練習です。初心者の皆さんは練習の順序として、和音とアルペジォ、どちらを先にしても良
いでしょう。アルペジォは来月とりあげます。
ちょうど和音を教えようとおもっていた生徒がやってきたので実況録音風にやってみます。この生徒「Q
子さん」は、チャーミングな大阪弁を話す中学生。とても利発で率直な子です。僕自身は「A」にしておきま
す。括弧内は僕の声にならない反応であります。和音(西洋音楽の)の概念を初心者に厳密に理解してもらおう
とすると、先生、生徒双方に苦労が多くなる。理屈はほどほどの理解で留め置いて、実践を通して身につけ
た方が良いと僕は考えています。
和音てなーに
Q子さん: ねぇ、和音てなに?
A: (いきなりの豪速球だな)音が二つ以上同時に聞こえることだな。
Q子さん: うそー、本には「三つ以上の音」て書いたったで。
A: (ムギュ)和声の本を読んできたならそう最初にそう言いなさいよ。つまりだな、「和音」という言葉は使
われる場合によってさまざまな意味を持つ。たとえば、「和声学」では、響の機能の面から「音の流れ」を
見ていくので、三つの縦の響きを基準にしていく伝統なのだよ。(ふー、ちょっと無理な説明だな)
Q子さん: 響きの機能って?
A: おおざっぱに言うと「緊張をもった響き」が「弛緩した響き」に落ちつくような運動のことだよ。それ
をどうつないでいくかを勉強して使えるようにするのが「和声学」の勉強。落語で同じ理論を展開しておら
れるのが桂枝雀師匠だ。「和声学」ではひとつずつの和音の響きが「きれいだの汚いだの」と扱うのではな
く、役割の関係をみるのだよ。その世界では三つ以上の音の響きあいとその連結そのものを「和音」といっ
ているのだけど、広い意味では「二つ以上の音が同時に聞こえた気」がすれば「和音」といってもいいと思
う(異論があるだろうな)。
Q子さん: 響きの機能って?
A: おおざっぱに言うと「緊張をもった響き」が「弛緩した響き」に落ちつくような運動のことだよ。それ
をどうつないでいくかを勉強して使えるようにするのが「和声学」の勉強。落語で同じ理論を展開しておら
れるのが桂枝雀師匠だ。「和声学」ではひとつずつの和音の響きが「きれいだの汚いだの」と扱うのではな
く、役割の関係をみるのだよ。その世界では三つ以上の音の響きあいとその連結そのものを「和音」といっ
ているのだけど、広い意味では「二つ以上の音が同時に聞こえた気」がすれば「和音」といってもいいと思
う(異論があるだろうな)。
Q子さん: じゃあ、三弦の「ソ」と二弦の「シ」を同時に弾けば「和音」ね
A: まあそういってもよい
Q子さん: じゃあどうしてそれが中間の「ラ」の音になって聞こえないの?
A: (これは簡単そうで実にやっかいな問題なので、ひとまず逃げることにした。注1を参照)塩と砂糖をいっ
しょにいれても無味にならないのと同じよ。
Q子さん: フゥーン?(塩と砂糖の例えはハズレ、釈然としないよう)
A: 小学校の音楽で習った「音の階段」つまり「音階」を思い出してね(図2)。普通この階段をひとつ飛びに
弾くと和音になる。「ド」から始めると「ド、ミ、ソ、シ、レ、ファ、ラ」。これで一周、七つの音は全部
出てくる。
Q子さん: なーるほど A: 当たり前だけどね。こういったひとつ飛びの音程を「三度」という。「三度」は大切だから三度三度練
習しなさい。
Q子さん: ださい!
A: (無視しつつ)音程というのは、二つの音の距離間隔のことだよ。だけど、距離のように「豆腐屋まで10メ
ートル」といういいかたをせずに「豆腐屋は三軒先」という言い方をする。「三軒」というのには自宅も勘
定にいれる約束なのだ、音楽では。だから音楽では指をおって折って音程を勘定するとよい。 大きい家(全
音)でも小さい家(半音)でも一応一軒(一度)と勘定するんだよ。「ソ」と「シ」の距離(音程)は?
Q子さん: シードーレー・・・ソ で六度だ。
A: ちがう! かならず下から上に勘定するんだ。だから「ソ・
ラ・シ」で三度だ。ギターはこの三弦と二弦の開放弦の
「ソ」と「シ」だけが三度で、ほかの隣り合う開放弦は四度
だよ。
Q子さん: (図を見ながら)この階段のところどころに低い段が
あるね。
A: たいせつな音(主音など)の前は低い階段にすることが多
い。そうしないと上がっていっても、どこがてっぺんかわか
らないからね。主音のとなりの低い段の音を「導音」ともい
うのだよ。ギターでいうと隣のフレットだね。
調弦について、すこしだけ
Q子さん: じゃあ調弦するときもこの三度がきれいになるよ
うにすればよいのね。
A: ところがだめなのだ。訳は訊かないで。
Q子さん: なにか深刻な事情がありそうね、気の毒に・・・
A: 各弦の五フレットと次の開放弦を同音にあわせる。ただし
三弦と二弦はいったように三度なので三弦の四フレットを押
さえてあわせる。
Q子さん: わたし、音の高さを聞き取るのが下手なの。
A: 音の高さを聞き取るのではないのよ、調弦は。近い音高の
二音をだすと、その差が音の強弱を生むのだよ。「うなり」
とか「ビート」といって、お寺の鐘の「グゥオ∼ンオ∼ン」
というのもそれだ。(注2)。
Q子さん: お上手ね。お寺の鐘のマネ。
A: その「オ∼ンオ∼ン」のうなりがなくなったときが正確にあっているというわけ。
和音を弾いてみよう
A: じゃあその三弦と二弦の開放弦(譜例1)を弾いてみよう。右手の指は「i」と「m」だよ。
Q子さん: 「ベチョー」て感じの音ね。
A: それはよくない。いつも「ふくよかな」音色を心がけて。
Q子さん: わたしをみながら「ふくよか」ていわないでよ。
A: 弾き終えた指がこんな(図3)形になっていると、きれいな音にならない。
君のように猫が爪でひっかいたような音になってしまう。
Q子さん: 猫が爪でねー ひどい言い方ねー、顔をひっかいたげようか。
A: だいぶ良いね(ご機嫌をとる)。それではそれに、薬指で一弦の音も足してごらん((譜例2)。
Q子さん: こんなもんかな
A: つぎにかるーく六弦の開放弦の音も親指で足してごらん(譜例3)。
Q子さん: 親指の音が「ベンー」って感じだわ。
A: 親指は巻き上げないで、人差し指の先の方をめざして動かすのだよ。
Q子さん: おっ、かなり良い音だ。
A: 勝手に決めるな。次は難しい練習だ。今回は中上級者の練習も同じ。いまの和音を遠くからだんだん近
づいて目の前をフォルテで横切り、遠くにピァニッシモで去っていく。譜例4aを譜例4bのような感じで弾
く。サンタクロースの乗ったソリが近づき去っていくような情景。
Q子さん: いま、何月やおもうてんの。
カルカッシの教則本からホ短調のエチュード
Q子さん: この楽譜(譜例5)の下の伴奏はギターで弾くの?
A: 和音にしていないから、何で弾いてもいいよ。君はマンドリンクラブだから、マンドリンでもいいし、
バイオリン、ちょっとオクターブを動かせばフルートでも良い。
Q子さんの演奏を聴いて
A: とても上手だよ。最初の旋律(譜例6)はやさしくゆれるようにね。レガートに弾くためには三、六拍めの
指は空中で用意てしおこう。やさしい表現のフレーズの語尾はやさしく発音する。「好っきやでーっ」と言
わずに「好きやねん」のほうが良い。9小節からの和音はちいさなオルガンが響くように弾こう。たっぷりと
息を吸って、フレーズの最後でちょうど息を使いきるように。すると、譜例8の旋律をちょっとドラマティッ
クに弾ける。譜例9の「ラ」の音ははじめは省いて練習しても良いよ。後で入れればよろしい(ちょっと乱暴
だけど)。譜例10の親指の音は繊細に、人の鼓動のようにね。譜例11のすてきな旋律は、支える下の音(三弦
の)を深く発音する。とくに、ここではその前の二弦の開放の音が残っていて聞き取りにくいからね。それで
は、もういちど弾いてみてごらん。
Q子さん: (弾き終えて)なかなかいい演奏でした。
注1 / 聖徳太子が多くの人の話を同時に聞き分けたように、僕たちは複数の声部を聞き分ける。しかし、もちろんそれ
らは物理的に別個に独立した系で捉えているのではない。このことや和音についての素朴な考察は物理学者エルンスト・
マッハ(音速のマッハ)の「感覚の分析」などがある。
注2 / 山寺の鐘の「うなり」と調弦の時のうなりの発生のしくみは少し異なる。また調弦のさいに聴く「うなり」も周
期的である以上、それもバーチャルな意味で「音の高さ」といえなくもない。
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スカボロフェア
入門講座第四回
西垣正信
この講座では脱線しながらも、五月は音階、六月は和音についてお話ししてきました。予告のように今月
は「アルペジォ」です。
この原稿を書いている時点ではまだ五月半ば。僕の部屋の窓からはコンピューターのディスプレー越しに
新緑が美しく、丘の斜面にはハーブが生え、下の小川には野生のミントが群生し、野鳥がいっぱい囀ってい
ます。おいしそうです。野鳥じゃなくてハーブがですよ。そんなわけで今月の気分はギターのアルペジォの
伴奏にのせて歌ってみましょう、というハイなもくろみです。
ハープのように、ハーブのように
「アルペジォ」というのは、文字どおり「アルパ(ハープ)のように」ということなので、奏法にははっき
りとした定義はありません。日本の音楽用語はあまり音楽的とはいえないようで、アルペジォは「分散和
音」なんていう呼び方をします。まるで「離散家族」のような呼び方。実際には「竪琴風」に響けば、なん
でも「アルペジォ」といってよいでしょう。
アルペジォがもっとも活躍するのは恋人の窓辺で歌うセレナーデの伴奏でしょう。これはギターでなくて
はいけません。シューベルトのセレナーデもギター風の伴奏ですね。高層ビル林立する現代では、恋人の窓
辺で歌うセレナーデはもはや古典芸能の分野となりました。しかし、アルペジォを練習するときには、それ
がどんなに機械的な課題であったとしても、いつでも恋人の窓辺にたたずむような気持ちを失わないでくだ
さい。女の子は、うーん・・その男の子と演奏が素敵で「OK」であればそっと部屋のランプを灯すのだそ
うです・・かの国では。
実践 「姿勢」
姿勢を上から見た図は図1を参考にしてください。黒
線でマークした三角形の空間が大切です。この空間が
ないと左手の動きは窮屈になりますし、胸も圧迫され
るので歌いにくくなります。歌えない姿勢というのは
演奏にとっても最悪なのです。この図そのものは、160
年以上も前に出版された、ソルのギター教本からのも
のです。昔のテクニックはなかなか合理的だったので
すね。
実践 1「右各指の独立」
6,3,2,1弦の開放弦を「p」「i」「m」「a」の指で
ギュッとつかんでみてください(譜例1)。
弦の弾力をしっかり体得するためです。ときどきサウ
ンドホールの方に押したりしてみます。トランポリン
の上で遊ぶような感じです。弦の感触を指先が感じら
れるようになったら、指の独立の練習から始めます。
1/ 弦のうえに指を保持したまま、親指だけ6弦を弾きましょう。
2/ 親指を6弦の上に静かにもどして
3/ 人差し指で3弦を弾きます。(残りの指は弦のうえに保持したままです)
4/ 同様に中指、薬指と弾いてみましょう。
この練習では弾弦している指のほかの三指(小指をのぞく)は、弦の上か
ら離れません。各指の独立のためにもとても良い練習です。
2/ の動作で親指がもとに戻るときにはけっして直線的には動きません。
親指はかるーい円弧を描きながらもどります(図2)。
実践 2 「いよいよアルペジォ、ただし片道」
それではまた各指を前項の練習のように弦の上に置いてください。そして同様に6弦から順に弾いていく
のです(譜例2)。今度は弾いた指はもとの弦の上には戻りません。
とてもゆっくり行います。弾き終えた指は手のひらのほうで軽く握られたような状態で終えます。一度
「ミ」「ソ」「シ」「ミ」と弾くと響きを残したまま休憩。そこにはフェルマータが書いてあります。
「ふわー」と指をもとのフォームにもどして次のアルペジォを開始します。
実践 3 「往復のアルペジォ」
譜例3はよく音楽にあらわれる形のアルペジォです。「往復のアルペジォ」と呼んでおきます。さきほど
の片道ができていればそれほど困難ではないのだけれど、動作の手順が悪いと上達を妨げる大きな原因とな
ります。
要点は薬指が1弦を弾くのと同時に中指人差し指が弾弦できる位置にセットできることです。多くの初心
者や上達しない中級者はこの指の帰りのセットが早過ぎる。帰りのセットが早いとモーションの回数が増え
てしまいます。
実践 4 「折り返しのアルペジォ」
譜例4をみてください。アルペジォの最後の音はまた薬指の弾く1弦に折り返して戻ります。中指で三拍
目の「シ」の音の弾弦と同時に薬指は1弦に戻ります。これもこの二つの動作は(弾弦と戻り)は完全に同時
にしてください。そのためにも三拍目の中指にはアクセントをいれたほうが弾きよいでしょう。この折り返
しアルペジォはとても良い練習になります。
実践 5 歌います
譜例5がスカボロフェアの楽譜です。いままでの練習の譜例には、シャープの調号がひとつ付いていまし
たが、これはスカボロフェアの調性にあわせてのことです。アルペジォがギターで弾きやすい高さにしまし
た。この歌は長調短調の調性ではなくて旋法(モード)で歌われます。例えば沖縄の音階もモードですね。モ
ードはギターの作品には多くあらわれます。
アルペジォと歌に集中していただくために、一度に二本以上の指の押弦はないように左の運指を簡単にし
ました。昨夏、ウェールズに滞在したとき、現地のウェールズの歌い手がこの歌をハープの弾き語りで聞か
せてくれました。そのとき耳にした和音をもちいています。言葉はウェールズ語だったので皆目わからなか
ったけれど。さすがに長い間多くの人々が歌い継いだ歌です。太い輪郭に匂いたつような色。
伴奏についてはとくに新たな注意はありません。五小節ごとのフレーズになっています。2、3、4番の
歌詞でもリフレインされる「パセリ、セージ、ローズマリー、タイム」という実においしそうなハーブの羅
列の下りでは伴奏もそんな色合いがあるとよいですね。歌詞も歌う人によってすこしちがったりしますが、
僕が聞いた歌詞の二、三、四番は
2. Tell her to make me a cambric shirt .
Parseley,sage,rosemary and thyme .
Without no seams nor needlework,
Then she'll be a true love of mine.
3. Tell her to find me an acre of land .
Parseley,sage,rosemary and thyme .
Between the salt water and the sea strands ,
Then she'll be a true love of mine.
4. Tell her to reap it with a sickle of leather ,
Parseley,sage,rosemary and thyme .
and gather it all in a bunch of heather,
Then she'll be a true love of mine.
女性が歌うときのための歌詞もあるようですがこのままでもおかしくはないでしょう。クラシックでも女性
用の歌詞が別に付いた歌は少なくありません。例えばドボルジャックの「母の教え給いし歌」などです。
実践 6 「簡素なアルペジォ」
一番から通して歌うなら、伴奏は最初は折り返しのアルペジォではなく、最初は簡素なアルペジォで始ま
った方がよいでしょう。簡素なアルペジォは譜例6のような波線記号を使います。これはギターの弦の全部
を鳴らしても良いなら、親指一本で滑り落ちるのもきれいなのですが、そうアランフェス協奏曲の二楽章の
入りのようにですね−、残念ながらこの曲ではそうはいきません。
そこでこの演奏は
1/ 指を弦の上にセットする
2/ 自分の右手の手のひらを見るように手を回転させながら6弦から順に弾弦する
要点は最初にセットしたとき、指と弦が接着材でかるーく接着されているような感触をもってください。そ
の接着剤を順に剥がしながら、「じっと手を見る」というフィニッシュに持ち込みます。手の甲も回転しま
すよ。いずれ「往復のアルペジォ」などをとても速く弾きたいときには、この手の回転を利用します。この
ようなアルペジォは一種の装飾音のようなものですので、各音の間隔が均等である必要はありません。普通
は音が上昇するに従って、速く滑るのが自然です。もちろんその反対に遅くなる場合もあります。どうする
かはあなたの気持ちしだいです。
5 -
最後の実践 この曲は少々音程の不確かな歌でも、誠実に歌うとなかなかの雰囲気に聞こえます。自信をもって歌って
ください。繰り返しのたびにアルペジォのかたちを変えるのもいいですね。最後の実践は彼女の窓辺で歌っ
てみることです。僕の友人でかの国の男性は、「ぼくが女性の窓辺で歌うと、彼女が住む三階だけでなく、
その近辺の窓の電灯が全部点いたものさ!」と豪語しておりますが・・・。
中、上級の方へ
いっぱいアルペジォの名曲があるのでそれらを美しく演奏する以上に上達の特効薬はないでしょうね。例
のヴィラロボスのエチュードの一番はすばらしい練習にはなりますが、演奏会で使えるチャンスは多くはな
いでしょう。そこで譜例7にこの曲といっしょに弾けるメロディを紹介しておきます。僕のメロディだけど。
ギターとフルートやチェロ、マンドリンまたはギター二台でよいのではないかな、と思っています。南国熱
帯風の旋律です。フルートでは一部分オクターブしてください。
来月からは名曲を練習しましょう。
ヴィラロボス練習曲1番のための旋律
6 -
ラグリマ(涙)を読む
入門講座第六回
西垣正信
太陽が「カッ」と照り、地面に落ちる濃く短い自分の影に、自分の存在を感じるような・・ともかく暑い日
です。
楽譜を読む
「ギターの楽譜は複雑だ」という声を音楽の「ベテラン」からも耳にすることがあります。音楽にもギタ
ーにも初心の方には「楽譜を読む」ことの習熟は上達への「大きな壁」かもしれないですね。
「楽譜を読む」はちょっと地味なテーマなのですが、今月はこれで哲学的にいきます。
まず質問にお応えしておきます
Q.タブ譜という図表楽譜があるのに普通の楽譜も読めなくてはいけないの?(音楽にもギターにも初心者)
A.はい、読めたほうが得です。読むための努力とそこから得る利益の損得勘定をすると、利益のほうが大き
い。受験勉強などの努力は報われないのが世の常ですが、楽譜を読む努力は必ず報われる、という希な世界
です。「役に立つ英会話」よりも役に立つ(哲学的ではないな)。断言します。例えば、僕は近松の浄瑠璃を
すらすらとは読めやしない。でも楽譜なら、三百年も前の異国の作品をすぐに実現できる。しかも、あなた
の気持ちも楽譜にすれば世界中に発信できる。
Q.ギターの楽譜は複雑で読みにくいです。(上手なピアニストだけどギターは初心者)
A.それは質問というより不平不満ですね。もともと今の楽譜の形はすべての楽器で使えるように、歌の記譜
から転用されてきたものです。仮想の楽器(人の声に近い)を念頭に発展してきました。だからそれぞれの楽
器に対応するために、「楽器ごとに記譜の方言」があります。実はピアノは新しい楽器なので「方言」が一
番多いのだけれど、それに慣れ親しんでている人は気がつかない。
楽譜はコンピュータのプログラムのような「人工言語」というよりは、普通の人間の言葉や文字のように
「自然言語」に近い。「うれしい」「さみしい」「愛している」「腹がへった」などなどを表現できる文字
です。おっと「腹がへった」という音楽はあまり見かけない。「楽譜を読んでギターを演奏する」というの
は、「コンピューターにプログラムをほうりこんでコンピューターを走らせる」という次元とは根本的に違
うところにあります(おっいいぞ、哲学的)。
ギターの楽譜にも方言はあります。それをお話しします。
- 1 -
「ラグリマ」(涙)を弾く
「ラグリマ」はカタロニア出身の百年ほど前の作曲家ギタリストであるタルレガの美しい小品です。最近は
こんなタイプの作品は初心者にも流行らなくなったようで、もっと簡単でリズミカルな派手な曲が主流のよ
うです。しかし、このような名作も是非弾いてほしい。譜例1には演奏の注意を書き込みました。注意書き
は日本の道路に林立する交通標識のようで嫌なのだけれど、皆さんが自分の音楽をつくるときなんの目安も
ないよりは、反面教師であっても目安を提示したほうがよい、と思うのです。
交通標識と違って無視してもなんの反則金もありません。
さてタイトルを読む
楽譜を読むときにはまず「タイトル」を読む。まあ、あたりまえ。タイトルに「ラグリマ 涙」ですね。
音楽・・・涙・・・「酒は涙か溜息か・・」紫煙モウモウ酒場の片隅で、とは短絡しないでね、モーツァル
トやフォーレのレクイエムからの「ラクリモーザ」を連想するのが正しい手順です。以前に何人かのカタロ
ニア人に「Lagrima」から連想するものを尋ねました。ほとんどのひとが「聖母マリアの涙」と答えました。
なかには「催涙弾」(確かに「なんちゃらラクリマ」と呼ぶ)との答えもあるにはありましたが。ともかく、
カタロニアでは「マリア」信仰が深いのです。また「マリア」イコール「キリスト教」ともいえません。そ
- 2 -
れは「観音様信仰」に近い感じ。近郊のモンセラートという山の「黒いマリア像」はカタロニアの結束の象
徴で音楽寺院です。
全体の形を見る
この曲はたった16小節です。17字の俳句より短い。始めの部分が繰り返されます。学校の楽典風にいうと
「A-B-A」の三部形式。こういう無機的な呼び方は好きではないので、この形式を仏壇型と呼んでいます。
仏壇の扉を開いたとき左右対称になりますよね、あれです。いちばん単純な形式です。ギターの曲や音楽を
よくご存じの方は、このいささか安易とも言える形式を好む作曲家が他にもいることにピンとくるでしょう。
ギターでもよく弾くアルベニスやグラナドスのほとんどの作品がこの三部形式です。そして彼らもカタロニ
ア人なのです。「3」はカタロニアにとっては「特別な聖なる数」。この地の芸術家は「3」を基礎に作品の
構築を始めるのが常です。タルレガの作品でもイスラム風の作品では(アルハンブラの思い出、アラビア風
奇想曲など)三部形式を採用しません。
もちろん楽譜の三種の神器、左から「音部記号(ト音記号とか)」「調号(シャープフラット)」「拍数(四分
の三など)」を確認します。
やっと本題
1小節目では、ほとんどの出版譜で低音と高音がずれて書かれています。譜例1も臨場感を得るためにずら
しました。これはたんに紙にすき間がなかったからです。低音と高音をひとり時間差でずらしてひくわけで
はありません。もっとも少しずらしたほうが美しい、とあなたが感じるならそうして結構。「ピアノではそ
んなことは絶対にしない」という意見もあるでしょう。でもそれがピアノの方言なのです。ほんらい和音を
どういう風に弾くかは演奏家に委ねられたことなのです。もっとも僕はピアノみたいにセッコ(同時)に弾き
ますが。
1、2小節の記譜の仕方はなにか曖昧ですね。しかし、これを実際の演奏にできるだけ忠実に記譜し直すと、
次のようになります。どうもこれは煩雑だし美しくない。
演奏に忠実な楽譜がよいともいえない
教訓 「楽譜は演奏を忠実に写そうとはしていない」(つまり楽譜を物理的に忠実に演奏しても、元の音楽
には戻らない。物理的に忠実ではなく楽譜の心に忠実に演奏しなくてはならない)
これは楽譜についての本質です。楽譜は楽譜そのものとしても美しくありたい、ようです。まるで、女性の
ことを例えているようでもあります。
カンパネラ
7,8小節からはハイポジョンの運指に、1、2弦の開放弦の音が混ざるので初心者には複雑かもしれません 。
- 3 -
消えゆく「シ」
10小節には四つの「シ」があります。これらは内省的にうつむきに消えていきます。デクレッシェンドで
す。この四つの「シ」には見覚えがありますね。2、4小節目の四つの「シ」の風景とそっくりです。「見た
こともない風景」を見ることも楽しみではあるけれど、「前に見たかも知れない風景」に出会にいくセンチ
メンタルな旅行のようなもの。この「シ」の連打をきっかけに次の小節も過去の回想です。
デクレッシェンドにはおおまかに分けて二通りあります。
1 / 大声の人が「さようならー! さようならー!」と叫びながら遠くに去っていく。大声のままだけど届く
声は小さくなる。
2 / 頭をうなだれだんだん声が小さくなる。
クレッシェンドも同様です。
気持ちのピークは一度だけ
13小節では曲冒頭のテーマが短調で繰り返されます。気持ちのピークはたぶん9,10,11小節で過ぎ去って
いるでしょうから、過度の表現はつつしみます。とくに14小節は透明な涙の滴が見えるような音階です。こ
こは気持ちの昂揚のピークではないけれど、穏やかな情感の静かなピーク。15小節の三拍からの旋律「シー
ラーミー」の㈫の「ラ」は深く響かせます。たぶん㈪の開放弦の「シ」が残って、「ラ」にかぶってきます。
もちろん㈪の音を止めてもよいのだけど、人工的な処理をするより㈫を深く弾くだけで充分だし、そのほう
がこのシンプルな作品に似あっている。
「アデリタ」
ラグリマと対でよく演奏される「アデリタ」にも触れたかったのだけれど、誌面が尽きてきました(正確
には締め切りが近づいてきた)。「アデリタ」はマズルカ舞曲として書かれています。マズルカは一拍目に
アクセントがくることは多くありません。この曲ではほとんど二拍目に「重み」があります。
- 5 -
哲学的に?
楽譜は伝達のための便利な符号である、とはいえないようです。僕が体の影を地面に落とすとその影は次
元も一つ落とします(立体が平面に)。演奏というのは、平面の楽譜を一挙に空間に拡げ、そのうえに時間を
与えてしまうという感動的な作業です。そこには初心者もプロの区別もありません。
楽譜は「音楽の影」なんでしょうね。その音楽は「人間の影」。ギターはその投影機なのでしょう。
- 6 -
ラグリマ(涙)を読む
入門講座第六回
西垣正信
クリスマス デビュー
また、季節はずれ
この連載ではとりあげる作品に季節感がない、というお叱りをいただきました(たしか四月号で「ほたる」だ
った)。で、恐縮しながら今月の曲をそっとだします。「清しこの夜」です。わぁ、座布団や譜面台を投げない
で。十二月号でとりあげたのでは、みなさんの「クリスマス・ギターデビュー」に間に合わないのではないか、
と思った次第です。この曲を楽譜を見ながら弾いたのでは、ちょっとねー。いまからがんばって覚えてください
目標、十八番(おはこ)を3曲
「上達のこつ」とでもいいますか、初心者のみなさんにお勧めするのは、いつでも確実に弾ける曲を3曲、確
保することです。人にギター聞いてもらうとき、3曲確実に弾ければ、なんとか聞いてもらう友人にも楽しんで
もらえる。ちょっと不安な四番目の新曲を、その三曲のあいだにもぐり込ませて試奏してうまくいかなくても、
まあ袋叩き(?)にあうこともないでしょうね。プロでも毎年のレパートリーを総入れ替えすることはまれ、少し
ずついれかえていきます。
「清しこの夜」はギターの名曲
この歌はグルーバーさんがギターで作曲したということになっています。自筆譜も残っています。このさい、
当時彼のオルガンが故障していたのでギターで書いたらしい、とかといった詮索はしません。ギターにピッタリ
のシンプルで美しい歌です。
今回はこの歌をとてもやさしい方法と、そこから発展して、すこしハーモニーを加えた方法とをお見せします
プレハブ工法のような案配。このプレハブ工法は初心者のみなさんには、とても有効な方法です。
まず旋律を
譜例の旋律(上の部分)だけを弾いてください。運指は守ってください。よく知られた歌だから、そんれほど難
しくはないですよね。3小節で4指が7フレットに跳びます。この7フレットの位置を正確に覚えましょう。ほか
のフレットは放っておいても、この「シ」の音を覚えます。いつも同じフォームで弾いていれば、肘の感じで位
置をつかんでください。11小節では、八分音符で2拍目の「ミ」の開放弦を弾いている間に低いポジションに降
りてきます。この手はよく使います。
低音の伴奏をいっしょに
旋律が上手に弾けるようになったら、低音の4,5,6弦で伴奏を入れます。この楽譜では、ちょっと強引に開放
弦だけを使うようにしているから、簡単・・なはず。親指で低音を弾弦するときに、手の甲が(つまり手の全体
だね)ぶれないようにします。
低音のバランス
低音と旋律とのバランスは、響きのきれいな部屋で確かめてください。日本人はちよっと低音が薄すぎる傾向
があるような・・。でも、ま、そのバランスはあなたの趣味の範疇なので、おまかせします(無責任ですが)。
低音の消音
感覚の鋭敏な人は前の小節の開放弦の響きが残ってしまうことが気になるでしょうね。そこで、「消音」とい
うテクニックをつかうのですが、消音といってもなんら特別なことはありません、ただあまっている暇な指で弦
の振動を止めてやるだけのこと。
しかし、「初心者のあいだは消音にこだわりすぎないで」、伸びやかに発音するほうが得だ、と思う。消音を
気にして萎縮した演奏にならない方がよい。もちろん、テクニックに余裕があって楽に音を止められるのなら、
どうぞ。でもそういう人はもう初心者とはいえないな。
それでも、最後の小節では弾いてからでも良いから前の小節の6弦の「ミ」の音は消してほしい。無理でなけ
れば、ですが。でないと、前の「ミ」がのこって終止の和音が「四六」の和音のように聞こえてしまう。
どんな時に消音が必要か
どんな時に消音が必要か? て訊かれると困る。すべては「表現に必要なときに必要」なのです。「和音が変
わったら、前の和音と濁らないために前の響きをとめる」というのは、「×」ではないが「○」ではない。めち
ゃくちゃ性格の違う和音が並んだときは、人の聴覚はかえって正しく和音を認識しやすい。また濁りもそれほど
気にならない。一番気になるのは、前の例のように「似ているが、少し違う和音」の時。前例の主和音の第二転
回型の四六と基本型とでは、構成音は同じでも役割が違うのでとめたい・・のだけれど、それでもあなたがのび
のびと演奏できるならばのこと、強いて止めなくてもけっこう。
応用編
4,5,6弦の開放弦を伴奏につかうと(イ長調、イ短調)、ほとんど童謡を弾くことができる。譜例は音の並びかた
は「清しこの夜」と同じですね。歌詞は「垣根の垣根の曲がり角・・」となります。
リズム
「清しこの夜」と「たきび」は、はじめの2小節音は同じで、リズムが違いました。
八分の六での「付点音符」は意外にむずかしいものです。はやいテンポで(譜例4)これが続くと、かなり上手な
人でも不安定なリズムになりがちです。たとえば、シューベルトの冬の旅「郵便馬車」などもそうです。リズム
がつまってだんだん速くなってしまう。「郵便馬車」が西部劇の「駅馬車」になってしまう。
リズムの蛇足
八分の六のリズムはギターの作品には多いですね。しかも、多くの作品では今昔を問わず、「四分の三」との
交錯があります。これは、16世紀17世紀の音楽に頻繁です。たとえば、古くはナルバエスの「牛を見張れ」や
サンスの「カナリオス」、新しくは「アランフェス協奏曲」の序奏、ギターの曲ではないけれどウェストサイド
ストーリーの「アメリカ」。「アメリカ」を聞くとコロンブス達はこんなものも新大陸に持っていったのだなー、
と感慨深い。このリズムは譜例のように、はっきりアクセントをいれて練習します。
「清しこの夜」の拡張発展
テクニックに余裕のあるかたに譜例を用意しました。重音になったり簡単なアルペジョの伴奏つき。もっとテ
クニックのある人はこの曲をもっと巧妙な伴奏をつければよいか、というとそうでもない。
みなさんもいずれ自分で編曲なさることもあるでしょう。そのとき注意していただきたいことは、ただひとつ
「自分が感じとれないことは書かない」。たとえば、この「清しこの夜」の美しさは「素朴さ、平易さ」にあり
ます。こういうものに凝った伴奏をつけるのは禁物です。こういうバランス感覚があることが「良い趣味」です
脱線します。初心者のころから編曲や作曲を是非始めていただきたい。でたらめでもけっこう。やっているう
ちにわかってきます。名作を書こうと思わずに、気持ちに正直に、毎日の日記を書くように作曲や編曲をしてい
ただきたい。だれにでも、歌は書けます。
表現での注意
「清しこの夜」を演奏では二小節ごとにたっぷりのブレスをしてください。そうすると、演奏は「流暢」とい
うより「訥弁」に近いものとなります。「訥弁」こそこの歌の本質。ですからてっぺんの「レ」の音にビブラー
トをかけたりしてはなりません。もちろん「あがって」指が震えて不本意ながらかかってしまった「天然ビブラ
ート」は悪くない。これみよがしのテクニックもこの曲ではいりません。
具体的なテクニックでは左2指はだいたい二弦上に維持されます。これもよく使う運指法。馴れてください。
クリスマス デビュー
初心者のみなさんがクリスマスにこの曲で「デビュー」してもらえればうれしい。このさい宗教うんぬんはい
わないことにしましょう。僕もクリスチャンではない。でもみんな音楽という宗教のもとにいるわけですよね。
人前で弾くときには
アドバイスできることは「プロ」でも「アマチュア」に対してでも同じことです。
「ほめてもらいたい」と思う気持ちを捨てる
嘘(音楽での)をつかない
クリスマスでの成功をお祈りしています。南無阿弥陀仏。
5 -
晩秋の音楽
入門講座第七回
西垣正信
晩秋の音楽
「うらをみせ おもてをみせ 散るもみじ」というのは良寛さんの句でしたね。好きな
句です。「うら」ばかり見せながら散らないように、と心するこの季節。でも良寛さんの
イメージは「人生には裏も表もないんだよ、奮闘努力の甲斐もなく∼の人生だって表裏は
ないんだよ」ということだとおもいます。後半は良寛さんではなく亡くなった「寅さん」
の弁ですが。
さて、「落ち葉」を人生にオーバーラップするのは東洋の思いだけではありません。遠く
17世紀初頭のイギリスの音楽にも良寛さんと同じ情感の作品があります。今回この作品
を皆さんに紹介できるのは、とてもうれしい。本当に美しい作品です。それにこの連載で
は初めて発刊日と作品の季節感が一致した、のもうれしい。
「落ち葉の時 The fall of the leafe」
少し長いのですが、この作品は全曲掲載します(譜1)。ギター版は初めての出版です。
決して難しくないですから、弾いてみてください。初心のかたが、CDも出ていない知ら
れていない作品を弾くのには、少し抵抗があるかもしれません。最初からていねいに「譜
読み」をしなくてはなりません。アマチュアの音楽家としてまた「立派な初心者」として
の自立のチャンス。
全体の情感はあなた自身がスローモーションで散る「ひとひらの葉」になった気持ち(?)
で表現すればうまくいきます。この作品は親友で作曲家D.WATKINSが17世紀の羊皮紙に
書かれた自筆譜を見せてくれたものです。「leafe」の綴りは「e」がひとつおおいようで
すが、当時のイギリスは「フランス語風」の「ざーます言葉」(?)の影響下にあり、こん
な風に語尾に「e」がつく綴りが音楽のタイトルにもよくあらわれます。ついでに大雑把
にいうと「U 」「V」「 W」は同じようなあつかいだったので当時の有名なリュート奏者
で作曲家ダウランド自身の綴りも「DOWLAND」「 DOULAND」「 DAVLAND」などが
混在します。
- 1 -
The Fall of the Leafe
落ち葉の時
Martin Pearson(1572-1651)
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右親指のアルペジョ
1小節目の最初の三拍は親指が駆け抜けるアルペジョが良いでしょう。この三拍の親指
は葉を散らす「風」のごとく、です。風が六本の糸の上を吹き抜ける。重くなく、柔らか
に強風ではないのだけれど、葉を散らすには充分な風、を親指が表現します。
そう、親指というのは見ると関節が他の指よりひとつ少ないみたいですね。でもその根
本(手首に近い)にぐるぐる回すことのできる関節がかくれているので、その数は同じです。
その「ぐるぐる回る関節」を力んで固着してしまうと、このアルペジョはひどい音。トタ
ン屋根を撃つ雨の風情(若い衆はごぞんじないか?)。正しくは「もみじを吹き抜けるそよ風、
よりはちょっと強い風」ですよ。扇風機の風のように、三度同じ強さで風が吹くことはあ
りません。どれが強いかはお好きなように。
ふつう親指のアルペジョは「スローイン、ファーストアウト」つまりゆっくり六弦から
始まって自然落下のように加速しながら一弦に抜けます。「アランフェス協奏曲」の二楽
章の入りもこの親指のアルペジョです。
2,5,6小節の括弧に囲んだ波線は、中級以上のかたのための装飾音の印です。いれなくと
も充分美しいので、初級の方は気にしないでください。
「楽式の時間」 変奏とディビジオン
「∼の変奏曲」という言い方をお聞きになったことがあるでしょう。日本語で「変奏」
は、それに対応していた元の言葉は二つあります。「バリエーション」と「ディビジオン」
です。ギターの名曲でソルの「魔笛の主題による変奏曲」は「バリエーション」です。こ
の「落ち葉の時」はディビジオンです。「バリエーション」という言葉そのものは、「バ
ラエティ」とかいういいかたで馴染みのものです。音楽ではもっぱら「気分の変化」に重
きをおいてテーマからの発展を得ることです。「ディビジォン」は英語ふうには「ディバ
イド」分割することですね。通常長い音符を短く細分したりして変化をつけますが、元の
気分をより深く「説明」する程度で、「バリエーション」のように「気分が発展」するこ
とはあまりありません。
16、17世紀のギター、リュートの作品の多くはディビジオンです。「シュシュポーと汽
車が走る」のテーマを「汽車、汽車、シュッポ、シュッポ、シュッポ、シュッポ、シュッ
ポッポ∼」と表現するとディビジオンでしょうな。年々忙しく時間を分割させられる人生
も発展のない「ディビジオン」かな。
この作品では
1∼8小節のディビジオンが9∼16小節
17∼24小節のディビジオンが25∼32小節
となっています。
- 3 -
「はらはらと散るアルペジョ」
9小節のアルペジョははらはらと葉の散る様です。練習のために、右手「a,m,i」を全部三
本の弦の上にセットしてからスタートしてみてください。良い練習になります。
「うらをみせ おもてをみせ」
13,14小節は葉っぱが「うらをみせ おもてをみせ」にふさわしく、かろやかに。葉の表
裏で色がちがうように、四回のくりかえしすべてに音色や表現がちょっとずつ違ってくだ
さい。この部分は意外とむずかしくかんじるかもしれない、連載初期の課題をきっちりし
てくださった優等生にはやさしいはずなのですよ。「ぶんぶん」という歌を4月号で練習
しました。あの部分とまったくおなじなのですね。
図1のように小指が、5フレットの「ラ」まで押さえたとき、「ソ」を押さえていた中指
は軽くあがっていましょう。「#ファ」にもどるためには、手全体を人差し指を軸にして
ちょっとだけ回転させる(わーっ文章で書くとわからないなー、図2をご覧くださいな)。
余分な力の抜けている人は、その時には図3のような位置になっているでしょう。このほ
うが二重丸。
図4のように「ラ」を押さえてしまうと、「#ファ」にもどすためには「小指」「中指」
の二指を独立して「リフトアップ」しなくてはならない。これはキツイからやめよう(図5)。
- 4 -
「和音の押さえ変え」はスローモーションで
23小節には和音の連続があります。こういった左手の押さえ変えは、かならず左手だ
けをスローモーションで練習します(小見出しそのまま芸のないこと)。
もっとも、幸いこの和音は曲の気分からいっても「レガート(なめらか)」な必要はありま
せんから、なんとかなるでしょう(とつぜん無責任ですが)。
ついでにギタリストの「音楽史」
この曲は16世紀と17世紀の境に作曲されたものです。この時代は音楽史では何時代と
呼ぶでしょうか? 学生時代の期末考査のようでありますね。日本の西洋音楽史ではだい
たい、ドイツから「フランスやイタリア」を眺めて名付けたものを引用しています(言葉
が混乱しているのでリピートしてね)。「古典派」「バロック」「ルネッサンス」といっ
た呼び方です。
でも、ギタリストは楽器を通して歴史を眺めたほうがわかりよいよ
うです。
きわめて大づかみな話をしましょう。16世紀から18世紀の初頭ま
ではギターのスタイルにおおきな変化はありません(図6)。5コース複
弦のギターで作品も名曲も多く書かれ、伴奏にも活躍しました。ブル
ボン王朝では貴族の楽器でもありました。17世紀の初頭から、極めて
ゆるやかな変化が「フランス革命」の前震のようにおこりました。そ
れは後になって気がつくほどのゆるやかさ。華美だった楽器が楽器と
しての機能を前面に表現するようになってきたのです。「フランス革命」
は音楽から王朝の楽器を決定的に抹殺しました。たとえばマリー・ア
ントワネットが弾いた「シングルアクションハープ」王が弾いた「5
コースギター」「ヴィオール属」「クラブサン」などなど。他の要因と重なって衰退した
ものもあったのですが、やはり「革命」と「革命への流れ」がこれらの楽器の息の根
を止めたのです。
「フランス革命」のあとは複弦のギターは単弦に改造され、親しまれつづけました。ソ
ルやジュリアーニ、パガニーニなどが活躍した時代です(図7)。この時代は音楽が宮廷か
ら市民のもとに帰ったために、オーケストラなど編成が大規模となりギターはあまり表舞
台での活躍はないのですが、ギターにはそれなり実り多い幸福な時代でした。少しまえの
フランスの10フラン札には、作曲家ベルリオーズがパガニーニから送られたギターを持
っている像が描かれています(図8)。日本で近松門左衛門が三味線をもっている図がお札
になるだろうか? まだ文化の成熟度の違いを感じますね。この幸福な時代は長くは続き
ません。
イギリスに始まった「産業革命」は最後に楽器の大量生産へと向かいました。ギターも
現代の楽器に近いかたちとなり、本当に大量に生産されました。結果、多くの市民がギタ
- 5 -
ーを手にすることができるようになった、と同時にディレッタントの時代の開幕。タルレ
ガの作品のようなサロンの名作の影に、どうにもならないような作品も多く書かれギター
は少々の誤解を受ける時代となりました。これは現代にも直接つながった時代の開幕でし
た。
- 6 -
鳴り物
入門講座第 回
新春らしく鳴り物のテクニック
西垣正信
新春号ですね。おめでとうございます。今月はギターにしかできないめでたい鳴物囃子のテクニ
ックをいくつか解説し、実践します。
ギターの解説書ではこの「鳴物」のことを「ギターの特殊技法」などと呼びます。僕は「鳴物」と
いったほうが好きですね。歌舞伎では、しんしんと降る雪を「とん・とん・とん・とん」と単調な
太鼓の音で表現します。この音が聞こえると、冷気で背中がゾクッとします。上方では落語にも鳴
物がよく使われます。噺がもりあがってきたところで、色にぎやかな鳴物が座に聞こえてくると、
ふわぁっと体が軽くなるようなはなやぎ。ギターの鳴物もこういった使い方をしたいものです。
「自分は初心者だから普通に弾くのが精いっぱい、鳴物なんて・・」と思う方もいるでしょう。
正攻法だけで人を感動させることができる人はよほどの達人。初心者だからこそ、こうした色物の
手を借りて聴いてくれる人に喜んでもらったほうがよいのです。
ハーモニクスのビッグベン
まずはポピュラーなテクニックのハーモニクスから。、すでに、この講座
で解説もせずにカーノの「ワルツアンダンティーノ」のなかでハーモニクス
を使ってしまいました。で、後追い解説となります。
かーるく左指を12フレットや7フレットの真上の弦に触れて弾きます
(図1)。左指はちょっと寝かせた感じ、生の音が間違っててでてしまうと興
醒めなので、「かーるく触れる」と
いってもほどほどに強く。
こうして得られる音は「ハーモニクス」や「フラジオレッ
ト」などと呼び、「Harm.」などの記号やダイヤモンド型の
音符を用いて記譜することもあります。
ところが本当に困ったことに、記譜のルールは定まってい
ません。
演奏者が想像力をもたないと、「なんのこっちゃ?」という
ような楽譜が多い。ビラロボスの楽譜のハーモニクスの記譜
などは「なんのこっちゃ」の連発。
図2は12フレットのハーモニクスの際の弦の振動の様
子。全体で一波長だから、これが五弦だとすると、約0.01秒ということですね。12フレット
では弦が静止しているのがお分かりでしょう。弦の振幅はとても誇張拡大してます。
練習のために下の譜例をどうぞ。
人工的ハーモニクス
上の方法では限られた音高しかでないので、「人工的なハーモニク
ス」という手法ですべての音高を得ます。初心者のテクニックとはいえ
ないのだけれど、図3をみてください。これは左手は2弦の3フレット
の「レ」を押弦しています(図にはないけれど)。その弦のちょうどオク
ターブ上の15フレットに右人差し指を軽くあて、薬指で弾弦します。
右人差し指は少し緊張させた方がうまい。
ハーモニクス演奏のコツ
ハーモニクスの音色は正弦波のそれに近いもので、ホールでは意外とよく「とおる音」なので
す。あまり強く弾きすぎないよう。どうもハーモニクスのテクニックに気がとられて無表情になり
がちです。ハーモニクスにも音色と表情を与えましょう。
ピチカート
ギターの奏法はもともとピチカートといえるの
で、ピチカート奏法と名づけるのも少し変だけ
ど、強行突破。図4はギターの裏面からの図で
す。手のひらの側面のふくよかなところでブリ
ッジの真上からすこし、ほんの少しサウンドホ
ール寄りの弦をダンプしながら、普通は親指で
弾弦します。と、弦楽のピチカートのような音
がします。
ダンプしすぎると音程がなくなって「あの人
なにしてはんのやろ?」状態になります。とく
に高音弦はごく軽く弦を押さえるだけで充分。
この奏法にはときどき「ファゴット」とか「エフェクト」とか記されている場合もあります。
小太鼓
小太鼓を模す方法です。僕の日本語力ではどうも説明できそうにない
ので、図5をまずご覧ください。普通は5弦と6弦を交差させて弾きま
す。劇的な効果あり。馴れれば左中指一本で瞬時に準備ができます。但
し終わって復帰する時にノイズが出やすいので、右手で弦をダンプしな
がらはずします。
ついでに「耳無し芳一の琵琶」
6弦を棹の外、フレットのないところにまでもちあげて弾弦しビブラートをかけると、「怪談の
琵琶」の音色が得られます。面白いのだけど、音楽での利用価値は低いでしょうね。
タンポーラ
ブリッジのすぐ近くの弦を手を回転させて親指の側面や、他の指の腹で打って、打楽器的な効果
と同時にかすかな弦の和音の音を得ます。
その他の技法
ギターを打楽器のように叩くことは、最近の作品では多く見られます。決して強く叩かないで。
二度もギターが本番の舞台の上で割られるのを客席で目撃しました。横板を強く叩くと簡単に裂け
ます。音楽も楽器も愛している立場としては、ギターは叩きたくない、が本心です。やむを得ず叩
くとき指板の上を打ったり、胴を叩くマネをして靴でステージの床を蹴っていますね、僕の場合
は。
ほかにも様々な技法があります。またいずれ解説します。
グリーンスリーブス
このようなテクニックを活用した作品では、タルレガの「グランホタ」が有名です。でもこの曲
は易しくはないし、活用しすぎて「チンドン屋さん状態」(本物のチンドン屋さんごめんなさい)に
近づいています。
そこでグリーンスリーブスを鳴物でサンドイッチにしたものをつくりました(譜例2)。最初は小
太鼓で静かに遠くから始まります。旋律と小太鼓を同時に弾きます。ともに強すぎないでくださ
い。
グリーンスリーブス
×
×
×
×
×
×
×
6フレット上
小太鼓
×
×
×
7フレット
ハーモニクス
×
×
×
× ×
×
×
×
×
×
×
旋律はご存じの音程と違っているかもしれません。普通、旋法(モード)で歌われるのですが(以前
に載せたスカボロフェアも同様)、日本では混乱していて中学の音楽の教科書を調べると、なんと十
種類以上のことなった音程のグリーンスリーブスがあります。
36小節からはピチカートとタンポーラが交互にあらわれます。リズムに注意してください。
テクニックに自信のある方は42小節からの旋律をハーモニクスで弾くのもよいかもしれませ
ん。
ちょっと楽典
このグリーンスリーブスは「長調」でも「短調」でもありません。
この歌の場合は六度音が「ヘ」ではなくて「嬰ヘ」なのですね。前に説明した導音も決定的終止以
外にはあらわれません。
このような旋法による作品はめずらしくはありません。民謡の多くはそうだし、ヨーロッパでも
イタリア、フランス、スペインなどラテンの国、スコットランド、アイルランドでは旋法は過去の
ものではなく現代にもいきいきと存在します。ロックの世界でも流行のケルティシュロックなどで
は旋法が復活しています。日本でも沖縄ロックでは沖縄の旋法が生かされていました。
いま山から吹かれてきた雪がはらはらと月夜に舞っています。歌舞伎の雪の太鼓が登場するほどの
降りではないのだけれど、こういうのはギターではどう表現すればよいのでしょうね。 感傷のヴェニス
入門講座第 回
西垣正信
ヴェニス イタリア、ヴェニスがもっともヴェニスらしい時は冬かもし
れません。賑やかで猥雑な二月のカーニバルに舞台転換する
直前の哀感。この重い季節がヴェニスの情緒と陰影の一番深
い瞬間です。僕も学生の頃この時期にヴェニスに旅したので
すが、ともかく二月のヴェニスは格別なのですよ(図1)。
バルカローレ
今月はバルカローレをお題にして、音楽の情感に踏み込みましょう。
バルカローレは「舟唄」と訳されている。「舟唄」といってもいろいろ。「ボルガの舟唄」「ソー
ラン節」などほんとにいっぱいある。しかし、「バルカローレ」はヴェニスのゴンドラの歌と決ま
っている。先にそういっとけばよかったですね。
ゴンドラを見たことがありますか? 意外と大きなものです。櫓をこぐ船頭一人に乗客は一人か二人
です。二人なら新婚のカップルでもよし、わけありのカップルならなお可。グルーブで乗ったりす
るのは邪道。男同士は絶対いけません。なんといってもベストは初老の紳士ひとりが物憂げに揺ら
れている光景です。といった制約のおかげで僕もゴンドラに乗る機会にはいまだに恵まれないのです。
「バルカローレ」の音楽の情景は最後のシチュエーション、「初老の紳士の物憂げ・・」にあり
ます。「バルカローレ」という様式は古今、実に名作に恵まれました。もし「名作率」というもの
があるならきっと一位に確定です。たとえばショパンの晩年のもの、メンデルスゾーンの無言歌集
の三曲(これはギターでも弾きます)、フォーレなど、どれをとっても思い起こすだけで特別な感情
をもよおすほどの美しさ。ギターで比較的易しく弾けるものには、今日取り上げるコストやタンス
マンのものがあります。
バルカローレのリズム
リズムは八分の六、八分の十二または、コストの作品ように二小節括りの八分の三があります。
要は運河の「たっぽーんー、たっぽーんー」微かな波立ちや、重苦しい色彩の古い建物の川面の反
射のリズム。乗っているのは、初老の紳士ですよ。なんどもいいますがロンパリローマ(三大都市格
安ツアー)のオプションでヴェニスに寄った客ではない。あ、それによく本には「バルカローレはゴ
ンドラの船頭の歌」と書かれている、遠くはないがはずれ。クラシックの音楽ではフランス語の「バ
ルカロール」が原型です。船頭の歌も含めた情緒全体を指します。船頭の歌ならちゃんとイタリア
語で「バルカローラ」。わざわざフランス語で言うのは、「旅人の情緒」が本質だから。
文学のバルカローレ
トーマス・マンの「ヴェニスに死す」は文学的なバルカローレです。最近ではそれを翻案したヴ
ィスコンティの「ヴェニスに死す」の映画のほうが有名かも知れません。バルカローレを弾く前に
是非とも、本屋さんか貸しビデオ屋さんに走ってどちらかを楽しんでください。
コストの舟唄
発表会などでよく弾かれる曲です(図2)。バルカローレはすべ
て音楽の情緒からいっても華やかなテクニックを開陳する作品で
はありません。
よりかかり
この曲では二小節がひとまとまりになり、その最初の小節の最
後の拍の音と次の小節の頭の音はだいたいおなじです(譜例1)。
その音は二小節目の二拍目の音によりかかるような感じです。一
小節目最後の音は小節の国境線を突破して、次の小節の頭にオー
バーラップするわけですね。こういう「よりかかり音」は
おおむね「よりかかられる音」よりも強く弾くことが多い
のです。でも、あまり二小節目の頭にアクセントをいれる
と「ゴンドラの歌」が「ボルガの舟唄」のようになってし
まいます。バルカローレでは筋骨たくましい「汗の匂い」
は禁物。 譜例2のようなパッセージがなんども繰り返さ
れますね。ギターでは同じような運指で滑っていくだけな
のでとても演奏しやすい。こういうところでも「はしゃが
ない」のがおとなの演奏です。川面に反映する光の揺れ、
ほどの淡い情感を醸せればよいですね。こんなパッセージ
では左の指はフレットにまっすぐの必要はありません。斜
めからとったほうが楽。
装飾音
譜例3のような小さい音符、
装飾音といいます。小さい音符
だけでなく、普通の音符にも装飾音はいっぱいある。でも、どこまでが装飾であるのかを規定する
のは難しい。たとえばすべての「よりかかり音」は装飾音ともいえるのですが、先ほどの譜例1,2の
よりかかり音はバルカローレの本質そのものなのです。
装飾音の演奏
装飾音の演奏の要点は、美しく弾く、ことに尽きます。「あたりまえじゃない」と思われるかな?
装飾音は美しく歌える速度より速すぎてはなりません。表現を指にまかせてはなりません。作曲家
がリズムを特定せずに小さく書いたのは、演奏者であるあなたの表現に委ねたからです。ギターで
よくない装飾音の演奏は「ヒッカキ傷」に聞こえます。
譜例3はまず譜例3-bのように均等に弾いてみましょう。これが気に入ったらこのままでもけっこ
う。頭の「ラ」をだんだん長くして(テヌート)しながら、あなたの気分に近いところを探します(譜
例3-c)。
テクニックのコツは、小指に意識を置きすぎない。確かに動くのは小指なのだけれど、小指と薬
指は深いわけありの関係なので、軸足(指)の薬指の支えをしっかりします。薬指をしっかり、ちょ
っと三弦の方向に押すようなかんじで押さえます。これはたいせつなテクニックです(図3)。
ビックベンのバルカローレ
コストの舟唄でも「ちょっと難しいな」と感じられる方もおられるでしょう。先月号でハーモニ
クスで遊んだビッグベン(学校のチャイム)。そのテーマを拝借してやさしいバルカローレを書きま
した。初心者にとっての難関であるバレー(セーハ)を使わない曲は少ないので紹介します(譜例6)。
響きはたっぷり残して演奏してください。ちょっとアジア的な部分もあります。
カンパネッラ
譜例5はその部分。こういう風に低い弦の高いポジションと高い弦
の開放弦の響きを組み合わせて響かせることを、「カンパネッラ」
と呼んでいます。運指はすこし複雑だけれど慣れればギター独特
の効果があります。
タンスマンのバルカローレ
タンスマンという作曲家の組曲カバティナに含まれている「バルカローレ」もそんなに難しくな
い名曲。組曲の他の曲は初級者の方にはちょっと難しいかもしれないが、「バルカローレ」だけで
も楽しめるでしょう。タンスマン氏はポーランド出身のフランス人なので、同郷ショパンへの憧憬
に満ちた作品です。
蛍の光
入門講座第 回
西垣正信
あっ、というまに初級講座も最終回です。僕自身が初級講座から卒業するような寂しさです。ヒン
ト集「Tips for finger tips」を最終回とします。いままで掲載するのをためらっていた、いささか
暴な図版なども含めます。
宣伝ですが、バッハの「ゴールドベルグ変奏曲」(西垣編)のギター二重奏版が、上梓されました。
主題と30の変奏からなる大作です。全部を一気に弾くのは初級のかたには困難でしょうが、やさし
い変奏だけを選んで演奏しても楽しめるとおもいます。完全主義者にならないのが、音楽を楽しむ
コツかもしれません。300年の時と空間を越えてバッハが語りかけるものを、いま受けとめること
ができる幸せを皆様と共有できればうれしいです。
楽譜拾い
ギターを弾く初心者にとっていちばん面倒な作業は、楽譜から指に対応させる、要するに楽譜を
読んで音にするまでの「楽譜拾い」の作業でしょうね。左手には12フレットまでの押さえるところ
だけでも、コンピューターのキーボートなみの数がある。コンピューターは原則として和音のよう
な押さえ方はしないけれど、ギターときたら憶えるには絶望的なほど多様な押さえ方があります。
自然にハイポジションまでの音を覚えたかたは幸運なのですが、そうでない方はまず各弦の「7フレ
ット」の位置での音をおぼえましょう。そこから前後にたどっていけるはず。
たいへん乱暴な図なのですが、図1は指板と楽譜の対応表です。図を横にして鏡で向き合ったよう
に見てくださいね。下が一弦です。この図を原寸大に拡大コピーして譜面台に置いてもらえればお
役にたちそうです。
ポジションマーク
昔のギターには美しい貝などで、5、7フレットなどにポジションマークがデザインされていまし
た。最近のギターにはそのポジションマークはまずみあたりません。しかし、あっても邪魔なもの
ではないので、つけた方がよいでしょう。ちょっと上手になりかけたアマチュアには「粋がって」
ポジションマークをつけない人もいるのですが、気にせずに、きれいに小さなマークをしましょう。
勧めたいのは、目で見るポジションマークではなくて、棹の裏、親指が行き来しているところで
すね、そこに点字のようにちいさなザラザラしたテープを貼っておくことです。目でたしかめなく
とも、棹の裏の親指がテープのザラザラを感知して、手の居場所を知らせます。
調弦と音感は関係がない
調弦の方法は、ほんらいなら最初にお話しすべきだ
ったのですが、音の出ない紙面ではやっかいな説明な
ので渋っていました。調弦は二つの弦で同じ音高(であ
るはず)の音をだして、それを同じに調整することが基
本です。たとえば三弦の4フレットの音を二弦の開放
弦と同じにするわけです。
しかし、これは音高(周波数)を聞き分けるのではな
くて、二音の「唸り」を感じることで調整します。二
本の糸が同じ周波数になれば、「唸り」は感じられな
くなります。「唸り」というのは、お寺の鐘が「ぐぅ
ぅお∼んお∼ん」の「お∼んお∼ん」の部分といいま
すか、音の振幅が周期的(だから周波数といえなくもな
い)に変化することを言います。振幅というのは空気の
粗密の割合なので原則的には音高(周波数)ではありま
せん。わぁー、やはり言葉で説明すると泥沼だ。図2
をご覧ください。「い」と「ろ」のちょっと異なった
音高(周波数)を合成すると、「は」になります。振幅
の最初にはなかった振幅の上下があらわれます。これ
を「唸り」といいます。この図はコンピューターで正
弦波(純音)を合成したので実にうまくいっているけれど、
実際はちょっと複雑でしょうね。ともかく「は」の振
幅がまっすぐになればよいのです。
脱線して白状しますと、現象を説明するときにはこ
のように「話を単純化」して図2のような「キレイ」
な絵をお見せしがちです。しかし、「単純化」のつい
でに「ごまかし」ていることも多々あるのなのですね(懺
悔です)。例えば「ハーモニクスの音色なら正弦波に近
いからそれで調弦すればよい」と思われるでしょう。
僕もハーモニクスの説明では「これは正弦波に近く∼」と説明したのだけれど、実際にホール(600
席位)の演奏でのハーモニクスの波形(440ヘルツ)が図3。器械に同音を正弦波で発振させたものが
図4。全然ちがいますね。ついでに五弦の開放弦の「ラ」(110ヘルツ)図5を見ると、本来の基音よ
りはるか上の4000ヘルツ以上にもピークがありますね。生のギターというのは実に深淵な複雑怪奇
なものです。
ヴィブラート「ゆびふり三年」
尺八などでは「くびふり三年」というそうですね。なかなか音のでなかった尺八の初心者がちょ
っと上手になったと思いこんで、首を振りながらの尺八独特のヴィブラートに自己陶酔が始まる、
それが習い初めて三年ころなのだそうです。言い得て妙。ギターでも二、三年でヴィブラートをか
けはじめ、少年達のロックバンドはチョーキングの嵐で「なにやってんのかわかんない状態」にな
るのも、ほぼこの時期です。
忠告します。このころは周囲の人からいちばん嫌われやすい状態にあります。これで、「あの演奏
は○○的で様式が・・」などのうんちく話でもしようものなら最悪。僕たちも教えていて「あの人
初心者のころは上手だったのにな∼」なんという矛盾に満ちた嘆息をつくことしばしばです。
しかし、ギターのヴィブラートは表現としてはとても有効なものです。趣味によってはヴィブラ
ートがなくとも美しい演奏もあるし、個人の趣味に深く根ざした表現です。自分とは異なった表現
やヴィブラートをともなった演奏、とくに歌やヴァイオリンチェロなどを多く聴くことを勧めます。
ヴィブラートのティプス
チェロやヴァイオリンの左手テクニックとギターのそれとは似ているのだけれど、ヴィブラート
だけはちがいます。ギターでは弦をヘッドの方向に引っ張ったとき、張力が増し音高があがり、ブ
リッジ方向に押したとき張力が下がり音高も下がる。コツは下がる方にも充分にかけること。
1/ かける周期 = 四回から八回(一秒)低音ほどゆっくり
2/ 音高変化の深さ
がおもな要素なのですが、いちばん肝心なのは「気持ち」です。
なかには俗称「ちりめんヴィブラート」など呼ぶ、ほとんどノンヴィブラートに聞こえるような細
かいものもあります。クラリネットの大家J.ランスロ氏の音などに、ノンヴィブラート以上に透明な
ちりめんヴィブラートを聞けます。
旋律のてっぺん(最高音)にはヴィブラートは多用しない方がよい趣味です。
音程について
音程、音色、音量の関係が釈然としない方も多いようです。
以前には階段の絵で音程を説明したのですが、今度は趣向を
変えて音程をイメージしていただけるように、図6です。階
段ではどうもイメージが直線的で人間の感覚になじめません。
この図を見て、なぜ音量がこんな軸にあるんだ、とお怒りの
かたおられますね。これは非科学的な図です。音程の理解の
ためのイメージです。人間の感覚では一オクターブごとに螺
旋のように相似のイメージが繰り返されます。縦のZ軸の上
はずーと高い音まで拡張できるけれど、下は「0」(直流)で
おしまい。
科学的には問題のあるこの三次元図ですが、僕はなかなか気
に入っています。ディスプレイ上でグルグルこれを回転しな
がら説明するとけっこう難しい和声まで説明できるのですよ。
今月の曲
今月の曲は譜例1です。説明も無用でしょう。三月、別れの多い季節に役にたつかもしれません。ま
た、宴の終わりなど、なかなかの実用価値も、ともくろんでいます。テクニックは先月のコストの「舟
唄」の流用だけで弾けます。
卒業にあたっての訓辞、「めざせ立派な初心者!」
初心者(とくにこども達)のレッスンを通じて多くのことを僕自身が学びました。その点では、生
徒は師匠でもあるわけなのですが、同時に「いいわけの天才」でもあります。「ぼくの小指はさー、
短いから(あたりまえやないか!)ギターにはむかないんだよ」とか、かわいい弁解を集めるだけで本
になりそうです。どうか、体の個性(個体差)も演奏に生かす工夫をしてください。
たとえば、身体的な事情や仕事の都合(医者であるとか)で右手の爪をつかっての演奏をできなくて
もなんら問題ありません。過去の大ギタリスト、ソルをはじめ多くが指頭で演奏しました。僕は身
近に聴くのには、指頭の演奏の暖かい風情が好きです。それは現代のギターのレパートリーうち南
米風のものには不向きかもしれないけれど、それらは他人の演奏を聴いて楽しめばよいことです。
初心者であり続けることほど楽しいことはありません。初心者でありつづけるためには、それな
りの努力が必要です。さぼっていてはすぐに「中級者」になってしまいます。中級者になると中途
半端な知識や先入観があなたの「耳」や「目」を曇らせがちです。ギターを楽しむためには、「め
ざせ立派な初心者!」。