本章のポイント 子どもはやがて大人になる。また、子どもを 取りまく環境には必ず大人がいる。そのため、 子どもの教育相談に際しては、子どもから思春 期に関するメンタルヘルスの知識を学ぶだけで は十分とは言えない。本章では、主に青年期か ら成人期までのメンタルヘルスの知識のうち、 とくに教育相談に必要なものを取り上げた。具 体的には、アディクション、パーソナリティ障 害、不安症、双極性障害、うつ病、統合失調症 に関して、その基本知識を中心に、対応を含め て解説する。 主 に 青 年 期 か ら 成 人 期 の 精 神 障 害 第 4 章 32 第4章 主に青年期から成人期の精神障害 1 アディクション A アディクションとは アディクション(嗜癖:addiction)とは,日常生活に支障が生じるほど、あ る物質や一定の行為にひどくのめりこみ、自分でも統制ができない状態で、 一般的には依存や依存症の用語で呼ばれることが多い。アメリカ精神医学 会が定めた診断基準 DSM-5(2013)では、物質関連障害および嗜癖性障害 群(substance-related and addictive disorders)に該当する。DSM-Ⅳ-TR(2003) から DSM-5 への改訂に際して、アルコール依存症はアルコール使用障害 (alcohol use disorder)へと名称が変わり、ギャンブル障害(gambling disorder) も加えられている。 嗜癖の対象は、アルコール、タバコ、薬物などの物質への依存、買い物、 ギャンブルなどの行為への依存、恋愛、性行為など対人関係への依存があ る。また、近年では、インターネット依存も大きな問題となっている。 DSM-5 でも、今後の研究のための病態(conditions for further study)として、 インターネットゲーム障害(internet gaming disorder)の基準が提案されてい る。 B アディクションの症状と原因 アディクションの対象は人それぞれであるが、ある物質や行為に依存し てしまうこころの働きには共通した側面があると考えられている。熱中す る対象があったとしても、日常生活に影響がないようコントロールでき楽 しみの 1 つとして作用するならば、正常の範囲内である。 しかし、アディクションに陥ると、その対象がないと居ても立ってもい られない状態になる。対象から得られる強烈な快感や高揚感を求め、 「今 回限りで終わりにしなくては」と本人が自覚し罪悪感を抱えていても、ど うしてもやめられなくなってしまう。その結果、日常生活が破綻し、周囲 の家族や他者を必然的に巻き込むことになる。また、徐々に慣れが生じる ので、対象を用いる回数や量など刺激を増やさないと満足できなくなる。 このようなアディクション行動の背景には、漠然としたさみしさや空虚 1 アディクション 33 感、解消できないストレスなど心理的問題が存在すると考えられている。 周囲からは対象に依存し現実から目をそらしているかのように見えるため、 こころの弱さの問題と、偏見を持たれてしまうことが多い。しかし、アデ ィクション行動は、心理的苦痛、身体的な性質、社会的要因などさまざま な要素が絡み合って生じるため、単なる意志や決意の問題とは言えない。 むしろ本人にとっては、苦手なことを行う際に不安をコントロールしたり、 リラックスする機会を与えてくれたりするなど、問題に対する唯一の対処 方略(コーピング coping)である場合が多い。周囲がこうした本人の心情を 理解し、依存対象がなくても毎日が過ごせるよう、長期的に支える姿勢が 重要である。 C 行為に対する依存 子どもたちのもっとも身近にある行為への依存は、オンラインゲーム、 チャットツールなどのインターネット依存であろう。日常ツールになりつ つあるいま、インターネットの全面禁止などは現実的に困難であるため、 使用ルール(使用していい時間帯、1 日の時間制限など)を子どもたちと事前によ く話し合ったうえで、徹底して守らせることが大切である。教育現場では、 ネット使用の利便性や弊害、ネット上での対人交流の作法などを集団で考 え、危険性を話し合える機会が設けられるとよい。 また、買い物依存はものを買う行為によって高揚感や爽快感を体験し不 必要な買い物を重ねてしまう状態である。ショッピング時に実物を見たり 店員に褒められたりする興奮だけでなく、現代ではネット上での手軽な買 い物にのめりこんでしまうおそれも高い。クレジットカードさえあれば購 入でき、お金を使用している感覚も持ちにくい。カードや金銭の管理を徹 底する、どんな時に買い物がしたくなるか話し合うなど、家庭での関わり も重要になる。 D 物質に対する依存 アルコール、違法薬物などへの依存は、子どもたちの一生を左右しうる 深刻な問題である。特に、アルコールは入手が容易で適量であれば社会的 にも許容されるためもっとも依存しやすい。大量摂取を繰り返すことで依 34 第4章 主に青年期から成人期の精神障害 存や耐性が生じるが、中断するとふるえや不安、イライラなどが強まるた め、再び大量に飲酒するという悪循環に陥ってしまう。 また、近年は一見すると違法に見えないさまざまな薬物の混合品(いわゆ る危険ドラッグ〔脱法ハーブから名称変更〕)が安価で購入でき、インターネット や繁華街で簡単に入手できてしまう。依存性のある危険な薬物とは知らず、 ささいな好奇心や同世代のグループの勧めから使用し、やめられなくなっ てしまう場合も多い。一度の使用であっても、情緒不安定、幻覚や被害妄 想などが生じることもある。 物質依存の恐ろしさを学校や家庭で事前に学び共有しておくことが抑制 に繋がるが、一度使用してしまうとどうしてもやめられなかったり、いや なことがあると再び使用してしまったりする。本人を支えたいと思ってい ても、説教や叱責だけでは反抗心や衝動的な暴力を引き起こしたりするた め注意したい。また、使用したことを正直に打ち明ける機会を失わせるお それもある。冷静に話ができるタイミングを見つけ、 「あなたを心配して いる」 「楽になるよう協力したい」というメッセージを伝えるほうが効果的 である。深刻な依存も想定し、担任教諭や両親だけでなく、校長や養護教 諭、スクールカウンセラーなどとも連携し対応を考えていく必要がある。 E 周囲の大人がアディクションに陥っている場合 教員の力が必要となる事例としては、子どもたちの身近な大人がアディ クションに陥っている場合もある。たとえば、保護者にアルコール依存が 認められる際には、子どもに対する暴力や暴言のおそれ、家庭内での暴力 や暴言を日常的に目撃してしまうおそれなどがある。また、日中も飲酒し 仕事ができない、金銭を酒代に費やすなどの理由で経済的な困窮に陥った り、食事や掃除など養育環境が整わなかったりといった実際的な問題が生 じる。こうした環境下では、心理的苦痛とともに身体的な成長も妨げられ るおそれが高い。 家庭に直接介入することは容易ではないが、まずは子どもとの間に安心 できる関係を築き、学校に居場所を作ってあげることは可能である。子ど もが守られる環境が維持できるよう、依存症家族に悩まされている子ども の父親や母親とも話し合うなど、周囲の大人が協力して関わる必要がある。 2 2 パーソナリティ障害 A パーソナリティ障害とは パーソナリティ障害 どんな人にでも性格の傾向があり、ものの見方や感情の表し方、人付き 合いの方法などに、ある一定のパターンがある。たとえば、傷つきやすく 感情が不安定になりやすい傾向、人との交わりに関心が薄く内向的な傾向 など人それぞれである。こうしたパターンはその人なりの個性として捉え られるが、一般の程度と比較してその偏りが著しく、日常生活に大きな困 難を生じる場合にはパーソナリティ障害(personality disorder)と分類される ことがある。ただし、明らかに異常であるようには見えず、日常のやりと りも表面的には問題ないため、本人の自覚がなかったり社会場面に一応は 適応していたりすることもある。 パーソナリティ障害の概念の歴史としては、1920 年代にドイツの精神科 医シュナイダー(Schneider, K.)によって記された 10 の性格特徴が代表的で あり、今日のパーソナリティ障害の基盤となっている。またドイツの精神 科医クレッチマー(Kretschmer, E.)も、統合失調症、躁うつ病、てんかんの 患者を調査し、それぞれの障害に想定される性格分類を発表している。 なお、以前は「人格障害」という呼称が用いられていたが、日本語の「人 格」ということばは、人間性を表す意味合いも含んでおり否定的な印象が 生じやすいため、近年は「パーソナリティ障害」の名称が広まっている。 B 分類と原因 アメリカ精神医学会が定めた精神障害の診断基準である DSM-5(2013) では、その特徴に応じて 10 の類型分類が記述され、それらがさらに A 群 から C 群の 3 群にまとめられている(表 4-1)。ただし、診断の信頼性は境 界性パーソナリティ障害を除いて低いと補足されている。 原因については、生まれもった遺伝的な影響と育った環境の影響との相 互作用が指摘されている。人にはもともと備えている気質(temperament) があり、そこから振舞いや考え方の傾向、好き嫌いの感覚などが生じる。 それと同時に、生育時の環境に大きな影響を受けながら、人としての多 35 36 第4章 主に青年期から成人期の精神障害 表 4-1 パーソナリティ障害の類型 猜疑性パーソナリティ障害 他者への不信感や猜疑心が強く、周囲に警戒的である。勘ぐ /妄想性パーソナリティ障 りやすいため、被害的になりやすく、安定した対人関係が築 害 きにくい。 A シゾイドパーソナリティ障 内向的で、1 人でいることを好むため、他者との親密な関係 群 害/スキゾイドパーソナリ が築きにくい。学問など 1 つの事柄に熱中できる資質を備え ティ障害 ている場合もある。 統合失調型パーソナリティ 奇妙な考えや感覚を抱き、変わった知覚体験はあるが、統合 障害 失調症と診断されるような明らかな妄想や幻覚はない。 反社会性パーソナリティ障 自責感や後悔を感じにくく、他者に対して実は冷淡だが、そ 害 のことが周囲に気づかれにくい。暴力など強い攻撃性が認め られる。 境界性パーソナリティ障害 B 群 空虚感が強く、感情の不安定を自覚し、時に強い苛立ちや不 快感などが生じる。衝動的な行動、見捨てられ不安などが認 められる。 演技性パーソナリティ障害 他者の気を引こうと感情を誇張して表現するなど大袈裟な行 動を示す。他者とは打ち解けやすいが、関係も感情も表面的 な関係にとどまる。 自己愛性パーソナリティ障 自信過剰である反面、他者からの評価には傷つきやすい。理 害 解されないと感じると、強い怒りを向ける。 回避性パーソナリティ障害 他者との交流を強く望むものの、周囲からの拒絶を恐れる。 新しい出会いなどでは、逃避傾向がでるため、社会参加の困 難さにも関係する。 C 依存性パーソナリティ障害 群 強迫性パーソナリティ障害 特定の人に強い依存を向け、庇護してもらうために服従的に 振る舞う。自分でもできるはずのささやかな決断を依存対象 に任せてしまう。 過度の几帳面さ、完全主義が認められ、秩序を重んじる。融 通が利かず、結果として効率的に作業をすることができない。 様さや深みを育んでいく。特に、パーソナリティ障害の場合には、成長過 程で健全で一貫した愛情が与えられていたかどうかが心理学的に重要と考 えられている。 幼い子どもは、家族が自分に対して十分に注意を向け、意志を察し、そ れに応えてくれることで、こころの基盤となる他者への基本的信頼感(basic trust)や持続的でほどよい情緒的なつながり(愛着 attachment)を身につ けていく。しかし、こうした関わりが十分になされず不安定な情緒関係の 2 パーソナリティ障害 まま子ども時代を過ごすと、その後も人に対する信頼を持ちにくく安定し た人間関係を築けなかったり、周囲の人や出来事に刺激されやすく感情の コントロールが難しくなったりする。このように元来の気質に成育環境が 影響することで、極端なものの見方や人付き合いのパターンが形成される と考えられている。 C 学校や家庭での対応 そもそも、成長の途中でありこころの状態も不安定になりやすい子ども たちをパーソナリティ障害と判断するのは危険である。パーソナリティ障 害は基本的にはパーソナリティ形成が整った成人に対して使用されるもの である。しかし、顕著なパーソナリティ傾向が学校生活に大きな影響を与 えている場合には、パーソナリティ障害の特徴を想定して対応することも 有用であろう。 教育現場で対応が必要となる場合は、子ども自身ではなく、子どもを取 り巻く周囲の人々にパーソナリティ障害が疑われることの方が多い。もっ とも身近な保護者にその傾向が示されることもあり、子どもたちが不必要 に傷つくことなく学校生活を過ごせるよう、教育現場からの支援が大切で ある。 パーソナリティ障害が疑われる人の多くは、強い態度で主張してきたり 執着しやすい傾向があったりするため、相手の一時的な状態に振り回され ず、一貫した態度で接することが基本的な関わり方として挙げられる。ま た、教員ごとに対応が異なると、混乱させたり気持ちを刺激したりするの で、あらかじめ対応を話し合い、学校全体が 1 つのチームとなって関わっ ていくことが大切である。不信感が強かったり被害者意識が強い傾向があ ったりする場合には、不安を刺激しないよう強く否定したり非難したりせ ず、話に真剣に耳を傾ける姿勢が必要である。感情の揺らぎやすさや衝動 的な言動が目立つ場合には、対応が難しくとも特別扱いや機嫌を取るよう なその場しのぎの態度はとらず、一定の心理的距離を保ちながら接するこ とが望ましい。教員が巻き込まれて共倒れするような事態は避けたい。 こうした人を身近に持つ子どもに対しては、困ったことを素直に話せる よう、日頃から子どもとの信頼関係を育み、相談しやすい雰囲気を作る必 37 38 第4章 主に青年期から成人期の精神障害 要がある。子どもたちが対象者のどんな言動に困っているか、それに対し てどんな気持ちや考えが生じるかなど、十分に傾聴しながら、適度な関わ り方を一緒に模索することが重要であろう。 3 A 不安症 通常の不安と病的な不安 自分の将来はどうなっているのだろう……この国の未来は? れよりも明後日のテストのできは? いや、そ このような考えがよぎり、不安 (anxiety)を感じた経験はあなたにもあるだろう。不安は誰にでも起こるも ので、不安自体が異常なこころの状態とは言えない。不安を感じることで より勉強に打ち込んだり、授業の発表の準備を入念に行ったりすることも あるので、不安は肯定的な一面も持っている。では、通常の不安と病的な 不安との違いは一体どこにあるのだろうか。これは難しい問題であるが、 病的な不安の大まかな指標としては、①不安の強さが尋常でなく激しい、 ②不安が特に長く続く、③不安の性質が日常的な不安と異なる特別な色彩 を持っている、ということ(原田,2008)が挙げられる。 B 不安症の種類 不安症(anxiety disorders)は、不安や恐怖という気分や感情の状態が強く 関連した精神障害の総称である。以下に、DSM-5(2013)で記載されている 不安症に属する主なものを説明する。また、不安症には含まれないが、不 安と関連がある強迫症と心的外傷後ストレス障害もこの項で取り上げる。 (1)限局性恐怖症 限局性恐怖症(specific phobia)は、ある特定の対象や状況(高所、暗所、閉所、 公共のトイレ、水、血液、刃物、動物、虫など)に対して過剰、かつ不合理な恐怖 を感じ、そのことによって生活に支障をきたす障害のことである。恐怖と いうありふれた感情が対象なだけに、「本人が恐怖に打ち勝てば克服でき る」と思い込みがちであるが、恐怖症の改善には専門的な知識と技法が必
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