平成 21 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ

平成 21 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ
論文題目
溶出試験研究
アスピリンの濃度測定の検討
薬物動態学研究室 4 年
06P197
吉澤 寿宏
(指導教員:上野 和行)
要 旨
医薬品の品質や薬効は保存状態や共存物質などにより影響してくる。アスピリンは酸や
塩基により加水分解されるが、常温で放置しているだけでも少しずつ加水分解されていく。
このように、反応条件や共存物質により状態が変化してしまう薬品の場合、正確に目的物質
の濃度を測定することが難しくなる。従って、薬品それぞれが持つ物性をよく知ることが重要
となってくる。薬品の物性を知っていれば、状態変化を抑制することや、逆に物性を利用し
て違う物質に変化させることによって目的物質の濃度測定をより正確に行うことができる。
また、薬品の物性を知るということは濃度測定だけではなく、様々な分野で応用することが
可能となる。TDM や薬物相互作用がその例である。従って、物性を知ることが薬学的・臨床
的に最も重要である。
キーワード
1.アスピリン
2.サリチル酸
3.酢酸
4.溶出試験
5.濃度測定
6.エステル
7.加水分解
8. けん化
9.水酸化ナトリウム
10.炭酸ナトリウム
11.吸収波長
12.HPLC
13.分光光度計
14.物性
目 次
1.はじめに
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4.濃度測定
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5.おわりに
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2.アスピリン濃度測定の問題点
3.サリチル酸の収集方法
引用文献
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論 文
1.はじめに
化合物は温度、湿度、光、熱、添加物などにより別の物質へと変化してしまう。つまり、
保存状態や反応条件により全く別の物質へと変化してしまうため、外観の変化がなく
ても薬品の品質や薬効に影響をもたらしたり、定性・定量の誤差にも繋がってくる。
本論文ではアスピリンの濃度測定、その中でもアスピリンの腸溶性製剤の溶出試験
におけるアスピリンの濃度測定について記述する。アスピリンは加水分解されやすいと
いう性質があり、常温で放置しているだけで少しずつ加水分解されてサリチル酸と酢
酸に分解されてしまう。従って、アスピリンのように物質が変わりやすい医薬品の定量
を行う際に、測定したい物質の濃度を正確に測定するための方法や考え方について
述べる。
図1
アスピリンの加水分解
1
2.アスピリン濃度測定の問題点
アスピリンの濃度測定を行う際、アスピリンの性質を考える必要がある。前述したよう
にアスピリンは加水分解されやすいという性質がある。従って、溶出試験を行う際、反
応条件(pH)によりアスピリンからサリチル酸に加水分解されてしまうだけではなく、加
水分解される度合いにも違いが出る。また、生成されるサリチル酸の量は、加水分解さ
れたアスピリンの量と同量だが、下記の表よりお互いの吸収波長が異なるため、アスピ
リンの吸収波長で濃度測定を行っても正確に定量することができないことが予測され
る。
表1 アスピリン及びサリチル酸の吸収波長
分子量
吸収極大
アスピリン
サリチル酸
180.16
138.12
1%
229 nm(0.1% mol/L H2SO4 E1cm
484)
1%
277 nm(CHCl3 E1cm
68)
210 nm (ε 8343)
234 nm (ε 5466)
303 nm (ε 3591)
そこで考えられる測定方法としては、溶出したアスピリンをすべてサリチル酸にまで
加水分解させ、サリチル酸の濃度を測定し、アスピリンの濃度を逆算するという方法で
ある。また、アスピリンのサリチル酸への加水分解は平衡反応であるので、試験方法や
反応条件により平衡系が変化してしまうため、反応条件は同一にする必要がある。そこ
で、次項ではサリチル酸の収集方法について述べる。
3.サリチル酸の収集方法
アスピリンの加水分解に関与する官能基はエステルである。エステルは酸にも塩基
にも反応し、加水分解が起こる。酸を反応させると H+ が反応後も存在するため反応
開始に必要な量(触媒量)で十分であるが、加水分解の際に生じたサリチル酸と酢酸
が反応してしまうため、再びアスピリンに戻ってしまう。(図2)
2
図2
酸を用いたエステルの加水分解
一方、塩基を反応させると加えた OH- が反応に使われるため、エステルと同量の
塩基が必要であるが、加水分解した際にサリチル酸と塩基とで塩を生成するため、酸
による加水分解と比べてサリチル酸の収率が良くなる。一般的に、塩基を用いたエス
テルの加水分解をけん化という。(図3)
図3
塩基を用いたエステルの加水分解(けん化)
従って、塩基(水酸化ナトリウムや炭酸ナトリウム)を用いることでサリチル酸に加水
分解する。その具体的な方法としては、アスピリンの溶出試験で溶出させた検体を 1
mL 採取し、それを 0.3 M NaOH 又は Na2CO3 3 mL と反応させると、溶出したアス
ピリンの殆どがサリチル酸まで加水分解される。
3
4.濃度測定
濃度測定を行う方法としては、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて測定す
る方法と分光光度計を用いて測定する方法の2種類ある。この2つの方法の利点・欠
点を表2に示す。
表2
利点
欠点
HPLC 及び分光光度計の特徴
HPLC
分光光度計
・微量の検体で測定可能
・操作が簡単
・目的物質の単離が可能
・短時間で測定可能
・操作が複雑
・検体の量が多く必要
・時間がかかる
・目的物質の単離ができない
検出感度は HPLC も分光光度計も同じなので、吸光度を測定するには検体の量や
状態が重要になってくる。検体の量が数μL しかない場合や目的物質を単離する必
要がある場合には HPLC を用いて測定し、検体の量が多く、分離する必要がない場
合は分光光度計で測定することが有効である。今回の溶出試験の場合は、すべてサリ
チル酸に変換していることに加え、血中のアルブミンなどのタンパク質や他の薬物など
を分離する必要がないため HPLC ではなく、分光光度計で直接吸光度を測定するこ
とで十分だと考えられる。
吸光度を測定する前に、検量線を作成するための標準溶液を作成する。アスピリン
の原末をエタノールに溶かした溶液(1.0 mol/L)を作製し、この溶液を用いて 0.125
mol/、0.25 mol/L、0.5 mol/L のアスピリンのエタノール溶液を作り、これらを標準用液
とする。これらの標準溶液を検体と同様に標準溶液 1 mL に 0.3 M NaOH 3 mL を加
え、表1に示したサリチル酸のいずれかの波長で吸光度を測定する。その結果を用い
て検量線を作成する。
次に、検体の吸光度を標準溶液で測定したときと同じ波長で測定し、検量線からア
スピリンの濃度を求める。
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9.おわりに
濃度測定を行うにも様々な知識を知らなくてはならない。その中でも医薬品の物性
が最も重要だと考えられる。アスピリンのように加水分解されやすいものもあれば、pH
や温度、光、溶媒などの条件により全く別の物質へと変化するもの、析出や湿潤するも
のなどがある。従って、医薬品それぞれのもつ物性をよく理解し、うまく利用することが
できれば、目的の物質の濃度測定がより正確に行うことに繋がる。また、医薬品の物性
を知ることは、濃度測定に限らず様々な分野の理解にも繋がる。例えば、医薬品のタ
ンパク結合率や分布容積を知ることで透析の容易さや他の薬物との相互作用などを
推測することが可能となる。
物性の他には測定機器、フラスコ等の器具の選択が測定上の留意点として挙げら
れる。濃度測定の項で述べたように HPLC と吸光光度計がその一つである。検体の量
や状態、検出器の特徴をしっかり把握していれば、どの検出器で測定するのが最も効
率的かを判断することが可能となる。そうすることによって、測定時間を短縮することや
検体の浪費を抑えることに繋がると考えられる。
本論文は文献検索が主であるため、実際に実験を行っていない。従って、本論文を
より理解するためには、実際に目で見たり手を動かしてみることが重要だと思うので、
今後実際に実験を行うことを検討したい。
引 用 文 献
1. Maryadele J, Ann Smith, Patricia E, THE MERCK INDEX
THIRTEENTH EDITION, Merck Research Laboratories, 2001, 145-146,
1495-1496
2. 第十五改正 日本薬局方解説書 医薬品各条, 廣川書店, C-99-C104
3. インタビューフォーム, 日本薬局方 アスピリン アスピリン「バイエル」, 2008, 4-5
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