香 川 大 学 経 済 論 叢 第84巻 第1号 2 0 1 1年6月 7 5−9 5 グローバル企業経営の本質: 多角化とグローバル化は 企業経営にとって何が違うのか 犬 飼 知 徳 1.は じ め に 本稿の目的は,既存のグローバル企業研究と多角化研究を整理することに よって,多国籍企業(以下では,MNC : Multinational Company)の経営に関す る研究が取り組まねばならない問題の本質を探究することにある。 この目的を考察する背景には,次のような問題意識がある。それは,事業領 域の拡大としての多角化と地理的拡大としてのグローバル化は本質的に何が異 なるのかという問題意識である。近年の情報通信技術の発達や海外直接投資の 活発化などを背景に経営のグローバル化に関する議論が活発になってきた。し かしながら,グローバル経営固有の問題が何なのかは必ずしも明確ではない。 特に,グローバル経営を企業活動の地理的拡大として理解すると,国内におけ る地理的拡大や企業の事業領域の拡大としての多角化との異同があいまいなよ うに思われるのである。そのため,経営学の領域で多くの蓄積のある多角化研 究の論理でグローバル経営に関する現象が包摂されてしまうのではないかとい う疑問が生じるのである。 しかしながら,その疑問に納得のいく説明を提供してくれる研究はわれわれ の知る限り存在していない。なぜなら,いずれの領域の研究者も,企業経営の 多角化とグローバル化の問題の本質的な違いにさほど関心を持っていないから である。多角化企業研究の流れでは,国境を越えてグローバル化することの意 義を重要視していないように見える。例えば,『組織科学』 第3 7巻第3号(2 0 0 4) −76− 香川大学経済論叢 76 では,「多角化戦略の再検討」と題する特集が組まれていたが,その中の特集 論文で多角化企業がグローバル化することの影響について論じたものはない。 それに対し,MNC に関する研究では,Doz and Praharad(1 9 9 3)が,多角化多 国籍企業(Diversified Multinational Company : DMNC)を研究し,多角化とグ ローバル化が密接な関係にあることを指摘しているものの,MNC が多角化す ることによって生じる問題の本質が何なのかについて必ずしも明確に論じてい るわけではない。しかしながら,少なくとも MNC の研究者は,その違いに もっと意識的に取り組むべきである。なぜなら,もし違いがないなら,研究領 域としての歴史が古く蓄積の多い多角化研究の地理的拡大への適応として,そ もそも研究領域としての存在意義が問われるし,違いがあるならば,そこをよ り深く掘り下げて考察する必要があるからである。もちろん,MNC の研究者 がその違いを全く扱っていなかったと,われわれは主張するつもりはない。た だ,二つの領域の違いの本質まで突き詰めて考えてきたかといえば疑問がある とわれわれは考えているのである。たとえば,浅川(2 0 0 4)は,グローバル経 営の入門書においてグローバル化と多角化の類似点と相違点を次のように整理 している。両者の類似点は2点ある。いずれも事業領域や地理的範囲が拡大す るため,経営の複雑性が増すという点とそれに伴い組織内の調整の重要性が高 まるという点である。それに対し,両者の相違点は,本社の位置づけであると いう。多角化企業の場合の本社は戦略的統轄本部のことのみを指すのに対し, MNC の場合はそれだけでなく本国の事業部門の事業本部をさす,もしくは両 者を含む場合があるというのである。それゆえ,MNC では本社と海外子会社 間で競合関係になることがあるのに対し,多角化企業ではそのようなことは起 こりえないというのである。 浅川が指摘した両者の類似点については比較的同意しやすいが,相違点は多 角化企業と MNC の違いの本質を捉えているとはいいがたいように思われる。 確かに現実の MNC を観察すると本社の位置づけに曖昧な部分があるのだろう が,それは多角化企業でも同じである。上野(2 0 0 4)によれば,日本企業の場 合,本社の全社戦略と事業部の事業戦略が完全に分離しているいわゆる M 型 77 グローバル企業経営の本質: 多角化とグローバル化は企業経営にとって何が違うのか −77− の組織構造はほとんど存在していなかった。上野の調査では,日本の多角化企 業の組織構造は,本社が広範囲に業務に関与する集権的多数事業部型が約 3 0%を占めていたのである。したがって,浅川の指摘する両者の相違点は,日 ! 本企業に限っていえば,必ずしも本質的な違いとはいえない。 しかしながら,両者に本質的な違いがないかといえば,そうとは言い切れな い,両者の本質的な違いについて,われわれに示唆を与えてくれるのが,ゲマ ワット(2 0 0 9)が紹介しているセメックス社とヴォトラチン社の比較である。 両社ともセメントの製造企業であり,本社はそれぞれメキシコとブラジルであ る。1 9 8 8年の時点で,セメックス社は世界第7位,ヴォトラチン社は世界第 6位の世界シェアを占めていた。それが,20 0 3年時点ではセメックス社が世 界第3位に躍進したのに対して,ヴォトラチン社は世界第1 0位まで後退した のである。 この1 5年間の両社の戦略の方向性は対照的なものであった。セメックス社 は,スペインをはじめとする海外へセメント事業をグローバル化していったの に対し,ヴォトラチン社は,グローバル化することなく,紙パルプやアルミ, その他金属などの業種へと多角化していったのである。つまり,同業種で市場 地位も類似していた二つの企業が,それぞれ別の成長戦略,すなわちグローバ ル化と多角化を選択したことによってその後の成長に大きな差が生じたのであ る。もちろん,両社の1 5年間の逆転の原因をこの戦略選択のみに帰すことは できないが,多角化とグローバル化が異なる論理で企業経営に影響を及ぼして いる可能性を示唆するには十分である。 では,その論理はどのように異なっているのだろうか。両者の本質的な違い を理解するためには,浅川が両者の類似点として挙げた複雑性をもう少し掘り 下げて考える必要がある。われわれも多角化とグローバル化の両方がそれぞれ (1) しかしながら,上野が比較対象としているイギリスやアメリカの調査では,M 型の組 織構造を採用している企業がそれぞれ35. 2%と4 1. 1%であるというデータがあるので, 欧米企業に関しては浅川の指摘は正しいのかもしれない(詳しくは,上野(2 00 4)を参 照) 。また,イギリスとアメリカのデータは,1 9 8 0年代の調査に基づくものであるので, 1 0年以上の時間経過も考慮すべきかもしれない。 −78− 香川大学経済論叢 78 企業経営について複雑性を増加させること自体は同意する。しかし,多角化が 組織にもたらす複雑性とその対処の仕方と,グローバル化のそれとは本質的に 異なるのではないかとわれわれは考えている。より具体的に言えば,多角化の 複雑性への対処は追加的な正の効果を得るために行われるのに対し,グローバ ル化の複雑性への対処は必然的に生じる負の効果を減じるために行われるとわ れわれは考えている。 次節では,MNC 研究と多角化研究の既存研究を整理する。その結果,MNC 研究では時間展開を意識した調整と調整によって生み出される合成効果につい ての検討が不十分であることを示す。第3節では,第2節で明らかになった二 つの点についてさらに考察を加えることで,グローバル化と多角化の本質的な 違いを探求していく。 2.既存研究の整理 グローバル化と多角化の論理の本質的な違いを明らかにするために,われわ れは MNC と多角化に関する既存研究を共通の次元を用いて整理していく。そ の次元は,配置と調整である。Porter(1 9 8 6)は,国内戦略とは異なる国際戦 略の問題は,バリュー・チェーン内の各活動の!配置の問題と"その調整の問 題に整理できると主張している。図1は,ポーターのバリュー・チェーンの模 式図である。バリュー・チェーンは,マージンとそれを生み出すための二つの 活動によって表現されている。それは,主活動と支援活動である。主活動はま さにその企業がマージンを生み出す活動である。バリュー・チェーンへのイン プットが,主活動の連鎖である購買物流からサービスまでを通過することに よって,付加価値のついたアウトプットへ変換されるのである。ただし,企業 全体としての付加価値を生み出しているのは必ずしも主活動のみではない。主 活動を円滑に効率よく行うための支援活動もマージンを生み出すことに貢献し ている。 ポーターは,このバリュー・チェーンの活動を集中配置するか,分散配置し たうえで活動間の調整を行うか,あるいはその両方の組み合わせるか,のいず グローバル企業経営の本質: 多角化とグローバル化は企業経営にとって何が違うのか 79 図1 −79− バリュー・チェーン 全般管理(インフラストラクチュア) 支援活動 人事労務管理 技術開発 マージン 調達 購買物流 製造 出荷物流 販売・ マーケティング サービス 主活動 出所:Porter (19 86),邦訳,p. 2 6. れかによって国際的な競争優位を確保しようとすることが,国際戦略の課題で あると認識していたのである。 ポーターは,配置と調整を国際経営の分類次元であると指摘したが,この次 元は多角化経営にも適用することができる。多角化とは,いわば,企業が新た な事業を自らの事業ポートフォリオに配置することである。さらに,配置され た各事業はそれぞれ何らかの調整が必要な場合もあるはずである。したがっ て,そこには多角化の配置と調整の論理が存在しているはずなのである。 本稿では,配置と調整の問題をより一般的な形で整理する。本稿において配 置問題は,何を(What)なぜ(Why)どのように(How)配置するのかにつ いての研究である。調整問題は,企業本社がすでに配置されたものをなぜ (Why)どのように(How)調整するのかを扱う研究領域である。 議論を先取りするならば,配置については,多角化研究では何をなぜ配置す るのかに研究の焦点が絞られていたのに対し,MNC 研究では,なぜについて は比較的素朴な想定を置いており,研究の中心はどのように配置するかであっ た。 調整については,多角化研究では,時間展開を織り込んだ調整の論理が意識 −80− 香川大学経済論叢 80 的に研究されているのに対し,MNC 研究では時間展開を含む実証研究は行わ れているものの,その背後の論理は不明確であるという違いがある。 2. 1 配置問題 この節では,多角化企業研究とグローバル企業研究の二つの領域において, どのような事業を(What)なぜ(Why)どのように(How)配置するのか, という問題がどのように扱われてきたのかについて比較検討を行う。議論を先 取りするならば,二つの研究は,なぜ配置するのかという点において大きく異 なっている。多角化企業研究が,多角化した事業間の合成効果を重視してきた のに対し,グローバル企業の研究では海外子会社間の合成効果を暗黙的には想 定しているものの,「なぜ」配置するのかについては基本的に素朴な前提を置 くのみで合成効果を重視してはいない。その違いが,配置に関する両研究のア プローチの違いを生み出している。 2. 1. 1 なぜ配置するのか ! 多角化研究 多角化企業に関する研究では,配置について,何をなぜ配置するのかに研究 の焦点を置いてきた。つまり,どのような事業に多角化するのか,なぜ多角化 するのかという問いに対する仮説が主に研究されてきた。それに対し,どこに どのように配置するかという点については,多角化研究ではあまり重視されて こなかった。 では,企業はなぜ多角化しようとするのだろうか。その理由は,大きく分け て三つある。!リスク分散のためと,"未利用経営資源の有効活用のため,# 複数事業の合成効果を獲得するため,である。 単一事業のみを行う企業では,その事業の扱う製品やサービスのライフサイ クルが衰退期に入ったり,急激な環境変化に対応しきれなかったりした場合 に,経営が危機に陥る可能性が高い。それを避けるために,企業は,複数の事 業に進出し,単一事業への依存度を減らすのである。また,企業組織には組織 グローバル企業経営の本質: 多角化とグローバル化は企業経営にとって何が違うのか 81 −81− スラックと呼ばれる未利用資源が存在しており,それを有効活用するために多 角化するという説明もなされている(例えば,Penrose, 2 0 0 9) 。 しかしながら,この二つの理由は,企業が多角化する理由であるだけでな く,グローバル化する理由にもなっている。つまり,グローバル化すれば,た とえ専業企業であっても市場が分散されるのである程度のリスク回避にはなる し,国内で余剰になった経営資源を海外市場に展開することもできるのであ る。したがって,企業が多角化とグローバル化の二つの選択肢をいずれもとり うる場合,この二つの理由ではいずれを選択すべきかは判断できない。ゆえ に,三つ目の理由が,企業がなぜ多角化するのかを説明するうえで重要である と考えられる。 複数事業を行うことによって得られる合成効果には,三つある。!範囲の経 済と,"相補効果,#シナジーである。 範囲の経済は,複数種の製品やサービスを扱う場合の費用のほうが,個々の 製品やサービスを単独で扱う費用を合計するよりも,少なくなる効果のことで ある。相補効果とは,複数の製品市場分野での事業が,互いに不足している点 を補完する効果である。たとえば,需要変動パターンが異なる事業分野を組み 合わせることで,年間の需要変動を平準化することなどがこれに当てはまる。 相補効果の場合は,シナジーと異なり,事業分野間の技術的な関連や市場的な 関連は必ずしも必要ない(網倉・新宅,20 1 1) 。シナジーとは,同一企業が複 数の事業活動を行うことによって,異なる企業が別々にそれらの事業活動を 行った結果の総和以上の結果を得られることを意味している。これらの合成効 果こそ,企業がなぜ多角化するのかの主要な理由である。 " MNC 研究 多角化研究とは対照的に,MNC 研究ではどのように配置するのかが重要視 され,何をなぜ配置するのかについてはあまり重要視されてこなかった。なぜ ならその理由が比較的自明だったからである。その理由は,!リスクを分散す るためと,"有望な市場が海外にあるからと,#海外の方が必要な経営資源が −82− 香川大学経済論叢 82 リーズナブルに手に入れられるから,の三つである。リスクを分散するという 理由は,多角化と同じで,単一事業の単一市場に依存しすぎることを回避し, 経営の安定を図るためである。市場に関しては,国際貿易のヘクシャー=オー リンの定理の論理にしたがっている。また,海外での経営資源の獲得に関して は同じ論理を組織内に適用したということである。つまり,組織と市場の関係 であれ,組織内部であれ,比較優位の論理が国境を越えて事業を配置する理由 だったのである。比較優位の論理は,多角化の合成効果の中の相補効果と同じ である。では,MNC 研究では,それ以外の二つの合成効果,すなわちシナジ ーと範囲の経済性についてはどのように考えているのだろうか。 シナジーについては,市場の面というよりも R & D の配置について研究が 蓄積されている。専門領域の異なる R & D センターを世界各地に配置するこ とによって,それらのシナジーを引き出すことを目指すのである。それに対 し,範囲の経済性は,単一事業の MNC を想定する限り,生じない。むしろ, MNC の場合は,規模の経済性を追求するほうが基本である。 2. 1. 2 何を配置するのか:事業配置と活動配置 何を配置するのかについては,多角化研究と MNC 研究では重点の置き方が 異なる。前者は,事業全体を配置することに主眼があり,その中で事業間で共 有可能な活動はなるべく共有していこうという論理である。後者は,なるべく 多くの活動を共有した上で,各活動を進出先に合わせて個別に配置していくこ とに主眼がある。やや極端に対比すると,多角化研究では,どのような事業を 配置すべきかについての研究がなされ,MNC 研究では,どの活動を海外に移 転するのかについての研究が行われてきたのである。 2. 1. 3 どのように配置するのか ! 多角化研究 多角化の議論においてどのような事業を配置するのかという問題は,関連型 多角化と非関連型多角化の選択の問題を意味している。それは,すなわち,多 グローバル企業経営の本質: 多角化とグローバル化は企業経営にとって何が違うのか 83 −83− 角化の三つの合成効果のどれに重点を置くかを選択することである。相補効果 を重視するのであれば,多角化する事業間の技術的・市場的関連はさほど重要 ではない。それに対し,シナジーや範囲の経済性を追求する場合は,多角化す る事業はある程度の技術的・市場的関連性が必要となる。 多くの研究者が,この問題に関して実証を行い,多くの研究において関連型 多角化の優位性が示されている(例えば,Rumelt, 1 9 8 6) 。つまり,これらの 実証結果は,相補効果よりもシナジーや範囲の経済性といった合成効果をもた らしてくれるような本業に関連する領域へ多角化することが成果と結びつく可 能性が高いという示唆をもたらしたのである。 ! MNC 研究 MNC 研究において,どのように配置するかは,調整の問題とも関わる重要 課題である。どのように配置をするのかは,進出によって生じるリスクと海外 事業をコントロールできる程度の二次元で判断される。この二次元は通常,ト レード・オフの関係にある。つまり,進出によるリスクを引き受ける程度が高 いほど海外事業をコントロールできる程度は高くなるのである。一般的にエン トリー・モードは,輸出から,ライセンシング,フランチャイジング,合弁, 完全所有子会社の順に,進出リスクが高まっていくと同時に,コントロールの 程度も高まっていき,この順番でグローバル化は進んでいくと考えられてい る。これは,言い換えると,配置する活動の種類が徐々に増加し,最終的に事 業が配置されるプロセスである。つまり,MNC は最初は各活動をグローバル に配置していくが,それを基点に事業配置へとシフトしていく傾向があるので ある。 2. 2 調整問題 2. 2. 1 なぜ調整するのか 「なぜ調整するのか」という問いに対する多角化研究と MNC 研究の対応は 対照的である。前者が未利用資源の活用や合成効果の獲得といった「配置」の −84− 香川大学経済論叢 84 効果を高めるために調整を行うのに対し,後者はグローバル化に伴って生じる 負の効果を減じるために調整を行っている。 ! 多角化研究 多角化企業の調整は,配置の目的を達成するために必要となってくる。とり わけ,未利用資源の有効活用と合成効果の獲得にとって重要な役割を果たす。 これらに関する調整問題は,それぞれ戦略的な資源配分の問題と見えざる資源 の相互移転の問題として研究されてきた。 戦略的な資源配分の問題は,事業間の未利用資源の有効活用を目的とする本 社と各事業部間の調整問題である。この問題は,製品ポートフォリオ・マネジ メント(Product Portfolio Management : PPM)を思い浮かべると分かりやすい だろう。PPM において「金のなる木」から「問題児」にカネという経営資源 を移動するように,本社は安定した事業領域における未利用な経営資源を成長 分野へ重点配分したいと考えている。 各事業部で創造される知識やノウハウなどの見えざる資源を相互に移転する にはどうすればよいかという問題は,多角化による合成効果を最大限発揮する ために必須の課題である。この調整問題は, 本社と各事業部の間でも生じるし, 事業部間でも生じる。 " MNC 研究 MNC 研究において,なぜ調整しなければならないかといえば,グローバル な配置に伴って生じる負の効果を抑制しなければならないからである。 MNC はなるべく世界中どこの国や地域であっても本国と同じ戦略を使うこ とによって本国での成功をそのまま海外へ移転したいと考えている。これが可 能であればよいのだが,一般的には国や地域によって様々な「隔たり」が生じ る。 MNC はこの隔たりをマネジできなければ,国境を越えて事業を配置するメ リットが十分に発揮できないのである。その一方で,MNC は隔たりをうまく グローバル企業経営の本質: 多角化とグローバル化は企業経営にとって何が違うのか 85 −85− マネジできれば,それをてこにさらなる効果を引き出すこともできる。ゲマ ワットによれば,その隔たりは,CAGE というフレームワークに整理できる。 CAGE とは,文化的隔たり(Cultural)と,制度的隔たり(Administrative) ,地 理的隔たり(Geographic) ,経済的隔たり(Economic)の頭文字をとったもの である。この中では,地理的隔たりが最もわかりやすい。物理的な距離が遠く なることは,経営を難しくする。情報通信技術の発達によって,遠距離であっ てもコミュニケーションは非常に容易になった。しかし,企業経営のためには 情報以外にもモノやヒトといった物理的な移動にかなりの時間が必要な経営資 源も移動させなければならない。それは経営に不確実性をもたらし,経営をよ り難しいものとする。しかしながら,地理的隔たりのみが問題であるならば, アメリカやロシアのような国土の広い国は MNC でなくとも同じ問題に直面す る。ゆえに,他の三つの隔たりとの組み合わせがグローバル経営固有の「隔た り」を生み出すのである。 2. 2. 2 どのように調整するのか:時間経過を伴うシナジーと論理の欠如 ! 多角化研究 では,多角化研究は,どのように調整すると説明するのだろうか。多角化研 究の特徴的な説明論理は,時間経過を伴う相乗効果(ダイナミック・シナジー) を考慮している点にある。一見静的にみえる PPM ですら,成長を指向したフ レーム・ワークという意味では,明示的とは言えないが時間概念を含んでい る。しかし,ダイナミック・シナジーの論理をより明示的に説明したのは,伊 丹(1 9 8 4)だろう。ダイナミック・シナジーの基本論理は,時間展開による人 的資源の学習をてことする不均衡発展である。ダイナミック・シナジーの論理 では,企業は現状の経営資源や能力では成功することがやや困難な事業に多角 化する。そのやや困難な事業を遂行していく中で人材が学習・成長し,事業遂 行にとって必要な経営資源以上の見えざる資源が蓄積される。それが更なる多 角化の原資となるという好循環を生み出すのである。 −86− 香川大学経済論叢 ! 86 MNC 研究 MNC 研究において,調整はグローバル統合とローカル適応のバランスをい かに取るかという問題であった。たとえば,Bartlett and Ghoshal(1 9 8 9)は, グローバル統合とローカル適応の二つの次元によって MNC を四種類に分類し た。グローバル統合の程度もローカル適応の程度も低い企業はインターナショ ナル企業と呼ばれ,基本的に本国に資源や能力を集中して開発し,その成果を 海外へ移転する。グローバル統合の程度が高いがローカル適合が低い企業はグ ローバル企業と呼ばれ,インターナショナル企業よりもさらに資源や能力の本 国への集約度が高く,海外子会社は本国の決定事項の実行機関にすぎない。そ の反対でグローバル統合の程度は低いがローカル適合の度合いが高い企業は, マルチナショナル企業と呼ばれる。このタイプの企業は,海外子会社が現地の 状況に応じて資源や能力を自律的に開発し,各自で保有する。さらに,グロー バル統合の程度もローカル適応の程度も高い企業はトランスナショナル企業と 呼ばれ,各海外子会社が独自の資源や能力を開発したうえで,相互に共有しあ う。バートレットとゴシャールの考えでは,トランスナショナル企業が最良の 組織であり,そこに至る道筋を見出すことが MNC 論の目的であった。 しかしながら,トランスナショナル企業に関する研究は,他のタイプの MNC から「どのように」達することができるのかについての論理が欠如して いることが批判され,海外子会社の性質と本社の統制メカニズムのフィットを 実証するコンティンジェンシー理論へと研究の流れは移っていくこととなっ た。例えば,Ambos and Schlegelmilch(2 0 0 7)は,海外子会社の R & D 部門が 直面するタスクの文脈ごとに本部の用いる統制メカニズムが異なるという仮説 を実証した。具体的な仮説は,次のようなものであった。本社の技術を現地に 適応するだけのローカル・アダプターは,特に本部のイニシアティブが必要で はないので,手続きを強化する公式化が用いられる。本社の技術をより広範囲 に展開するインターナショナル・アダプターは適切な展開のために本社の直接 統制をより強めねばならないので集権化が用いられる。インターナショナル・ クリエーターは海外子会社独自の知識を創造するので,創造性のための業務上 グローバル企業経営の本質: 多角化とグローバル化は企業経営にとって何が違うのか 87 −87− の自由を確保するために社会化を用いるが,一方で創造のための経営資源配分 に不可欠な調整を行うために集権化も同時に促進される。しかしながら,これ らのコンティンジェンシー仮説は,実証されずどのタイプの R & D 活動で あっても集権化のみ強まるという結果であった。この結果は,本社の視点から 見れば,伝統的な本社−海外子会社関係を補強するものであった。 コンティンジェンシー理論に基づく研究が蓄積されていく中,MNC 研究で は,多角化研究におけるダイナミック・シナジーに相当する論理は発展しな かった。 2. 3 小括 ここまでの MNC 研究と多角化研究の比較検討の結果を簡単に要約しておこ う。表1は,多角化研究と MNC 研究がそれぞれ配置と調整の問題をどのよう に扱ってきたのかを一覧にまとめたものである。表1より,MNC 研究の問題 設定の本質に迫るうえで検討すべき課題は時間経過を伴うシナジー・メカニズ 表1 「配置」と「調整」のまとめ 多 グローバル化 なぜ 何を ! 事業配置 ! 活動配置 " 事業配置 ! " 関連型多角化 非関連型多角化 統制と進出リスクのバランス →エントリー・モード どのように 調 化 リスク分散 未利用経営資源の有効活用 複数事業の合成効果の獲得 $ 範囲の経済 % 相補効果 & シナジー 配 置 角 ! " # なぜ 「配置」の目的を達成するため ! 未利用資源の活用 →戦略的な経営資源の配分 " 合成効果の獲得 →見えざる資源の相互移転 整 どのように ! 時間経過を伴うシナジー ! " # リスク分散 市場開拓 経営資源の獲得 →相補効果と規模の経済 「配置」によって生じる負の効果を 減じるため ! 本国に残した活動と進出先に移 した活動のバランス →グローバル統合とローカル適応 " 本国と進出先の「隔たり」の発生 → 「隔たり」のマネジメント ! 論理が不明確 −88− 香川大学経済論叢 88 ムの探究ではないかとわれわれは主張したい。 多角化研究では,時間経過を織り込んだ事業間のシナジーに注目し,それを 最大限引き出すための論理の構築が行われてきた。それに対し,MNC 研究は, 配置にせよ,調整にせよ,時間経過を織り込んだ論理構築が多角化研究に比べ て弱いといえる。ここで注意してもらいたいのは,MNC 研究では,時間経過 を織り込んだ研究がないと言っているわけではない,ということである。MNC に関する時間経過を含む現象を説明する論理が不明確であるといっているので ある。たとえば,バートレットとゴシャールの MNC の四分類は,明らかにイ ンターナショナル企業からトランスナショナル企業への発展していくプロセス を含意している。それは,すなわち,海外子会社間のシナジーが強まっていく プロセスを意味しているのである。にもかかわらず,なぜトランスナショナル 企業への発展を遂げることができるのかについての論理は明確には示されてい ないのである。この「なぜ」を説明するためには MNC 研究独自の時間経過を 伴うシナジー・メカニズムを探究する必要があるのである。 3.ディスカッション:グローバル化問題の本質の探求 3. 1 時間経過を伴うシナジー・メカニズム 3. 1. 1 知識移転問題におけるレント・シーキング活動 グローバル化と多角化では,時間経過を伴うシナジー・メカニズムが異なる 可能性がある。特に,知識の移転と共有のメカニズムにおいて,両者の論理の 違いが鮮明になる。 その論理の違いを説明するために,組織内の知識移転について新たな視点を 導入したい。それは,知識の移転問題は,子会社や事業部がそれをできるかど うかという問題だけでなく,それをしたいかどうかという問題も含んでいると いうことである。 Mudambi and Navarra(2 0 0 4)は,MNC における海外子会社の知識マネジメ ントには三つの問題があるという。それは,!知識創造の問題と,"知識の移 転可能性の問題と,#知識の移転モチベーションの問題である。彼らは,特に 89 グローバル企業経営の本質: 多角化とグローバル化は企業経営にとって何が違うのか −89− 三つ目の移転モチベーションの問題の重要性が高まっていると考えている。 知識創造の問題は,海外子会社がいかに知識を生み出すかという問題であ る。確かに,知識創造は知識マネジメントの最も重要な問題であるのだが,企 業規模が大きければ大きいほど,知識創造そのものよりも,創造した知識を全 社的に,もしくは各事業間で共有する知識移転(knowledge transfer)への関心 の比重が高くなる。なぜなら,大規模企業ほど知識創造に配分できる経営資源 は豊富になり,知識創造活動の成果が上がる可能性が高まるが,規模が大きい が故に生み出される知識が企業内の様々なところに散らばってしまう可能性も 高まるからである。 知識移転について,ムダンビとナバラは,興味深い指摘をしている。それ は,海外子会社が創造した知識が移転できるか(able to transfer)という問題 と海外子会社が知識を移転する気があるか(willing to transfer)という問題は 分けて考えなければならないという指摘である。 前者の知識移転ができるかどうかは,従来通りの知識移転に関する問いの立 て方である。つまり,知識を移転するためには,暗黙知から形式知への変換が できるか,どのように変換するかや,粘着性(stickiness)の高い知識をどのよ うに移転すればよいのかといった問題設定である(von Hippel, 1 9 9 4;椙山, 2 0 0 9) 。 この問いの立て方は,「海外子会社は創造した知識を MNC 全体で共有した い」と常に考えているという暗黙の前提のもとに成立しているが,近年の本社 −海外子会社関係の変化によってこの前提が常に成立するとは言いがたい,と ムダンビとナバラは批判する。 その変化とは,!1 9 8 0年代半ば以降活発化した R & D 機能の海外子会社へ の移転(Cantwell, 1 9 8 9)と,"それに伴う海外子会社の業務上の地位向上 (Birkinshaw and Morrison, 1 9 9 5)である。以前の海外子会社が提供していた知 識の多くは,ローカルな市場に関するものであった。ローカルな市場に関する 知識は海外子会社にとって重要ではあるものの,MNC 全体に及ぼす影響は R & D に関する知識に比べて小さいものであった(Grubaugh, 1 9 8 7) 。したがっ −90− 香川大学経済論叢 90 て,全社的な資源配分に関する海外子会社の全社における位置づけはさほど高 いものではなかった。それが R & D 機能の海外子会社への移転によって全社 的により重要な知識を海外子会社が創造することができるようになった。その 結果,MNC 内での資源配分における海外子会社の交渉力が本社に対して相対 的に上昇したのである。 さらに,MNC の海外子会社のマネジャーも知識を積極的に共有したいとは 思わない誘因を持つ。Coff(1 9 9 9)によれば,海外子会社のマネジャーは,企 業全体の目的と個人的な目的によって動機づけられており,一般的に個人的な 目的は海外子会社の利害と適合的である。したがって,マネジャーは,企業全 体の利害関係者の価値最大化活動(プロフィット・シーキング)と企業内での 海外子会社の交渉力の最大化活動(レント・シーキング)の両方の活動に従事 していると考えることができる(Mudambi and Navarra, 2 0 0 4) 。マネジャーは, レント・シーキング活動を行うためのツールとして海外子会社で創造した知識 を利用したいと考えるので,本社や他の子会社と知識を共有したいとは思わな いのである。 海外子会社のマネジャーがレント・シーキング活動に積極的になる理由は, 本社の側にもある。R & D 機能の海外移転に伴い,本社側の知識に対する「目 利き」としての役割も弱まっているのである。Ciabuschi, et al.(2 0 1 1)は,本 社の関与が海外子会社の知識創造と知識移転にどのような影響を与えるのかを 実証した。彼らは,!制約された合理性パースペクティブと,"全くの無知 (the sheer ignorance)パースペクティブの二つの視座に基づく仮説を検証した。 制約された合理性パースペクティブに基づくと,本社は海外子会社の知識創造 や知識移転の活動そのものに必要な知識は有していないが,適切に評価する基 準を有していると考えるため,本社の関与は基本的に正の効果をもたらす。そ れに対し,全くの無知パースペクティブによれば本社は知識のみならず評価基 準すら持っていないので,本社の関与は海外子会社の活動に負の影響を与える と考えるのである。彼らの実証の結果は,全くの無知パースペクティブの予測 を支持するものであった。この実証結果に基づけば,本社と海外子会社の知識 91 グローバル企業経営の本質: 多角化とグローバル化は企業経営にとって何が違うのか −91− 創造活動に関する情報の稠密性には明らかな差があり,海外子会社マネジャー がレント・シーキング活動に積極的になる誘因となるのである。 3. 1. 2 グローバル化と多角化におけるレント・シーキング活動の違い 彼らの MNC の本社と子会社の関係に関する洞察は非常に興味深いけれど も,彼らの論文の実証がレント・シーキング活動の問題点を適切に表現してい るとは言いがたい。 彼らの調査設計の問題,もしくは問題意識そのものの問題は,海外子会社の レント・シーキング行為自体が組織全体にとって常に負の効果しかもたらさな いとは限らないということである。 レント・シーキングに関する基本文献に基づけば,レント・シーキングには 二つの問題が含まれている(例えば,Tullock, 1 9 6 7) 。!海外子会社がレント の獲得競争に費やすコストが無駄であるという問題と"海外子会社のレント獲 得競争によって,MNC 内の資源配分が歪んでしまい MNC 全体の成果に負の 影響を及ぼす問題である。 ムダンビとナバラは,基本的に前者の問題を扱っている。彼らが実証したの は,海外子会社の知識創造活動がもたらす交渉力がレント・シーキング活動を 引き起こしているらしい,ということである。レント・シーキング活動が行わ れていること自体が,MNC 全体としての費用の浪費であり問題であると言わ れればその通りだが,実際にはレント・シーキングは大規模企業であれば多か れ少なかれ行われていると考える方が妥当である。したがって,問題の本質 は,レント・シーキング活動とプロフィット・シーキング活動のバランスであ る。つまり,海外子会社が事業の価値を高めるためのプロフィット・シーキン グ活動をおろそかにするほどレント・シーキング活動にコミットするようなら ば問題である,ということである。 二つ目の MNC 内の資源配分の歪みに関する問題も,歪みと企業全体の成果 の関係を考えなければ,本当に問題かどうかは分からない。彼らは,交渉力に よってレント・シーキングが行われていれば,資源配分の歪みが生じており, −92− 香川大学経済論叢 92 それはすなわち MNC 全体にとって悪いことだと考えている。しかしながら, かりに海外子会社が自社の知識創造能力を本社との駆け引きの道具としてレン ト・シーキングを行っていたとしても,本社がその能力を評価した結果として やや偏った資源配分が行っていたとしたら,さらにその結果として企業全体の 業績が良好であるならば,本社にとっても海外子会社にとっても合理的な行為 であり,かつ当然の帰結である。PPM やビジネス・スクリーンの例を出すま でもなく,本社は戦略的な資源の再配分を行うことを主要な業務としているわ けであるから,本社の意図に基づいてある程度「歪んだ」資源配分になること はあり得る。この場合,海外子会社の意図はどうであれ,現象としての「海外 子会社への過度な資源配分」は企業全体に正の効果をもたらすのである。しか しながら,ムダンビとナバラは正の効果についてあまり考慮していないように 見える。少なくとも,実証の調査設計では正と負の効果を分けるための工夫は していない。 海外子会社のレント・シーキングが問題となるのは,資源配分と成果との間 に何らかのゆがみが生じる場合である。例えば,ある海外子会社の収益性や市 場地位がある程度の期間に渡って低下傾向にあるにもかかわらず,MNC 内部 における資源配分はむしろ増加している場合や,明らかに有望だと考えられる 新規市場や新規技術へのファースト・ムーバーズ・アドバンテージを有してい た子会社(事業)が MNC 内で成長に必要な資源が配分されずに撤退を余儀な くされてしまった場合などである。これらの歪みは,時間経過に伴い徐々に拡 大していった可能性が高い。 レント・シーキングの観点から,多角化について考えてみよう。コア事業を 持ち多角化を行っているほうが,企業内のレント・シーキングが起きにくいと 考えられる。この論理を加護野(2 0 0 4) の議論に即して説明しよう。加護野は, コア事業を持つ多角化のほうが,コア事業を持たない多角化よりも業績が良い という観察事実を説明するために,仮説的な論理を構築した。加護野によれ ば,コア事業を持つ多角化企業では,本社の調整によって生み出されるシナジ ーではなく,コア事業と他の事業部門との間に自発的なシナジーが生じる可能 93 グローバル企業経営の本質: 多角化とグローバル化は企業経営にとって何が違うのか −93− 性が高いという。コア事業の側からすれば,企業内で明らかに特別な扱いを受 け,潤沢な資源が配分される。そこで働く組織成員は,昇進機会も豊富で,モ ラールも高くなる。これらの結果,コア事業の競争力は維持される。 その一方, コア事業以外の部門の人々は,コア事業に対抗して資源配分争いを行うより も,コア事業の創り出した成果を利用させてもらうほうが合理的であると考え るだろう。その結果,知識や技術などの経営資源を創り出す側と利用する側の 利害が一致し,自発的にシナジーが生じるというのである。この説明をレン ト・シーキングの観点から言い換えると,あまりにもコア事業の存在感が大き いので,コア事業の人々も非コア事業の人々もレント・シーキングをするイン センティブを持たないといえるだろう。それに対し,コア事業を持たず各事業 が互いに似たような売上高の規模で競っているような状況では,各事業部がレ ント・シーキング活動に資源を動員するインセンティブを持つ。 さらに,加護野によれば,コア事業を持つ多角化は「弱者の強さ」を持つと いう。コア事業を持つ企業は,環境変化に対して脆弱である。そのような企業 は脆弱であるがゆえに,環境変化に対して敏感で,変化への対応が素早くな る。逆に,コア事業を持たない多角化企業は,一つの事業の環境が変化したと しても,それ以外の事業で補完可能である。したがって,環境変化に対して鈍 感になってしまう。加護野はこれを「強者の弱み」と呼んでいるが,レント・ シーキングの観点を導入すると,その鈍感さはより深刻な問題を引き起こす。 なぜなら,環境変化への鈍感さは,人々の発想を内向きにし,レント・シーキ ング活動へと導くからである。つまり,コア事業部を持たないことは,ただ環 境変化に鈍感になるだけでなく,シナジーを機能不全に陥らせてしまうのであ る。 4.結 論 本稿では,企業がグローバル化することによって生じる問題の本質を探究し てきた。本稿ではこの目的のために,グローバル化と多角化の論理を配置と調 整の二つの次元で整理してきた。その結果,グローバル化の本質的な問題は, −94− 香川大学経済論叢 94 独自の時間経過を伴うシナジー・メカニズムを探求することであることが明ら かになった。本稿では,そのメカニズムの可能性について簡単な方向性を示し たが,多角化のメカニズムとグローバル化のメカニズムの相互作用効果につい ては紙幅の都合上,十分な検討を行うことができなかった。この点について は,稿を改めて考察をしたい。 参 考 文 献 Ambos, Björn and Bodo Schlegelmilch(2 0 0 7) , “Innovation and Control in the Multinational Firm : A Comparison of Political and Contingency Approaches,” Strategic Management Journal, Vol.2 8, pp.4 7 3−4 8 6. 網倉久永・新宅純二郎(2 0 1 1) 『経営戦略入門』日本経済新聞出版社。 浅川和宏(2 0 03)『グローバル経営入門』日本経済新聞社。 Birkinshaw, Julian M. and Allen J. 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