地域公共交通網形成計画 地方自治体の役割

研究員の視点
〔研究員の視点〕
地域公共交通網形成計画
地方自治体の役割
運輸調査局研究員 松崎 朱芳
※本記事は、『交通新聞』に執筆したものを転載いたしました
国土交通省は 2014 年 7 月に将来的な国
域公共交通総合連携計画(以下、連携計画)と
土づくりの理念や考え方を示した「国土のグ
同様、将来的な地域交通の姿を示す計画とな
ランドデザイン 2050(以下、グランドデザイ
る。2015 年 7 月現在、43 の網形成計画が
ン)」を公表している。このグランドデザイ
策定されており、今後 160 を超える計画が
ンは人口減少、少子高齢化など将来的な社会
策定される見通しとなっている。
の変化に対応するための国土形成の指針とさ
れており、まちづくりや交通の分野にも密接
既往計画との相違
に関わるものとされている。
この網形成計画が従来の連携計画と異なる
本稿では新たな政策的な方向性が示された
点として、交通を「ネットワーク」として形
中で、交通分野に関わる制度の現状と既往制
成すること、地方自治体が事業者と協力して
度との相違、また地方自治体の役割について
策定することの 2 点が主なものとして挙げ
言及する。
られる。
前者に関して述べると、交通モード間の移
地域公共交通網形成計画の経緯と現状
動を行う際の事業者や交通モード間の連携は
グランドデザインに基づくまちづくりや交
これまでも行われているものの、交通モード
通の指針は「コンパクト+ネットワーク」と
間の移動を伴う場合や異なる事業者にまた
いう一言に集約される。ここでの「コンパク
がって利用する場合には、初乗り運賃の加算
ト」とは地域において効率的な生活サービス
など利用者の負担となることも多かった。そ
を提供するために特定地域に立地を誘導する
のため、グランドデザインに基づくまちづく
ことで拠点機能を高めることであり、一方の
りがコンパクト化された拠点間を行き来する
「ネットワーク」とは集約した拠点同士をつ
という、まちづくりとの連動的な施策である
なぐ交通のことを示している。この「コンパ
ことから、網形成計画の策定にあたっては交
クト+ネットワーク」を実現するために国で
通モード間の移動を円滑化することに重点が
は制度的な整備を行っている。「コンパクト」
置かれることになる。
には「立地適正化計画」、「ネットワーク」に
後者に関しても述べると、これまでの交通
は「地域公共交通網形成計画(以下、網形成計
サービスは事業者を中心に行われてきてお
画)
」がそれぞれ該当する制度とされており、
り、政策の関与は協議会での対応が主なもの
このうち交通に関わる網形成計画は従来の地
であった。一方で今回の網形成計画は地方自
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治体が中心となり事業者との協力により策定
け、実際に交通サービスを運行する事業者と
するものとされており、政策に事業者の関与
の調整は網形成計画を行う上で欠かせないも
を求めることが特徴として挙げられる。
のとなる。
その事業者の経営の現状を見てみると
筆者が調査を行った中部地方のある地域で
2013 年度時点で、地方鉄道事業者の約 8
は、地方自治体が中心となって網形成計画の
割、バス事業者(保有車両 30 両以上の事業者)
策定を進めている。これまでに交通モード間
の約 7 割が赤字(国土交通省ホームページを参
の連携の取り組みが事業者との間で行われて
考に筆者計算)であり厳しい経営状況に置かれ
きている中で、一部の事業者から十分に協力
ている。また、事業者は事業の見直しを進め
を得られないケースもみられる。その理由と
る中で路線の廃止、縮小を進めてきており公
して、連携を図った際の収支への影響や実際
共の移動手段が不在となる地域も多くみられ
に連携を行った場合の運行上の調整が困難で
る。
ある等の背景が存在していることが挙げられ
このような事業者の経営状況を前提とした
る。
ままでネットワークとして交通を構築したと
関与の対象の事業者が民間の事業者の場合
しても、網形成計画の継続性や交通空白地域
には、事業経営を行う観点から施策に対して
の発生などの課題が発生しかねない。そのた
十分な協力を得られないことも考えられる。
め網形成計画の策定にあたっては、地域の特
こうした場合、事業者からの協力を得るため
性に応じた移動手段の確保が期待されてい
に何らかの利点となるような仕組みを取り入
る。その際の運行主体として、事業として成
れることなども地方自治体では検討する必要
立する地域においては民間の事業者が路線を
である。事業者以外においても地域住民など
担当し、事業の成立が難しい地域においては
多様な地域主体が関わる中で、網形成計画の
地方自治体が運行に関与するなど地域におけ
策定にあたっては地方自治体におけるリー
る交通の役割分担が行われることも想定され
ダーシップが期待されている。
ている。
第 2 に網形成計画への説明責任である。
これまで住宅や商業施設などの開発は人口増
網形成計画における地方自治体の役割
加等の社会変化を想定して進められてきた。
このように網形成計画の策定を進める上で
今後は立地適正化計画の策定が行われること
は、地方自治体の担う役割が大きいとされて
により、まちづくりと連携した交通ネット
いる中で、ここではその役割について 2 点
ワークの形成が期待されている。
言及する。
今日の政策形成においては、単に政策を立
第 1 に網形成計画に対して主導的な役割
案、実施するだけでなく、政策への説明責任
を担うことである。網形成計画においては地
や事後的な評価をすることが求められる。網
方自治体が地域の多様な意見を取り入れるこ
形成計画は居住や交通の選択など人々の行動
とにより、より良い交通政策の立案が期待さ
に対して何らかの影響を与える可能性もある
れている反面、その策定には地域主体との新
ことから、地域の人たちに十分な説明責任を
たな調整を要することも考えられる。とりわ
行うこと、さらにはその評価を適切に行うこ
研究員の視点
とが必要となる。
るが、地方自治体においては政策立案に関わ
先に示した中部地方の地方自治体において
る交通に関わる人材が不足しているという課
は、交通政策を進めるにあたり、年に複数
題も抱えている。そのため地方自治体におい
回、地区単位における住民向けの説明会を実
ても交通に精通した人材の育成が喫緊の課題
施するなど適宜、政策の説明やその見直しを
であろう。
行っている。こうした、政策評価は「PDCA
サイクル」と呼ばれるものであり、客観的な
おわりに
政策の評価につながる手法の 1 つとして知
全国の地方自治体において網形成計画の策
られている。
定の開始から 1 年余りがたつ。その中で地
かねてより政策立案の地方への移譲が叫ば
方自治体は中心的な役割を担う立場であるこ
れていたが、近年では交通に関わる政策立案
とから、事業者との協力による取り組みが求
も国から地方自治体に移譲されてきている。
められる。また、網形成計画に対しては地域
この背景には、国よりも地方自治体の方が地
住民に対して真摯に対応することが要請され
域住民のサービスに対するニーズを把握して
る。全国に各地域の実情に応じた網形成計画
いることが理由の 1 つとして挙げられてい
ができることを強く期待したい。