一般財団法人 全日本労働福祉協会 胃部エックス線検査事故調査報告書

一般財団法人 全日本労働福祉協会
胃部エックス線検査事故調査報告書
【要約】
平成27年6月26日
一般財団法人 全日本労働福祉協会
胃部エックス線検査事故調査委員会
I.
目的
平成27年5月8日に全日本労働福祉協会群馬県支部が実施した胃部エックス線の集団検診中に、
受診者の一人が透視台から滑落し死亡したという事故が発生した。胃部エックス線検査中に起きた
死亡という極めて重大かつ稀有な事故であることから、全日本労働福祉協会は、事故の原因、事故
発生に至る状況、事故への救急対応等の解明及び再発防止策の策定を目的に事故調査委員会を設置
した。
II. 事故調査委員会の構成
外部機関の専門家、全日本労働福祉協会の幹部職員、計6名により構成し、それに加えて全日本
労働福祉協会の顧問弁護士及び職員が事務局として参加した。
事故調査委員会委員
委員長
事務局
宗近宏次
昭和大学名誉教授(専門
加藤栄作
関東労災病院
柳澤信夫
全日本労働福祉協会 会長
放射線医学)
中央放射線部長(診療放射線技師)
川口 毅
同
常務理事
堀田芳郎
同
放射線技師長
高田和子
同
業務部長
平沼大輔
平沼高明法律事務所 弁護士
山部久雄
全日本労働福祉協会 専務理事(事故対策本部長)
総務部職員
III. 委員会の活動
事故調査委員会は、事故当日、全日本労働福祉協会“健診業務の事故処理及びリスクマネジメン
ト”
(平成25年4月1日改正)に基づいて設置された事故対策本部(本部長 山部久雄専務理事)
により蒐集された事故現場において巡回健診業務に従事していた職員の供述記録、及び事故発生の
現場となった検診車とほぼ同一仕様の車両を用いたモデル検証に基づいて審議を行った。
IV. 事故の概要
平成 27 年 5 月 8 日に発生した群馬県支部の健診現場における死亡事故(概要)
1. 事故発生日時
平成 27 年 5 月 8 日 11 時 25 分頃
2. 場
所
群馬県沼田市 ㈱B 社敷地内
者
A氏(58 歳,女性)
3. 受
診
平成 6 年 2 月
4. 事故発生状況
㈱B 社入社 勤続 21.2 年
現場スタッフから聴取した情報
A氏は、当日職場における「協会けんぽ」の健康診断を受診。胃部の透視台
に腹臥位で頭低位にて胃部エックス線写真を撮影後に頭部から透視台をず
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り落ち、天板の頭側端を頭部が乗り越えてしまった。診療放射線技師はこれ
に気付かず透視台を作動したため検診車の内壁と透視台との間に頭部が挟
まり、多量出血して意識不明となった。
5. 事故後の対応と経過 当日のスタッフが救急要請を行うとともにX医師が救急処置、心臓マッサー
ジを行った。
6. 死亡原因
頭部圧迫に伴う頸動脈損傷による出血性ショック死と推定される。
V. 事故の経過と防止対策
経過
1. 診療放射線技師は受診者(A氏)が腹臥位で透視台を頭低位に操作して、さらに受診者の体部右
側を高位になるように天板を左回旋させ腹臥位正面頭低位前壁撮影をした。
2. 腹臥位正面頭低位前壁撮影後に受診者の身体が天板の左側角方向にすべり落ち、頭部が天板縁を
超えたと推定される。
3. 受診者が何らかの理由で手すりを離し、天板の左側角方向に滑った時、肩あてがなかったので、
頭部が天板縁を容易に超えたと推定される。
4. 腹臥位正面頭低位前壁撮影後、天板を正面に戻し、透視台を元の水平位に戻す操作前に診療放射
線技師は監視モニターで受診者の透視台上の位置を十分に確認していなかったと推定される。
5. 診療放射線技師は既に受診者が透視台から滑落していることに気付かず透視台を元の水平位に戻
す操作中に事故に気付いたと推定される。たまたまZ補助者は胸部エックス線検査の補助をして
いた。
6. 天板は頭低位の角度に左回旋が加わることで天板の左側角はさらに低位になり、天板頭側端と検
診車の内壁との空間は広くなる。
以上の事項から次のように結論される。
受診者は透視台を頭低位にし、天板に左回旋を加え最後の画像が撮影された後、頭部から天板の左
側角方向にすべり落ち、天板の頭側端を頭部が乗り越えてしまった。診療放射線技師はこれに気付か
ず透視台を元の水平位に操作したため天板頭側端と検診車の内壁との間に頭部が挟まれたものと推
定される。
防止対策
胃部エックス線検査に関わる事故防止のための提案
1. 検査準備として透視台に肩当てを装着し、その固定を確認する。
2. 透視台の操作時には必ず監視モニターで受診者の透視台上の位置と状態を観察し確認する。
3. 頭低位では、受診者が天板の手すりを両手で確保して体重による頭部方向への身体移動を防ぐ必
要があることから、以下の対策が必要である。
①
受診者に検査前に検査の手順と注意事項をよく説明する。
②
高血圧、肥満、糖尿病、一過性意識喪失の既往のある受診者には特に注意して検査を行う。
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③
頭低位となる透視台の傾斜角度は-30度以内とし、できれば-20度前後までとする。
4. 透視台の逆傾斜角度にストッパーを設置することを透視台の製作会社に要望する。
5. 全日本労働福祉協会は毎月1回実施している医療安全委員会の内容を再検討し、職員全員の医療
安全意識の向上に努める。
6. 各部門からのヒヤリハット報告の提出を徹底することにより情報を共有化し、分析、結果のフィ
ードバックを一層努力して実施する。
7. 医療安全委員会は活動内容を業務者全員に開示し、その活動に関わる教育を定期的に実施する。
8. 健診検査に関するマニュアルを再確認し、それに関わる注意事項を検診車内に表示する。
VI. 総括
平成27年5月8日に発生した胃部エックス線検診中に受診者が透視台から滑落し死亡した事故
の原因は、個々の技師等の検査における注意不足、協会の健診事業に対する医療安全教育の徹底不足、
個別の受診者に応じた対応の徹底不足、ならびに想定外の受診者の身体状況など、いくつかの要因が
重なったことが考えられる。健診事業者が受診者の安全・安心を担保していくことは、最も基本的な
ことであり、今後上記の諸対策を徹底する必要がある。本委員会としては、本事故の原因を明らかに
するととともに再発防止策を提案し、全国の同様業務に従事している方々に対して僅少でもお役に立
てることを願っている。
あらためて今回亡くなられたA氏に対して心から哀悼の意をささげたい。
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