患者会活動の 現場から⑧ 卵巣がん体験者の会 スマイリー 代表 片木 美穂 患者の知りたいこと,知りたくないこと ──同意説明文書におけるMSTの記載に関連して はじめに 「日本癌治療学会」がスカラーシップ制度を導入し, 多くの患者会が学会に招待される形で参加していたこ 2009 年は, 「第 47 回日本癌治療学会」(10 月 22 日 とが記憶に残りました。同学会では患者会向けのプロ ∼ 24 日) , 「第 47 回日本婦人科腫瘍学会」 (11 月 21 グラムも用意されていたそうで,とても有意義であっ 日∼ 22 日) ,「第8回 JGOG 学術総会(12 月4日) 」 たとの感想を聞いています。こうした取り組みをきっ の3学会に参加しました。私たち患者がこうした学会 かけに,これから患者会がどんどん学会に参加し,有 に参加する利点は,治療に関するエビデンスを正しく 意義な場となればいいなと思っています。 知ること,最新の知識を得ることのほかに,参加者同 士の交流も挙げられると思います。これらの学会でも, 日頃メールで交流をさせていただいている医師・看護 「全生存期間中央値」 を 患者はどう受け止めるか? 師・CRC の皆さんと久々に再会することができまし 学会のなかには参加者との懇親会や情報交換会など た。直接お会いし,お話をさせていただくことで,リ を設けているところもあり,軽く食事をとりながら近 アルタイムでいろいろな情報交換ができ,また,お互 況報告や意見交換が活発に行われています。私もそう いの知人を紹介することもできて,徐々に大きなネッ した場にはできるだけ参加させていただいて,医師と トワークになっています。 患者の相互理解を深めようとしています。 患者会と学会との関係という意味では,2009 年に ある学会の情報交換会で複数の医師とお話をして いたとき,一人の医師から,臨床試験の同意説明文 書に関する質問を受けました。その内容は,「がんの かたぎ・みほ 1973 年大阪府大阪市 生まれ。36 歳。1994 年金蘭短期大学 国文科卒業。パソコンのインストラク ターとして5年間企業に勤め,1999 年 結婚を機に退職。2001 年に長男を出産。 2004 年4月卵巣がんを告知され,手術 と抗がん剤治療を受ける。2006 年9月 「卵巣がん体験者の会 スマイリー」を設 立。 「ドラッグ・ラグ解消」 「患者同士 の交流」 「卵巣がんの啓発」を3つの柱として活動を行っている。 現在,東京都三鷹市在住。 ◇卵巣がん体験者の会 スマイリー http://ransougan.e-ryouiku.net 2010 年 2 月号 臨床試験について,“あなたの MST は 12 ヵ月と推定 される”という一文が入っていたとしたら,患者さん はどう受け取ると思いますか?」という質問でした。 MST とは「全生存期間中央値」のことであり,イメー ジが湧きやすいように「50%生存値」と表現する医 師もいます。つまり,MST が 12 ヵ月ということは, それより短い生存期間の方も,長い生存期間の方もほ ぼ半分ずついるわけです。 現在,卵巣がんに対しても複数の臨床試験が行われ Clinical Research Professionals No.16 1 ており,多くの患者が参加しています。実際に試験に とでしょう。結論として,私に質問をされた医師には, 参加をした患者にお話をうかがうと,「同意説明文書 「その項目は載せるべきではないと思います」とお答 に記載されている一つひとつの項目について,飛ばす えしました。すると,会話に加わっていた数人の医師 ことなく説明を受けました」 とのことでした。つまり, から, 「やっぱりそうだよね!」と賛同を得ることが 同意説明文書に「あなたの MST はおよそ 12 ヵ月と できました。 推測されます」と記載されていたならば,その項目に ついて,臨床試験に参加しようと思っている患者さん は全員,説明を受けることになります。 知る権利, 知らない権利 医師からの突然の質問でしたが,私は,患者会活動 近年,日本では,がん患者本人に対して「がん告知」 に携わっていて日頃思っていたことをお答えしまし がなされることが,あたり前のようになってきました。 た。まず一番に,患者はとても数字に敏感であること 私自身もかつて,夫と一緒に告知を受けましたが,辛 を伝えました。たとえば,私たちスマイリーは日頃, い手術や,抗がん剤治療に耐えるためには,がん告知 インターネットの SNS(ソーシャル・ネットワーキ は必要ではないかと思っています。しかし,実際には, ング・サービス)という機能を使って交流をしていま 私たちスマイリーの電話には,告知を受けたばかりの す。会員には個別に自己紹介欄や日記,メールボック 患者さんからのやりきれない思いを吐露する電話がか スという機能が与えられ,日々の状況を記していくシ かってきます。そうした電話は月に数回あり,医療従 ステムです。そして数ヵ月に 1 度,お集まりの会を開 事者ではないので相談の電話はお断りすることにして くのですが,そのときには, 「あなたは,腫瘍マーカー いるのですが,辛いお気持ちを吐き出す場も必要かと がこれくらいって言っていたわよね?」と,具体的な 思い,電話でのお話がそうした内容となった際には, 数字がどんどん会話の中に出てくるのです。 でき得る限りお付き合いをするようにしています。 そうした会話をよくよく観察してみると,患者さん そうした患者さんのお話を聞いていて感じるのは, が具体的な数字を覚えているのには傾向があり,同じ 告知はすれども,その後のケアがまだまだ足りていな ような時期,同じようなステージで治療を受けた人の いのが現状なのかな,ということでます。そして,が データを真剣に見ていることが分かりました。がん治 んを告知されたばかりの患者さんは,告知に驚き,そ 療の結果や,副作用の程度は十人十色とよくいわれま の後の治療プランなどはほとんど頭から抜け落ちてい すが,それでも腫瘍マーカーや,前治療からどれくら ることも分かります。でも,それほど辛いお気持ちを いの期間を再発せずにいるかといった情報がとても 訴えられている患者さんでも,治療が進むうちにやが 気になっているようです。そのことからも,MST の て相談の電話はなくなっていきます。つまり,実際に 〈12 ヵ月〉という数字が同意説明文書に書いてあった 抗がん剤治療を体験して副作用の程度が分かったり, ら,患者さんは他のどの値よりも敏感に,その〈12 ヵ 治療の効果が出たりすると,次第に前向きになってい 月〉という数字に反応することが想像できます。 くのかもしれません。 そして2番目に感じたことは,最近,インターネッ しかし,MST に関してはどうでしょうか? 何人 トの普及に伴い患者が勉強している時代といわれてい かの患者さんにお話をうかがったのですが,すべての ますが,それは付け焼刃的な学習であり,MST の意 患者さんが「MST って何?」とまず聞いてきます。 味を正しく理解できていないのではないか,というこ そこで「全生存期間中央値のことです」と答えると, 「臨 とです。多くの患者さんは「余命告知をされた」と受 床試験の説明文書に,全生存期間中央値が 12 ヵ月と け取るでしょう。さらに付け加えるとすれば,MST 書いてあるってこと?」と聞き直してきます。そして が 12 ヵ月であるならば,生存期間の幅はどれくらい しばらく考えた上で,「それって,どうしても説明文 あるのだろうか,ということが気になります。患者は 書に書かないとだめなの?」と聞いてきます。その理 その辺を調べることはできないでしょうから,ますま 由は,「余命 12 ヵ月なんて聞きたくない」というも す〈12 ヵ月〉という数字が重くのしかかってくるこ のでした。つまり,「全生存期間中央値」であると伝 2 Clinical Research Professionals No.16 2010 年 2 月号 がん臨床試験と患者の視点̶患者会活動の現場から̶ えても,患者さんは「余命告知」と受け取ってしまう シンポジウムや著書の中で「余命を知りたい」と発言 のです。そこで,改めて MST について解説すると, 「そ されているようですが,私たちのように普通の患者は, れでは,50%の人がそれより長く生きられるってこ 来るべき時が来るまで,あるいは,自分がうすうす察 と?」と驚き, モヤモヤしている姿が見て取れました。 知するようになるまで,自分にとっての“決定的な情 そのなかで一番印象に残ったのが,ある患者さん 報”は知りたくないのではないでしょうか。 の次のような言葉です。 「いくら中央値といっても, 私たち患者には,「知る権利」と「知らない権利」 12 ヵ月ということを知ってしまったら,その日から の両方があると思っています。もしも,臨床試験に携 人格が変わってしまうでしょう。私は,自分が卵巣が わる皆さんが患者に対して,“MST をよく理解した上 んであるということと,その病気の状態を正しく知っ で,臨床試験に参加するかどうかをしっかりと考えて ていけばいいし,できる限り治療していきたいと願っ ほしい”と求めるのであれば, 「余命などに関して知 ています。そして,治療中はできるだけ穏やかでいた りたい方は,別途,担当医にお問い合わせください」 いと願っています。数字を知ったら,毎日が辛いと思 くらいの記載でいいのではないか,と思わずにはいら います」 れません。 最近, 著名なジャーナリストやエッセイストの方が, 2010 年 2 月号 Clinical Research Professionals No.16 3
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