建築計画 既存聖堂の空気感を継承 聖母病院は昭和5年、カトリック修道

■建築計画■
建築・構造・設備機能とデザインの融合
14 枚 の 折れ壁 構 造は柱、 耐 震 壁と空 調ボイ
既存聖堂の空気感を継承
ド、換気開口、照明、スピーカーを取り込んで
聖母病院は昭和 5 年、カトリック修道女会であ
いる。 躯体軽量化のためのボイドは、夏は上
るマリアの宣教者フランシスコ修道会によっ
部の熱溜りを排気し、冬は暖気を戻して再利
て新宿区に設立され、今も当時マックス・ヒン
用するダクトの役割を持つ。 床から吹出した
デルが設計した建物を東京都保存建築物指定
空調空気を長椅子のスリットから緩やかに流し
を受けて残す病院である。その敷地内にあり、
居住域空調として環境に配慮、冬は床暖房を
メディカルケアの 援けとなるパストラルケア
併用して快適な「祈り」の空間としている。中
(精神的癒し)の場として 50 年間愛され、想い
間期はステンドグラスの開口と風の回廊に開
のこめられた聖堂が老朽化し、耐震性能不足
けたスリットが効率の良い重力換気開口とな
から建替えられることになった。 既存聖堂で
り、自然の風を室内に呼び込む。 羽目板内部
は、屋上の鐘が時を知らせ、黄金色の麦の穂
には見えないスピーカーを隠し、壁の音響反
をモチーフとしたステンドグラスを通した光が
射板は照明を隠す。「祈り」のために少しでも
祭壇を彩っていた。
余分な要素を見せないように配慮した。 長椅
建替計画の設計という重責を担った時、まず
子はデザインを藤江アトリエに依頼したもの
考えたことは、既存の空気感を再現すること
である。
と、既存以上に存続し得る長寿命の建物とす
音響と光環境の再現
ることであった。 カトリック聖堂の象徴性を
技術研究所で既存聖堂の音響環境を解体前
現代のデザインで継承し、古典的教会の空気
に測定しておき、設計初期段階から音響シミ
感を現代の技術で再現することを命題とし、
ュレーションを繰返した。平行でない折れ壁や
病院本体と調和した建物を、確立された構工
背面に設置した吸音壁、羽目板の音響反射板
法を用いて創ることとした。
などの効果により、既存と同じ残響時間を実
東に病院建物が並ぶ敷地において、ステンド
現した。 既存にあった満席空席時の残響差異
グラスの効果を最大限活かすのは、西面採光
もなくすことに成功し、既存聖堂の音感をより
を最大にした形である。 200 人の聖堂空間を
よく再現できた。 自然採光も開口部からの太
構成するために、西を高くした形態で、梁無し
陽光照度をシミュレーションし、再生したステ
片流れの折れ屋根折れ壁構造を考案した。 床
ンドグラスの黄金色の光により、既存の光感
から屋根スラブまで開けた西面開口には既存
を再現している。
(伊藤由紀子/竹中工務店)
にあった麦の穂のステンドグラスを再生して、
色ガラスと組合せて嵌めた。 折れ屋根スラブ
伊藤 由紀子……いとう ゆきこ
を直接見せる天井に刻々と変わる光と影が射
1959 年東京都に生まれる。 1981 年早
し込み、既存にあった黄金色の空気を再現し
中工務店入社。現在、同社設計部課長
稲田大学理工学部建築学科卒業後、竹
設計担当
ている。カトリック聖堂の「十字架の道行き」
に合せた 14 枚の壁を持つ折れ壁構造は約 60
㎝の厚さを持ち、外界を遮断して石造りの教
会を想起させる夏の冷感を可能とした。
50 年以上の存続を図り、壁は伝統的なセメン
トスタッコ、金物はステンレス溶融亜鉛メッキ
燐酸処理とした。 内装では人の触れる部分を
木製とし、床には擦り減っても変わらない無垢
聖堂
材を使用するなど、人に優しい素材を加えた。
内外装共、経年変化で味わいを深めるエイジ
健診センター
ング素材を主体としている。
病院から聖堂へ、車椅子の患者もアプローチ
既存病院
するため、敷地南側の聖フランシスコ像のあ
る庭と北側のルルドの庭を結ぶ、風の路とも
なる回廊を設けた。病院と聖堂を緩やかに切
り離すことで「祈りの空間」への序章として
いる。
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配置図 縮尺 1/1,500