新生ストラテジーノート 第 221 号

新生ストラテジーノート 第 221 号
2016 年 3 月 10 日
調査部長 江川 由紀雄
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東京電力の社債発行スキームと信用リスクの考え方
来月のホールディングカンパニー制移行後の同社社債をどう考えるか
東京電力は、2016 年 4 月 1 日に「ホールディングカンパニー」制に移行する予定となっている。
東京電力は東京電力ホールディングスと商号変更し、既に設立してある準備会社を含め、会社吸
収分割の手法で、傘下に一般送配電事業を行う東京電力パワーグリッド、燃料・火力発電事業を
行う東京電力フュエル&パワー、小売事業を行う東京電力エナジーパートナーを 100%子会社と
して擁するグループ形態に変更となる。
これに伴い、東京電力が既に発行している社債の仕組みが変更となる。なお、東京電力が既に
発行している社債は、電気事業法 37 条の規定により、一般担保が付されている。円建ての既発
国内公募社債については、「ホールディングス」社が発行体としての地位に留まるが、送配電事業
を行う子会社である「パワーグリッド」社が「ホールディングス」社に対して金額・利率・満期が同一
となるインターカンパニーボンド(ICB)と呼ぶ一般担保付社債を発行、それを「ホールディングス」
社は信託銀行を受託者として信託設定し、受託者が信託財産を責任財産として既発国内公募社
債の元利払いを連帯保証し、既発国内公募社債の元利払いは、かかる保証の履行の形で行わ
れることになる。スイスフラン建て普通社債については、国内公募社債とは異なり、信託は用いず、
「パワーグリッド」社がほぼ同額の円建ての ICB を発行し、それを「ホールディングス」社が取得す
ると共に、「パワーグリッド」社が連帯保証する形となる。元利払いは「ホールディングス」社が行う。
「ホールディングス」社は、通貨・金利スワップを用いて、ICB と既発のスイスフラン建て社債のキャ
ッシュフローのミスマッチをヘッジする予定となっている。それ以外の金融債務については、個別
対応となり、吸収分割の継承会社が ICB と信託を用いた国内公募社債と同様に形態に移行する
か、ホールディングス社の債務に留まると説明されている。
東京電力は 2015 年 5 月 1 日に「ホールディングカンパニー制の概要と一般担保付社債の取
扱いについて」と題する IR 資料 1を公表した。また、2016 年 2 月 29 日には「東京電力の現状と
1「ホールディングカンパニー制の概要と一般担保付社債の取扱いについて」
2015 年 5 月 1 日・
7 月 13 日更新 http://www.tepco.co.jp/ir/tool/setumei/pdf/150501-1.pdf
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今後について」と題する IR 資料 2を公表している。前述の仕組み変えについては、これらの IR 資
料で簡潔に説明されている。本稿では、これら東京電力が公表している情報を含め、一般に公表
されている資料のみを材料に、ホールディングカンパニー制移行後の同社社債の信用リスクの考
え方について若干の考察を行ってみたい。
こうした構想の発表(2015 年 5 月)以降、東京電力の社債および CDS のスプレッドは大幅に
縮小したことから、クレジット市場では前述の仕組み変えが好感されているものと考えられるが、
格付会社による格付けは、いまのところは変化が見られない。
国内公募社債の元利払いは「パワーグリッド」社のキャッシュフローが原資になる
既発の東京電力の国内公募社債は、連帯保証人となる信託の受託者が、送配電会社「パワー
グリッド」社の一般担保付 ICB の元利金をそのまま用いて、元利払いを保証履行の形で行うことに
なる。スイスフラン建て社債は、「パワーグリッド」社の ICB の元利金が円建てで「ホールディングス」
社に対して支払われ、「ホールディングス」社がスイスフラン建てで既発の社債の元利払いを行う
ことになる。(なお、スイスフラン建て社債は、2017 年に満期を迎える。)前者の方が、「ホールデ
ィングス」社からの隔離性が高いと考えてもよいが、何れも、今後の元利払いの原資がグループ
全体のキャッシュフローではなく、送配電会社「パワーグリッド」社の営業・財務キャッシュフローと
なる。もっとも、「ホールディングス」社は債務者の地位に留まるため、この仕組み変えによって、
既発の社債にかかる債務から免れる訳ではない。
「ホールディングカンパニー」制に移行後の東京電力グループでは、原子力・水力・新エネルギ
ー発電事業は、東京電力が商号変更する法人である「ホールディングス」社が行う。「ホールディ
ングス」と称していても、純粋な持株会社ではない。賠償事業、除染・廃炉事業も「ホールディング
ス」社が継続して行うことになる。原子力損害賠償・廃炉等支援機構からの資金交付や将来にお
ける特別負担金の支出も「ホールディングス」社だけに集約されるものと考えられる。いっぽうで、
「パワーグリッド」社は、一般送配電事業を行う企業であり、原子力発電に関係する事業は行わな
い。このため、「パワーグリッド」社を単体で見れば、原子力発電とは無関係な一般送配電事業に
特化した企業ということになる。社債の信用リスクを評価するには、まずは、「パワーグリッド」社の
財務内容と将来におけるキャッシュフロー生成能力について考察を加えるべきであろう。ただし、
細かくみていくと、既発の社債の仕組み変えは、特にスイスフラン建て社債については、それほど
「倒産隔離性」が認められるスキームではない。また、「ホールディングカンパニー」制移行後も、
「東京電力の現状と今後について」 2016 年 2 月
http://www.tepco.co.jp/ir/keiri/pdf/160229-j.pdf
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東京電力グループの各社は、グループ全体としての一体感の強い経営が続くと見込まれる。こう
した要素をバランスよく勘案せねばならない。
格付会社(ここでは、いずれも、登録を受けた信用格付業者)各社は、東日本大震災発生直前
には、東京電力の格付けをダブル A 格水準ないしトリプル A 格としていた。国債と同水準かそれ
よりやや下という水準の格付けであった。ところが、震災発生後は、格付会社各社の格付けに極
端なばらつきが生じている。会社格付け(または発行体格付け)でみれば、格付会社によって、シ
ングル B 格からシングル A 格まで、一般担保を勘案した債券格付け・社債格付けでみても、ダブ
ル B 格からシングル A 格までの広い範囲に分布している。
信用リスクの評価は、将来における債務履行の確からしさを予想することであり、現在得られる
限られた情報を基にした不確実な将来に対する予想である以上、見解が大きく分かれることもあ
ろう。東京電力の「ホールディングカンパニー」制移行と既発の社債の仕組み変えは、少なくとも、
東京電力が発行した既発の社債の将来における元利払いの確からしさについて再考を促す大き
な材料になる。「ホールディングカンパニー」制に移行するタイミングで、一部の格付会社による格
付けが見直される可能性もあろう。
本稿では、東京電力および東京電力が過去に発行した社債について言及したが、信用リスク
の考え方に関する材料を提供することを主眼としたものであり、同社の社債等についての投資判
断(売り買いの推奨、レーティングの付与等)を行おうとする意図はない。弊社調査部としてクレジ
ットリサーチの対象として、東京電力をカバレッジに含めようとするものでもない。
(調査部長 江川 由紀雄)
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一般社団法人日本投資顧問業協会
一般社団法人第二種金融商品取引業協会
資本金
:87.5 億円
主な事業 :金融商品取引業
年
成
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