2015.7 「今月の一冊」第4回 「今月の一冊」 、今回は文春ジブリ文庫「ジブリの教科書5魔女の宅急便」 (表紙掲載許諾取得済み) について触れたいと思います。この「ジブリの教科書」シリーズですが、宮崎作品の舞台裏なども記 されてますけど、第一線の研究者たちの論文が数多く収められていて、教養溢れる内容となっていま す。高校現場っぽいことを言うと、たとえば同シリーズ3「となりのトトロ」には、宗教学者鎌田東 二の、「鎮守の森から見たトトロ論」という論文が収め られているのですが、これ、名古屋市立大 2014 年度入 試の国語第一問題になってます。 さて、 「魔女の宅急便」ですが、原作は 1985 年に角野 栄子が著したもので、以後書き継がれ全六巻という大作 になりました。福音館や角川から文庫版が出ています。 恥ずかしながら私、これを読んでおりませんし、宮崎 駿が 1989 年に公開した映画「魔女の宅急便」も、つい 最近まで見たことがありませんでした。 映画の方を見たのは昨年の秋。本校のSGHで、担当 の生徒達がアニメによる日米比較をやってみたいという ところから始まりました。昨年の上半期は、何と言って も「アナと雪の女王」が大ヒットしたわけですが、あの ジブリの教科書5 中の挿入歌「Let it go」は本当に「ありのままで」とい う訳でいいの? 「ありのままで」ならば、 「Let it be」では? 魔女の宅急便 文春ジブリ文庫 2013.10 などという論争が話題になってい ましたし、ならば「ありのままで」は東洋思想が背景にあって、ディズニー作品が日本的に解釈され てより琴線に触れたのかも、などと妄想が膨らんだりしていたところでしたが、ともあれ、両者の比 較となると壮大すぎてさすがに手に余る。グループで話し合う過程で、彼女たち(言い遅れましたが 高校2年の女子ばかりのチームでした)に問うてみると、ディズニーより宮崎作品の方が好きだ、と なります。さらに聞くと「魔女の宅急便」がベストだと全員一致したのです。そこで、一緒に考えて みました。なんで「魔女の宅急便」なんだろう? 初日の話し合いは決着がつかず、次週持ち越しとなりましたが、私の方はその間、恥ずかしい思い をしてDVDを購入し、鑑賞しました。何、オープニングが「ルージュの伝言」で、エンディングが 「やさしさに包まれたなら」? ほぉ最後はモップで飛ぶのか。なるほどさすがに黒澤明を泣かせた というだけあるな(黒澤和子「黒澤明が選んだ100本の映画」文春新書より) 。 さらに本書「ジブリの教科書5魔女の宅急便」を購入して、研究です。おぉ、松任谷由実本人が出 てるし、この曲についても論じられているじゃないか……。 まぁ私の感慨はともかくとして、彼女たちが出した結論(研究仮説)は、とりあえず以下の通り。 ① 自分たちが「魔女の宅急便」に共感するのは、このお話が思春期の少女の自立、アイデンティティ獲 得の物語だからだ。 ② したがって、このテーマは世界普遍のテーマとなり得たのだ。 私もこの仮説を検証する意義は大いにある、そう思いました。但し、西洋に受容されるという面にお いて、ネックになることが一つあります。そうです、 「魔女」はキリスト教世界ではタブーですよね。 だけど、逆に考えれば、それでも受け入れられたのはこの作品の力とも言える。彼女たちはそこで、 ③ 宮崎駿は差別のない平和な世界を希求した、それが世界に受け入れられたのだ。 という仮説も加えることになりました。 さて彼女たちの研究は、この後、角野栄子の原作との比較(宮崎駿の狙いを明確にするため)や、 前述の魔女、及び魔女狩りの研究やらと進んでいくわけですが、個人的に面白かったのが、主人公キ キと若き女流画家ウルスラとの対話です(下の表ではキキをK、ウルスラをUで示しました)。 U:魔法ってさ、呪文を唱えるんじゃないんだね K:うん、血で飛ぶんだって U:魔女の血か…いいね、私、そういうの、好きよ。 魔女の血、 絵描きの血、パン職人の血… 神様か誰かがくれた力 なんだよね。 おかげで苦労もするけどさ。 U:When you fly, you rely on what‘s inside of you, don’t you? 飛ぶ時ってさ、自分の中にある力を使うんでしょ? K:Uh-huh. We fly with our spirit. うん。魂で飛ぶの U:Trusting your spirit. Yes, yes! That‘s exactly what I’m talking about! 魂を信じる。そう、それよ! まさにそれが 言いたかったの! That same spirit is what makes me paint and what makes your friend bake. 私が絵を描くのも、オソノさんがパンを作 るのも魂。 But we each need to find our own inspiration, Kiki.だけど、皆自分だけのひらめきがないといけないんだよね。 Sometimes it‘s not easy. 簡単じゃないときもあるけどさ ~宮崎駿作品の脚本と英語版の違い 宮崎駿が「血」という言葉で表現したものが英語版では「Spirit」にされてしまったのですが、そも そもキキは最初魔女であるという「血」で空を飛べたのですけど、思春期を迎えて一旦その能力を失 ってしまう、そしてそれを乗り越えたちょっと大人になったキキが、自力飛行するエンディングを迎 える、宮崎駿のテーマが「自立」なら、やはり「血」が正しい(この血 たつる の問題については、本書所収の内田 樹 「空を飛ぶ少女について」を、お 読み下さい。なお「Blood」にも色々な意味があるようです) 。実は2年 生では、ちょうど丸山真男のおなじみ『 「である」ことと「する」こと』 (岩波新書「日本の思想」所収)を学習していたわけですが、個の自立 (アイデンティティの確立) 、 「である」から「する」への移行、という 図式に見事にあてはまったではありませんか。 以上は、昨年度の2年SGH課題研究の一コマ、及び私自身の気付き の紹介でした。この7月 28、29 日、今は3年生になった彼らが、本校 のオープンスクールと兼ねて、「キッズのためのスーパーサイエンス」 岩波新書「日本の思想」 というイベントを開催、SSH,SGHの集大成として小中学生相手に 丸山真男著 1961 プレゼンを行います。どうかみ砕いて伝えるのか、難しいだろうけど、 (表紙掲載許諾取得済み) 私も楽しみです。 (文責 田中)
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