パブリックアートによる記憶を刻む景観づくり ~ 都市と歴史と人の関係 ~

アジア景観デザイン学会 2014 台北研究大会
パブリックアートによる記憶を刻む景観づくり ~ 都市と歴史と人の関係 ~
株式会社タウンアート 渡辺真理
【はじめに】
まずはじめにこの度アジア景観デザイン学会・台北大会で
成田空港第1ターミナル
このような発表の機会を頂きましたことに御礼を申し上げます。
私の所属しております株式会社タウンアートは1980年代
初頭から「創造性ある公共空間の創出」を目的としパブリック
アートによる環境づくりの実践に専門的に30余年、取り組んで
まいりました。
パブリックアートは一昔前まで 「社会の豊かさを示すもの」
日本生命札幌ビル
として公共空間を「より魅力的に彩る」という役割を果たしてき
ましたが、現在はそのような時代を通り過ぎ、社会的変化に伴
ってアートの在り方は一歩先へ進んだものに変化してまいりま
した。’Site-Specific’ という言葉をご存知でしょうか。アートは
見る人々へのメッセージを表現し、地域の歴史や人々の記憶
を残し、或いは人々が実際に創造のプロセスに参加する等、
Midland Square
共に考え作り上げる特有の場づくりとして発展しつつあります。
タウンアートでは、時代の変化に沿い様々な現場をプロデュ
ースしてまいりました。アートの持つ多様な力を信じ、我々の
生活環境を形づくる様々な場にアートを融合させることで美し
い景観、つまり 「美観を整える」ことはもとより、それ以上に
人々の心に届き、記憶に刻む、歴史を伝える、現在はそのよ
うな景観づくりを心がけ、様々なアーティストや創り手の方々と
理化学研究所
BREEZE TOWER
のコラボレーションによりプロジェクトに取り組んでおります。
この数年、台北でもいくつか実績を残すことができました。その
中で、先ほど述べたパブリックアートの変化は台湾でも大変類
似しており、特に台湾では日本よりも積極的にパブリックアート
と街の関わり、市民参加の関係を奨励していると感じます。
本日は弊社の日本と台北の実績の中からパブリックアートに
よる、歴史や記憶を刻んだ、メッセージ性の高い景観づくりの
事例をご紹介します。
とくに台北市立大学での事例は地域市民、学生など、現場に
身近な人々をより創造活動に近い場所に位置づけ、参加して
もらうことで、心に届き、記憶に残り、未来へつながる場づくりに
成功した素晴らしい事例といえるでしょう。
台北市立大学 JUNGLE PYRAMID
ミッドランドスクエア 名古屋
ARTWORKS FOR MIDLAND SQUARE NAGOYA
再生材を象徴としてアートワークに使用・未来へとつなぐ
昔からこの地にあったトヨタ自動車・毎日新聞・東和不動産のビルが老朽化に伴い解体、敷地を統合
して三社合同ビルが新築され、オフィス・文化・商業施設を含む超高層複合ビルとして生まれかわっ
た再開発事業。ミッドランドスクエアは今、名古屋駅前の景観を構成する重要なランドマークのひとつと
なっています。このプロジェクトでは、各社の旧社屋への想いや歴史、これからの未来への期待、企業
としての姿勢をアートを介してアピールするー。そんな景観づくりが施設内外随所に採用されました。
歴史や記憶をつなぐ方法の1つとして、材料に実際に再生材を取り入れるという方法が考えられます。
このプロジェクトで実践されたメインのアートワークでの事例を2つご紹介します。
1.オフィス棟エントランスホール
三社合同エントランスとなるホールには、旧ビルの壁面を象徴的に彩っていた大理石三種を実際に使
用す ること を条件に 、アー トワー クが計画され ました 。作家 は図形や立体を構成す る最小単位
(polygon)が 『3』であることに着目し、三角形に切出し繋ぎ合わせた大理石で、荒波にも打ち勝ち、未
来へと前進する“舟”の姿を彫刻化しました。三角形で構成される立体は多様で無限の可能性をもつ
形とも言え、そこに三事業主が共同し新しい未来を創造していくという、この場の意味を込めています。
Airtist: 豊嶋敦史 “boat” (旧ビル大理石(3種)・黒御影石)
2.屋外広場
モノに込められた人々の情熱や想いが昇華し、新たに生まれ変わって循環するー。
アートワークだけでなく、広場全体に作家の構想を取り入れた事例。事業者に関る再生材として、紙等
の焼成灰を陶土に混ぜて焼き上げ作品化したアートを中心に、宇宙に見立て表現している。
Artist: たほりつこ “30 億年のゼロ”(陶・御影石・LED 照明・植物)
ブリーゼタワー 大阪梅田
ARTWORKS FOR BREEZE TOWER OSAKA UMEDA
建築とアートのボーダレスな環境づくり・失われた情景を再現
かつての水の都が次第に埋め立てられ、現代都市として変貌を遂げた西梅田地区。
その地下道に、アートワークによって、まるで歴史を掘り起こした「水の遺跡」のように力強く水流を刻み
つけ、ブリーゼタワーへと人々を迎え入れるインパクトある景観を創り出しました。
限られた地下のスペースをキャンバスに、作家はたった1つのピースを自在に綾なす事で、流れゆく水
の多様な連なりを見事に描き出しました。足元に現れる特有の連続、反復と無限の広がりが、水流の
のびやかさや時間の流れを、異次元へいざなう様な特別な空間に仕立て上げています。
建築の仕上材にアートワークを融合させ、建築とアートの境界の無い一体的な環境演出の実践です。
その昔この場に存在した水路の情景を伝え、無意識のうちに道行く人の視覚に作用し、人々は誘われ、
導かれ、ふと足を止めるきっかけとなっています。
Artist: 野老朝雄 “Piecing Pieces Passage” (御影石)
理化学研究所・計算科学研究機構
ARTWORKS FOR RIKEN ADVANCED INSTITUTE
日本が誇る、研究の歴史と現在・未来を視覚的に表現する
次世代スーパーコンピュータ(京速コンピュータ「京」)を擁して先進の科学的成果を生み出し、地球規
模の課題解決やイノベーションへとつなげていくー。この施設は日本屈指の国際的な研究拠点として
外国からの研究者等、訪問の多い場所です。来所者を迎え入れるエントランス計画には、日本が誇る
研究の歴史と現在・未来へのつながりを視覚的に表現する、そんな景観づくりが求められました。
モチーフとなったのは東洋古代の計算ツールである
そろばん。計算科学の歴史と京速コンピュータの 17
桁の計算能力をコマを積み重ねたかたちで表現した
モニュメントを中央に配置し、求心性あるシンボリック
なエントランス広場となりました。計算単位(十・百・千
/キロ・メガ・ギガ・テラ・ペタ等)を方位にあわせて東
西に刻み、東西の世界が融合し、共に新しい未来を
築いていくこと、また頂点の金色の集光盤には、輝く
未来と発展への願いが込められています。
台北市立大学(旧台北体育学院)・天母キャンパス
Artist: 米林雄一 (ブロンズ)
ARTW ORKS FOR University of TAIPEI
心にメッセージを届け、街や人が関わることで成長・循環する景観
台北市立大学天母キャンパスにある体育学部は、数多くの台湾代表選手や優れたアスリートを養成し
てきたスポーツ専門教育施設です。2012 年に新築された体育館は、都市の交差点に接した公開広
場を有し、市民が自由に出入可能で散歩や運動の場として日常生活に密接に関わっている場所と言
えます。2013 年台北市政府の公共藝術事業としてこの場に相応しい公共藝術計画を募るコンペが
開催され、指名を受けて参加、当選し、計画がスタートしました。
Jungle Pyramid
- 努力は実を結ぶ –
このアートワークは大学と地域の交差点に位置し①体育大学としての象徴、また街のランドマークとな
るだけでなく、②都市におけるサスティナブルな市民の集いの場を形成することを目標に、以下の内容
にポイントを置いて計画しました。作品は学生や地域市民との関わりをもちながらつくりあげ、その場に
根付く植物と共生することで都市環境をさらに豊かに彩り、人々が関わって育て、成長し、実を結ぶ姿
が愛着を育み、完成後も人々とこの場所とのつながりをより一層深めています。
①体育大学の象徴・都市のランドマークとしてのシンボリックな姿
アスリートたちがただ1つの頂点を目指す、その精神性をピラミッドの形で表現しています。また、作品を
構成するパイプ 100 ヶ所には隠されたメッセージが刻まれています。100 の言葉は、様々なスポーツ
の現在の世界記録と、本大学生へのインタビューを行い収集した名言の数々から選び、使用しました。
刻まれた記録は現代の人類の記憶として、またメッセージはアスリートのスピリットを伝えるものとして、
この場に集まる人々に永遠に語りかけるでしょう。頂点には、コンセプトである「努力は実を結ぶ」という
メッセージが刻まれています。
②サスティナブルな市民の憩いの場の形成
「市民で育む緑」のスタートとして、地域のマーケットに参加し、種を配布して活動を知ってもらうことや
地域の学校協力を得て学校を訪問し、子どもたちの学校教育の一環として特別授業を行い、植物を
種から栽培してもらうなど、地域に根ざした活動からアクションを始めました。
またサステイナブルな活動資金の循環をつくるため、アーティストデザインによるプロジェクトオリジナル
T シャツを制作販売し、売上金を次の活動(植物の種の購入やメンテナンス)へとつなげる特徴的な試
みも取り入れました。このような複合的な取り組みが人々の関心を高め、この場に対する地域の愛着を
育み、人が共生するサスティナブルな都市景観の創出を可能にしたと言えます。